カテゴリー「私家版『詰将棋第二部集』」の26件の記事

2016年5月22日 (日)

私家版『詰将棋第二部集』 その25

49.小林豊 1944/02

Geppo4549

34歩、42玉、33歩成、同玉、42角、同玉、34桂打、43玉、42桂成、同玉、
43歩、33玉、34歩、43玉、33歩成、同玉、43飛、同玉、34銀、42玉、
43歩、同飛、54桂
まで23手詰

45桂、同歩、34歩、42玉、53金、同金、33歩成、同玉、23歩成、42玉、33と、同桂、82飛、62金合、31角、同角、41飛、同玉、31桂成、52玉、41角、61玉、81飛成、71歩合、51桂成、同玉、71龍、61飛合、52歩、同金引、同角成、同玉、53歩、同金、41銀、51玉、62金、42玉、43歩、同玉、32銀右生、42玉、34桂まで。

53金、同金、33歩成、同角、72飛、62金合、31角、52玉、53角成、同桂、51桂成、同角、61銀、同玉、71飛打、52玉、62飛成、同玉、73金、52玉、63金打、42玉、51飛成、同玉、62金左、42玉、51角、43玉、34銀まで。

 この作品については既に紹介済みです。
 月報と近代将棋に発表されたことも、その理由について思うところも書いておきました。

 初形で42とが邪魔駒。これを消去するのは42角を打つため。
 42玉となったところでは43桂が邪魔駒。43歩を打つために消去。
 43歩は取ってくれず33玉と躱した時点で邪魔駒。43飛を打つために消去。
 というように、徹底した間接邪魔駒消去です。


近代将棋1951年1月号(清水孝晏解説)より
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湯村光造「中編として近来まれなる傑作と推奨します。駒数の多いのが欠点でしょうが、ちっとも苦になりません」
▲各棋友から賞讃のおことばがありました。最近の快作と存じます。
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 手っ取り早く直すには62金をと金にすればよいのですが、そういう修正はしたくないところ。以前は玉方72歩追加で、と思っていましたが、構図が広がるのが不満でした。今回考え直してみた結果、玉方31歩を置くのが良さそうです。もしくは次の図も可。

4357

1_3 2_2

左・月報、右・近代将棋1950年11月(持駒桂桂は桂の誤り)



50.作者不明 1944/02

Geppo4550

35香、同龍、22銀、同玉、44角、同龍、31角、同玉、32飛、41玉、
42歩、51玉、31飛成、62玉、61龍、同玉、71歩成、62玉、73金、51玉、
63桂、同金、62金、同金、63桂、同金、52歩、62玉、72香成
まで29手詰

13玉は、35角、24歩、25桂、12玉、13歩、同桂、23角以下。
33歩合は、31角、同玉、32飛、41玉、42歩以下。
33桂跳は、32飛、21玉、12角、同香、22歩以下。

 この作品も紹介済みです。
 わざわざ龍を近づけて44角を
取られるくらいなら、単に22銀で良さそうですが、そうすると44角、13玉で詰みません。35香はこの変化に備えて質駒をつくる意味です。初形から8手進行した局面で龍だけが動いた状態になっています。
 収束も小気味よく、作者名を知りたいところです。



 月報1941年5月号に先行作がありました。不完全だったため、作者名は明らかにされていません。

3315

35香、同龍、22銀、同玉、44角、同龍、31角、同玉、32飛、41玉、
53桂打、同金右、同桂生、同龍、31飛成、同玉、32金
まで17手詰


33桂跳で不詰。

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私家版『詰将棋第二部集』として紹介した作家、作品をまとめました。

作者 手数 発表年月 完全性
1 丸山正爲 37 1926 7 収束余詰
2 加藤温水 11 1926 9
3 三上市太郎 7 1926 9
4 丸山正爲 21 1926 11
5 大江歩進 25 1926 11
6 藤川義夫 47 1926 12
7 加藤温水 21 1927 2
8 瀧谷正郷 19 1927 2
9 根村均 21 1927 5
10 朝日奈仁一 19 1927 7
11 山川松市 9 1928 2
12 清水清 17 1928 5
13 石岡庄次 23 1928 7
14 古川氏 21 1928 7
15 伊藤勝喜 23 1928 8
16 井坂参夫 17 1928 8
17 正棋生 21 1928 11
18 伊藤勝喜 13 1929 1
19 田代武雄 27 1929 10
20 奥坂正美 9 1930 2
21 正棋生 23 1930 6
22 村田米作 27 1931 3
23 清水清 45 1932 2 収束余詰
24 和田兼水 27 1932 3 余詰
25 酒井桂史 15 1932 4
26 酒井桂史 25 1932 5
27 鶴田友一 41 1932 8 非限定
28 酒井桂史 25 1932 9 収束余詰
29 田代武雄 23 1932 12
30 金太郎生 33 1933 5
31 川合新之助 27 1933 5
32 村田米作 29 1933 7
33 正棋生 31 1933 7
34 今田政一 27 1933 8 余詰
35 松本朋雅 11 1934 9
36 里見凸歩 31 1935 10
37 吉田俊三郎 23 1935 11
38 杉本兼秋 25 1939 7
39 大橋虚士 23 1941 5
40 有馬康晴 25 1941 8
41 不明 21 1941 9 不詰と余詰
42 藤井朗 37 1941 10
43 小田内孝 33 1942 5
44 廣瀬善一 25 1942 9
45 杉本兼秋 25 1942 12
46 廣瀬善一 41 1943 2
47 杉本兼秋 39 1944 1 非限定
48 北村研一 29 1944 2
49 小林豊 23 1944 2 余詰
50 不明 31 1944 2

逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず
こうしてみると20年弱の間ですが、誌上から消えた人、亡くなった人、新たに登場した人など変遷が感じられます。
(了)

2016年5月21日 (土)

私家版『詰将棋第二部集』 その24

47.杉本兼秋 1944/01

4497

25金、16玉、15金、同玉、16歩、同玉、25銀、15玉、27桂、同飛生、
16銀、24玉、57角、同歩成、36桂、33玉、25桂、32玉、44桂、21玉、
13桂生、同銀、22歩、同銀、
12金、11玉、22金、同玉、32桂成、同玉、
23銀、21玉、12銀生、31玉、32歩、同玉、23馬、31玉、41銀成
まで39手詰

32金も可。

 二桂連続跳ね出し。序奏も巧くできています。



48.作者不明 1944/02

4548

45桂、同飛、44金、同玉、22角、同金、54金、33玉、43金、同玉、
44歩、33玉、25桂、同飛、53飛成、32玉、43龍、31玉、41龍、同玉、
52銀生、31玉、42銀、同玉、43歩成、31玉、41銀成、同玉、52香成、31玉、
42成香
まで31手詰


同歩は、43金、22玉、14桂、13玉、22角以下。

 巧みな桂使い。45桂は上部封鎖、25桂は利き外しです。
 廃刊記念号掲載作なので解答発表がなく、作者も分かりません。

佐原さんより、北村研一作であることを教えていただきました

2016年5月20日 (金)

私家版『詰将棋第二部集』 その23

45.杉本兼秋 1942/12

Geppo3881

13金、同香、24金、同歩、32角、同歩、13龍、同玉、11飛成、12歩合、
14香、23玉、12龍、33玉、13龍、23桂合、22銀、34玉、35歩、同桂、
43龍、同銀、45金、23玉、13香成
まで25手詰

23香合は、22銀、34玉、23龍、同玉、13香成、34玉、35香まで。
23角合は、22銀、34玉、23龍、同玉、13香成、34玉、45角まで。

 この図は「将棋月報好作集」 その4で紹介済みです。
 取歩駒発生。ただし、縛り駒の消去(=森田正司作1959/09詰パラ)はありません。



 龍に桂合はこういうパターンになります。

大野雄一 近代将棋1983/02

70853885

33龍、43桂合、52金、54玉、55歩、同桂、63龍
まで7手詰


46.廣瀬善一 1943/02

Geppo3979

11角成、同玉、22銀打、12玉、21銀打、同角、24桂、同歩、21銀生、11玉、
22銀成、同玉、23香、同玉、41角、22玉、32角成、11玉、33馬、22金、
12歩、21玉、32銀成、同金、11歩成、31玉、41桂成、同玉、51歩成、31玉、
41と、同玉、52金、31玉、42金、同金、43桂、同金、32歩、41玉、
51と
まで41手詰

 本局も密集していますが、たまたまで、この作者の作品がこういう傾向にあるわけではありません。
 易しい手順ですが、不動駒は13歩だけ。よく捌けるのに感心しました。

2016年5月19日 (木)

私家版『詰将棋第二部集』 その22

43.小田内孝 1942/05

Geppo3619

61飛、同玉、51と、同玉、41飛、62玉、63歩、同玉、52角、同玉、
43飛成、62玉、63歩、61玉、71と、同玉、62歩成、81玉、72と、91玉、
41龍、92玉、81龍、93玉、82龍、94玉、95歩、同玉、86龍、94玉、
95歩、93玉、82龍
まで33手詰

61同飛は、63歩、53玉、43香成、63玉、52角、62玉、61角成以下。

 小田内は当時弘前市の人。1943年8月号の月報「回覽板」(読者のページ)に、入隊し満洲にいるという投稿がありましたが、1943年11月号を境に、戦後も含めて発表作はありません。
 
 太平洋戦争が始まってからも月報には「暴支膺懲」だの「聖戦完遂」だのといった扇動的な文言はあまり見えませんが、4月号に旭日旗と日章旗が交差するカットが現れます。この目次のカットは廃刊記念号まで続きます。

19424

 さらに1942年10月号の「編輯後記」では「臨時出版に要する用紙は許可制になつたので認可されて紙の配給を受けるまでの日數は何ヶ月を要するようでありますから急ぎの出版はのぞめません」と嘆いています。

 63歩から52角、43飛成が面白い手順です。
 収束は手なりに進みますが、金気のない初形に似合っていると思います。



44.廣瀬善一 1942/09

Geppo3757

82歩成、61玉、51歩成、同角、71と、同玉、81香成、同馬、同飛成、同玉、
72角、71玉、61角成、同玉、51香成、同玉、41歩成、同玉、53桂、51玉、
52香、同玉、74角、53玉、63角成
まで25手詰

 廣瀬は当時四日市市の人。
 あぶり出し曲詰「一」です。
 詰上りの絶対性に欠けるというところでしょうが、狭い範囲でそれなりにできているのではないでしょうか。

2016年5月18日 (水)

私家版『詰将棋第二部集』 その21

41.作者不明 1941/09

3365

37桂、同銀生、26歩、同銀成、37桂、同成銀、36金、同成銀、37桂、同成銀、
26歩、36玉、63馬、同龍、46飛、35玉、36歩、同成銀、45飛、同玉、
55金
まで21手詰

45飛、35銀合、同金、同歩、26銀打、34玉、35飛、同金、同銀、33玉、34歩、22玉、14桂以下。

45飛以下、やはり余詰。

45歩合で不詰。

 余詰だらけで作意順は不詰。良いところ無しですが、手順は秀逸です。



 41馬、53龍があまり働いていない上、馬(角)があると余詰順が強力なので、これを省いてはどうかと改作してみました。安心・
安全の19手詰です。(笑)

3365_2


42.藤井朗 1941/10

Geppo3383

92金、72玉、82金、同玉、93銀成、同玉、75角成、82玉、83金、同玉、
94馬、82玉、93馬右、81玉、84香、83金合、82馬、同金、同香成、同玉、
72金、91玉、92歩、同玉、84桂、91玉、81金、同玉、72馬、91玉、
73馬、82金、83桂、81玉、72桂成、同金、91馬
まで37手詰

71玉は、作意のほか、63桂、72玉、73馬、同玉、64金、62玉、54桂、61玉、51桂成、71玉、61成桂、同玉、63香以下17手の早詰。

75同歩は、94香、83玉、84金、72玉、73金、81玉、93桂、92玉(91玉は83桂から81桂成)、84桂、91玉、81桂成、同玉、72桂成まで。

 第二部集用に取っておいた作品がこれです。解答者からは非常に好評でした。
 金、銀、馬とのっけから捨て去るのが鮮やかで、金中合もうまく入っています。

 1941年11月号の月報に「前號新題を拾ふ」と題して「犬張子」を名乗る人の記事より。
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 前號におけるもつとも異色ある創作として、第二部欄をあげるべきであらう。じつさいさすがの筆者も、十五番の變化の難解なのには帽子をぬいだ、六六歩はよくある誤植ぢやないかとうたがつた、一週間ほどたつてやつと七五角成を發見したときはうれしかつた、その晩は興奮してゐてなかなか寝つかれさうにもなかつたものである…
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※十五番は藤井朗作。

2016年5月17日 (火)

私家版『詰将棋第二部集』 その20

39.大橋虚士 1941/05

Geppo3316

13角、21玉、12馬、同玉、31角成、23玉、13馬、34玉、35馬、33玉、
43金打、22玉、13馬、21玉、31馬、同玉、42金左、22玉、32金寄、23玉、
25香、34玉、33金引
まで23手詰

 大橋は京都市の人。本名、清。
 初手13角がとぼけていて味のある好手。ミニ趣向風です。


 月報、1942年4月号より。
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珍客來る

突如京都詰將棋界の闘將、大橋宗桂ならぬ虚士氏來る、珍客とばかりあがつて戴き、早速月報の事から詰將棋の事、果ては誌友の話などで話の種は儘きず、殊に氏の詰將棋の作圖、解答共に讀者が既に御承知の如く卓絶なる事、今更ながら驚くばかり、話のたまたま小生に解答出されしかと尋ねられ、今少し解き得ぬ局あれば未だ出し兼ねてゐると云へば、どれどれお見せあれとの御言葉に、第一部、二十一番をお見せすると、之れは私の局ならば御指南申さんと盤に向はれ、さらさら三十數合、實に輕手、巧手、攻防共に好作品にて、その難解さは一寸小生にも詰め難さ(ママ)感あり、初對面の氏なれども、十年の知友の如く親しげに打語ひ何故、同地に居ながら今まで御會ひ申さざりしと後悔の念に思ひし事多々棋(ママ)を解さぬ時刻は容赦なく過ぎて行く袂を分つは惜しきなれど又の機會を期し御別かれした、晩春ののどけき一日をこのやうに樂しく過せしは最近になし再會の日ぞ待遠しき。
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 筆者は「亀井生」。亀井昭造でしょう。亀井も京都市の人。岡田秋葭とは郵便将棋の間柄で、月報1943年5月号に「噫呼岡田秋葭君」という追悼文を書いています。亀井については、上杉敏夫が1942年6月号の月報に「棋書所藏の數に驚いた。古今のあらゆる棋書を所藏して居られる。あの若さで、全部目を通されて」云々と評しています。上杉は何者かというと、月報1942年3月号に「宮本弓彦兄と前田三桂先生を訪問するの記」という記事を書いています。有馬康晴が月報1943年2月号に「疑問の詰棋書」という題名で『將棋新選圖式』(象戯手段草)について書いた中に「上杉氏に伺つた所によると」云々という箇所があります。これは上杉敏夫を指しているのだと思います。神戸の人。やはり古棋書に通じていたようです。

 なお「第一部、二十一番」は次の図です。1942年3月号。

3548

15香、14歩合、同香、23玉、13香成、同香、33馬、14玉、13銀成、同玉、
14歩、12玉、34馬、23金合、13香、同馬、同歩成、同玉、15香、14歩合、
31角、22桂合、23馬、同玉、22角成、34玉、44金、24玉、33馬、13玉、
14香、同玉、26桂、13玉、14歩、12玉、22馬
まで37手詰


40.有馬康晴 1941/08

Geppo3360

42飛生、同玉、43香生、31玉、41角成、22玉、23歩生、11玉、12歩、同玉、
24桂、11玉、22歩成、同玉、32馬、11玉、13香生、同龍、12歩、同龍、
同桂成、同玉、13歩、同玉、14飛
まで25手詰

 3手目の香不成は、41に利かせるためで打歩に関係はありませんが、飛、香、歩の不成物になっています。

2016年5月16日 (月)

私家版『詰将棋第二部集』 その19

37.吉田俊三郎 1935/11

Geppo1973

34角、同金、43飛成、33金打、32角成、12玉、16龍、同桂、14香、13桂合、
同香成、同玉、33龍、同金、25桂、24玉、33馬、25玉、35金、26玉、
15馬、同玉、25金打
まで23手詰 

33他合は、32龍、14玉、12龍以下。

 吉田は当時静岡県函南村の人。
 初手は限定打。限定合を交えて、収束もきれいです。



38.杉本兼秋 1939/07

2795

55桂、32玉、24桂、同歩、43桂成、22玉、23飛、同玉、41角、12玉、
13歩、同玉、14銀、12玉、23角生、22玉、32角成、11玉、12歩、同玉、
23銀成、11玉、33馬、同桂、12銀
まで25手詰

同銀は、43銀、22玉、31角、12玉、32飛以下。

43同玉は、52銀打、32玉、41角、22玉、32飛、23玉、42飛成、13玉、33龍、同桂、14銀、12玉、23銀成、11玉、12歩、21玉、32角成まで21手。

 桂を銀に打ち換える変化を含む小粋な序奏から、角生を交えた流れの良さで見せる作品。

2016年5月15日 (日)

私家版『詰将棋第二部集』 その18

35.松本 1934/09

1692_2

74銀、同角成、83金、同馬、72銀成、同玉、63金、71玉、53馬、同香、
62銀
まで11手詰

 作者については情報なし。
 何ということはない作品ですが、好みです。
 47角が思わせぶりですが、65角でも同じです。
 

本局もEOGさんにより、松本朋雅(知義)作であることが判明しました
コメント欄をご覧下さい


 初手81銀から始める手もありました。

1692_3


36.里見凸歩 1935/10

1952

74飛、84桂合、同飛、93玉、94歩、92玉、81飛成、同馬、93歩成、同玉、
75角成、84桂合、同馬、82玉、83馬、91玉、73馬、82桂、83桂、92玉、
93歩、同玉、94歩、同桂、85桂、92玉、91桂成、同馬、93桂成、同玉、
83馬
まで31手詰

 この作品は既に紹介済み。『闘魚』第26番です。第二部には他にも里見義周の好作がありますが、代表して一局選びました。
 84桂の捨合2回。統一感があり、その後の展開も巧い。


 ただし、52歩はどうやら不要。
 こんな感じにしたいです。

1952_2

2016年5月14日 (土)

私家版『詰将棋第二部集』 その17

33.村田米作 1933/07

1376

28角、27玉、37角、16玉、17歩、同玉、28角、27玉、46角、16玉、
17歩、同玉、35角、同金、18歩、16玉、26龍、同金、15龍、27玉、
26龍、同玉、17金、25玉、26歩、14玉、13銀成、15玉、27桂
まで29手詰

 第22番の姉妹作のような。
 26龍を中心に組み立てたのでしょうか。
 玉方22歩がないとどうなるか。これは28角、27玉、37角、28歩合、38龍、16玉、17歩以下31手詰になりますが、歩が3枚余ります。



34.作者不明 1933/08

1391

56金、同玉、66飛、同玉、58桂、56玉、67銀、45玉、56銀、同玉、
67角、65玉、76角、56玉、65角、45玉、54角、56玉、74馬、65歩合、
同角、45玉、54角、同飛、46歩、55玉、65馬
まで27手詰


84馬、75金合、57銀、66歩合、83角成、64玉、73馬上、54玉、46桂以下。

同飛は、72角成、54歩合、同馬、同玉、64馬、45玉、46歩以下。

 余詰があったために作者名が明らかにされなかった作品。玉方の飛車が動けば37桂で簡単なので、そこを狙っての攻防です。
 邪魔な銀を捌いてからの角の運用が鮮やか。
 修正は玉方82香配置で良いと思います。

EOGさんにより、今田政一作であることが判明しました
コメントをご覧下さい

2016年5月12日 (木)

私家版『詰将棋第二部集』 その16

31.川合新之助 1933/05

1348

22金、同玉、33飛成、21玉、22龍、同玉、34桂、32玉、42歩成、21玉、
32と、同成桂、22歩、同成桂、同桂成、同玉、34桂、32玉、42香成、21玉、
31成香、同玉、41香成、21玉、22歩、32玉、42角成
まで27手詰

14桂も可。

31とも可。

 川合は当時東京市の人。1937年1月の月報「詰將棋第一部集」(上巻)では「故 川合新之助」と表記されています。1933年3月死去。享年不明です。
 打歩絡みのミニ趣向です。34桂に対し32玉とよろめく手が打歩詰誘致になっていて愉快。非限定がいくつかありますが、致命的な不具合ではないでしょう。



32.正棋生 1933/07

Geppo1375

31銀生、同玉、43桂、22玉、14桂、同歩、31角、11玉、12銀成、同玉、
13歩、11玉、21桂成、同玉、22角成、同玉、33歩成、13玉、23と、同玉、
33角成、12玉、13歩、同玉、25桂、12玉、13歩、21玉、31桂成、同玉、
32馬
まで31手詰

 ここには酒井桂史作を予定していたのですが、不具合がいろいろあったので変更しました。
 流れるような手順で、難しいところはありません。
 四桂を使いきれば、なお良かったのですが。

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