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2016年4月 3日 (日)

『博文舘太陽詰手』 番外

 「太陽」出題図の中に『将棋攻格』が4局混じっているのが気になります。

作品番号 太陽 コメント1 將棋月報 コメント2
01 1927/07
02 1927/11 六番
03
04 1942/03 七番
05
06
07 七番 1927/10 四番
08 1928/01 十二番
09
10 1927/08
11 1927/09
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23

作品番号は正規のもの。
太陽に掲載された作品に◯。
コメント1は松浦大六による欄外書き込み。
月報に掲載された作品は出題月入り。
コメント2は手順発表(2箇月後)の際に付されたもの。1942年3月の「七番」は今田政一による。



 月報の掲載作について説明すると、1927年7月号から1928年1月号まで6局懸賞出題されました。12月号は掲載なし。正規番号第4番作品は、1942年3月号の今田政一「十代將軍詰手考」と題した記事に図面が紹介されています。これで7局。国会図書館のデジタル通信サービスには1927年10月号がなく(湯村氏不所有)、データベースは越智信義蔵書によって補ったものと思います。手順掲載月の月報には作品番号が書いてあるものもありますが、7月、9月の出題作については説明がなく(8月号分は10月号掲載なので、何が書いてあったか分からない)、とりあえず確認できるのは表に記した分だけです。
 月報の出題作は前田三桂所蔵本によるものと明記してあります。また、今田の一文には、山村兎月の写本を見る機会を得たこと、その原本は前田三桂所蔵本であると書かれています。

 さて、「近代将棋」(1953/05)に扶桑鋼太郎(越智氏)が「『象戲攷格』について」という一文を寄せていますが、そのなかに「戦前の『將棋月報』によると家治公の詰將棋は十二局と伝えられ、そのうちの六局ほどが、発表されていた」とあります(「詰棋界」通巻14号(1953/05)の「『象戯攷格』について」も、この部分は同一)。また、「旧パラを検証する88」 によれば1950年12月号に松井雪山も局数十二と書いているとのことです。
 月報の「十二局」というのは前掲の「十代將軍詰手考」の中の次の一文に端を発しているのでしょう。
---
自作詰將棋十二番がある、之は寫本として傳はり、高濱作藏氏藏本には見出し
の如き表題が附されてゐる。然るに故大崎八段の藏書には「浚明院攻法」と記載されてゐるとのことである。
---
「十代將軍詰手」か?

 
「十二番」は今田自身の言葉なのか、伝聞なのか良く分からない書き方になっています。また前田三桂所蔵本も12局なのかどうか今田は何も触れていませんが、12局と思われるような書きようではあります。前田三桂の蔵書も山村写本も所在が確認されていないので調べようがありませんが、正規本とは異なる配列になっていたことは月報の手順掲載号から明らかです。

 では、小野名人が見た、あるいは松浦大六が見た攻格は同じ12局の写本でしょうか。小野名人については皆目分かりませんが、松浦の書き込みは一局だけながら正しい作品番号になっている点が興味を引きます。
 越智氏は「はからずも、最近入手した『象戲攷格』の写本」と書いていますが、これは帝国図書館の明治32年11月6日の寄贈印がある岡田乾州所蔵本に由来するものと言われています。
 「太陽」への攻格出題は明治31年、松浦の識語が明治32年2月1日なので、帝国図書館への寄贈以前に、松浦は正しい作品番号のある図面を知っていたと思いこんでいましたが、識語を書いた後でも明治44年に亡くなるまでに岡田乾州寄贈本(の写本)を手に入れて書き込んだ可能性もあるので、これは何とも言えません。
 ちなみに、欄外書き込みは墨なのですが、この書き込みだけはピンクに近い朱色です。

2016年4月 1日 (金)

『博文舘太陽詰手』反省会

 原図はそれなりの作も多かったのですが、改作図は見苦しいところをお見せして申し訳ありません。

掲載年月日 原図 手数 完全性 改作図 手数 完全性 原図指摘
第1回 1897/05/20 玉図67 35 33
玉図03 21 13
第2回 97/07/05 玉図07 35 31 不詰
玉図21 21 余詰 15
第3回 97/07/20 玉図04 15 15
玉図31 15 17
第4回 97/08/05 玉図01 35 33
玉図06 13 13
第5回 97/08/20 無双01 11 原図のまま
図巧51 31 23 余詰
第6回 97/10/05 玉図09 27 37
9 余詰
第7回 97/10/20 玉図15 25 21
図巧04 39 33
第8回 97/11/05 玉図43 25 35
図巧68 25 21 余詰
第9回 97/11/20 玉図16 37 45 余詰
25
第10回 97/12/05 玉図94 47 45 余詰
玉図86 17 余詰 13 余詰
第11回 97/12/20 玉図69 19 17
玉図84 39 31 余詰
第12回 98/01/20 玉図39 15 23 余詰
玉図46 23 余詰 25 余詰
第13回 98/02/05 玉図68 25 33
玉図53 15 17
第14回 98/02/20 玉図58 17 21 余詰
玉図54 21 23 余詰
第15回 98/03/05 無双43 47 原図のまま
玉図63 31 29 余詰
第16回 98/04/05 玉図19 47 47 余詰
図巧60 29 33 余詰
第17回 98/04/20 図巧65 31 31 余詰
図巧05 21 23 余詰
第18回 98/05/05 図巧40 21 21 不詰
25 不詰
第19回 98/05/20 玉図100 95 余詰 85 余詰
図巧76 25 余詰 15
第20回 98/06/05 図巧87 43 39 余詰
図巧77 19 13
第21回 98/06/20 玉図83 37 余詰 45 余詰
図巧78 21 19 余詰
第22回 98/07/05 攻格21 19 19
図巧69 13 9 余詰
第23回 98/07/20 攻格19 49 余詰 原図のまま
図巧15 29 21
第24回 98/09/05 図巧28 39 33
図巧14 25 原図のまま
第25回 98/10/05 攻格07 21 原図のまま
攻格23 17 余詰 原図のまま

 改作図の何とも凄まじい不完全率。いちからつくったのなら分かりますが、完全作に手を加えて潰しているのですから、底知れぬ検討力です。

 ところで、『将棋攻格』について佐原氏から「攻格は当時流布していなかったと思うのですが、小野名人はどこから入手したのでしょうか」とコメントをいただいていました。答えは分かりませんが、松浦大六も攻格を知っていて、欄外に「本題ハ徳川十代将軍御作御詰手七番也」など書き込んでいます。
 実は、これにとどまらず、松浦はこの写本の欄外に改作図の出所をいちいち書いているのです。このため原図調査はラクでした。
 「原図指摘」の◯は松浦が欄外に出所を書き込んでいる作です。
 ◯がない図は、勿論、私が調べました。(笑)

2016年3月31日 (木)

『博文舘太陽詰手』 その19

 最終回です。
 松浦写本には、解がありません。おそらく次号に解だけの掲載はなかったのでしょう。

第二十五(1898年10月5日号)
甲の部

007 251

33金、同金、45龍、同玉、34角、54玉、55金、63玉、52角成、同金、
64金、62玉、54桂、61玉、52と、同玉、53金打、51玉、42桂成、61玉、
52成桂
まで21手詰

同香も、45龍以下同じ手順で詰む。

 『将棋攻格』第7番です。
 34角が主眼の手筋。



乙の部

023 252

13飛成、同角、15桂、22玉、14桂、21玉、22歩、同角、同桂成、同玉、
31角、21玉、13桂、同歩、22歩、12玉、24桂
まで17手詰

12銀不成、同香、同飛成、同玉、24桂、21玉、31歩成、同角、32と、11玉、12香まで。

34桂打、21玉、31歩成、同角、22歩、同角、同桂成、同玉、23桂成、同玉、41角以下。

33桂、同銀、22歩、同銀、同角成、同玉、33銀以下。

 『将棋攻格』第23番です。完全作だとしても今一つ。


 結局、『博文館太陽詰手』50局は玉図26局、図巧15局、将棋攻格4局、無双2局、出所不明3局でした。改作図は一つとして褒められたものではありませんでした。

 

2016年3月30日 (水)

『博文舘太陽詰手』 その18

第二十三(1898年7月20日号)
甲の部

019

62馬、同玉、51馬、72玉、42飛成、83玉、82龍、94玉、95馬、同玉、
86銀、96玉、85龍、87玉、77銀、78玉、88龍、67玉、68龍、56玉、
66龍、47玉、57龍、36玉、37龍、25玉、35龍、14玉、23銀、同玉、
15桂、22玉、23金、同銀、同桂成、同玉、15桂、22玉、14桂、同歩、
13銀、同玉、33龍、12玉、23龍、11玉、13龍、12合、23桂生
まで49手詰

43馬上、62玉、61馬、同玉、51馬、72玉、42飛成、83玉、82龍以下。

 十代将軍徳川家治『将棋攻格』第19番そのままです。
 単調な龍追い。



乙の部

100015 46

84桂、83玉、92桂成、同玉、82香成、同金、91飛、83玉、72龍、同玉、
63歩成、同玉、64歩、同と、53金、72玉、73角成、同玉、51角生、72玉、
71飛成、83玉、84歩、93玉、82龍、同玉、73角成、同玉、83金
まで29手詰

51角成は、62歩合、同馬、83玉で打歩詰。

 図巧第15番です。
 捌きの作品で、あまり良い出来とは思えません。収束は変長ですが、当時は73同玉と取るのが基本。



改作図作意
92桂成、同玉、82香成、同金、91飛、83玉、72龍、同玉、63と、同玉、
53金、72玉、71飛成、83玉、84歩、93玉、82龍、同玉、73角成、同玉、
83金
まで21手詰

 73角成~51角不成を省略しているため、見どころのない図になっています。



第二十四(1898年9月5日号)
甲の部
 

100028 47

33銀生、同歩、13角、23玉、24飛、同と、22角成、同玉、12飛成、31玉、
21金、41玉、31金、同玉、43桂、41玉、51桂成、同玉、63桂、61玉、
71桂成、同玉、83桂、81玉、91桂成、71玉、81成桂、同玉、83香、71玉、
82香成、61玉、72成香、51玉、62成香、41玉、52成香、31玉、42成香
まで39手詰

15玉は、16飛、25玉、43角、35玉、47桂以下。
33同玉は、34飛、43玉、61角、62合、55桂以下。

91同玉、93香以下、変同。

 図巧第28番。
 桂を打っては成り捨てる軽趣向。


改作図作意
24銀、同玉、33角生、同歩、13角、23玉、24飛、同と、22角成、同玉、
12飛成、31玉、21と、41玉、31と、同玉、43桂、41玉、51桂成、同玉、
63桂、61玉、71桂成、同玉、83桂、81玉、21龍、82玉、71龍、83玉、
84香、92玉、82龍
まで33手詰

 左辺の壁が目障り。



乙の部

100014

22飛成、同玉、34桂、12玉、21龍、同玉、31歩成、11玉、22銀、12玉、
24桂、同馬、21銀生、11玉、22桂成、同玉、32馬、11玉、23桂、同馬、
12銀成、同馬、23桂、同馬、21馬
まで25手詰

22同馬は、24桂、11玉、12銀、同馬、同桂成、同玉、24桂、22玉、44角、33合、31馬、23玉、13馬、同玉、16龍以下21手。

 図巧第14番、そのまま。
 馬の翻弄物です。



2016年3月28日 (月)

『博文舘太陽詰手』 その17

第二十一(1898年6月20日号)
甲の部

270083_2

41

24桂、同歩、23銀、同玉、24歩、22玉、33金、31玉、42金打、同金、
同金、同玉、
43銀、31玉、64角成、同歩、42金、22玉、32金、13玉、
23歩成、同玉、33桂成、13玉、24成桂、同玉、34銀成、25玉、26歩、同馬、
同銀、同玉、27歩、同玉、63角、28玉、18角成
まで37手詰

23金も可。
64角成も可。
64角成も可。

 出所不明の図。
 佐原さまより玉図第83番の改作とご指摘いただきました。節穴でした。
 64角成、同歩で歩を吊り上げておいて63角と打つ狙いですが、序奏は今一つ。


改作図作意
22銀、同玉、23銀、同玉、24歩、22玉、
33金、31玉、42金打、同金、
同金、同玉、64馬、同歩、43銀、31玉、42金、22玉、32金、13玉、
23歩成、同玉、33桂成、13玉、24成桂、同玉、34銀成、25玉、26歩、同馬、
同龍、同玉、27歩、同玉、63角、28玉、18角成、39玉、38金、同玉、
28飛、49玉、48飛、39玉、28馬
まで45手詰

 上記の不具合に加えて、
23歩成や33銀の余詰もあります。



乙の部

100078 42

48桂、同と、59香、58歩合、同香、同と、48桂、同と、57歩、65玉、
35飛、同香、66馬、同玉、67金、65玉、66歩、55玉、75飛、同馬、
56金
まで21手詰

57飛右は、65玉で逃れ。
57香は、65玉、35飛、同香、66馬、同玉、67金、65玉で66歩が打歩詰。

 左の原図は図巧第78番。
 
57香が57歩なら66歩が打てる、というわけで59香、58歩合で歩を得て48桂で元に戻す。香歩不利交換です。香が出尽くしているのはこのため。香合がきけば58香合で詰みません。構図もゴチャゴチャしておらず品があります。


改作図作意
48桂、同と、
59香、58歩合、同香、同と、48桂、同と、57歩、65玉、
66馬、同玉、67金、65玉、66歩、55玉、75飛、同馬、56金
まで19手詰

57飛右、45玉(65玉は66角成、同玉、67金以下)、44角成、36玉、28桂、25玉、26香、14玉、17飛、15合、同飛、同玉、17飛までの余詰。

 改作図作意は35飛が不要(無駄手)なので19手。いかに看寿が深謀のもとに作図しているかが分かります。

図巧第78番



第二十二(1898年7月5日号)
甲の部

43_2

33角成、同玉、23飛生、44玉、43飛生、35玉、45飛生、26玉、25飛、37玉、
27飛、46玉、47飛、55玉、56歩、同玉、83角、55玉、65角成
まで19手詰

 不成を交えた飛車の回転は『将棋勇略』第98番や九代宗桂の『将棋舞玉』第31番に似ていますが、「太陽」にはどちらの作品集の図も他には出て来ず、構図も違うのでこの図も出所不明です。
 これも佐原さまより『将棋攻格』第21番と同一図との指摘が。
 『将棋攻格』はあとで出てくるので見ていたはずなのですが、節どころではありませんでした。



 せっかく回転しているので、完全一回転にしたい。(笑) 歩も取らずに持駒にしたいですね。角打の非限定もなくすとこんな感じです。

43_3



乙の部

100069 44

78金打、同角成、同金、同馬、89金、同馬、88銀、同馬、77龍、同馬、
68角、同馬、89金
まで13手詰

68玉は、78金、58玉、67角、同龍、同龍、49玉、27角以下、変化長手數。

 左は図巧第69番。
 4手目までは付け足しのような手順ですが、89金と馬の87への利きを外しておいて88銀が退路に捨駒。同馬で88を塞いで、77龍から68角は手筋です。



改作図作意
89金、同馬、88銀、同馬、77龍、同馬、68角、同龍、89金
まで9手詰

68玉は、69銀打、同馬、66龍、58玉、38飛、48合、57角以下、変長。
57角、78玉、89金、同馬、87龍まで余詰。

2016年3月27日 (日)

『博文舘太陽詰手』 その16

その14以降は、左が原図、右が「太陽」掲載図です。動く将棋盤も原図のものです。

第十九(1898年5月20日号)
甲の部

270100_2 37

86桂、同と、73金、65玉、55と、同と、64金、56玉、46金、同と、
同と、同玉、45金、56玉、55金、46玉、37龍、同玉、27馬、46玉、
56金、同銀生、36馬、55玉、65金、同銀、45馬、64玉、74金、同銀、
54馬、73玉、83成銀、同銀、63馬、82玉、81と、92玉、84桂、同銀直、
82と、同玉、72馬、91玉、93香生、同銀、92歩、同玉、
29角、同と、
83銀、91玉、73馬、81玉、72銀生、92玉、74馬、82玉、83銀、81玉、

92銀、72玉、73歩、62玉、52歩成、71玉、61と、同玉、72歩成、同玉、
73飛、62玉、63馬、51玉、52馬、同玉、43歩成、62玉、53飛成、71玉、
74香、72歩、81銀成、同玉、83龍、82角合、72香成、91玉、82成香、同銀、
92歩、81玉、63角、71玉、72龍
まで95手詰

92歩、同玉、93香も可。
29角を省くと82歩合で打歩詰。
成っても成らなくても可。

 原図は玉図第100番。君仲の最長手順作です。
 斜めに金を3枚並べたあと、玉方の銀を連れて馬がのぼっていく夏木立趣向が始まります。
 左上隅で馬鋸のような形になり、もう一趣向かと期待しますが、飛を取る手順に落ちつきます。


改作図作意
55と、同と、64金、56玉、46金打、同と、同金、同玉、45と、56玉、
55と、46玉、37龍、同玉、27馬、46玉、56と、同銀生、36馬、55玉、
65金、同銀、45馬、64玉、
74金、同銀、54馬、73玉、83桂成、同銀、
63馬、82玉、81と、92玉、84桂、同銀直、82と、同玉、72馬、91玉、
93香生、同銀、92歩、同玉、29角、同と、83銀、91玉、73馬、81玉、
72銀生、92玉、74馬、82玉、83銀生、81玉、92銀生、72玉、73歩、62玉、
52銀成、71玉、61成銀、同玉、72歩成、同玉、73飛、
61玉、52馬、同玉、
43歩成、41玉、
71飛成、51桂、42香、31玉、51龍、22玉、34桂、12玉、
21龍、同玉、23香、12玉、22香成
まで85手詰

46馬、53玉、63馬、42玉、64馬上以下の余詰。
62玉で2手延ばすのが正しい。
62玉が正しい。
42香以下の手段もある。




乙の部

100076

38

58歩、同飛成、67金、同龍、58歩、同龍、48角、同龍、58歩、同龍、
同馬、同玉、68龍、47玉、57飛、36玉、38龍、26玉、16金、同玉、
17飛、26玉、27歩、17玉、18龍
まで25手詰

58同馬は、同玉、68龍、47玉、57飛、36玉で38龍が王手にならない。しかし、

58同馬、同玉、48飛、57玉、68龍、56玉、58飛、47玉、38銀、36玉、27銀、35玉、36歩、同金、同銀、同玉、27金、45玉、65龍、44玉、64龍、33玉、53飛成、43銀合、24金、同玉、46角、35銀合、同角、同玉、47桂、24玉、35銀、13玉、43龍、23角合、24銀打、22玉、23銀成、11玉、22角、21玉、61龍まで。

 原図は図巧第76番。
 66金と37角、2枚の邪魔駒消去。
 初手いきなり67金は同飛不成で打歩詰。龍にしておくのが肝要です。
 
48角のところで潰れていますが、45金はと金にすべきでした。


改作図作意
57角成、同玉、68飛成、47玉、57飛、36玉、38龍、26玉、16金、同玉、
17飛、26玉、27歩、17玉、18龍
まで15手詰
 狙いも何もない図です。


図巧第76番



第二十(1898年6月5日号)
甲の部

100087 39

53歩、51玉、41歩成、61玉、52歩成、同玉、63歩成、同飛、同飛成、同玉、
53飛、
64玉、54飛生、73玉、74歩、63玉、64歩、74玉、63歩成、同玉、
53飛成、同玉、54馬、52玉、53歩、61玉、71と、同玉、74香、73香、
同香生、同馬、81成桂、61玉、52歩成、同玉、53香、41玉、31桂成、同玉、
21馬、同玉、22金
まで43手詰

63同歩は、53歩、61玉、62歩、同玉、54桂、61玉、51と、同玉、42桂成以下。

53同玉は、54馬、52玉、53歩、61玉、71と、同玉、72歩、61玉、52歩成、同玉、53香、41玉、31桂成以下。

53飛成は、同玉、54馬、52玉、53歩、61玉、71と、同玉で74香が打てない。

 原図は図巧第87番。
 歩を打っては成り捨てる手順ですが、
53飛からの数手が巧妙です。


改作図作意

51と、同玉、41歩成、61玉、52桂成、同玉、63歩成、同飛、同飛成、同玉、
53飛、64玉、54飛生、73玉、74歩、63玉、64歩、74玉、63歩成、同玉、
53飛成、同玉、54馬、52玉、53歩、61玉、71と、同玉、72歩、61玉、
52歩成、同玉、53香、41玉、31と、同玉、21馬、同玉、22金
まで39手詰

 74歩消去の意味を二歩禁に求めています。それは良かったのですが、

52桂成、同玉、63歩成、イ同飛、同飛成、同玉、53飛、ロ64玉、54飛生、73玉、74歩、63玉、A64歩、74玉、63歩成、同玉、53飛成、同玉、54馬、52玉、53歩、61玉、71と、同玉、72歩、61玉、52歩成、同玉、53香、61玉、51とまで。



乙の部

100077 40

69桂、同金寄、48金、同金、同銀上、58玉、68金、同金、69馬、同金、
78龍、68歩合、59金、同金、同銀、同玉、69金、同歩成、48龍
まで19手詰

69同飛成は、48金、同金、同銀上、58玉、57金まで。

 原図は図巧第77番。
 必要そうな78馬が実は邪魔駒で、守備駒を下手に動かさないように68金、同金、69馬と、馬金丸損で捨てる。教科書のような手順です。


改作図作意
58銀打、同飛成、同銀上、68玉、
88飛成、78歩合、69飛、同金、同銀、同玉、
79金、同歩成、58銀
まで13手詰
 主眼の部分がなく、
69飛、同金、78飛成の手順前後(というより余詰)もあります。


図巧第77番


2016年3月26日 (土)

『博文舘太陽詰手』 その15

その14以降は、左が原図、右が「太陽」掲載図です。動く将棋盤も原図のものです。

第十七(1898年4月20日号)
甲の部

100065 33

93飛成、89玉、98龍、79玉、78金、69玉、68金、59玉、58金左、49玉、
48金、同馬、58銀、39玉、49金、同馬、38金、同玉、49銀、37玉、
38銀、同と、49桂、同と、38龍、同玉、83角、48玉、47角成、59玉、
58馬
まで31手詰


48同桂成は、58銀、39玉、49金、同馬、38金、同玉、47銀まで。

38同龍は、同龍、同玉、83角、49玉、39飛以下2手早い。

 図巧第65番。
 金を押していくあたりは平凡ですが、38銀からの三連捨駒が眼目。


改作図作意
99飛、同玉、93飛成、89玉、98龍、79玉、78金、69玉、68金、59玉、
58金左、49玉、48金、同馬、58銀、39玉、49金、同馬、38金、同玉、
49銀、37玉、15角、26桂合、同角、同と、38銀、同銀、29桂、同銀、
49桂
まで31手詰


38銀、同銀、26角も可。



乙の部

100005

34

63角、84玉、93飛成、同玉、92飛生、83玉、84歩、同玉、85歩、83玉、
82馬、同銀、74角成、同玉、94飛成、73玉、62銀生、同銀、74龍、同玉、
84金
まで21手詰

 図巧第5番。
 63角、84玉で85歩が打歩詰の局面。これを打てるようにするには93飛成から92飛不成しかありません。
 収束まで引き締まっています。


改作図作意

94金、同玉、92飛生、93歩、同飛成、同玉、92飛生、83玉、84歩、同玉、
85歩、83玉、82馬、同銀、74角成、同玉、94飛成、73玉、62銀生、同銀、
74龍、同玉、84金
まで23手詰

91桂成、93玉、92飛成、84玉、96桂まで余詰。
73飛成、同金、91桂成、83歩合、同飛成、同金、同金、同玉、95桂以下余詰



第十八(1898年5月5日号)

甲の部

100040 35

45金、56玉、66金、45玉、46歩、同角成、57桂、同馬、55金、46玉、
47歩、同馬、45金、同玉、65飛、同馬、46歩、同玉、55銀、同馬、
47香
まで21手詰

45同香は、55銀、同玉、65金、44玉、54金、33玉、43金、23玉、24香、13玉、14歩以下。
 56玉、56飛、55玉、65金、44玉、54金以下。

46同角生は、56金、54玉、65金、45玉、47桂、同角成、55金、46玉、66飛、56合、同金、同馬、47香まで2手早い。

 図巧第40番。
 一言でいうと成らせ物ですが、1筋まで追いかける変化と小気味の良い手順が続く作意。完璧な仕上がりです。


改作図作意
45金、
56玉、66金、45玉、46歩、同角成、57桂、同馬、55金、46玉、
47歩、同馬、45金、同玉、65飛、同馬、46歩、同玉、55銀、同馬、
47香
まで21手詰

45同香で不詰。



乙の部

36

66龍、46玉、55龍、同玉、44銀、同玉、45香、同龍、55銀、同龍、
33銀、同玉、43銀成、24玉、51馬、25玉、15馬、36玉、37馬、45玉、
44金、同龍、同成銀、同玉、43飛
まで25手詰

66同とで不詰。

 この図は出所不明。

2016年3月25日 (金)

『博文舘太陽詰手』 その14

 方針を改め、原図を左に紹介し、小野改作は反面教師として右に提示することにしました。動く将棋盤も原図のものです。


第十五(1898年3月5日号)
甲の部

090043

66桂、同歩、55香、同と、同歩、同玉、56歩、54玉、45金、同龍、
55歩、同龍、45角、同龍、同馬、43玉、44飛、52玉、64桂、61玉、
72桂成、51玉、62成桂、同玉、63銀、61玉、72銀成、51玉、52歩、同玉、
63馬、同玉、73歩成、同飛成、同成銀、同玉、65桂、62玉、63歩、61玉、
62飛、51玉、42飛上成、同歩、52歩、41玉、61飛成
まで47手詰

71玉、74飛、72歩合、同飛成、同玉、73飛、61玉、62歩、同玉、53飛成以下変長。

 『将棋無双』第43番です。
 11手目単に45同馬と龍を取ると同馬、43玉、44飛、52玉、64桂、51玉で52歩が二歩になります。二歩にならないように取れる駒を取らないわけですが、始めから置いてある歩でなく、新たに打った歩を消すのがうまい。打歩にならないように63銀を72銀成と成ってしまうので63馬が捨駒になるなど、理想的ですね。
 改作図はありません。原図と同一なのです。



乙の部

270063 30

79飛、同歩成、同金、98玉、87銀、同玉、78金打、98玉、89金打、同と、
同金、同玉、79金、98玉、99歩、87玉、96銀、86玉、77角、同玉、
68金右、86玉、87銀、同玉、78金上、86玉、77金右、同と、87歩、同と、
76成桂
まで31手詰

89金打も可。

76銀右は同と、同銀、86玉で逃れ。

 左が玉図第63番です。
 初手、飛車から打つのがちょっとした味ですが、金が1枚しかないと、89金打ができないので詰みません。
 結局、66とが取歩駒なのでした。

改作図作意
79金、98玉、89金打、同と、87銀、同玉、78金打、98玉、89金、同玉、
79金、98玉、99歩、87玉、96銀、86玉、85と右、同銀、同と、96玉、
95と右、87玉、78銀、86玉、96と、同玉、75と、86玉、85角成
まで29手詰

76銀右が成立。
86と、同玉、97角、同玉、88銀以下。



第十六(1898年4月5日号)
甲の部

270019 31_2

42銀、62玉、73歩成、同歩、74桂、同歩、54桂、63玉、55桂、64玉、
65歩、同玉、56銀、64玉、66飛、同金、65歩、同金、63桂成、同玉、

64歩、同金、62桂成、同玉、63歩、同金、同角成、同玉、64金、62玉、
17角、同と、53銀成、同歩、22飛成、52飛、63歩、51玉、52龍、同玉、
42飛、51玉、62歩成、同香、52歩、61玉、41飛成
まで47手詰

 玉図第19番。
 67金を63まで運ぶ趣向です。難しくなく気持がいい、玉図の特徴ですね。

 改作図は作意手順こそ殆ど同じですが、54桂跳で63角成、同玉、55桂、64玉、65歩、55玉(65同玉は56金、64玉、63桂成、同玉、64歩、同玉、34桂以下)、34桂、44玉、46飛、54玉、55歩、65玉、66金打、64玉、44飛、63玉、64歩以下の余詰があります。34金配置が命取り。



乙の部

100060 32

17銀、19玉、28銀、同玉、17角生、18玉、19歩、同玉、39角、13香、
28銀、29玉、38銀、同玉、48龍、29玉、38銀、18玉、27銀左、同馬、
同銀、同玉、45角、16玉、18龍、25玉、26歩、同玉、27龍、15玉、
24龍、16玉、27角
まで33手詰

 図巧第60番。
 角不成が伏線の軽作。

改作図作意
17銀、19玉、28銀、同玉、17角生、18玉、
19歩、同玉、39角、13香、
28銀、29玉、38銀、同玉、48龍、29玉、38銀、18玉、27銀左、同馬、
同銀、同玉、45角、16玉、18龍、25玉、26歩、同玉、27龍、15玉、
24龍、16玉、27角
まで33手詰


39角、13香、19歩の手順前後あり。
36龍、49玉、47龍、59玉、48龍以下の余詰。
改作しては潰れてますね。

2016年3月23日 (水)

『博文舘太陽詰手』 その13

 改作があまりに酷いので、一日2局を4局にして予定を早めることにしました。しかし、気が乗らないので、お休みが増えて終了が遅くなるかも。(笑)

第十三(1898年2月5日号)
甲の部

25 270068

34金、同銀、24銀生、同馬、36金、同玉、16龍、47玉、39桂、同龍、
38金、同龍、36龍、同玉、26馬、47玉、59桂、56玉、57香、同と、
66金、同玉、44馬、65玉、55馬、74玉、64と、85玉、95と、86玉、
96と、87玉、97と
まで33手詰

 右は玉図第68番。
 玉図:初手34金は邪魔駒消去の伏線(収束で44馬と行くため)。6×8の構図。
 改作:初手34金は行きがけの駄賃で駒取り。9×8の構図、収束のためだけの駒あり。

 49桂、同龍で馬筋を通し、38金は同龍で龍の利きを9段目から外して59桂と打つため。


乙の部

26_3

270053

97角、同玉、89桂、88玉、77馬、79玉、68銀、69玉、78馬、58玉、
67馬、47玉、56馬、37玉、29桂、27玉、17金
まで17手詰

 右は玉図第53番。
 玉図:初手89金から97歩を消して97角と打つ。6×5の構図。
 改作:アタマ2手を削って97角から。8×6の構図、収束のためだけの駒あり。

 改作図の収束は29桂に同金と取るべきだと思いますが、第十一の甲でも桂を取らずに躱しています。


第十四(1898年2月20日号)
甲の部

27 270058_2

23角、44玉、24龍、同角、55銀、同玉、56角成、64玉、75銀、同と、
55銀、同桂、74馬、同玉、84金、同龍、同と、同玉、83桂成、85玉、
84飛
まで21手詰

25銀、44玉、22角、33香合(合駒は金か香しかない)、同龍、同角、同角成、同玉、34香、22玉、31角以下。

 右は玉図第58番。
 玉図:余詰なし。収束に備えて角を移動させる伏線。収束は馬の踏み台になった桂を活用。7×8の構図。
 改作:余詰あり。龍にしたために11香と余計な駒を配置。収束の駒取りも嫌味。9×8の構図。


乙の部

28 270054

79銀打、同桂成、69銀、同金、88飛、同玉、66馬、97玉、88金、96玉、
97歩、85玉、74銀生、94玉、76馬、85香合、同馬、同歩、83銀生、84玉、
74金、93玉、94香
まで23手詰

69銀、同玉、79金、同桂成、59馬、68玉、88金まで。

79同銀、同玉、89金、68玉、66飛、67歩合、79銀、69玉、78銀、68玉、69歩以下。

85桂合で不詰。

 右は玉図第54番。
98金、89玉、78角、同玉、79銀打、同桂成、69銀、同と、88金、同玉、
66馬、87玉、88金、86玉、76馬、96玉、85馬、同歩、97歩、86玉、
77銀
まで21手詰

 玉図:余詰なし。馬に物を言わせて退路を封鎖した後は、一転、軽い打歩詰回避。6×6の構図。
 改作:作意は不詰。余詰あり。論外。

桑原君仲:なんやねん、これ。
小野名人:貴顕紳士と交際するのが忙しくてな。
桑原君仲:相当の礼を以て入門してもらおか。
小野名人:オーノー。
桑原君仲:どこまでもオリジナリティないな。
小野名人:……。

2016年3月20日 (日)

『博文舘太陽詰手』 その12

承前

「何(ママ)程今後は努力して作るよ」
「處で君達の作品と君仲の作品に於てはそれだけの差があるかね」
「それはある、詰將棋の、天才と、一平凡人の作との對照だから、止むを得ない。だが一言云はして貰ひたいのは、一般の素人と君仲の作品を、對照せず我々の先輩作家とも對照してもらひたい事です。現代詰將棋界の名匠、酒井桂史先生。先生の高名は詰將棋を作る者誰しも知つてゐる筈」
「其の通り」
「酒井先生のあの精彩に富んだ流麗高雅の作品は君仲の上位に位すべき作品、否、宗看、看壽と共に並び稱されるべき名品であらうと僕は信ずる。其の他、田代、田邊、今田等の諸氏の作品も、君仲と優劣を競ふ作品ばかりだよ。他に未だ未だ十指に餘る名作を創る作者がゐる」
「待つて呉れ給へ君は詰將棋の事になると夢中になつてしまふので困るよ、僕は土居八段の言が間違つてゐるのを今發見したんだよ」
「土居八段の言が何處が違つてゐるのかね」
「僕が今讀んだ……現代の素人が數局の凡作に誇り詰將棋の段級を要求するものとは雲泥の差がある……云々の言葉だよ土居八段としては自分達の作品と素人の作品を比べると雲泥の差があると書きたかつたのだらう、だが土居八段たるもの、自分の作品を月報の圖譜考檢では皆に棚下し(ママ)をされる、新聞へ發表すれば横槍を喰ふで自分の作圖を對照するの自信は更に無いので君仲の作圖で君達への敵討ちをしたんだらうと思ふ。桑原君仲氏さぞ今頃草葉の蔭でくはばらくはばらと云つてゐられると思ふよ」
「又落語かい、君其の本を見せ給へ……是は君仲と備中の平次郎の對局の詳解ではないか。だから君仲の詰將棋の事を書いてあるのも、當然ではないかね」
「それは僕も知つてゐる、だから現代の素人が云々の言葉は、……現代の我々専門棋士の作圖と、君仲の作圖を比較する時、我々専門棋士として誠に汗顔の至りである……と書くべきだと思ふよ。土居八段も心中さう感じてゐただらうと思ふよ、其の通り書いて於けば無事だつたのだが其處が土居八段の老獪なる處で君仲の作圖を使つて巧みに君達に仕返しをしたのだよ、然し此の反撃たるや將に天下一品の底抜けだね將棋界の大御所と云ふのを君聞いたことがあるだらう」
「土居八段の事を云ふだらう。土居八段の棋界に盡した功績は實に大きい」
「いやそれだつたら將棋界の大御所とは當然關根十三世名人を云はなければならないと思ふ。大御所の本元徳川家康の事を狸と言ふだらう。是は家康の顔が狸に似てゐたからではない。家康が狸の様に老獪であつたからである。◯◯を◯◯の大御所と言ふだらう又××を×××の大御所と言ふだらう皆同じだよ、將棋の大御所たる土居八段も狸の本領を發揮したわけだよ」
「君々、惡口も、いゝ加減にし給へ、君のは惡口と言ふより毒舌だね」
「これは失禮、前言取消。處で本誌の方に土居八段が將棋随想と題して詰將棋の事を書いて居るが其の中に……今や將棋隆盛期に這入つて居る關係上で詰將棋も、昔に比較にならない程澤山世に出て居るが昔の名作に比すべきものは滅多に見られない……と書いてあるが君の意見は」
「將に其の通り、大体に於て昔の作圖の方が優れて居る。然し是は作圖の平均しての對照であつて優秀な作圖のみを、對照したらそんな事は先づ無いと思ふね」
「何分現今のやうに棋界が多事となつては暇にあかして作る事が出來なくなつたのである……とね、然し小作圖を作るにしても未だ作り方があると言ふものだね。もう少し手極(ママ)は良く」
「専門棋士の小作圖にはいゝのがあるよ」
「……次を讀むよ……それが証據には指將棋の盛んな都會より田舎の方が詰將棋に没頭して居る人が多い一体詰將棋は獨りで楽しめるものだけにさうした傾向に自づとなるのであらう……とまあ君達何等努力して名作を作つた處で天下の大新聞は此の人達の迷作が滿載されて居るんだから發表出來る事はないね、君も其の考へでせいぜい名局を作り給へ」
「僕は新聞へ作圖を出さうなんて野望はないね月報へ發表して本當に詰將棋を調べると言ふ方に見て貰つて居るんだから」
「塚田七段が宗看の不詰の局を研究して發表して居るよ」
「是非見たいね」
「月報の山村先生か岩木氏の研究より一歩も出たものではないよ、あれをそのまゝのせたと言つた方が至當だね、詰ま無いものを詰ありの解説を附けたりして居る以て玄人萬能の迷夢さまされん事を……で松井先生の横槍頂戴だよ」
「此の間木村新名人の名人就位記念の詰將棋を見たよ、大毎でね、中々凝つたものだつたよ」
「なあにあんなのは月報にはザラにあるよ」
「然しあの様に色々の條件を附けた作圖は作る事が難しいと思ふ」
「専門家の作圖を發表して居る將棋雜誌では素人の餘り優れた作圖は發表をさける様だね、將棋時代なんかでも一般の作圖は好いのを載せなかつた、それで月報に轉向した作家もある。月報へ載せ出してから名局が増したよ。これは創作力が上つたのではなくて別に名作を送つても發表しなかつたのだ、僕の知つて居る作家に此の様なのが二三人ゐる」
「將棋世界には塚田七段の發表だけに名作が多いだらうね」
「讀者作圖と同じ様なものだね、塚田六(ママ)段の作圖の特長は本手順より變化の長い事だね、そんなのが二三あつた、それで同誌上に讀者の質問があつて建部六段が答へてゐるが相當面倒な問題だ塚田七段創作に當つて今少し注意すべきだね、解答者は迷ふよ。處で君先に言つた詰將棋の段位だねあれをもし君にやるとしたら君は貰ふかね」
「其の免状は誰が出すのだい」
「勿論八段や名人だよ」
「餘り有り難くないね段位なんか詰將棋には變だし指將棋と一緒になる、別な名稱の方が好い、もしだすとしたら詰將棋なら酒井先生か田代先生から出る筈だよ、それだつたら僕は喜んで貰ふよ、今日は君も随分惡口を言つたね、専門家の人達が迷惑するのだよ」
「うん暗殺されない様氣を附けるよ」

 いろいろ考えさせられますね。


第十二(1898年1月20日号)
甲の部

23 270039

82角、同飛、83金、同玉、84歩、74玉、73桂成、同玉、85桂、74玉、
86桂、同と、63銀生、同歩、65角、64玉、43角成、66金合、同香、55玉、
65馬、44玉、43金
まで23手詰
 

83金、同銀、85桂、82玉、73桂左成、同飛、同桂成、71玉、62香成、同銀左、
同成桂、同銀、61飛、同玉、52銀、72玉、63銀引成、同銀、同銀成、同玉、
64歩、同玉、66飛、54玉、21角、44玉、46飛、53玉、65桂、62玉、
42飛成、52歩、73銀、71玉、72歩、同銀、同銀成、同玉、52龍、71玉、
82銀、同香、72歩、81玉、73桂生まで余詰。


63銀生、同歩、86桂も可。

 右は玉図第39番。有名な図です。
 原図は打歩を絡めて徹底した邪魔駒消去。
 改作図には、特にコメントは致しません。

12_2

 「太陽」の当該号です。記載された手順は前号分。
 次号まで囲碁の実戦譜解説と並んでいたようですが、付記に「自(ママ)後は小野氏の將棋と巖埼(※大が立の字)氏の圍碁と交互して掲載することもあるべく、往々將棊の題につき編者に質問書を送らるる向もあれども、そは直接出題者に問はるべし」とあります。囲碁は第14回出題から無くなったようです。
 ところで、「直接出題者に」とは木で鼻を括ったような話ですが、万朝報でも「詰将棋につき様々なる問い合せあるも到底その講釈を登載するの余白なく、又一々書面に返答するの暇なければ是等はすべて相当の礼を以て小野五平氏に入門のうえ同氏に問い合わすべし」という付記があったそうです(『昭和詰将棋秀局懐古録』下巻、加藤久弥「新聞詰将棋のはじめから全国紙普及まで東西十五紙の初掲十八題を点検する」)。


乙の部

24_2 270046

12金、同玉、24桂、同歩、23金、同玉、35桂、22玉、34桂、同歩、
23銀、31玉、21角成、同玉、33桂、31玉、41桂成、同玉、63角成、52金合、
32金、51玉、62金、同金、41飛
まで25手詰

同銀は、32金、同金、同金、同角成、同玉、54角成、43銀合、44桂、41玉、32銀、51玉、72金以下。

15桂も可。

23銀、31玉、32角成、同金、同銀成、同玉、54角成、43銀合、32金、51玉、43桂生以下。

 右は玉図第46番。作意は22銀、同玉、12金、同玉、24桂ですが、初手から32金や32銀の余詰があります。

 改作図には、何のコメントも致しません。 

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酒井桂史『琇玉篇』解題

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