カテゴリー「『闘魚』再録版」の27件の記事

2016年3月 8日 (火)

『闘魚』再録版 その27

月報等の初出と『闘魚』 と『將棋朗作選』の関係をまとめました。

作品番号 初出誌 初出年月 『將棋朗作選』1939/03 『闘魚』再録版完全性 初出時名義
1 將棋朗作選 1939/03 第1番と同一
2 將棋月報 1942/06
3 旧パラ 1951/05
4 將棋月報 1934/09改 余詰
5 將棋世界 1942/02
6 將棋とチェス 1949/07
7 將棋朗作選 1939/03改 第8番の改作
8 將棋朗作選 1939/03改 第42番の改作 余詰
9 旧パラ 1951/01
10 將棋月報 1938/07 第10番の改作 里見凸歩
11 闘魚 1951/12初出
12 將棋月報 1937/06改 里見凸歩
13 闘魚 1951/12初出 余詰
14 將棋世界 1940/09 余詰
15 闘魚 1951/12初出
16 闘魚 1951/12初出
17 將棋月報 1938/12改 第15番の改作
18 將棋月報 1938/06 第21番と同一
19 闘魚 1951/12初出
20 將棋月報 1941/03
21 將棋朗作選 1939/03改 第17番の改作
22 將棋朗作選 1939/03改 第14番の改作
23 詰棋界 1951/10 余詰
24 將棋月報 1934/10 第19番の改作 里見義舜
25 闘魚 1951/12初出 余詰
26 將棋月報 1935/10 里見凸歩
27 詰棋界 1951/08
28 闘魚 1951/12初出
29 將棋朗作選 1939/03改 第27番の改作
30 將棋朗作選 1939/03改 第28番の改作 手順前後
31 將棋朗作選 1939/03改 第4番の改作
32 旧パラ 1951/01 不詰
33 將棋月報 1936/11 第29番の改作※1 里見義舜
34 闘魚 1951/12初出
35 將棋月報 1942/04改
36 將棋月報 1935/07 第38番の改作 里見義舜
37 闘魚 1951/12初出 不詰
38 闘魚 1951/12初版改 ※3 余詰
39 將棋月報 1941/02 余詰
40 將棋朗作選 1939/03改 第37番の改作
41 闘魚 1951/12初出 不詰と余詰
42 將棋朗作選 1939/03改 第25番の改作
43 將棋朗作選 1939/03 第45番と同一
44 將棋月報 1935/06 第43番の改作※4
45 將棋朗作選 1939/03改 第13番の改作
46 將棋月報 1934/06改 里見義舜
47 將棋月報 1935/09 第46番の改作 里見義舜
48 將棋月報 1941/01改
49 將棋月報 1935/08 第49番と同一 里見義舜
50 將棋月報 1942/03改

※『將棋朗作選』は將棋月報1939/03掲載の作品集

※1 月報作を朗作選で改作、さらに闘魚で改作
※2 月報作を朗作選で改作、さらに闘魚で改作
※3 初版作を『昭和詰将棋秀局懐古録』で改作提案、再録版で採用
※4 月報作を朗作選で改作、さらに闘魚で改作

(完)

2016年3月 7日 (月)

『闘魚』再録版 その26

 二、「攻方は最短手順にて詰むを要す」なる規定に果して不必要か

 詰將棋には勿論絶對に餘詰早詰があつてはならない。餘詰(以下すべて早詰をも包含した意味に用ひる。早詰と餘詰は本質的には何等の差異がないのであるから)のあるやうなものは如何に妙手に富んでゐた所でその作品としての價値はゼロである。否作品とは云ひ得ないのである。たゞそこで問題となるのは如何なるものを指して餘詰といふかといふ事である。即ち餘詰の解釋である。杉本氏は「攻方の手順によつて生ずる種々なる指方を餘詰といふ」と云はれているが、この定義は極く大ざつぱな意味に於てのみ正しい。一般にはこのやうに定義しても差支ないのであらう。しかしかゝる大ざつぱな不正確な定義を以て直に「攻方は最短手順にて詰める事を要す」なる規定の不必要を論ずるが如きは些か早計ではないだらうか。
 氏は餘詰の意味を餘りに厳格に考へ過ぎてゐる。といふのはたとひ攻方の手順によつて生ずる種々なる指方でもその性質、その程度の如何によつてはまだ、餘詰なりとは云ひ得ないものがあるからである。次に實例を引いてみよう。

Photo

 假に圖の様な終局を有する詰將棋があるとする。この場合攻方に23銀打と指さずに13歩成、同玉、14銀打、12玉、23銀成迄の迂遠な手段を採つても矢張り詰であるが之を果して餘詰と云ひ得るだらうか。之でも確に攻方の手順によつて生ずる種々なる指方には相違ない。もし氏がかゝる圖をすべて不完全圖式なりと言はれるならば世には如何に不完全圖式の多い事か。こゝに擧げたのは極端な例ではあるが之に類するものは決して少くはないであらう。言ふ迄もなく少くとも今日に於てはかゝるものをも不完全圖式の仲間入りをさせるのは少しく酷くである。元來詰將棋に餘詰の禁の如き規定が設けられた理由は一に藝術美表現の助成にあるのではあるが、即ち餘詰の存在が藝術美を甚だしく害するからであるが前圖の様な場合の餘詰(極く厳格に言つた場合の)が果してどれだけ藝術美の表現を阻害するであらうか。將來詰將棋の規定が非常に厳格になつて、かゝるものをも餘詰なりと認める時代が來ないとは限らないし少くとも現在にあつてはこの様なものを餘詰とは言ひ難く從つて之を有する圖は立派な完全圖式であると思はれる。
 要するに前述の如き意味合に於て「攻方は最短手順にて詰むるを要す」なる規定は立派にその存在意義を有するのである。
 註 詰將棋に於て手順なる言葉の意味には次の二つがある様に思はれる。一は大きな意味に用ひた場合であつて謂はば一つの方針をいふのである。或は之を手段と云つてもよい。今一つは小さな意味に用ひた場合で大きな意味の手段の中に包括されてゐるものである。一般には手順をこの意味に解する事が多い様である。杉本氏は何れの意味に手順なる語を用ひられたのか知らないが、自分にはどうも小さな意味にとられたものと思はれたので以上反駁してみたのである。もし大きな意味にとられたのなら氏の説は確に正しい。此の如き見地からすれば最短手順なる言葉を用ひるのは些か不適當乃至は曖昧であつて最短手數と言へば文句はないであらう。即ち「攻方は最短手數にて詰める事」といふ規定ならば誤解される事はないであらう。
(將棋月報1936/04里見凸歩「私の研究室」。了)


第49番

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23銀右成、14玉、24成銀、15玉、11飛成、24玉、22龍、35玉、26龍、34玉、
35歩、33玉、23龍、42玉、43龍、51玉、41龍、62玉、61龍、73玉、
63龍、84玉、83龍、75玉、86龍、74玉、75歩、73玉、83龍、62玉、
63龍、51玉、61龍、42玉、41龍、33玉、43龍、24玉、23龍、35玉、
26龍、45玉、46歩、34玉、35歩、33玉、23龍、42玉、43龍、51玉、
41龍、62玉、61龍、73玉、63龍、84玉、83龍、75玉、86龍、65玉、
77桂、74玉、75歩、73玉、83龍、62玉、63龍、51玉、61龍、42玉、
41龍、33玉、43龍、24玉、23龍、35玉、26龍、34玉、35歩、33玉、
23龍、42玉、43龍、51玉、41龍、62玉、61龍、73玉、63龍、84玉、
74龍、95玉、94龍、同歩、85金、96玉、86金、97玉、88金、同玉、
98飛、77玉、68金、66玉、67香
まで105手詰
(將棋月報1935/08)

鶴田諸兄解説
「徹底的な龍の追廻し図式で、同じような手順が繰り返されているが、実はそうではないので、作る方は、どこでどう収束に入るかが、こういう図式の山である」

 將棋朗作選第49番でもありますが、初出は月報1935/08、義舜名義。同一図です。



第50番

50

48銀、58玉、59龍、67玉、68龍、76玉、77龍、65玉、75龍、54玉、
55龍、63玉、53龍、72玉、73龍、61玉、71龍、52玉、55香、54香合、
同香、63玉、73龍、54玉、53龍、65玉、55龍、76玉、75龍、67玉、
77龍、58玉、68龍、49玉、59龍、38玉、39龍、27玉、28香、同成香、
同龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、72玉、
73龍、61玉、71龍、52玉、55香、54桂合、同香、63玉、73龍、54玉、
53龍、65玉、55龍、76玉、75龍、67玉、77龍、58玉、68龍、49玉、
59龍、38玉、39龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、
55龍、63玉、53龍、72玉、73龍、61玉、71龍、52玉、64桂、63玉、
73龍、54玉、53龍、65玉、55龍、76玉、75龍、67玉、77龍、58玉、
68龍、49玉、59龍、38玉、39龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、
46龍、54玉、55龍、63玉、53龍
まで115手詰
(將棋月報1942/03改)

 この図の原図は、「将棋月報」好作集 その3で紹介しました。私も見る目がありますね。(笑)
 「南十字星」という題名は有馬康晴が付けたもので、『闘魚』再録版にはありません。原図に2手序奏を加えています。里見義周がいた海南島は南十字星が間近に見えると「海南島雜信」(月報1942/07)にあります。この当時の連絡先は「臺北郵便局氣付海南島海口海軍特務部氣付大日洋行内」というものです。


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2016年3月 6日 (日)

『闘魚』再録版 その25

 一、詰將棋に於ける類似手筋の問題

 詰將棋といふものは何分多くの作家が異つた時、異つた場所に於て夫々自由な構想に基づいて作るものであるから相似た乃至は同一の手筋を含む作品が生ずるのは蓋し止むを得ない事であらう。之がこゝに云ふ類似手筋の問題である。勿論意識的に模倣せるが如きものはこゝの問題ではないのであつて、こゝでは新舊作品間に於ける手筋の偶然の一致について論ずるのである。
 三月臨時號に於て杉本氏は次の二局間の類似性を指摘して居られる。

昭和10年6月「日の出」
山本七段出題

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12飛、同香、33飛、同玉、11角、24玉、25金
まで7手詰


※1「日の出」は新潮社発行の雑誌。1945年12月廃刊。

昭和8年10月「將棋時代」※2杉本兼秋氏出題

0028_2

※2「將棋時代」は1932/05~1934/12まで27号。「將棋時代社」(石原明)発行。

24桂、同桂、12飛成、同香、33金、同玉、11角、32玉、22角成
まで9手詰

 氏は本局の主眼12飛成と前局の12飛打との間に何等かの關係なきやと云はれてゐるが私は更に同様の手筋を取扱つた作品をもう一つ掲げやう。

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82銀、92玉、93飛、82玉、74桂、72玉、84桂、同金、92飛成、同香、
73角成、同玉、91角、72玉、82角成
まで15手詰

 之は木村八段著將棋大観の巻末にある圖であるが本局も矢張り92飛成の手筋を主眼としてゐる。之は勿論杉本氏の圖よりも古いものであるから同様な手筋を取入れた(勿論無意識的に)杉本氏の作品が或程度の價値を減少する事は否まれないであらう。殊に更にそれよりも新しい山本七段の圖に至つては著しくその價値を減ぜざるを得ない譯である。
 現今和歌に於ても新舊作品間の辭句の類似が問題になつてゐるさうだが、之と同様な事が詰將棋に於ても云ひ得るのではないかと思ふ。妄言多謝
(將棋月報1936/03里見凸歩「私の研究室」。つづく)


第47番

47 46

76飛成、同桂、75角、同玉、85角成、66玉、76馬、57玉、58馬、66玉、
67馬、75玉、85馬、64玉、74馬、53玉、52馬、44玉、43馬、35玉、
25馬、46玉、36馬、57玉、58馬、66玉、67馬、75玉、85馬、64玉、
74馬、53玉、52馬、44玉、43馬、35玉、25馬、46玉、38桂、同成香、
49飛、48歩合、36馬、57玉、58馬、66玉、67馬、75玉、85馬、64玉、
76桂、53玉、52馬、44玉、43馬、35玉、25馬、46玉、36馬、57玉、
58歩、66玉、69飛、75玉、86銀、同玉、87銀、75玉、86銀、同玉、
89飛、75玉、87桂、86玉、95桂、75玉、74成香、同玉、83飛成、75玉、
84龍、66玉、67香
まで83手詰
(將棋朗作選改)

64玉は、74馬、53玉、52馬以下4手早い。

49同成香は、38桂以下早い。

 馬の回転追いです。原図は月報1935/09、義舜名義。朗作選と同じ図です。

鶴田諸兄解説
「特にうまいと思ったのは39手目38桂と打ち同成香を余儀なくし、29飛を世に出し、49飛の活用で、同成香と取れぬとはオドロキで、相当な妙手と思う。本書中でも五本の指に入る佳作と思う」



第48番

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 右は、將棋月報1941/01。99手詰。

21と、同玉、33桂、11玉、12歩、同玉、23金、11玉、21桂成、同玉、
32馬、11玉、33馬、21玉、43馬、11玉、44馬、21玉、54馬、11玉、
55馬、21玉、65馬、11玉、55馬、21玉、54馬、11玉、44馬、21玉、
43馬、11玉、33馬、21玉、32馬、11玉、66角、同桂、33馬、21玉、
43馬、11玉、44馬、21玉、54馬、11玉、55馬、21玉、65馬、11玉、
66馬、21玉、76馬、11玉、77馬、21玉、87馬、11玉、88馬、21玉、
98馬、11玉、88馬、21玉、87馬、11玉、77馬、21玉、76馬、11玉、
66馬、21玉、65馬、11玉、55馬、21玉、54馬、11玉、44馬、21玉、
33桂、31玉、32歩、42玉、43歩、52玉、62歩成、同銀、42歩成、同玉、
41桂成、同玉、43香、52玉、42香成、同玉、33金、51玉、52歩、41玉、
42歩、52玉、43馬、51玉、41歩成、同玉、42金
まで107手詰
(將棋月報1941/01改)

 66角と行くために、32馬まで戻るのが面白く(65馬の形で66角は22歩合で逃れ)
全体に無駄のない構図と手順です。


2016年3月 5日 (土)

『闘魚』再録版 その24

(承前)

(作圖例・二)

 作圖例二に於ては實戰から手筋を求めるのではなく、自ら思ひついた或る手筋を素材とする場合を説明する。先づ實戰の手筋を素材として詰將棋を作ることを覺えた讀者は茲に第二の段階に突入するに至つたのである。
 吾々は考へる「或る場所に或る駒を打つことが出來れば敵王は詰むのだが、現在その場所には他の自駒(味方の駒)が居つてさうすることを邪魔してゐると云ふ様な場合にその邪魔駒を捨てると云ふ手筋はどうだらう。殊にその邪魔駒が例へば飛車と云ふ有力な駒であれば、誰でも之を攻撃の主力と考へ易い關係上、それを只でやつて了ふなどと云ふことは人情として案外出來難いのではないか。之は面白さうだぞ邪魔駒の方は飛車よりも更に有力な龍王として、そのあとへ打つ駒は何にしようか、さうだ桂にしてみよう」かくして第一圖が出來上る。

(第一圖)

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 第一圖に於て92龍、同飛、83桂で詰むのである。尚、かういう局面の作り方であるが、之は作圖の経驗による外なく、この點實戰の手筋を素としてゆく場合よりも難しいのである。
 併しこのまゝではどうにも仕方がない。そこで移動法と云ふ方法を用ひてみる。それは此の局面のまゝ左右或は前後へずらすのである。茲では縦にずらすことにする。即ち第二圖となる。(飛車はずらすと引いた場合成つて了ふからそのまゝにして置く)

(第二圖)

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 第二圖では、尻があいて了つて勿論詰まない。而して今度は84桂打が眼目であるから何とかして此の桂打でとどめを刺す様な局面を作らねばならない。そこで第三圖の様にすれば結局第一圖と同じ意味になる。

(第三圖)

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 第三圖を熟視すれば、此の局面は始め91に王が居つたのを81金と打つて92に上らせた局面であることを發見する。いゝことが見つかつた。早速91に王を置いて金は之を手駒にしてみる。即ち第四圖が之である。

(第四圖)

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第四圖では色々な詰方がある。81歩成が眞先に目につくがまだ、その他に93龍と先づ突込んで同飛と取らせ81金、92王、84桂と云ふ手段がある。而もこの様に手順を前後することによつて85桂と云ふ駒が不要になつてくるし又この駒がなくなれば先づ93龍とせずに、最初に81金と打つたのでは絶對に詰まなくなる。93龍、同飛、81金、92王、84桂、何と面白い手順ではないか。かうなればもう詰將棋は出來た様なものである。さうさう81歩成以下の餘詰があつた。之を消さねばならぬ。そのために72に王方の歩を置いては如何。即ち81歩成、同王、83龍、71王、82金、62王、54桂、52王、44桂以下やはり詰む。又龍の時71王とせず82合でも73桂、同歩、72金がある。かくて72歩だけでは不十分であることが分る。そこで42の邊へもう一つ王方の歩を置いてみる。さうすると先の手順に於て44桂と打たれた時41王と歩の蔭に避難出來る。つまり42歩と云ふ防空壕をこしらへておくのである。之で第五圖となる。

(第五圖)

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 さあ一應出來たが之から仕上げをしなければならない。又例の筆法で最初の手を引延ばす。即ち王を92へ置いて金をもう一枚持駒に加へる。91金、同王と云ふ二手を付け加へたのである。併しもつと引延ばせる。それは83桂が91から飛んだ形になつてゐるのに着眼して、此の桂を最初91へ置き、83金、同桂と取らせる筋を考へ付くのである。かくて第五圖から第六圖に變形する。

(第六圖・完成圖)

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 さて餘詰の檢討だが、初手83金は此の一手で93金の如きは同飛で問題にならぬ。83金、同桂のとき93金、同飛、91金の筋があるが之は82王で金がもう一枚ないと駄目である。5手目93龍の所、81歩成は前述の通りである。
 愈々完成した。手順を示せば、83金、同桂、91金、同王、93龍、同飛、81金、92王、84桂迄の9手詰である。之も餘り佳作とは云はれぬが前例と比べては目障りな所がないだけ優つてゐる様に思ふ。尚此の作品は8月號の本誌に掲載せられたものだが、どうした加減か42歩が脱落してゐる。これこそ餘詰作品の好例と思はず苦笑された次第である。
 詰將棋の素材となるべき手筋としては右の如く自らの考案に成るものの外に他人の作品の手筋をそのまゝ借用して來る方法もある。之もその借用手筋をうまく消化して、もとの手筋とは全然別個のものたらしめる丈の少くとも全然別個のものの如く人に思はせるだけの技倆があれば強ち惡いことではない。併し初學の人では動もすると純然たる模倣になつて了ひ勝ちであるから、この方法によることは極力愼しんでほしいと思ふ。
 最後に再び一言しておきたいことは詰將棋を作ることは決して難しいことではないと云ふことである。苟も指將棋に對する程の熱がありさへすれば誰だつて容易に之に熟達することが出來る。指將棋の上達速度とはまるで比較にならないほど早いのである。殊に面白いのは詰將棋の大家必ずしも指將棋の強者でないと云ふ事實である。勿論塚田八段の様な兩道の大家もあるにはあるが、現今他の多くの詰將棋作家の中には指將棋の實力は未だ涼み將棋の域を脱しない人さへ見受けられるやうである。こゝに於て吾々は指將棋の頭とは全然と云はぬ迄もかなり性質の異つたものではないかとの感を深くする。

(將棋世界1940/09里見義周「詰將棋とは何か」より。了)


第45番

45

13

91飛、同玉、93飛、92飛合、82金、同金、同桂成、同玉、73銀、71玉、
81金、同玉、92飛成、同玉、72飛、83玉、82飛成、74玉、84龍、63玉、
64龍、52玉、51桂成、同玉、52歩、同玉、43歩成、同歩、44桂、同歩、
61龍、同玉、63香、71玉、62香成、81玉、72成香、92玉、47角、65桂合、
同角、同と、82成香、93玉、94歩、同玉、96香、同銀生、95歩、同玉、
84銀打、94玉、86桂、同角生、95歩、同角、同銀、同玉、86角、94玉、
95歩、93玉、75角、同と、94香
まで65手詰
(將棋朗作選改)

同角成は、95歩、同馬、83銀生、93玉、94歩、同馬、92銀成まで。

作者
「拙著『闘魚』(昭26年刊)の45番。古いことで確かではないが、月報に出たものを後に改作したものと思われる。本局は三部に分けて考えるとわかりやすい。第一部は22手目までの序奏。第二部は桂を手に入れるための工作で42手目まで。第三部は王方の銀生、角生などの抵抗が見せ場だ。捨駒10、合駒2、王方不成2、という次第で、小味な手を各部にばらまいて適当に楽しんでもらう仕掛。64杏が目障りだが、4段までは実戦にも稀に現れる」
(『三百人一局集』より)

 巧みな序、角を活用する伏線となっている44桂捨てや収束の玉方角生など、適度に考えるところがあります。


第46番

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右は將棋月報1938/01

93飛、92銀合、同飛成、同玉、82飛、93玉、84銀、94玉、95銀、同玉、
96銀、94玉、85銀、95玉、84飛成、86玉、96銀、77玉、87龍、66玉、
67龍、75玉、65龍、84玉、85龍、93玉、82龍、94玉、85銀、95玉、
84龍、86玉、96銀、77玉、78歩、66玉、64龍、57玉、67龍、46玉、
47龍、35玉、45龍、24玉、25龍、13玉、22龍、14玉、25銀、15玉、
24龍、26玉、34銀、37玉、27龍、46玉、47龍、35玉、45龍、24玉、
25龍、13玉、22龍、14玉、25銀、15玉、24龍、26玉、14銀、37玉、
27龍、46玉、47龍、35玉、45龍、26玉、25龍、37玉、38歩、46玉、
45龍、57玉、47龍、66玉、67龍、75玉、65龍、84玉、85龍、93玉、
82龍、94玉、85銀、95玉、84龍、86玉、96銀、97玉、87龍
まで99手詰
(將棋月報1938/01)

92桂香歩合は、81と、同玉、83飛成以下。

 左右で似たような手順になるのが面白い。
 本局は『闘魚』再録版 その4で紹介した「浪漫車」の中で解答募集された作品。『將棋朗作選』第48番でもあります。
 さらに先行作がありました。月報1934/06、義舜名義。

1636

93飛、92銀合、同飛成、同玉、82飛、93玉、84銀、94玉、95銀、同玉、
96銀、94玉、85銀、95玉、84飛成、86玉、96銀、77玉、87龍、66玉、
67龍、75玉、65龍、84玉、85龍、93玉、82龍、94玉、85銀、95玉、
84龍、86玉、96銀、77玉、78歩、66玉、64龍、57玉、67龍、46玉、
47龍、35玉、45龍、26玉、25龍、37玉、27龍、46玉、47龍、35玉、
45龍、26玉、25龍、37玉、38歩、46玉、45龍、57玉、47龍、66玉、
67龍、75玉、65龍、84玉、85龍、93玉、82龍、94玉、85銀、95玉、
84龍、86玉、96銀、97玉、87龍
まで75手詰

2016年3月 4日 (金)

『闘魚』再録版 その23

(承前)

第五章

 詰將棋研究の主力が作品を創作すると云ふことに注がるべきであることは既に強調しておいたところが、然らば一體詰將棋とはどうして作るものなのか。始めての方は一寸見當がつかないらしい。そのため、詰將棋を作るなどといふことはとても及びもつかぬ大それた事業であると思ひ込んでゐる人が相當に多い様である。私はかねがねこの事を遺憾に思つてゐたのであるが、恰度この機會に、實際の作例を中心に作圖のコツと云つたやうなものを説明することによつて一人でも多くの讀者諸氏に成る程、これなら俺にだ
て出來さうだと云ふ氣になて戴きたいと念願するのである。尚第四章迄に於て述べた所は何れも作圖の上に絶對に必要な知識ばかりであるから、之だけはどうかしかりと腹の中に入れて置くことが必要である。
 詰將棋作品は手數の長短、駒數の多少によ
て大體長篇作品、中篇作品、短篇作品の三つに分けられる。私の考では手數と駒數との和が30以下のものを短篇、それ以上60までを中篇、60以上を長篇と看做すのが大體妥當ではないかと思てゐるが、それはとも角として、此等三種の作品は夫々獨得の持味を有つてゐて何れがよいと云ふことは一概に云へないのであるが、始めての者は先づ短篇から入るのが本道であるから、茲では短篇作品の作例を擧げるに止めた。併し之は決して長篇や中篇を作ることが不必要であると云ふことを意味するのではないのであて、かくして短篇の創作に習熟した人は必ず中篇や長篇にまで手を染めて貰ひたいのである。殊に短篇作品に於ける類型が喧しく云々されてゐる現今では、中篇や長篇の分野こそ吾々が將來大いに開拓すべき舞臺であるのだから。
 詰將棋を作るには先づその素材となるべきものがなければならない。然らば此の素材は如何にして選定さるべきものであるかと云ふところから叙述を進めよう。
 凡そ圖法には大體二種ある。その一は筋から形を造
てゆく方法であり、その二は形から筋を造てゆく方法である。第一の筋から形を造てゆくとはどう云ふことかと云ふに實戰に出て來た手筋だとか又は頭の中で考へた手筋を基として、一定の形に駒を配置してゆくことであて、第二の形から筋を造てゆくとは、最初好い加減に面白さうな形に駒を並べて見て、扨てそれから面白い手筋を生み出してゆかうとすることである。此の第二の方法は私も創作のときなどよく用ひて成功したことがあるが、之ははじめから偶然に頼る點に於て又相當作圖の経驗を必要とする點に於て、始めての方にはもとより不適當である。かくて第一の方法即ち筋から形を造てゆくと云ふ方法が最も普遍的な方法であると云ふことになるのであるが、之にはその素材たるべき手筋を實戰に求める場合と然らざる場合即ち自らの思ひつきその他による場合とがある。而して始めての方にとては實戰から素材を得る方法によるのが最も自然であると考へられるので、私は第一例として先づ此の方法による場合を擧げることにした。

(作圖例・一)

(第一圖)

1

 實戰に於て第一圖の様な局面が現はれた。之は22銀、12玉、13香、同桂、11銀成、同玉、21と、12玉、22と迄で詰む(
)のだが、こんな手は別段いゝ手と云ふ程のものではない。至極當然な手であるが、この様な平凡な手筋でも之をうまく活かせば立派に詰將棋の素材たり得るのである。だから詰將棋を作ろうとする者は何も何十局、何百局に一度しか出て來ない様な妙手を待つ必要はないのであて、詰將棋の素材は随所に轉がてゐるのだと云ふことを知らねばならぬ。扨て圖面であるが、先づ一見して不必要な駒を取去て了ふと第二圖の如くなる。

11銀成などとせず、21銀生まで。

(第二圖)

2

 此の手筋に何か參考とすべきものがありとせば、それは13香、同桂とさせて王の脱出路を塞いでおいて11銀成とする點である。而して11銀で香を取
てゐるが此の香は最後まで結局不要であるから、11香はなくてもよい事になる。而も此の方が銀と香との交換でなく、たゞで銀を渡すと云ふ點でより面白いわけである。かくして11香を取除いたは同じく駒の犠牲であても銀と角ではその値打に差がある。そこで銀の持駒の代りに角を置いてみる。併し之では22角、12王のとき13香とせず11角成、同玉、13香以下詰んで了ふ。この餘詰を消すのは簡單であて、持駒の香を歩にすればよいのである。かくして第三圖が出來上る。

(第三圖)

3

 これでどうやら詰將棋らしいものが出來たが、併し之では如何にも容易であ
て、未だ手筋の域を脱してゐない。それに王方14歩と攻方25歩とは單に王の脱出を阻止するだけの駒であて、詰將棋に於て極力忌まれてゐるところの所謂働きのない駒である。之を何とか取除く工夫はないものかといふことから考へを進めると、此等の駒が必要なのは王が13に居るからであると云ふことに氣付く。何も王は必ず13に置かねばならぬと云ふことはないのだから、之を11に持て來てはどうか。さうすれば14歩も25歩も要らなくなるのではないか。ここに又新しい世界が開けてくる。之が第四圖である。

(第四圖)

4

 先づ餘詰の檢討から始めると圖面で21とで桂をと
ては12王で見込なし、又22以外の所へ角を打てば33で止まて了ふ。之で餘詰のないことも分たし、又14歩や25歩がないだけ前圖とは格段の相違である。併し乍ら之でも未だ手筋の範疇を出でない。詰將棋と云ふためにはたゞ一つの手筋を含んでゐるだけでは不十分であて少くとも二つの手筋を取入れたものでなければならない。それにはこのまゝで、詰んで了ては仕方がない。何とか詰まない局面に變へる必要がある。此の様な時には盤面に於ける駒の位置を變へるよりも、先づ持駒を變へてみるのが賢明な方法である。ところが持駒の中で角は眼目の駒であるからそのまゝとして、歩を他の駒に代へてみてはどうか。香、銀、金、飛車など何れも落第で、結局桂と角とが入選する。此の局面が角と桂一枚では詰まないことは一見して明瞭であるが、角二枚なら何とかなりさうな氣がする。勿論最初22角と打て了つては駄目だが、22角としないで44角と遠角を打て33に合をさせて他の駒を交換する手がある。これは面白さうだぞ、もし遠角打の手筋を取入れることが出來ればしめたものだ。何とかこの遠角で詰ませる様に工夫して見よう。前にも詰む局面をわざわざ詰まない局面に直したのだが今度は詰まない局面を何とかして詰むやうな局面にしなければならない。此の様に詰む様にしたり詰まない様にしたりし乍らだんだんと作品の綾を多くしてゆくのが作圖のコツである。念のため第四圖の持駒の歩を角に代へた局面を第五圖として掲げておかう。

(第五圖)

5

 圖面に於て44角と打
た場合の王方の合駒が問題であるが、角は二枚使てあるから駄目として、飛、金、銀、香等では一遍に詰んで了ふことは直ちに分る。そこで桂か歩といふことになるが、先づ歩の場合を考へてみよう。44角、33歩、同角成、同桂、22角、12玉、こゝで13歩では打歩詰になて了ふのである。そして之は詰將棋らしくて面白い筋であて、之を消すのは何の造作もない。何か王方の駒を13へ利かしておいて13歩の時之をとれる様にすればよい。それも本手順に關係するやうでは困る。それには14へ金でも置くことである。これで33歩と合をされた場合は同角成、同桂、22角、12王、13歩、同金、11角成、同王、21と、12王、22とで詰むことになり、此の邊の所で大體作品を完成したいのだがまだ難關が殘されてゐる。それは33桂の合である。桂を合駒されては何としても詰まぬ。之を消すためには吾々は茲で傳家の寳刀を抜かねばならぬ。それは殘り駒から桂といふ駒を取り去て了つて、桂の合駒をされないことである。併しそれだからと云て、例へば第六圖の様なことをしては臺無しである。

(第六圖)

6

 之は第四章でも述べた様に最も拙劣なやり方である。吾々は茲で桂は成れば金になると云ふことを想ひ出さねばならない。そして盤面には14、32、31と云ふ風に恰度お誂へ向きに金が三つ使
てあるから事柄は頗る簡單である。即ち此等の金をどれも成桂にすればいゝ。之は詰將棋に於ける成駒の使用法の一例であて、まだ此の外にも重要な成駒の使ひ方があるのであるが、今回は紙數の關係上割愛しなければならない。かくて第七圖が出來る。

(第七圖)

7

 之で漸く一應詰將棋が出來上つた。44角と云ふ遠打の手筋と13に駒を打捨てる事によつて王の脱出路を閉塞してから、11角と成り捨てると云ふ手筋がその中に含まれてゐる。而して後者は作圖の素材たる手筋であり前者は作圖の途中に於て派生した手筋であるから、前者を素材手筋、後者を派生手筋と呼ぶことが出來やう。(
)さて愈々最後の仕上げであるが、その方法として最後の手を延ばす方法がある。即ち王を最初から11に置かないで、最初は12に置き、11飛、同王と取らせるのである。之が第八圖である。

原文通りだが、前者、後者が入れ替わっている。

(第八圖・完成圖)

8

 このため飛車といふ駒が新に登場することになり、作品としてもかなり面白くなつて來た。次に吾々が最も神経質になつて警戒しなければならないところの餘詰の檢討をしてみる。殊に飛車と云ふ有力な駒が手に入つたのだから之は念入りでなければならぬ。11飛として取らせてから餘詰についても勿論念の為調べる必要があるが、その結果作圖中説明した様に餘詰の餘地のないことが明になる。然らば最初11飛とせずに、22飛では如何と云ふと、22飛、13王、35角、24成桂の結果は結局詰まない。その他に注意すべき手として最初22成桂と捨てる手がある。もし之に對し13王とでも逃げやうものなら35角、24成桂、12飛でそれこそお陀佛である。そこで之は同王と取らねばならない。そして32飛の時13王と上れば35角は24成桂、22角は24王以下如何にしても詰まない。22成桂の手は一寸心胆を寒からしめたが、之でやれやれ。さあ愈々完成した。詰手順を示すと、11飛、同王、44角、33歩、同角成、同桂、22角、12王、13歩、同成桂、11角成、同王、21成桂、12王、22成桂迄15手である。實戰に出て來たあんな平凡な手筋がとに角一つの詰將棋をこしらへさせたのである。どうです。作圖つて案外易しいもんでせう。
 序に此の作品の缺點を擧げておかう。それは成桂の存在が如何にも態とらしくて目障りである事である。その上これでは「ははあ此の將棋は合駒を用ひるのだな」と云ふ風に直ちに看破られて了ふ惧がある。尚11飛、同王、44角と打つた場合、33香合が歩合と同手數であるかも知れぬと云ふ心配がある。もし歩合でも香合でも同じことであればそれ丈作品の價値は減少せざるを得ない。(第四章減價事項、王方の多様手順に相當する)併し幸なことに香合では同角成、同桂のとき13香と云ふ手があつて早く詰んで了ふ。即ち13香、同成桂、21成桂、12王、22成桂迄であつて、之だと最初から勘定しても11手であつて本手順の15手には遠く及ばない。だから此の點は大丈夫である。尚、44角は55角でも66角でも或は99角でも差支へないわけであるから之も攻方の多様手順ではないかと心配する向もあるかも知れないが、之は全然同じ意味のものであるから差支へないのであつて、解答としてはやはり44角と最も近く打つのが穏當であらう。
 此の詰將棋はもとより佳作とは云へないが併し一應まとまつてゐる點に於て始めての方が此の程度のものを作りこなせるやうになれば先づ一通りの作圖家になつたと云えよう。

(將棋世界1940/09里見義周「詰將棋とは何か」より。つづく)
 第八圖は『闘魚』第14番の初形から8手経過した図ですが、余詰があります。


第43番

2723

29金、同玉、27龍、39玉、37龍、38飛、48銀、29玉、38龍、同玉、
18飛、28歩、39金、27玉、28飛、36玉、38飛、26玉、27歩、同玉、
28金、26玉、17金、15玉、16金、14玉、15金、23玉、14金、22玉、
13金、同金、同香成、同玉、33飛成、14玉、26桂、15玉、13龍、26玉、
37金、35玉、33龍、34桂、36歩、同金、44銀生、45玉、36金、同玉、
37金、45玉、46金、同桂、35龍、54玉、55龍、63玉、53龍、72玉、
84桂、61玉、71と、同玉、73龍、61玉、72桂成、52玉、62成桂、41玉、
43龍、42歩、52成桂
まで73手詰
(將棋朗作選第45番)

鶴田諸兄解説
「むつかしい変化は殆んどない。遠慮なく言って、さしたる趣向も認められず、良く言えば長丁場が無難にまとめられている、悪く言えばただ長いだけ、と意見が二つに分れそう」



第44番

44 43

94馬、82玉、93馬、同玉、94飛、82玉、91飛成、72玉、71龍、63玉、
62龍、74玉、65龍、84玉、85龍、93玉、94龍、82玉、91龍、72玉、
54角、同銀、62と、同玉、61龍、53玉、54歩、同玉、65銀、55玉、
64龍、66玉、76銀、77玉、67龍、86玉、87香、95玉、65龍、94玉、
85龍、93玉、84龍、82玉、71桂成、同玉、73龍、61玉、62歩、51玉、
53龍、52飛、43桂生、41玉、31桂成、同玉、33龍、21玉、32銀、同飛、
同龍、同玉、52飛、31玉、42飛成、21玉、12歩成、同歩、22歩、11玉、
31龍
まで71手詰
(將棋朗作選改)

 本局も長いだけで妙味に乏しいです。
 朗作選の図にも先行作あり。月報1935/06、義舜名義。持駒の飛が無く、攻方85龍になっていました。


2016年3月 3日 (木)

『闘魚』再録版 その22

(承前)

三、減價事項

 減價事項には次の如きものがある。
 1、王方に二つ又はそれ以上の指手あること
 2、攻方に二つ又はそれ以上の指手あること
 3、王方が最長手順なるやうに應酬すれば攻方の手駒の餘ること
 4、變化と看做さるべき手順の方手數長きこと
 5、攻方が飛角香等を王よりはなして打てば王方の合駒がそれだけ餘計とれるとき王に直接ぶつけて打つのを殊さらに正解とすること
 6、全然働かざる駒──詰みには必要のない駒──あること
 7、極端なる壁駒があること
 8、古来の有名手筋又は他人作の或る一部分等を取入れたること
 9、自陣内に飛角以外の自軍の成駒あること

(一)多様手順

 1、王方の多様手順

 王方の應酬如何によつて二つ又はそれ以上の詰手順に分れ、而も各手順の手數が同じき場合には作品の價値を減少する。(第一圖)
 又x手目にて王方の應酬如何によつて二つ又はそれ以上の詰手順を生じ(x+y)手目にてまた一手順に復するが如き場合も手數の等しき時のみを問題にするのである。
 尚ほ、之も程度の問題で、例へば王方の最後の一手の場合の如きは問題にならない。(第二圖)
 又非常に程度の強いものは作品として成立しない。

 2、攻方の多様手順

 王方の應酬は一定なるも攻方の手順が二つ又はそれ以上存在する場合である。此の場合は手數の同じきもの、相違せるもの兩者共問題となる。
 程度強き場合は勿論作品としての資格を有しない。故にこゝに云ふ多様手順とは微弱なる程度のものと解すべきである。
 但し王方の多様手順、攻方の多様手順を通じて我々の常識上當然異りたる手に非ずと解釋し得るものは此の限りではない。

(二)作品を不完全なものとする事項

 1、準手餘り

 純粋の手餘りが作品としての資格を全然失はしむることは既に述べたが、今こゝに問題とするのは謂はゞ準手餘りとも稱すべきもので、之には次の二つの場合がある。
 A、王方が最長手數なるやう應酬すれば攻方の手駒の餘る場合(第三圖)
 之は程度の輕い場合についてのことであつて、程度が強くなれば、純粋の手餘りになつて了ふことは前述の通りである。
 B、攻方が飛角香等を王からはなして打てば王方の合駒がそれだけ餘計にとれるとき、王にぶつけて打つても差支なき、否その方が手數短き關係上本手順である場合(第四圖)
 この場合、その取つた合駒によりたとひ二手でも早く詰め得る場合は問題ではない。即ち作品の價値を減少することはない。
 又その合駒丈餘計に取れば早い詰がある場合にはその作品は詰將棋としての要件を缺くことになる。
 尚準手餘りの中Aの場合は次に述べる本手順より長き變化の中に包含せらるべきものであり又Bの場合は多様手順の中に含ませてもいゝ譯だが茲では駒が餘るといふことに注目して特に獨立のものとして論じたのである。

 2、本手順より長き變化

 變化と看做さるゝ手順の方が手數の長い場合は必ずしも作品の要件を缺いてゐると云へないにしても、作品の價値が之によつて著しく減少することは論を俟たない。
 古人作には随分程度の強いものもあるが、現時に於ては程度の微弱なものゝみに限るべきでそれ以上のものは作品の資格を缺くのである。

(三)死駒

 働きのない駒を死駒と云つてゐる。

 1、純死駒

 作品を詰める上に於ては少くとも直接には關係を有しない駒である。之は次の如き場合に用ひられる。
 A、王方の持駒即ち残り駒より特定の駒を除きたい場合(第五圖)
 B、曲詰(形象圖)に於て或る形を作るために全然無意味な駒即ち飾駒を置く場合
 C、大道詰將棋等で局面を故意に複雜、難解ならしめるために之を置く場合
 まだこの外にもあるかも知れぬが、かゝる駒を置くことは極力避けなければならない。

 2、壁駒

 壁駒とは詰める上には是非とも必要なのだが、その必要性はたゞ駒がある場合にあるといふ事實のみによつて生ずるものであつて、駒の個性といふものは全然無視されてゐる駒を云ふのである。多少の壁駒は何れの作品にも見られるが、あまり極端なものはやはり作品の價値を減少させる。

(四)不自然なる成駒

 自陣内にある飛、角以外の自軍の成駒である。自陣とは大體三段目までを云ふ。而して然なる程度に差異があるのであつて一段目、二段目、三段目となるに從つて不自然に自軍の成駒のあることは實戰に於ても稀には生ずることであるからその作品の價値を減ずる度は甚だ少い理である。
 不自然な成駒を忌むのは現在通説となつてゐるから、一應之を尊重したが、私一個の考へとしては詰將棋は指將棋と全然關係のないものであるのだから、指將棋に出て來ないからと云つて之を排斥するのは當らないと思ふ。指將棋では夢でしかないことを詰將棋が實現すると云ふところにも詰將棋としての面白味があるのではないだらうか。

(五)模倣

 他人作の或る一部分(主として手筋)を意識的に模倣せる場合は勿論、偶然似てゐたと云ふ様な場合でも、後の作はその價値の減少するのを免れない
又古来の有名手筋を取入るゝ如きは直ちに模倣とは云へないかも知れないがやはり減價の一事項であらう。尚ほ形は似てゐても内容を全然異にするものは模倣とは云はれない。
 終りに減價事項の中特に分り難いと思はれるものについての實例を擧げてを(ママ)くから一々該當項を照し合せて戴きたい。
 第一圖は81飛成の時93玉と逃れば83金打以下同手數である。

(第一圖)
※1

1

※1原図は月報1933/01、義舜名義。同一図です。

 第二圖 攻方が71銀と打ちし時王方のとるべき手段は色々あるが之は一手のことであるから問題にならない。

(第二圖)

2

 第三圖
面の場合96玉と逃ぐれば手數長きも持駒餘る。

(第三圖)
※2

3

※2原図は月報1930/06、義舜名義。15手詰。13手目の局面が第三圖。

0888

 第四圖の詰手順は12飛、同玉、11飛、同玉、33角、12玉、22角成迄だが、初手12飛の所11飛と打てば、合駒だけ儲かるわけである。

(第四圖)

4

 本圖は有名な大道棋であるがこゝには極端な例を引いた。即ち三つの歩の代りに死駒の三つの桂を置けば此等の桂が生きてくる。

(第五圖)

5

原文は傍点付き
(將棋世界1940/09里見義周「詰將棋とは何か」より。つづく)


第41番(不詰及び余詰)

41


91飛、同玉、93香、同金、92歩、同金、81金、同玉、71歩成、91玉、
81と、同玉、71桂成、91玉、81成桂、同玉、71と、91玉、81と、同玉、
63角、91玉、51龍、82玉、52龍、91玉、41龍、82玉、32龍、91玉、
21龍、82玉、22龍、91玉、11龍、82玉、22龍、91玉、31龍、82玉、
32龍、91玉、41龍、82玉、52龍、91玉、61龍、82玉、72龍、93玉、
94歩、84玉、85歩、94玉、92龍、93歩、84金、同歩、72角成
まで59手詰
(初出)

71歩成、93玉、82角、84玉、54飛、74香合、73角成、同玉、72龍、84玉、74飛以下。

42桂合、同龍、93玉で逃れ。

 一歩を補充しに行く龍鋸ですが、作意は不詰。余詰もありました。



第42番

42 25

82金、同玉、71馬、92玉、96飛、同飛、93銀、同桂、82馬、同玉、
74桂、72玉、82金、61玉、62桂成、同玉、54桂、同歩、17角、26桂、
同角、同飛、74桂、61玉、51香成、同玉、53香、41玉、52香成、31玉、
42成香、21玉、32成香、11玉、22歩成、同成銀、同成香、同飛、同香成、同玉、
33銀、11玉、12歩、同玉、32飛、23玉、22飛成、34玉、24龍、43玉、
44龍、52玉、42龍、61玉、62桂成
まで55手詰
(将棋朗作選改)

 これは原図の方が優っています。


2016年3月 2日 (水)

『闘魚』再録版 その21

(承前)

第四章 詰將棋の評價

 一、評價の原理

 詰將棋の評價とは作品の價値を測定することである。もつと平たく云へば、どんな作品を良い作品と云ふのか又どんなものが作品としての價値が低いのかといふことである。
 詰將棋が藝術作品である以上、その目的とする所は眞と美の追求であり表現でなければならない。(
)だから詰將棋作品の價値もその表現する美の如何によつて決定せられる。而して詰將棋の表現する美には靜態的な美と動態的な美とがある。換言すれば、外形的な美と内容的な美である。次に述べる評價の標準中例へば駒配り、詰上り等は前者に属し、妙手などは後者に属する。要するに極めてざつくばらんに云ふならば、結局一般人に好感を抱かせるやうな作品はよい作品であるといふことになるのである。藝術はその表現する美によつて之を鑑賞する人を樂しませるのが目的であるから、詰將棋に於ても、徒に複雜に過ぎて之を見る人に不快の念を起さしめる様な作品は決して良作とは云へないと思ふ。尤も餘りに平明、餘りに簡單、餘りに容易なものは之亦鑑賞者を樂しませる所以ではないのであつて、複雜と云ふことも或る程度までならば、作品の綾を多くすることによつてその價値を高めるのであるが、徒に複雜なることを以て誇りとすると云ふ様な穿き違へた複雜では困るのである。かの古今の名作將棋圖巧の如きは随分複雑な様にも見え、又事實非常に難解なものも多數あるのであるが、解答に從つて之を解いて行くとスラスラとして頗るよく分る。吾々はたとひ之を詰めることが出來なくとも、解答を見ながら之を解いて行く間に將棋の有つ玄妙さ、華麗さに打たれて何とも云へないよい氣持になるのである。まことに詰將棋藝術の極致とも云ふべく、作品の進路も亦圖巧の如きものを目指すべきではないかと思ふ。
 扨て作品の評價には評價の標準及び減價事項の二つを考えねばならない。評價の標準は價値の増加と減少との二面を有つてゐるが、減價事項とは作品の價値を一方的に減少せしめる要素で即ち價値の減少といふ一面だけを有してゐるのである。尚ほ此等は前述の如くに作品内容に關するものと形式に關するものとに分けられ、或は主觀的な事項と客觀的な事項とに區別される。

 二、評價の標準

 評價の標準として次の諸項が擧げられる。(1)妙手、(2)妙手の分散状況、(3)趣向、(4)變化、(5)紛れ、(6)不動駒、(7)合駒、(8)駒數と手數との比率、(9)駒配り、(10)詰上り、(11)詰手數、(12)駒數、(13)作品より受ける感じ
 尚ほ右は苟も評價の標準となるべきすべてを示したのであつて、作品の性質によつて夫々異つた幾つかの標準が取捨されるのである。例へば甲作品には非常に重要な標準であつて乙作品に對しては大して乃至は全然重要性を有しない云ふが如きは之である。

(一)妙手

 1、妙手

 假に妙手と名付けたが要するに作品中に含まれる個々の手についての考察である。だからこゝにいふ妙手とは一般に考えられてゐる所謂妙手ではなく、それよりももつと範棋(ママ)を廣めて、輕手、好手、乃至は至當なる手と云つた様なものまでも含むのである。詰將棋に於ける妙手は大體只捨、遠打、合駒、及び不成の四つに分類する事が出來るが此等夫々の説明は残念ながら之を割愛し後の機會を期することにする。妙手は評價の標準として最も主要なるものである。

 2、妙手の分散状況

 作品の價値にはその含んでゐる妙手が全手順中に如何に分散せられてゐるかと云ふことが少なからず影響する。原則として一方にのみ例えば始にのみ妙手がかたまつてゐるやうなものよりも全手順に亘つて即ち始、中、終を通じて適當に分散されてゐるものの方がよいとされてゐる。尚之は主として中篇、長篇殊に長篇作品について云はれる事柄である。

(二)趣向

 1、作品としての趣向

 都詰、裸王、煙詰等作品そのものとしての特別の趣向一切である。但し所謂曲詰即ち形による趣向は便宜上、棋形の項に譲つてこゝには含めないことにする。尚之には以上の外に、駒數を全部使用せるもの、盤上に攻方の駒なきもの、都歸り、一隅歸り、先の位置歸り、變つた所では四隅一周、一隅香詰の如きその趣向範囲はその外にも相當自由である。かの看壽作119手の烟詰の如き蓋しその尤なるものであらう。

 2、諸手順に於ける趣向

 妙手を個々の手についての考察であるとすれば、之は手の集合體についての考察である。換言すれば手の集合體を以て一妙手と認める場合であつて之を複妙手等と名付けることも出來るわけである。之は頗る廣範囲に亘つて居り、妙手と同様主要なる標準となる。

(三)駒の活躍状況

 1、不動駒及び合駒

 個々の駒の活躍状況である。不動駒とは盤上の駒の中で最後まで動かないものを云ひ極めて特殊な場合を除いてはその數の少い程よいのである。極めて特殊な場合とは全部不動駒であると云ふことが作品としての趣向であるやうな場合である。
 次に合駒とは王方が随時打つ駒(勿論合として)でありその駒の多い程よいし又奇抜な合駒程よいとされる。

 3、駒數と手數との比率

 之は全體より見たる駒の活躍状況である。駒數の割合に手數が長い程よいとされる。卽ち手數と駒數の比の値が大なるもの程よいわけである。蓋し駒數に比して手數が長ければ各駒がそれ丈活發に活躍してゐると推定されるからである。かくて1に於ては直接的に又3に於ては間接的に駒の活躍状況を知るのである。

(四)變化及び紛れ

 之は特に作品を複雜難解ならしむる要素である。

 1、變化

 原則として變化の多い程、又は變化手順の巧妙な程作品の價値を増大するとされるが、程度を超えたものは却つて價値を減少せしめる結果となることは前述の通りである。

 2、紛れ

 原則として紛れの多いもの又は巧妙に紛れ手順を見せたものをよしとする。此の事は作品を非常に難解にさせるのであるが、之についても矢張り變化の場合と同様なことが云えるのである。尚ほ紛れには攻方の手順に關する紛れと王方の手順に關する紛れとがある。後者は解答をつける際に迷はされるものである。

(五)棋形

 作品としての趣向の中での形に依る趣向である。之は比較的重要なる意味を持ち又その分野も廣いので特に趣向中より獨立せしめたのである。

 1、駒配り

 最初の局面に於ける駒の配置状態である。評價の標準としては次に述べる「詰上り」に比べて遙に重要な意味を有つてゐる。尚ほ同じく好棋形の中でも唯形に無理がないとか、形が輕いと云つた程度のものから、上は種種の形に象つた形象圖(曲詰)に至るまである。又駒配りとしては實戰型も形が自然である點に於て喜ばれるが、又反對に實戰などではとても出さうにない所謂詰將棋らしい形も大いに歡迎されるのである。

 2、詰上り

 最終局面に於ける駒の配置状態を云ふ。之は殆んど曲詰に限られてゐるかの感があり、一般の作品に對しては評價の標準としては殆んど問題とされない。丸山明歩氏のイロハ字形詰等之である。

 (六)其の他

 1、詰手數

 一部の作品(主として長篇作品)に對しては詰手數の長いことも価値増大の一要素である。圖巧の中の611手の作品は現在に於ける長手數のレコード・ホルダーであるが、かゝる作品になれば、卽にその手數の長いことのみに依つて之を絶品と稱して差支ないのである。

 2、駒數

 作品の駒數が例えば五個とか六個とか云ふ風に極端に少ない場合には駒數と云ふことも單獨に評價の標準となり得る。勿論駒數の少ないことが作品の價値を増大するのである。

 3、作品より受ける感じ

 之は上述の諸標準又は後述の減價事項等の綜合であるとも見られ、結局此等の諸條件にして優秀であれば自然作品そのものから受ける感じもよいのである。勿論主觀的なものだから人によつて多少相違はあらうが、大體多數の人に好感を與へるといふことが詰將棋評價上最根本的な重要法をもつてゐると私が考える事は既述の如くである。


原文は傍点付き
(將棋世界1940/09里見義周「詰將棋とは何か」より。つづく)


第39番(余詰)

3273

14と、同玉、13桂成、同玉、12桂成、同玉、11桂成、同玉、12歩、同玉、
13歩、同玉、14歩、同玉、15歩、同玉、16歩、同玉、17歩、同玉、
19香、18歩、26銀、16玉、18香、同飛成、17歩、同龍、25銀、15玉、
16歩、同龍、24銀、14玉、15歩、同龍、23銀生、13玉、14歩、同龍、
22銀生、12玉、13歩、同龍、同銀成、同玉、23飛、14玉、24飛成
まで49手詰
(將棋月報1941/02)

15同銀、同玉、13飛、14歩合、16歩、同玉、14飛成、15飛合、17歩、同玉、15龍、16合、27飛以下。

 ミニ煙ですが、この収束は余詰がありました。



山田修司作「近代将棋」1964/09発表原図

50693136

26金左、24玉、14と、同玉、15金、13玉、12と、同玉、22歩成、同金、
同と、同玉、33金、同飛、同桂成、同玉、43歩成、同歩、23飛、44玉、
56桂、同角成、43飛成、35玉、46金、同馬、26金、同玉、46龍、15玉、
51角、14玉、16龍、23玉、25龍、32玉、34龍、41玉、44龍、43歩、
同龍、51玉、53香生、同と、63桂、同と、61香成、同玉、63龍、71玉、
81と、同玉、92馬、同玉、93歩成、同銀、同龍、同玉、94と、同成銀、
82銀、92玉、93歩、同成銀、同銀成、同玉、94歩、同玉、95歩、同成香、
83銀、93玉、94歩、同成香、同銀成、同玉、95歩、同玉、96歩、同玉、
97歩、同玉、99香、98歩、86銀、96玉、98香、同飛成、97歩、同龍、
85銀、95玉、96歩、同龍、84銀、94玉、95歩、同龍、83銀生、93玉、
94歩、同龍、82銀生、92玉、93歩、同龍、同銀成、同玉、83飛、94玉、
84飛成
まで111手詰


95同銀、同玉、83飛以下。

『夢の華』(毎日コミュニケーションズ1998/03)
より
 収束は歩を沢山消化する形が楽だろうと考え、昔将棋月報に発表されたというエレベーター趣向で有名な銀歩送りのS氏作の型を使ったのだが、(実験のつもりでスタートしたので)何ぞ計らん、完全とされていたその収束形に穴があいていて、当然この作もその部分で連座してしまった。もちろんそこは安心しているから調べていない。

 このS氏が里見であることは明らかですね。


第40番

                         
40 37

43桂打、同金、同桂生、同飛、41金、同飛、同角成、同玉、43飛、同飛、
52銀生、32玉、43銀生、33玉、35飛、23玉、34銀生、14玉、25銀、15玉、
16銀左、14玉、15銀、23玉、13と、同玉、33飛成、23歩、24銀、14玉、
26桂、同銀生、23龍、25玉、33銀生、35玉、26龍、34玉、24銀成、44玉、
35銀、55玉、66龍、45玉、34銀、35玉、26龍、44玉、45歩、55玉、
66龍
まで51手詰
(将棋朗作選改)

鶴田諸兄解説
「辷り出しは平凡だが、61銀が16までバックし、更にこの銀が終りまで大活躍はまことに見事。中盤以後追廻しになるが、平凡ではない。終盤、玉が中原をウロウロし、最後は都で往生とは仲々面白し」





2016年2月29日 (月)

『闘魚』再録版 その20

(承前)

第三章 詰將棋の本質

 以上述べて來たところを綜合して私は詰將棋に對して次の様な定義を與へて見た。
「詰將棋とは指將棋に於けると同一のルールに從ひ、而も其他に自己特有の規定を有するところの問題的形式をとる藝術作品である」
 之について少しく説明して見よう。
 1、詰將棋は指將棋と同一のルールを踏襲する
 第一章の冒頭でも觸れておいた様に盤面、駒の數、駒の性能等指將棋に於けるルールはすべて詰將棋に於てもそのまゝ遵奉される。此の點に於て詰將棋と指將棋は僅に接觸を保つてゐるのであり、又詰將棋が指將棋と共に將棋
)と云ふ概念の中に含まれる所以なのである。

 2、詰將棋は獨自の規定を有する

 之については第一章で詳述したところであるが、此の事によつて詰將棋は將棋といふ概念よりも狭いところの詰將棋と云ふ概念を形造るのである。

 3、詰將棋は藝術作品である

 始めに斷つておいた様に今の中はまだ實は餘り大きな聲では藝術作品とは云はれないのかも知れないけれども、私も必要上少しく藝術といふ事に關しても研究してみたのであるが、結局どう考へて見ても詰將棋を以て藝術と看做さざるを得ないのである。詩が、音樂が、映畫が藝術であつて何故詰將棋が藝術であつてはならないのか。尤も詰將棋は駒といふ恐ろしく特殊なものを用ひて美を表現せんとする藝術であるが、それならば詩にしたところが文字といふ特殊なものの上に成立するのではないか。たゞそれが一般的かどうかだけの違ひである。詩が文字の藝術であるなれば、詰將棋は駒の藝術であると云へないのだらうか。尤も私は指將棋を藝術であるとは云へない。指將棋は飽く迄も競技である。たゞ藝術性をその中に多分に含んで居ると云ふに過ぎないのである。私は將棋に就て指將棋は競技であるが、詰將棋は藝術であると云ふのだからその點は誤解のないやうにして頂き度い。

 4、詰將棋は問題的形式をとる

 詰將棋が表面問題的形式をとるといふことは藝術作品としてはちよつと特異なもので、此の點幾何學の證明問題に似通つたところがある。西洋將棋即ちチエスでは日本の詰將棋に相當するものをプロブレム(Problem)即ち問題と云つてゐるのであるがそれはとも角この問題的形式をとつてゐると云ふことが詰將棋が一般に誤解される有力なる原因の一つではないかと思ふ。その為に世の中には詰將棋とは詰めるものだと考えてゐる人が非常に多いのである。詰將棋とは實戰に役立てる為にのみ存在するのだと云ふ様な原始的詰將棋時代に於けるが如き考え方も此の邊から出發して居るのかも知れない。併し云ふ迄もなく詰將棋の本質は之を創作するといふ事にあるのであつて、之を詰めると云ふ様なことは恰度作曲された樂譜を演奏してみるやうなものなのである。樂譜を演奏するのでも難しい曲になれば仲々修練を要する様に、作品に於ける詰筋を發見するのは却つて之を創作するより難しい事があるが、それだからと云つて詰將棋を詰めるといふ事に重きを置くわけには行かないのである。現今でも詰將棋を作らうと云ふ人は寔にその數が尠くない。詰將棋のもつ本當の面白味と云ふものは之を作つて見なければ分らないものであるから、とに角手數の短いものでいゝからどしどし作つて見ることが必要であらうと考える。


原文は傍点付き。
(將棋世界1940/09里見義周「詰將棋とは何か」より。つづく)


第37番(不詰)

Para66700135

16銀、同玉、76飛、
46歩合、26金、17玉、27金、18玉、78飛、19玉、
18飛、29玉、28金、39玉、38金、49玉、48金、59玉、58金、69玉、
68金、79玉、78金打、同金、同金、69玉、68金、59玉、58金打、49玉、
48金、39玉、38金打、29玉、28金、39玉、38金左、49玉、19飛、29金合、
同飛、同桂成、48金打、59玉、58金右、49玉、48金右、39玉、38金右
まで49手詰
(初出)

56歩合、以下作意同様に進めて
39金合、同飛、同桂成で48金と打てない(香が利いている)ので逃れ。



松井秀雄作「近代将棋」1965/02

50693265

16飛、29玉、19飛、同玉、37角、同金、18金、29玉、28金、同金、
同飛、39玉、38金、49玉、48金、59玉、58金、69玉、68金、79玉、
78金、69玉、68金打、59玉、58金、49玉、48金打、39玉、38金、49玉、
48金左、59玉、29飛、39金、同飛、同桂成、58金打、69玉、68金右、59玉、
58金右、49玉、48金右
まで43手詰

森田銀杏(1983/02『近代将棋図式精選』)
「実はこの詰上りには前例がありました。戦前から詰棋界の重鎮として理論家としても知られる里見義周氏が昭和26年に出版された自選集『闘魚』第37番がそれです。しかし新進の松井氏がそれを知る訳はなく、少ない駒数で<金やすり>の趣向的手順のみを強調しているところなど全く別の作品といって良いでしょう」



第38番「蜀の棧道」(余詰)

38

78馬、67馬、同馬、34歩、13歩、22玉、66角、55歩、同角、44桂、
同角、同歩、23歩、32玉、24桂、43玉、53と、同龍、同銀成、同玉、
63飛、54玉、55歩、同玉、53飛生、54角、56歩、64玉、63と、同角、
55飛成、75玉、57馬、同と、66銀、74玉、65銀、73玉、64銀、72玉、
63銀成、同玉、75桂、72玉、52龍、62歩合、54角、71玉、62龍、同玉、
63桂成、61玉、62歩、71玉、72成桂
まで55手詰
(再録版で改良)

63同飛成、同玉、85馬、64玉、42角以下。

54角、73玉、、84と、同玉、85龍以下。

岡田敏(1997/07「詰棋めいと」)
「その原理を知った時は身体の震えが止まらなかった。2手目67馬の玉方の捨駒は正に大妙手といってよいのではなかろうか。本作に出会ったのが昭和30年8月で、初心者で『図巧』などを知らなかった私は大変感動したものだった。(中略)尚、題名の『蜀の桟道』とは、中国四川省北部にある要害の地のこと。命名者は田辺重信氏である」

 66馬が取歩駒になっているので、67馬と捨てて打歩詰に誘致する狙いで、図巧第20番と同じ主題です。
 もとの『闘魚』の図がどうなっていたのか分かりませんが、この図は『昭和詰将棋秀局懐古録』(1955/08「風ぐるま出版部」)採録の際、田辺重信のほか、松井雪山、柴田龍彦も関わり改良されたそうですが、2箇所も不具合があります。




図巧第20番

034

23歩成、43玉、44銀、34玉、55桂、78馬、24と、同玉、79馬、同馬、
23成香、34玉、35歩、同馬、33銀成、同龍、同成香、同玉、43桂成、同桂、
23飛、42玉、43香成、31玉、33飛成、21玉、31龍、同玉、23桂、21玉、
11桂成、同玉、12飛、21玉、22飛成
まで35手詰

2016年2月28日 (日)

『闘魚』再録版 その19

(承前)

第二章 詰將棋の發達

 前章に述べた詰將棋の諸規定はその全部が始めから存在してゐたわけでは勿論なく、長い年月の間に徐々に新しい規定が出來上つて行き、終に現今の如き比較的整備されたものになつたと解すべきである。而して此の規定發達の跡を辿つてみることは詰將棋を理解する上に非常に役立つであらうと考へて此の一章を設けたのである。だから詰將棋の發達と云つても別に詰將棋の沿革を説かうと云ふのではなく、時代には一切關係なくたゞ詰將棋自身の内部に於ける發達──之は結局規定の發達といふことに歸する──を論ずるのである。尤も之は僅に作品を通してみたところの私の推定に過ぎないことをお斷りして置く。

 一、詰將棋發生の原因

 詰將棋が指將棋から分れたものであらうことは初期の作品が概ね實戰型である點から見ても容易に想像のつく事柄であるが、然らば詰將棋は如何なる要求に基いて發生したのであらうか。私は詰將棋發生の原因として次の二つを擧げる。
 1、指將棋は大體序盤、中盤、終盤に分れ何れの研究も大切であるが特に終盤はそれが直接勝敗に關係するだけに特に重要視せられた。何とかして終盤の力をつける方法はないものだらうか。之は誰しも痛感したところであらう。そこで實戰に出て來た局面或は實戰に出て來さうな局面を抽出して來て、その終束方法(寄せ)を研究することが次第に行はれる様になつた。而してその中で特に詰を研究することが最も分り易くもあり興味もあつたので、之のみがひとり發展して茲に詰將棋らしいものが出來上つたのではないかと私は見てゐる。
 2、吾々は實戰に於て非常に巧い手で敵玉を詰めて了ふことがあるが、かういふ時吾々はたゞ勝負に勝つた喜びの外にその寄せの巧妙であつたことを自己心酔して了ふ。そして出來るなら之を後々までも保存して置きたいと考へて、不要な駒は全部取去つて了つてその詰に關係のある部分だけを抽出して來る。かくして茲にも亦詰將棋らしいものが發生するやうになつたのであらう。
 詰將棋は大體右の二つの欲求によつて指將棋から分離したものであらうと考へられる。併しその主なるものは勿論第一の原因であつて第二の原因の如きは甚だ影の薄いものであつたに相違ないが、吾々は此の中に僅に藝術作品として詰將棋の萌芽を見出すのである。

 二、詰將棋の發展段階

 1、詰將棋時代

 詰將棋といふものが未だ發生しなかつた時代である。併し此の時代に於ても詰將棋の前身と見られるものは存在して居た。即ち實戰の終盤の力をつけるための單なる練習問題様なものがそれであるが、それも始めの間は必ずしも詰がなければならぬと云ふものではなく、必死の問題、詰むや詰まざるやの問題乃至その他の寄せの手筋等の中にたまたま詰みに關する問題が渾然とまざつて居たのであり又その詰みに關する問題に於ても王將の數の如きは恐らく始めに指將棋と同様に二つあつたのではないかと思はれる。從つて持駒も双方の持駒が指定されて居つたのであらうし詰手段にしても必ずしも一つに限定されたわけではなかつたのであらう。然るに時の経過するにつれてかゝる渾然たる状態から漸次詰に關する問題のみがその目的が最も簡明であり興味も深いと云ふ理由から前面に押出されて來ることになり、それに伴ひ、之をより簡明に、より興味深くするために種々の規定が徐々に定められて行き、茲に所謂詰將棋らしいものが出現されるに至つたのである。併しこの詰將棋らしいものは全く指將棋に役立てるためのものであつたのである。

 2,原始的詰將棋時代

 手餘り禁止の規定を除いては大體現在と同様の規定が明瞭に確立されたときを以て詰將棋の發生期とする。而して此等の規定の中で最も注目せらるべきは王將唯一の規定であつて、この規定の成立によつて詰將棋は茲にゲーム的な性質換言すればゲーム性といふものを完全に喪失したのであつて、詰將棋がゲームたる指將棋から完全に分離して獨自の發達を遂げるに至る端緒がこゝに開かれたのである。初代宗桂や宗古等の作品は大體原始的詰將棋時代のものであると認められるが、此の時代の詰將棋の特色は飽く迄も實戰的であると云ふ點である。即ち形が實戰型であるのは勿論であるし、又その手筋に於ても、あまり奇抜なものは見られず、實戰に出て來さうな手筋を少しく飛躍せしめた程度のもので、それが所謂詰將棋の手らしくないだけに現代人には却つて考へ難い所がある。此の時代に入つて詰將棋は漸く指將棋に對する隷属的地位から脱却して詰將棋として獨自の境地を開くに至つたのである。即ち詰將棋は最早實戰に役立てるためのみのものではなくなり、それはそれとして一個の藝術作品として鑑賞すべきものになつたのである。併し未だに實戰に役立てようと云ふ精神は相當強く存在して居つたやうである。次に手餘りがまだ許容されてゐたりと云ふことが原始的詰將棋と次の現代的詰將棋とを正式に區別する唯一の點であるが、此の時代の作品中でも勿論駒の餘らないところの現代的詰將棋と形式的に少しも異らないものも澤山あり、又手餘りの局と雖も程度のひどいものは見られず、時代と共に手餘りと云ふことが次第に忌まれて行つた事を窺ふのである。

 3、現代的詰將棋時代

 手餘りの作品が全然少くとも殆んど現はれなくなつた時代以後現代に至る迄を指すのであるし、なほ巨細に觀察すれば此の間に於ても前期と後期とでは若干の變遷が見られる。即ち前期の作品には第一章詰將棋の要件の中で述べた様に、本手順よりも手數の長い變化手順を有するものが多く見られるが、後に至るに從つて次第にその數を減じてゐるのであり此の時代に入るに及んで詰將棋は名實共に完全に指將棋より獨立して指將棋と共に將棋界を二分するにまで至つたのである。實戰に役立てようと云ふ精神は漸くその勢力を失墜し、却つて實戰に出て來ない様な型や、又はなるべく實戰に出ない様な手筋の方が尊重されることになり、かくして宗印名人の不成百番が現はれ、宗看、看壽の玄妙なる手筋を主材とした作品や、はては添田宗太夫や桑原君仲等の所謂曲詰と稱するものまでが出現するに至つたのである。
 現代も亦此の現代的詰將棋時代に属するのであらう。詰將棋の將來は果して如何であらうか。之は吾々詰將棋をやる者にとつては寔に重大關心事でなければならない。近頃は詰將棋は行詰まつたと悲觀する者もある様だが私はさうは思はない。行詰まつたと感ずるのは吾々の頭腦が平凡だからであつて、もし宗看、看壽の如き天才を以てすれば新しい境地を幾らでも開拓出來るものと信じてゐる。要するに未開拓の野は豐富に存在するのであるが、平々凡人には之を切り拓いてゆくだけの力がないのではないか。此の意味に於て私は天才の出現を希求して已まないものである。
(將棋世界1940/09里見義周「詰將棋とは何か」より。つづく)


第35番

35

53金、31玉、32歩、同玉、43金、同玉、44金、32玉、33金、同桂、
43銀、同玉、44金、42玉、33金、52玉、62と、同龍、64桂、61玉、
62角成、同玉、72飛、53玉、43金、64玉、55角成、同桂、75飛成、63玉、
64歩、62玉、71龍
まで33手詰
(將棋月報1942/04改)

43金も可。非限定。

 実戦的な手順。単調です。

※佐原氏のご教示により月報を確認したところ、先行作がありました。
月報は出題時作者名を明示せず、余詰があった場合は取消し扱いとなって作者名が分からないままという例がよくありますが、これは里見作で間違いないと思われます。33手詰ですが、5手目作意53飛のところ44金で潰れ。

3585


第36番

36 38

81馬、同玉、71歩成、同玉、81金、同玉、73桂打、71玉、61桂成、同金、
81金、同玉、73桂打、71玉、61桂成、同飛、81金、同玉、73桂打、71玉、
61桂成、同馬、81飛、同玉、73桂生、71玉、61桂成、81玉、72角、82玉、
94角成、32歩、83金、81玉、71成桂、同玉、72金
まで37手詰

(將棋朗作選改)

 『將棋朗作選』第38番の発展形。その原図は月報1935/07、義舜名義です。

1879

 最終形は、81金~73桂(打)の繰り返し手順を強調して収束をカット。無駄のない仕上がりです。

2016年2月27日 (土)

『闘魚』再録版 その18



 一人でも多くの人に詰將棋と云ふものを本當に理解して戴き度いといふ情熱を以て、私は此の稿を書き上げた。
 全篇を通じて一貫するところのものは、詰將棋は藝術作品──もし語弊があるならば少くとも藝術作品と同等と認めて差支ないもの──であるとか思想である。随つて詰將棋の目的は美の追求であり、表現である。此の事は以下の叙述を讀まれる前に先づ頭に入れておく必要がある。
  私は詰將棋を以て直ちに藝術なりとすることは差控へ、藝術同等のものといふあたりで一應妥協した。併し以下の叙述では便宜上單に藝術作品と云ふ言葉を用ひることにする。

第一章 詰將棋の規定

 將棋一般のルールは詰將棋に於てもそのまま遵奉される。即ち使用する盤面、駒の數(但し王は一枚だけ)駒の性能、或は二歩、打歩詰その他の禁制事項(之も結局駒の性能といふことになる)等すべて指將棋に於けると同一である。而して以上の外に詰將棋にはまた自己特有の規定がある。之が即ち茲に詰將棋の規定と稱するものであつて、以下述べる所は現今、大體一般的に認められた不文律となつてゐるが、或る部分に關しては異論を抱く者又少しとしない。此等については各項に於て夫々論及するつもりである。詰將棋の規定は之を俳句と對照して考察すると分りが早いのではないかと思ふ。即ち俳句は十七字──勿論字餘り等を認めるが──といふ形式を有つた詩の一種であり、別に季と云ふやうな約束がある。尚近頃は所謂自由俳句の提唱や、又は季などといふことは無視すべしと云ふやうなことが叫ばれてゐる様であるが、私は説明の便宜上、俳句といふものは飽くまでも十七字詩であるべきであり、而も季を入れることは作句上絶對的な必要條件であるといふ立場をとることにする。俳句が何故十七字でなければならないかと云ふに、俳句と云ふものは十七字であると云ふことにその本質があるのであつて、如何に俳句的な思想を詠んだものであつても十七字を無視すれば他の種類の詩となり、或は散文となつて了ふであらう。又季と云ふことも、たつた十七字の短い詩型の中に出來る丈多くの思想を盛り、美を表現せしめたいと云ふ意欲のあらはれとして出來上つたものであり、之を規約として定式化することが俳句と云ふ藝術をよりよきものたらしめる所以であると考へたからに外ならない。而して一度之が規約として定まつて了へば、季のない句は如何によいものであつても、その俳句としての資格は一應否定されなければならない。法律は元來社會の幸福のために定められてあるものであるが、時としては法律に違反することが却つて社會の為であるといふ様な事態が生じないとも限らない。云ふ迄もなく、かゝる場合と雖も苟くも現存の法律に違反することは是認されない。
 詰將棋の規定についても常に此の様な俳句との關聯を頭に置いておくことが便利であらうと思ふ。

一、詰將棋の要件

 詰將棋たるがためには、次の各條件を具備して居なければならぬ。即ちもしその一つでも之を缺くときはそのものを詰將棋とよぶことは出來ないのであると私は思ふ。(
 1、詰のあること
 2、王將は一つであること
 3、詰手段は唯一であること
 4、詰上りに於て持駒の餘らざること
 以上の四項であるが、その中1と2とは本質的な規定であり、──俳句で云へば十七字の詩型に相當する──3と4とは元來は詰將棋に對してよりよくより多い美を與へようとした試みであつたか知れないが、現在ではそれが既に定式化して了つたものであると私は認める。──俳句に於ける季に相當する。
 1、之は云ふまでもないことであつて、詰將棋といふ名前からしても、詰のないものは明らかに詰將棋ではない。之は議論の餘地のないところであるが、たゞ三代宗看の作品等の中には、未だに詰の発見出來ないものがあり、之は一體詰將棋と稱してよいのかどうかと云ふ問題である。併し私の見解では、詰を發見するまでは──或は全然詰まないのかも知れない──之を詰將棋と稱することは遠慮しなければならぬと思ふ。だから私は詰將棋の作品集には必らず本手順及び主なる變化は之を附記しておかねばならぬと主張するのである。
 2、詰將棋に於ては王將は二つあつてはならない。即ち詰將棋では詰める側──詰方若しくは攻方と云ふ──と詰められる側──王を有する側だから王方と云ふ──とにはつきり分けられる。どちらが詰むのか分らないのではなくして、王方が詰むに決まつてゐるのである。此の點黒先結果如何などと云ふ詰碁と根本的に異つてゐる。又此の事は詰將棋がゲーム性と云ふものを全然有つてゐないことを意味するものであつて、重要な事柄であるが之については第二章で觸れるところがある。
 3、詰手段は唯一でなければならない。もし他の手段でも詰むことが發見されれば餘詰があると云ひ、餘詰のあるものは詰將棋としての資格を失ふ。而して餘詰の中でも本手順(作意手順)より手數の短いものを特に早詰とよぶ。餘詰はたとひ如何に手數の長い迂遠な方法であつても、苟くもそれが存在する以上は詰將棋とは云へないのである。尚ほ、茲に詰手段と云ふのは大局的な手段を意味するのであつて、その中途に於ける區々たる手順が時に二つ又はそれ以上に分れることがあつても、又は手順が前後する様なことがあつても差支ないのである。
 次に何故詰將棋に於て餘詰が禁ぜられてゐるのか。たとひ手段が二つあつても双方が面白い手順であればいゝではないかと云ふ人があるかも知れないが、私は或る方法以外の手では絶對に詰まないといふ所に詰將棋の純潔が保たれるわけであり、從つて之がその詰將棋に對してより高度の美を與へる所以であると考へる。とも角詰將棋に於て餘詰は絶對に禁じられて居るのであつて之については別段議論もないと思ふ。
 4、詰上りに於て手駒が餘つてはいけないと云ふこと、俗に云ふ手餘りの禁止である。詰上りとは本手順によつて生ずる最終局面を云ふ。尚本手順と云ふことについては次の詰將棋の規約の所で詳述するが、同手數又はより短い手數であつても、わざわざ駒の餘らない様に逃げて之を本手順とすることがある。而も之がこじつけでなく自然である場合にはたとひ二手位は短くとも、駒の餘らない方が本手順として許容されるから、随つて之は手餘りではないのである。
 手餘りの禁止に對しては、多少の意見がある。詰手順が面白ければ歩の一つ位餘つたとて差支はないであらうと云ふのであり、現に初代宗桂、宗古あたりの作品には駒の餘るものも相當見受けられる。併し此等は何れも詰將棋發達の初期の作品であつて、伊藤看壽の圖巧などには手餘りは絶對に見られない。この様に手餘りは相當古くから忌まれてゐたのであり、現代の詰棋家の間では絶對に之を禁止すると云ふ立場をとつて居る人が壓倒的に多い様である。私も之は前述の詰手段の唯一と云ふことと並んで、詰將棋の純潔性の故に絶對に必要なものであると考へてゐる。而して宗桂、宗古の作品の中手餘りのものは之を原始的詰將棋とよんで吾々の現代的詰將棋と區別するものである。

二、詰將棋の規約

 要件以外次の諸項がある。
 1、攻方の手番より開始し、攻方は王手の連續によつて王を詰めなければならない
 2、残り駒全部は王の持駒である
 3、王方は最長手數になるやうに應酬するのを原則とする
 而してかゝる應酬によつて生ずる手順を本手順と云ひ、それ以外の王方の應酬によつて生ずる手順を變化手順又は單に變化と云ふ。併し之は原則としてであつて、手數は最長とならなくても當然その方を本手順と看做すのが妥當であるやうな場合には、特にそれを以て本手順とし、最長手數の方は之を變化とすることがある。前述の王方が駒が餘らないやうに應酬するのを本手順とする場合も之に属する。この様な作品は古圖に比較的多いのであるが、現今では不完全な作品として避けなければならぬと思ふ。殊に後の場合即ち手餘りを避けるやうなことは程度の輕いものについてのみ許容されるものであつて、程度が強くなれば當然手餘りの作品となつて少くとも現代的詰將棋としての要件を缺くことになるのである。
 4、攻方は最短手數なるやうに詰めなければならぬ
 勿論詰手順は唯一でなければならないのであるが、こゝに云ふのは要件としては無視し得る所謂一つの大局的な手段の途中に於ける小手順間の手數に相違する場合であつて、此の場合攻方としては最も手數の短いものを選んで之を本手順としなければならぬのである。此の規約は一見(3)の規約と矛盾するやうに思はれるかも知れないが、よく考へて見れば最短手數なるやうな攻方の攻撃に對して、王方が最長手數なるやうに應酬する時生ずる手順が即ち本手順に外ならぬのであつて、前に本手順とは王方が最長手數なるやう應酬する生ずる手段を原則として本手順と云ふと定義したのは實は不十分であつたのである。尚この規約は「詰手段唯一なること」といふ要件とも矛盾するやうに思はれるため中には此の規約は不必要であると説く者もあるが、之は誤りで大きな手順とその途中に於ける區々たる小手順とを混同した結果である。
原文は傍点付き。以下も同様。

(將棋世界1940/09里見義周「詰將棋とは何か」より。つづく)


第33番

33 29

57龍、同と、37馬、同と、64銀生、同飛、65馬、44玉、43馬、35玉、
36金、同玉、25馬、27玉、16馬、36玉、25馬、27玉、36銀、同と、
16馬、37玉、38馬、26玉、16馬、35玉、25馬、44玉、43馬、55玉、
66銀、同飛、54馬
まで33手詰
(將棋朗作選改)

 『將棋朗作選』第29番を6手逆算しています。
 この序奏はやり過ぎで、原図の方が良い。

※さらに先行作がありました。月報1936/11、義舜名義。17手詰。

2219



第34番

34

21飛、12玉、23銀、同成銀、24桂打、同成銀、同桂、13玉、12桂成、同玉、
23銀、13玉、14銀成、同玉、25銀、15玉、16銀、同玉、27飛成、15玉、
16歩、14玉、15銀、13玉、24銀、22玉、23銀成、31玉、37龍、36香合、
同龍、41玉、31龍、
同玉、33香、21玉、32香成、11玉、22成香
まで39手詰
(初出)


36桂合は、同龍、41玉、32龍、52玉、34桂まで35手。

52玉は、51と、43玉、33龍まで37手。


 シンプルな趣向。『将棋妙案』第27番に先例があります。

240027

82飛、93玉、84銀、94玉、95銀、同玉、86銀、96玉、97銀、同玉、
88銀、98玉、99銀、同玉、33角、98玉、88角成
まで17手詰

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