カテゴリー「「詰棋界」」の61件の記事

2016年9月22日 (木)

「詰棋界」 その53

「桂詰」解答募集中です。締切9月25日。


 第4巻第3号(通巻第20号)です。1954年6月1日発行

20195406

1頁 表紙
宮本兼利作、19手詰。

2頁 目次

3頁 初心詰将棋教室3
        ジュニア18
※出題です。

4~7頁 將棋萬象(3) 會津正歩
             名作探訪(2) 柴田昭彦

8~10頁 ロマンチシズムの在り方 大塚敏男

11~13頁 不完全作について 川崎弘

14~15頁 詰将棋綺談(2) 會津正歩
※短編小説のようなもの

16~17頁 Cクラス 第4巻第2号 野口益雄(結果)
                新会員です どうぞよろしく


18~19頁 Bクラス 第4巻第2号 金田秀信(結果)
               マド
20頁

20頁 詰将棋病院
         編集后記
         第14回会計報告


ロマンチシズムの在り方 大塚敏男

 趣向詰と往事の詰将棋とにはその観念において異同は様々であるが、その一つとして更に気が付く事は、趣向詰における主題というものの存在である。そして又、この主題に関する古典派の観念に浪漫派と異なる点のある事である。詰将棋の観念として一つの作品を統一的にバランスするために本質的な根幹を成す要素-具体的に云えば、古典的な作品においては、妙手とか捌きとか伏線といったものであり、又浪漫派的作品に於いては、主題やそれにともなう律動性といったものが必要条件である事は両者相通ずるのであるが、更に浪漫派の考へ方(これを浪漫主義あるいはロマンチシズムと呼ぶ)においては、主題にともなう律動性あるいはそれよりカモシ出すところの音感的な韻律性を通して印象又は観念の認識的要素以外に、その情緒的要素をも主張されているのである。更に詳しくいうならば、主張するという事は詰将棋から求めんとするものを与へるという事である。詰将棋を作る目的にもいろいろあろう。単に作品が入選発表される事に喜びを感ずる場合もあり、駒の動き、手筋の組合せ、そしてそれらそれぞれのつながりによって出来る詰将棋の持つパズル性にひかれる場合もあるだろう。そして更に考へを押し進めてみると、それらのみにて詰将棋を創る事に満足せずより一歩進んで新しい進路を見出そうとして努力する考へ方があるのである。発表される事の喜びやパズル的性質にひかれるのは詰将棋としての一つのケースであり、進んでその他に別の面を求めようとするのも一つのケースである。そして後者のケースを歩むものの一つの考へ方がロマンチシズムなのである。現在の詰将棋にあき足らぬと感じ、一体詰将棋より何を何を感じ何を求めるかという事を省る時に、今で歩んで来たオーソドックスな考え方ではとうてい表わし得なかったところの別の面を表わそうとしているのがロマンチシズムの現在の姿である。求めんとするものを与へる事、それはある者にとっては詩情であり、ある者には遊びであり又、ある者にはセンチメンタリズムである。そしてこれらを具象化せんがための媒介手段として主題を用いているのである。だから従来の妙手とこの主題とは、同じく作品を形成する要素でありながら、その要素の定義、あるいは選択のし方に於いて全く異なったものであり、、到底同じ定義のもとに概括する事の出来ないものである。かくの如く浪漫派の作品には往事の如き古典的作品との間に根本的な差異が認められるのである。しかるに現在の浪漫派に対する批判は、はたして正確なものとして奔放自在な表現に富んでいるといへようか。古典主義者はそれに対して、古典主義という理念のわくからこれを眺めて自分達の理念にそわないものとして、又妙手というものがなくそれに代る何物もないとして反論する。だがそれは余りにも自分達の理念を絶対的なものとして固執し過ぎてはあらぬだろうか。
 なぜなら、創作と云うものは本来の因襲を破って進んで行くところに生命があるのであり、この因襲を破ることそれ自身を直ちに危険視するのは誤りであり、ましてや現在より一歩別の境地にある。そしてそれらと主義、概念の全く異なるものだからである。これらの議論について好適な例として小泉信三氏の文学者と経済学中より引用してみる。
 『ド・クインシイの経済学上の功徳は外にもあるが、価値の尺度に関するマルサスとリカアドオとの論争に明晰なる判定を下した事はその一つである。リカアドオとマルサスとは、一物の価値の尺度たるものは、その物に費やされた労働量であるか、それともその物と交換せらるる労働量であるかを争った。リカアドオは前説を取ったのである。この場合マルサスがいう価値の尺度なるものは、価値の増減を来さしむる原因の意味ではなくて、既にある価値はこれを何によって測定すべきか、の意味に於ける尺度である。二人は此の点を明らかにしないで互に食い違った稍々 AはBである。否そうでない。CはDであると云うに類する議論を戦はしたのである…』
 これをいひ代へるならば、ここに一つの絵があったとする。そしてこの絵を青い色眼鏡をかけた人が見たとする。そうすると、その人にとってその絵がどのような配色となってその人の眼に入るか、黄色は緑色に変り、赤は紫となってその人の眼に入ろう。しかも自分はその立場の不当なるを知らず、得々として批評したら恐らくそれは喜劇となろう。これを全く同じ現象が現在戦わされているのであり、AはBであるの類の議論にしとしいのである。
 然らば趣向詰の作図における真の在り方はどうなければならないか。先ず先にも述べたように、趣向詰の主体となる要素は主題(テーマ)であり、従ってこの主題に創意が見られなければならないのは当然であろう。そしてこの主題に対して一つの主張すなわち遊びとかユーモアとか詩情あるいはセンチメンタリズム等々各人各様でいろいろ差異はあろうが行き着くところは長篇も短篇も(趣向詰の)長いなり短いなりにそれぞれ首尾結構ある一つのまとまった議論を成していなければならないところにある。このためには主題を鮮明に捕える努力が必要であり、その一方法として律動性を強調し、主題を助ける導入手順あるいは第二主題、フィナーレ(終束)などの補助を得て初めて十分なる目的が達せられるのである。
 音楽と同様趣向詰には必ずしも序曲は必要ではないというのは一つの見解である。序曲があるのは殆んど歌劇(オペラ)の場合でありシンフォニー(交響曲)にしろ協奏曲にしろ狂詩曲にしろ、あるいはその他諸々の楽式を持つ音楽には序曲は見られない。
 しかし音楽には序曲というはっきりした区画のないものでも、主題への導入部というものはある。一番簡単な歌曲でもピアノによる前奏という導入部分があるではないか。更に音楽の場合には主題を幾重にもくり返して取り入れることが出来るし第二、第三主題というように旋律を重ね用いる事も出来、種々のテクニックも施し得るし標題を表わす雰囲気も自由に表現できよう。だが只一つの主題を表現するのにも困難を感ずる詰将棋において果して序奏なしの主題一本のみにてどれほどの表現をし、どれほどの効果をあげることができようや。詰将棋には詰将棋の技巧があり表現もあるというかも知れぬが、音楽にはいろいろな楽器によっていろいろと音色があり、音の高低、強弱そして一音の長短等と変化色彩にひきかえ駒における音色といへば、駒の性能違いとか合駒などにしか求められず、又ほとんど盤面に於ける駒の配置によって施す技巧も限られ思うようには行かないではないか。私が今後の趣向詰に望みたい事は、趣向一本でも十分であるという考へ方を改めるべきだという事である。実際今までに、これはと思わずひざを打つような傑作に、そのような主題一本の作品を未だ見ない。そのほとんどが第二主題ともいうべき非常に実現の困難と思われる要素を取り入れ、又導入部、終束部等にも細心の注意と努力とを傾倒しているのである。故に趣向詰において主題の発見は無論創造であるが、しかし、創造といってもその第一段階を経たのみで未だアイデアとしての素材に過ぎない。更にその上に第二段階的創造ともいうべき、所謂肉ずけの段階に入らなければならないのである。此の段階においては、自分の詰将棋に対する持論のもとになされなければならず、決して成るがままにまかすといったような浮動的曖昧な態度であってはならないのである。
 且って美術史上の一大転期をなさしめた印象派の絵については、この事としとしい事実を物語っている。この転期の第一人者たるマネーが、従来の古典的な画法-すなわち西洋における大和絵といおうか。余りその道に詳しくないので言葉に不足を感ずるが、とにかく形を最大に重要視し、色も帰納的な、例へば、人間の顔は常にはだ色とかとに角物体の色彩がほとんど固定した画法であった。しかしマネーは同じ物体でも朝と昼とでは色種が異り、又同じ時間でもやはり時刻による変化のある事に気がつき、光の変化を追って形より光へと変更した。だがその絵を発表した時の当時の批評界の態度は余りにも彼に対して冷たかったのである。確かにその当時では彼の絵は理論を超越したものとして軽蔑されただろう。だがその筆法においては実に光の微少な変化の瞬間を捕えているのである。そしてこの印象派が生まれなかったならば、後の野獣派も生まれなかったろうしピカソも生まれなかったかも知れない。芸術の世界に規則はないし、何等過去の因襲に従う必要もない。それと同じく詰将棋という創作の世界にも何等拘束はない。自分の主張には妨げる何物もない。だからそれだけに主張には確固たる理論の裏付けがなければ、それは偶言に過ぎぬ。又詰将棋においては、その裏付けたる理論を認めるのは作図家、解者、評論者を問わず一般に詰キストである。だがそれら詰キストの考へにも限度があり、印象派初期当時の評論界の眼と大差ないものである。これは現今の詰棋界を批判しているのではない。いつの時代でも何の世界でもこれは共通なる事実である。だからここに一人の飛躍者が表われた場合には必ず反対に会う。しかし、その飛躍が正しいものであるなら、その解決はも早や見る者の眼の成長する時間だけの問題となる。そしてやがて認められてくるのである。印象派が遂にあのように勝利を勝ち得たのもそれまで以上に細心の注意と工夫と創意と判断が成されていたからに他ならない。趣向作だからといって凡て秀作ということはないだろう。現在の浪漫主義賛成者の批評にはほとんど余り細かい評が成されておらないようであり、むしろひいきの引き倒しとなるような場合すらある。私は無論浪漫讃美者である。だが現在の如き批評界の中にあっては折角のロマンチシズムも健全な成長は遂げ得ないであろう。浪漫派はオーソドックスと云う従来の困難を脱皮した。しかしそれで事すんだのではない。更に又現在のロマンチシズムより脱皮せねばならない。-という事は飛躍せよというのではない。健全なる方向へ進んでもらいたい事を云うのである。
 今後の浪漫派の成長を大いに期待したい。
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 原文のまま。

2016年8月28日 (日)

「詰棋界」 その52

 第4巻第2号(通巻第19号)のつづきです。全体のページ構成はこちら

名作探訪(1)
酒中独歩

 戦后将棋界の復興がめざましく、その中にあって素人作家の詰棋界への進出は全く素晴らしい。数多くの傑出せる作家達が好作を発表、各誌において縦横に活躍した。
 この間、趣向詰の進展が最も輝かしいものであろう。そしてその彩に隠れてヤヤ短篇は精彩を欠き、しばしば類似作の暗い汚名をあびていた。
 その短篇の中からあえて好局を選んで"短篇必ずしも衰えず"の力強い歩みを示したいと思い、筆をとった次第である。
 本作は二対二の簡潔な構図の入玉図である。第一手37龍は絶対のようだが、29玉と逃げられ38銀、39玉で17(ママ)角のききが強くたとえ17角でも28歩で48銀の開き王手も29玉ともぐられて始末に困る。
 ここに来て初めて17角捨てが正解だとわかる。同玉は絶対で29桂、28玉、39銀、18玉、16竜と流れるように詰む。
 初手がわかれば、それまでともいえるが、適当な紛れとリズミックな手順、洗練された詰上りなど文句なしの傑作だと思う。

市川靖雄氏作

Para1491
「正解」
17角、同玉、29桂、28玉、39銀、18玉、16龍、29玉、19龍、同玉、
73角、29玉、28角成
まで13手詰

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 酒中独歩は小西寛の筆名。17角のききが強く、は当然19角のききが強く、です。
 本局は旧パラ1951年5月号の発表作。当時の結果稿(旧パラ1951年7月・小学校)を紹介しておきます。担当は田代達生。

手順の示すように何のわだかまりもなく、詰上げてからも爽快味の残る一局。形も簡潔だし、17角の好手や、37龍のまぎれなど適当な綾を含み、仲々の好小品と云えるでしょう。主な誤解手順としては37龍、29玉、38銀、39玉、47銀以下ですが之は37角成と龍を抜かれるのをうっかりしたもの。又47銀の前に17角、28歩、47銀だと、今度は29玉と逃げられます。
○鈴木茂生「駒捌きよし。之も煙詰の一種か」
○橋本恒二「2対2の図柄が面白い」


ジュニア 第四巻第一号
金田秀信

第五十番 爪手美奈斉氏

0850

16香、24玉、43銀生、25玉、34銀生、24玉、23銀成、同玉、24歩、33玉、
43と
まで11手詰

▼再度の銀不成は打歩詰の常套手段の打開策と異なり、邪魔駒の消去は好局と思う。 -原口芳実氏評

本局は打歩詰回避の手段に新味を出した。が、初手16香が、とりようによっては主眼といえる。17あるいは19香では、三手目43銀不成の時、34桂合で詰まない。この16香うんぬんと感想を寄せたのは岡田敏、渡部正裕の両氏のみだった。なお、前記変化34桂合で角合は、以下同銀成、25玉、35成銀、同玉、36歩、25玉、43角の作意と同手数の駒余りと詰となる。右の手順中、35成銀を24成銀とし、変化長手順ゆえキズとした評も見られた。


第五十二番 田中一男氏

0852

14桂、同歩、23香、12玉、13銀、同桂、21角、23玉、33桂成、同玉、
32角成
まで11手詰

▼よく駒がさばけて詰上がり見事 -高沢甫氏評
▼毎度なれど33桂成は胸がすく -桜井敏夫氏評
▼難解ではないが手順にすきがなく詰上がりの型も良く好感の持てる作品 -桶屋文雄氏評

 今回のトップ作品。手順、棋形ともに洗練された好局で田中氏のものとして私の知る限り一番よいように思った。"変化も又おもしろし"とは渡部氏も云っているが初手14桂に12玉なら以下23銀、同玉、32角、12玉、21角成、同玉、23香、31玉、22香成まで11手駒余り詰となる。

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 4局ありましたが、2局のみ紹介。


Cクラス 第四号(ママ)第一号
野口益雄

2 藤井国夫氏作

0765

13飛成、32玉、43龍、21玉、24香、22歩、同香成、同玉、23と、21玉、
22歩、11玉、12と、同玉、23龍、11玉、13龍、12合、23桂生
まで19手詰

 作者藤井氏は近代将棋の必死鑑賞室の御常連。まだ五、六題の発表だが必死の天分では当代一ではないかとさえ私は思っている。詰将棋の方でもなかなかの腕前でこの作は今月中一番好きだ。24香、22歩、同香、同玉の次ぎに桂馬で行ったのではダメで、と金が入る点も良い。11飛は33飛と置く法もある。33飛は紛れがある。つまり23飛成、11玉、13竜、12角合で詰まない。もっとも33飛では余詰があるから駒をひとつふやさねばならない。とするとやはり11飛の方が良いかな?


5 棋村迷人氏作

0768

46角成、同玉、66飛、同と、73角、36玉、37角成、45玉、35と
まで9手詰

 46角成、同玉、44飛の攻めがある。これは45桂、同飛、36玉で詰みがなくなる。なかなかの妙防だ。棋村氏、詰棋歴は比較的長いが、今まではそれ程のことがなかった。この二三ヵ月、急に巧くなったように思える。脱皮と呼ぶべきか。

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 6局ありましたが、こちらも2局だけの紹介です。
 野口益雄は読ませますね。

2016年8月25日 (木)

「詰棋界」 その51

 第4巻第2号(通巻第19号)のつづきです。全体のページ構成はこちら

將棋萬象(2)
會津正歩

第十三番

370013

11歩成、同玉、13飛成、同銀、12歩、22玉、32桂成、12玉、23銀、11玉、
21成桂、同玉、32銀生、11玉、12歩、同玉、23銀成、11玉、12歩、21玉、
13成銀、25と、11歩成、同玉、12銀
まで25手詰

 絶対手の連続であるが、21成桂から23の銀を成銀にかえて13銀を取る手順がおもしろいと思う。類型中では好作と思う。

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 『將棋萬象』は松本朋雅(知義)の作品集。上は1905年10月刊、30局。中は1906年8月刊、30局。下は1907年5月刊、40局。合わせて100局。この回は第11番から第20番までの紹介です。
 會津正歩は渡部正裕の筆名。


私はこう思う
恒川純吉

 新年号所載の金田氏の意見に対して私は少々異なった見解を持っておりますので述べさせていただきます。
 と申しますのは金田氏の意見は余りに機械的、公式的なものでして、私はもっと詰将棋の分野は広く、開放的なものであっても良いと思うのです。一般的に芸術(詰将棋が芸術かどうかは問題にしませんが)の分野においてそんなに厳しい制限が存在するでしょうか? 例えば形式的な和歌、俳句の如きものでも、三十一字、十七字のワクは無いも同様ではありませんか。華道でも草月流の如き従来の常識を逸脱したものが現れております。詰将棋の分野は広いようでも狭いもので早晩行きづまることを予想せざるを得ません(短篇作ではすでにその徴候を示しています)。この際極端な事を申せば将棋の駒数の制限をなくして飛三枚桂五枚の詰将棋が出ても良いと思えるほどです。詰将棋が指将棋から独立している以上このような事も近い将来問題になると確信します。
 現実の問題に帰って私としては「不完全作は早詰、余詰に限定する」ことを主張します。つまり攻方の手順を変えることによって別の詰め方が存在しなければ良いと云うことです。(手順前後は例外)尾別れとか手順前後とか変化長手順とかであっても結構。小キズではあっても立派な詰将棋と認めたいのです。
 ただそのような作品は鑑賞の際にはハンデキャップをもって評価されるのは当然です。このハンデを打ち消す様な傑作でありさえすれば良いのです。看寿の煙詰の如き手順前後というハンデに係わらず名作の名をほしいままにしているではありませんか。
 詰将棋欄を担当していられる金田氏が懸賞問題などの立場からあのような意見を持たれるのは不明確さを避けるために当然かも知れません。しかし「尾岐れや変化長手順はいずれの解答も正解とする」ことにすれば大して問題にならないと思います。


マド
◆新春号を読んで
 「浪漫派より見たる趣向詰」は浪漫派の意見を示し面白い。「詰将棋便り」"カニ"詰、初手57香とすると合駒余りとなる故、37銀を47とにしては如何? さすれば盤面 詰上り曲詰第三号? となる。"創作規定について"の考え方は少し厳しすぎるように思う。短篇の行詰りを云々される現在もう少しノンビリ考えては如何?
北原義治
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 北原氏の改作案。完全作。

Para54602777_2


創作規定について
門脇芳雄

 詰棋界新春号に金田氏が「創作規定について」と題し「尾岐れ作(変化と本手順が同じ長さのもの)や、合駒によって手数の伸びる(同時に駒が余る)作品は玉方最長の原則に反するから不完全と見なしたい」旨を述べている。
 又、金田氏は以前に近将に「詰将棋に余詰があっても詰方最短の原則にふれないから不完全ではない。且つ自分は『詰方最短、玉方最長』を信念とする」という事を述べ、詰将棋パラダイス誌でも同様の事を主張していたが、小生はこの二つの説を並べてどうも金田氏の「常識」に疑問を抱かざるを得ません。小生の思う所では「余詰は不完全、尾岐れはキズ(準不完全)である」というのが常識だからである。誤った見解を自分一人で信じておるなら差支えないが、天下の詰棋界にこれを発表されたからには小生もこれに反対論を唱えて見たいと思う。
 金田氏の説は「詰方最短、玉方最長の原則」を論拠としており、この説の欠点は詰将棋の規約を只一つの原則で論じようとした事である。
 さて小生の説は、詰将棋の規約は「詰方最短、玉方最長」のみではない。この原則は単なる必要條件で十分條件ではない。むしろこの原則などは規約のごく一部分的なものであって「詰方最短」などというのはほとんど意味を持っていない。この他の規約というのは「手余りの禁」「不詰の禁」「余詰の禁」などで、これらの條件は[詰将棋の創作規定(成立條件)にとって-(この点については後に述べる)]「玉方最長、攻方最短」より重要な絶体的なものである。したがって、これら詰将棋の諸條件、特に「余詰の禁」をさておいて、解答規約たる「玉方最長云々」をもって詰将棋の完全不完全を論じたのは金田氏の誤りであると思う。
 小生は以上の三條件にふれる作品を(程度にもよるが)不完全とし、三條件にはふれないが「玉方最長」の原則(詰方最短はほとんど意味ないから無視する)にひっかかるもの(これにも程度あり)を準完全と信ずるものである。尾岐れ作品を完全とするか不完全とするかはいささか主観的な問題であるが小生はこれを完全と見たい。一の「解答」手順が得られない、又は金田氏の神経にさわるという理由でこれを不完全也とするのは余りに見解が狭い。解答が尾岐れによっていく通りできたって何も差支えないではないか。又、合駒をすれば駒余りになる時、又は長手順の変化に駒の余る時には駒の余らぬ順を選ぶのは今日ほとんど常識になっている。これに対し敢て神経質に「玉方最長」でないとかどうのこうのという必要はないように思う。小さな部分的欠点を取り上げてどうのこうのいうのは詰将棋の末期的症状である。
 そうでなくても行詰りを云々されている詰将棋にわざわざ狭いワクを作るのは小さな家を建てゝ頭をぶっつけるにひとしい。
 次に「玉方最長」について述べてみたい。「攻方最短」の方は色々議論されているし小生もこの原則にギモンを感ずるので無視する。金田氏は「玉方最長」を絶対的なより所として議論を進められているようだが、小生いささか、この原則の絶対性にギモンを感ずる。
 この原則の特徴は(1)歴史的に見てはっきりした起源を持たない事 (2)解答規約である事 (3)成文化されていない事 などである。
 (1)の歴史的な点については古作物は総てその手順は妙手説によっている事からして少なくも江戸時代には「玉方最長」など全然考えもしなかったか、又はごく軽く見られていたと思う。それは詰将棋の目的が妙手の探求であって長手順を追う事が目的でない事、及び当時は創作が「主」で解答を募集する事がなかったので、本手順は創作者が自由に決定したせいであろう。
 昭和の将棋月報すら妙手説を採っていた形跡があるがとにかく「玉方最長」というのは「解答者」なる者が生まれ、これに大体の詰手順決定方針を与えるために大ざっぱに「玉方最長、詰方最短」などといいはじめたのだと思う。
 即ちこれは、(2)の解答規約なのである。しかし、これは別に成文化した法律でも何でもなく、只便宜上解答方針(大ざっぱの……)として「昔からあった……」とか「「常識である」とかいって皆で守っていただけのものである。一方創作者に対しては「余詰の禁」といい、又「手余りの禁」なる規約がある。
 これも別に成文化された法律でも何でもない。しかしこの方は「將棋駒競」以后二、三の例外を除いては不文律として絶対的に守って来たもので「玉方最長」などよりはるかに大きな意味がある。しかるに最近の一般詰将棋指導書でなぜ「玉方最長」を取り上げ「余詰」を取り上げぬかといえば、理由は簡単で前者は「解答規約」であり後者は「創作規約」であるからだ。故に初心者の詰棋指導書に書いてないという理由で「余詰の禁」を無視する理由はどこにもない。要するに創作は解答と連結しているから創作に当る者は創作規約を守ると同時に解答規約を満足する作品を作らねばならない。しかし詰将棋を論ずるに当り創作規約をさておいて解答規約をもってこれを云々する(特に余詰について)のは大きな誤りである。
 以上が小生の結論であります。高木には風当り強し。
 金田氏の御寛容をお願いする次第。
(一九五四.一.八 記)

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 すべて原文のまま。

2016年5月 1日 (日)

「詰棋界」 その50

 第4巻第2号(通巻第19号)です。1954年3月10日発行

19195403

1頁 表紙
植田尚宏作、15手詰。

2頁 目次
    ジュニア17
※出題です。

3頁 Aクラス 担当 S・T生
    Bクラス 担当 椿春男
    Cクラス 担当 野口益雄
※出題です。

4~5頁 將棋萬象(2) 會津正歩

6~7頁 Aクラス 3巻6号、4巻1号 S・T生(結果)
      私はこう思う 恒川純吉

8~10頁 将棋塚譚 田中一男
※短篇小説です。

11頁 マド

12~13頁 Bクラス 第4巻第1号 椿春男(結果)
       初心詰将棋室 山田三義

14~15頁 創作規定について 門脇芳雄

15頁 名作探訪 酒中独歩

16~17頁 詰将棋綺談 會津正歩
※短篇小説です。

18~19頁 ジュニア 第四巻第一号 金田秀信
       反合理的詰将棋類似論 浅い棋生

20~21頁 Cクラス 第四巻第一号 野口益雄(結果)
       新春一題集入選発表

22頁 初心詰将棋室2
    編集后記

23頁 第一回握り詰コンクール
※出題です。

24頁 新人コンテスト
    本会発展資金寄付者御芳名
    第13回会計報告

※4巻1号、第四巻第一号など表記が一定していませんが、原文通りです。


Aクラス 3巻6号(結果)

北原義治作

0727

21飛成、同玉、24香、23銀合、31歩成、11玉、21と、同玉、23香生、12玉、
22香成、同玉、24香、23飛合、14桂、12玉、21銀、同飛、45角成、同銀、
22香成、同飛、同桂成、同玉、33銀、12玉、22飛、11玉、21飛成、同玉、
32金、同銀、同銀生、11玉、12歩、同玉、23銀打、11玉、21銀成、同玉、
32香成、11玉、22成香
まで43手詰

22飛成、同玉、24香、23飛合、同香成、同玉、45角成、同銀、22飛、同玉、24香、23香合、14桂、11玉、22銀、12玉、21銀生、11玉、12歩、21玉、23香生以下。

湊川棋人「45角成の発見に苦しむ。北原氏一流の小太刀の冴え」

★香二枚を使っての捌きは見事である。45角の所、先に22香成とすると23飛上りで不詰となる。

※ ★は清水孝晏の評ですが、余詰作でした。



黒川一郎作

0728

75金、83玉、84金、82玉、 93金、91玉、83桂、81玉、71桂成、同玉、
63桂、61玉、51桂成、同玉、33角成、同飛、63桂、61玉、71桂成、同玉、
83桂、81玉、91桂成、同玉、92歩、81玉、86飛、同と、84香、83歩、
同香生、71玉、82香成、61玉、72成香、同玉、54角、71玉、72歩、61玉、
63香、72玉、62香成
まで43手詰

★浪漫派の作品だけに全局に流れる動きはキレイ。本作は推理桂四問題に投稿されたもの(コウモリ)。作意は右の如きであったが、
75金、83玉、84金、82玉、74桂、同歩、92と、同玉、93金、81玉、
82歩、71玉、63桂、61玉、51桂成、同玉、33角成、同飛、63桂、61玉、
71桂成、同玉、83桂、61玉、66飛、51玉、62飛成
までの余詰を生じてしまった。
-指摘者 湊川棋人-


※修正図です。
『将棋浪曼集』第14番

14

84と、同玉、75金、同玉、66馬、74玉、75金、83玉、84金、92玉、
93金、91玉、83桂、81玉、71桂成、同玉、63桂、61玉、51桂成、同玉、
33馬、同歩、63桂、61玉、71桂成、同玉、83桂、81玉、91桂成、同玉、
92歩、81玉、86飛、同と、84香、71玉、82金、61玉、72金、同玉、
54角、71玉、81角成、61玉、63香、51玉、62香成、41玉、52成香、31玉、
42成香、21玉、54馬、11玉、22と、同玉、32成香、23玉、33成香、同玉、
43と、22玉、23歩、同玉、24歩、22玉、32と、11玉、21と
まで69手詰



Aクラス 4巻1号(結果)

恒川純吉作

0755

13龍、14桂合、同龍、同玉、23龍、15玉、13龍、14桂合、同龍、同玉、
23角生、15玉、27桂、同歩成、37角、26香合、同角、同と、27桂、同と、
16香、25玉、14角生、24玉、23角成、25玉、34銀生、35玉、36歩、同玉、
14馬、37玉、47馬
まで33手詰

★右が作意であったが、
13龍、14桂の時、16金、同玉、14龍、15金、17歩、同玉、15龍以下詰む順があった。
-指摘 北原義治氏-

大塚敏男「今月は打歩詰を狙った作品ばかりのようである。持駒と龍、角の配置により作意の主旨がつかめた。24へ重複して利いている攻駒をいかに捌くかにポイントがおかれているがその捌き方は公式化した感がある。その意味で新しい所を狙って古い所を射たといった感じもするが、主題に対する率直さ、という点今後の作者への試金石として讃するに価する作品と思う。修正図を期待する」



武純也作

0756

63角生、36歩、同角生、17玉、29桂、同香成、18歩、26玉、24飛、15玉、
14飛、26玉、38桂、同銀成、16飛、同玉、28桂、同成香、17飛、26玉、
27歩、同成香、同飛、15玉、17香、16桂、(イ)同香、同玉、28桂、同成銀、
17飛、26玉、27歩、同成銀、同飛、15玉、24銀、16玉、17歩
まで39手詰

★(イ)同香の所、25飛と行く手でも詰みがあった。手数は39手で駒余り。

北原義治「不成攻めを合駒で引寄せるのは面白い筋である。しかし36の点以外歩は利かず桂も出つくしているので36歩合は発見容易なものになってしまった。その後のまとめ方も何となくくすんでいる」

※原文では武純吉になっていますが、純也の誤りでしょう。



北原義治作

0757

74龍右、96玉、85龍、同玉、52角生、63歩、同角生、95玉、86銀、同角生、
75龍、同角、96歩、84玉、85歩、73玉、75香、62玉、54角成、51玉、
33角、41玉、42角成、同玉、43歩成、41玉、42歩、51玉、62香成、同玉、
53馬、61玉、52と
まで33手詰

木内勇「双方大駒不成作品としては変化に乏しく単純だった。でも、久しぶりで双方不成に接して嬉しかった」

★本局で双方不成作が又、一局増したわけである。前半に比して後半に力が無いように感じた。ともあれ本局は巧妙な手順である。

※この図は以前紹介しましたが、最終手は52と、が作意でした。

2016年4月22日 (金)

「詰棋界」 その49

 第4巻第1号(通巻第18号)のつづきです。全体のページ構成はこちら

Bクラス解答(通巻第17号、1953年11月分)

斎藤孟
荒谷光一
柏川悦夫
植田尚宏
柴田昭彦
村木徳

 担当は椿春男です。
 このうち2局紹介します。

柏川悦夫作

0731

32銀、22玉、33歩成、同金、34桂、同金、33馬、同金、34桂、同金、
23歩、33玉、43銀成、23玉、32角成
まで15手詰

小森昭夫「相変らずの軽快なる手腕。感服の至り」

 このブログでは何度も出てきた、取れる駒を取らずに退路封じに逆用する手筋です。
 『新まりも集』第50番に収められています。



植田尚宏作

0732

24桂、同歩、13龍、同玉、31角、同馬、33飛、22玉、23桂成、21玉、
13桂、同馬、32成桂、12玉、13飛成、同玉、31角、23玉、22角成
まで19手詰

北原義治「リズミカルな作。筋の良さを買う」

 飛龍交換のあと、馬の利きを外して33飛と据えてからは軽快な植田流。



新人コンテスト結果(通巻第17号、1953年11月分)

菅尾元影
安達栄司
小西逸生
鈴木彊
浅野博
棋村迷人

浅野博作

0752

43銀、33玉、42角、22玉、31角成、33玉、42馬、22玉、33銀、12玉、
13歩、同桂、22銀成、同玉、32馬、12玉、22馬、同玉、42龍、21玉、
32龍
まで21手詰

33銀、12玉、13歩のあとで31角成も可。

田宮克哉「詰棋の常識を破るダンゴ打ち。これがマニア泣かせで数時間も無駄費(ママ)いさせられた」

 浅野博は1935年生まれ、1956年没。文通していた柴田昭彦氏がその思い出を「詰棋めいと」第4号(1986/04)に書いておられます。
 本局は雑誌初登場作。
 銀、角を重く打ち、13歩を決めてから捌きます。積み崩し。



棋村迷人作

0753

74銀、96玉、87金、同玉、79桂、77玉、67金、同と、87金、66玉、
56金
まで11手詰


75金は、96玉、87銀、97玉で逃れ。

74同玉は、75金から並べ打ち。
86玉も可。

伊藤明治「小駒の入玉図は佳作。凹山迷人も登場したから棋村迷人も活躍にはりがついたというもの」

 初手に全体重が載っているような作品です。
 短評にある凹山迷人は何者なのか承知していません。


2016年2月22日 (月)

「詰棋界」 その48

 第4巻第1号(通巻第18号)のつづきです。全体のページ構成はこちら

創作規定について
金田秀信

 創作詰将棋について、不完全とされるべき作品が看過されているのを見る。
 それらの作品の一つを挙げて、これに対する私見をかんたんに述べてみたいと思う。

(A図)塚田正夫出題
近代将棋1953/06

50690653

42銀、同玉、53桂成、32玉、22金、同銀、43飛成、31玉、42龍
まで9手詰

 A図は変化と作意の手数が同一で、しかも、その両者を区別するものがない。この種の作品は比較的多い。これについては近代将棋の既刊号で、考える所を充分書いたつもりなので、ここでは省略する。
 A図のような場合、5手目22金以下、これを取る手順と逃げる手順のどちらを本手順にしてもよいとするのはおもしろくない。どちらでもよいとするのは玉方の最後の応手だけにしたい。そういう意味からa図など、他から意見があれば不完全としてまっ殺するにちゅうちょしない。

a図自作
将棋評論1951/03

0281_2

---
※「詰棋界」にはありませんが、
原図はこれです。

0281_5  

24歩、同玉、25金、23玉、34金、12玉、24桂、同角、23金、同金、
21角
、22玉、32と、13玉、25桂
まで15手詰


a図は21角と打った局面
---

 次に、B図の詰手順中63飛成(C図)に対する玉方の応手に疑問を持つ。

(B図)柏川悦夫氏作
近代将棋附録1953/01

06081723

71銀、92玉、84桂、同歩、74角、同歩、82金、93玉、63飛成、同銀、
83金打
まで11手詰

(C図)

06081723_2

作意はこれを同銀とし83金打迄であるけれども、63同銀では73金(飛)合が最善と思う。つまりC図を合のきく場合と見る。(73金合の次に83金または73同龍の一手で詰まないし、合駒をする地点に玉方の駒-81桂-がきいている点D図とその性質を異にするから)

(D図)

195401

ちなみに、B図はコンクール第二位を得た作品である。そこで、規定をきびしくするために、このような作品が不完全となるとしたら、それは惜しいということになるが、現在のように佳作品の続出している時、それらをはかるフルイの網の目をこまかくしたところで鑑賞者の不満を買うような結果は起こるまい。したがって、作者にしても、創作に非常な不自由を感じるようになるとは考えられない。
 以上について、読者の御意見がうかがえれば幸いである。
(28.12.1記)

※掲載年月は補いました。


新春一題集
長篇之部

住所 作者 手数 結果
1 福島県 渡部正裕 33
2 松江市 田中佐市 33
3 和歌山市 山下延義 35 2位
4 横須賀市 猪瀬達郎 35 佳作
5 高知市 小南夏樹 49
6 静岡県 村木徳 39 佳作
7 横浜市 早川茂男 41
8 東京都 浅野博 35
9 東京都 堤浩二 57 3位
10 神戸市 田宮克哉 53
11 東京都 北原義治 75 1位

 11局の出題でしたが、10局不完全。1~3位全滅という結果でした。掲載されなかった作者へのお詫びに加えて「不完全は返却いたしますから修正の上再投稿して下さい」とあるので、検討はされていたのでしょうが。


曲詰之部

住所 作者 手数
1 佐世保市 富田忠男 11
2 兵庫県(ママ) 田宮克哉 37
3 福島県 渡部正裕 45
4 東京都 関根重治 17
5 横浜市 日下寅雄 11
6 苫小牧市 渡辺一平 27
7 愛知県 植田尚宏 11
8 東京都 門脇芳雄 25
9 横浜市 市川靖雄 19

 9局中5局不完全。曲詰の順位はありません。

門脇芳雄作

0847

55金、同玉、67桂、65玉、76龍、同桂、74銀、同金、77桂、54玉、
43銀生、同桂、45金、同玉、36金、54玉、45金、同玉、35と、同と、
34角、同と、27馬、35玉、36馬
まで25手詰



趣向之部

住所 作者 手数 結果
1 静岡県 村木徳 75
2 横浜市 市川靖雄 39
3 横須賀市 猪瀬達郎 43 佳作
4 沼津市 鈴木幸之助 95 3位
5 東京都 黒川一郎 129 1位
6 福島県 渡部正裕 59 2位
7 北海道 黒坂隆身 53 佳作
8 東京都 堤浩二 35

 8局中7局不完全でした。ここも入選作は全滅。

市川靖雄作

Tumekikai0833

86桂、75玉、87桂、76玉、88桂、67玉、56銀、66玉、67歩、同角生、
55銀、65玉、77桂、同角生、66歩、同角生、54銀、64玉、76桂、同角生、
65歩、同角、53銀生、63玉、75桂、同角、64歩、同角、52銀生、62玉、
74桂、同角、63歩、同角、同銀成、同玉、41角、62玉、52角成
まで39手詰

67同角成は、55銀、65玉、66歩、同馬、54銀、64玉、65歩、同馬、53銀生、63玉、64歩、同馬、同銀成、同玉、73角以下。

67同銀、同玉、85角、66玉、67歩、65玉、74角以下。


 こ、これは…。

久留島喜内『橘仙貼壁』第120番

250120

75歩、同玉、76金、同玉、77飛、同玉、86銀、76玉、68桂、同角生、
77歩、同角生、85銀、75玉、67桂、同角生、76歩、同角生、84銀、74玉、
66桂、同角成、75歩、同馬、同銀、同玉、84角、74玉、75歩、83玉、
93角成、同玉、63飛成、94玉、83龍、95玉、84龍、96玉、86龍
まで39手詰

77同銀、同玉、86角、76玉、77歩、85玉、53角成、87飛合、65飛成、94玉、95歩、93玉、85桂以下。

 市川作は単に桂を打ち捨てず、縦に並べたあと跳ね出して捨てる点が違いますが、同工異曲と言えないこともありません。しかも潰れている箇所も同じ。しかし、「將棋月報」1936/10~12の「橘仙貼璧氏作」にこの図はなく、市川が独自に想到した手順と思います(
山村兎月の写本を知っていたとしたら別ですが)。
 市川作は玉方94銀配置で直ると思います。


 趣向之部、唯一の完全作がこちら

2016年2月18日 (木)

「詰棋界」 その47

 第4巻第1号(通巻第18号)のつづきです。全体のページ構成はこちら

探偵小説と詰将棋
不安居士

 探偵文壇の大御所江戸川乱歩氏は、トリックの組合せによる再使用について「組合せを如何に巧みにしても、再使用はやはり再使用で、独創的なトリックの方が上だ」と言い、更に「新しい独創的なトリックは既成の作家や職業作家には希(ママ)めないが、新しい作家には未だ充分可能性がある」と述べて、新人作家は新しいトリックの発見に努力を致せと警告をしている。
 常日ごろ、探偵小説と詰将棋の類似性に、著しい興味を抱いていた私は、この乱歩氏の言葉を詰将棋にあてはめてみて、甚だしく不安を感じた。現在の詰将棋制作は、大体において既成の手筋を如何に巧妙に組合わせるかに重点を置いており作家も又これにキュウキュウとしているようであるけれども、このような状態で果して詰将棋界の大いなる発展が希(ママ)めるであろうか、という不安なのである。もち論、現在の状態においても、佳作、好作の生れつゝあることは認めるが、それにしても解図者をして思わず感嘆の声を上げさせるような傑作品の如何に少いことか。我々は、新題と称する作品に出会う。アヽあれか、でなければあれだなと思う。そして大概の場合は予想した通りの解決に終る。これでは、どうにも新味の感じようがない。つまり、作家が既成の手筋に執着する限りにおいては、たとえその組合せに如何程の努力を傾けようとも、解図者をして充分な満足感を覚えしめるような作品の制作は不可能ではないが可成り至難な業であろう。結局、相当程度実力を身につけた作家は、いたずらに既成手筋をヒネクリ廻すことを止めて、新しい独創的な手筋の発見に努力を致すべきではないか、と大きく出るようだが詰将棋界の将来を案じて、こんな風に考えた訳である。
 こゝまで考えてきて、さて、しからば新しい独創的な手筋の発見は果して可能であるか? 探偵小説における新トリックの発見については、乱歩氏はその可能性を認めているけれども、我が詰将棋においては、果してどうであろうか? と考えを進めたとき、私は全く悲観的にならざるを得なかった。恐らく不可能ではないと思ってはみるものの、何百年の昔から、散々研究され尽した手筋に新しいものを求めるなど、あるいは出来ぬことではないかとも考えられるからである。
 ここで再び乱歩氏が別の機会に述べた一句を引用す「…トリックやプロットがズバ抜けているのでなければ、本格好きの私をすら満足させ得ない。しかし、旧来の型でズバ抜けたトリックやプロットを案出するのは難中の難事だから、願わくば、新しい型の小説を創造することに努力してもらいたい。これまた難中の難事ではあるが、旧套を守るに比して遙かにやり甲斐のあることも間違いないのである。」
 この文中に、新しい型の純探偵小説という言葉がある。そこで私は、これを新しい型の詰将棋と置き換えてみた。つまり"同じ難中の難事取組むのなら、旧来の型で新手筋の発見につとめるよりも、むしろ遙かにやり甲斐のあると思われる新しい型の詰将棋を創造することに努力すべきだ"という訳である。
 それでは新しい型の詰将棋とはどんなものを言うのか、ということになるのだが、それは分らない。未創造のものだから誰にも分らないのである。唯、ヒントはあると思う。趣向詰は一つの型であり、大道棋はもう一つの別の型である。又、近年において、塚田正夫氏は、いわゆる塚田流なるものを編み出して詰将棋界に大きな貢献をした。そして私は、極く最近において本誌Cクラス(90)小川氏作
に新しいものの片鱗を見た。解説者野口氏は、これについて「意外性」を持った作品と評しているが、まさしく解図者の盲点を衝いた佳作である。この辺から何ものかが生れそうな気がするのだが如何であろうか。もち論この作品そのものは、新しい型とは言い得べくもないが少くとも新しいものへ指向していることは間違いない。何ものかが生れそうだと称するゆえんである。
 かくして、もしこゝに全く新しい一つの型が生れたら如何であろうか。私が夢見ているのは、趣向詰、曲詰などよりも、もっと、もっと奇抜な、それこそ誰もがアッと驚くような奇想天外ともいうべきものなのだが、もしそんなものが創造されたならば、果してどういうことになるだろうか。恐らく、塚田流によって一大発展を遂げた我が詰将棋界は、更に大々的発展を見るに至るであろう。詰将棋界発展のために私は、優秀な才能を持った新人作家がこの方面にこぞって努力せられんことを希(ママ)つて止まないのである。
 こう述べてくると「それでは、お前はそれをやっているのか?」と反問されそうな気がするのだが、それに対して私は、頭に手をやり苦笑をもらしつゝ「まことに残念ながら…」と小さな声で答えざるを得ない。
 私にはその才能がないのである。そういう劃期的なものが創造されることは、たしかに望ましいことではあるけれども、微力な私には、なかなかその可能性が信じきれず、それに努力を傾倒する気魄もない。自分に出来ぬことを他人に強いるようで、まことに勝手な言い分になるのだが、結局、詰将棋界発展のためという名分に隠れて、その可能性を信じ得るほどの、豊富な実力と優秀な才能を持った若い人達にお願いする外はないのである。
 探偵小説と詰将棋の類似性について書くつもりで始めた処、ペンがとんでもない方面に発展して、いささか題名とはかけ離れたものになってしまった。「痴人の夢」とでも題すべきが至当であるか。 呵々大笑


C(90)小川悦勇作1953/07

0677

45馬、同玉、55金、46玉、57銀打、47玉、74角成、58玉、47馬、同玉、
48飛
まで11手詰


63銀、53玉、52角成、64玉、74銀成以下余詰。

※無筋、あるいは不利感に未来があると言いたいのでしょうか。


新春一題集
中篇之部

 23局の出題です。9局不完全でした。

住所 作者 手数 結果
1 山口県 安達栄司 19
2 堺市 酒中独歩 21 佳作
3 東京都 金沢満 19
4 広島県 島哲夫 21
5 山口県 森若喜代志 19
6 東京都 堤浩二 23 3位
7 札幌市 柏川悦夫 21 1位
8 和歌山市 山下延義 21 4位
9 旭川市 棋村迷人 21
10 横須賀市 木内勇 25
11 水戸市 坂巻義郎 21
12 東京都 武田昇 23
13 東京都 藤井国夫 23
14 静岡県 村木徳 25 2位
15 北海道 松西年男 25
16 東京都 小高輝泰 27
17 弘前市 田中至 27
18 横浜市 市川靖雄 27 5位
19 長野県 小穴岳夫 23
20 神戸市 田宮克哉 27
21 北海道 黒坂凡棋 27 佳作
22 佐世保市 富田忠男 29
23 鶴岡市 木村三郎 27

※酒中独歩=小西寛(長田富美夫)


1位 柏川悦夫作

0804

34角、23飛合、13歩、同玉、21歩成、22桂合、25桂、同歩、23角成、同玉、
24飛、33玉、23飛成、同玉、22馬、34玉、44馬、23玉、35桂、32玉、
43馬
まで21手詰

 自然な形に新鮮な手順、は作者の十八番。本局はやや地味ですね。
 『駒と人生』第46番。



2位 村木徳作

0811

42歩、同龍、53桂、同馬、42銀成、同馬、53桂、同馬、51飛、42玉、
32桂成、同玉、33歩、42玉、54桂、同馬、32歩成、同玉、52飛生、42銀合、
33歩、41玉、51金、同銀、32飛成
まで25手詰

 持駒からして、翻弄物。うまく飛不成が入って、こちらが首位でもおかしくありませんでした。



3位 堤浩二作

0803

23龍、同金、同角成、同玉、13金、同香、12銀、32玉、23金、31玉、
21銀成、同玉、33桂、31玉、22角、42玉、41桂成、同玉、42金、同玉、
33角成、41玉、32金
まで23手詰

 冒頭の4手は不要な感じ。13金からが本番という印象です。22角からあとは既成の収束。

2016年2月 6日 (土)

「詰棋界」 その46

 第4巻第1号(通巻第18号)です。1954年1月1日発行

181954012_3

1頁 表紙
北原義治作、11手詰。


2頁 目次
         謹賀新年

3頁 Aクラス 担当 S・T生
    Bクラス 担当 椿春男
    Cクラス 担当 野口益雄
※出題です。

4~9頁 一浪漫派より見たる趣向詰 黒川一郎

10~13頁 詰将棋便り 早川茂男
       探偵小説と詰将棋 不安居士
       創作規定について 金田秀信
       あとのまつり くろさか

14~16頁 將棋萬象(1) 会津正歩

17頁 ジュニア 金田秀信(結果)

18頁 Cクラス 第三巻第六号 野口益雄(結果)
18~19頁 詰将棋の装飾 桑原辰雄

20~21頁 マド

22~24頁 新春一題集 短篇之部

25~27頁 新春一題集 中篇之部

27~29頁 新春一題集 長篇之部

29頁 新春一題集 曲詰之部

30~31頁 新春一題集 趣向之部
31頁 ジュニア16 金田秀信(出題)

32~33頁 合理的詰将棋類似論 田中一男

34~35頁 冬の姿 駒形駒之介 ※掌編小説です
       初心詰将棋室3(結果)

36~41頁 將棋イロハ字図 丸山正為
※『將棋イロハ字圖』(將棋月報社・1927年9月)の図面と解

42頁  Bクラス 第三巻第六号 椿春男(結果)

43頁 新人コンテスト

44頁 初心詰将棋室(出題)
    編集后記



謹賀新年

 新年おめでとうございます。
 本誌も第四巻となりました。これも皆、会員諸兄のお(ママ)支援があったればこそと感謝いたしております。
 新たな年を迎え、なお一層発展するよう私達幹事一同努力いたす心算でおります。今後とも相変わらぬお(ママ)鞭撻とお(ママ)協力を切にお願い申し上げます。

 昭和二十九年元旦


 金田秀信
 椿春男
 野口益雄
 清水孝晏

※このあとに名刺広告が並んでいます。
 日野秀男
 石井藤雄
 柴田昭彦
 早川茂男
 小松博行
 内藤武雄
 渡部正裕
 桶屋文雄
 佐川敬香
 大塚敏男


詰将棋便り
早川茂男

 昨春、東京の大学へ進学した甥が近ごろジャズと詰将棋にコリだしたらしい。一昨年までは探偵小説を読みふけり将棋など見向きもしなかったせいかピンとこない。もち論、技倆もたいしたことはなかった。
 夏のはじめに、"僕も安閑としてはいられません。アルバイトを始めることにいたしました"といとも殊勝な便りがあったので、私も大いに激励してやったが、その返事が奮っている。
 "今年の夏は天候異変のためにせっかくのアルバイトも閑散でした。現在の生活状態は青息吐息で、この詰将棋の様です。まあ、インフレにならないのがせめてもの幸いでしょう"

19541_2

 早速その図を解いてみたら
56香、同桂、46銀打、同銀成、44銀、同金、64銀、54玉、76馬
までの9手詰で詰上り「ニ」の字となった。さしづ(ママ)め彼のフトコロ景気は横這い状態なのであろう。
 十一月の下旬、詰棋界とともに配達された彼のハガキには、次の様な図が書いてあった。

195412

これは
14龍、同飛、23桂、22玉、31銀生、13玉、12金、同玉、11桂成、同玉、
33馬、12玉、22馬
までの13手詰

とみて"不動駒皆無とはなかなか忙しいらしいね。正月には東京見物とシャレルからその節は立寄らせて貰うよ"と返事を出しておいた。ところが、つぎに来た手紙を見て唖然とした。
"前略 緑棋庵宗匠も随分ヤキが回りましたね。前回のお便りはお金の無心のつもりでした。忙しいのは金ばかりです。正月に東京見物に来られるそうですが、その際には経済援助をお待ちしております"
 前回の作意は、

14龍、13角合、23桂、22玉、31銀生、32玉、42金、21玉、11桂成、同玉、
33馬、21玉、32金、12玉、22銀成
まで
詰上り「7」です。

お客(角)に会う(中合)と質(7)屋に行かねばなりません。これ以上、質屋のお得意にならぬ様その節はお願い致します。何卒ラッキーセブンの年をお迎え下さい。

この解は誤り。


新春一題集

 新ら(ママ)たな年を祝い、ここに新鋭、古豪の新作を発表いたし年頭の御挨拶にかえる次第です。今年も会員諸兄に幸あらんことを願うと共に、我々一同に相変らぬ御支援を賜りたい。
 ◇コンクール◇
★あなたが佳いと思った作の順位お(ママ)指定下さい。
 短篇部 5位まで
 中篇部 5位まで
 長篇部 3位まで
★用紙 ハガキ
(一枚に各部記入も可)
★短評を記して下さい
★10名に図面帳一冊呈す
★宛先 本クラブ
★〆切 1月30日

短篇之部

 28局の出題です。
 

住所 作者 手数 結果
1 八幡市 越智則幸 7
2 京都市 田中一男 9
3 長野県 沖津敦司 9
4 静岡県 村木徳 11
5 東京都 堤浩二 11 佳作
6 京都市 岡田敏 11
7 武蔵野市 伊藤明治 13 3位
8 横須賀市 猪瀬達郎 13
9 福島県 渡部正裕 13
10 弘前市 田中至 13 佳作
11 佐世保市 富田忠男 13
12 名古屋市 西垣守 15
13 東京都 藤井国夫 15 4位
14 小倉市 原口芳実 15
15 札幌市 柏川悦夫 15 佳作
16 仙台市 和田義郎 15
17 神戸市 鈴木篤 15
18 北海道 黒坂凡棋 15
19 桐生市 桑原辰雄 15 5位
20 千葉県 石川卓夫 11
21 和歌山市 平松繁治 15
22 桐生市 杉田宇通 15 2位
23 徳島市 井関欽司 15
24 堺市 柴田昭彦 13 佳作
25 横須賀市 木内勇 15
26 神戸市 菅尾元彰 17
27 東京都 恒川純吉 17 1位
28 福山市 日野秀男 17


1位 27恒川純吉作

Tumekikai0796

38飛生、19玉、39飛、28玉、37飛成、18玉、27龍、同桂生、19歩、同桂成、
27角、28玉、37銀、39玉、17馬、29玉、28馬
まで17手詰

 飛不成。31、32飛は32、33でも良いです。



2位作 22杉田宇通作
 

0791   

17金、同銀生、25飛、16玉、27銀、同銀生、26金、同銀生、15飛、同玉、
24銀、14玉、15香、同銀、23銀生
まで15手詰

 玉方銀生。ゴツイ形ですが、狙いがハッキリしているのは良いですね。


 3位作は余詰がありましたので、好みで一局。

15柏川悦夫作

Tumekikai0784

52銀、同銀、43桂生、同銀、24角、42桂合、52香、同銀、42角成、同玉、
32角成、51玉、43桂、同銀、41馬
まで15手詰

 52銀、同銀と銀をどけてから(52地点を埋めて退路をなくす意味)、43桂不成とあえて空振りするのが皮肉な手順。43と52へ2回ずつ捨駒。趣向的です。香が出尽くしているのは42香合をさせないため。
 『新まりも集』(近代将棋1964/09付録)第51番です。

2016年2月 4日 (木)

「詰棋界」 その45

 第3巻第6号(通巻第17号)の続きです。全体のページ構成はこちら

創作と類似作
田中正夫

 詰将棋に対しての、専門家への批判は大変なものですが、そのことが素人自身にも当てはまるような現象が、大分目についてきたようです。偶然の一致ということもありますが、それがある人ばかりにできたり、大家にでてきたりすると、よほど気のいい人でも疑いたくなってきます。具体的な例を上げずとも、詰棋界を読まれるような皆様故よくわかると思います。僕もケンカは子供の時からきらいだし、他意あって云うわけではないけど、作家仲間としてそのような人がいた場合どんな気がするだろうか。もちろん創作と云っても、類似作との限界は不定ですから、この程度なら創作に入るだろうと思って発表するらしいが、一応問題になるような作図は、作者としても普通の人間なら「これはだめだろう」位の気はあると思う。もっとも、十人十色で自分のような人ばかりとはかぎらないが、相当心臓が強くなければ、問題になるような作図は発表出来ないと思います。僕も先日ある雑誌に創作詰将棋を投稿したのですが、その図の初めの方において、図巧の幾番かのある図式の形と手順を取り入れています。僕としては、その手順が主眼ではないのですが、これも厳密に云へ(ママ)ば、盗作になるだろう(このことは投稿の時にことわってを(ママ)いたが)その限界は先に云ったように、はっきりとは定めることは出来ないと思うけれど、今の僕の心の中では「僕の作図はまず大丈夫、盗作にはならないだろう」と思っています。又だからこそ投稿したのです。だけど、もし僕がこれにことわりをつけずに投稿し、選者も気が付かずに発表した時はどうだろう。きっと何人かの人につつかれるにちがいない。


0255

51馬、31玉、42馬、22玉、33龍、同銀、31角、12玉、11金、同玉、
33馬、同桂、22銀、12玉、13銀成、21玉、22角成
まで17手詰
(将棋評論1950/11奥山幸一作)


Para0693

22金、同玉、33龍、同銀、31角、12玉、11金、同玉、33馬、同桂、
22銀、12玉、13銀成、21玉、22角成
まで15手詰
(1950/06)

 限界のことについて一つ例を上げる。例一 A図はどこの雑誌で誰の作だか忘れたが、発表された図。B図は、A図が発表される半年程前、詰将棋パラダイス誌で会員募集のため各誌に出した図。僕の推理によれば、A図の作者はB図を見てからA図を作ったのではないかと思います。(ちがうかな)両図を比較すればA図の方がすぐれていることはもちろんのことです。


50690684

34桂、同歩、13金、同香、42龍、32飛、31銀、11玉、12香、同飛、
同龍、同玉、32飛、11玉、22銀成
まで15手詰
(近代将棋1953/07椿春男作)

 例二 C図は、本年近代将棋七月号で発表された塚田新人賞入選の、本誌の同人でもある椿春男氏の作図。後半が既成手筋であることは、塚田先生も認めておられる。(僕の頭にピーンときたのですが、この手順の詰将棋、どこかで発表されていませんか?)
 さて、例一のA図と例二は共に後半が既成手筋ではあるが、例一においては51馬、42馬を序とし33龍が一番主眼(ウェイト)となっていると思います。
 例二においては13金が一番の主眼手と思う。一番の主眼手たる手が、A図においては既成手筋の中に、C図においては既成手筋外にあると云うこと、まづ(ママ)僕はこれを問題にしたい。云いかえれば、主眼の手が前に発表されているか否かである。(幸にも僕の発表作はC図の如きだが)所で、A図の如きは創作ではなく、C図は創作である、と断言出来るだろうか。ある人は云うでしょう「例へ(ママ)ば鋸引のような主眼の手が長い図の場合はどうか」と。僕は思っています。鋸引の場合においても、鋸引をバックとし、他の主眼の手があるはずだと。
 僕は手順のみ扱いましたが、形ではどうでしょうか。創作と類似作との限界については、多くの先輩諸氏が研究されて居られることと思いますが、是非発表していただきたいと思います。
 不愉快な問題、大嫌(ママ)です。
 最後に云います「詰将棋を作る皆さん、創作は公明正大にやりましょう」


編集雑感

 あと数十枚のカレンダーにより一九五三年も過ぎ去り行く。このあわただしさの中を駒形駒之介君は七回目の引越しを敢行した。新居は浅草大島神社の前とか。浅草の好きな同君のことだから、当分はここに尻を据えることと思う。
 駒形君をもって、"引越し魔"と称す。


第12回会計報告

第12回会計報告
摘     要 収入 支出 残高
10 前回繰越 -1,191
追加払込み者16名 2,490 569
新入会者13名 2,440 3,009
寄付金 170 3,179
会報発送8×14 112
大型封筒4×15 60 3,006
11 追加払み者6名 1,085
新入会者1名 180
寄付金2名 117 4,388
会報発送 8 4,380
次回繰越 4,380

2016年2月 3日 (水)

「詰棋界」 その44

 第3巻第6号(通巻第17号)の続きです。全体のページ構成はこちら



▲詰棋界拝受。「面白い詰将棋」「閻魔帳」「こんな男」等、見応えありました。ただジュニア、A、Bの解説には選者の意見がほとんどないので機械と対面しているような感じを受ける。新年号は一層立派なものを期待す。
東京都 門脇芳雄

▲第三巻五号10月12日に到着。一ヶ月で最も嬉しいのが、この詰棋界を受取ることです。故郷から離れて寄宿生活をしていますと、どうも通信の不便を感じます。過日友達に詰棋界を見せた所、見たい由ですが、彼の父が理解なく、店で手に入れることが出来たらとこぼしていました。詰棋界の発展を祈ります。
弘前 田中至

▲新春号盛大に企画中らしいですが、倍額でも良いから増頁して欲しいですね。それと共に発行の時期も一月始めには読める様に発行して下さい。
東京都 恒川純吉

★第三巻六号の解答〆切が12月10日ですから、無理をしても12月25日までには発送いたしたいと思っています。又、頑張る心算でおります。(係り)


新会員です よろしく
※13名。京都 岡田敏、東京 角二桂三(中里善則)の名前があります。


Bクラス 第三巻第五号
椿春男

詰将棋の検討とは難しいものだ。こんなことを書くと「アー アノヤロウ又余詰を出したな」と言うことであろう。いやはや申し訳ない次第です。

※この号は6局中1局不完全。

80小西稔氏作

0689

22龍、14玉、
25銀、同馬、13龍、同玉、25角、16桂、46角、35歩、
同角、24歩、16香、23玉、13香成、同玉、14歩、23玉、15桂
まで19手詰


▲三木和夫「ちょっとした大道棋。手順の面白さと詰上りの美しさはよい。」

▲津野山呆鳥「3手目を12龍として合駒を求めると詰まぬのがミソ。更に中合もこの作をよくしている。」

★桂四枚を盤上に配置していることにより、合駒の作ということは直ぐわかるが、仲々巧妙な作品。


12龍は、13歩合、25銀以下作意通りに進めて14歩に12玉で逃れ。12桂を取ると、退路ができてしまう。また、成桂がと金だと46角に35桂合で詰まない。



83植田尚宏氏作

0692

13桂成、同玉、12馬、同玉、23金、11玉、21歩成、同玉、32金、同玉、
43馬、41玉、42飛、51玉、62飛成、同玉、63歩成、同玉、54銀、64玉、
53馬、55玉、56金、同と、45金
まで25手詰

▲詰棋人「曲詰らしい駒捌きの良い作で詰上りも、都詰十の字とは見事です。」

▲田中佐市「詰上りは見事であるが、妙手らしい手がない。」

★曲詰に難解さを求めることは無理かも知れないが、少々のまぎれはほしい。

※この当時の主流、流動派の曲詰。



84中野昭三氏作

0693

34香、同銀、43桂、同銀、36香、34桂、同香、同銀、43桂、同銀、
38飛、34桂、同飛、同銀、43桂、同銀、38飛、34桂、同飛、同銀、
43桂、同銀、22と、同玉、23角成、31玉、41歩成、同馬、同馬、同玉、
33桂、31玉、42角、22玉、23歩成、11玉、12歩成
まで37手詰

▲渡部正裕「桂合趣向は面白い。」

△山田無肺「78飛を消して角筋を通す事はわかったが、24歩の処置に困った。」

★89角を23後点に利かすために桂の反復打ち捨てにより38飛と消すことに成功すればよいのだ。

※明快な趣向。収束が残念です。


※このあとに「Aクラス、推理の解説は次号に廻しました。お(ママ)諒承下さい」とありますが、Aクラスの結果稿は結局無し。推理詰将棋の積み残しは、この時点でありませんでした。
 石沢孝治編「詰棋界作品集」(上中下)も参考にしながら、手順発表のなかった出題をまとめておきます。

1951年12月(通巻第5号)酒井桂史作品集より「力試し」4題
1952年1月(通巻第6号)第三回握り詰入選作についてB級19題 評言はあるが手順発表はない。
1952年4月(通巻第8号)第五回握り詰3題
1952年6月(通巻第9号)大道棋(懸賞)2題
1952年9月(通巻第10号)大道棋(懸賞)2題、推理詰将棋6題
1953年1月(通巻第12号)新春作家一題集67題中の3題(余詰とのみ表記)
1953年3月(通巻第13号)Bクラス6題中の1題(余詰とのみ表記)
1953年5月(通巻第14号)銀四問題推理詰将棋入選4 特選詰将棋4題
1953年10月(通巻第16号)Aクラス2題、桂四問題推理詰将棋入選5 懸賞4題
1954年8月(通巻第21号)特別懸賞1題、番付戦第1部第二回握り詰入選作6題、番付戦第2部香四問題推理詰将棋入選作14題
1954年11月(通巻第22号)力だめし4題
1956年1月(通巻第28号)Aクラス4題

こんなことが多いのはどうかと思います。
ここで結果稿のなかったAクラス(第3巻第5号)を紹介しておきます。

高木秀次作

0686

46金、同香、34馬、同金、45銀、同金、65銀、同玉、75角成、同と、
64龍、同玉、54飛成、73玉、83銀成、同香、同と、同玉、82桂成、同玉、
84香、93玉、83香成、同玉、75桂、93玉、94歩、82玉、84龍、91玉、
83桂生、81玉、71桂成、同玉、73龍、81玉、72銀成、92玉、82成銀
まで39手詰

46馬、同香、45銀、65玉、75角成、同と、55飛成、76玉、75龍以下の余詰。

※捌きが主体の作品です。



内藤國雄作

0687

29銀、17玉、18歩、同金、同銀、同玉、19金、17玉、18歩、27玉、
28金左、36玉、37金、45玉、46金、54玉、55金、63玉、64金、72玉、
62銀成、同香、54角、63歩、62角成、81玉、72馬、同玉、63角成、61玉、
62歩、71玉、73香、82玉、72馬、92玉、83馬、81玉、72香成
まで39手詰

19歩、27玉、38角、36玉、46金、37玉、47金まで。

※駒余り。作意不明です。


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