カテゴリー「読みきり好作集」の31件の記事

2016年4月19日 (火)

藤井朗好作集

 藤井朗は1943年4月、20歳の若さで亡くなりました。神奈川県の人。岡田秋葭と同じ命日です。
 「將棋月報」5月号に訃報記事が出ており、「非凡なる詰棋力を有した同氏が、これからと云ふ時になくなった事は實に残念」と惜しんでいます。
 初登場は「將棋世界」1939年12月号。月報には「自作詰圖集」として1940年10月号と11月号に10局ずつ、一挙20局発表してデビュー。同じ11月号には「詰圖揺籃集に就いて」、1941年2月から4月にかけて「各稿に就いて」という題名で月報掲載作に横槍を入れています。2月号では前月の「將棋龍光」が主な対象で、30局中10局の不具合を指摘しています。
 1942年4月号には「圖研會」メンバーとして紹介されています。

Photo_3

 発表作は31局。完全作は26局。7手~47手まで、短篇が中心です。

1940/01 將棋世界

0425

24桂、同金、34角、同歩、23飛成、同玉、32角、22玉、21角成、23玉、
32馬、12玉、23銀、同金、21馬
まで15手詰

 21飛が邪魔駒なので、金を取ったりせず退路封じに逆用。45香と置いて、角打を限定しているあたり巧いものです。



1940/10 將棋月報

3089

31角、同玉、42銀、22玉、31角、12玉、23銀、同金、22金、同金、
同角成、同玉、23金
まで13手詰

 23銀、同金と質駒をつくっておいて22金が手筋。この当時はまだ新鮮だったのではないでしょうか。



1940/11 將棋月報

3146_2

83銀、93玉、82銀生、92玉、93金、同桂、81銀生、83玉、72銀右生、82玉、
71銀生、83玉、82銀成、同玉、72角成
まで15手詰

 驚くような手はありませんが、コンパクトな棋形の中で銀をやりくりしてまとまりの良い作品です。



1941/09 將棋月報

3370_2

72歩成、92玉、82と、同玉、73と、93玉、91飛、92桂合、同飛成、同玉、
83銀、93玉、85桂、同銀、94歩、同銀、92銀成、同玉、62飛成、93玉、
82龍
まで21手詰

73同玉は、63飛打、82玉、93銀、91玉、92歩、81玉、83飛成以下。

 初手71飛や72となど誘手の多い作品。
 桂合を得て上部を塞ぐ
手順は鮮やか。



1942/01 將棋月報

3465

23歩、同金、11角、同玉、12歩、同玉、21銀生、22玉、32金、11玉、
22角、同金、12歩、同金、同銀成、同玉、22金打
まで17手詰

 本局も狭いところでやりくりする作品。
 33を空けておいて11角と打つのが皮肉な手順。初手23歩は、同金と取らせて32への金の利きを外す意味です。
 最後が打歩になるのは意外でした。


 私家版『詰将棋第二部集』用に一局取ってあります。

2016年4月15日 (金)

清水清好作集

 清水清はいつ亡くなったのかハッキリしません。
 盟友千葉勝美による「思ひ出集」(初回の題名は「八丁堀便り」)は月報1942年3月号から廃刊記念号(1944年2月)まで掲載されました。これは既発表作を懸賞出題したもので、清水作と千葉作があります。肝心の思い出を綴った文章は最初の2回分だけしかありません。「八丁堀便り」は「月報誌上にも随分御無沙汰致してしまひました。もうかれこれ十二、三年位に成るでせうね。小生も好敵手清水清君を亡くしてからは…」という書き出しで始まります。実際、千葉は1931年11月号を最後に1942年2月号まで月報への発表作がありません。
 『三百人一局集』の篠原昇氏によれば「彼の名は『将棋月報』昭和八年迄見えるが、それ以後は見当たらないので、没年はこの頃と思われる」。1928年1月時点で16歳だったとのことなので、1933年は21、2歳ですが。
 月報1929年6月号の丸山正爲による「各地訪問記」では、京橋区八丁堀の「十八間幅の新道路に面して」千葉印刷所があり、「直ぐ前の理髪店に居られる清水清氏が來られた」とあります。さらに「實に昨年頃の將棋新誌上の活躍は目覺ましいもので」云々と。「將棋新誌」は1928年12月を以て終刊。「將棋春秋」は1929年1月創刊、1931年12月終刊。「思ひ出集」の作品で、初出が月報に見えない作品は「將棋新誌」「將棋春秋」に掲載されたものかも知れません。篠原氏によると全体では約70局あるそうですが、上記二誌の作品は承知しておりません。

 1928年 1月時点では八丁堀仲町の理髪店勤務、16歳(『三百人一局集』)
 1929年 6月号月報に丸山正爲の訪問記事
 1930、31年頃 麻雀に熱中する(千葉勝美1942年5月号月報「思ひ出の記」による)
 ? 徴兵検査乙種第一合格(「思ひ出の記」)
 ? 徴兵検査の「その翌年理髪師の試驗に合格」(「思ひ出の記」)
 1931年 9月号月報に、美容術試験に合格したことの報告とともに懸賞出題。本郷区駒込神明町で「営業」
 1932年 「本郷区本富士町に店を持ち」(「思ひ出の記」)結婚する
 1933年 1月号月報に投稿記事「詰將棋諸々私見」
 同 年 1月初旬、櫻井三桂所持の原図を書写した川合新之助より「不成百番」の寄贈を受ける
 同 年 1月25日、櫻井三桂宅に遊びに行き、伊藤勝喜等と対局(「思ひ出の記」)
 同 年 3月号月報に最後の作品
 同 年 3、4月号月報に「二代目伊藤宗印 不成百番解説」掲載(20局ずつ第40番で終わる)

 分かったのはこの程度です。1928年1月に16歳という前提で考えると、千葉の「思ひ出の記」の記述は正確ではありません。というのもこの当時、徴兵検査は満20歳以後ですから最速で1931年に徴兵検査、1932年に美容術試験となりますが、清水自身が1931年の月報に美容術試験に合格したと書いているからです。
 また、千葉は「理髪師の試驗」、清水は「美容術試驗」と書いていますが、これは同じもので、呼称としてはもちろん清水が正しいのです。
 櫻井三桂、川合新之助、伊藤勝喜はいずれも月報に発表作があります。
 田代武雄編『詰將棋第一部集』(1937年1、2月)の登場作家で、「故」が付いているのは瀧谷正鄕と川合新之助の二人。清水は故人とされていません。その死は知られていなかったのでしょう。

1928/09 將棋月報(以下も同じ)

0567

78角、同と、58銀、68玉、57龍、79玉、69金、89玉、88金、同と、
79金、同玉、77龍、78と、88銀、89玉、98馬、同玉、97龍、89玉、
99龍
まで21手詰

 
同玉は、88金、69玉、58銀以下。
 
 図巧第88番と線対称の位置にある石垣模様作品。88金と捨ててから79金と押す(同とは87龍)のが好手順です。ただし本局は形を整えるために飾り駒があります。次の図でも手順は変わりません。



0567_2



1928/11


0581

91歩成、同玉、97飛、同と、55馬、73桂合、82角、81玉、71角成、同玉、
61と、同玉、62銀、52玉、42歩成、同歩、53銀成、同金、44桂、63玉、
73と、同銀、53飛成、同玉、65桂、43玉、33金、同銀、同香成、同玉、
23歩成、34玉、24と、35玉、25と、36玉、37銀打、同桂成、同銀、27玉、
28金、同成桂、同銀、36玉、27銀、同玉、28と、16玉、17と、同玉、
29桂、16玉、28桂、27玉、37馬
まで55手詰


55同金は、82角、81玉、71角成、同玉、61と、同玉、62銀、52玉、42歩成、同玉、53銀成、31玉、43桂まで。

 97飛は邪魔駒消去。55馬は54金の利きを53から外すためです。なかなか豪快な手順です。



1929/09

0714

13龍、12歩合、23桂打、21玉、22龍、同玉、14桂、21玉、13桂生、同歩、
22歩、12玉、11桂成、同玉、12歩、同玉、23銀成、11玉、21歩成、同龍、
12歩、同龍、同成銀、同玉、22飛、11玉、23桂生
まで27手詰

 12歩合は当然の合駒ですが限定です。23桂と重ねて打つのが巧手。跳ねてしまうと、あとで23銀のとき支える駒がありません。
 61龍は離れ過ぎのようで実は最善。51龍だと3手目23桂跳、21玉、
33桂打、同馬(同歩は22歩、32玉、44桂、41玉、33桂生、同馬、31桂成、同玉、33龍以下)22歩、同馬、同龍、33角、同歩、同銀成、21玉、13桂生、同歩、22歩、12玉、24桂までです。
 合駒で生じた歩が12のときは打歩を招来する有効な駒、13へ進んで一転、退路の邪魔になっているのは面白い。
 61龍でなく、61飛ならもちろん詰みません。




1930/06

0877_2

89馬、同玉、79金、99玉、89金、同玉、78銀上、88玉、89銀、同玉、
78銀、88玉、89銀、同玉、56馬、67桂、同馬、99玉、69龍、98玉、
89龍、97玉、96と、同玉、78馬、95玉、77馬、94玉、76馬、93玉、
75馬、92玉、98龍、81玉、73桂、72玉、92龍、82角、84桂、73玉、
64銀、62玉、82龍、51玉、52龍、同玉、53銀成、51玉、62角、41玉、
31歩成、同玉、43成銀、21玉、23香、12玉、22香成、同玉、33成銀、同玉、
22銀、24玉、57馬、15玉、25金、同玉、35馬、15玉、26馬、24玉、
51角成、34玉、33馬、45玉、44馬上、56玉、66馬、47玉、48金左、46玉、
55馬左、35玉、44馬左、25玉、34馬引、15玉、16歩、同龍、同馬、同玉、
17歩、15玉、16飛、24玉、33銀生、13玉、35馬、23玉、24馬、12玉、
14飛、21玉、22歩、31玉、11飛成
まで105手詰


99龍も可。

43馬寄も可。

田代武雄(『詰將棋第一部集』解説より)
「本局は大作なり清水氏苦心の結晶にして本書中の難局と思ふ」

 清水の最長手数作。邪魔な駒を次々に捌いて、56馬に67桂合が好防。単に99玉なら、あとで74馬と飛び出す手があり早詰になります。
 途中から双馬追いになるのが面白く、いくつか非限定はありますが、まずは好作でしょう。



1931/01

1488_2  

83桂生、92玉、91桂成、同玉、64馬、73歩合、同馬、82歩合、同馬、同玉、
83歩、92玉、93歩、同玉、94歩、92玉、72龍、91玉、82歩成
まで19手詰

 本局は、月報初出時の作者名は不明でしたが、『詰將棋第三部集』で清水作であることが明らかにされています。
 73歩合は攻駒をダブらせる中合。
 無駄なくできていて、好感が持てます。



1932/06


1216

37角、同龍、24銀、同玉、46角、25玉、24金、26玉、37飛成、17玉、
27龍、同玉、28飛、36玉、37銀、45玉、34銀生、44玉、43銀成、同玉、
33金、44玉、
36桂、33玉、23飛成、42玉、24角、41玉、43龍、同銀、
51角成
まで31手詰

24飛、45玉、25飛、44玉、36桂の迂回手順有り。

 角の打捨て二発。最初は質駒化、二発目は利き外しです。金の活用の味が良く、収束も決まっています。


2015年7月12日 (日)

瀧谷正鄕好作集

 小林豊と岩木錦太郎の対談「過ぎし日をふり返って」の中で、「三桂先生が非常に賞めていた」作家をついに特定しました(たぶん)。

 決め手は「将棋月報」1934年4月号の座談会「将棋を語る」。この中で他の出席者から瀧谷(この時点で既に故人)の名前が出て、小林豊が「あの人のは一局々々が真の名局と言ふんでせう。餘りにも有名な人です。」と応じています。
 1927年1月から1932年2月まで発表作は12局。すべて「将棋月報」。完全作は6局です。

1927年1月

0244

25飛、同玉、35飛、同歩、37桂、36玉、46馬、27玉、18金、16玉、
17金、15玉、16金、24玉、25金、33玉、34金、同玉、45馬、33玉、
23と、43玉、55桂、52玉、63馬、51玉、43桂生、同歩、41馬、62玉、
53角成、73玉、63馬引、84玉、75馬、同玉、85馬、66玉、67金
まで39手詰

 初登場作。馬の利きを通して、35飛は邪魔駒消去。同玉は46馬以下。
 以下、ズリ押しの金を捨てて双馬追いになります。
 玉方83とは、歩や金では95金以下の余詰になるため。
 田辺重信『昭和詰将棋秀局懐古録』上巻(風ぐるま社・1955年8月刊)所収。
Photo
Photo_2
上・原本、下・北原本



1927年2月

0269

51飛、同銀、22歩成、同玉、33銀、31玉、23桂生、21玉、32角、12玉、
11桂成、同玉、21角成、同玉、23香、31玉、22香成、41玉、32成香
まで19手詰

 初手22歩成、41玉、32と、51玉、73角…という怖い筋がありますが、逃れています。
 退路封じの51飛と、桂の動きを妨げない33銀が分かればあとは悩むところはありません。



1927年8月

0333

52角、43歩合、同角成、同飛、16角、同香、36銀、24玉、35飛成、13玉、
14歩、同玉、26桂、13玉、15龍、22玉、12龍、33玉、32銀成、24玉、
14龍
まで21手詰

 
43桂合は同角、同飛、37桂、24玉、25銀、13玉、22角以下。
 角を歩に換えて、16角が好手。玉が一回転しています。



1931年3月

1010

13角、同飛、33銀、同金、同飛成、同玉、42銀、43玉、33金、44玉、
53銀打、同銀、43金、同玉、53角成、32玉、33銀打、21玉、43馬、12玉、
22銀成、同玉、33銀成、12玉、23香成、同飛、同成銀、同玉、33飛、14玉、
15歩、同玉、35飛成、14玉、25龍、13玉、14歩、12玉、21馬
まで39手詰

 初手23香成、33銀、いずれも31玉で逃れ。
 13角は同玉なら今度こそ23香成で詰みます。同飛と取らせて利きを外すのが狙いでした。
 飛を取る収束は
非限定もあり、やや冗長。



1931年6月

1043

13銀生、同香、35馬、15玉、33角成、同歩、27桂、14玉、36馬、24玉、
46馬、14玉、47馬、24玉、57馬、14玉、58馬、24玉、68馬、14玉、
69馬、24玉、79馬、14玉、69馬、24玉、68馬、14玉、58馬、24玉、
57馬、14玉、47馬、24玉、46馬、14玉、36馬、24玉、35馬、14玉、
25馬、同銀、15歩、24玉、36桂、同銀、16桂、34玉、44成桂
まで49手詰


 馬鋸です。質駒を取って戻る一往復型で意味付けは打歩詰回避です。打歩の元凶となっている馬を消すためには桂がもう一枚必要というわけです。
 護堂浩之氏の「新・馬子唄集」(「詰棋めいと」1990年3月)に「質駒取り型」の一局として紹介されていました。



1931年8月

1068

46馬、同銀生、16角、17玉、26銀、同玉、28龍、35玉、25龍、44玉、
55銀、同銀、34龍、53玉、64銀、同銀、43龍、62玉、73歩成、同桂、
同と、同銀、52龍、71玉、83桂、81玉、91桂成、71玉、61龍、82玉、
81龍、93玉、95香、同飛成、92成桂、94玉、61角成
まで37手詰

 2手目の銀不成の意味は11手目の55銀を取るため。易しい捨て絞り趣向です。



 一局々々が名局という感じはしないのですが、不完全作の中には次のような面白い作品も。

1931年5月

1031

83角、74桂合、同角成、同歩、28金、同玉、73角、27玉、23飛成、24桂合、
37金、28玉、24龍、39玉、38金、同玉、28龍、47玉、37龍、56玉、
46龍、65玉、55角成、75玉、87桂、85玉、97桂、84玉、86龍、93玉、
85桂、92玉、93歩、81玉、73桂成、71玉、81龍、同玉、54馬、71玉、
72馬
まで41手詰

 
24同龍は、36玉で逃れ。
 桂をすぐ取らずに、重く金を打って28龍以下追い上げていけば45玉とする手がないので逃れられません。
 残念ながら
47角、38歩合、同銀、39玉、28角、48玉、49銀、59玉、37角以下の余詰がありました。49金でなく、と金なら完全作でした。


2014年11月24日 (月)

堤浩二好作集

 『三百人一局集』によれば、堤浩二は1930年生まれ、同書発行時は東京在住。
 発表作は「将棋世界」1948年8月から「詰将棋パラダイス」1972年5月まで54局。うち完全作は30局。
 この作者の名前だけは以前から知っていました。「名局リバイバル」に一局収録されていたからです。
 もう一つ、『夢の華』にいくつか短評が出ていることでも。

山田修司作「蜃気楼」「詰将棋パラダイス」1951年12月

Y21

38金、57玉、47金打、66玉、56金打、75玉、65金打、84玉、83角成、同飛、
同と、同玉、81飛、72玉、82飛成、63玉、64金、同玉、73龍、54玉、
55金、同玉、64龍、45玉、46金、同玉、55龍、36玉、37金、同玉、
46龍、27玉、28歩、17玉、37龍、16玉、27龍、15玉、37角成、14玉、
36馬、13玉、35馬、12玉、34馬、11玉、33馬、12玉、22馬
まで49手詰

堤浩二
 格別強い魅力を感じない趣向作である。オードブルなしの西洋料理、音楽ならば主題なしの演奏と云つた所である。一般に詰物は遊びの為の遊び、趣向の為の趣向では芸術作品ではない。本局も前奏にあたる部分とクライマックスにあたる部分が欠如して居る。特に3七角成以後はだらだらとして締まりがない。8三歩を香にすれば或はその弊は消えるかも知れない。唯最初絶好手として金四枚を打つて行くのでなく、何としても前奏に当るものがある可きだと思う。又この種の趣向作にはクライマックスはいらないと言う論には私は反対だ。角と龍で斜に玉を追うのを狙いとするなら3七角成以後は土屋氏の言う"交響楽のあとの浪曲"の如き不協和音である。

 短評なんてものではありません。他の人の短評も長いところを見ると、この当時は短評に随分スペースを取っていたのだろうと思います。
 それにしてもこれは酷評ですね。特にひどいと思うのは「3七角成以後は土屋氏の言う"交響楽のあとの浪曲"の如き不協和音である」という箇所で、読んでいて腹が立ちました。
 尊敬する山田氏の作品を貶めるとは何事か。 …… ではなく、こともあろうに浪曲を貶めるとは何事か。浪曲大好きな私には許せませんね。(そっちかよ)



「将棋世界」1949年2月

46800228

53角、98玉、99飛、87玉、97飛、76玉、77飛、85玉、75飛、96玉、
76飛、87玉、86飛、98玉、96飛、89玉、99飛、同玉、44角成、89玉、
88馬
まで21手詰

 99玉、44角成の形にするために、飛車がひたすら追う。ユーモア漂う作品。



「将棋とチェス」1949年8月

_0010

15歩、同玉、27桂、14玉、36角、同金、26桂、同金、25角成、同金、
26桂、同金、15歩、25玉、35飛成、16玉、26龍、同玉、17銀、27玉、
28金
まで21手詰

 易しい打歩物ですが、金を4回動かして翻弄するあたり、良くできています。



「旧パラ」1950年12月

Para1017

82香成、同角、83歩成、91玉、82と、同馬、同香成、同玉、55角、64歩合、
42飛成、72桂合、同龍、同歩、74桂、91玉、64角、同と、92歩、同玉、
83角、91玉、82桂成、同玉、72角成、91玉、92歩、同玉、83桂成、91玉、
82成桂
まで31手詰

 
同龍は、87飛以下。
 
同とは、42飛成、72桂合、64角、73角合、同角成、同桂、72と、同歩、74桂、91玉、83桂生、81玉、92角、同玉、72龍まで25手。
 収束は余し気味ですが、
55角の焦点打を中心にまとまっていると思います。



「旧パラ」1951年10月

Para1848

12歩、同玉、24桂打、11玉、21銀成、同玉、43角、11玉、23桂、同歩、
33角、22桂、同角成、同玉、32桂成、12玉、24桂打、同歩、34角成、23金、
24桂、11玉、21成桂、同玉、43馬、22玉、34桂、11玉、44馬、21玉、
54馬、11玉、55馬、21玉、65馬、11玉、66馬、21玉、76馬、11玉、
77馬、21玉、87馬、11玉、88馬、21玉、87馬、11玉、77馬、21玉、
76馬、11玉、66馬、21玉、65馬、11玉、55馬、21玉、54馬、11玉、
44馬、21玉、32桂成、同玉、82飛成(D図)、同銀、43馬、31玉、42と、同歩、
91飛成、同銀、42桂成、22玉、32馬、11玉、12歩、同玉、23馬、同玉、
24香、14玉、15歩、同玉、16歩、同玉、27金、15玉、26金、14玉、
15金打
まで91手詰

「名局リバイバル」より
 馬鋸を主題とした作。45手目8八馬で一歩を入手すると同時に飛身先()を通すまではよいが其の後の二枚飛の活用に迷うところ。
 しかし7九歩が頑張っているから結局D図8二飛成と縦の筋に打診するほかなく、同銀、4三馬、3一玉、4二と、同歩、9一飛成で香を手駒に加えることに成功し、以下中段に玉を追って収束する。
 作者は当時、図巧、無双に傾倒し、これら古名作を誌上に紹介するなど、旧パラの有力な筆陣を構成していた人。
 作風は変化紛れに難解さを求めるといった風があり、難解派の異色作家として注目されていたが、後年、黒川氏の作品と見まがう様な、ロマン風の作品も発表している。
 この作は鋸引そのものには新味はないが序盤の構成が充実している。特に三手目2四桂打は着手しにくいところで難解派の片鱗を見ることができると思う。

)原文のまま

D図

D

 作者の代表作。『三百人一局集』でも作者自ら本局を解説しています。
 盤上に、あらかじめ角も馬もない馬鋸です。序奏が秀逸で、力がこもっています。



「詰棋界」1954年1月

0839

13飛、21玉、43馬、32歩、12銀、31玉、53馬、42歩、21金、41玉、
63馬、52歩、31金打、51玉、73馬、62歩、41金打、61玉、83馬、72歩、
51金打、71玉、81と、同玉、92馬、同玉、91飛、同玉、93飛成、92飛、
83桂、81玉、82香、同飛、91龍
まで35手詰

 馬で金を取られるたびに、退路を開けるため歩を突いていくという簡明な趣向。肩が凝らなくていいですね。



「詰棋界」1954年8月

1010

19香、27玉、28香、36玉、37香、45玉、46香、54玉、63馬、同玉、
74角、54玉、44飛、55玉、45飛、64玉、65飛、54玉、63飛成、55玉、
65龍、46玉、56龍、37玉、47龍、28玉、17龍、39玉、37龍、49玉、
38龍、59玉、69金、同玉、47角、79玉、49龍、78玉、69角、79玉、
14角、78玉、69角、79玉、68銀、同玉、58龍、79玉、78龍
まで49手詰

 これも同系列。斜めに打った香を龍で消していく趣向は他にもあったと思いますが、無駄なくできていると思います。



「詰将棋パラダイス」1968年4月

Para66702432

37金、同玉、29桂、47玉、39桂、57玉、69桂、67玉、79桂、66玉、
76金、同玉、86飛、65玉、77桂、55玉、67桂、45玉、37桂、36玉、
27金、35玉、47桂、34玉、24銀成、同玉、14飛、33玉、25桂、43玉、
35桂、53玉、13飛成、23歩、同龍、同角、65桂、62玉、63歩、72玉、
76飛、63玉、73銀成、64玉、74成銀、65玉、75成銀
まで47手詰

 作者は四桂詰を3局発表していますがどれも類似臭があり、紹介に至らず。
 本局は四桂詰ではありませんが、一番オリジナルな雰囲気がありました。



「詰将棋パラダイス」1968年5月

Para66702536

31銀、同玉、53角成、同歩、32金、同角、42香成、22玉、32成香、12玉、
11飛、同玉、22角、12玉、24桂、同歩、11飛、23玉、33成香、同桂、
13飛成、34玉、33龍、25玉、17桂、15玉、16歩、同玉、36龍、17玉、
44角成、28玉、55馬、29玉、56馬、28玉、46馬、29玉、47馬、28玉、
39龍、同玉、48銀、28玉、37馬、17玉、28銀、16玉、26馬
まで49手詰

 半期賞受賞作。
 
13玉は、11飛、12香合、同飛、同玉、24桂、13玉、12桂成、24玉、26飛以下。
 
32同玉は、24桂、同歩、43香成、23玉、32角、34玉、38飛、37角合、同飛、25玉、43角打、34桂合、26飛、15玉、35飛、25香合、同飛寄、同歩、16香、24玉、14角成、35玉、45成香まで31手。
 これは読みたくない変化ですね。

 収束の三二馬鋸がうまいと思いますが、難解さが評価されたのでしょう。

2014年11月10日 (月)

大久保善人好作集

 『三百人一局集』によれば、大久保善人は1935年頃の生まれ、東京在住だったとのことです。
 発表作は「旧王将」1949年11月から「詰将棋パラダイス」1958年4月まで17局。うち完全作は5局。完全率が低いのが残念です。完全作の中には不出来なものもあるので、不完全作を含めて紹介します。

「旧パラ」1951年11月

Para1963

38馬、18玉、29馬、27玉、26金、17玉、16金、同飛、18歩、27玉、
38馬、18玉、19歩、17玉、16馬、同桂、18飛、27玉、36角、37玉、
17飛、28玉、18飛、29玉、47角、39玉、49金、同玉、58角、39玉、
49金、29玉、47角
まで33手詰

 まず18桂の消去。意味は
18歩と打つため。次に28桂の消去。なければ38飛まで。
 馬も飛車も角も一往復ずつ。易しいパズルという感じです。



「風ぐるま」1954年5月

0775


13香、同玉、14歩、12玉、24桂、22玉、32歩成、同香、同桂成、同玉、
31桂成、同玉、32歩、同玉、43と左、22玉、24香、31玉、21香成、同玉、
22歩、31玉、23桂、22玉、33と左、12玉、11桂成、同玉、13香、21玉、
12香成、同玉、B23と上、11玉、22と
まで35手詰

 『古今中編詰将棋名作選』(第二集)掲載作。
 打歩詰回避の香先香歩です。
 
14香は、22玉で打歩詰。
 
13歩は、同玉、14香、22玉、32歩成、同香でこれも打歩詰。
 
22玉は、32歩成、同玉、31桂成、同玉、32歩、同玉、24桂、31玉、32歩、22玉、12桂成、同香、24香、11玉、12香、同玉、23と、11玉、22とまで。
 
22玉は、32歩成、同玉、31桂成、同玉、32歩、22玉、23香、32玉、44桂、31玉、41歩成以下19手。
 「最終三手目、2三とでなく1三歩成なら?37手の"余詰"で気になる人もあろうが、当時は大らかだった。そんな指摘は『重箱のスミをつつく』と笑い飛ばされた」と名作選の解説にありますが、現在なら返送レベルの余詰です。
 小駒図式の趣旨(私じしんはそういうものに価値があるとは思っていませんが)に外れますが、玉方45角と置けば37手詰の完全作になります。
 この意味付けの香先香歩としては、伊野辺看斎、有馬康晴、山田修司に続きおそらく4号局。



 山田作は趣向的でもあり、序奏の中で成り捨ててしまいますので特に優れています。

山田修司作「詰将棋パラダイス」1951年8月

Para1754

 33金、31玉、23桂、21玉、22香、12玉、11桂成、同玉、21香成、同玉、
23香、31玉、22香成、41玉、32成香、52玉、42成香、63玉、
64歩、73玉、
85桂、同と、
74歩、62玉、53桂成、同玉、43金、62玉、52成香、71玉、
72桂成、同玉、63歩成、同玉、53金、72玉、62成香、81玉、82歩成、同玉、
73歩成、同玉、63金、82玉、72成香、92玉、83銀成、同玉、73金、92玉、
82金
まで51手詰

 22歩だと64香となり74歩で打歩詰です。


↑ここに当初掲げていた手順は47手詰でしたが、誤りでした。現物がそうなっていたため信用してしまいしました。momo さんの指摘に感謝。

Photo


「風ぐるま」1955年5月

1326

78角、68玉、79銀、59玉、68銀、58玉、69角、49玉、
58角、48玉、
59銀、39玉、48銀、38玉、49角、29玉、38角、28玉、39銀、19玉、
28銀、同玉、29飛、18玉、17金、同玉、27飛、16玉、23飛生、38歩成、
27銀、15玉、16歩、14玉、24飛成、同玉、34と、25玉、24と、同玉、
94飛、23玉、93飛生、14玉、15歩、25玉、17桂、15玉、13飛生、24玉、
33飛成、14玉、15歩、同玉、35龍、14玉、25龍、13玉、15龍、22玉、
23歩、同玉、35桂、22玉、24龍、11玉、13龍、21玉、31香成、同玉、
43桂成、21玉、32成桂
まで73手詰

 
87角は、59角合で逃れ。
 
35と~24との迂回あり。
 
23桂成、43桂生、11龍なども可。

 角銀鋸? 角銀セットで動くのは初めて見ました。
 飛車が二枚とも不成で動くのも味が良い。
 55香は収束用の駒というより余詰防止で、これがないと
27角、28玉、17銀、27玉、29飛、36玉、45銀、46玉、55銀までの余詰になります。
 四段目を素通しにしながら何かの攻駒を置かなければなりませんが、桂でも良いし、59歩→59香、55香→55歩に換えたうえで、上辺に駒を置いて収束の乱れを直せないかと思いましたが、なかなか難しいようです。



「詰将棋パラダイス」1955年8月

Para54601081

34金、32玉、43金、23玉、14銀、34玉、44金、24玉、25歩、同と、
同銀引、23玉、34金、32玉、43金、23玉、14銀、34玉、26桂、同と引、
44金、24玉、25歩、同と、同銀引、23玉、34金、32玉、43金、23玉、
14銀、34玉、26桂、同と、44金、24玉、25歩、同と、同銀引、23玉、

34金、32玉、43金、23玉、14銀、34玉、26桂、24玉、25銀引、23玉、
34銀、13玉、14歩、24玉、25銀左、23玉、33金、同玉、35香、23玉、
24歩、同桂、13歩成、同玉、14銀、12玉、13歩、21玉、31香成、同玉、
42香成、21玉、32銀
まで73手詰

 
33金、同玉、35香、23玉、33香成、同玉、43香成、23玉、35桂、13玉、14歩までの余詰。

 と金はがしです。意味付けは香先を通すため。
 金の動きが面白く、完全なら秀作だと思ったのですが…。



「水車」「詰将棋パラダイス」1956年1月

Para54601519

35銀、25玉、26銀左、14玉、15銀、
13玉、14歩、22玉、33と、同玉、
43香成、34玉、44成香、25玉、26銀引、14玉、15銀、13玉、14歩、22玉、
33成香、同玉、43香成、34玉、44成香、25玉、26銀引、14玉、15銀、13玉、
14歩、22玉、33成香、同玉、43香成、34玉、44成香、25玉、26銀引、14玉、
15銀、13玉、14歩、22玉、33成香、同玉、43香成、34玉、44成香、25玉、
26銀引、14玉、15銀、13玉、14歩、22玉、34桂、21玉、31歩成、同玉、
41と、21玉、22歩、同銀、同桂成、同玉、33成香、同玉、42飛成、34玉、
35銀、25玉、26銀右引、14玉、15銀、25玉、14銀、同玉、12龍、13歩合、
26桂、25玉、34銀
まで83手詰

 
25玉は、26銀上、34玉、35銀、25玉、26銀右、14玉(16玉は17歩、27玉、19桂まで)、18飛、16歩合、同飛、同桂、15銀、13玉、14歩、22玉、33と、同玉、43香成、22玉、34桂、21玉、31歩成以下。

 『三百人一局集』掲載作。完全作です。
 上田吉一氏が本局の解説を担当されています(解説はこれ一局のみ)ので、紹介します。

-----
 作者はこの時期に数作の長篇を発表されていますが、なかでもこの「水車」は特に光る存在です。本作はタイトルにふさわしく、玉の回転軌跡を美事に描いた趣向作です。
 スムーズな回転が成立する鍵は、例えば六手目25玉ならば、26銀上、34玉、35銀、25玉、26銀右、16玉、17歩以下の様に攻方14歩が残っているか消えているか(二歩禁)に関係しています。又、反復の目的は盤上縦四香の邪魔駒を順次消去して46飛の成り込みを実現させる所にある。以上の二点が巧妙な五回転を可能にしている訳です。
 さて34桂以下の収束では、最後にもう一度14歩の消去を取り入れてあり創作上の参考になるかと思います。
 この「水車」は攻方の縦四香配置で先ず思い浮かべる作品ですが、作る側から見れば、テーマが鮮明に表現されており完成品としての印象も深く、作者の代表作と言えるでしょう。
 尚、本作は矢倉一正のペンネームで発表されました。
-----
※ 太字は原文では傍点付き

 ……私の出る幕無いです。



「詰将棋パラダイス」1958年4月

Para54604110

83銀生、85玉、74銀生、94玉、85銀、93玉、84銀、94玉、95銀、93玉、
84銀、94玉、83銀生、85玉、86歩、同銀生、74銀生、94玉、95歩、同銀、
83銀生、85玉、77桂、同と、74銀生、94玉、86桂、同銀、98飛、
97歩合、
同飛、同銀生、83銀生、95玉、96歩、85玉、86歩、同銀生、74銀生、94玉、
95歩、同銀、83銀生、93玉、85桂、84玉、74銀成、94玉、86桂、同銀、
93桂成、同玉、83成銀、94玉、84成銀、95玉、85成銀
まで57手詰

 これも矢倉一正名義。
 完全なら文句なしの秀作でしたが、
97桂合で不詰。
 見落とすような合駒ではないと思うのですが、実に惜しまれますね。



2014年11月 9日 (日)

三上毅好作集

 三上毅(たけし)は1910年生まれ、1985年没。明治生まれです。
 有馬康晴(1907)、岩木錦太郎(1907)、小林豊(1908)、田辺重信(1912)あたりの世代ですね。1980年、『木葉』出版。この作品集には自作35番と『将棋大綱』(門脇芳雄解説)が収められています。一度借りて読んだことがありますが、当時は古図式にも興味がなかったので記憶に残っている事柄は殆どありません。


「将棋月報」1941年4月

Geppo3306

33歩、31玉、53馬、42香、32歩成、同玉、43金、31玉、42馬、同銀、
32香、41玉、63角、51玉、52金
まで15手詰

 眺めているうちに、良い作品だという気がしてきました。
 初手14角と打つのは31玉、53馬、42歩合で詰まないので、歩を叩く一手。
 
42香合が好防で、歩合なら13角、41玉、32歩成、同玉、22香成、33玉、44金まで11手。最後の金を取るための香合です。
 作意は変化をなぞる部分が全くなく、ガラリと変わります。収束の切れがあればなお良かったですね。



「将棋月報」1942年2月

Geppo3498

92歩、同玉、93歩、91玉、61龍、81桂合、同龍、同玉、83龍、82角合、
92歩成、71玉、82と、同銀、62角、81玉、82龍、同玉、73銀、81玉、
82歩、
92玉、93歩、同玉、84銀成、82玉、73角成、81玉、93桂、71玉、
63桂生、同銀、81桂成、同玉、63馬、72歩合、同馬、同玉、73歩、81玉、
72銀、91玉、92歩、同玉、83成銀、91玉、81銀成、同玉、72歩成、91玉、
82と
まで51手詰

 
91玉は、83桂、92玉、93歩、83玉、84銀成、82玉、73角成、81玉、92歩成以下。
 
72桂合は、同馬、同玉、64桂、81玉、72銀、91玉、92歩、同玉、83成銀以下、作意と同手数。

 戦前の作品には珍しい切れそうで切れない中篇(手数は長篇ですが)。
 
72桂合でも作意より短くならず駒も余らない、いわゆる変同ですが、当時は誰も気にしなかったのでしょう。
 ただし『四百人一局集』には、瑕疵のない別の作品を選んでほしかったと思います。



「詰将棋パラダイス」1955年1月

Para54600459

12香、21玉、31歩成、同玉、41と、同玉、42歩成、同玉、43銀、53玉、
54歩、同金、同銀成、同銀、43金、同銀、同と、同玉、56桂、47歩合、
同香、同と、32銀、52玉、64桂、61玉、62と、同玉、72金、53玉、
56香、55香合、同香、44玉、54と、34玉、25と右、同金、35歩、同金、
同と、同玉、36金打、34玉、35歩、24玉、16桂、13玉、25桂、12玉、
24桂、11玉、12香
まで53手詰

 二歩禁回避の香先香歩。有馬作、谷向作に続く三号局でしょうか。
 
12歩は、21玉、31歩成、同玉、41と、同玉、42歩成、同玉、43銀、53玉、54香、同金、同銀成、同銀、43金、同銀、同と、同玉、56桂、34玉、25と左、23玉、32銀、13玉、14歩、同金、25桂、同金、14香、同玉、25と、同玉、17桂、24玉、25金(歩)13玉で逃れ。
 
34玉は、25と左、23玉、32銀、13玉、14歩、同金、25桂、同金、14歩、同玉、25と、同玉、17桂、24玉の局面で、持駒に香があるので、25金、13玉、14香まで。
 最初に歩を打つと香は二枚残りますが、一枚は54に使い、残り一枚を14香と使わないといけない(14歩は二歩)ので詰まないのです。
 最後は還元玉となり、初手と最終手が同じという珍しい形になります。
 駒交換が多いので古風な感じはしますが、同時に迫力も感じます。



「流鏑馬」「詰将棋パラダイス」1955年4月(修正図)

Para71752805

23銀生、同玉、45馬、14玉、13桂成、15玉、14成桂、26玉、27歩、17玉、
44馬、27玉、54馬、26玉、27歩、17玉、53馬、27玉、63馬、26玉、
27歩、17玉、62馬、27玉、72馬、26玉、27歩、17玉、71馬、27玉、
81馬、同龍、63角、26玉、36角成、17玉、35馬、27玉、45馬、26玉、
27歩、17玉、44馬、27玉、54馬、26玉、27歩、17玉、53馬、27玉、
63馬、26玉、27歩、17玉、62馬、27玉、72馬、26玉、27歩、17玉、
71馬、同龍、18歩、27玉、37金、同玉、97龍、26玉、17龍、35玉、
37龍、45玉、46歩、54玉、34龍、53玉、64龍、52玉、63金、41玉、
53桂、51玉、61桂成、41玉、42銀成、同玉、53龍、31玉、51龍、41歩、
21金、同玉、41龍、31歩、22歩、同玉、23歩、33玉、24銀、34玉、
45龍
まで101手詰

 
22銀も可。

 一度修正した後の改良図。『木葉』にはこの図で収録。
 馬鋸で角を取りに行くのが秀逸。角筋に当たってもへっちゃらとばかり動くのが面白い。取れば、21龍で簡単です。
 二度目の馬鋸は、龍の縦利きを消すため。
 三上作ではこれが一番好みです。



「双蝶」「詰将棋パラダイス」1961年1月(改良図)

Para61650060

21飛成、92玉、
32龍、91玉、41龍、92玉、52龍、91玉、61龍、92玉、
83金、同玉、73歩成、92玉、52龍、91玉、41龍、92玉、32龍、91玉、
21龍、92玉、12龍、同馬、83と、同玉、72馬、92玉、83金、91玉、
73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、
54馬、91玉、64馬、81玉、73桂、91玉、61桂成、81玉、63馬、91玉、
73馬、81玉、71成桂、同玉、72馬
まで55手詰

 
12龍は、同馬、83金、同玉、73歩成、84玉で逃れ。
 
84玉は、64龍以下。

 この図は初出は完全でしたが、その後の配置駒改良で潰れ、それを修正した『木葉』収録図です。
 龍鋸と馬鋸の一往復。

 12龍と早まると、74歩が邪魔で、成っても84玉と逃れるので、これを阻止しながら香先を軽くしておくのが肝要で、これが龍鋸の目的です。



「本能寺」「詰将棋パラダイス」1962年1月

Para66704962

56飛、
44玉、54飛、同と、62馬、55玉、73馬、64飛合、同馬、同と、
56飛、45玉、75飛、同と、63角成、34玉、54飛、44金合、同飛、同香、
35金、23玉、32銀生、12玉、21銀生、23玉、15桂、同歩、24歩、14玉、
26桂、同歩、36馬、同と、25銀
まで35手詰

 
45玉は、46飛、34玉(同桂は67角、64玉、65歩、同玉、46銀、44玉、64飛、54歩合、36桂、同香、45銀、33玉、34銀、44玉、53銀、55玉、66馬まで)、43飛成、同玉、32銀生、44玉、46香、45金合(同桂は64飛、54香合、62馬、55玉、66銀、45玉、67角、56歩合、65飛、55金合、同飛、同香、44金まで)、同香、同銀、43金、55玉、56歩、同銀、同銀、同玉、57馬、45玉、56銀、34玉、35馬まで23手。
 
54飛、同玉、63馬、65玉、74馬、55玉、56銀、44玉、36桂、同香、35銀、33玉、34歩、23玉、32銀生、12玉、21銀生、23玉、33歩成、同玉、32銀成、23玉、24歩、12玉、22成銀、同玉、34桂、33玉、23歩成、同玉、24香、33玉、32と、同玉、22桂成以下の余詰。
 
44歩合は、、同飛、同香、35金、23玉、32銀生、12玉、21銀生、23玉、24歩、同玉、36桂、同と、16桂、23玉、24銀まで33手。
 
44角合は、同飛、同香(同玉は36桂、同香、35銀、55玉、73角以下)、43角、24玉(同玉は、32銀生、34玉、35歩、24玉、16桂まで)、16桂、23玉、32銀生、12玉、23銀、同玉、24歩以下31手。

  この図は既に紹介しましたが、あらためて。
 初出は不完全、『木葉』収録図はさらに不完全箇所が増えていますので、1970年9月号の図です。
 柏川作に続く玉方金先金歩二号局です。
 二号って、何かうら悲しさが漂いますね。 ……決してあらぬ想像をしないよーに。

 よく見ると、桂合、香合ができなくなっていて、合駒選択の余地があまりないのが残念ですが。
 不完全バージョンの中ではこの図が一番修正しやすく、玉方78歩追加で良いです。



「詰将棋パラダイス」1974年2月

Para71753322

44金、35玉、33金、24玉、35角成、同玉、34金打、45玉、56銀
まで9手詰

 
54金は、24玉、33銀打、14玉で逃れ。12桂がないと、この33銀打で詰んでしまいます。

 香の利きを止める金のソッポ行き。
 攻方22歩は、
34金打、同香、同金、同玉、36龍、24玉、33銀生、13玉、31角成以下の余詰防止駒です。



「詰将棋パラダイス」1976年5月

Para76800440

11桂成、同玉、22角成、同玉、13角成、同玉、33飛、23角合、14銀、同玉、
26桂、24玉、34金、同角、同飛成、13玉、33龍、23飛合、24角、12玉、
23龍、同玉、15桂、12玉、13角成、同玉、33飛、22玉、23桂成、21玉、
22歩、11玉、31飛成
まで33手詰

 
24桂は、23玉、22角成、同玉、32金、同銀、12飛、33玉、32飛成、44玉で逃れ。
 
23歩合は24銀から33金。
 
23金合は、22角、12玉、24桂、同金、13角成以下。
 
22角は、12玉、24桂、同飛、13角成、11玉で逃れ。

 半期賞受賞作。
 解答者36名のうち無解者24名だったそうです。駒取りが多いので、難しいですね。
 銀が品切れになっているので合駒制限かと思いましたが、
23銀合でも詰むので、51銀は51金にしたいところながら、それでは14龍、22玉、13角、32玉、34龍、33飛合、31角成、同玉、33龍、32銀、23桂、41玉、31飛、52玉、51飛成、同玉、53龍以下の余詰になるのでした。51銀だと53龍に61玉で助かっています。
 55歩は、初手から24桂、23玉、22角成、同玉、66角以下の余詰防止駒です。



 なお、作者は飛打に角合とする筋を以前にもつくっていて、執着があったのかもしれません。

「詰将棋パラダイス」1959年11月

Para54604417_2

73銀成、71玉、82金、同龍、同成銀、同玉、93龍、同玉、75馬、同歩、
73飛、83角合、94銀、同玉、86桂、84玉、74金、同角、同飛成、93玉、
73龍、83飛合、82角、92玉、93歩、81玉、71角成、91玉、92歩成、同玉、
83龍、同玉、93飛、84玉、94飛成、73玉、74龍
まで37手詰

 作者には、玉方持駒(歩7枚)のある準煙詰(攻方22歩が残る)、433手の長手数作などもありますが、ここで紹介する作品ではないと思いましたので悪しからず。

2014年11月 5日 (水)

「将棋世界」好作集

 戦前の「将棋世界」好作集です。
 同誌は1937年10月創刊です。1945年1月まで発行され休刊。戦後は46年6月に復刊しました。
 創刊号の次月には早くも「詰将棋愛読者作品」が掲載されています。
 現在の詰将棋サロンは17手までですが、当時は100手を超える作品も出題されています。

 雑誌の性格上、プロ棋士の作品が多く見受けられますが、アマチュアの作品しか目を通していません。

米田真隆作1938年7月

0058

95金、83玉、92角、同玉、93角成、同玉、84銀、92玉、93歩、81玉、
73桂、同銀、72銀、91玉、83桂、同歩、92歩成、同玉、83銀右成、81玉、
72成銀、91玉、92歩、同玉、83銀成、91玉、82成銀右、同銀、92歩、81玉、
72と
まで31手詰

 
83銀右生も可。非限定。
 
83銀生も可。非限定。

 作者の発表作は世界誌のこの一局のみ。
 この作品の面白いところは72成銀(83銀右生のときは72銀成)と成ってしまうところ。不成だと打歩詰、成だと打歩にならないというわけで、銀はこういうことが生じるのですね。
 非限定が二箇所もあるので損をしていますが、序奏もうまく、なかなかの出来だと思います。



杉本兼秋作1939年1月

0216

12香、同玉、24桂、同銀、13歩成、同銀、24桂、同銀、23銀、13玉、
14銀成、12玉、23成銀、11玉、22と、同香、12歩、21玉、32角成
まで19手詰

 この図は一度紹介しましたが、おそらく作者の代表作と言って良い作品です。
 二歩禁を解消するために歩を成り捨てておくのですが、これが取れる駒を取らない手にもなっているのでトリッキーに見えます。



太田賢二作1941年12月

0711

32銀、同金、12金、31玉、42銀、同金、22金、41玉、32銀、51玉、
62銀、52玉、53歩、同金、51銀成、同玉、41銀成、同玉、32金、51玉、
42金
まで21手詰

 作者は世界誌のみ三局発表。
 12に打った金が42まで動く(最終手は42飛成でなく金でしょう)。
 難しさはありませんが、ユーモアがあります。



三好鉄夫作1942年7月

0798

84桂、同歩、74角、82玉、83角上成、71玉、81角成、同玉、73桂打、71玉、
61桂成、同龍、81飛、同玉、73桂左生、71玉、61桂成、同銀、81飛、同玉、
73桂生、71玉、61桂成、81玉、82銀
まで25手詰

 
82玉は、73角、71玉、81角成、同玉、82角成、同玉、73桂右成以下。
 
同銀は、72飛、同銀、同馬、同玉、73桂左成、61玉、62銀、52玉、53桂成まで。

 作者の雑誌初登場作。
 73桂、71玉、61桂成を三回繰り返すのが面白い。桂の順番も限定されています。
 特に二枚の桂を動かさずに73桂打から始めるのが巧妙。73桂右生からだと、53への利きがなくなり、73桂左生からでは61桂成を同銀と応じられて詰みません。
 これは好作というより秀作。



加藤玄夫作
1942年11月

0842

92飛、71玉、93角、同金、81金、同玉、82銀、92玉、93銀成、同玉、
83金
まで11手詰

 この本名より、有田辰次の筆名の方が有名ですね。
 県代表にもなった指将棋の強豪で、東京の全国大会で、上田吉一氏も強豪と思われていたのか、将棋を指しましょうと盤の向かい側に座られて困ったという話です(上田さん曰く、創棋会では柴田さんとどちらが弱いかというくらい弱い)。
 この当時は奨励会員でしょうか。
 狭いところでの大駒は使いにくいもので、71金~82銀は指し難い雰囲気があると思います。



大井美好作1943年10月

0956

43金、同玉、55桂、同歩、54角、53玉、43金、62玉、52金、同金、
63金、51玉、52金、同玉、63角成、43玉、54馬、52玉、63銀成、41玉、
32金、51玉、42金、同玉、53馬、32玉、14角、22玉、23銀成、11玉、
44馬、33桂打、12成銀、同玉、34馬、22玉、23角成、31玉、32歩、41玉、
52馬
まで41手詰

 
52金も可。非限定。

 戦前から1980年代まで長く活躍した人です。合駒を交えて切れそうで切れない中篇を得意にした作家で、山田修司氏の「名局リバイバル」でも「近代に至って開発された詰棋の新しいジャンル」であり「この型の作品のパイオニア」と高く評価されています。
 序奏から小気味のいい手が続き、桂合を余儀なくさせてしれっと歩を掠め取るあたりは皮肉な手順。
 全体として一つの妙手順というべきで、この時期の作品としては出色の出来と思います。



大沼和夫作1944年7月

1034

92金、同玉、81銀、82玉、72銀成、同金、92金、同玉、81銀、82玉、
72銀成、同玉、71金、82玉、62龍
まで15手詰

 作者は世界誌のみに二局発表。
 92金、81銀、72銀成を二回繰り返しているだけですが、何とも憎めない作品。
 簡潔で無駄がない構図も買えます。



相馬夢龍作1944年8月

1039

14桂、同歩、23飛生、11玉、12歩、同玉、13歩、11玉、22飛成、同玉、
23歩成、11玉、12歩成
まで13手詰

 一見して、また歩不成かと思いますが飛で行くところが妙な感じ。良い作品なのかそうでないのかよく分かりませんが、私は面白く感じました。



三好鉄夫作1944年11月

1069

83桂、同歩、92歩、同玉、84桂、91玉、92桂成、同玉、84角成、82玉、
92飛成、71玉、63桂、同飛生、81龍、同玉、63角成、同香、82歩、同玉、
74桂、81玉、91飛、同玉、73馬、92玉、82馬
まで27手詰

 
同飛成は、72歩、同龍、同飛、同玉、83馬以下。

 『三百人一局集』掲載作。
 打歩詰をめぐる攻防で、簡潔にできています。収束までまったく渋滞するところがありません。
 作者の代表作と思いましたが、
94桂、71玉、72歩、同玉、83馬、71玉、82桂成、62玉、67飛、53玉、52角成、同玉、61馬、41玉、44香、43歩合、42飛、同玉、43馬、31玉、61飛成、22玉、21龍、13玉、14歩以下の余詰がありました。
 修正は67飛→68飛で。



青木一博作1944年11月

1076

44角、13玉、33飛、14玉、23飛成、同玉、33角成、14玉、15金、13玉、
24金、12玉、23金、21玉、11馬、同玉、12歩、21玉、33桂
まで19手詰

 
32玉は、33金、41玉、71飛、52玉(41金合は同飛、同玉、52金以下)72飛成、41玉、53桂以下。

 作者は世界誌のみに四局発表。
 スカスカなので、詰めにくい。44角の限定打から33飛はダンゴになって上部に逃しそうですが、23飛成と活用して解決。最後は桂の打ち場所まで限定されているのは出来過ぎの感があります。




2014年10月24日 (金)

高田公城全作品

 作者は、「将棋月報」のみに6局発表した作家です。活躍期間はほぼ一年だけ。当時、函館在住で解答もしていたようです。
 全部紹介します。


1941年10月

3388

43桂、同香、41金、同玉、32銀、同馬、51龍、同玉、52歩成
まで9手詰

 易しい小品ですが、オール捨駒で気持ちの良い作品です。



1942年3月

3513

68銀、同銀生、88銀、同玉、99金、同飛成、98飛、同玉、89金、97玉、
96金、同玉、86金、97玉、96金、同玉、85馬、97玉、86馬
まで19手詰

 
68同銀成は、88銀、同玉、99金、同飛成、98飛、同玉、89金、97玉のとき、作意96金の他、88金、98金など他の詰方も生じます。しかし、これらも最短19手で駒余らずになりますので、銀生を主張できない(銀成でも正解)のが残念。

 「歩無し作品」という条件の応募作品。
 角が邪魔ですが、これを消去するのは無理そうなので、98玉、89角の形にするほかはなく、99金から98飛が肝要なところで、単に98飛は79玉で詰みません。



1942年3月

3543

82香成、同玉、94桂、
同歩、83飛生、91玉、92歩、同玉、81角成、同馬、
93飛成、同玉、83と
まで13手詰

 
91玉は、92歩、同玉、93飛成、同馬、83と、91玉、92歩、同馬、同と、同玉、83角成、81玉、82桂成まで17手駒余り。93飛成のところ、83とや83角成などの詰め方もありますが、どうしても17手かかるうえに手順も冴えません。

 使用駒制限コンクール応募作。
 データベースの手順は
91玉以下駒余らずの17手なのですが、おそらく13手詰が作意で、4手変長になるのは作者の思い違いがあったのかも知れません。



1942年8月

3724

76桂、
同歩、83飛、94玉、86桂、同金、85飛成、同玉、74角、84玉、
83角成、85玉、74馬、94玉、85銀、同金、83馬
まで17手詰

 
93玉は、83飛から86桂。
 
73玉は、64銀、62玉、53角、72玉、73飛、61玉、63飛成、51玉、62龍、41玉、42龍まで13手。

 金がないので、苦労する。この詰将棋のことでもあり、人生のことでもある。(というようなことを、むかし野口益雄氏が将棋世界のサロン作品の解説に書いていました)
 持駒に桂があったら打ってみるのは常道ですが、この作品の場合はやりにくい。桂を捨てた効果は74角と打ったときにあらわれます。退路を開けてしまうようでいて、実は退路塞ぎだったのです。
 以下の捌きも良く、好作です。



1942年9月

3745

51香成、同玉、52歩成、同玉、54龍、61玉、63龍、51玉、53龍、61玉、
64龍、51玉、52歩、同玉、55龍、61玉、66龍、51玉、52歩、同玉、
57龍、61玉、68龍、51玉、52歩、同玉、57龍、61玉、66龍、51玉、
52歩、同玉、55龍、61玉、64龍、51玉、53龍、61玉、63龍、51玉、
42馬、同玉、34桂、同歩、24角、31玉、32歩、21玉、22歩、同玉、
33角生、21玉、22歩、32玉、52龍、31玉、42龍
まで57手詰

 縦型の龍鋸です。目的は68歩を消して角を世に出すため。
 「本欄で紹介した作品群と異なり、縦型の一歩消費型の龍ノコである。独特のサイクルであるが、作品数の多い横型より発表が早いのが興味深いところ。歩を損しながら68歩の質駒を取りに行く構造も(意味付けは単純だが)オリジナルだし、収束手順も(やや荒っぽいが)打歩打開を絡めている。殆ど先行作の存在しない時期の発表であることを考えれば、埋もれていたのが不思議なくらいである」(護堂浩之「木挽唄集(四)」「詰棋めいと」23号より)

 この時点で縦型龍鋸は、
 ①大橋虚士作「将棋月報」1942年5月
 ②広瀬善一作「将棋月報」1942年7月
 ③岡田秋葭作「将棋月報」1942年7月
くらいしかありませんでした。この月の「将棋月報」に岡田秋葭作(7月号とは別の作品)とともに「鋸引二題」として発表されたもののようです。

 護堂氏の言に尽きていますが、完全作なら相当の作品。
 しかし至るところで余詰がありました。
 
53歩、51玉、63桂、62玉、52歩成、同玉、53龍以下。
 
44桂、同歩、53角成、51玉、52歩、41玉、44龍以下。
 
53馬、51玉、52歩、41玉、42歩、31玉、32歩、同玉、43馬、同玉、44と、32玉、24桂、21玉、22歩、31玉、32歩、22玉、33と、21玉、31歩成以下。
 
53歩から63桂と打つ順はその後もあらわれますので、これはちょっと直せません。



1942年11月

3812

12歩、同玉、
24桂、同歩、13歩、同玉、25桂、同歩、14歩、同玉、
23銀生、同玉、32銀左生、12玉、13歩、同玉、24銀成、同玉、34と、14玉、
26桂、同歩、23銀生、13玉、25桂
まで25手詰

 
13歩は、同玉なら25桂で簡単ですが、11玉で逃れ。

 歩をだんだん吊り上げて、25桂を打つスペースをつくる狙いです。
 持駒もあっさりしており、感触の良い手が続く秀作。




2014年10月23日 (木)

「将棋日本」好作集

 「将棋日本」は、1934年10月に創刊され、1939年10月まで60号発行されたようです。
 「将棋月報」と違い古図式の紹介が非常に少なく、当時のプロ棋士の作品が多いのが特徴です。
 「将棋日本」を代表する作家は間違いなく中山修一(月報には一局も発表無し)だと思いますが、既に好作集をまとめていますので、それ以外の作家の作品を紹介します。


水谷正一作1935年8月

0062

14銀、同馬、同龍、同玉、23角、25玉、34角生、14玉、23角生、25玉、
43馬、24玉、34角成、14玉、15歩、同玉、16歩、14玉、32馬
まで19手詰

 作者は同誌のみ二局発表。

 いきなりの駒取りは今一つですが、角不成の往復から馬の連結。解くのはごく易しいのですが、無駄なく詰み上がって好印象。



野口平太郎作1935年9月

0066

23飛、12玉、22飛成、同玉、23銀、同玉、34銀、22玉、23銀打、13玉、
12銀成、同玉、23金
まで13手詰

 作者は、同誌に17局発表。

 
同角は、23銀、同玉、34銀、24玉、15銀、同と、23金まで11手。
 
33玉は、34銀上、42玉、43銀打、51玉、52金まで11手。

 ここにも代用手筋がありました。
 23金、同玉で玉を引っ張り出すのは簡単ですが、23玉の形で持駒飛銀銀では詰まないが、持駒金銀なら詰む。そこで、飛+銀で金の代用というわけです。
 変化もきれいに割り切れて、これは秀作。



伊藤由藏作1936年1月

0094

85桂、同角、65桂、同香、74歩、同角、63角成、同玉、64金
まで9手詰

 作者の同誌発表作は5局。他に月報や将棋世界にも発表しています。

 いわゆるスイッチバック。4手目同香に限定するために角を動かしてまた戻す。明快ですね。



村山信二郎作1936年3月

0104

44銀打、46玉、35銀、55玉、44銀左生、64玉、65香、同玉、66歩、64玉、
53銀生、55玉、44銀右、46玉、47金、同玉、58金、46玉、35銀、55玉、
44銀左生、64玉、65歩、同玉、69飛、同と、66歩、64玉、53銀生、55玉、
44銀右、46玉、47歩、36玉、25龍、27玉、16龍、38玉、48金、同玉、
49金、47玉、48銀、46玉、35銀、55玉、44銀左生、64玉、63馬、同玉、
13龍、52玉、53龍、61玉、65香、71玉、51龍、82玉、94桂、同歩、
91角、93玉、83桂成、同玉、81龍、74玉、72龍、85玉、75龍、同玉、
64角成、85玉、86歩、同金、同馬、74玉、64馬、83玉、82金、93玉、
94香、同玉、95歩、85玉、86馬、74玉、75香
まで87手詰

 作者は同誌のみ12局発表。

 「将棋日本」の最長手数作。銀知恵の輪です。
 
47金~58金は6筋を開けて飛車を動かすため。この飛車がいなくなれば47歩と打てます。
 
35同玉は、25龍、46玉、47銀、同玉、45龍以下。
 終盤まで快調な足取りでしたが、
86香、同金、74龍、同玉、86桂、83玉、73金で余詰。これは悔やまれます。
 作意を生かす方向で考えてみましたが、難物です。余詰筋77手詰の完全作にするのは簡単なのですが。



長谷川房雄作1936年3月

Nihon0106

31銀、同玉、32銀、同玉、42金、同金、44桂、33玉、22角、同玉、
32金、同金、同桂成、同玉、43金、22玉、31角、同玉、32金打
まで19手詰

 
同玉は、51角、31玉、32金、同玉、44桂、同金、41銀生、22玉、31角以下17手。

 作者は同誌に5局発表しています。

 これもまた代用手筋。持駒はどっさりありますが、金を一枚でも捨てると詰まなくなります。そこで32金で良さそうなところを銀二枚捨てて金の代わりにしているのです。



伊藤由藏作1936年6月

0127_2

76桂、同銀、94金、同金、93角、同金、94角成、73玉、72馬、64玉、
65金
まで11手詰

 初手は最終手を成立させるための伏線。とりあえず打ってみるのが弱いところですが。
 3手目、93角は同香で、そこで94金でも同香で逃れ。94金と呼んでおいて(同香は93角以下)の93角なら同香と取る手はなく、金をどけておいて角の空成りが痛快な一手。
 同金と取る作意の方が引き締まっていたとは思いますが…。



浜田棋好作1936年12月

0172

49銀、68玉、59銀、78玉、79銀、69玉、58銀直、59玉、88銀、68玉、
69銀、59玉、78銀、68玉、77銀直、同馬、同銀、78玉、69角
まで19手詰

 この名前での発表はこの作のみ。おそらくペンネームですが、他の名前は分かりません。

 これは初形からしてかなり変わっています。
 玉が銀の影に隠れないようにしながら攻めるのが肝要。二度の銀ソッポも良く、馬を取った後、角一発で詰み上がるので嫌らしさがありません。良い作品ですね。



竹内久祐作1937年2月

0186

26金、同玉、25金、16玉、28桂、同と、15金、26玉、16金、同玉、
17歩、26玉、36龍、15玉、16龍
まで15手詰

 作者は同誌に7局発表。このうち27手詰が『古今中編詰将棋名作選』に掲載されています。

 初手は焦点打。これで守備駒の利きを無力化します。
 ここから打った金が邪魔駒になるのがうまく、棋形も簡潔。現在でも通用する作品だと思います。

2014年10月21日 (火)

横田進一好作集

 作者は1938年生まれ、1971年没。発表作は46局(必至1局含む)。完全作は32局と思われます(必至図は不明)。
 4局の煙詰(1局は不完全)、七種合(不完全)など条件作とともに超短篇も得意にした作家です。
 煙詰を論評しようにも知識がないので(実は関心がない)、その他の好作について紹介します。


「詰将棋パラダイス」1962年9月

Para61651273

23飛、34玉、24飛生、45玉、25飛、34玉、23飛成、35玉、36歩、45玉、
25龍、同桂、46歩、34玉、35歩、同玉、24角成
まで17手詰

 飛車を成らせて打歩詰に誘う狙いです。
 この手筋の第一号局は、私の確認した限りでは 『将棋龍光』第24番です。
 なお、14歩はどう見ても不要駒です。



「詰将棋パラダイス」1963年5月

Para61651860

14歩、同玉、44龍、34飛合、25金、13玉、14歩、22玉、21角成、同玉、
32と、同飛、同銀成、同玉、33飛、22玉、13歩成、同玉、14金、22玉、
13金、同玉、25桂、22玉、32飛成、同玉、33龍、21玉、13桂生
まで29手詰

 龍のソッポ行き。
 
44同馬は、25金、13玉、14歩、22玉、21角成以下。34飛合は後の32と(銀成)を取る意味ですが、打った金が邪魔駒になっているのがうまいところです。
 このソッポ行きには、打歩を回避するだけでなく同馬と取らせて退路を塞いでおく狙いもあるので、純度の点でやや問題。
 駒配置の意味は二重三重に、着手の意味は単一に、とはよく言われるところです。



「詰将棋パラダイス」1963年10月

Para61652148_2

43飛、58玉、53飛成、同馬、38飛、同馬、59金
まで7手詰

 半期賞受賞作。
 飛を成り捨てて、38飛が味の良い捨駒。
 現代風の作品で、『古今短編詰将棋名作選』にも掲載されていますが、この図には余詰がありました。
 
59金、同馬、同銀、67玉、94角、85桂合、同角、76香合、68飛、77玉、47飛成、86玉、97龍、85玉、94角、74玉、86桂、84玉、 83角成、同玉、63飛成、73角合、94龍、82玉、74桂、81玉、83龍、82歩合、72龍右、91玉、82桂成、同角、同龍まで35手。

 修正を考えているうちに配置の意味はすべて分かりましたが、攻方67歩の代わりに玉方76とと置くのが最良かなと思います。



「詰将棋パラダイス」1963年12月

Para61652287


39金、同玉、37金、29玉、39馬、同玉、48飛成、同玉、38飛
まで9手詰

 今度はソッポ金です。
 
28飛は、同玉、46馬、27玉、28金、16玉、13飛成、25玉で逃れ。
 
39金は、28玉、39馬、27玉で逃れ。
 
28玉は、38飛、17玉、13飛成、16合、39馬まで同手数駒余り。



 この作品を見て、次の図を思い出しました。
 龍捨て、飛打ちの箇所が同じだけですが。

七條兼三「人間賛歌」1977年9月

0003

35龍、16玉、15金、17玉、26龍、同玉、16飛
まで7手詰



「詰将棋パラダイス」1964年12月

Para61653166

52飛生、
42桂合、23銀、同飛生、42飛生、11玉、12歩、21玉、31と、同玉、
41飛成、22玉、11龍、32玉、42歩成、同玉、41龍、同玉、23角成、32銀、
53桂、42玉、44飛、43歩合、41桂成、同銀、54桂、31玉、41馬、21玉、
24飛、同角、32銀、12玉、23銀成、11玉、13香生、同角、12歩、21玉、
32馬
まで41手詰

 初手、23銀成から入ると、同飛成、52飛生、11玉で逃れ。
 先に52飛生なら、11玉に、12歩、21玉、31と、同玉、42歩成以下。そこで42桂合の目くらまし。
42歩合なら、23銀、同飛生、42飛生、11玉、12歩、21玉、31と、同玉、41飛成、22玉、11龍、32玉、42歩成、同玉、41龍、同玉、23角成、32銀合、42歩、31玉、51飛、42玉、52飛成以下27手で詰みます。
 
23同飛成は、42飛成、11玉、12歩、21玉、31とまで。不成なら不成でというわけで、双方不成です。23同飛成には42飛成でも42飛不成でも、24桂でも詰みます。
 42飛成は、32歩合で逃れ。
 43香合は、41桂成、同銀、同馬以下詰むが長手数になる。43桂合は作意と同じ順でしか詰まない。
 
41桂成は、同銀、同馬、同玉、43飛成、31玉で逃れ。
 最後に香が働いて、無難な仕上がりでした。



「詰将棋パラダイス」1965年1月

Para61653229

27金、46玉、36金、同玉、33飛、同馬、35馬、37玉、39飛、28玉、
17馬、同と、29金
まで13手詰


 『四百人一局集』掲載作。
 一見して、17金が邪魔駒とはとても思えません。
 
34飛は、46玉、35馬、56玉、67金、65玉で逃れ。玉方63桂は質駒の意味ではなく、この紛れに備えたものです。
 
57玉は、59飛、68玉、86馬、77合、69飛打、78玉、89金まで11手。
 
46玉は、35馬、56玉、67金、65玉、65飛成、64合、75飛まで。
 
37玉は、27飛、38玉、57馬、33馬、39金まで。惜しいことに変化同手数です。しかし他にもいろいろな詰め方があるので、作意を推定するのは容易だと思います。



「詰将棋パラダイス」1969年12月

Para66704356

45飛、同香、46飛、同香、58馬、同玉、59金
まで7手詰

 
46飛と一枚省略するのは、37玉で逃れ。
 
37玉は、48金、46玉、45馬まで同手数駒余り。

 飛車の連続捨駒。意味付けが明快なのが良い。



「詰将棋パラダイス」1971年12月

Para71751187

12歩成、同歩、22歩、同玉、44角成、23玉、33馬、14玉、13桂成、同歩、
16龍、同桂、15金
まで13手詰

 初手は邪魔駒消去。何となく薄味で淡々と進みますが、
16龍と手順前後すると15香合、13桂成、同玉、15龍、14飛合で詰まないのがミソです。



より以前の記事一覧

サイト内全文検索

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ