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2017年7月22日 (土)

江戸文芸に見る「将棋」その6

 いささか、看板に偽りがあることになるが、室町時代の俳諧書に「将棋」を見つけた。

『竹馬狂吟集』(作者不明 序文は1499年の日付 写本であり孤本 天理図書館蔵)
巻第九

馬の上にて稚児と契れり
山寺の将棋の盤をかり枕

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(『新潮日本古典集成 第七七回 竹馬狂吟集 新撰犬筑波集』1988年1月 新潮社)

 上掲書は現行の漢字に直しているので、「将棋」は原本では違っているはずである。「將棊」かと予想して影印本(「天理図書館善本叢書」第二十二巻『古俳諧集』1974年11月 八木書店)を見てみると、

    むまのうへにてちこと契れり
山てらのしやうきのはんをかり枕

と読め、「將棊」ではなかった。


『醒睡笑』(安楽庵策伝 1628年成立ヵ)

巻之一
謂被謂物之由来(いへはいはるゝものゝゆらい)

一 信長公、諸大名をよせ給ひ、馬ぞろへあそはし、おもひおもひの出立、はなやかなりし風情にて、きらをみかき、あたりをかゝやかせば、いにしへも、ためしまれなる事と、沙汰しあえり、即、主上も簾中より叡覧なされし
 金銀をつかひすてたる馬そろへ将棋に似たる王の見物


巻之二
名津希親方

一 又東堂にむかひ、それかし、若年より心にかけ、碁、将棋、連歌、弓法の道を心得て候まゝ、その旨を工夫ありて、斎名(さいみん)をあたへたまへとこふ、僧ほめて、人に一徳ある事まれなり、それならは、唯、四徳斎といはん
 
いやな斎名の

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 なぜ「いやな斎名」なのか、四五日考えた。

佐保姫の春立ちながら尿(しと)をして 『犬筑波集』
蚤虱馬の尿する枕もと 『おくの細道』

 四徳斎=尿(しと)臭いである。「しとく さい」と読んでいたために「しと くさい」になかなか思い至らなかったのである。


巻之三
不文字

一 京都四条の河原にて、将棋の馬をひろひたる者あり、何ともしらで、主に見せたれば、是はすごろくの碁いしといふ物也


巻之四
そてない合点

一 上手の碁が、今朝、めし過より八つさかりになるが、いまだ二番はてぬと、いふをきゝて、それは逆馬になつた物であらう、はてまいぞ、雄長老、

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 いずれも『假名草子集成』第四十三卷(2008年4月 東京堂出版)。
 単に「将棋」の文字が出てくるというだけで、面白味はなかった。


『新増犬筑波集』(松永貞徳編 1643年刊)

   一二一二ともじぞみえける
おりはうつさいに将棋の馬をして

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(『古典俳文学大系」1 貞門俳諧集一』(1970年11月 集英社)

 「おりはうつ」が何なのか知らないと難しい。盤双六とは別に、折羽双六というものがあって、双方12枚の駒を置き、竹筒に入れた賽を振って、出た目の数で相手の駒を早く取るきることを競うのだそうである。
 俳諧に出てくる双六はほとんど一対一の勝負である盤双六で、絵双六ではないようだ。


『時勢粧』(いまようすがた)(松江重頼編 1672年刊)

        螺鈿の軸も猶古草紙 維舟
碁将棋も向ふ徒然のひぐらしに
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(『古典俳文学大系2 貞門俳諧集二』(1971年3月 集英社)


『大阪獨吟集』(1675年刊)

夕日影ゆびさす事もなるまいぞ 三昌
    雲のはたてにはづす両馬

---
(『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』(1991年5月 岩波書店)

 上掲書の註に
「ゆびさす」を指でさす意に取成し、飛車・角行の両馬外しの将棋を付けた
とある。
 相手がヘボなので、二枚落ちにしたのである。

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