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2017年4月の2件の記事

2017年4月 2日 (日)

忘れられた論客 その20

 杉本兼秋は1943年6月号から9月号まで「福泉藤吉撰 將棋新選圖式」を解説している(第40番まで)。いったん5月号で有馬康晴が第10番まで解説したのだが、6月号に「都合により本號より杉本氏の解説として改めて發表致します一部故岡田秋葭君の協力によって完成された物である事を記しておきます ありま」とある。

 月報1944年1月号に「日本詰將棋作家協會設立要項」が発表された。
 杉本兼秋の功績の一つであろう。

第一條 本會設立ノ目的ハ發表圖ノ統合ト其ノ配給網ヲ確立シ斯道ノ向上普及ヲ圖ルニアリ

に始まり第三十條まである。その中で

第十四條 現在一ケ年ヲ通ジ一作品以上ノ詰圖ヲ創作シアルモノニシテ入會申込或ハ理事長並理事ノ推薦ニ依リ會長之ヲ認メタル場合本會會員トナス
新會員ノ氏名ハ其ノ都度發表ス

という規定が目を惹いた。
 作家協会といっても、著作権を守るというような団体ではなく、月報への作品発表がスムーズに行われることに主眼がある。いわば月報内組織である。このため「作圖選定部」「
作圖檢討部」「作圖發表部」「作圖指導部」を設置するとなっている。
 また、付則として「褒賞規定」「解答規定」「作品應募規定」がある。
 これに続いて

---
日本詰將棋作家協會第一期役員

名譽會長 阿部吉藏
會  長  有馬康晴
理 事 長  杉本兼秋
理  事  岩木錦太郎
       大橋虚士
       吉田一歩
       内藤武雄
       小林豊
       佐賀聖一
       澤田和佐(イロハ順)
顧  問  前田三桂、松井雪山
       櫻井蘇月、宮本弓彦

各部擔當
選定部 杉本兼秋
檢討部 當分の間理事兼任
發表部 一部 小林豊   二部 佐賀聖一
       三部 吉田一歩 四部 岩木錦太郎
       五部 澤田和佐
指導部 有馬康晴(但し病氣中理事長兼任)

役員新任の辭

名譽會長 阿部吉藏
今回杉本氏の御骨折により前記の如く萬全なる内容は詰將棋界に一新機軸を齎らす誘因であります。その勞を謝すと共に私の兎角役員諸氏に及ばぬものを痛感し、今後の努力發展に努めますれば讀者諸彦の一層の御協力と御鞭撻とを願ひ詰將棋の發達を祈るものです。

會長 有馬康晴
病氣中

理事長 杉本兼秋
大東亞戰第三年目の新春を迎ふるにあたり昨春以來懸案の日本詰將棋作家協會が愈設立の運びとなりました事は御同慶の至りに存じます 諸氏の御推薦により不肖若輩の身を以つて非力をも顧みず理事長と云ふ重責をお引受け致しましたが淺學菲才果して此の重責を全ふ(ママ)出來るか否か甚だ疑問でありますが有馬會長はじめ理事諸氏會員各位の御指導御鞭撻を幾重にもお願ひ申上げ諸氏の御期待に副ひ得る様努力を續ける覺悟で御座ゐます
詰協發足に當り一言御挨拶申上げます

理事 岩木錦太郎
 有馬杉本兩大家の御努力に依つて詰協も愈々其の第一歩を踏み出すに至つた。邦家の爲め誠に祝福すべき事である。
 昇る陽は大きい。──流石に杉本兄が御骨折だけあつて、會長以下一騎當千實力所の網羅。我等をして、これなら詰協も不朽不易、先づ先づ今後の發展疑ひ無しの感を大いに懐かせる。
 詰將棋が決戰下の娯樂として最も愼ましやかなものである事は今更論ずるまでも無いが、我々は生産戰に勝ち抜く爲、而して其の原動力を蓄へる爲め、大いに詰將棋を利用していいと思ふ。
 幸ひ同好諸氏の御援助に依り、一日も早く、詰協が確固不動の礎を築かん事を希ふと共に、微力乍ら私も何かと御役に立ち度いと思つてゐる。

理事 吉田一歩
帝國が歴史上かつて未だ他にその類を見ざる超大戰爭の真つ只中に有つて
戰支那事變七度目大東亞戰三度目の新年を迎え(ママ)られたる事は何んと云ふ幸せ誠に感謝に堪えません此れに過る喜びは有りません誌友皆様と共に心から御祝申上ます 此の事實と並んで日本作家協會が誕生致しましたるは詰棋界にとり近頃の大快事で有ります
設立に御奮闘下さつた先輩諸兄に厚く御禮申上ると共に誌友諸兄に手前淺學非力にて厚顔乍ら三部を受持ち努力致しますれば何卒御教示御後援の程を切に御願ひ申上ます

不鮮明なため判読できない

理事 小林豊
 此の度杉本兼秋氏のお骨折に依り茲に多年懸案の「詰將棋協會」設立の運びと相成り私も同人の一人として微力を盡す事となりました
 顧みれば昨年十月本誌月例詰棋欄の擔當者たる里見義舜先生が突然御退陣致され月報名物の詰棋欄も遂に後任者なきため終熄を告ぐるかと思はれました、主幹初め有馬康晴氏も此の傳統と光輝ある詰棋欄の消滅を憂へ巳むなく「詰協」同人にて之が繼續を引受ける事となりました「詰協」の微力が些かにても本誌詰棋欄の進歩發展に寄與する事を得ば私達同人望外の喜びとする所です
 「詰協」發足に當り一言御挨拶を申上げ、切に讀者誌友の御指導と御協力をお願ひする次第です

理事 佐賀聖一
待望の詰將棋作家協會が設立され、私も其の役員の一人に選ばれましたがはたして若輩者の私に其の資格が有るかと云ふ事は甚だ疑問です。が、例の如き圖々しさを以てとにかくお引受致しました。どうかよろしくお願ひします。

理事 澤田和佐
 決戰下第三年目の新春に當り待望の詰將棋作家協會が結成されました事は我等詰將棋人として此の上無き喜びであります。此詰棋隣組に於ける第五部と言ふ一世帶主として不肖小生が選ばれましたる事は何よりの名譽な事であり、又一方果して鈍骨良く一家を背負つて家長としての責任を全う出來るかと不安にも思ひます 併し一度お引受けしたからには粉骨碎身懸命の努力を盡して家族たる第五部黨の誌友諸兄の御期待に應へん覺悟であります
 何卒がつちりと手を組んで第五部發展へ邁進出來ます様御後援御指導を切にお願ひ申し上げます
(イロハ順)
---

 第五部は1943年2月新設。当初の担当は南出岩樹。9月号に選者交代の記事がある。南出による紹介文には「氏は眞に詰將棋に對する熱深く所謂名實共の大家であります」とある。澤田和佐は回文になっていることから筆名かもしれないが、正体不明である。
 岩木錦太郎の文章が最も熱がこもっているように思えるが、岩木は「詰將棋作家協會」設立について何度か書いていたのである。
 2月号で月報は廃刊し、この設立はまぼろしに終わることになる。

2017年4月 1日 (土)

加藤文卓の「圖巧解説」その24

月報1928年12月号

圖巧解説
二峰生

前號九九生としたのは二峰生の誤りでしたから茲に訂正します

第六十五番

0065

93飛成、89玉、98龍、79玉、78金、69玉、68金、59玉、58金左、49玉、
48金、同馬、58銀、39玉、49金、同馬、38金、同玉、49銀、37玉、
38銀、同と、49桂、同と、38龍、同玉、83角、48玉、47角成、59玉、
58馬也(31手詰)


變化
48同馬の所同桂成ならば
58銀、39玉、49金打、同成桂、38金、同玉、47銀迄

38同との所同龍ならば
同龍、同玉、83角、49玉、39飛也


第六十六番

0066

38銀、18玉、19香、同玉、82角、同歩、29飛、18玉、81馬、27歩、
19歩、17玉、27馬、同桂成、同飛、16玉、28桂、15玉、17飛、24玉、
14飛、同玉、25金、13玉、12と、同玉、22歩成、同銀、23金、同銀、
同銀成、同玉、24歩、33玉、43金、22玉、32と、11玉、22銀、12玉、
23歩成、同玉、33金、12玉、11銀成、13玉、12成銀、同玉、22と、13玉、
23金也(51手詰)


變化
18玉の所39玉ならば
48角、同玉、47馬、59玉、69飛也

82同歩の所
(一)同飛ならば同馬、同歩、29飛、18玉、19飛打也
(二)46歩間ならば29飛、18玉、81馬、27歩間、19歩、17玉、27馬以下本文に合す
---

19歩、17玉、18香、同桂成、同歩、同玉、16飛、17歩合、29銀、27玉、38角、37玉、47馬まで。
 攻方16桂を追加することによりこの余詰はなくなります(駒場和男氏補正案)。


第六十七番

0067

78銀、同金、88金、同金、同飛、同玉、66馬、同金、89歩、同玉、
98銀、同玉、76角、同金、78龍、97玉、96金、同玉、76龍、95玉、
94金、同玉、74龍、93玉、92金、同玉、72龍、93玉、73龍、94玉、
74龍、95玉、75龍、96玉、76龍、97玉、77龍、98玉、78龍、97玉、
88銀、86玉、87香、95玉、75龍、94玉、84龍也(47手詰)


變化
78同金の所98玉ならば99歩にて容易に詰あり

66同金の所
(一)77歩間ならば78金()98玉、76角、同金、同馬にても容易に詰む
98玉の所97玉ならば
88銀、96玉、76龍、同金、97香
(二)77に他の間駒を打つも殆んど同手順にて詰む、例へば77金ならば78金、97玉、88銀、96玉、76龍、同金、97香、86玉、77金、同金、96金等の手順あり

76金の所89玉ならば
69龍、79銀間、99金、同玉、79龍也

以下の變化は容易なれば略す
---

 98銀も可。


第六十八番

0068

48銀、29玉、28金打、同馬、同金、同玉、19角、同歩成、29歩、同と、
18飛、27玉、28歩、同と、17飛、同成銀、36馬、同玉、25龍、46玉、
47歩、同桂成、55龍、36玉、26金、同玉、25龍也(27手詰)


變化
19同歩の所
(一)同玉ならば18飛、29玉、19飛、28玉、29歩、27玉、17飛上、同成銀、36馬、同玉、25龍以下本文に合す
(二)29玉ならば26龍、27歩、同飛、同桂、同龍、19玉、28銀、29玉、39銀也
此局終りに近く26金の所は25龍と直ちに廻りても詰にて多少遺憾の點あれども19角の妙手を以て歩詰を避くる所は甚だ面白し
---

 25龍、46玉、56金もある。


第六十九番

0069

78金打、同角成、同金、同馬、89金、同馬、88銀、同馬、77龍、同馬、
68角、同馬、89金也(13手詰)


變化
78同角成の所は78同馬、同金、同角成にても同様なり

89同馬の所ならば68玉ならば
78金()58玉、67角、同龍、同龍、49玉、59飛、同玉、68龍、49玉、27角にても詰む
58玉の所59玉ならば
77角、同龍、69金也

88同馬の所同歩成ならば
77龍、78間、57角、同龍、69金也


第七十番

0070

59金打、38玉、49銀、同龍、同金、同飛生、39歩、同飛成、49角、同龍、
28飛、39玉、29飛、38玉、39歩、37玉、28銀、同金、同馬、26玉、
37馬、同玉、38金、同龍、同歩、同玉、39飛打也(27手詰)


變化
49同龍の所37玉ならば
48角にて詰む

同飛不成の所
(一)同玉ならば59飛、38玉、39歩、37玉、28角、同金、同銀、同飛成、38金、同龍、同歩、同玉、39飛迄
(二)同飛成ならば28飛()37玉、38歩、同龍、同飛、同玉、39飛也
37玉の所39玉ならば
29飛、38玉、39歩、37玉、28角也

39同飛成の所同飛不成ならば
28飛、49玉、16馬、38間、59金の詰あり

49同龍の所37玉ならば
27飛、同金、同馬にて詰む


第七十一番

0071

此局はどの手順を以て正解本文と看做すべきかの取捨に迷ふのであるが、此所には次の如く記して置く。但原書記載の手順は誤りと思ふ

67龍、68銀間、59金、同成桂、58銀、同成桂、59金、同成桂、47角、58香間、
同龍、同成桂、同馬、78玉、56角、87玉、76馬、同玉、86飛、75玉、
67桂、64玉、84飛、63玉、55桂、52玉、34角、51玉、41歩成、同玉、
44飛、51玉、42飛成、同玉、43桂成、41玉、42香、51玉、52成桂也(39手詰)


變化
68銀間の所68香間にても全く本文と一致す

58香間の所
(一)58成桂ならば同龍、78玉、56角、87玉、65角、78玉、67馬にて詰む
(二)58銀間ならば同龍、同成桂、同馬以下本文に準じ終局に至り詰早し

87玉の所67桂間ならば
同馬()69玉、47角、58間、59飛、同玉、58馬也
※1
69玉の所87玉ならば
76馬、同玉、86飛にて本文に合す

※1この順は誤り。59飛、同銀成で詰まない。

52玉の所72玉ならば
83角成、81玉、82香、91玉、94飛

51玉の所43歩間ならば
同桂成、63玉、45角()54桂間、同角、同歩、67香()73玉、74歩、72玉、64桂、63玉、83飛成也
54桂間の所他の間駒にても難解とならず例へば、54香間ならば
同角、同歩、64歩、72玉、76香()61玉、71香成、同玉、76香、72間、82金、61玉、72金、51玉、81飛成
61玉の所73歩間ならば
同香不成、同玉、76香、74歩、同飛、83玉、73飛成、92玉、93歩の手順あり
73玉の所
(一)64間ならば83飛成、73間、75桂也
(二)72玉ならば64桂、63玉、83飛成、73間、52桂成、64間、53成桂迄

○變化の部は却つて本文より手數多く之を以て本文としたい様にも思はれるが前記54間に對し同角の所に53成桂と寄つても詰があるので此手順を本文とは看做し難い。
※2 此53成桂以下の詰手順は冗長を避ける爲め省きたいのであるが之を全然省いてしまつては變化ホの部を本文として取らないといふ理由を説かない事になるので次に簡單に其手順を記す

45角、54桂間、53成桂、同玉、54飛、イ63玉、75桂、72玉、74飛、61玉、
71飛成、52玉、62飛、43玉、34金、32玉、41歩成以下詰あり

※2 54香合のときは53成桂では詰まない。

變化
63玉の所
(一)43玉ならば35桂以下詰あり
(二)42玉ならば43歩、32玉、35香此時33間ならば52飛成にて詰み34間ならば同飛にて詰み43玉ならば55桂にて詰む

○此詰圖に對し原書には次の如く解答されてある
67龍、68銀間、59金、同成桂、58銀、同成桂、59金、同成桂、47角、58成桂、
同龍、78玉、56角、87玉、76馬、同玉、86飛、75玉、67桂、64玉、
84飛、63玉、55桂、52玉、34角、51玉、41歩成、同玉、44飛、42歩、
同飛、同玉、43桂成、41玉、42歩、51玉、52成桂也(37手詰)

但前記76馬の所變化の(二)に記した通り65角と指せば容易に詰む、又終局に於て51玉の所は43歩間にて詰無く42歩の所は51玉にて詰が無い

○將棋新報社編「名人詰將棋百番」の中小野名人の作として次の詰圖が掲載されてゐる之は明かに此圖巧七十一番の改作である

Photo

解答は前記を參照すれば容易なり、略す

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