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2017年3月の14件の記事

2017年3月26日 (日)

編輯後記

 月報の「編輯後記」は毎月掲載されていたわけではないが、当時の社会と月報をめぐる環境が窺われて興味深い。
 1925年3月号などはその最たるものである。

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□二月は余りに淋しいことの多い月でありました、それもこれも不景氣の影響とはいひながら斯うも物質が人間の精神を左右するものかと思ふて底知れぬ悲しみに打たれました、現代の社會にマルクスの思想が延蔓(ママ)しつゝあることは不思議の現象ではありませぬ。
□本誌の經営は非常に困難で毎月多大の欠損をしてゐることは屢々申上げたことでございますが一向に御同情下さる方が少く僅か一ヶ月二十錢や廿五錢の誌代さへも拂込んで下さらぬ方の澤山あるには閉口です。
□一年も二年も送本してゐるのに一錢の送金もせず集金郵便を百出せば八十迄は不拂で戻つて來る有様です、この儘で行けば當然破綻の悲運を見るより外ありませぬ、愚痴ぽい話ですが申さずに居られない状態を御推察下さい。
□私(露秋)が甲府に行つたとき要件の序に誌代を集金したことがあります、その節×××××といふ人は幾らにマケルかといふやうな事を申しました、商人といふものはそんなこと位いふのは普通のことでせうけれ共、愚直な私には腹が立つて涙さへ出るやうな思ひでした。
□三月、四月といへば大抵の國は花の咲く氣候です、陰鬱な冬を過ごして華やかな春を迎へるやうに本誌も現在の窮境を脱して軈(やが)て華やかな盛況の時代に到達することもありませう、それは偏へに讀者諸君の御力です。
□今月號は聊か頁數は少いやうですけれども内容は充實してゐると思ひます。(露)
讀者の中には不徳義な人があります、一昨年五月から送本して居るのに無料だと思ふて居たが有料ならお斷りだとか三十錢を拂込んで二ヶ年餘の誌代を拂はぬ人は足利市の××××や宮崎縣の×××××群馬縣の×××××など本月定まつたのが二百幾人八ヶ月以上の只讀したのは東京府下の×××××や山形縣の者で百幾十人もありました。
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 月報にマルクスが出てきたのは驚いた。
 この当時の誌代は25銭である。×××××は実名だが、差し障りがあるかも知れないので伏せ字にした。
 「余りに淋しいこと」が何をさしたものか判然としない。露秋は阿部露秋で、主筆という役職であったらしい(1925年1月号の名刺広告による)。阿部主幹とは別人。
 これに先立つ1924年12月号の「訪問旅行記」(編輯後記ではない)には「一昨年より昨年にかけ毎月百圓以上の欠損」があったと記されている。

2017年3月23日 (木)

加藤文卓の「圖巧解説」その23

月報1928年11月号

圖巧解説
九九生述

第六十一番

0061

79金、99玉、88金、同玉、97銀、同と、89銀、99玉、98銀、同玉、
76角、同銀、99銀、87玉、89龍、88桂成、98銀、同と、79桂、96玉、
98龍、同成桂、88桂、同成桂、97歩、85玉、94飛成、同玉、84と也(29手詰)


變化
99玉の所87玉ならば
82飛成、85間、同龍、同銀、57銀、57龍也

97同との所
(一)78玉ならば、79銀、87玉、76角、同玉、67銀、同玉、68銀、76玉、79龍、85玉、84と迄
(二)87玉ならば76角、同龍、99桂、同と、96銀()88玉、79銀、98玉、87銀打、同銀、同銀、89玉、68銀、88玉、77銀上、87玉、82飛成也
88玉の所98玉ならば直ちに87銀にて前記の手順を參照せば容易に詰め得べし

以下の手順は巧妙なれども變化は皆容易なれば略す


第六十二番

0062

17金、同馬、19銀打、29玉、18銀打、同馬、同銀、28玉、22飛、同馬、
23飛、
同馬、73角、18玉、19銀、17玉、62角成、27玉、26馬、38玉、
37馬、29玉、28馬也(23手詰)


變化
17同馬の所29玉ならば
19飛、38玉、37飛打、28玉、19金

28玉の所38玉ならば
37金、28玉、27飛、同香、同金、18玉、17飛、29玉、18角、38玉、37金、28玉、19銀、同玉、63角成也

22同馬の所に變化種々あれど皆容易なり例へば25桂間とせば73角、38玉、37飛、28玉、27飛にて容易に詰む


第六十三番

0063

97金、同玉、86龍、98玉、97龍、同玉、99香、同と、87金打、98玉、
88金、同玉、58飛成、77玉、78龍、86玉、87龍、75玉、85龍、64玉、
55銀、同馬、74龍、53玉、44銀、同馬、63龍、42玉、33銀、同馬、
52龍、31玉、22銀、同馬、41龍也(35手詰)


變化
97同玉の所99玉ならば
98金打、同成銀、同金、同玉、87角、同香成、93飛成、88玉、87龍にて詰む

98玉の所87同成銀ならば
同金、98玉、58飛成、88間、同金、同馬、87銀、89玉、78銀打也

55玉の所73玉ならば
74龍、62玉、63銀、51玉、52銀成、同玉、63龍、42玉、33銀にても容易に詰む

44同馬の所62玉ならば
63銀、51玉、52銀成、同玉、72龍にてよし

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『象棊攻格』第87番(天明年間)

Koukaku087

28銀、同玉、37龍、同玉、39龍、46玉、36龍、55玉、66銀、同馬、
45龍、64玉、75銀、同馬、54龍、73玉、84銀、同馬、63龍、82玉、
81と、92玉、93香、同馬、91と、82玉、72龍、91玉、81龍
まで29手詰


 同一趣向です。
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第六十四番

0064

18金、同玉、17金、19玉、18金、同玉、15飛、17桂、同飛、同玉、
27金、18玉、28金、19玉、18金、同玉、19歩、17玉、39馬、同銀成、
29桂、16玉、28桂、15玉、27桂、14玉、26桂、23玉、34金、12玉、
22銀成、同玉、23歩、11玉、22銀、12玉、21銀生、11玉、22歩成、同玉、
32歩成、11玉、12銀成、同玉、23金、同玉、33香成、24玉、34成香、25玉、
35成香、26玉、36成香、27玉、37成香、28玉、39銀、19玉、28銀打、18玉、
27銀、19玉、28銀、同玉、38成香、29玉、39成香、同玉、38馬也(69手詰)


變化
18玉の所29玉ならば
39馬、18玉、28馬、同玉、27金、18玉、19歩、同玉、73馬にても詰む

18同玉の所29玉ならば
前記の變化に合す

39同銀成の所同銀不成ならば
29桂(或は18歩にてもよし)16玉、38馬、15玉、37馬、14玉、26桂以下容易に詰む

以下の變化皆容易なれば略す

2017年3月20日 (月)

「詰将棋パラダイス」1955年10月号
覆面作家


Para54601196

34香、32銀合、同香成、同玉、43銀、同玉、41龍、42香合、53と、同玉、
51龍、52角合、64と左、43玉、
54と上、33玉、34歩、同角、31龍、32飛合、
34と、同玉、32龍、33桂合、12角、23歩合、同角成、同桂、35歩、24玉、
25飛、同桂、34龍、13玉、25桂、22玉、14桂、21玉、23龍、31玉、

22龍、41玉、53桂、52玉、43と、同玉、33桂成、44玉、24龍、45玉、
34龍、55玉、54龍、66玉、75銀、同銀、65龍、57玉、67龍、48玉、
58龍、37玉、59馬、48歩合、同龍、26玉、18龍、35玉、15龍、25金合、
34金、45玉、25龍、35歩合、44金、同香、34龍、55玉、67桂、64玉、
44龍、54銀合、74金、同玉、54龍、64金合、65金、73玉、64金、同銀、
76香、74香合、同香、82玉、83金、同玉、75桂、93玉、94歩、同玉、
83銀、85玉、87香、75玉、86金、66玉、48馬、57歩合、64龍、56玉、
65銀、45玉、54龍
まで113手詰


54と寄、33玉、31龍、32飛合、34歩、同角、同と、同玉、32龍、33桂合、44と、同香、52角、24玉、33龍、同玉、43飛、22玉、34桂以下。

22桂成、41玉、32成桂、51玉、42成桂、61玉、52成桂、同玉、63と右、61玉、53桂、71玉、21龍、82玉、73と寄、93玉、91龍以下。

 本局は「愛を求めて」と題された七種合作品である。「愛」は「合」に掛けていたのである。
 完全なら七種合第一号局だったが、余詰があった。
 
 今回は合駒について講釈を述べる。

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あいごま【合駒・間駒】
将棋で飛車、角行、香車による王手を防ぐため、そのきき筋の途中に駒を打つこと。また、その駒。間遮(あいしゃ)。合馬(あいま)。間(あい)。
『日本国語大辞典』
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あいごま【閒駒】
將棋二、敵ノ駒ノ利(キキ)ノ、我ガ駒ニ向キタル時、其駒ト駒トノ閒ニ、歩ナドヲ置キテ防グコト。アヒマ。
『新編 大言海』
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 『新編 大言海』は「間」(新字体)ではなく、「
」であることに注意。
 「間駒」は良く分かるが、「合駒」は誤用なのだろうか。少なくとも合駒は駒と駒が出「合う」意味ではないし、辞書では「合う」に間の意味は(明示的には)ない。
 しかし「あい」にこの意味があった。
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あい【間・合】
(一)人、物、事柄などについて、二つのものの間をいう。
(9)「あいごま(合駒)」の略。
『日本国語大辞典』
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 加藤文卓は一貫して「間」を用いていた。酒井桂史も『琇玉篇』では一箇所を除いて「間」と書いている。
 「間駒」「56角間」の方が気分が出ていて良いかもしれない。

2017年3月19日 (日)

 将棋の駒は次のように分けることができる。

桂、香、歩
飛、角、銀
玉、金

 1は必ず成らなければならないグループ。
 2は成ることも成らないこともできるグループ。
 3は成ることができないグループである。
 桂香歩にとって相手方の一段目(桂は二段目も)は特殊な意味を持っている。ここに着目し分類したのである。

 1は前方にしか利きがないので、利きがない駒は認められないのである。利きがないということは行き所がないことと同義である。
 ここでの仕分けの基準は「成」である。
なるは動作だが、なりは動作の名詞化である。33角成と言う場合、「成」は「なる」であって「なり」ではない。
 以前せきやど図書館にある八代宗桂『将棋大綱』の手書き解答本である『圖式誥書下書』を紹介したが、その記述はカタカナの「ナル」「ヨル」である。漢字一字で書かれている「取」は、当然「トル」と読むのだろう。

 ところで「成る」の辞書的語義について調べてみた。
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なる【成・為・生】
(一)なかったものが、新たに形をとって現われ出る。
(7)将棋で、王将、金将以外の駒が敵陣の三段目以内にはいったり、そこで動いたりしてその性能が変わる。飛車は龍王に、角行は龍馬に、小駒は金将と同等の性能になり、駒を裏返すことによって表わす。
『日本国語大辞典』
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なる【化】
(二)變化(カハ)ル。將棊ニ、我ガ駒ノ進ミテ、敵ノ陣地中ニ入レルモノハ、何レノ駒モ裏返シテ金將ノハタラキト變ズ。
『新編 大言海』
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 『新編 大言海』が飛角を念頭に置いていないのはともかく、「なる」に「化」を当てているのは面白い。これも以前紹介したが、京都府総合資料館に松浦大六寄贈本『
將棊新選圖式』(武田傳右衛門版)があり、解答の部の作品番号の下に「桂不化」「角不化」などとある。また今田政一は月報1942年3月号「十代將軍詰手考」で「不化詰」と書いているので、「化」は十分根拠があると言えよう。
 その「ならず」であるが、「不成」も「不化」も「なる」の否定表現である。「成」が自然であるのに対して「不成」が不自然であり非日常であるのは、指将棋を前提にしているからに外ならない。ところが詰将棋では「不成」は日常なのである。

 「不成」と同様の事態を表すのに「生」を使う。これを「なま」と名詞のように読むのはおかしいので、やはり「ならず」と読むべきだろう。詰パラだけでなく「近代将棋」も「王将」、「詰棋界」も「生」を使っていた。月報は当初「不成」だったが終わりの方で「生」に変わる。正確にいつ変わったのかは調べていないが、1942年12月8日発行の有馬康晴編著『詰將棋吹き寄せ』(將棋月報社刊)は「生」になっている。

2017年3月17日 (金)

加藤文卓の「圖巧解説」その22

月報1928年1月号

圖巧解説
二峯生

第五十六番

0056

57銀、59玉、48銀、同と引、49馬、同と、58馬、同玉、69金、48玉、
58飛、47玉、57飛、同玉、55龍、67玉、57金、76玉、66金、同と、
86金、同玉、85龍、97玉、96龍迄(25手詰)


變化
59玉の所57同玉ならば
58馬、同玉、69金、48玉、58飛也

48同との所
(一)48同玉ならば58馬、同玉、69金、47玉、57飛、同玉、55龍にて以下本文に準ず
(二)48同と行ならば49馬、同と、58馬、同玉、69金、48玉、58飛()37玉、34龍、27玉、36龍、17玉、18歩、同桂成、16龍也
37玉の所47玉ならば
57飛、同玉、55龍、47玉、58金、37玉、35龍にて容易なり

49同との所同玉ならば
69龍、59金間、39金、同と、58馬也

○附記斯様な先輩の非をあばくやうな事を記すのは宜しくないと一部の人から非難の聲もあるが之れは要するに程度の問題であらう先輩諸先生が如何なる詰圖を發表して居やうと之に對して一言も批評がましい事を言うてはいけないとあっては棋界は暗闇である

○將棋新報社編名人詰將棋百番の中に次の圖面がある

Photo

之れは圖巧第五十六番の改作である事は一見して知られる、而して同書記載の解答は
48角、同と、49金、同と、58馬、同玉、69金、47玉、57金、同玉、
55龍、67玉、57金、76玉、66金、同と、86と、同玉、85龍、97玉、
96龍也(21手詰)

古人の作の改作など麗々しく掲げて置くのはどうしても感心が出來ない而して此圖は前記58馬の所69金、同金、55龍の早詰がある

○又次圖も同書記載の一局であるが之れも圖巧二十四番の燒き直しである

2

而して同書記載の解答は
46歩、同と、54銀、44玉、45歩、同と、43銀成、同金、同飛成、同玉、
53金、32玉、42金、23玉、22銀成、同玉、21飛生、13玉、14歩、12玉、
34馬、同歩、13歩成、同玉、23金、14玉、24金、15玉、25金、16玉、
26金也(31手詰)

然るに此圖にも種々の餘詰が見える即ち前記の43銀成の所53銀不成にても次の詰がある
45同と、53銀不成、55玉、44銀、46玉、66飛成、56歩間、28角、37間、55銀、同と、同飛成也

56歩間の所37玉ならば
26龍、38玉、58龍、48間、47馬にて容易なり

又前記42金の所52飛成23玉、22龍にて容易に詰む

○同書には又圖巧七十一番の改作が掲げられてあります此圖七十一番は原書記載の解答に誤があるやうです此等に就いての詳細な事は後日に譲りませう


第五十七番

0057

69金、同玉、58角、同玉、59馬、47玉、48歩、同と、同馬、同玉、
39銀、49玉、38銀、48玉、49銀、59玉、48銀、58玉、59銀、69玉、
58銀、68玉、69銀、79玉、68銀、78玉、79銀、89玉、78銀、88玉、
89銀、99玉、88銀、同玉、18龍、78歩成、89金、77玉、78龍、86玉、
75銀、85玉、86銀、同玉、75龍、87玉、88歩、同成香、同金、同玉、
89香、99玉、83香成、
89銀、同飛、同玉、98銀、88玉、89歩、99玉、
88銀、98玉、99歩、89玉、79龍迄(65手詰)


變化
58同玉の所68玉ならば59馬、79玉、69馬以下容易なり

49玉の所
(一)37玉ならば35龍、27玉、36龍、17玉、18飛、同玉、28金、19玉、16龍也
(二)47玉ならば48銀此時同玉にても38玉にても18龍にて詰む故に58玉と逃るゝ外なく次に59銀にて本文と合す
(三)58玉ならば18龍、69玉、48銀にて容易なり
(四)59玉ならば48銀、68玉、59銀、79玉、68銀、88玉、79銀、99玉、88銀、同玉、18龍の手順となりて本文に合す

69玉の所47玉ならば
48歩、37玉、38歩、同玉、18龍、28間、39金也

89銀間の所
(一)89金間ならば同飛、同玉、78銀、98玉、89金、97玉、77龍にて詰む
(二)89角間ならば同飛、同玉、98角にて本文に準ず

88玉の所98同玉ならば
78龍、97玉、98銀、86玉、87銀、85玉、76龍、94玉、74龍の詰あり此手順本文より手數延びるも詰上り持駒餘る


第五十八番

0058

39銀、47玉、46金、同玉、47歩、同玉、38銀、同玉、49馬、47玉、
58馬、同玉、59金、47玉、39桂、46玉、16龍、同桂、57角、37玉、
48金、26玉、35角、同玉、25金、46玉、47金、55玉、56金也(29手詰)


變化
47玉の所49同成桂ならば
28龍、47玉、57金、36玉、25龍也

16同桂の所36間ならば
57角、同玉、56金の手順あり他は容易なれば略す


第五十九番

0059

87銀、67玉、78銀、同玉、79金、同金、89銀、同金、69金、同玉、
89飛成、58玉、49龍、同玉、94角、同歩、59金、38玉、37金、同桂生、
39銀、同玉、48銀、38玉、39銀、同玉、93角、38玉、48角成也(29手詰)


變化
67玉の所
(一)79玉ならば89金、同玉、98銀、79玉、89金也
(二)87同とならば89金、77玉、88金、同と、同金、67玉、63飛成、58玉、67銀

78同玉の所58玉ならば
69銀、同玉、89飛成、58玉、59金、67玉、66金也

79同金の所67玉ならば
66金、58玉、69金、同玉、89飛成、79間、59金也

89同金の所67玉ならば
63飛成、58玉、59金也

94同歩の所
(一)76歩間ならば59金、38玉、37金、同桂不成、83角成、47桂間、39銀、同玉、48銀、38玉、39銀、同玉、93馬也
(二)76銀間又は67とならば同角と取りて容易に詰む


第六十番

0060

17銀、18玉、19歩、同玉、28銀、同玉、17角生、18玉、19歩、同玉、
39角、16香、28銀、29玉、38銀、同玉、48龍、29玉、38銀、18玉、
19銀、同玉、28角、18玉、19歩、28玉、37銀、19玉、28龍(29手詰)


變化
18玉の所29玉ならば
38銀、同玉、36龍、29玉、27龍左にて容易

28同玉の所29玉ならば
38銀、同玉、36龍、28玉、27龍左迄

16香の所
(一)18間ならば28銀、29玉、38銀、同玉、48龍、29玉、38銀也
(二)17歩間ならば28銀、29玉、38銀、同玉、48龍、29玉、38銀、18玉、27銀左、同馬、同龍、29玉、38龍寄也
(三)29玉ならば38銀、39玉、59龍、38玉、36龍以下容易に詰む

2017年3月12日 (日)

加藤文卓の「圖巧解説」その21

月報1927年12月号

圖巧解説
二峰(ママ)生

第五拾四番

0054

38金、46玉、16龍、
57玉、66龍、同龍、46角、同玉、47金打、35玉、
36銀、
44玉、45銀、35玉、36金、同龍、同銀、34玉、35歩、同桂、
44飛、同香、25銀、23玉、24歩、
13玉、14歩、12玉、22金、同玉、
23歩成、
同玉、13歩成、同玉、14銀、同玉、32角成、13玉、23馬迄(39手詰)


變化
57玉の所
(一)16仝銀ならば47金打、35玉、36銀、44玉、45銀、35玉、36金也
(二)26歩ならば47金、35玉、36金、24玉、25金、13玉、31角也
(三)26金間ならば47金、35玉、26銀にても容易に詰む

66仝龍の所仝とならば46角、仝玉、47金打、35玉、36銀、44玉、45銀、35玉、36金也

44玉の所34玉ならば
45銀、35玉、36金、仝龍、仝金

13玉の所12玉ならば
22金、仝玉、23歩成、仝玉、14銀、仝玉、32角成也

13玉の所仝香ならば
14銀にて詰む


第五十五番

0055

57龍、同銀生、68銀、同銀生、77金、同銀生、66金、同銀成、57金、同成銀、
68銀、同成銀、57金、76玉、65角、75玉、66金、84玉、73馬、93玉、
92角成、同玉、82馬也(23手詰)


變化
57仝銀不成の所
(一)仝銀成ならば77金、仝桂、66金也
(二)仝玉ならば39角、48歩成、68銀、47玉、37金

68仝銀不成の所
(一)仝銀成ならば57金、仝玉、93角、67玉、66角成
(二)76玉ならば65角、75玉、74金也

77仝銀不成の所仝桂成なら66金、57玉、39角、48歩成、56金、仝と、仝金、47玉、37金也

66仝銀成の所
(一)仝銀不成ならば68銀、76玉、65角、75玉、74金
(一)57玉ならば39角、48歩成、67金、47玉、37金也

57仝銀成の所77玉(76玉にても仝手順にてよし)ならば
66馬、87玉、88銀、96玉、87角、仝成香、仝銀、仝玉、88金、96玉、87銀、95玉、96香
此變化の手順は本文と同手數なるも87角の所87銀にても詰む等の餘詰あるを以て變化と見るを至當と思ふ
---

 この作品は守備銀一回転の第一号局。
 ここに銀一回転作を集めています。

2017年3月11日 (土)

加藤文卓の「圖巧解説」その20

月報1927年11月号

圖巧解説
二峰(ママ)生

第五拾壹番

0051

79桂、
同と、88香、77玉、58銀、78玉、69金、同と、同銀、89玉、
79飛、同玉、68龍、89玉、78銀、99玉、79龍、98玉、89銀、99玉、
98銀、同玉、99歩、97玉、96金、同玉、76龍、同歩、86金、97玉、
87金也(31手詰)


變化

79同との所77玉ならば
78香、同飛成、66銀、86玉、96金也


77玉の所88同飛ならば
同歩、同玉、68龍、78間、98飛、89玉、78銀、同と、同龍也


69との所89玉ならば
79金、同玉、69飛、88玉、97龍、78玉、79歩、89玉、98龍


第五拾貳番

0052

29桂、同と、19馬、
28歩成、同馬、同と、38歩、同と、46銀、同龍、
同龍、同玉、42飛、
56玉、67金、55玉、47桂、54玉、46桂、同桂、
45飛成、同玉、35金、54玉、44金迄(25手詰)


變化

28歩成の所
(一)19同とならば36金寄此時同龍ならば39龍、38間、49桂にて詰み又36同玉ならば45龍にて容易なり
(二)28香間ならば同馬、同歩成、38香、同と、46銀以下本文の手順に合す

○本局は打歩詰を避ける爲め29桂、同と、19馬と指す所に最も妙味ある作物でありますが圖中の玉方75との意味はなほ不明であります。本局に於て最初に28馬と指せば同歩不成にて詰なく又27金ならば同銀不成、29桂、同と、38歩、同銀不成にて矢張り詰がありません

---
 玉方75とがないと
56玉のところ57玉、47飛成、66玉、67龍、75玉で詰みません。


第五拾參番

0053

69桂、
同龍、86銀、76玉、68桂、同飛生、65銀、同飛生、75金、同香、
68桂、
同飛生、67角、同飛成、77歩、同龍、同銀、同玉、87飛、76玉、
68桂、同龍、77歩、同龍、同飛、同玉、87飛、76玉、86飛、77玉、
55馬、同銀、68金也(33手詰)


變化

69同飛の所同とならば
78歩
同飛成、86銀、76玉、77歩、同龍、65銀、同金、77銀、同玉、95角、86桂馬、同角、76玉、77飛、85玉、84金、同玉、75角94玉、95歩、同玉、97飛、96歩間、84角、94玉、96飛、83玉、65馬、82玉、62角成也
78同飛成の所78龍左ならば
86銀、76玉、77歩、同龍、65銀、同金、75金、同金、77銀、同玉、87飛、76玉、67角也

94玉の所73玉ならば
53角也(
)76歩間、74歩、同玉、76飛也
76間の所74間ならば46馬にて詰む
95角の所は86角にても詰む


68仝飛不成の所
(一)仝飛成ならば77歩、仝龍、65銀、仝金、75金、仝金、77銀、仝玉、87飛、76玉、68桂、仝龍、77歩、仝龍、仝飛、仝玉、87飛、76玉、68桂也
(二)仝龍引ならば77歩、仝龍、65銀、仝金、75金、仝金、77銀、仝玉、87飛、76玉、67角也


65仝飛不成の所
(一)65仝飛ならば68桂(
)仝龍引、75金、仝香、77歩、仝龍、仝銀、仝玉、87飛、76玉、58角、67間、68桂也
仝龍引の所仝龍行ならば
77歩、仝龍、仝銀、仝玉、86角、76玉、77飛、85玉、75飛、96玉、95飛にても詰む
(二)65仝金ならば75金、仝金、67角、仝飛成、77歩、仝龍、仝銀、仝玉、87飛、76玉、68桂、仝龍、77歩、仝龍、仝飛、仝玉、87飛、74玉、68桂也


68仝飛不成の所
(一)68仝飛成ならば77歩、仝龍、仝銀、仝玉、86角以下前記丙の手順に合す
(二)68仝龍引ならば75金、仝香、77歩、仝龍、仝銀、仝玉、87飛以下の(一)に合す

○69桂甚だ面白し若し最初に86銀ならば76玉、65銀、仝金、68桂、仝飛不成、75金、仝金、67角、仝龍、77歩、仝龍と龍王を捨てゝ飛を殘す手順となる故打歩詰を避けることが出來ない
○本局は甚だ巧妙なる傑作であるが之れと八世宗桂圖式第二十五番との間に若干の類似が認められる

将棋大綱第25番

110025

88桂、
同飛生、86馬上、同飛生、88桂、同飛生、87銀、同飛成、97歩、同龍、
同馬、85玉、84飛也(13手詰)


變化

88仝飛不成の所
(一)仝飛成ならば86馬、仝龍、97歩、仝龍、仝馬、85玉、84飛也
(二)仝龍ならば69馬、仝飛成、97歩、仝龍、仝銀也

2017年3月 7日 (火)

加藤文卓の「圖巧解説」その19

 以下の解説にはおかしなところがあります。

月報1927年10月号

圖巧解説
二峯生

第四拾九番

0049

98歩、同馬、同銀、同玉、99角成、同玉、11角、
98玉、99金、97玉、
67飛、同と、98銀、86玉、87銀、同成銀、同銀、同玉、88金、86玉、
87銀、75玉、22香成、
25角、同龍、同成桂、93角、84歩、同角成、同香、
76歩、66玉、12成香、56玉、55角成、47玉、48歩、同玉、37馬、39玉、
28馬、48玉、37馬、39玉、29金、同玉、28馬也(47手詰)


此図に對する小生の研究は未だ不完全なのでありますが兎に角之を誌上に發表して汎く讀者諸君の御高見を御窺ひしたいと思ひます
先づ原書記載の詰手順に就いて變化を解説しませう

變化
98玉の所
(一)22角間ならば同角成、98玉、99金、97玉、67飛、同と、98銀、86玉、77角
75玉、23香成、25歩間、同龍、同成桂、76歩、同玉、32馬也
75玉の所同とならば同銀、75玉、66馬也
(二)22歩間ならば同角成、98玉、99歩、97玉、98金、86玉、77馬也

25角間の所25歩間ならば
同龍、同成桂、76歩、66玉、12成香、56玉、55馬、47玉、48歩、同玉、37馬以下本文に合す

○本局は前記の如く打歩詰を避くる巧妙なる傑作でありますが、25角、同龍、同成桂、93角の所に餘詰があるやうに思はれます
即ち25同成桂に對し93角と指さずに76銀と指す時は次の詰手順があるやうです
25角、同龍、同成桂、76銀、66玉、12成香、76玉、43角、86玉、87金、75玉、76金也
66玉の所56玉ならば65角、46玉、55角成也


第五拾番

0050

45角、同桂、37飛、同桂生、49角、同桂成、17龍、38玉、37龍也(9手詰)


同桂の所
(一)同とならば37飛、26玉、17龍、15玉、16龍、24玉、15角、13玉、33龍、23銀間、24角、12玉、14龍、同銀、13角成、21玉、22馬也
(二)26玉ならば15角、同玉、16龍、24玉、23飛也
(三)38玉ならば29龍、同玉、49飛、39飛間、18角打、38玉、27角引、28玉、17銀打也
(四)36間ならば、37飛、26玉、17龍、15玉、16龍、24玉、14龍、同玉、17飛、15間、32角也

37同桂生の所
(一)37同桂成ならば49角、38間、17龍也
(二)26玉ならば17龍、15玉、33角、24間、16龍也

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 玉方桂の三段跳。
 これを発展させて四段跳にしたのが『将棋大綱』第7番です。


 さて、どこがおかしかったか分かりましたか?
 特におかしなところはなかった?
 これは加藤文卓の解説ではありません。私の解説です。
 というのも、月報のこの号は国会図書館にないため(発行されたことは確実)省略しても良かったのですが、ブログ五千の読者(笑)の期待に応えるべく仕方なく加藤らしく見せて書いたというわけです。

2017年3月 6日 (月)

忘れられた論客 その19

 1943年6月号「詰將棋問答」。

質問者 棋塵庵
應答者 杉本兼秋

質問
 詰將棋を大作品とか小作品とかに區別してゐる人のうちには、形が大きく手數が長ければ、其れで大作だ、と斯う思つてゐる人があるが、其れは間違つてゐると思ふ。今昔を問はず大作品と銘打てるやうな作品はさうザラにあるものではない。私の觀方からすれば、昔の物で宗看、看壽作の大部分と其の他の作家に依る或る部分、現今では酒井桂史氏作の大部分と其他數氏に依る少數作品、之等が大作の部類に入る作品だと思ふ。
 よくある例だが、如何に圖柄や手數が大掛りでも、内容が空疎で、其の意が何處に在るのか分らないやうな物や、又は唯だ單に龍や馬を以て玉將を追ひ廻すと云つたやうな物では、之を以て大作と云へぬのは勿論、鑑賞的價値に於て又低位たるを免かれないのである。
 私のやうな作圖に經驗の少い者では、作者の心理を描出すると云ふ事は困難かも知れぬが、少くとも次のやうな事は云へると思ふ。
 (一)作者は創作に當つて、自己の想を活かすべく萬全の努力をする。(二)軈(やが)て詰將棋の原型が出來上るが、まだまだ不備の點が多い。餘早詰や變化の方が手順が長かつたり、又は手順が前後しても詰んだりするのは此の時である。(三)圖の不備を修整しやうとしても、銀や桂が五枚欲しくなつたりして思ふやうに行かないものである。そして圖は何時の間にか大模様となり、自己の力では収拾する自信がなくなる。(四)此處で努力すれば洗練された味の良い圖が出來るのだが、多くの人は遂ひ屁古垂れて了ふ。併して易きに就くと云ふか「これで充分だ」と云ふ氣を起したが最後、もう其の圖は浮ばれないので、良くいつてスラスラしたる好局位で終つて了ふのである。
 以上此のやうにして屁古垂れた結果出來上つたやうな代物では、それに魂のあらう道理がないので、さうした作品は如何に大柄でも、如何に手數が長くとも、決して大作とは云ひ得ないのである。
 此の大作云々に關し、先輩であり理論家である杉本兼秋氏の御説を賜り度いものである。

應答
 詰將棋に於ける作品價は客觀的事項たる妙手及詰手數(單に詰手數そのものも妙手に對し五分の一乃至十分の一の價値を有する)及主觀的事項たる構成形態詰手順其の他(客觀的事項が増價事項として扱はれる事に對し主觀的それは同時に減價事項をも含む)に依つて決定されるその一部分たる手數のみを以つてされるは長篇、短篇の區別であり單に夫のみを以つて大作云々の區別は出來ない。
 作品價を決定する主要事項たる妙手價値がその作品の手數との此に依つて決定されるのではなく加算的に評價されるとせば短篇作の持つ妙手價には限度があり又構成に於てもその表現の範圍が限定される。(註 妙手價を等うする場合の長篇作が短篇作に劣つて見へ(ママ)る事があるのは手數の持つ作品價より他の作品減價事項が大であるに依る)
 故に又反對に手數を無視して他の事項のみを以つて大作云々と稱するは理論的にも不可能であり、又名稱的にも不自然な點がある。
 外觀的事項(手順及夫に必然的に併ふ形態)及作品の持つ内容(構成及妙手の相乗價)が共に或る水準に達してゐる作品を大作品と稱するのだと思ふ。
---

 棋塵庵は岩木錦太郎。
 これも今一つよく分かりません。
 質問は、ただ長いだけの作品を大作と持ち上げるのはいかがなものかという趣旨なので、「その通り」と答えておけば良いのです。(笑)
 妙手が客観的で、「構成形態詰手順」が主観的という杉本の考えはおかしいし、長手数作は短手数作に優るという先入見があるようです。

2017年3月 5日 (日)

忘れられた論客 その18

 1943年1月号「名局に觀る」。

初代大橋宗桂以降参百年の作圖史は駒餘り圖式の消滅より享保年間に於ける純創作型圖式への發達更に形象圖の出現と幾多の盛衰推移を經て現在に至つてゐるが、享保の三代宗看同じく看壽の作品はその一部は現代作圖理論に於て、「準手餘り」と看做さるべきものがあるとは云へ作圖理論の最も進歩した現代に於ても尚最高に位する作品とされてゐる
構成型作品に於て短篇作品は別として數拾手以上の本格創作はその主眼となるべき作品構想を必要とするが、作品創作に於て最も困難とされるのはその着想でなくその構想を如何にして作局中に生かすか、又その構想を如何にして不自然の状態でなく作品中に表現するかと云ふ點にある。
此の型の作品がその着想の特異性から、或は、玉の一定軌道を必要とし、或は合駒制限を必要とする爲、他の部分が平易になり過ぎるとか圖式が不自然の形に陥り易いものである。
その着想が秀抜であるに正比例して是等創作上の困難な諸條件を伴ふものである
今看壽の圖巧を看るに作者の非凡なる創作力は此の難條件を排除して幾多名局を得てゐるが形態の點で不自然を感じる作品が二三あるを認める。
宗看と看壽の作品を對照するに兄宗看の作風は創作技巧を主に作品構想を從にしたものであり看壽の夫は前者と反對に構想に重點を置て作つたものと看らるゝのである
宗看圖式が一定水準の作品が揃つてゐるのに對し圖巧が名作と他の作品價の差が大きいのも或は又作圖全般を通じて宗看の豪放、雄大、看壽の巧緻微妙と云つた差異もこの作風の差異から來るものと見られる。
この二つの大きな流れは現今に於ても尚一部級作家に間に認められるのである。
看壽の衣鉢を受け繼ぐものに酒井桂史氏の諸創作あり宗看の壘を摩すものに今田氏ありとは雪山、松井氏の言
である。尚其の他の作家について云へば前者に里見、後者に田代(内藤)田邊氏があると思ふ。
  ×  ×  ×
圖巧第八番

100008

43歩、同玉、33金、同歩、52銀、同馬、32桂成、44桂、同金、同角、
同と、32玉、87角、同龍、43金、同馬、同と、22玉、34桂、同歩、
77角、同龍、92飛成、32角、同と、同金、同龍、同玉、23金、31玉、
22角、21玉、12金、32玉、33香、同桂、23桂成、同玉、13角成、32玉、
22馬
まで41手詰
※1

看壽圖巧第八番の着想は二枚角遠打であるが五一と五三に是を配置して手順の推移に依り是を得る順も極く自然の状態に於て行はれて居り着想の第一着手八七角が十三手目第二、七七角が二十一手目にと各々適當の箇所にあるのも此の作品の價値を大ならしめてゐる。
又合駒制限必要とする爲の六四成香の配置も殊更に形を損してはゐない。
合駒の使用はその局面と手順の如何に依つては作品價を減少する事があるが此の作品に含まれた四四桂三二角は共にその駒の攻方に渡つた場合を考慮して行はれる部類に属するものであり、作品評價法に依れば増加事項に入つてゐる。
遠打を分類すると玉方の利筋消滅攻方の利筋發生及打歩詰回避等があるが是の局は前者玉方の利筋消滅の部に属する
其の着想第一 八七角龍移動に依り次の七七角に於て龍の利筋が縦横何れかが香の蔭になる二枚角遠打は數多くある此の作品の何れの着想よりも優れていると思ふ。
遠打の着想はその成立要件として中間合駒に依り作意を阻害されない爲の中合に對する變化手順を必要とし構成の性質に依つては玉方の質駒を目標として行はれる變化手順を必要とする遠打作品は前記の外に餘詰が伴ふ事が多く完成迄の努力は他の作品創作の場合と大變な差がある。
此の型の作品は構想點以後の推移が概して平易に陥り易いものであるが最後の集(ママ)束至る迄整然としてゐるのも作者の非凡の技倆を示すものと云へやう。
兎に角この着想を以つて是だけの作品にまとめる迄の努力は想像外であらう
幾多の作品中名局と云ふ感を強く受けた作品である。又私の最も好きな作品でもある
  ×  ×  ×
宗看圖式第拾六(ママ)番

090060

57桂、同馬、37桂、44玉、45歩、同金、33龍、35玉、36歩、同金、
24龍、44玉、33龍、35玉、27桂、同金、24龍、44玉、35龍、同玉、
36歩、44玉、45歩、33玉、43馬、24玉、26飛、同金、25歩、同金、
33馬、同玉、25桂、42玉、33金、31玉、21と、同玉、12歩成、同銀、
同香成、同玉、13銀、21玉、22銀成
まで45手詰
※2

宗看圖式の第六拾番はその作品から作者の着想の主眼と看らるべき箇所は見受けられないが五四金の移動から打歩詰回避の二枚飛の犠牲等、作品全体を通じて妙手を包含し作者の力が全局に強く感じられる作品である。宗看圖式は調べて特に印象の深かつた作品も少なかつたが此の程度なら自分でも創れると思つた作品も無かつた
(完)

本稿は葉書八枚に綴つたものにて其の熱心と病
※3を癒やす傍らも絶へず斯界に精進を續ける真摯な氏の努力の姿が感じられます(編輯子)
---


『將棋龍光』の松井雪山序文にある
※1実際の誌面には手順なし
※2実際の誌面には手順なし
※3はっきりした年月は分からないが、1943年11月号「噫 酒井桂史先生」に病を得て日本国内で療養していたとある

 準手餘りは、里見凸歩「詰將棋講座」第三回(月報1935年12月号)に減価事項として掲げられています。「玉方が最長手順なる様應酬すれば攻方の手駒の餘る場合」、というのは変長ですね。他に「攻方が飛角等を王よりはなして打てば王方の合駒がそれ丈餘計にとれるとき王にぶつけて打ちても差支なき否それが本手順なる場合」も記載してありますが、これは余詰でしょう。

2017年3月 4日 (土)

加藤文卓の「圖巧解説」その18

月報1927年9月号

圖巧解説
二峯生

第四拾六番

0046

27銀、同桂成、26金、同成桂、25銀、同成桂、15飛、同成桂、49馬、26玉、
27馬、35玉、34金、同玉、33飛、同銀、同角成、35玉、44銀、同金、
同馬、24玉、33馬、14玉、15馬、同玉、16金、14玉、26桂、同香、
36馬、同と、25金、23玉、15桂、22玉、32と左、11玉、23桂生、同銀、
21と寄、12玉、22と迄(43手詰)


變化
26同成桂の所17玉ならば
27金、18玉、17飛にて容易

25同成桂の所17玉ならば
26馬、同玉、27飛、15玉、24角成、同香、16銀也

15同成桂の所同銀ならば
49馬、26玉、27馬、35玉、34金、同玉、33角成、35玉、34飛也

○本局は27桂成、以下其成桂を26、25、15と動かし玉の退路を遮りて49馬と寄る所に妙味津々たる作でありますが變化は皆平易であります
---

 この図を見て思いだすのは次のような作品です。

則内誠一郎作(詰パラ2009/08)

Para06104207

45馬、26玉、29香、28桂成、35馬、15玉、27桂、同成桂、16歩、同玉、
17歩、15玉、26角、同成桂、16歩、同成桂、25馬
まで17手詰



深和敬斗作(詰パラ2011/12)

201112fukawa

37金、同桂成、47銀、同成桂、46金、同成桂、45銀、同成桂、37金
まで9手詰



 図巧には守備駒を動かして元の位置に戻す作品がいくつかあります。
 
守備駒は最短4手で戻せますが、6手以上かける作品を挙げると(元に戻ったあと、行き過ぎる作品を含む)
 第18番(と金)
 第35番(と金、4手+4手)
 第46番(本局)
 第55番(銀一回転)
 第71番(成桂)
 第76番(龍)
 第77番(金)
 第78番(と金)
 第80番(龍一回転)
 第95番(馬)
があります。括弧内は動く守備駒。

図巧第71番

0071

67龍、68香、59金、同成桂、58銀、同成桂、59金、同成桂、47角、58香、
同龍、同成桂、同馬、78玉、56角、87玉、76馬、同玉、86飛、75玉、
67桂、64玉、84飛、63玉、55桂、52玉、34角、51玉、41歩成、同玉、
44飛、51玉、42飛成、同玉、43桂成、41玉、42香、51玉、52成桂
まで39手詰



図巧第80番

0080

64角成、同龍、66銀、同龍、46銀、同龍、44銀、同龍、同飛成、同玉、
54飛、43玉、32銀生、同玉、52飛成、42金、54角、31玉、41と、同金、
43桂、21玉、41龍、12玉、21龍、同玉、31桂成、同玉、32金
まで29手詰

51桂成以下余詰。



図巧第95番

0095

62歩、同玉、53金、61玉、64龍、同馬、73桂、同馬、62歩、同馬、
71金、同玉、82角成、61玉、73桂、同馬、51銀成、同馬、71馬、同玉、
63桂、61玉、51桂成、同玉、84角、73香、同角成、同歩、63桂、61玉、
62歩、72玉、71桂成、同玉、61歩成、同玉、63香、51玉、62香成
まで39手詰




第四拾七番

0047

此局に對する原書記載の解答は正解とは云ひ難い作者の意は次の手順ではあるまいかと思はれます

95飛、87玉、86金、同玉、85飛、77玉、76金打、同馬、同金、同龍、
87金、同龍、78歩、同龍、69桂、同龍、87飛、同玉、76馬、78玉、
23角、68玉、67角成、59玉、49馬、68玉、67馬引也(27手詰)


變化
87玉の所95同玉ならば
85金、同玉、67馬76歩間、83飛、84銀間、77桂、74玉、84飛成、同玉、85銀、75玉、74金、86玉、96金、87玉、86金打也
76歩間の所
(一)74玉ならば86桂、63玉、73飛、同玉、74金の手順あり
(二)75玉ならば73飛、74間、85金、64玉、74金、54玉、45金也
(三)84玉ならば94飛、73玉、74金にて容易也
(四)76銀間ならば83飛84香間、86金同玉、84飛成、85間、77金の手順あり
84香間の所84銀間ならば76桂、74玉、84飛成、同玉、85銀にて容易なり
86同玉の所74玉ならば73金、64玉、63金寄、54玉、53金寄、44玉、34金、55玉、56馬、64玉、63飛成也
(五)76飛間ならば83飛84香間、86金、同玉、84飛成、85金間、77金、96玉、86金打、同金、同金、同飛、同龍、同龍、85飛の詰あり
84香間の所84銀間ならば77桂74玉、84飛成、同玉、76桂、同馬、85銀以下容易なり
74玉の所96玉ならば95金、同玉、85金、96玉、86金打、同飛、同金、同玉、84飛成也
(六)76金間ならば83飛、84銀間、77桂、74玉、84飛成、同玉、76桂以下容易なり

86同玉の所77玉ならば
76金打同馬、同金引、同龍、97飛同桂成、76金、87玉、77飛、98玉、97飛、同玉、99香、98銀成、53角、87玉、69馬、78間、86角成也
76同馬の所同龍ならば
同金引、同馬、97飛、同桂成、76金以下全く前記に合す但前記97飛の所は87飛、同馬、同金、同玉、76角にても可なり
97同桂の所86玉ならば76馬、97玉、53角にて容易なり

76同馬の所同龍ならば
(原書には此手順を解答として記載しあり)
同金、同馬、87飛、同馬、78歩、同銀不成、69桂、同銀、87飛、同玉、76角、96玉、69馬、86玉、96馬、同玉、87銀、95玉、85金也
右は原書記載の儘を記したのであるが終りの方が甚だ面白くない即ち前記
76角の所76馬、78玉、23角、68玉、67角成、59玉、49馬、68玉、67馬引にて詰み持駒金一枚餘る
又96馬の所は85金、77玉、86銀にて却つて二手早く詰

78同龍の所
(一)同銀不成ならば、69桂、同銀、87飛、同玉、76馬、78玉、23角にて詰あり
(二)同桂成ならば87飛、66玉、44角、75玉、53角成にて詰あり

87同玉の所78玉ならば
67馬、87玉、76馬、78玉、23角の手順となり本文に記載しものより二手延びるが前記67馬の所23角と指しても次の詰があつて面白くない、矢張り87同玉を本文とすべきであらう即ち前記67馬の所
23角、56歩間、67馬、87玉、76馬、78玉、56角成の詰手順がある

○本局は駒の活動複雜にして妙味津々、第九番、第二十三番等と共に圖巧特有の力強さを感ぜしむる好局であります而して67龍を76、87、69と移動せしめ玉の退路を斷つ手段は前局の成桂の移動と對照して殊に面白く思はれます


第四十八番

0048

28金、同金、同銀、同玉、17銀、29玉、28金、19玉、29金打、同飛成、
同金、同玉、39飛、18玉、27角、同歩成、19飛、同玉、28銀打、同と、
39龍、同と、73角、18玉、28角成也(25手詰)


變化
28同金の所同馬ならば
同銀同金、18銀、同金、同歩、同玉、28金、同玉、38龍、17玉、27金、同歩、同龍也
同金の所同玉ならば
73角、17玉、18歩、同玉、38龍にても容易に詰む

同玉の所同馬ならば
18銀、同馬、同歩、同玉、28金以下前記に合す

29玉の所
(一)17玉ならば18金、同馬、同歩、同玉、38龍、28金間、27銀、同歩、同角、17玉、16金也
(二)17同馬ならば39金、同飛、同龍、同玉、33飛、29玉、38飛成、19玉、29金にても詰む
(三)19玉ならば28銀18玉、27角、同歩成、同銀にて容易に詰む
18玉の所28同馬ならば同銀、18玉、17金にても容易なり

19玉の所28同馬ならば
38銀39玉、49銀37歩間、28銀、同玉、18飛以下容易に詰む
39玉の所19玉ならば
28銀、同玉、37龍にて容易也
37歩間の所29玉ならば
38龍、同馬、同角にて詰む

28同との所18玉ならば
29角、同玉、39龍也

2017年3月 3日 (金)

忘れられた論客 その17

 1941年7月号「追憶の記」

創作を始めたのが昭和八年の秋、最初の處女作が發表されたのが當時の將棋時代の拾月號誌上である。
それから既に八年の日月は過ぎてゐる。然し作品は未だ百局程に過ぎない。
貳拾局位創れた年もあつたし又數局しか創れない年もあつた。
月報誌上へ發表したのが昭和九年の二月本當に創り出したのは此の年からである。此の年は可成創作したにもかゝはらず完全な作品として發表の運びに至つたものは僅かであつた、當時日下明正氏吉田正直氏が連月中篇作の好局を發表してゐられた。此の年には未だ酒井桂史先生の作品も二三見る事が出來た。酒井先生が作品を發表せられたのは此の年が最後と思ふ。當時の自分に作品を見ると作品として不完全な處も見受けられるし、形とか手順とかに随分無關心だつたものである。
當時は唯創りたい、發表したいと云ふ氣持で一杯だつた。當時は古名局の研究もしてゐなかつたし、どんな名作があるのか全然解らなかつた。里見氏が詰將棋理論の研究を發表せられたのが翌昭和十年詰將棋創作に於ける定則が如何なものであるかと云ふ事が判つたのも同誌の研究を讀んで以後だつた。
此の年には作品は數局しか創つてゐない。
上古名局の研究、主として三代宗看と伊藤看壽の作品の研究を始めたのが此の年の秋宗看看壽の作品は心ゆく迄調べた、創作圖式に構成型なるものがある事を知つたのも此の年今迄に於て朧げ乍ら構成型作品の存在することは知つてゐたが其の作品の性貿(ママ)が判然としたのは矢張り彼等宗看看壽の作品を研究してからである。
昭和十一年及十二年は共に貳拾局位の作品を殘してゐる。最初の作品より幾分かは整つて來た様には思ふが作品構成の點では進歩した跡が見られない。自作品の集成、白翠選の草稿に掛つたのが昭和十三年の仲秋草稿を完了したのが同年の暮、此の作品選定中に創つた作品が數局、構成派作品へ轉向の最初である。
翌十四年は宿望の構成派作品の創作に専念してゐる。
然し創つた作品は僅か拾局程度、
古名局鑑賞の稿を起したのが此の年の初秋それから約三箇月を作品の調査に費した。
宗看圖式の二番は當然名局選中に加へられる名作だが研究中不詰を發見した。此の局は何れ後日詳しく發表したいと思つてゐる
同十四年の暮より現代迄約一箇年餘創作より離れてゐる。
構成派の創作を始めてから僅か一箇年で創作を中絶したのであるから未だ同派の作品創作が如何なるものであるか判(ママ)きり解つてゐない。今後再び創るとしてもどの程度の作品が創れるか全く自信がない。
然し創作から離れてゐると云ふものゝ時々餘暇があれば事短篇作を創つてはゐる、以下拾數局は今迄に創つて來た作品である。
作品と云へる程のものではない。殊に餘詰の檢討も全然してないから不完全な作品があると思ふ。兎に角、陣中作として御笑覽を願へれば幸甚である。又再び故國に歸る日あらば創作に進みたいとは考へてゐる。
 氷雪覆ふ北滿の曠野にて二月十一日記す
 滿洲國
  横井隊 杉本兼秋
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 このあとに「陣中作」10局が解答とともに掲載されていますが9局は余詰。残る一局も凡庸でした。
 無双第2番は不詰とありますが、根拠は示されていません。
 月報1941年12月号、松井雪山「三代宗看圖式補正完成章(一)」に今田政一の調査により詰ありとして「杉本氏の異説は再び謂ふ何等の錯覺ではないでせうか」とあります。完全作です。

2017年3月 2日 (木)

忘れられた論客 その16

 1939年2月号「詰將棋斷片」

 詰將棋を解く規定として
「玉方は最も手數長くなる様逃げる事」
「攻方は最も手數短い手順で詰める事」
是は誰でも知つてゐる事であるが詰將棋を作るには是の規定にて作品の本手順を得られる様に作らねばならぬ
攻方云々の規定は本手順より長い手順にて詰む順がある場合に於て必要とするので。
例へば圖巧百番の六百十一手詰は六百参拾餘手にて詰める順もあるが是の規定に依つて六百十一手を本手順とする
もし本手順より早く詰む順があれば同規定に依つて其作品は作品としての價値は認められない
同規定に依れば餘詰ある作品は現在では作品としての價値は認められてゐる
餘詰によつては作品としての價値を甚だしく低下するものであるが、同規定を抹消すれば玉方が最長手順なる様逃げた場合は攻方の詰手順は唯一つのみでなければならぬ様になり終局三手、五手の餘詰ある作品でも作品として成立せず、現在の作品では過半が此餘詰を有してゐる以上同規定の抹消が創作上困難を伴ふ事は明らかである
餘詰の程度に依り作品の正否を區分する事は各作品に依りて手順の中途より發生せるもの、終局に於いて出來るもの等多岐に渡り困難である、餘詰は作品正否に關係せずとすべきか?
  ×  ×  ×
詰將棋の本手順を選定する場合玉方が最長手順なる様逃げたら平凡なる手順である場合手數は短くとも最も興味ある様に逃げる事が玉方は最長云々の規定がある以上解答者はそんな事を斟酌する必要は毫も無い事である
作者が解答者に夫を要求するのが始から無理であつて作者が創作する時その本手順より長い手順を消してをけば作者の創意である本手順が必然的に玉方は最長手順云々の規定と一致する事になるのである
  ×  ×  ×
三月號には里見氏の作品五拾番が登載される由、里見氏の作品は貳百局近くある事と思ふ故自分としては是非百局集成を希望する、それから田代氏の百局、吉田俊三郎氏の五拾局乃至百局も是非集成を拝見したい酒井桂史先生の作品の大集成は近く實理する由であるが現代詰將棋壇を代表する作品だけに我々の期待は大きい。
---


 1941年6月号「現代作圖論」

一、作品評價に附いて

古名作鑑賞が完結したのは昨年の十月だがあの原稿は一昨年の仲秋に草稿したもので實際月報誌上へは一箇年以上寄稿してゐないのである。
題して現代作圖論と云ふだけのものが書けるかどうか解らないが現代の作品に對する希望其の他を述べて見たいと思ふ。
古名局鑑賞の稿を起す際現代名局も同じく五十局選定する考へで作品を調査したのであるが現代作品の方は作圖家其の他作品が複雜多岐に渡り遂に日子關係で起稿の運びに至らなかつた。
古代名局の選定に當つては初代大橋宗桂から幕末の將棋新選圖式に至る一通りの作○
を調査したが宗桂宗古時代の作品は詰將棋初期の作品に見受けられる手餘りの作品が其の殆んどで作品評價の水準以下のもののみにして一通り調査をしたものゝ實際に五十局中に選定したのは二代伊藤宗印の勇略精妙圖式の五百局中からである。
宗印の勇略は名作が多く見受けられるが實戰型作品より構成派作品への轉換期の作品の事として不完全な處が少からずあり、君仲の玉圖は構成派全盛期以後の作品ではあるが形態其の他構圖等の點に於て迄か(ママ)宗看兄弟の作品より遜色あり五十局中に選定せられたのは宗看圖式と看壽圖巧が其の過半を占めてゐた。
同一の作品評價水準を以つて選定した場合それが特異な作品評價法でない限り宗看看壽の作品のみが選定されるのは止むを得ない事であらうかと思ふ。
自分はあの古名局選で君仲の極妙と添田宗太夫の秘曲集を除外した、これはこれら形象型作品は普通の作品評價法で構成派作品と同様に妙手變化を評價する時は極めて低級な作品となるからである。
普通作品評價法に於ては形態も作品評價の一部分を占むるものであるが、象形象型作品に於ては形態と云ふ點に作品評價の主題を置かなければならぬ。
此の意味に於いて作品評價の統一上形象型作品のみ名局鑑賞より除外する事にしたのである、古名局鑑賞に於て其の選定法はかつて里見氏が講述された詰將棋講座の作品評價篇に準據して是を行つた。
作品評價の主要なるものとして揚げられるのは大体次の事項である。
第一、作品の構成(是は構成型作品に於てゞあつて他の作品には餘り關係はない)妙手。
第二、變化、紛れ
第三、形態(形象型作品以外の作品評價法に於ける)
尚此の外に作品減價事項として駒餘の本手順より長い變化手順を有するもの、輕度の餘詰を有するもの等が掲げられる
第三の形態に於てはそれが減價事項となる場合がある。
第一の妙手、構成型に於ける作品構成は作品を形成する第一要素で第一項の妙手を有しない作品は如何に他の事項が優れてゐるとも作品とは云ひ難い。
作品の價値増減の主要部分をなすものが即ち妙手であるが、その妙手を大體その妙手の性質に依つて次の如く分類する事が出來る。
實戰型作品に於いて單妙手、復(ママ)妙手。構成型作品に於ける構成型妙手。
實戰型作品に於ける單妙手とは玉の逃路閉塞に於ける飛角打或は敵駒の利筋消滅を計る桂打等一つの意味を有する妙手で。(ママ)妙手としての價値の最も低いものである。
普通妙手と稱さず輕手等の稱で呼んでゐる
實戰型復(ママ)妙手とは最も作品に用ひられる妙手で玉方の應手で二つ以上の意味を持つ妙手である、もし玉方の應手で二様にあれば二元妙手であり、三様の應手があれば三元妙手である(此の名稱は不適當であるかもしれない。)
此の次元が多い程妙手價値は大きいわけである實戰型に於ては五元妙手を限度としそれ以上を作る事は不可能である。
普通作品に最もよく見るのが二元乃至三元妙手である。
構成型妙手は構成型作品中にのみ見られるものにしてその作品の構成主要部に一手或は二手位見られるもので、その作品の中心をなすものである。構成型妙手はその性質上前記實戰型妙手と同一に評價出來ない。
構成型妙手が現はれだしたのは二代伊藤宗印以降で享保の伊藤宗看看壽の出現に依つて全盛を極めたが其の後彼等に次ぐ天才の出現を見る期(ママ)會なく此の種の作品が多大の天分を必要とする爲其の発表の數を減じつゝあるは嘆はしい事である。第二の變化及び紛れも第一の妙手に次ぐ作圖構成の重要素である。
變化は復(ママ)妙手の價値と關聯しその變化中に含める妙手は作圖妙手の半分の價値を有するものである變化手順は本手順に於ける妙手を中心として發生せるものに限られ他の場合は作圖價値に關係しない。
變化紛れは或程度作圖價値増大をなすものではあるが餘り無味に復(ママ)雜に過ぎる場合殊に本手順より長い場合は減價事項となる。
第三の作圖の形態は構成型作品に於ても重要視せられるものである。
作圖の駒數と手數は形の輕重に關聯して其の作圖の形態價値を増減するものである。
普通駒數と手數の比を一對一とし、それより駒數の多き場合は減價事項による。又壁駒不動駒を有する場合も減價の原因となる
餘詰防止の爲或は變化手順等の爲本手順に關係なき駒の配置も減價の誘因となる事がある。駒餘り餘詰等は現在の作圖評値では作圖として取扱はれない場合が多い。

二、現代は如何なる作圖を要求してゐるか。

以上の作圖評價法に依つて古局五百局中より五拾局を選定したが宗印の作圖は構成に不備な點を多く見られ、君仲の玉圖は稍形態に無關心だつた跡が見受られ殊に妙手價値の點では他の作圖に遜色があつた。
宗看の作圖は變化稍復(ママ)雜に過ぎ殊に本手順より長い變化手順を有するものが多くあつた。
右の評價法に最も適合したのが看壽の圖巧である。看壽の二元乃至三元妙手を含む輕快な中篇作は現代に於ても最も要求してゐる處であると思ふ。
手數參拾手内外で二元乃至三元妙手を含む中篇作は現代で最も要求されてゐるにもかゝはらず此の種の作圖の發表は稀れで發表される作圖の大部分が四拾手以上の長篇作圖でありその作圖中の妙手が殆んど單妙手のみであるのは如何なるわけか。二元以上の妙手の有するものを作る事は外の作圖を作るのに比して困難な理由もあるだらうが主な原因は是等中篇の好局を發表してゐた中堅作家が作圖を發表しない事に依るとも云へるのである。
現代の月報作圖壇の作圖は殆んど新人の作と變つてゐるが、數年前本誌上に中篇名局を發表してゐられた作家の作圖の再び誌上に現はれる事を望むで止まない。
以上の中篇作圖と同時に後世に殘すべき其の時代の代表的作圖も必要である。
今後の長篇作圖は構成型に最も大きな期待が掛けられてゐる。
構成型作圖は享保の昔宗看看壽の天才に依つて既に其の構想を使ひ盡されたかの感があるがよく沈思考慮する時未だ未だ新分野のある事を發見する。然し此の種の作圖は其の構想が困難であると共に餘詰防止の點での努力は實戰型作圖の比でない。
此の作圖の創作が一部の作家に限られてゐるのも又創作の困難からと云ふ事は解るが酒井田代今田等の諸代(ママ)の作圖に接し得ない今日殆んど是等構成型作圖を見る機會がない。新人諸氏の構成型作圖創作を希望すると同時に再び諸先輩の名作に接する日の近き事を望んで止まない。

三、圖式創作に附いて

かつて將棋世界誌上に宮本弓彦君の希望で圖式創作に附いて書いた事がある。
前號に田代氏が同じく書いてゐられたと思ふ、あの時自分が書いたのは今日誌が無くて判然しないが實戰型構想の創り方だつたと思ふ。實戰型は構成型作品に比して其の創作は實に容易である。
實戰の終局面から二元妙手を有する所謂構想になりそうな局面を得たとすると、それに僅かな修正を行つたのみで一個の作品が完成する場合も少くない。
又漫然と盤上に駒を配置して作る方法に於ても同誌上に述べた如く時には好局を得る事がある。
構成型作品の創作は實戰型の夫に比して復(ママ)雜である。先づ角打に依る玉の逃路打開に依る打歩詰消滅を計る構想を得たとする場合、先づ其の構想の正當であるか否かを點檢しなければならぬ。その構想に不備の點がありとすれば必然的に餘詰を有する作品となつて現れ、その餘詰は構想が不完全である限りその消滅は不可能である。
愈其の構想が完全であると解つた場合その構想を盤上に遷すのであるが、構想を中心として序盤終盤の手順を追加し更に此の種の作品に於いて往々陥り易い構想部分以外が平易になるのを防ぎ形態に修正を加へて完成するのであるが、實戰型の創作に比し一駒の移動が眞に構想に影響する場合もあり、殊に構想を盤上に遷す場合は愼重な(ママ)考慮する必要がある。それは構想に關聯せる駒の配置は後に至つてその大部分が不可能であるからである。
白翠選五十局に集録の此型の作品は僅に數局夫から約一ヶ年創る處の作品は二拾局内外、此の種の作品創作の經驗は誠に少ない
殊に此の一年間は創作にも全然離れてゐる
今迄書いたのはその僅かな創作に於ける感想に過ぎない。
然し何はともあれこれからの作品への期待が此の型の作品にかけられてゐる以上夫に向つて進むべきであらう。夫に創作に専念する時間を與へられてゐない。再び創作に進む日が來たら構想派作品の創作に精進したいと考へてゐる。
題名の如きものは何も書き得なかつたが一年振りの草稿である。參考となるなにもないので思ふまゝを書き綴つた。まとまつてゐないと思ふが御諒承を願ふ次第である。
約一ヶ年創作より離れてゐる。然し作品だけは一通り見てゐるから創作への情熱は失つてゐない。又再び創作に歸る日あらば誌上に發表させて頂く考へである。
 北滿の一隅にて 一月二十八日
---
 
実際には後手番の将棋の駒の形。「品」と思われる。

 よく理解できない箇所が多々あります。

2017年3月 1日 (水)

加藤文卓の「圖巧解説」その17

月報1927年8月号

圖巧解説
二峯生

第四拾壹番

0041

78桂、同馬、67銀、55玉、64馬、45玉、44銀成、同玉、43金、同歩、
33飛成、45玉、57桂、同歩成、56銀、同と、57桂、同と、36龍、44玉、
45歩、同馬、33龍迄(23手詰)


變化
78同馬の所55玉ならば
64馬、45玉、46銀にて容易なり

55玉の所
(一)67同銀ならば同歩、同馬、78桂、同馬、58桂、55玉、64馬、45玉、46銀也
(二)67同馬ならば同歩、同銀成、44角にても容易に詰み又44角の所78桂、同成銀、58桂にても詰む

43同歩の所45玉ならば
44金、同玉、33飛成、45玉、36龍、44玉、45歩、43玉、33龍也

56同との所
(一)同玉ならば36龍にて詰み
(二)同馬ならば36龍、44玉、45歩、同馬、33龍也

○本局も巧妙なる手段を以て打歩詰を避ける名作でありまして殊に最初の78桂打の如きは妙味津々たる妙手と思ひます

○但此圖に於ける玉方85とは如何なる意味に於て置かれて居るのであらう或は不用の駒ではあるまいかと思はれます即ち此となき場合詰方77馬と指しても75玉、87桂、74玉、75歩、83玉、74銀、92玉、84桂、81玉にて詰はないやうです諸君の御研究を御願ひします
---

 57桂、同歩成、44銀成も可。
 玉方85とが不要駒であるとの指摘は炯眼です。


第四拾貳番

0042

25銀、同桂、28桂、45玉、46歩、同と、55金、35玉、36歩、同と、
46角、26玉、27歩、同と、35角、同飛、同龍、同香、15角成、同玉、
16飛、24玉、13飛成、34玉、44金、同玉、43龍也(27手詰)


變化
25同桂の所45玉ならば
55金、35玉、27桂也

46同との所35玉ならば
36歩、44玉、55金也

26玉の所46同玉ならば
56金、35玉、36龍、44玉、45金なり

○本局も打歩詰を避ける爲め55とを27へ導く手段巧妙を極めて居ります


第四拾參番

0043

77歩、同と、65銀、同玉、74銀、56玉、45龍、同玉、18角、55玉、
27飛、45玉、37飛、55玉、36飛、45玉、46飛、55玉、45飛、56玉、
65銀、同香、46飛、55玉、36飛、45玉、37飛、55玉、27飛、45玉、
28飛、55玉、48飛、56玉、45角、同玉、46歩、55玉、45歩、56玉、
46飛、55玉、49飛、56玉、47銀、45玉、36金、同金、同銀、同玉、
46飛、35玉、26金、34玉、36飛、43玉、32飛成、44玉、35金、53玉、
54歩、63玉、64歩、73玉、74歩、83玉、82龍、同玉、63歩成、93玉、
82角成、同玉、73歩成、92玉、83銀、93玉、82銀生、92玉、93歩、同金、
81銀生、同玉、72と右、92玉、82と迄(85手詰)


變化
77同との所同玉ならば
86龍78玉、69銀、同玉、78銀、59玉、89龍也
78玉の所68玉ならば
77銀、59玉、89龍也

55玉の所
(一)36香間ならば同角、同金、同金、同玉、38香、45玉、46金也
(二)56玉ならば57歩、55玉、48飛也

45玉の所
(一)46歩間ならば同角、45玉、37飛、56玉、57銀也
(二)37香間ならば同角、45玉、17飛、36銀間、同角、同金、同金、同玉、46金の手順あり
(三)56玉ならば57歩、45玉、29飛、36香、同角、同金、同玉、46金也

55玉の所36香間ならば
同角、55玉、39飛、56玉、57香也

45玉の所46歩間ならば
同角、45玉、37飛、56玉、57銀

56玉の所46歩間ならば
同角、56玉、57銀也

55玉の所56玉ならば
57歩、55玉、45歩、46間、同角、45玉、82角成、48と、46銀也
以下の變化は容易なれば略す

○前記92玉の所原書には93玉、82銀打と指してあるが其れでは二手早く詰故改めたのであります
○本局は大作であります、18角と遠角の妙手を打ち以下二枚角を利用して飛を45に進め65銀と捨てゝ打歩詰を避くる遠謀唯々敬服の外ありません


第四拾四番

0044

48馬、27玉、26金、同龍、同馬、同玉、38桂、同飛成、35角、同龍、
36飛、27玉、38金、36玉、37金也(15手詰)


變化
27玉の所37銀間ならば
17金、36玉、28桂、同銀、26金、同龍、63角、46玉、45角成也

26同龍の所28玉ならば
37角、29玉、28金、19玉、38金也

同玉の所28玉ならば
73角、29玉、28飛、19玉、38飛にても詰む

38同飛の所27玉ならば
28金、同玉、73角、38玉、37角成、29玉、27飛也

27玉の所36同龍ならば
17金にて詰なり

○原書の解答には前記の變化を本文として記載してあるが其れでは二手短くなる故改めたのである
○本局は私の研究不充分の爲か圖面の44桂及24歩の意義が明瞭でない何卒讀者諸君の御教示を切望します
○但59とを缺く時は次の餘詰を生じます即ち48馬、27玉、19桂、同香成、38角、同飛成、37金、18玉、17金、29玉、28馬也
19同香成の所28玉ならば
37角、29玉、39馬、同玉、49金、同玉、59飛、38玉、48金也
---

 27玉は変化同手数です。
 加藤が書いている通り44桂及び24歩は不要駒のようです。


第四拾五番

0045

75龍、87玉、76銀、97玉、86龍、同香、89桂、同香成、98歩、86玉、
88飛、同成香、87歩、同成香、75銀、85玉、94角成、同金、86歩、同成香、
74銀、95玉、94金、同玉、83銀生、同玉、84金、92玉、82銀成、同玉、
81と、同玉、72桂成、92玉、83角、91玉、82成桂、同玉、73香成、91玉、92角成、同玉、83金、91玉、82金迄(45手詰)


變化
87玉の所75同玉ならば
76銀、74玉、67銀、77歩、同飛、同金、同香、75歩間、66桂、73玉、63金、84玉、83角成也

86同香の所同玉ならば
87歩、97玉、89桂にて直ちに詰む

81同玉の所92玉ならば
82と、同玉、73香成、91玉、82角、92玉、93金、81玉、72桂成にても詰む

○本局も86龍、89桂、88飛等を犠牲として歩詰を避くる手段流石に巧妙であります

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