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2017年3月 5日 (日)

忘れられた論客 その18

 1943年1月号「名局に觀る」。

初代大橋宗桂以降参百年の作圖史は駒餘り圖式の消滅より享保年間に於ける純創作型圖式への發達更に形象圖の出現と幾多の盛衰推移を經て現在に至つてゐるが、享保の三代宗看同じく看壽の作品はその一部は現代作圖理論に於て、「準手餘り」と看做さるべきものがあるとは云へ作圖理論の最も進歩した現代に於ても尚最高に位する作品とされてゐる
構成型作品に於て短篇作品は別として數拾手以上の本格創作はその主眼となるべき作品構想を必要とするが、作品創作に於て最も困難とされるのはその着想でなくその構想を如何にして作局中に生かすか、又その構想を如何にして不自然の状態でなく作品中に表現するかと云ふ點にある。
此の型の作品がその着想の特異性から、或は、玉の一定軌道を必要とし、或は合駒制限を必要とする爲、他の部分が平易になり過ぎるとか圖式が不自然の形に陥り易いものである。
その着想が秀抜であるに正比例して是等創作上の困難な諸條件を伴ふものである
今看壽の圖巧を看るに作者の非凡なる創作力は此の難條件を排除して幾多名局を得てゐるが形態の點で不自然を感じる作品が二三あるを認める。
宗看と看壽の作品を對照するに兄宗看の作風は創作技巧を主に作品構想を從にしたものであり看壽の夫は前者と反對に構想に重點を置て作つたものと看らるゝのである
宗看圖式が一定水準の作品が揃つてゐるのに對し圖巧が名作と他の作品價の差が大きいのも或は又作圖全般を通じて宗看の豪放、雄大、看壽の巧緻微妙と云つた差異もこの作風の差異から來るものと見られる。
この二つの大きな流れは現今に於ても尚一部級作家に間に認められるのである。
看壽の衣鉢を受け繼ぐものに酒井桂史氏の諸創作あり宗看の壘を摩すものに今田氏ありとは雪山、松井氏の言
である。尚其の他の作家について云へば前者に里見、後者に田代(内藤)田邊氏があると思ふ。
  ×  ×  ×
圖巧第八番

100008

43歩、同玉、33金、同歩、52銀、同馬、32桂成、44桂、同金、同角、
同と、32玉、87角、同龍、43金、同馬、同と、22玉、34桂、同歩、
77角、同龍、92飛成、32角、同と、同金、同龍、同玉、23金、31玉、
22角、21玉、12金、32玉、33香、同桂、23桂成、同玉、13角成、32玉、
22馬
まで41手詰
※1

看壽圖巧第八番の着想は二枚角遠打であるが五一と五三に是を配置して手順の推移に依り是を得る順も極く自然の状態に於て行はれて居り着想の第一着手八七角が十三手目第二、七七角が二十一手目にと各々適當の箇所にあるのも此の作品の價値を大ならしめてゐる。
又合駒制限必要とする爲の六四成香の配置も殊更に形を損してはゐない。
合駒の使用はその局面と手順の如何に依つては作品價を減少する事があるが此の作品に含まれた四四桂三二角は共にその駒の攻方に渡つた場合を考慮して行はれる部類に属するものであり、作品評價法に依れば増加事項に入つてゐる。
遠打を分類すると玉方の利筋消滅攻方の利筋發生及打歩詰回避等があるが是の局は前者玉方の利筋消滅の部に属する
其の着想第一 八七角龍移動に依り次の七七角に於て龍の利筋が縦横何れかが香の蔭になる二枚角遠打は數多くある此の作品の何れの着想よりも優れていると思ふ。
遠打の着想はその成立要件として中間合駒に依り作意を阻害されない爲の中合に對する變化手順を必要とし構成の性質に依つては玉方の質駒を目標として行はれる變化手順を必要とする遠打作品は前記の外に餘詰が伴ふ事が多く完成迄の努力は他の作品創作の場合と大變な差がある。
此の型の作品は構想點以後の推移が概して平易に陥り易いものであるが最後の集(ママ)束至る迄整然としてゐるのも作者の非凡の技倆を示すものと云へやう。
兎に角この着想を以つて是だけの作品にまとめる迄の努力は想像外であらう
幾多の作品中名局と云ふ感を強く受けた作品である。又私の最も好きな作品でもある
  ×  ×  ×
宗看圖式第拾六(ママ)番

090060

57桂、同馬、37桂、44玉、45歩、同金、33龍、35玉、36歩、同金、
24龍、44玉、33龍、35玉、27桂、同金、24龍、44玉、35龍、同玉、
36歩、44玉、45歩、33玉、43馬、24玉、26飛、同金、25歩、同金、
33馬、同玉、25桂、42玉、33金、31玉、21と、同玉、12歩成、同銀、
同香成、同玉、13銀、21玉、22銀成
まで45手詰
※2

宗看圖式の第六拾番はその作品から作者の着想の主眼と看らるべき箇所は見受けられないが五四金の移動から打歩詰回避の二枚飛の犠牲等、作品全体を通じて妙手を包含し作者の力が全局に強く感じられる作品である。宗看圖式は調べて特に印象の深かつた作品も少なかつたが此の程度なら自分でも創れると思つた作品も無かつた
(完)

本稿は葉書八枚に綴つたものにて其の熱心と病
※3を癒やす傍らも絶へず斯界に精進を續ける真摯な氏の努力の姿が感じられます(編輯子)
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『將棋龍光』の松井雪山序文にある
※1実際の誌面には手順なし
※2実際の誌面には手順なし
※3はっきりした年月は分からないが、1943年11月号「噫 酒井桂史先生」に病を得て日本国内で療養していたとある

 準手餘りは、里見凸歩「詰將棋講座」第三回(月報1935年12月号)に減価事項として掲げられています。「玉方が最長手順なる様應酬すれば攻方の手駒の餘る場合」、というのは変長ですね。他に「攻方が飛角等を王よりはなして打てば王方の合駒がそれ丈餘計にとれるとき王にぶつけて打ちても差支なき否それが本手順なる場合」も記載してありますが、これは余詰でしょう。

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