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2017年2月12日 (日)

忘れられた論客 その8

 「忘れられた論客」では、杉本兼秋の言説を紹介しています。
 1937年12月号「現想と現實」。

 理想と現實
 
將來の詰將棋創作分野に附いて

 名月や蟲の音利きつ詰棋かな 秀峰
今日は十月五日、いつしか夏も過ぎ、朝夕は涼感を覺ゆる中秋になつてゐる。
今日も朝から雨である、
徒然のまゝ立上がつて書架より調べ古された宗看圖式を一冊抜いて來た。
綺麗に磨かれた柘植の駒が盤上に心地よい音を立てる時其の盤上にたゞよふ神韻、超人的なる構想の妙、
今更ながら鬼才宗看の絶技に感歎久しうあるのみ。天才が時代を生むか、時代が天才を生むか──聞き慣れた言葉ではあるが、將に宗看こそ時代によつて生れ然してより偉大なる時代を拓いた天才とも云ふべきであらう。宗看の後世に殘した定跡は弟看壽の夫と共に實に大きい。夫は我々後進の驚異であり尊敬であると共に我々に與へられたる奮起であり努力でもある。
今草場に眠れる宗看、看壽の遺業を偲ぶ時我々と後進は自と頭の下る感あるなり
偉大なる哉宗看!偉大なる哉看壽!

曾つて本誌上に小生が『詰方は最短手數を以つて詰める事』と云ふ詰將棋規定の不必要を論じたのに附いて次號に於て里見氏が例證を掲げて其の必要性を述べられたが、其の時自分は單なる考へで自分の主張が正しいと信じ再三里見氏に反撃した。
然し其の後、數多の作品を調べて其の過半が此の規定を必要としてゐるのに驚いた。
詰圖の終局に於て後三手で詰むのを別の指手にて五手以上にて詰め得る場合は餘詰ある作品と云ふ事になるが後一手にて詰む場合外の指手にてそれ以上の手數を要して詰める手段ある場合、同規定にて此の餘詰は唯單に手數を長くするのみで攻方の執るべき手段ではない事になる。
然し或る反面より觀ると此の様な作品が藝術的價値を減ずると云ふ事にはならない迄も此の様な手順(餘詰と云ふべきでない餘詰)を有さない作品に比較して幾分か劣ると云ふ事は否めない事実であらう
又此の様な順ある詰圖の中には調べて不快の感ある圖も僅少であるが存在するを見る(自分のみの考へかも知れぬ)
然し是等の作品を(故人作或は既發表のもの)不完全作とする事は絶對に許されず、又これから創作する作圖家としても此の種作品を創作する事が出來得ないとすれば其創作範圍は著しく狹められる事になる、將來は兎も角現在は里見氏論の如く此の種作品は先づ完全なる圖として觀るが至當であらう。

 『玉方は最長手數なる様應酬する事』
是も詰將棋の規定であるが、里見氏は本紙昨年六月號誌上にて次の様に論述されてゐる『最長手數なるが如き玉方の應酬によりて生ずべき手順が當然變化手順なりと思惟せらるが如き場合はたとひ手數は最長ならずとも當然本手順なりと看做さるゝ手順の方を本手順とすべきである』と
此の規定を必要とする圖は宗看、看壽の作品に多く可成強度のものも含まれてゐる。
現今に於ては玉方の最長手順なる様應酬すれば持駒が餘る場合に限られてゐる様である。例外として最も妙手多き手順を本手順としてゐる場合もあるが、此の場合は本手順より長い手數の變化は消すべきである。
是等の作品は玉方は最長手數云々の規定に反すると見らるべきであるから里見氏も云つて居られる様に是種の作品を作る事は出來得る限り極力忌避すべきで、近き將來には之は詰將棋の規定中に加へられるべきである、
  ×  ×  ×
又詰將棋に於ては攻方の手順が前後しても同じ意味のものがある。

春圖

Photo

春圖は自分の例圖として創つたものであるが、正着は34桂、同歩、33銀、同桂、12金と着手すべきだが直に12金にても其の結果に於ては變りはない。此の種の圖も又不完全作と看做さるゝ時代が來るであらう。
  ×  ×  ×
詰將棋は今後創作に於て尚無限の新境地を開いて行く事が出來得るか或は又前途に行き詰りを感じてゐるか、是は最近本誌上に於て論議されてゐる處であるが是を確實に論ずる事は一見簡單の如く見えるが今迄に創作されてゐる詰將棋を調べて此の問題の複雜で甚だ面倒なえう事が判る。
是は自分が前に書いた様に探偵小説と同様の事が云へると思ふ。本格探偵小説が或程度行詰まつており變格探偵小説が尚無限の境地を持つてゐる。
詰將棋も是に或る程度の共通性を持つてゐるなれば次の様な事が云へるのではないだらうか。
『詰將棋に於ける作品全部としての新しい趣向を持つてゐるものを創作するのが或程度其の創作に行き詰りを感じており、詰手順に於ける新しい趣向──一個の作品に部分的に幾等かの新しい趣向(妙手)を持つてゐるもの所謂追詰作品に於ては未だ無限の創作新境地を持つてゐる』と
然し作品に於ては二つ共含有してゐる圖も多数あり其の分類は判然しないが此の論が正確に近いのではないかと思はれます。
言を變へて言へば實戰型作品に於ては創作新境地を持つてゐるが、創作型作品の一部分に於ては行詰りを感じてゐるとも云へやう。
作品全体の趣向を持つてゐる作品を掲げて見ると例へば宗看作十五番、看壽作六十二番等即ち夫であります。

宗看作圖第十五番

090015

93歩、83玉、86香、84飛、同馬、82玉、92歩成、同香、93馬、同玉、
95飛、94歩、同飛、同玉、85金、93玉、84金、82玉、73金、同玉、
83飛、64玉、65歩、54玉、44角成、同香、55歩、同玉、53飛成、54金、
44龍、同金、56香
まで33手詰

宗看作十五番は持駒飛にて詰なく歩にて詰ありと云ふ局面を創作したもので、持駒飛を歩に變へる爲の巧妙な93馬の妙手が生じるのであります。此の點宗看の着想が如何に優れてゐるかが判ります。

第六十二番看壽作圖巧

100062

17金、同馬、19銀打、29玉、18銀打、同馬、同銀、28玉、22飛、同馬、
23飛、同馬、73角、18玉、19銀、17玉、62角成、27玉、26馬、38玉、
37馬、29玉、28馬
まで23手詰

看壽作六十二番は飛飛角にて詰なく一個の成角にて詰ありの局面で22飛、23飛の二枚飛車の打捨の妙手にて成角が作れるのであります。此の様な作品としての趣向は宗看看壽の作品に於て殆ど用ひ盡されたかの感がないでもありません。
一局々々作品としての新しい境地を開拓して行くのは偉とする處で宗看看壽の作品が他の何れより優れてゐるのは此處にあると思ひます。
指將棋より分離し現今では一個の創作藝術と進んだ詰將棋は指將棋に捉はれず指將棋の終盤には絶對に現はれざる型の詰將棋創作をに向つて飛躍すべきである。
今迄の本誌に於ては一部の圖式創作者を除いては我々は比較的此の方面の開拓を等閑に附して來たかの感があります。最も此の種の創作が至難の爲であつたからと思ひます。
月報の詰將棋が餘り行き詰りと云ふ如き感がないのもこの爲と思ひます。
或程度の行き詰りを感じてゐる此の方面に於て何處かに『作品としての趣向』の未だ用ひられてゐない部分を發見し新分野を開拓して行く事が今後の詰將棋界を盛大ならしめる事になると思ひます。又それは我々圖式創作者に與へられた使命であると思ひます。
詰將棋の水準を或程度下げて一般解答者にも容易に解答出來る様にすると共に又一面程度の高い作品を作る様努力しなければならぬと思ひます。
後世に殘るのは解答者の多少、作品を觀賞する者の如何でなく唯其の時代に於ける作品の優劣のみと思ひます。
宗看看壽の作品を見る時我々が果して此の角度に向つて幾許の新生面を開拓し得るかを考へれば聊か憂鬱にならざるを得ないが自分の創作力を思ふ時理想の現實の一致し得ない苦惱。
思へば一局々々に歡喜を持つたあの頃が懐しい。
ふと眼を窓外に向ければ外暗に雨蕭條。
 秋雨や憂鬱になる詰棋かな 秀峰
兎もあれ我々は理想に向つて最善の努力をなすべきときである。(十月五日)
 此の稿に對し里見、田邊、田代諸氏の御感想が伺へれば幸と思ひます。
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 原文は図面だけで手順の記載はありません。
 春圖は手順前後の例題とされていますが、33銀のところ12金は成立しません。
 いつもながら回りくどくて分かりにくい文章です。特に「實戰型作品に於ては創作新境地を持つてゐるが、創作型作品の一部分に於ては行詰りを感じてゐる」というのはどういうことなのでしょうか。
 実戦型は新しさなど無用だからいくらでも再生産できるが、創作型は新しさが命だから創作が難しいということを言いたいのでしょうか。


 1937年12月号「今思つてゐる事」。

將棋大矢數の作者無住仙逸なる人は岩木氏の書かれた様に戰國時代の人の様に思つてゐたが最近求めた本で其の序詞に著者は五代宗桂以後の人の様に書かれているが其の時代の人ならば既に駒餘りの禁ぜられてゐたであらうと思ふ、當時に於て巻頭番外三百九十餘手の大作品が駒餘りであるのは不思議な感がある。
此の作品が現今迄に於て看壽の百番煙に次ぐ大作ではあるが、千日手模様を應用して手數を長くするのに歩の合駒を用ひる爲盤上に一歩配したのみで皆玉方の合駒に用ひた點作後で取つた十七枚の歩が全部駒餘りになるなど唯手數を長くするに止まる見えすいた構想が何となく私に不滿なものを與へた。同じ作品でも手數は短いが看壽の霞や、宗看の追龍の作品の方が着想の點では遙かに優れてゐると思ふ。
此の大矢數の様な作品は急がしいこれからは次第に忘れられて行くのではないだらうか。故人に對して甚だ失禮と思ふが──

詰將棋の作品を作つても、唯々發表するだけでは淋しいものです。
詰將棋を作つてゐる人達の間にて作品に對する意見や感想を交換し合ひたいものと思つてゐます。詰將棋の作品を互に研究する研究會の様なものゝ出現を望んでゐます。
田代、田邊、里見、諸兄の詰將棋の御意見も伺ひたいと思つてゐます。
現代詰將棋界の至寳酒井桂史先生の作品に接しないのは淋しい感がします。
あの高雅な香を持つ酒井先生の作品を殆んど全部の人が望んでゐる事と思ひます。
又た先生の詰將棋に對する御高見をも是非我々後進の爲に承はらせて頂きたいものです。(終)
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 「看壽の百番煙」は誤りですが、第百番を煙と呼んでいたのは杉本だけではなく、前田三桂も1926年4月号の「良藥口にニガし」で「看壽の第百番は煙の圖と稱せらるゝ六百數拾手に亘る大作である」と勘違いしています。
 「霞」は第83番ではなく、第99番を指しているのでしょう。

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