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2017年1月26日 (木)

「將棋月報」とプロ棋士

「失禮御免へたの横槍」始まる
 昭和3年6月号から前田三桂の「失禮御免へたの横槍」が始まる。これは当時の高段棋士の指し将棋で終盤即詰があるのに詰めなかった棋譜を示して横槍を入れてプロ棋士の詰に対する甘さを指摘したもので、その歯に衣を着せぬ論鋒に読者からは拍手喝采を浴びたが、プロ棋士からは当然ながら快く思われず、月報から離れる棋士が多かった」
湯村光造氏「『将棋月報』で辿る戦前の詰将棋界」1998/11「詰棋めいと」

 「將棋月報」とプロ棋士とは当初良好な関係にあったにもかかわらず、前田三桂の「へたの横槍」による執拗な詰抜け指摘によって離れていったというのは事実だったのでしょうか。

月報1931年5月号
「失禮御免へたの横槍」(三五)
前田三桂
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ヘタの横槍が一時三歩居士からイヂメられて、随分手嚴しい攻撃を受けた
が、今では却て世人の注目を引き、大に歓迎せらるゝやうになつて來た。而して居士はモウ到底横槍の撃退を不可能と思つたのか、名刀を揮ふ事も斷念したらしい。其代りに爰に又陰儉なる勁敵が現はれて來た。其敵は堂々と誌上で爭ふといふ勇氣のある奴ではなく、蛇の如く執念くコソコソと蔭にあつて月報に迫害を加へんとするのであるソウナ
ヘタの横槍は正義の爲に揮ふのであるから、謂はれなき迫害が加へらるゝならば、其加へらるゝに反比例して益々峻烈に猛撃を加へてやるまでである。
玄人の将棋指し共は、其弟子達を戒めて月報を見るなと注意をする。毎々横槍に醜態を暴露されるのを愧づるが爲ではあるが、誠に智慧のない禁制である。
由来見るナと言ふほど見たがるのが人情である。此人心を利用して能く新聞雜誌等に男讀むべからずとか、或は女見るべからずの廣告が出て居る。スルト男なり女なりが貪り讀むものである。
師匠が見るなと排斥する横槍は、弟子達が殘らず讀んで知つて居るのである。否々師匠自身がコツソリ讀んでフンガイして居るのである。
夫れが證據に月報の御得意塲は、聯盟棋士のお膝元の東京が第一で、年々讀者は殖えて行くとのことである。
聯盟棋士の或る者が月報を仇敵の如く心得、常に之に壓迫を加へんとして居るのは事實である。而して是が今に始まつたのではなく随分久しい以前からの事である。
大正十四年十一月二十一日麹町區平河町關根名人方に於て聯盟會臨時總會が開催せられた、其席上で、信州松本市で發刊される「將棋月報」に土居聯盟會長の一身上に關し誹謗に類する記事あるに付き、東京將棋聯盟の決議を以て、之に戒告を與へ、若し其態度を改めざれば、將來聯盟加入の専門棋士は、一切同誌に寄稿しないことにしやうとの提議があつたのである。此會議の詳細は當時發行せられて居た金八段主宰の將棋の國なる雜誌上に明記せられて居る。
此問題が提起せられてから後間も無く各地方の棋士にまで手を延ばして専門棋士の月報への投稿を阻止したのである。月報誌上専門棋士の跡を絶ち、純然たる素人雜誌になつたのは是が爲である。

三歩居士の「名刀の切れ味」は、「へたの横槍」に対抗して、高段棋士の妙手を賞揚する内容でしたが、実はこれも前田の筆によるものでした。
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 「へたの横槍」は1928年6月に始まり1933年8月までほとんど毎月掲載されていったん終了。1934年5月から再開され1943年7月までは断続的に掲載されました。ざっと数えたところ120回以上です。1933年8月までにどんな棋士が槍玉に挙げられたのか調べてみましたが、最も多かったのは溝呂木光治七段で10局以上ありました。次に多かったのが金子金五郎八段です。土居、花田、木村は二三局程度でした。大正時代の棋譜にまで遡って実戦の詰抜けを指摘されるだけでなく、著書に掲載した詰将棋にも余詰ありとして槍玉に挙げられてはたまったものではありません。

 前田三桂の書くところによれば、月報創刊以前の「道樂世界」から既に問題視されていて「各地方の棋士にまで手を延ばして専門棋士の月報への投稿を阻止」したとあります。
 ところが調べてみると、大阪号主幹だった木見金治郎八段は1928年12月まで定跡講義を掲載していますし、花田は1926年7月号まで、木村も1926年9月まで断続的に講義がありますが、月報創刊から2年近く経っています。「地方棋士」の時田慶三郎六段(中京)は1930年あたりは毎月、最終1936年4月まで寄稿していました。
 してみれば、前田三桂の言い分はかなり怪しいといわざるを得ません。

王将1954年5月号
「失禮御免へたの横槍」
前田三桂
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 そもそも俺の横槍の由来と言うは、始め俺は名人上手達を将棋の神の様に崇拝し、その指手は一手一手を絶対至上動かすべからざるものと信じ切っていた。しかるに偶然花田七段対大崎七段の将棋に花田が詰を落しているのに出会った。俺はトンボの眼玉のようにクリクリと動かして吃驚した。花田七段は詰将棋の大家だ。もしか俺の錯覚かも知れんと、入念に棋譜を調べたが、俺の指した手はどこにも狂いはない。ナンダ神様も只の人間だね。では外の七段八段連中の棋譜も調べてやろうとその頃は棋譜は山ほど集めていたから朝から晩まで飯を食うのも忘れ、俺の狭い橘仙居に閉じこもり調べに調べて夜を徹する事もあった。出てくる出てくるソラ出た。又出た。パラッと出たという工合に伏死累々、惨状眼も当てられぬばかりであった。是を塩漬にして独り楽しむのは勿体無いと、月報へ登載し始めたから、サァ大変、芋畠へ野分きが吹き込んで来たように、東都棋壇は動揺して噪ぎ出した。そして俺の将棋の神様の崇拝熱も信仰心も、シャボン玉のようにフワフワと宙に浮いてスーッと音もなく消えてしまった。
 その頃東都棋壇の牛耳を執って居るものは土居八段でその声望は関根名人を圧して居た。土居は月報の行動を束縛せんとし月報誌上に定跡講義を載せる棋士に回章を廻して、投書をしてはならぬと厳命したとの噂が立った。その結果か花田や木見や木村等の高段の定跡講義が一斉に尻切れトンボとなって中絶してしまった。
 定跡講義が載せられなければ、将棋雑誌はこの致命傷のために自滅するより外はない。月報の読者は憤慨して月報擁護のために起ち上り、それぞれ得意の部署に付いて奮斗した。
 月報は東都棋士の迫害に逢い、孤立無援におちいったが、よく堪えて廃刊しなかった。どうした訳か却って東京でよく売れた。読むなと言うほど読みたがるのは人の情で、逆作用をなしたらしい。しかして月報は純詰将棋雑誌になった。月報は詰将棋鼓吹に力瘤を入れて次々に読者の詰図を発行した。このため詰将棋熱が素人間に燎原の火のように炎え拡がり詰将棋愛好家は翕然として月報の傘下に集ってきた。月報は倒れる所か却って隆盛になって、定跡講義はなくても、詰将棋雑誌として自立して行けるようになった。
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 花田、大崎戦が連載第一回目の横槍です。
 これは戦後になってからの文章ですが、「花田や木見や木村等の高段の定跡講義が一斉に尻切れトンボとなって中絶してしまった」のは上述したように、「へたの横槍」の連載が始まってから中絶したのではなく、花田、木村はそれ以前に終わっていましたし、木見はそれ以後も連載していました。前田じしんが月報に書いたものとは違う内容になっています。
 ただし、土居八段の詰将棋は剽窃ぶりが読者からも再三批判を浴びていましたので、恨みを買っていたのは確かでしょう。

 何事も鵜呑みにしてはいけませんね。

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2017年1月28日追記

 その後気がついたことを付け加えておきます。
 まず、1931年5月号の記事において、1925年11月、「聯盟會臨時總會が開催せられた、其席上で」月報に対する「提議」がなされたとありますが、決議するに至ったとは思われないこと。木見八段(当時、坂田八段派とは別個の、大阪の棋正会の首領でした。1926年には東京將棋聯盟と合流して日本將棋聯盟創立。木見は関西支部長に就任)や時田六段に対し「各地方の棋士にまで手を延ばして専門棋士の月報への投稿を阻止した」という事実があったのか疑わしい限りです。
 一方、「へたの横槍」の連載開始後の、1929年の年賀広告には、前年まであった土居、花田、木村の名前は消えています。一定の影響はあったのでしょう。關根、木見、時田は後々まで月報に年賀広告を出しています。
 月報1931年4月号では朝日新聞主催の松本市での将棋大会を大きく報じており、土居、木村など「日本將棋聯盟全員来松」という見出しになっているところから、月報社の側からプロ棋士を誌面から閉め出したということではなかったと思われますし、1934年5月号には大崎八段や金八段が執筆していた「将棋時代」の広告が掲載されており、曰く「『将棋時代』は飽まで研究的であり専門的である、『將棋月報』は批判的で、自由性に富んでゐる。(中略)この異なつた二つの雜誌は異なつてゐるが故に、各々の存在理由があると思ふ」と月報を立てながら宣伝に努めているところなど見ると、月報とプロ棋士の対立なるものは、前田三桂によって面白おかしく仕立てられた話のような印象を受けます。

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