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2017年1月 2日 (月)

命名

 戦前の「將棋月報」の出題作で命名された作品は2局しかありません。作者自ら名付けたことが確実なのは、1924年10月の奥坂金次郎作「豐秋」。出題欄の余白に「駒悉くを盤上に配置し『豐秋』と題したり月報社の隆盛を祝す爲め之を寄贈す」とあります。

伊勢 五段 奥坂金次郎氏作

3230

84成香、同桂、同角、92玉、93金、同桂、同角成、同玉、85桂、92玉、
84桂、同歩、93桂成、81玉、83龍、71玉、82龍、61玉、51歩成、同玉、
33角成、同歩、53香、41玉、52龍、31玉、21と、同玉、11歩成、31玉、
23桂生、同金、32銀、22玉、23銀成、同玉、12龍、24玉、14金、25玉、
23龍、36玉、37銀上、47玉、57と、38玉、49金、同玉、29龍、同と、
48飛、59玉、58と、69玉、68と、79玉、78金、89玉、49飛、98玉、
97と、同玉、99飛、98角、89桂、96玉、98飛、85玉、77桂、75玉、
76歩、同玉、96飛、86角合、同飛、75玉、57角、66桂合、同角、同銀、
76飛、同玉、88桂、75玉、86角
まで85手詰


 
23桂生の手順前後はありますが、収束の捨合など良くできていると思います。

 もう一局は酒井桂史の「天馬空行」ですが、こちらは1931年9月の山村兎月の「前號詰將棋解説」中に「本局は酒井先生一大作物なり二枚馬の活動を主眼として作爲したるものにして一名『天馬空行』と題す」とあり、名付けたのは酒井のように取れますが、山村かも知れません。

 図巧第99番の「煙詰」は誰が名付けたのか判然としませんが、第100番の「寿」は「戦前、将棋世界で本局の愛称を募集し」た結果決まった名前だそうです(古図式全書第六巻・門脇芳雄解説)。
 詰将棋作品に命名することは現在では珍しくありませんが、これを始めたのは「将棋評論」で、「一般投稿の新作すべてに命名を…と募集要項に明記して実行された」そうです(「詰棋めいと」第23号川崎弘氏による)。そういえば柏川悦夫作に「鎖鎌」(将棋評論1952年2月・『駒と人生』第34番)という中篇がありました。
 黒川一郎氏が命名に熱心だったことはよく知られていますが、名前があろうとなかろうと良い作品は生き残り、そうでない作品は消えていくのではないでしょうか。

 題名は固有名詞であり、固有名詞とは特定の事物に付けられた名前です。『鏡の国のアリス』にはこんなやりとりがあります。
 「そんな突っ立って一人でブツブツ言ってるんじゃない。名前と用件を述べたまえ」
 「あたしの名前はアリスですけど、でも――」
 「聞くからに間抜けな名前だ!」とハンプティ・ダンプティは、短気そうに口をはさみます。「それでどういう意味?」
 「名前って、意味がなきゃいけないんですか?」アリスは疑わしそうにたずねます。
 「いけないに決まってるだろうが」ハンプティ・ダンプティはちょっと笑いました。「わたしの名前はといえば、これはわたしの形を意味しておる――しかも、すてきでかっこいい形であるな。あんたのみたいな名前では、ほとんどどんな形にだってなれそうじゃないか」
<(C) 2000 山形浩生 プロジェクト杉田玄白正式参加作品>

 ハンプティ・ダンプティはずんぐりむっくりという意味です。名は体を表さなければならないというのがハンプティ・ダンプティの信念なのです。

 さらにブヨとの次のような会話もあります。
 「――だったらきみは、昆虫はみんなきらいなの?」とブヨは、なにごともなかったかのように、静かにつづけました。
 「しゃべれると昆虫も好きよ。あたしがきたところだと、話す昆虫なんかぜんぜんいないもん」
 「どういう昆虫に熱狂するの、きみのきたところだと?」とブヨがたずねます。
 「あたし、昆虫に熱狂したりはしないわよ。ちょっとこわいんだもの――特に大きいのは。でも、名前なら少しはわかるけど」とアリスは説明します。
 「もちろん昆虫は、名前を呼ばれたら答えるんだよね?」とブヨはなにげなく言います。
 「あたしはそういうおぼえはないけど」
 「呼ばれて答えないんなら、その子たちは名前なんかあってもしょうがないじゃないの」とブヨ。
 「そりゃ昆虫には役に立たないだろうけど、でも名前をつけた人間には役にたつんだと思うな。だってそうでなきゃ、なぜそもそもいろんなものに名前なんかついてるのよ」とアリス。

 ここでは固有名詞と普通名詞が一緒くたになっているようですが、「名前をつけた人間には役にたつ」というのはその通りですね。
 こんなナゾナゾがありました。
 「自分のものだけど自分より他の人がよくつかうものはなあに?」
 答えは「自分の名前」というものですが、人間以外の事物の場合は自分が使うことはそもそもできず、呼ばれるしかありません。命名は一方的なものです。人間の場合でも、生まれてきたこどもは本人に相談もなく、一方的に命名されるわけです。(笑)

 生れ来て父の投網に屈しけり(永田耕衣)

 名は体を表さなければならない(人の名前は別ですが)、役に立たなければならない、この二つが命名の意義だとすると詰将棋作品にも適用できそうです。
 つまり、容易に想起できない事物を参照するような命名は褒められないということです。橋本孝治作「イオニゼーション」(近代将棋1985年12月、789手詰)は玉方香歩の位置を順次変えていく論理的であると同時に幻想的な作品で当時の新趣向ですが、まず、イオン化という現象が分からない上に、題名の由来である「イオニゼーション」という曲も今に至るも聴いたことがない、というわけで困ったものです。(笑)   一方、作品名を聞けば、それがどんな作品か思い出すことはできる。この場合、作品を知っているから長々しい説明は不要なためで、題名が作品を指示する役目を果たしていることは確かですが、それでも題名によってこの作品が理解できるわけではない。しかし作品を知らない場合は、いくら耳元で題名を叫ばれても知らないものは思い出せないのです。
 命名が必ずなくてはならないとも、これはという作には命名した方が良いとも思わないので、一度も命名したことはありません。
 「徳島の住人ならではの命名で、作品価値にプラス・アルファが生じました」。これは近藤孝作「阿波踊」(近代将棋1974年9月)に対する森田正司氏の解説、「この巧妙な趣向手順にふさわしい命名があれば、もっと評価が高まっていたのではないでしょうか」。こちらは上島正一作(
近代将棋1975年10月)に対する同氏の解説(いずれも『近代将棋図式精選』1983年1月)ですが、命名によって作品価値が増すというのはとても信じられません。およそ作品に合わない命名をしてマイナスになることはあると思いますが。
 命名に反対はしませんが、作品の側からすれば拒む術がないわけですから、見るものをして納得せしめるような命名をして欲しいと思います。
 くどいようですが、上田吉一作「モザイク」や「モビール」は、題名がなくても名作であることに何ら影響はなく、
題名が価値を高めたわけではないことは強調しておきたいと思います。

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コメント

私は命名賛成派です。ただし、命名が作品のイメージと合っていると思われる場合ですが。
本文で紹介されている柏川氏の「鎖鎌」は、『私と人生』を初めて読んだとき、違和感しか
ありませんでした(今でも同じ感想です)。
同様に、昔飯田岳一氏が自作煙詰に「FK5」とか命名していたのも、それは作品名でなく
単なる番号であり、あまり意味を感じません。
でもたとえば黒川一郎氏の「あめんぼ」とか「逃げ水」とかは、命名があるからこそ
より伝わる場合もあるのではないかと思っています。

あと命名は、作品について論じるときにかなり便利ということがありますね。

個人的には命名したくなるような作品をこしらえたいのですが、力不足でなかなかそういう
作品はできません(涙)。

解答さま

コメントありがとうございます。
え~、私は命名一般に反対しているわけではなくて、消極派です。
命名のセンスが良いのは黒川氏、良いと思えないのは駒場氏かな。
あと、田中鵬看氏の「神風特攻隊」はいくら何でもどうかと思いました。

上記以外の好きな命名作品。
黒川氏「やすり」「旅路」「コマ鼠」「奔馬」「振り子」「車井戸」「蹴鞠」「荒駒」「天馬」
駒場氏「春雷」「地雷原」「心理試験」「ギアーチェンジ」「かぐや姫」「父帰る」

?な命名作品(あくまで個人的な見解です)。
黒川氏「王昭君」「河童」
駒場氏「紛れ命」「不成歩詰」「内閣支持率」「是非に及ばず」

解答さま

「奔馬」は田中鵬看氏にもありますが、どちらも傑作ですね。
「奔馬」は黒川氏の造語かと思っていましたが、辞書に載っていました。

私は命名派でも批判派でもありません。(そんな人もいます。)
しかし作品に他との区別もなく、何も無しでは、どれがどれだかが判りませんでしょうか。
なのにみんな顔ナシだなんてではあまりにも可哀相です、自作の作品に対しての愛も感じられません。

僕は題名は作品と一心同体だと思ってます。
作品が可哀想になる題名だけは付けて欲しくないと思ってます。
黒川さんの作品は皆さん一心同体と感じるものが多いと思います。
添川さんも巧いです。
駒場さんは良いのは良いけど、酷いものが沢山あるって感じです。

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