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2016年12月18日 (日)

詰将棋作品の解説について


◇中24 入選18回
東京都 山本民雄氏作
☆45・7・24再投稿

Para66705156
27角、同馬、99飛、38玉、57銀、37玉、48銀、38玉、37銀、同玉、
97飛迄11手
(首位)

☆4月号に出題された時も大量の誤解者を出したが、その意味を考えた解者はなかったのであろうか。又しても半数以上の大量誤答である。6月号の解説再掲──
近藤郷─凄!
南倫夫─構想絶妙。今月のナンバーワンでしょう。
☆本手順を答えた方は僅かに18名だけで正解者には例外なく絶賛だった。それ程に斬新な名局であったが…………。──
☆26香を置いての修正である。3手目59飛では57銀に対して58歩合で不詰。
秋元竜司─99飛とはうまい手を考えたもの。そのテーマだけでなく一貫して手順がダレていない。
E氏─前の出題の時の「絶妙の構想」とは銀の動きですか?
☆ちがうんですよ。99飛。この一手……。
柿久桂古─99飛の限定がよい。詰上りも新鮮な感じ。
☆こうなると解者を責めるべきではないのだろう。本作はあまりにも斬新な名局なのだ。平均点三・八二。
山田修司─作意99飛を見て肌に粟を生ずる感。傑作です
北川邦男─すばらしい作品です。この遠打の意味は新しい。看寿賞短篇はこれに決定。
吉田健─脱帽!

---
 詰パラ1971年1月号より。1970年11月号の結果稿です。このときの解答者は51名。A20B3C1誤解26無解1得点195。
 あまりにも有名な山本民雄作です。☆は担当者(近藤郷氏)。
 初出は1970年4月号で、玉方26香無しの図。初手59飛、38玉、16角、同馬、39銀、29玉、38銀、18玉、29銀、17玉、28銀、18玉、19飛までの余詰を生じました。26香があれば、手順中の29銀に17玉で堪えています。

 発表されてから50年近く経ったわけですが、この作品はどのように解説されてきたかというのが本稿の主題です。結果稿以外は単行本に限定していますが、見落としがあるかも知れません。
 解説とは、「物事をわかりやすく説明すること。また、その説明」(『日本国語大辞典』
2006年4月第十三巻第五刷・小学館)。「『解』はばらばらに解き分けるという意味を持つ」。「『兌』のグループは外側のものをはぎ取る、または、中身を抜き取るというイメージがある。…説○とく。解き明かす。「兌(はぎとる、抜き取る)+言(ことば)」(『漢字の成立ち辞典』1998年7月東京堂出版)。
 やまと言葉で「解く」とは、「①結んであるもの、縫ってあるものなどをほどく。」を初めとして、「⑨疑問や問題に対する答えを出す。」とあります。(『日本国語大辞典』)。詰将棋で「解く」といえば、この意味ですね。同様に「説く」は「物の道理をことばをついやして相手にわかるように言い聞かせる。理をわけて話す。…」とあります。
 つまり、「解」は作品に対する行為であり、「説」は読者に対する行為です。その点からすると上記の解説は、なぜ99飛であって、59飛や79飛ではないのかという
問いに対する丁寧な「説」が欠けているように思います。もっとも、詰パラの読者は詰将棋愛好者であるから、手順さえ示しておけば狙いは自分で探せるはずという信頼の下に書かれたのかも知れません。それはともかく、ここでは「斬新な名局」と評価しています。
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◇第168番 山本民雄作(11手詰)

(図面省略)

2七角、同馬、9九飛、3八玉、5七銀、()3七玉、4八銀、3八玉、3七銀、同玉、9七飛迄。

例えば7九飛は()7八歩合で逃れ。
 君知るや9九飛。あの山田修司氏をもって「肌に粟を生ずる感」と叫ばせ、詰棋界を揺がした白眉の中の白眉である。角捨と千鳥銀と鋭い9七飛を配して、この9九飛が切さ琢磨されたのである。超越した何かがある。感動を覚えさせずにおけぬ何かがある。半期賞受賞作、嗚呼、君知るや9九飛。

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 「古今短編詰将棋名作選」(詰パラ1976年11月号、1977年2月単行本化)原敏彦氏の解説。
 これは解説というより<ほめうた>です。優れた<うた>が何度でも再生され人口に膾炙するように、原氏の「君知るや」は山本作とともに記憶されました。
 詰将棋界では「君」の一字だけで山本作を思い出すのがマニアらしい。「君」で「君恋し」(フランク永井)とか「君たちがいて僕がいた」(舟木一夫)を思い出してはならないのです。
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(図面省略)

★「君知るや9九飛。あの山田修司氏をもって「肌に粟を生ずる感」と叫ばせ、詰棋界を揺がした白眉の中の白眉である。角捨と千鳥銀と鋭い9七飛を配して、この9九飛が切さ琢磨されたのである。超越した何かがある。感動を覚えさせずにおけぬ何かがある。半期賞受賞作、嗚呼、君知るや9九飛。」
 詰将棋短編名作選の中で、原敏彦氏がこの局に寄せて書いた懐かしい文章である。いかにも原クンらしい熱気に満ち満ちた文章で、面白いのでここにそのまま載せてみる事にした。
(中略)
 本局は、焦点中合による逃れ順を遠打ちによって未然に回避するという斬新な構想作である。簡潔なまとめ方だがさすがに一分の隙も窺うことが出来ない。看寿賞選考会で圧倒的な票を集めながら修正再出題の作であるというくだらない理由で受賞見送りとなった悲運の名作である。

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 「三百人一局集」(詰パラ1981年2月、単行本化も同月)服部敦氏の解説。
 中略部分は、作家について述べています。
 ここでは、99飛の意味付けが正確に語られています。さらに看寿賞に関わる後日談も。ただし「くだらない理由」云々は私憤ともいうべきもので、書く場所としてどうだったか。服部氏の評価は「斬新な構想作」。ここでも「斬新」ということばが現れました。
 「斬新」とは。
 「物事の風情や趣向がきわだって新しいさま。目新しいさま。」(『日本国語大辞典』)
 「はなはだあたらしい。唐代の方言。斬はきはだつて甚だしい意。」この後に杜甫の「斬新」を含む詩が引用してあります。(『大漢和辞典』修訂第二版第六刷2001年10月・大修館書店)
 斬新という評価は、斬新でない作品群を知っているということです。何が新しく、何が古いかを知っていなければならないのです。
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第55番 山本 民雄
『詰将棋パラダイス』(昭和45・11)

(図面省略)

隊長 本作は短編ですが、過去にはない、新しい手筋の遠打ちを見せてくれました。

27角、同馬、③99飛、38玉、57銀、37玉、48銀、38玉、37銀、同玉、
97飛まで11手詰め

隊員A 邪魔駒の3七桂を消去して飛車浮きまで。いかにも短編らしいですね。
隊員B ③79飛でも同じになりそうだけど、なぜ9九に打つんだろう?
隊長 ③79飛だと⑥78歩合とされ、7筋に飛車が重複して最終手ができません。③69飛は⑥68歩合、③59飛も⑥58歩合で同じです。
隊員C 89歩合が利けば、詰まないのにね。
隊長 焦点への中合いを回避するための遠打ち──。以後の作品にも影響を与えました。

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 『詰将棋探検隊』(角建逸1995年12月・毎日コミュニケーションズ)より。
 ③は3手目であること、⑥は6手目であることを示します。
 ここでは、やや不明瞭さが残る「斬新」ではなく、「過去にはない、新しい手筋の遠打ち」と明確に書かれています。遠打そのものは古くからある手筋です。山本作は過去になかった意味付けを遠打に加えた点で新手筋といえるのです。
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第23番 昭和45年度短編奨励賞 山本民雄作
(詰将棋パラダイス 昭和45年11月号)

(初形図、手順省略)

紛れ図 7八歩合まで
16dec18a

 『古今短編詰将棋名作選』(昭和52年詰パラ刊)の解説原敏彦氏の「君知るや9九飛」の名文句で世に知れ渡った飛車遠打の傑作である。
 では何故3手目9九飛でなければいけないのだろうか。例えば7九飛なら5七銀に対して7八歩中合(紛れ図)の妙手があり同飛寄なら飛車が重複して最終手の飛車上がりが出来ないのだ。同様に6九飛には6八歩合、5九飛には5八歩合で不詰となる。つまり9九飛は焦点の中合を事前に回避するための飛車遠打なのだ。
 修正再出題にもかかわらず約半数の解答者が飛車の打ち場所を間違えて誤解となった。9九飛は当時にあっては衝撃的な新手であり、その後多くの作品に影響を与えた一手である。
(中略)
秋元龍司「99飛とはうまい手を考えたもの。そのテーマだけでなく一貫して手順がダレていない」
山田修司「作意99飛を見て肌に粟を生ずる感。傑作です」

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 『看寿賞作品集』(柳田明作品解説1999年10月・毎日コミュニケーションズ)より。
 中略の部分は作家についての紹介です。
 秋元氏の名前が正字になっています。この一文は、それまでの解説を総合したような感があります。
 中合を回避するのに遠打を以てするというのは一見逆説的なのです。遠くから打つから中合を喫するので、近くから打つのが普通だからです。
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(28)
詰将棋パラダイス 1970.11

(図面省略)

27角、①同馬、99飛、38玉、57銀、37玉、48銀、38玉、37銀、同玉、
97飛まで11手詰

①同とは59飛、38玉、39銀、29玉、28銀、18玉、19飛まで
79飛は38玉、57銀、37玉、48銀、38玉、37銀、78歩合で逃れ

 山本民雄の短篇代表作。
 初手の27角は退路をふさぐ意味で、同と(同香成)は59飛、38玉、39銀以下銀ノコで追って詰む。27同馬の応手に同様に追うと、28銀と開王手した時に49銀合をされて詰まない。そこで59飛、38玉、57銀と手を変えて、以下37玉、48銀、38玉、37銀、同玉、57飛まで11手(?)とした解答は誤解である。というのも、37銀と開王手した瞬間に58歩と中合する妙手があり、これを同飛寄と取ると最終57飛が詰みにならないのだ(58歩中合のタイミングは、57銀と開王手した直後であっても構わない)。それでは3手目を69飛と打ったらどうか? 同じように今度は68歩の中合をされて逃れ。3手目79飛なら78歩合というように、2枚飛車の焦点に中合されると詰まない。
 正解は99飛!の遠打。88飛より外側に打っておけば、上記の中合を食らって同じ筋に飛を束ねられることはないという構想だ。99飛に中合をして近づけておく手段は、9段目で高い合駒しかできないために簡単に詰むことにも注目。入玉型の舞台設定も作者の卓越した発想なのである。
 今でこそ、重複を避けるための遠打(あるいは最遠移動)の作例はいくつもあるが、本作がこの構想のオリジナルである。機能的な初形や趣向的な銀の動きなど、これぞ名作というべき作品。蛇足だが、10手目48歩合、同飛、37玉、48金の変化は、合駒がらみの軽微な変長である。

---
 『この詰将棋がすごい! 2012年度版』(編集代表者:若島 正2012年7月・日本チェス・プロブレム協会)小林敏樹氏解説より。
 個人的には、小林氏が「開王手」と送り仮名を省略していることや「短編」でなく「短篇」と表記しているところに興味を持ちました。私も「短篇」派です。
 山本作解説の到達点です。従来、付属的なものとして省略されてきた感がある2手目の変化や、入玉型への言及など新しい視点が加わっています。中でも、変長に関するくだりは、これ以前にも詰パラでは見たような気がしますが、単行本としては初めての指摘でしょう。これが「軽微」かどうかは見る人によって大きく変わってくる気がします。
 最初に戻って、結果稿でB3C1という評点がありました。再出題だから辛くなったのか、変長だからAを付けなかったのか、その辺は不明ですが、あるいは解答者の評価に影響したかも知れません。
 上記6解説には名作評価が3名、傑作評価が1名。原氏は「白眉の中の白眉」でこれは名作と同義でしょう。角氏は「
過去にはない、新しい手筋の遠打ち」としか書いていませんが、『詰将棋探検隊』はそもそも厳選百局の名作選なので、あえて名作とは言わずもがなというところでしょう。
 紙幅の関係で、担当者として十全な解説ができなかったものもあると思います。以上の解説紹介は、どれが優れているかを問うためではなく(それぞれが解説者にとっては真実であると思っています)歴史的な経過をみるために紹介したのです。わずか50年ではなく、100年とか200年とかの長いスパンで解説を見ることができる古典の作品があれば良かったのですが、江戸時代の作品評価(解説ではない)は『象戯洗濯作物集』(1706年)くらいしかなく、そこに掲げられた作品の近年の解説については不勉強で詳しくないので。

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コメント

解説によって実際の感触にどれだけ近いものを感じさせるか・・・。「君」も印象的なれど「肌粟」がより印象に残っています。「君」からは加山雄三やチャーリー浜も思い浮かぶが「肌粟」からは山+山しか思い浮かばない私です。

奥鳥さま

コメントありがとうございます。
加山雄三は思い浮かびませんでした。チャーリー浜は勿論浮かびましたが、ベタベタの関西ギャグやなと思って書きませんでした。(笑)
「肌粟」ですか。この作品にこの表現はおかしいという意見がありましたが、感動では足りない、戦慄したのだということなのでしょう。
山田さんの言説は影響力がありますからねえ。

「作品(出来事)はコトバとともに記憶される…」この作品にはこれだけ多くの解説が書かれているんですね。
尤も、私の文章には自分自身が感動で舞い上がってしまっていて解説らしき部分が全然ない。(アリャ~)
これでも読者からクレームがなかったから、まあいいか(?)
ところで私が担当当時一番留意したことは投稿用紙からなるべく多くの「情報」を掬いとることでした。
作者の感想は当然として投稿日、筆跡(字体)、どんな用紙(便箋、ノート、広告の裏)なのかなどなど。
ところがこの作品には三氏(山田、北川、吉田)のコメントが付箋に小さく書かれていました。
コメントがあるというのは、「珍しい」というより、(私の担当期間中)他には皆無です。これを転記しない手はありませんよね。

近藤さま

コメントありがとうございます。
非常に興味深い話です。
発表前にコメントが既にあったとなると、この三氏にはあらかじめ見せていたということですか??

短期間で終わってしまったようですが、1970年10月号記載の通り、鶴田主幹発案の詰棋審査委員会(委員=山田修司・北川邦男・吉田健に委託)が発足。三氏は事前に投稿図を見て、A(入選)・B(落選)を判定していたようです。A・B判定にはその理由を付していたようですが、この作品に関しては絶賛の声しかなかったようです。

奥鳥さま

ご教示ありがとうございます。
まったく知りませんでした。
流石に先輩は古いことをご存じでいらっしゃる。

詰棋審査委員会(略称=詰審)の目的は投稿作品の滞留防止(返送は早めに)で、正式発足は1970年6月1日だったようです。短期間で終了してしまったようで、三氏のやる気度や目的達成への効果は不明も、少なくともこの名作に戦慄の言葉を残したことは思わぬ功績というのが若輩者の感想です。なお、このコメントに対する律義な返コメントは不要でございます。

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