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2016年9月15日 (木)

酒井桂史をめぐる言説 その6

 1926年4月号に「優秀素人棋友人氣投票」の告知記事があります。
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皆様のお勸めに依つて全國棋客人氣投票を試みたいと思ひますが、是が前提として優秀素人棋友人氣投票を開始します、左の條件御了承投票を希望します
一、有段と無段とを問はず素人棋友たる事
二、被投票人は人格高潔、棋道熱心にして模範棋友たる事
三、投票用紙は左記刷込のものを使用し一葉三名まで連記して差支なき事
四、本社同人の得票は無効とす
  即ち加藤、山村、鈴木、横田、松原、大塚、樋口の諸君
五、本誌五月號より採点を發表し大正十六年二月終了するもの
(以下略)
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 大正十六年というところにこの時期を感じます。
 加藤は加藤文卓、以下、山村兎月、鈴木倉之助、横田松山、松原金歩、大塚岩蔵、樋口兼尊。
 そして第一回の中間発表。

 1926年8月號

19268_2

 1926年8月号
 詰將棋解答者諸君に告ぐ
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加藤先生病後静養の為め當分解答の調査等繁雑なる事務に當分の間遠ざかることになりましたに付て後任者の選定と其の交渉にて發行が豫定より遅れましたが詰將棋第一部第二部共に解答は左記へ投入して下さい
尚ほ詰將棋の作物御投稿の方は便宜上同所へ御投稿を御願ひします
 兵庫縣武庫郡住吉村兼松
  酒井新十郎氏宛
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 選者交代です。しかし


 1926年9月臨時号
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當月は種々差支があつて發行が十五日頃となります斯くては詰將棋解答が漸次遅れて遂には全く一ヶ月を繰越すやうな事になつては詰將棋を生命とする本誌の使命を果すことが出來ないので取り敢えず課題だけ配付します

尚ほ酒井桂史氏は病氣の爲め詰將棋擔任を辞退されましたので本月より門司市丸山吉野町山村金五郎氏が更に擔任することになりましたから本月以後毎月答案は山村氏宛に御送附願ひます◆本月は第三期の締切りで成績順位に關係がありますから奮つて解答せられたし◆加藤酒井氏兩人の御病氣其後の經過良好にして快方に向かひましたから御安意(ママ)下さい
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 この当時、月報の発行遅れは常態化しており、10月号が10月末に来た(本来の発行日は10日)という記事もありました。

 1926年11月号
 人氣投票中間発表2回目

192611_2

 1926年11月号
 丸山正爲「何にやかや」
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◆七月號から掲載を御願ひした拙作イロハ字詰も幸ひ大した御叱聲も受けず半分を終りましたものゝ時折とんだ失敗を思ひ出せば今後が心配でなりません…
◆此曲詰も酒井氏の傑作あり…
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 イ~ノまで26局のあぶり出し曲詰が含まれていたという酒井の自筆『王玉篇』を丸山も見ていたのは確実ですね。


 1926年11月号
 「將棋眞田に就きて」高橋與三郎
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屢本誌を煩はして紹介したる拙著將棋眞田は誌友酒井桂史君及中川賢二郎君等の二ヶ月余に亘る熱心なる調査の下に發見されたる餘詰一々紙を粘(ママ)り活字を捺して修正せるもの新聞に廣告等して販賣したるも尚殘餘三百以上あり…
…天下の同好者動(やや)もすると内容の如何を問はず著者の何者たるを見て直ちに價値を定めんとす識者の眼より見れば一顧の價値無き詰手ながら高段者の作とし云へば歡迎して掲載する新聞あるも老練工妙の詰手も無段の作は顧みられず結局詰手の巧拙よりも著者の資格を買うものなり愚も亦甚しと云ふべし
眞に詰手の妙味を知らんと欲せば須らく先つ(ママ)内容に入りて少くも五六題研究せらるべし余曩(さき)に七段以上の高段者に悉く配本して批評を乞ひしに首尾通覽して定評を加へしものなく中に就き數局を詰め試み簡單に稱賛の辭を送られたるに過ぎず只最綿密に○査したる上に論評を附せられしは酒井新十郎氏一人なり茲に其の全文を掲げて諒解を乞はんとす
  酒井新十郎氏手簡
(但前段余詰に關する分省略)
凡そ詰將棋作物には實戰の結果得たるものと作者の趣向より出でたるものとの二大別これあり候やう存じ候前者を仮りに實戰型と名つけ得べくんば後者を趣向型と名付け申すべく候貴著は貴作物の三百局よりすれば其の半數にも足らず從て眞田のみを以て貴下の全貌を窮(ママ)ひ知ること能はずとするも貴著に現はれたる結果のみより申せば貴下は實戰型の作物を得意とせらるゝにあらずやと愚考仕候試みに御作物を分類致候處實戰型八十局趣向型二十局と拝見致候次に貴著中の佳局を擧ぐれば拾番三十番丗五番丗六番丗七番丗八番丗九番四十七番四十八番五十九番七十七番九十八番等を以て其の尤もなるものと致すべく十五廿三六十三等は忌憚なく申上ぐれば今少しく手順の複雜ならんには更に面白かるべしと存ぜられ候爾餘の御作につきては皆それぞれに御苦心の跡窺ひ知られ敬服致居候以上誠に取り止めもなきことながら貴著研究の感想をものし申し候潜(ママ)越の段は偏に御海容願上候尚眞田以外の貴作も御出版遊ばさるゝやう希望罷仕候
大正十四年十一月一日
  酒井桂史
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 ○は調か

 高橋與三郎はいいこと書いていますね。

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