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2016年9月17日 (土)

酒井桂史をめぐる言説 その8

 1928年から1930年まで、酒井桂史作品は懸賞詰将棋欄に現れません。「讀者の聲」欄も無い月が多く、情報が少なくなっている印象です。

 1928年1月号
 「圖式創作の苦驗」丸山正爲
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次に斯界の大家酒井氏の私に下れた書信の一節を申上て御參考に供すと同時に氏の創作に當つての御心勞を偲びたいと思ひます

 御芳信の一部
私は圖式の調査をするに際しては先づ最初の一手につき詰方のあらゆる攻手順を試み次は玉方の逃手に付き全部の筋を考へ又次手詰方の全部と云ふ具合に眞に一手一手全くの無駄手と思ふ手順をも自力の有らん限り調査を遂げます是が爲に心身共に疲勞して夜就床の際は催眠薬の手數を煩す事が珍しく有りませぬ………と

私は右御信中の無駄手と思ふ手順までも考究せらるゝと云ふ氏の綿密さには驚嘆の他なく、自信体驗上深く感銘いたして居るのであります
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 1928年1月号
 「月報の五人衆」濟天大聖
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…何と云うても棋道のため月報のためにも無くてはならぬ人物は次の五君で有る
前田三桂 松井雪山 酒井桂史 櫻井三桂 丸山正爲の五氏である
酒井氏は人も知る如く詰物の傑物で現代には氏の右に出ずる者は無い…
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 濟天大聖はおそらく横田幸歩。月報社刊『駒竸』の解説を書いた人です。


 1928年8月号
 「現代棋客詰將棋佳作集」

 同集は100局収載。うち15局は酒井桂史作で他を圧倒しています。
 その中に初出作品があったことは書きましたが、初出から変更された作品がありました。

「現代棋客詰將棋佳作集」第15番

0470

67馬、87玉、78金、96玉、87金打、95玉、68馬、77飛合、96歩、85玉、
76金右、同飛成、同金、同玉、67馬、75玉、76飛、85玉、73飛生、96玉、
87金、95玉、85馬、同歩、96歩、84玉、83と
まで27手詰

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 この図は1925年3月号掲載作(堺桂史名義)を2手逆算しています。清水孝晏編『酒井桂史作品集』第20番には、この27手の図が採られています。
 49馬は58馬でもよかったようです。


 1930年1月号
 「日本一の棋美談語」前田三桂
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…詰將棋界には玄人の先生方と比肩して確に遜色なき數人の權威ある方々が控へて居られる、其第一人者として選者山村兎月君がある。山村兎月君の詰將棋に於ける力は實に深遠計るべからざるものである。如何なる難解の圖と雖も兎月君の前に出せば解けないものは無いのである、更に又丸山君がある、更に又氣強くせしむるのに酒井桂史君がある、年末に私は君を訪問して日本一の作圖家をして將棋から遠ざからしめて置くのは甚だ惜しいと思つて切に其復活を慫慂しておいた。
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 1931年3月
 「三桂だより」前田三桂
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…一部二部も三部に負けぬやう一層振興させたいと思つて、久しく將棋から遠ざかつて居られた現代詰將棋創作大家酒井桂史君を動かし、本誌に出題を御願ひしました所幸に快諾下さいまして、本月號から引續き掲載する事となりました
同氏の詰將棋は既に世の定評のある通り至難中の至難なるものでありますから、必ず一部黨を狂喜せしむるであらうと思ひます
酒井君は當欄を賑はすべく眼新しき論説を發表して下さるべく今苦心中のやうにも承つて居ます、折角御期待下さい
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 「眼新しき論説」が発表されることはありませんでした。

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