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2016年9月22日 (木)

「詰棋界」 その53

「桂詰」解答募集中です。締切9月25日。


 第4巻第3号(通巻第20号)です。1954年6月1日発行

20195406

1頁 表紙
宮本兼利作、19手詰。

2頁 目次

3頁 初心詰将棋教室3
        ジュニア18
※出題です。

4~7頁 將棋萬象(3) 會津正歩
             名作探訪(2)  柴田昭彦

8~10頁 ロマンチシズムの在り方 大塚敏男

11~13頁 不完全作について 川崎弘

14~15頁 詰将棋綺談(2) 會津正歩
※短編小説のようなもの

16~17頁 Cクラス 第4巻第2号 野口益雄(結果)
                新会員です どうぞよろしく


18~19頁 Bクラス 第4巻第2号 金田秀信(結果)
               マド
20頁

20頁 詰将棋病院
         編集后記
         第14回会計報告


ロマンチシズムの在り方 大塚敏男

 趣向詰と往事の詰将棋とにはその観念において異同は様々であるが、その一つとして更に気が付く事は、趣向詰における主題というものの存在である。そして又、この主題に関する古典派の観念に浪漫派と異なる点のある事である。詰将棋の観念として一つの作品を統一的にバランスするために本質的な根幹を成す要素-具体的に云えば、古典的な作品においては、妙手とか捌きとか伏線といったものであり、又浪漫派的作品に於いては、主題やそれにともなう律動性といったものが必要条件である事は両者相通ずるのであるが、更に浪漫派の考へ方(これを浪漫主義あるいはロマンチシズムと呼ぶ)においては、主題にともなう律動性あるいはそれよりカモシ出すところの音感的な韻律性を通して印象又は観念の認識的要素以外に、その情緒的要素をも主張されているのである。更に詳しくいうならば、主張するという事は詰将棋から求めんとするものを与へるという事である。詰将棋を作る目的にもいろいろあろう。単に作品が入選発表される事に喜びを感ずる場合もあり、駒の動き、手筋の組合せ、そしてそれらそれぞれのつながりによって出来る詰将棋の持つパズル性にひかれる場合もあるだろう。そして更に考へを押し進めてみると、それらのみにて詰将棋を創る事に満足せずより一歩進んで新しい進路を見出そうとして努力する考へ方があるのである。発表される事の喜びやパズル的性質にひかれるのは詰将棋としての一つのケースであり、進んでその他に別の面を求めようとするのも一つのケースである。そして後者のケースを歩むものの一つの考へ方がロマンチシズムなのである。現在の詰将棋にあき足らぬと感じ、一体詰将棋より何を何を感じ何を求めるかという事を省る時に、今で歩んで来たオーソドックスな考え方ではとうてい表わし得なかったところの別の面を表わそうとしているのがロマンチシズムの現在の姿である。求めんとするものを与へる事、それはある者にとっては詩情であり、ある者には遊びであり又、ある者にはセンチメンタリズムである。そしてこれらを具象化せんがための媒介手段として主題を用いているのである。だから従来の妙手とこの主題とは、同じく作品を形成する要素でありながら、その要素の定義、あるいは選択のし方に於いて全く異なったものであり、、到底同じ定義のもとに概括する事の出来ないものである。かくの如く浪漫派の作品には往事の如き古典的作品との間に根本的な差異が認められるのである。しかるに現在の浪漫派に対する批判は、はたして正確なものとして奔放自在な表現に富んでいるといへようか。古典主義者はそれに対して、古典主義という理念のわくからこれを眺めて自分達の理念にそわないものとして、又妙手というものがなくそれに代る何物もないとして反論する。だがそれは余りにも自分達の理念を絶対的なものとして固執し過ぎてはあらぬだろうか。
 なぜなら、創作と云うものは本来の因襲を破って進んで行くところに生命があるのであり、この因襲を破ることそれ自身を直ちに危険視するのは誤りであり、ましてや現在より一歩別の境地にある。そしてそれらと主義、概念の全く異なるものだからである。これらの議論について好適な例として小泉信三氏の文学者と経済学中より引用してみる。
 『ド・クインシイの経済学上の功徳は外にもあるが、価値の尺度に関するマルサスとリカアドオとの論争に明晰なる判定を下した事はその一つである。リカアドオとマルサスとは、一物の価値の尺度たるものは、その物に費やされた労働量であるか、それともその物と交換せらるる労働量であるかを争った。リカアドオは前説を取ったのである。この場合マルサスがいう価値の尺度なるものは、価値の増減を来さしむる原因の意味ではなくて、既にある価値はこれを何によって測定すべきか、の意味に於ける尺度である。二人は此の点を明らかにしないで互に食い違った稍々 AはBである。否そうでない。CはDであると云うに類する議論を戦はしたのである…』
 これをいひ代へるならば、ここに一つの絵があったとする。そしてこの絵を青い色眼鏡をかけた人が見たとする。そうすると、その人にとってその絵がどのような配色となってその人の眼に入るか、黄色は緑色に変り、赤は紫となってその人の眼に入ろう。しかも自分はその立場の不当なるを知らず、得々として批評したら恐らくそれは喜劇となろう。これを全く同じ現象が現在戦わされているのであり、AはBであるの類の議論にしとしいのである。
 然らば趣向詰の作図における真の在り方はどうなければならないか。先ず先にも述べたように、趣向詰の主体となる要素は主題(テーマ)であり、従ってこの主題に創意が見られなければならないのは当然であろう。そしてこの主題に対して一つの主張すなわち遊びとかユーモアとか詩情あるいはセンチメンタリズム等々各人各様でいろいろ差異はあろうが行き着くところは長篇も短篇も(趣向詰の)長いなり短いなりにそれぞれ首尾結構ある一つのまとまった議論を成していなければならないところにある。このためには主題を鮮明に捕える努力が必要であり、その一方法として律動性を強調し、主題を助ける導入手順あるいは第二主題、フィナーレ(終束)などの補助を得て初めて十分なる目的が達せられるのである。
 音楽と同様趣向詰には必ずしも序曲は必要ではないというのは一つの見解である。序曲があるのは殆んど歌劇(オペラ)の場合でありシンフォニー(交響曲)にしろ協奏曲にしろ狂詩曲にしろ、あるいはその他諸々の楽式を持つ音楽には序曲は見られない。
 しかし音楽には序曲というはっきりした区画のないものでも、主題への導入部というものはある。一番簡単な歌曲でもピアノによる前奏という導入部分があるではないか。更に音楽の場合には主題を幾重にもくり返して取り入れることが出来るし第二、第三主題というように旋律を重ね用いる事も出来、種々のテクニックも施し得るし標題を表わす雰囲気も自由に表現できよう。だが只一つの主題を表現するのにも困難を感ずる詰将棋において果して序奏なしの主題一本のみにてどれほどの表現をし、どれほどの効果をあげることができようや。詰将棋には詰将棋の技巧があり表現もあるというかも知れぬが、音楽にはいろいろな楽器によっていろいろと音色があり、音の高低、強弱そして一音の長短等と変化色彩にひきかえ駒における音色といへば、駒の性能違いとか合駒などにしか求められず、又ほとんど盤面に於ける駒の配置によって施す技巧も限られ思うようには行かないではないか。私が今後の趣向詰に望みたい事は、趣向一本でも十分であるという考へ方を改めるべきだという事である。実際今までに、これはと思わずひざを打つような傑作に、そのような主題一本の作品を未だ見ない。そのほとんどが第二主題ともいうべき非常に実現の困難と思われる要素を取り入れ、又導入部、終束部等にも細心の注意と努力とを傾倒しているのである。故に趣向詰において主題の発見は無論創造であるが、しかし、創造といってもその第一段階を経たのみで未だアイデアとしての素材に過ぎない。更にその上に第二段階的創造ともいうべき、所謂肉ずけの段階に入らなければならないのである。此の段階においては、自分の詰将棋に対する持論のもとになされなければならず、決して成るがままにまかすといったような浮動的曖昧な態度であってはならないのである。
 且って美術史上の一大転期をなさしめた印象派の絵については、この事としとしい事実を物語っている。この転期の第一人者たるマネーが、従来の古典的な画法-すなわち西洋における大和絵といおうか。余りその道に詳しくないので言葉に不足を感ずるが、とにかく形を最大に重要視し、色も帰納的な、例へば、人間の顔は常にはだ色とかとに角物体の色彩がほとんど固定した画法であった。しかしマネーは同じ物体でも朝と昼とでは色種が異り、又同じ時間でもやはり時刻による変化のある事に気がつき、光の変化を追って形より光へと変更した。だがその絵を発表した時の当時の批評界の態度は余りにも彼に対して冷たかったのである。確かにその当時では彼の絵は理論を超越したものとして軽蔑されただろう。だがその筆法においては実に光の微少な変化の瞬間を捕えているのである。そしてこの印象派が生まれなかったならば、後の野獣派も生まれなかったろうしピカソも生まれなかったかも知れない。芸術の世界に規則はないし、何等過去の因襲に従う必要もない。それと同じく詰将棋という創作の世界にも何等拘束はない。自分の主張には妨げる何物もない。だからそれだけに主張には確固たる理論の裏付けがなければ、それは偶言に過ぎぬ。又詰将棋においては、その裏付けたる理論を認めるのは作図家、解者、評論者を問わず一般に詰キストである。だがそれら詰キストの考へにも限度があり、印象派初期当時の評論界の眼と大差ないものである。これは現今の詰棋界を批判しているのではない。いつの時代でも何の世界でもこれは共通なる事実である。だからここに一人の飛躍者が表われた場合には必ず反対に会う。しかし、その飛躍が正しいものであるなら、その解決はも早や見る者の眼の成長する時間だけの問題となる。そしてやがて認められてくるのである。印象派が遂にあのように勝利を勝ち得たのもそれまで以上に細心の注意と工夫と創意と判断が成されていたからに他ならない。趣向作だからといって凡て秀作ということはないだろう。現在の浪漫主義賛成者の批評にはほとんど余り細かい評が成されておらないようであり、むしろひいきの引き倒しとなるような場合すらある。私は無論浪漫讃美者である。だが現在の如き批評界の中にあっては折角のロマンチシズムも健全な成長は遂げ得ないであろう。浪漫派はオーソドックスと云う従来の困難を脱皮した。しかしそれで事すんだのではない。更に又現在のロマンチシズムより脱皮せねばならない。-という事は飛躍せよというのではない。健全なる方向へ進んでもらいたい事を云うのである。
 今後の浪漫派の成長を大いに期待したい。
---
 原文のまま。

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