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2016年8月29日 (月)

酒井桂史作発見

 「將棋月報」には作者不明の作品がたくさんあります。
 これは、出題時には作者名を伏せ、不完全作であったことが判明した場合、そのまま作者名を明示しなかったためで、今となっては誰の作品か分からなくなっているのです。
 そこで、作者不明作を調べているうちに、これまで初出が明らかでなかった酒井桂史作を二三見つけましたので紹介します。


1931年3月 第一部

1011

88銀、同玉、97飛成、79玉、89金、同金、77龍、78銀成、13馬、69玉、
14馬、79玉、24馬、69玉、25馬、79玉、35馬、69玉、36馬、59玉、
57龍、49玉、58馬、39玉、48龍、29玉、47馬、19玉、39龍、18玉、
29龍、17玉、16と、同玉、18龍、26玉、37銀、35玉、15龍、44玉、
24龍、55玉、64龍、同玉、65金、73玉、74金、82玉、83金、81玉、
91歩成、同玉、93香、81玉、92香成、同飛、同金、72玉、82金、61玉、
25馬、52香、同馬、同玉、51飛、同玉、41歩成、同玉、43香、31玉、
23桂、21玉、11桂成、同玉、22金
まで75手詰

13馬、78玉、23馬、68玉、57龍、79玉、77龍の手順前後あり。
19龍、18歩合、16と以下、一歩があるので82歩と打って同龍、同金、同玉、84飛以下61手詰。

解説 山村兎月
前號五十六番に就て
詰方15とは原稿轉寫の際誤記したものか早詰を生じました。右15とは26との誤りであるかも知れません目下作者へ照會中であります御注意下されし山本三尾清水大手高須の諸氏へ深謝します

 15とを26とにすれば、
の余詰はなくなります。
 山村兎月編『將棋王玉編』(1938年頃)第58番及び清水孝晏編『酒井桂史作品集』(1976年4月・野口益雄)第96番の初出です。




1931年10月 第三部

1107

46と、同桂、同金、同角、68桂、同馬、47銀、57玉、59飛、同馬、
69桂、同馬、49桂
まで13手詰

解説 丸山明歩
本局は右の如き巧妙な手順でありますのに左記早詰を生じていたのは惜しい極みで何れ訂正の上再掲の豫定で居ります
甲 68桂、同馬、48桂、同と、47銀、57玉、48金迄
乙 46と、同桂、同金、同角、同飛、同玉、13角
採点は作意早詰共に致して置きました尤も本文手順を發見されて併記せられたお方は田中實氏のみでありました
鶴田氏曰く 本局は色々苦心して變化等調べて見ましたが非力ではどうしても作意と思はれる順が發見出來ずしかし乍得る處も大分ありました
田中實氏曰く 本局は輕手に富み非常な好局ですが殘念乍早詰がありました初め早詰手順に依り駒餘り不思議に思ひ考慮中本文十三手詰を發見同時に餘りに惜しい感が致します何とか出來ないでせうか


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 この作品は、「詰棋界」第1巻第3号(1951年8月)に「酒井桂史作品集より」として出題され、1952年新年臨時号に結果が掲載されています。
 以下、清水孝晏の解説。

 本局は誤図でした。写し誤りのようです。実はこの作品検討の際種々な詰手順があり、作意が判明しませんので皆さんの協力を頂いた次第です。悪しからずご了承の程を。
 作意らしきもの
46と、同桂、同金、同角、68桂、同馬、47銀、57玉、59飛、同馬、
49桂、同馬、69桂
まで13手詰

 誤図ではなく、月報の図通りでした。この手順は49桂と69桂の順番が入れ替わっていますが、元々非限定ですので。
 さらに清水は「一応修正図を考えて見ました。作意が成立すると存じますが……」として次の図を掲げています。

0084

 初手46との他、68桂も成立します。かなり痛い手順前後と思います。
 前記『將棋王玉編』第97番です。


1934年5月 第一部

1618

33成香、12玉、13歩、21玉、65馬、54歩、12歩成、同玉、56馬、同成香、
17龍、21玉、31金、同龍、
22歩、同龍、同成香、同玉、12飛、21玉、
11飛成、32玉、37龍、42玉、33龍、52玉、22龍右、32歩合、同龍右、61玉、
62歩、71玉、41龍、82玉、81龍、同玉、92香成、71玉、83桂、同金左、
81成香、同玉、31龍、71香合、92銀、82玉、91銀生、81玉、82歩、同金、
同銀成、同玉、93金、81玉、92金
まで55手詰

11龍、同玉、23桂、12玉、13歩、21玉、31桂成、同玉、32飛以下。

解説 山村兎月
評曰 本局は手數の割合に變化の少き局面なれ共32歩の捨合は巧妙なる一手なり殊に終局の寄せは申分無き巧妙なり
附記 本局は遺憾ながら15手目の22歩打の時11龍にて早詰ありたり麁漏(そろう)を謝すと共に採点の上本局は取消とす


 
71香合は作意。
 『將棋王玉編』第8番です。

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コメント

最初の図は清水孝晏氏が王将(近代将棋版)1954.11で名局紹介として
示しておられます.
そこでは詰手数が75手となっていますが, 同氏編の「酒井桂史作品集」
第96番の解説では, 12手目を59玉として67手で詰めています.

佐原さま

コメントありがとうございます。
別科のところに「玉の周辺めぐり」として紹介されているのですね。条件作に疎いので、気がつきませんでした。
ここでは正しく75手詰とあるのに、それよりあと(1955/04)の「酒井桂史作品集」ではなぜ67手詰にしてしまったのでしょうか?

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