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2016年6月14日 (火)

今田政一研究 その2

 この◯は? その2 解答募集中です。


 この年、今田は精力的に解答し、10月号に掲載された7月~9月分の成績表では小結になっています。この頃の解答の正誤判定は明確ではなく、7月号にこんな記事がありました。
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解答者諸君に告
九九生

◆詰將棋の正解か誤解かを決定するに時として非常に困難を感ずる事があります之も其の一例であつて非は寧ろ小生の方にあらうかと思はれるのですが兎に角解答者諸君多數の御意見を伺ひして見たいと思ひ此所に掲載する次第であります、之れによつて小生の正誤(詰、解答の)を決定する標準の上に多大の參考にならうと思ひますから……
◆問題の起りは前々號の本誌に掲げられた詰將棋第九の解答に就いて某氏から「…自分は第九を正解した積りであるのに誤解となつて居るのは其の意を得ない…」といふ意味を戴いたからであります同氏の解を再調しましたに第廿手41玉以下次の如く記してあり升41玉、52銀、31玉、32馬、同玉、43桂成、31玉、41銀成、同玉、52桂成、31玉、42成桂、同角、22香成、同香、32歩、41玉、52香成也
變化は簡に付略し候也
◆此局は既記の如く32馬の所に21とと指す順もありましたが此解答の如く32馬と指しても其れを以て誤解とは決して申しませんが22香成に對し同香は確かに缺点である此所は是非共同玉と取り12と、同玉、13歩打、11玉、12銀打、22玉、23銀成、31玉、32成銀と指すべきである
唯此所に問題となるのは此第九の解答に於て此程度の缺点は誤解の部へ入るべきか正解の部へ入るべきかといふ一点にある之れについて解答者諸君の御意見を汎く御伺ひしたいと思ひます
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※原文は四一玉…のように漢字表記だが、半角数字に変更。以下同じ。

長井善吉作1925/05

0069

41銀成、同玉、42金、同金、31飛、52玉、64桂、62玉、61飛成、同玉、
72角、51玉、42龍、同玉、43金、31玉、32金、同玉、54角成、41玉、
52銀、31玉、
32馬、同玉、43桂成、31玉、41銀成、同玉、52桂成、31玉、
42成桂左、同角、22香成、同玉、12と、同玉、13歩、11玉、12銀、22玉、
23銀上成、31玉、32成銀
まで43手詰

21と、同銀、34香、33歩合、43桂、32玉、51桂成以下。
53馬、42歩合、同馬、同玉、43桂成、31玉、41銀成、同玉、52香成、31玉、42成香、同角、32歩以下。

 九九生は加藤文卓。1924年10月号に「本社詰將棋顧問」として紹介され、加藤自身が書いたプロフィールが掲載されていますが、指将棋に関することだけで詰将棋にかかわる話は一行もありません。もっとも、これは月報から棋歴を書けとの要請だったようで、肩すかしでした。
 さて、九九生の依頼に対して、8月号で「御高見を寄せられた方が六七名ありましたが、皆々厳選を御希望のやうに思はれます。即ち前號掲載の第九の答案は誤解とすべきが當然であるとの御意見であります」とあり、丸山正爲、今田政一他の意見が紹介されています。
 「厳選」は厳しく採点するという意味でしょう。

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手數は長くとも其手段が容易な平凡な俗詰に終るものは手數短くとも妙手ある方を正解と致しますが問題の解答は玉將の逃げ得る餘地を見落したものと思ふべきであります、其れ故誤解の部へ入れるのが當然であります
今田政一氏
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 一名だけ、「全局を見るに難問を通過し何れに進むも容易に詰みに至るべき域に達し居れば」と擁護する意見がありました。
 ところで今田の意見前段の部分は妙手説であり、加藤は「かかる場合には是非共其長短兩様の手順を共に御明記を願ひたい」と締め括っています。

 明くる26年3月号、今田は懸賞詰将棋欄に初登場。4月号の結果稿に「本局に早詰ある事丸山正爲氏の解答を見て漸く氣がつきました、詰方13歩は「12」へ置くべきものと思ひます。此局は今田氏苦心の大作でありますから本號に再出する事に致しました。輕卒にも早詰を發見せずに掲載し解答者諸君に御迷惑をかけた事は幾重にも御詫申します」とあります。これを読むと、誤植ではなく今田の見落としによるもののようです。
 そして4月号、修正201手詰。非限定や迂回はありますが、当時は問題なく完全作です。現在でも完全作扱いでしょう。

0146

28角左、18玉、64角、27玉、77飛、同と、28龍、36玉、37龍、45玉、
46龍、54玉、53金、同桂、55龍、63玉、53龍、74玉、73龍、85玉、
75龍、96玉、97歩、同玉、77龍、96玉、97歩、95玉、96歩、同玉、
97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、
55龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、29玉、39龍、18玉、
19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、
53龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、同玉、95龍、88玉、
97龍、89玉、78銀、同玉、77龍、69玉、79龍、58玉、59龍、47玉、
57龍、38玉、37龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、28龍、36玉、
37龍、45玉、46龍、54玉、55龍、63玉、53龍、72玉、73龍、61玉、
71金、51玉、53龍、52飛、63桂、41玉、52龍、同玉、42飛、63玉、
43飛成、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97香、同玉、77龍、96玉、
97龍、85玉、86龍、74玉、75龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、
44龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、29玉、39龍、18玉、
19龍、27玉、28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、44龍、63玉、
33龍、74玉、73龍、85玉、75龍、96玉、97歩、同玉、77龍、96玉、
97龍、85玉、86歩、74玉、77龍、63玉、73龍、54玉、53龍、45玉、
44龍、36玉、46龍、27玉、16龍、38玉、36龍、48玉、37龍、58玉、
67龍、48玉、57龍、38玉、37龍、29玉、39龍、18玉、19龍、27玉、
28龍、36玉、37龍、45玉、46龍、54玉、44龍、63玉、53龍、74玉、
73龍
まで201手詰


 短評は二名。このうち菊地桂秋のものは湯村光造氏の「『將棋月報』で辿る戦前の詰棋界」に引用されていますが「古作物を模倣したるものにもせよ二百一手の大作にて処女作としては上出來なり」。
 もうひとり丸山正爲は「本局は實に今田氏の大作と敬服の外なし終局八六歩打亦輕手にして妙味津々たり」と褒めています。

 ところで前回の誤解者が多かった問題の作者は、三代宗看。『将棋無双』第60番でした。
湯村氏「これは現在では考えられないことだが、当時は三代伊藤宗看図式(将棋無双、但し当時はこの呼び名はなかった)の解説本はなく」「自分達が三代宗看図式を解明するのだという使命感があったのに違いない」(「『將棋月報』で辿る戦前の詰棋界」)

つづく

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