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2016年6月29日 (水)

今田政一研究 その15

 41年5月、杉本兼秋の「現代作圖論」に今田の名前が見えます。
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構成型作圖は享保の昔宗看看壽の天才に依つて既に其の構想を使い儘されたかの感があるがよく沈思考慮する時未だ未だ新分野のある事を發見する。然しこの種の作圖は其の構想が困難であると共に餘詰防止の點での努力は實戰型作圖の比ではない。
此の作圖の創作が一部の作家に限られてゐるのも又創作の困難からと云ふ事は解るが酒井田代今田等の諸代(ママ)の作圖に接し得ない今日殆んど是等構成型作圖を見る期(ママ)會がない。
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 41年1月28日付の論考。


 41年5月1日、月報読者の集いで、刷り上がったばかりの『將棋龍光』が参加者に配付されたことは既に紹介しました。


今田政一
41年2月「將棋龍光に就て」
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本集を編むときに玉將を比翼に擬するために、圖式を改變したのが不可なかつた。それも充分檢討すればよかつたのですが、容易な處は手抜きしたため失敗しました。
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41年9月「將棋龍光の校正」
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第三十九番と第四十番は訂正案を某君に御調査願つてゐますから正しければ次號に發表さして頂きます
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41年10月「將棋龍光の校正」
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看壽圖巧の原本『象戯百番奇功(ママ)圖式』を誌友大手蔵人氏が所持せられてゐる由。
同書第八番に
※1詰方九一とがありますかお伺ひ致します、嘗つて一覧した古寫本に記載されてありました。尤も此駒がなくても詰はあります。それにしても始めて此駒の追加を考案された加藤文卓先生の着眼には敬服の外はありません
根元伊藤宗看の象戯圖式は世上「駒競」として知られてゐますが誤りが多い。拙本は元禄本より寫木(ママ)したもので奈良屋又助といふ人の手に成てゐます、巻頭に夕顔巷叟こと林道春の序文があつて各圖に番號がない順次は駒競と相違した處もあるが誤りとは思はれません或は之が正しいかも知れない本誌に紹介しやうと思つてゐますが拙作集の赤字の穴埋めに手を取られその運びに到りません、然し乍らほぼ完了したらしいから近くお目にかけることが出來るでせう就ては將棋龍光は今のうち御申込の方は前金不要です、氣に入らなければ返送して下さればよろしい、尚ほ配本は本月限りです

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※2『將棋龍光』の広告は41年5月号から43年1月号まで15回掲載されていたのは確認しましたが、小さい広告なので見落としがあるかも知れません。

『将棋図巧』第8番


100008

 
43歩、同玉、33金、同歩、52銀、同馬、32桂成、44桂、同金、同角、
同と、32玉、87角、同龍、43金、同馬、同と、22玉、34桂、同歩、
77角、同龍、92飛成、32角、同と、同金、同龍、同玉、23金、31玉、
22角、21玉、12金、32玉、33香、同桂、23桂成、同玉、13角成、32玉、
22馬
まで41手詰


33同桂、34銀、42玉、92飛成以下、82金合、銀合、歩、桂合その他、どう受けても作意手順より早く詰むので※1攻方91とは不要。

41年11月「將棋龍光の校正」
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 長時日にわたり綿密に檢討する必要があります。
作圖の修正改訂は頗る困難な作業であります作者は作爲以外は見えず簡單な餘詰早詰は見落し勝のものですから、拙作も此の例に洩れず欠點過失相次ぎ我乍ら呆 然としてゐる次第であります。それで餘暇ある度に補正に苦心して完璧を期してゐます。諸君に於ても妙案あれば御示教あらんことを切望致します。

…拙作も百番にせよと内藤武雄氏の激励あり中巻二十番
を編輯することにしました。先づ一局は有馬氏に送稿致しました※2から誌上登載の節は奮つて御解答を賜はりたい
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 二十番の発表なし
2 41年11月号作


42年3月「將棋龍光の校正」
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拙著將棋龍光發表以來誌友諸君の發見されし不備の点其の都度訂正し來る處過日又四日市の廣瀬君
の盡力に依り第二番も完全となり茲に全部落成所謂「定本」としての域に達せしむるに到りました。大に同君の勞を謝します。
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廣瀬善一


 では、『龍光』に対する個々の指摘とその対応を見ていきます。
 41年2月の指摘、対処は誌上『龍光』に対するもの。41年7月以降の指摘、対処は刊本に対するもの。修正が何度も行われた作品については最初の図と最後の図だけにとどめている場合があります。

作品
番号
指摘者・指摘図 今田対処図 今田対処図
1 41年2月藤井
余詰3202
41年2月
刊本同じ
3232 余詰
41年9月
42年3月最終図
3232_2 余詰
2 指摘者なし
41年1月『龍光』と刊本図同じ

余詰
3203
41年10月


3203_2
余詰
42年3月最終図


3233
余詰
3 41年2月藤井
余詰3204
41年2月
刊本同じ

3234_2余詰
41年9月
42年3月最終図3234_3余詰
4 41年2月新入生
余詰
3205

 
41年2月
刊本同じ

3235_2余詰
41年10月
42年3月最終図

3235_3余詰
5 41年2月新入生
41年2月藤井

余詰3206
41年2月
刊本同じ


3236余詰
42年3月最終図


3236_2余詰
6 41年2月新入生
41年2月藤井

余詰3207
41年2月
42年3月(上記と同じ内容)
刊本同じ、最終図
3237 余詰
7 41年2月新入生
41年2月藤井
余詰
3208
※余詰の指摘だが、実は不詰
4手目82玉で詰まない
41年2月


3208_2やはり4手目82玉で不詰
41年5月
刊本図

3238初手より92銀成、同歩、83歩成、94玉、84金以下の余詰
41年9月
今田「拙作龍光第七番は大に苦心を儘したる曲詰なるが完全とならず閉口して居たものです
處が最近次の案を得ましたから、御檢討を乞ひます。」 
419余詰 
41年10月







4111余詰 
42年3月最終図






3238_2余詰 
8 指摘なし
41年5月刊本=最終図(33年2月初出のまま)
3209余詰
9 41年2月藤井
余詰3210 
41年2月
刊本同じ、最終図

3239 余詰
 
10 指摘なし
刊本=最終図
3211

余詰
初出33年7月は完全

つづく

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