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2016年6月24日 (金)

今田政一研究 その11

 39年は3局発表。

39年3月

Geppo2730

35銀、13玉、14歩、同玉、17香、同金、15香、同玉、26金、14玉、
25金、同玉、28香、同金、34馬、36玉、47銀、同成香、37歩、同成香、
45馬、同玉、46金、54玉、66桂、53玉、44銀、63玉、64歩、73玉、
82飛成
まで31手詰

35馬、23玉、45馬、34歩合、24歩、13玉、14歩、24玉、34銀、同歩、同馬、同玉、27桂、25玉、26金打、34玉、35金、23玉、24歩、12玉、13歩成、同玉、17香以下。

 兎月の「評曰」はありません。
 引違い。『龍光』第12番で改作、刊本でさらに改作。いずれも余詰。



39年7月

Geppo2792

75銀、63玉、54金上、同桂、同馬、73玉、55馬、63玉、45馬、73玉、
46馬、63玉、36馬、73玉、37馬、63玉、27馬、73玉、28馬、63玉、
18角、同と、同馬、73玉、28馬、63玉、27馬、73玉、37馬、63玉、
36馬、73玉、46馬、63玉、45馬、73玉、55馬、63玉、54馬、73玉、
65桂、同飛生、83香成、同歩、74歩、82玉、92銀成、同玉、93香、81玉、
82歩、同玉、73歩成、同玉、85桂、82玉、92香成、同玉、93歩成、81玉、
73桂生
まで61手詰


64歩、73玉、65桂、同飛生、83香成、同玉、65馬、94玉、93飛、同玉、92馬、94玉、86桂、85玉、74馬以下。

評曰 本局は馬の追撃巧妙なり中盤以下の寄手は至極巧みたり

 馬鋸です。『龍光』第13番。刊本まで変更ありませんが、余詰作です。



 6月、7月号に桂子という筆名で「詰將棋を語る」という対話形式の論考が掲載されています。書きぶりから杉本兼秋ではないかと思うのですが。
 7月号より
---
「…明治以後の詰將棋と云へばそれは殆んど酒井先生の作圖が代表してゐるので、近頃の様に酒井先生其の他今田、田代氏の作圖の發表が無いと詰將棋界は活気が無いのです」
「酒井先生は作圖から遠がつて(ママ)ゐられる様ですが、田代、今田氏の作圖に接し無い様ですね…」
---


39年10月

Geppo2832

74金、同桂、
84歩、同玉、94飛成、75玉、85龍、同桂、64銀、同玉、
53銀、同玉、42銀、同玉、31銀、同玉、22と、同玉、23金、31玉、
21角成、42玉、32馬、51玉、43桂、同香、41金
まで27手詰

84銀、同玉、94飛成、75玉、85龍、同桂、64銀、同玉、65金、53玉、54金、42玉、43銀以下。

76角成、64玉、73銀、55玉、44銀、同玉、36桂、55玉、64銀打、同香、同銀生、同玉、54金、同香、65香、53玉、75馬以下。
76金、84玉、93銀、83玉、82銀成、同龍、同と、同玉、93銀、同玉、91飛、92飛合、同飛、同玉、84桂、83玉、92銀、73玉、64銀、同玉、65金以下。

評曰 本局は變化に富みたる好作物なり一歩を犠牲にして玉將を釣り出し四枚銀の打捨興味津々たり

 刊本第45番原図。『龍光』(「今田政一研究 その4」で断ったように単に『龍光』と書く場合は1941年1月号の月報誌上に発表された30局の図を指します)には、この図はありません。刊本は攻方37歩あり。それも余詰。


 1930年代はこれで終了です。

つづく

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コメント

最後の図ですが、T-Baseにはもう一作「将棋龍光」45番がありますが、どういう位置づけなのでしょうか。

EOGさま

もう一作?
すみません。どんな図なのか、よく分からないのですが??

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