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2016年5月19日 (木)

私家版『詰将棋第二部集』 その22

43.小田内孝 1942/05

Geppo3619

61飛、同玉、51と、同玉、41飛、62玉、63歩、同玉、52角、同玉、
43飛成、62玉、63歩、61玉、71と、同玉、62歩成、81玉、72と、91玉、
41龍、92玉、81龍、93玉、82龍、94玉、95歩、同玉、86龍、94玉、
95歩、93玉、82龍
まで33手詰

61同飛は、63歩、53玉、43香成、63玉、52角、62玉、61角成以下。

 小田内は当時弘前市の人。1943年8月号の月報「回覽板」(読者のページ)に、入隊し満洲にいるという投稿がありましたが、1943年11月号を境に、戦後も含めて発表作はありません。
 
 太平洋戦争が始まってからも月報には「暴支膺懲」だの「聖戦完遂」だのといった扇動的な文言はあまり見えませんが、4月号に旭日旗と日章旗が交差するカットが現れます。この目次のカットは廃刊記念号まで続きます。

19424

 さらに1942年10月号の「編輯後記」では「臨時出版に要する用紙は許可制になつたので認可されて紙の配給を受けるまでの日數は何ヶ月を要するようでありますから急ぎの出版はのぞめません」と嘆いています。

 63歩から52角、43飛成が面白い手順です。
 収束は手なりに進みますが、金気のない初形に似合っていると思います。



44.廣瀬善一 1942/09

Geppo3757

82歩成、61玉、51歩成、同角、71と、同玉、81香成、同馬、同飛成、同玉、
72角、71玉、61角成、同玉、51香成、同玉、41歩成、同玉、53桂、51玉、
52香、同玉、74角、53玉、63角成
まで25手詰

 廣瀬は当時四日市市の人。
 あぶり出し曲詰「一」です。
 詰上りの絶対性に欠けるというところでしょうが、狭い範囲でそれなりにできているのではないでしょうか。

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