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2016年5月17日 (火)

私家版『詰将棋第二部集』 その20

39.大橋虚士 1941/05

Geppo3316

13角、21玉、12馬、同玉、31角成、23玉、13馬、34玉、35馬、33玉、
43金打、22玉、13馬、21玉、31馬、同玉、42金左、22玉、32金寄、23玉、
25香、34玉、33金引
まで23手詰

 大橋は京都市の人。本名、清。
 初手13角がとぼけていて味のある好手。ミニ趣向風です。


 月報、1942年4月号より。
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珍客來る

突如京都詰將棋界の闘將、大橋宗桂ならぬ虚士氏來る、珍客とばかりあがつて戴き、早速月報の事から詰將棋の事、果ては誌友の話などで話の種は儘きず、殊に氏の詰將棋の作圖、解答共に讀者が既に御承知の如く卓絶なる事、今更ながら驚くばかり、話のたまたま小生に解答出されしかと尋ねられ、今少し解き得ぬ局あれば未だ出し兼ねてゐると云へば、どれどれお見せあれとの御言葉に、第一部、二十一番をお見せすると、之れは私の局ならば御指南申さんと盤に向はれ、さらさら三十數合、實に輕手、巧手、攻防共に好作品にて、その難解さは一寸小生にも詰め難さ(ママ)感あり、初對面の氏なれども、十年の知友の如く親しげに打語ひ何故、同地に居ながら今まで御會ひ申さざりしと後悔の念に思ひし事多々棋(ママ)を解さぬ時刻は容赦なく過ぎて行く袂を分つは惜しきなれど又の機會を期し御別かれした、晩春ののどけき一日をこのやうに樂しく過せしは最近になし再會の日ぞ待遠しき。
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 筆者は「亀井生」。亀井昭造でしょう。亀井も京都市の人。岡田秋葭とは郵便将棋の間柄で、月報1943年5月号に「噫呼岡田秋葭君」という追悼文を書いています。亀井については、上杉敏夫が1942年6月号の月報に「棋書所藏の數に驚いた。古今のあらゆる棋書を所藏して居られる。あの若さで、全部目を通されて」云々と評しています。上杉は何者かというと、月報1942年3月号に「宮本弓彦兄と前田三桂先生を訪問するの記」という記事を書いています。有馬康晴が月報1943年2月号に「疑問の詰棋書」という題名で『將棋新選圖式』(象戯手段草)について書いた中に「上杉氏に伺つた所によると」云々という箇所があります。これは上杉敏夫を指しているのだと思います。神戸の人。やはり古棋書に通じていたようです。

 なお「第一部、二十一番」は次の図です。1942年3月号。

3548

15香、14歩合、同香、23玉、13香成、同香、33馬、14玉、13銀成、同玉、
14歩、12玉、34馬、23金合、13香、同馬、同歩成、同玉、15香、14歩合、
31角、22桂合、23馬、同玉、22角成、34玉、44金、24玉、33馬、13玉、
14香、同玉、26桂、13玉、14歩、12玉、22馬
まで37手詰


40.有馬康晴 1941/08

Geppo3360

42飛生、同玉、43香生、31玉、41角成、22玉、23歩生、11玉、12歩、同玉、
24桂、11玉、22歩成、同玉、32馬、11玉、13香生、同龍、12歩、同龍、
同桂成、同玉、13歩、同玉、14飛
まで25手詰

 3手目の香不成は、41に利かせるためで打歩に関係はありませんが、飛、香、歩の不成物になっています。

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