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2016年3月20日 (日)

『博文舘太陽詰手』 その12

承前

「何(ママ)程今後は努力して作るよ」
「處で君達の作品と君仲の作品に於てはそれだけの差があるかね」
「それはある、詰將棋の、天才と、一平凡人の作との對照だから、止むを得ない。だが一言云はして貰ひたいのは、一般の素人と君仲の作品を、對照せず我々の先輩作家とも對照してもらひたい事です。現代詰將棋界の名匠、酒井桂史先生。先生の高名は詰將棋を作る者誰しも知つてゐる筈」
「其の通り」
「酒井先生のあの精彩に富んだ流麗高雅の作品は君仲の上位に位すべき作品、否、宗看、看壽と共に並び稱されるべき名品であらうと僕は信ずる。其の他、田代、田邊、今田等の諸氏の作品も、君仲と優劣を競ふ作品ばかりだよ。他に未だ未だ十指に餘る名作を創る作者がゐる」
「待つて呉れ給へ君は詰將棋の事になると夢中になつてしまふので困るよ、僕は土居八段の言が間違つてゐるのを今發見したんだよ」
「土居八段の言が何處が違つてゐるのかね」
「僕が今讀んだ……現代の素人が數局の凡作に誇り詰將棋の段級を要求するものとは雲泥の差がある……云々の言葉だよ土居八段としては自分達の作品と素人の作品を比べると雲泥の差があると書きたかつたのだらう、だが土居八段たるもの、自分の作品を月報の圖譜考檢では皆に棚下し(ママ)をされる、新聞へ發表すれば横槍を喰ふで自分の作圖を對照するの自信は更に無いので君仲の作圖で君達への敵討ちをしたんだらうと思ふ。桑原君仲氏さぞ今頃草葉の蔭でくはばらくはばらと云つてゐられると思ふよ」
「又落語かい、君其の本を見せ給へ……是は君仲と備中の平次郎の對局の詳解ではないか。だから君仲の詰將棋の事を書いてあるのも、當然ではないかね」
「それは僕も知つてゐる、だから現代の素人が云々の言葉は、……現代の我々専門棋士の作圖と、君仲の作圖を比較する時、我々専門棋士として誠に汗顔の至りである……と書くべきだと思ふよ。土居八段も心中さう感じてゐただらうと思ふよ、其の通り書いて於けば無事だつたのだが其處が土居八段の老獪なる處で君仲の作圖を使つて巧みに君達に仕返しをしたのだよ、然し此の反撃たるや將に天下一品の底抜けだね將棋界の大御所と云ふのを君聞いたことがあるだらう」
「土居八段の事を云ふだらう。土居八段の棋界に盡した功績は實に大きい」
「いやそれだつたら將棋界の大御所とは當然關根十三世名人を云はなければならないと思ふ。大御所の本元徳川家康の事を狸と言ふだらう。是は家康の顔が狸に似てゐたからではない。家康が狸の様に老獪であつたからである。◯◯を◯◯の大御所と言ふだらう又××を×××の大御所と言ふだらう皆同じだよ、將棋の大御所たる土居八段も狸の本領を發揮したわけだよ」
「君々、惡口も、いゝ加減にし給へ、君のは惡口と言ふより毒舌だね」
「これは失禮、前言取消。處で本誌の方に土居八段が將棋随想と題して詰將棋の事を書いて居るが其の中に……今や將棋隆盛期に這入つて居る關係上で詰將棋も、昔に比較にならない程澤山世に出て居るが昔の名作に比すべきものは滅多に見られない……と書いてあるが君の意見は」
「將に其の通り、大体に於て昔の作圖の方が優れて居る。然し是は作圖の平均しての對照であつて優秀な作圖のみを、對照したらそんな事は先づ無いと思ふね」
「何分現今のやうに棋界が多事となつては暇にあかして作る事が出來なくなつたのである……とね、然し小作圖を作るにしても未だ作り方があると言ふものだね。もう少し手極(ママ)は良く」
「専門棋士の小作圖にはいゝのがあるよ」
「……次を讀むよ……それが証據には指將棋の盛んな都會より田舎の方が詰將棋に没頭して居る人が多い一体詰將棋は獨りで楽しめるものだけにさうした傾向に自づとなるのであらう……とまあ君達何等努力して名作を作つた處で天下の大新聞は此の人達の迷作が滿載されて居るんだから發表出來る事はないね、君も其の考へでせいぜい名局を作り給へ」
「僕は新聞へ作圖を出さうなんて野望はないね月報へ發表して本當に詰將棋を調べると言ふ方に見て貰つて居るんだから」
「塚田七段が宗看の不詰の局を研究して發表して居るよ」
「是非見たいね」
「月報の山村先生か岩木氏の研究より一歩も出たものではないよ、あれをそのまゝのせたと言つた方が至當だね、詰ま無いものを詰ありの解説を附けたりして居る以て玄人萬能の迷夢さまされん事を……で松井先生の横槍頂戴だよ」
「此の間木村新名人の名人就位記念の詰將棋を見たよ、大毎でね、中々凝つたものだつたよ」
「なあにあんなのは月報にはザラにあるよ」
「然しあの様に色々の條件を附けた作圖は作る事が難しいと思ふ」
「専門家の作圖を發表して居る將棋雜誌では素人の餘り優れた作圖は發表をさける様だね、將棋時代なんかでも一般の作圖は好いのを載せなかつた、それで月報に轉向した作家もある。月報へ載せ出してから名局が増したよ。これは創作力が上つたのではなくて別に名作を送つても發表しなかつたのだ、僕の知つて居る作家に此の様なのが二三人ゐる」
「將棋世界には塚田七段の發表だけに名作が多いだらうね」
「讀者作圖と同じ様なものだね、塚田六(ママ)段の作圖の特長は本手順より變化の長い事だね、そんなのが二三あつた、それで同誌上に讀者の質問があつて建部六段が答へてゐるが相當面倒な問題だ塚田七段創作に當つて今少し注意すべきだね、解答者は迷ふよ。處で君先に言つた詰將棋の段位だねあれをもし君にやるとしたら君は貰ふかね」
「其の免状は誰が出すのだい」
「勿論八段や名人だよ」
「餘り有り難くないね段位なんか詰將棋には變だし指將棋と一緒になる、別な名稱の方が好い、もしだすとしたら詰將棋なら酒井先生か田代先生から出る筈だよ、それだつたら僕は喜んで貰ふよ、今日は君も随分惡口を言つたね、専門家の人達が迷惑するのだよ」
「うん暗殺されない様氣を附けるよ」

 いろいろ考えさせられますね。


第十二(1898年1月20日号)
甲の部

23 270039

82角、同飛、83金、同玉、84歩、74玉、73桂成、同玉、85桂、74玉、
86桂、同と、63銀生、同歩、65角、64玉、43角成、66金合、同香、55玉、
65馬、44玉、43金
まで23手詰
 

83金、同銀、85桂、82玉、73桂左成、同飛、同桂成、71玉、62香成、同銀左、
同成桂、同銀、61飛、同玉、52銀、72玉、63銀引成、同銀、同銀成、同玉、
64歩、同玉、66飛、54玉、21角、44玉、46飛、53玉、65桂、62玉、
42飛成、52歩、73銀、71玉、72歩、同銀、同銀成、同玉、52龍、71玉、
82銀、同香、72歩、81玉、73桂生まで余詰。


63銀生、同歩、86桂も可。

 右は玉図第39番。有名な図です。
 原図は打歩を絡めて徹底した邪魔駒消去。
 改作図には、特にコメントは致しません。

12_2

 「太陽」の当該号です。記載された手順は前号分。
 次号まで囲碁の実戦譜解説と並んでいたようですが、付記に「自(ママ)後は小野氏の將棋と巖埼(※大が立の字)氏の圍碁と交互して掲載することもあるべく、往々將棊の題につき編者に質問書を送らるる向もあれども、そは直接出題者に問はるべし」とあります。囲碁は第14回出題から無くなったようです。
 ところで、「直接出題者に」とは木で鼻を括ったような話ですが、万朝報でも「詰将棋につき様々なる問い合せあるも到底その講釈を登載するの余白なく、又一々書面に返答するの暇なければ是等はすべて相当の礼を以て小野五平氏に入門のうえ同氏に問い合わすべし」という付記があったそうです(『昭和詰将棋秀局懐古録』下巻、加藤久弥「新聞詰将棋のはじめから全国紙普及まで東西十五紙の初掲十八題を点検する」)。


乙の部

24_2 270046

12金、同玉、24桂、同歩、23金、同玉、35桂、22玉、34桂、同歩、
23銀、31玉、21角成、同玉、33桂、31玉、41桂成、同玉、63角成、52金合、
32金、51玉、62金、同金、41飛
まで25手詰

同銀は、32金、同金、同金、同角成、同玉、54角成、43銀合、44桂、41玉、32銀、51玉、72金以下。

15桂も可。

23銀、31玉、32角成、同金、同銀成、同玉、54角成、43銀合、32金、51玉、43桂生以下。

 右は玉図第46番。作意は22銀、同玉、12金、同玉、24桂ですが、初手から32金や32銀の余詰があります。

 改作図には、何のコメントも致しません。 

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