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2015年11月 3日 (火)

『将棋駒競』考 番外

 『駒競』に多少の知識はありましたが、ブログに書くとなると準備が必要です。
 吉田健氏は「駒競私記」(「詰棋めいと」第3号~11号)のために何を準備したのか調べてみました。

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「詰棋めいと」第8号

 この私記を書くために底本としているのは、昭和31年「将棋古図式鑑賞同好会」から発行された『三世名人初代宗看図式集 将棋駒競』である。...ほかに次の三冊をとりあえず座右に置いている。

①『日本将棋大系別巻1 図式集上』 
②『新撰詰将棋』 
③『続詰むや詰まざるや』

「詰棋めいと」第9号

 ところで、孝晏本「駒くらべ」を通読して、今まで本稿の典拠していた写本では、作品配列において、献上本とかなりの異同があることを教えられた。
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 なるほど。
 私はこの5冊の他、月報社版、京都府立総合資料館の松浦大六寄贈本、ネット上にある大森書房版、龍谷大学本、野田市立図書館本2冊、早稲田大学本2冊、『象戯洗濯作物集』の序文なども一応見ました。
 下は田代氏所蔵『将棊詰方指南』(中身は『象戯洗濯作物集』)の田代氏作成によるコピー版です。

01_3 『駒競』評 拡大
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 田代氏は「残念ながら今までの調査の範囲ではこの書物の出版年次や取扱書店である『河内屋新次郎』について明らかにすることはできず、引き続き調査を続けねばならない。しかしながら、海防関係の書物が刊行されるのは、どう考えても江戸末期とすることが妥当」と述べられています。

 1985年当時と違って、今はネット上にいろいろな情報があります。『海上砲術全書』についてもすぐ分かりました。さすがに国立国会図書館所蔵本の画像を持ち出すのは憚られるので、リンクを貼っておきます。

 これにより、同書が安政元年の出版であることが判明したので、その広告を掲載している『将棊詰方指南』はそれ以降の出版ということになります。「大野文庫蔵版」というのは板木を所有しているのが書肆ではなく越前大野藩であることを示しています。「賣弘」」はそれを引き受けて流通させた(支配した)書肆です。例え藩といえども、本屋仲間に所属している書肆から開板願を出し町奉行の裁可を経ないと、無届出版となって売買差し止めの対象になりました。

 
次に河内屋新次郎です。改訂増補近世書林板元總覽』(1998・青裳堂書店)によると、岡田氏、『長崎見聞録』(寛政2)、『皇統略』(慶応3)などを出版していることが分かりました。大阪には河内屋の屋号を持つ書肆が多く、その中心は河内屋喜兵衛です。現在も柳原出版として書籍の発行を行っています。以前は柳原書店といい、東販のような大手取次店として知られていました。

 河内屋新次郎は河喜の一統ですが板木を一から彫るのでなく、既にある板木を買い入れて安価に売っていたことが特徴です。さらに初代は武士相手の金融業者でもありました。安政の時点では代替わりしています。
 『日本出版文化』第2巻(1988・ゆまに書房)にはこの書肆についての史料が豊富にあります。

 

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