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2015年4月 5日 (日)

「王将」 その6

 1954年5月号です。今回も2回に分けます。

195405_8       

「詰将棋研究室」

 この月から「入門科」8題が新設されました。全員初入選です。なじみのある名前は一人だけ。

小林譲作

0081

 初々しいですね。このとき21歳。『三百人一局集』によれば本局が初入選となっていますが、初登場は「近代将棋」1953年11月号のようです。


「詰将棋百話」清水孝晏
 趣向詰について

 『将棋妙案』第60番、『将棋舞玉』第7番、第39番の紹介です。

『将棋妙案』第60番

240060

36銀、同玉、25銀、35玉、37香、同銀成、36歩、同銀生、24銀、34玉、
35銀、45玉、34銀、44玉、45銀、55玉、44銀、54玉、55銀、65玉、
54銀、64玉、65銀、75玉、64銀、74玉、75銀、85玉、74銀、84玉、
85銀、95玉、84銀、94玉、73銀生、93玉、94飛、同桂、84金、92玉、
12龍、同香、93金、同玉、71角、92玉、82角成
まで47手詰



『将棋舞玉』第7番

120007

93角成、同玉、71馬、94玉、93金、同飛、72馬、95玉、94金、同飛、
73馬、96玉、95金、同飛、74馬、97玉、96金、同飛、75馬、86飛、
87飛、同玉、88銀、96玉、97香
まで25手詰



『将棋舞玉』第39番

120039

61飛成、同玉、71歩成、同玉、93馬、61玉、52香成、同銀、53桂、同銀、
94馬、51玉、42歩成、同銀、43桂、同銀、95馬、41玉、32歩成、同銀、
96馬、31玉、23桂生、同銀、97馬、21玉、12香成、同銀、98馬、87歩、
同馬、11玉、12飛成、同玉、21銀、13玉、14歩、22玉、32馬、11玉、
23桂
まで41手詰

「王将」では94馬が66馬の配置になっていますが、こちらが正図と思われます。



「失礼御免へたの横槍」前田三桂

 「将棋月報」時代、
プロ棋士の実戦での詰めの甘さを指摘し笑い飛ばした名物記事が登場。このとき前田翁は77歳。しかしちっとも丸くなってない。(笑)
 この中に、月報について書いた部分があるので、引用します。

「その頃東都棋壇の牛耳を執って居るものは土居八段でその声望は関根名人を圧して居た。土居は月報の行動(※)を束縛せんとし月報誌上に定跡講義を載せる棋士に回章を廻して、投書をしてはならぬと厳命したとの噂が立った。その結果か花田や木見や木村等の高段の定跡講義が一斉に尻切れトンボとなって中絶してしまった。
 定跡講義が載せられなければ、将棋雑誌はこの致命傷のために自滅するより外はない。月報の読者は憤慨して月報擁護のために起ち上り、それぞれ得意の部署に付いて奮斗した。
 月報は東都棋士の迫害に逢い、孤立無援におちいったが、よく堪えて廃刊しなかった。どうした訳か却って東京でよく売れた。読むなと言うほど読みたがるのは人の情で、逆作用をなしたらしい。しかして月報は純詰将棋雑誌になった。月報は詰将棋鼓吹に力瘤を入れて次々に読者の詰図を発行した。このため詰将棋熱が素人間に燎原の火のように炎え拡がり詰将棋愛好家は翕然として月報の傘下に集ってきた。月報は倒れる所か却って隆盛になって、定跡講義はなくても、詰将棋雑誌として自立して行けるようになった」

※ 「失禮御免へたの横槍」の連載を指すものと思われます。

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コメント

王将(新)の舞玉39番は94馬→66馬になっています. 古図式総覧は
94馬なので舞玉39番としては正しい紹介図なのですが, 一言コメン
トがあった方がよろしいかと思います.

佐原さま

いつもご教示ありがとうございます。
お説の通りで、文中に一言付け加えました。

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