2017年8月15日 (火)

「詰棋界」 その55

 プチ懸賞出題中です。8月20日まで受付。

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 第4巻第3号(通巻第20号)のつづきです。全体のページ構成はこちら

不完全作をめぐって
川崎弘

B「四五日前だが、この作品が完全か不完全かで議論がわかれてね」

(第1図)Y・I氏作

1

A「24桂、同飛、13歩、21玉、22歩、同飛、43馬、32飛、同馬、同玉、
44桂、22玉、31角成、23玉、22飛、33玉、43桂成、同玉、53馬、33玉、
32桂成までか。21手、なかなかの作だね。別に問題はないようだが?」
C「これじゃないか?(参考図)14手目23玉で33玉なら34飛以下同手数の尾分れだが……」

(参考図)
14手目23玉迄

1_2

B「それもあるがね。その次の手、22飛を21飛でも詰むのさ」
A「なるほど詰むナ。でもこれくらいなら不完全とまではいえないんじゃないか? 感心しないのはもち論だが……」
B「そういう人が多かったね。所が、しからば不完全とは何ぞやとなると議論百出さ」
A「それだよ。検討でいつも困るのは。どうしても一度確定的なルールが欲しいね」
C「いわゆる詰将棋憲法だね」
B「同感。しかしいつか発表された草案も、全棋界に共感を呼ぶって所までは行かなかったね」
A「僕はいつも思うんだが、法律とか、規則とかいうのは、天下り的に決めてもなかなか守られるもんじゃない。不文律又は習慣として、長い間一般に行われているものを成文化するという形が本当だと思うよ。従来の色々な試案は、その点足が地についていない感じがあったんじゃないかね」
C「そういえばそうだね」
B「不文律っていうと、たとえば今の所なら?」
A「収束にあるていどキズがあっても、作品が立派で、キズを補って余りあれば、不完全扱いしない-大体これが多数意見だろう?」
C「名作の小キズは許す-ってわけだね」
A「つまり、完全作には、絶対的な意味での完全作と、相対的意味での完全作、つまり作品の価値から見て許しうるていどのキズのある作とを含むわけだ」
C「でも、"名作"とか"小キズ"とか云うのがすべて主観的なもんだろう?」
A「そう」
C「すると、僕が不完全というのに、君は完全扱いするような、アイマイな時が出来るが……」
A「それが一番欠点だね」
B「所でA君の説は、実は理論的に矛盾があるよ」
A「ハテネ、矛盾というと?」
B「いいかね、今論じてるのはある作品が完全か否かってことだろう。不完全ならもち論作品として成立しないわけだ」
A「それで?」
B「所で一方、ある作品の"価値"を論ずるということは、その作がちゃんと成立した後での話」
A「うん」
B「キズつまり軽い余詰だね、それを作品価値で補い得るというなら、余詰なるものは元来作品の"評価減"の対象ではあっても、"不完全"の条件にはならぬ、といえるんだ」
C「そうかなあ。そういえばそんな理屈になりそうだが……」
A「だが待てよ。余詰は本質的に評価減の条件にすぎない、という君の説を認めるとしてもだね。あるていど以上のキズなら自然大きな評価減をきたして、結局作品として成立しなくなるんじゃないか?」
B「もち論そうさ」
C「それじゃ、やはりどの程度のキズが許せるかって所に戻るね」
B「理論的に筋を通した迄さ」

※Y・I氏作は岩谷良雄作 旧パラ1952/05



A「昔の作は大体ルーズだな。収束の別詰は頭から無視だ」
B「終戦直後でもそうさ。キズをやかましくいい出したのは、ここ数年だね」
C「手順前後、回り道、それから収束の余詰。尾分れや変化長手数もそうだが、キズにもいろいろある」
A「僕は無暗にキビしいのは考えものだと思うね。制限をゆるくして好作の出易いようにしたいナ」
C「具体的にいうと?」
A「数やていどにもよるが、まあ最後の三手位なら構わんだろうな。手順前後は不完全とせぬ。回り道は攻方最短の原則から問題なし、変化長手数は二手くらい長くても駒余りなら見逃す。尾分れは問題外、とまあこんな所か」
C「そりゃ反対だ!」
A「何故」
C「そんな呑気に構えてちゃキリがないぜ。その上、名作はこの限りに非ず、と来た日にゃ、殆ど野放しだぜ。大体詰将棋は芸術だ。あくまで純粋なものであって欲しいね。芸術-」
A「オットット、一寸待った。芸術論は君の持論だが、それを持ち出すと又話がコジれる。今日は芸術論はしまっといてくれ給え」
C「うん。それでだね、僕は断然最終手の別詰以外の一切は不完全として扱いたいね」
A「当るべからざる勢だナ。所で古作は?」
C「古作は別さ。その当時の常識の下で作ったんだから」
A「君の評価論はもっともだが、そんな厳重なものにして、どれだけ守れるか疑問だと思うナ」
C「正しい規則を守らぬって法があるもんか」
A「怒ったって、それが現実さ。守る人のない規則ほどみじめなものはないよ」
B「憲法第九条かね」
A「違いない。-ともかく僕は矢張り最初にいったように、自然発生的な意味を重視したいね」
C「しかし規則には、指導とか理想とかの面も必要だよ」
A「いや、現実の方が先だ」
C「理想がなくっちゃ」
B「おいおい、横道に入ったよ。具体的な例に戻ろうや」



B「所でC君は、最終手以外のはいけないって説だね」
C「うん」
B「というと、最終手での余詰は別に構わないと規定するのかい?」
C「当り前じゃないか」
B「それじゃこの図だ」

(第二図)
2

A「ああ七手詰の古作だね」
C「知ってるよ」
B「この図の最終手97金。もしこの手で76金以下でも猶詰みがあると仮定するんだ。そしたら、この作は全然意味ないだろう」
C「ウーン」
A「ハハァ、最終手の別詰でもこれなら立派に余詰扱いだナ」
C「ナルホド千切る秋ナスビって奴だナ。弱ったね」
B「最終手は問題なしってのはね、背後に、一手詰は誰だって間違いっこないという考え方がひそんでるのさ。簡単に三手はいけない、一手はよいなんて決めるのはダメの皮だよ」
A「手順前後は良いだろう? 本質的には別手順じゃないんだから……」
B「手順前後だって広うござんす。この図はどうだ」

(第三図)
S・I氏作
3

C「ハハア逃道はここか。25桂か31馬の筋らしいナ」
A「31馬さ。同金、25桂、同と、14歩、22玉、11銀、21玉、31飛、同玉、22金で11手」
B「それが作意なんだが、初手25桂が成立するんだ」
C「同となら31馬で手順前後成立だね」
A「22玉がありそうだが?」
B「31馬、11玉、21馬、同銀、12歩、同玉、13銀、11玉、12金、同銀、31飛成…」
C「四手長いね」
A「手順前後かな、余詰かな」
B「仮に、手順前後はいいと決めると、おもしろくない例が出てくる。さらばといって、最終手以外はいかんと決めると又不都合が起ってくる」
C「エーイ面倒臭い。最終手だろうが、回り道だろうが、ともかく作意外の別手順は絶対に作らなきゃ良いんだろ、作りさえしなきゃ」
B「オヤ、C君カンシャクを起したね。そんなら鋸引が作れないぜ。あれは誰が作ったって回り道が成立する」
A「おいおい変な揚足を取るなよ。一体君はどうするってんだ?」
B「"不完全作の限界"を求めようたって無駄だってことさ」
A「………?」
B「つまりこの線からこっちは不完全、向うは完全というような線は、到底引けない。強いて引けば、後から後から矛盾した例が出る。さっきのは一例だが……」
C「なるほど」
B「だからいつも、詰将棋作品には作意以外一切の別手順を許さぬというとの原則をまず確定する」
A「それで?」
B「次に、これに反する場合はその程度に応じ減点する。例えば普通最終手の別詰なら、ごく小さい減点で作品価値に影響しない。大きなキズは大きな減点をこうむって発表価値がなくなる」
C「具体的には」
B「それは時代により、又人によりさ。ともかくこれが矛盾の解決の唯一つの行き方だと思うね」


※S・I氏作は伊藤昭一作 詰棋界1952/11



 現実家のA君、理屈屋のB君、理想派の純粋派C君、三人の討論の形で"不完全"をめぐる問題を取り上げました。
 私の意見をまとめると
① キズ(余詰も)は本質的には不完全判定の対象ではなく評価減の対象である。
② 完全、不完全の間の一線を成文化することは不可能。
の二点に帰着します。
 それではどうすればよいかといえば、消極的には-
 種々のキズについて、減点基準を実例をもって決めること。
 しかし更に積極的には-
 各誌の詰棋欄の担当者がキズのある作を採らぬと宣言すること。
 このいずれかで、この問題は実質的に解決するでしょう。
 なお本篇では、作意外の別詰なる形のキズを主に取り扱いましたが、玉方の逃げによるキズ、すなわち変化長手順や尾分れについてもほとんど同じことがいえましょう。
 この事については、先輩諸氏の御意見が聞ければ幸いです。


※なるほど千切る秋なすび、という諺?は知らなかった。
相づちを打つときの「なるほど」というのを、こっけいに言ったもの(「新編故事・ことわざ辞典」1992/08 創拓社)


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マド
◆ 四巻二号を見て
 新春一題集賞品受け取りました。酒井桂史作品集はまだ出来ないのですか?
 詰将棋奇談が断然たる出来栄え、その他研究物では反論ばかりだが、一々もっとも。新年号付録の如き図式を発行する考えはよい。
東京 北原義治

◆ 将棋攷格を
 万象解説終了後は将棋攷格の解説をお願いしたい。
 詰棋界の年八回発行案は賛成。春秋に斬新な企画で臨時号の発行を考慮されたらばなお可。
水戸 坂巻義郎

☆四巻三号が編集部の不手際から発行が大変遅くなりましたことは真に申し訳ありません。次号は発行を早めるとともに別頁広告の如く豪華なものを作ります

◆ 握り詰について
 握り詰の〆切が意外に早く創作を断念すること再三ではない。もう少し延ばして頂きたい。なお、十四枚の駒は少し多いと思います。
 恐らく短、中、長篇作家のためその中間を選ばれたのではないかと思いますが思い切って五、六才の幼児に握らしては見ては如何
小樽 田中至

☆握り詰ですから編集部で手を入れることはありません。袋の中に入れた三八枚の駒より握り出されたものが毎月の課題となります
〆切は少し延しました。


「酒井桂史作品集上」乞御一報
仙台市 和田義郎


詰棋界創刊号より一巻四号まで
世田谷区 浅野博

詰棋界既刊号について
▲一巻一号~四号まで品切れ
▲三巻一号 品切れ
△一巻五号以下(三巻一号を除く)在庫若干あり、入用の方はお問合せ下さい。


※通巻13号の時点で1巻1号~4号は品切れになっていた。


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第14回会計報告
摘     要 収入 支出 残高
2 前回繰越 7,764
前回払込者12名 2,130
新入会者4名 590
寄付金3名 260
会報送4×8 32 10,712
3 追加払込者8名 1,350
新入会者5名 780 12,842
会報印刷(4巻2号) 4,880
会報発送(247) 1,976
案内ハガキ100枚刷 650 5,236
次回繰越 5,236

※残高は5,336円だと思う。

2017年8月13日 (日)

眞木一明好作集

 眞木一明(まきかずあき)は1950年代、有力作家と目されていた。
 すでに紹介した「王将」1954年1月号に「詰将棋 第一線の作家陣」という記事があり、そこに紹介された18人の中に名を連ねている。
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 正統派というべきか。実に癖のないものを作る。そこが彼の長所とも短所とも言えよう。21才
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 また「旧パラ」1951年8月号の「詰将棋新人作家紹介」に
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(一)住所 東京都目黒区…
(二)年令 満十八歳(昭和七年十一月三十日生)
(三)職業 なし
(四)棋力 此の三月広津先生に二枚で勝たせて貰つたのを始めとして、京須、飯塚、坂口先生の順に二枚で勝たせて貰つた事により想像して大体八、九級は有ると思ひますが。
(五)棋歴 …詰将棋に興味を持ち出したのは……確か、それから丸一年位経た昭和二十三年、高校一年の夏頃からだと思います。最初は学校で疲れて来た頭脳を癒す為の一つの手段に過ぎなかつた積り?でしたが、何時の間にか、本業そつちのけに熱中し、加えて其の年の暮れ頃からでしたが、"へぼ"のくせに創作等と称す大それた(当時としては)考えを起しネチネチ愚作をデツチ上げ始めたのです。
当時は、一月に一、二題ずつ作つては評論へ気休め的に投稿しては月々の詰棋欄を、胸はずませて見ていたのですが、皆目出ず、やつと二十四年の七月号(評論)に入選した時の喜びは如何ばかりか、お察し下さい。

Photo_5

12角、32玉、21角成、同玉、22銀成、同玉、33金、12玉、22飛、13玉、
23飛成、同桂、31角、12玉、22角成迄15手詰

(六)処女入選作と思ひ出 此れは誰しも同じでせうが、自己の作品が本に出題される事に依つて、其の人の創作欲に拍車が加えられる事は確かの様です。私の場合もそうでした。其れからと言ふものは月、一、二題が三、四題と成り更に増えんとした矢先(少し下手な表現でしたが)、昨年の九月「詰パラ」を発見するに及んで、詰将棋に対する情熱は其の頂点に達しました。
(七)将来への希望 凡そ、何事も頂点に達すると言ふ事は、次に当然下りを示すものですが、私の場合一つの段階に達したので、将来は更に腕を磨き上達したいと思つて居ります。どうぞ宜しく御指導の程お願ひ致します。
(八)創作に対する抱負 今迄の私の作品を見て、それ等のすべてが小品で有りました。実は今年の正月頃一つ、今年も11香、21桂の型で短篇を主に作らうかな、と方針を立てパラ等へも其の旨回答したりしたのですが、最近棋友から私の作が余りにも良く有る様なものばかりだと苦言を呈されました。此れに就いては私も前々より感じて居た事なのですが、如何にしても微力、自分のマンネリズムから脱する事が出来なかつたのです。此れからも自己のマンネリズムを廃す様心がけ、何か新傾向の中篇作でも出来ればと思う様に成りまして、目下作戦を練つて居りますものの……。
(九)将棋界えの希望 最後に月並ながら一日も早く、詰将棋憲法、詰将棋連盟等設立されん事をお祈り致します。
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※原文通り。手順の漢数字は半角数字に変更。

ここに置いている
一局は、改めての掲示はしない。


1.旧・王将 1949/12

0133

24桂、同角、13銀成、同角、24桂、同角、22金打、13玉、12金打、同香、
23金引、同馬、25桂
まで13手詰

 上部を塞いでから銀を捌き、22金を打つためにまた24桂を打つ。
 53金は不要駒だが、初々しさを感じる。



2.旧パラ 1951/05

Para1488

23金、同角、33銀、同桂、34桂、同角、23角成、同玉、35桂
まで9手詰

 これも桂吊し。41飛は香でも差し支えない。



3.近代将棋 1951/06

50690294

11飛、同玉、32飛生、33角、同角成、同桂、22角、12玉、24桂、同歩、
11角成、同玉、23桂、21玉、31桂左成
まで15手詰

 33歩合に備えて32飛不成。詰上りがちょっと重いか。



4.近代将棋 1952/05

50690466

23飛打、22香合、同飛成、同銀、43角成、12玉、13歩、同銀、34馬、21玉、
23飛成、22金、43馬、31玉、33香、41玉、32龍、同金、同香成、51玉、
52金
まで21手詰

22桂合は、43角成、32歩合、22飛成、同玉、34桂、12玉、13歩、21玉、23飛成、22合、同桂成、同銀、32馬まで。

 初手重ね打ちがゴツイ手。23飛成は22香合で詰まず、43角成は32銀打で詰まない。
 32龍も(すぐ詰むのだが)何となく面白い。



5.近代将棋 1952/11

50690535

14香、13角合、同香成、同玉、14金、12玉、21角、11玉、22馬、同玉、
13金、同玉、12金
まで13手詰

 2手目桂合なら、25桂~13金で早い。こういう形は角合が多いものだ。
 いったん打った金を13に滑り込ませる手触りがよい。



6.近代将棋 1953/06

50690665

24桂、同歩、11角成、同玉、44角、33角合、同角成、同桂、22角、12玉、
31角成、23玉、12飛成、同玉、14香、23玉、13香成
まで17手詰

 3.に少し似ているが、飛車を捌く分、こちらの方が出来が良さそうだ。
13合、同香成、11玉で2手変長。(解答欄魔さん指摘)嫌がらせのような捨合だが、変長とみなすしかない。



7.新・王将 1954/07

0142

32飛生、21玉、22歩、11玉、12歩、同玉、13歩、同玉、33飛生、12玉、
23角生、11玉、12歩、22玉、32角成、12玉、23飛成、11玉、22馬
まで19手詰

21歩成、同飛、12歩、22玉、32角成、12玉、21馬、同玉、31飛打、12玉、32飛上成、22合、21飛成以下。

 「飛角の三度の不成がねらい」と結果稿にあった。
 このとき入選30回。植田尚宏は8回、北原義治は19回、桑原辰雄は23回というところである。創刊して7箇月なのに30回はおかしいように見えるが、吸収した「将棋評論」「旧・王将」、及び本体の「近代将棋」の入選回数を合算しているのである。
 本局の出題図は15銀でなく金で、初手から32角成、11玉、12歩、同玉、13歩、11玉、22馬、同玉、23歩の余詰があった。15金は8月号で銀に修正(結果稿は9月号)されたが、この図にも余詰がある。
 簡単に直すなら玉方53角追加だが、不動の大駒を2枚も置いては興ざめであろう。



8.近代将棋 1956年4月

50691204

33歩成、同桂、62飛、32金合、13馬、同飛、同桂成、同玉、14飛、22玉、
34桂、21玉、11飛成、同玉、13香、21玉、12香成、同玉、32飛成、13玉、
14金
まで21手詰

32歩合は、13馬、同飛、34桂、31玉、42飛成以下。

 62飛と三間離して打つ。以遠打である。52飛なら31玉、43桂、41玉でつかまえられない。
 金合以降はやや単調。



9.将棋文化 1958/11

0093

23飛成、22歩、13香、同龍、同龍、12金合、同龍、同玉、23金、同歩、
11飛
まで11手詰

 22歩と突き出すのが面白い。ここからも締まっている。
 「将棋文化」は1957年9月~58年12月まで16号で終刊。ダイヤモンド社から発行されていたらしい。



10.近代将棋 1964/07

50693089

42銀、21玉、23飛成、22飛合、同龍、同玉、23歩、11玉、31飛、21角合、
22歩成、同玉、23角成、同玉、21飛成、22飛、33銀成、同桂、34角、13玉、
12角成、同飛、14香
まで23手詰

21歩合は、22歩成、同玉、23角成、11玉、21飛成、同玉、32香成以下。

 二度の飛合も角合も分かりやすい。四香配置の必然性はなく、24桂でも良かったのではないか。


 以上10局、形はまことにキレイで、軽く仕上がってはいるのだが、今一つ手応えがない憾みがある。この方向を進んでも、楽しい世界には出会わないという気がする。

2017年8月11日 (金)

大井美好好作集

 プチ懸賞出題中です。8月20日まで受付。


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 大井美好は1922年生まれ、1985年没。千葉県の人。
 戦前から1980年代初めまで活躍した。


1.1944/12 将棋世界

1085

41飛、52玉、61角、53玉、43角成、64玉、65馬、73玉、74歩、82玉、
73歩成、同玉、83馬、64玉、65馬、73玉、74香、82玉、72香成、同金、
84香、73玉、83香成、同金、同馬、同玉、81飛成、73玉、74金、同玉、
84龍
まで31手詰

 小技も入れた趣向的な馬の動き。収束もあっさり決まっている。
 作者は戦前、将棋世界のみに10局発表している。ここにも一局置いている。



2.1951/01 旧パラ(修正図)

198102ooi


43銀、31玉、21飛、同玉、32角、22玉、23歩、同飛、同角成、同玉、
24歩、22玉、52飛、13玉、23歩成、同玉、32銀生、22玉、41銀生、23玉、
32銀生、22玉、43銀生、23玉、34銀成、同歩、24歩、33玉、53飛成、43角合、
23歩成、同玉、43龍、33金、35桂、同歩、45角、22玉、33龍、同玉、
34銀、42玉、52香成、同玉、63角成、42玉、33金、51玉、52馬、同玉、
43銀成、51玉、42金
まで53手詰

同玉は54角、42玉、32飛、53玉、63香成、44玉、42飛成以下。

43歩合は45桂、32玉、23歩成、31玉、42龍、同玉、33桂成、41玉、32と迄

33飛合は35桂、同歩、45角、22玉、33龍、同玉、34銀、32玉、33飛以下。33他合は41角以下容易。

22玉は33龍、同玉、43金、22玉、23桂成、同玉、41角以下。

☆私は形と手順と詰上りの三拍子そろった均衡のある作品が好きで、完璧な一局を創りたいと希っているが、この悲願はいまだに達成できないでいる。日暮れて道遠しの感が深い。
 本作はバランス感覚は充分と思うが持駒の多いことがやや難点であろうか。
 まず初手43銀と橋頭堡を築き、飛角を犠牲に52飛と打ち据えるまでが序奏である。ついで銀不成の往復により桂を補充し、切れ味のいい角合金合の応酬から35桂45角の攻めが胸のすくような中盤の見せ場となる。以下は大駒を捌いて漣の如き寄せが終束のリズム感を盛上げてくれる。
(『三百人一局集』1981年2月 全日本詰将棋連盟)より
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 作者じしんによる解説。52香成は53香成でも良いのが気になるところではある。
 この作品には目に見える歴史がある。

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長篇詰将棋解剖 -読者投稿作品-
前名人 塚田正夫

 詰将棋も手数が30手以上となると長篇の部類に属し、強い読者でも仲々おいそれとは詰まないのではないでしょうか。その上、読者の中には弱い方(別の言い方をすれば詰将棋を解くに未熟練な方)もおられますので、懸賞問題には不向な読者投稿の長篇物を選び、誌上解剖をする事に致します。
 第一図は千葉県の大井美好氏力作で、この方の指将棋の棋力は知りませんが、詰物にかけては各誌に傑作の発表があり、御存知の方も多かろうと思います。

(第一図)
50690192

 図を御覧になって直ぐ眼につく手は32銀打と23桂ですが、何れも22玉と上られて見込がありません。32歩打から始めるよりないようです。玉方、22玉と逃げると、23歩、同玉(21玉、31歩成、同玉、32銀打)35桂、22玉、23歩、13玉、24銀打までの早詰となりますから21玉と避けます。
 攻方は、次に22歩、同玉と呼び出せれば前述の手段で詰みますが、22同銀があって不成功は明かですから13桂と打って同飛と取らせる手の発見は容易でしょう。
 玉方、13同飛はこの一手。13同香なら31歩成、同玉、32銀打、22玉、23歩、12玉、24桂まで、22玉ならもちろん、23歩の早詰です。
 さて13に飛を引かせてみると、31歩成、同玉と捨てて、32銀打、22玉、23歩、同飛、同銀成、同玉と飛を取ってから35桂と掛ける構想は雑作ないと思います。この桂打で24飛は13玉で打歩詰の禁手に逃れられます。(A図)
 かくして玉方が、玉方22玉と落ちた時に、23飛、又は23歩と頭から攻めたい所ですが、前者は31玉で矢張打歩詰の局面となりますし、後者でも21玉で22飛と追求しても同銀、同歩成、同玉、23銀、11玉で駒が足りません。横から飛を打って行くよりありません。それもどの筋でもよいというのではなく52飛が最善なのです。

A図
50690192_2

 何故52でなければならないか。──その意味は解説が進むに従って判ります。玉方、13玉で打歩詰の局面になりましたが、これは打開可能です。
 打開の一法。攻め駒を減らす。
 それが23桂成、同玉、32銀不成で玉方、次に13玉では14歩、22玉、41銀不成で簡単なので22玉と下ります。
 以下、41銀不成、23玉(13玉は14歩、23玉、32飛成)は何の奇もありませんが、32銀不成、22玉、43銀不成、23玉、34銀成、同歩、24歩と打って行くのがおもしろい手です。銀の不成のさばきで41桂を消去し持駒としたのです。34銀成捨は35桂、13玉、14歩の打歩詰をきらう手筋です。これが、41桂の存在する儘ですと24歩、33玉で詰みません。
 さて、本詰手順の24歩に玉方13玉では53飛成、22玉、23歩成、21玉、33桂、31玉、51龍までですから33玉の一手で、攻方は53飛成と押える事ができました。15手の52飛打の時、その一箇所だと申しましたが、ここに至って成程とおわかりでしょう。
 ひとつ左にずれて62飛であったとすると、33玉、63飛成、44玉と脱出されますし、もちろん42飛は問題ではありません。
 では、これまでの玉方の応手に、攻方の52飛を移動させる手段がなかったかどうか調べる必要がありそうです。すなわち52飛の時、何か中合をする手はなかったか-です。しかしそれは無効です。
 52飛、42歩合なら、同飛成、13玉、23桂成、同玉、32銀不成、22玉、41銀不成、23玉、24歩、13玉、33龍までの容易な詰が生ずるからです。
 が、まだ、これでも十分な検討とは申せません。21手目、41銀不成の場合、32桂合があります。(変化第1図)

変化第1図
50690192_3

 攻方、32同飛成なら13玉、33龍、23歩合で打歩詰に逃れようというコンタンです。
 32桂合は次の順で詰みます。
 34桂、23玉、32飛成、13玉、22龍(好手)同銀、14歩、23玉、15桂まで。
 又、34桂、同歩ならば32飛不成、13玉、14歩、23玉、15桂まで。22龍は打歩詰の局面に生ずる捨駒、32飛不成はナラズの手筋として御記憶下さい。桂でなく他の合駒の場合は一層簡単ですからお調べ下さい。
 以上のように攻方の52飛を他の筋へ移動させる順はないのでした。──で、本文にもどり、31手の53飛成までは双方当然の応しゅうだったのです。玉方は43に合駒をする一手となっています。
 仮に飛、(金、銀)の合だと、23歩成、同玉、43龍、33合、24飛、(金、銀)で俗詰ですし、桂、香、歩の合は、一旦45桂と打ち、32玉、23歩成、31玉、(21玉、は51龍、31合、33桂不成)42龍、同玉、33桂成までで何れも早詰となりますから43角合が最善となります。(B図)

B図
50690192_4

 角合をされると45桂の筋では不詰は明白で、23歩成、同玉、43龍は当然です。又しても玉方は合駒をする一手となっております。
 22玉なら、33角、21玉、41龍、31合、11角成、同玉、31龍、21合、22銀の俗詰があるので…。合駒をするにしましても角、銀、桂、香、のように後に利かないものでは41角で容易ですから、飛金が有力です。
 まず、33飛合を調べてみましょう。(変化第2図)

変化第2図
50690192_5

 平凡に41角では22玉で詰みませんが一旦35桂、同歩としてから41角、22玉、33龍、同玉、34飛で詰みます。33金合が最善となります。今度は質駒が金なので、35桂、同歩(22玉なら、33龍、同玉、43金、22玉、23桂成、同玉、41角でよい)45角が好手順です。直かに34角は22玉で不詰です。
 それならば45角の時、角を近づける意味で、34に何かを合駒する手はないかとも考えられますが、結局、本詰手順の33龍、同玉、34銀がありますからその合駒だけ余る事になります。
 以下は33龍、同玉、34銀、42玉に53香成、同玉(31玉は42金、21玉、54角、22玉、32角成、13玉、23馬まで)と捨てて手順に63角成を得て42玉、33金、51玉、52馬すてであざやかな収束となりました。51玉の処、31玉なら53馬、21玉、43馬で容易な追手詰です。
 本局は52飛打から銀のさばきで41桂を消去し、53飛成を得る所が最大の眼目で、この間、玉方は打歩詰の禁とか合駒の綾で逃れようとする葛藤がおもしろく、形にも美的感覚があり好局と思う。原図では盤上の駒が十枚詰上りは七枚それにも拘らず五十余手の構想を盛り込んだ大井氏の並々ならぬ手腕に敬意を表します。難点をあげつらえば持駒の多数でしょうが、それがこの作の価値を低めているとは思えない。

 大井氏作正解手順
32歩、21玉、13桂、同飛、31歩成、同玉、32銀打、22玉、23歩、同飛、
同銀成、同玉、35桂、22玉、52飛、13玉、23桂成、同玉、32銀生、22玉、
41銀生、23玉、32銀生、22玉、43銀生、23玉、34銀成、同歩、24歩、33玉、
53飛成、43角、23歩成、同玉、43龍、33金、35桂、同歩、45角、22玉、
33龍、同玉、34銀、42玉、53香成、同玉、63角成、42玉、33金、51玉、
52馬、同玉、43銀成、51玉、42金
まで55手詰

(「近代将棋」1951年1月号より)
※漢数字はおおむね半角数字に変えた。以下同じ。
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詰将棋パラダイス 1951年1月号 「百人一局集」第93番

Para1321

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偽筆を賞める塚田さん
草柳俊一郎(横浜)

 私の田舎には山陽の軸物と元信の虫食い絵がある。
 昔親父が大金を投じて仕入れたもので、東京から京都くんだり迄箱書きに持ち廻った。鑑定人は判このよしあしから紙の質、墨の種類、作品目録、日記に至る迄調べた揚句、結局偽物だと宣告した。当時の金で数万円を損したと親父はボヤいていた。
 話はかわるが、詰将棋の天才塚田さんが「近代将棋」誌の新年号にわざわざ四頁を使って一つの作品を賞めている。
 それは本誌にも顔の見えている大井美好氏の作品で、55手詰の左図である。


50690192

 所がこれが真赤な偽物作品なんだから愉快だ。
 と云うのはこの作品はもともと大井氏が本誌の百人一局集に応募し、我々の所へ検討に廻って来て不完全作品と断定され、以後数回の修正によって完成図となったのが「百人一局集」の第93番の53手詰である。
 そんな事とは露知らぬ塚田さんは、この偽物を近代将棋四頁も使って激賞したわけだ。
 即ち作意の10手目A図に於て

A図

Photo

34桂、同歩、23銀成、同玉、24歩、33玉、34銀上、24玉、25飛、14玉、23飛成、15玉、25龍迄
33玉を22玉ならば
52飛、13玉、23歩成、同玉、34銀成、13玉、24成銀迄
の早詰である。
 それから又作意14手目B図に於て

B図
2

52飛打とあるがここは
24飛、31玉、23桂生、22玉、11桂成以下俗詰である。
 判この肉を調べたり紙の質やら墨の種類を虫眼鏡で覗いたりせずとも分る早詰である。四頁の原稿をタラタラ書いていたら、途中でお茶を呑み乍らでも出て来る筈の早詰筋である。
 天才塚田さんはこの偽物を掴まされたお蔭で、今のお金で20万円がとこは損した勘定になるだろう。
 掲載図の作意手順は完全図たる百人一局集の方を参考にされればよろしいから省略しておく。
(「詰将棋パラダイス」1951年3月号より)

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「百人一局集について」編集部
第93番 大井美好氏作
本作は問題の一局。近将新年号で本作の原図(不完全)を塚田前名人が激賞し、それを反駁して本誌三月号つれづれ草に草柳氏が一文を草された処、本図でもやはり不完全であった。作者よりも鄭重な断り状が来て居りますが、作者の意見によれば本作は玉を31に置き、持駒の銀を削り43に置き、攻方56香を55に直して完全
との申越です。本作に関しては本改図を以て一応問題の終止符を打ちます。御了承下さい。
(「詰将棋パラダイス」1951年7月号より)


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私のベストテン 大井美好

Para61652009

☆本局は検討批評などを、往年の草柳俊一郎氏に随分と御厄介になった思出深き一局である。草柳氏は知る人ぞ知るで、詰棋の鑑賞評論にかけては一流の見識を持たれ且ロマンチストであった。浪漫派の黒川一郎氏も草柳氏のよきアドヴァイスに恵まれたはずである。
発表図には早詰があり、玉方65と(
)を追加した。持駒が多いのは難だが、全局に均衡があり詰棋の近代性を一歩推進し得たものと信じている。
(「詰将棋パラダイス」1963年8月号より)


65とがないと、43銀不成のところ、43銀成、23玉、33成銀、同玉、34歩、44玉、55飛成、43玉、53龍、32玉、24桂、21玉、23龍以下の余詰。
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名局リバイバル 山田修司
第22番  千葉県 大井美好氏作



Para61652009

 盤上一かたまりの僅かな駒の配置から、合駒を交えて延々数拾合、驚くほどの長手順が展開される。近代に至って開発された詰棋の新しいジャンルの一つであるが、大井美好氏はこの型の作品のパイオニアとして夙に有名である。
 最近ではこの型の作品も珍らしくなくなったせいか、単に手数が長いだけでは物足りないといわれる様になったが、この作は、気の利いた序盤から、中盤の華やかな銀の回転をクライマックスに、43角合(B図)以下やや難解な後半部も52馬の好手を交えて、鮮やかに収束している。

B図

Photo_2

 手順、構図を通じ、全局に見せる均衡は、大井氏快心のものというべく、詰棋の近代性を一歩前進させた佳作であると思う。
(「近代将棋」1966年9月号より)

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 近代将棋に投稿したが、手数が長かったため懸賞作品にならず、塚田前名人が解説。同じ図を詰パラ付録「百人一局集」に応募したが不完全で、修正し掲載されたが依然余詰。1951年7月号での作者修正意見は完全。1963年8月号の詰パラ「私のベストテン」で再度43銀から始める完全作となる。その図が1966年9月号近代将棋の「名局リバイバル」に紹介される。「三百人一局集」で香とと金の位置を変える。
 という流れなのである。作者にとって、非常に愛着のあった図に違いない。


3.1951/08 旧パラ

Para1753_2

21銀、同玉、11金、同玉、13香、12桂合、23桂、21玉、31桂成、11玉、
12香成、同玉、21銀、23玉、32飛成、13玉、22龍、同玉、32成桂、23玉、
45角、34角合、35桂、13玉、12銀成、同角、同角成、同玉、34角、11玉、
22成桂、同玉、23桂成、31玉、41香成、同玉、52角成、31玉、53馬、42金合、
34香、21玉、54馬、43歩合、同馬、11玉、33馬、同金、12歩、21玉、
22歩、31玉、33香生、42玉、32香成、43玉、33成香、44玉、45金、53玉、
54金
まで61手詰

34歩合は、35桂、13玉、12銀成、同玉、34角、11玉、22成桂、同玉、23桂成、31玉、41香成、同玉、52銀成、31玉、32歩、21玉、22歩、11玉、12成桂まで41手。

高橋守氏
大井氏独特の軽快な駒捌きで好感の持てる作品。

選者
 如何にも大井氏らしいユニークな作品である。近代型図式なので駒配りや詰上りの型に繊細な神経が行渡っている。15枚(
)の駒で61手詰は捌きを主眼とした為であるが盤面の四分の一画より玉が逸脱する事なく、誠に鮮やかである、それで単なる追詰ではない。軽妙手の連続で特に傑出した手はないが、手順はリズミカルで且つ調和が取れて居る。好作品である。
 21手目45角に対して多数の解答者が34歩合とした為に41手詰となり一驚を喫した。恐らく余駒なく如何にも本手順に見えた為ではあるまいか。亦59手詰で詰めた方が三氏あったが惜しい事である。
(「詰将棋パラダイス」1951年10月結果稿より)

)16枚が正しい。

 選者は土屋健。
 銀金を捨てた後は細かい手順になる。34角合や42金合から43歩合など、最善を尽くして手順を紡いでいく。これが大井流である。



4.1955/04 詰将棋パラダイス

Para54600717

21銀生、同玉、22香、12玉、23角成、同金、24桂、22玉、31角、21玉、
32桂成、同玉、42歩成、21玉、32と、同玉、33銀生、同金、43金、同玉、
53角成、32玉、31馬、23玉、13馬、32玉、31馬、23玉、24歩、同金、
32馬、12玉、13歩、同玉、25桂、12玉、22馬、同玉、33飛成、21玉、
24龍、22角、同龍、同玉、44角、31玉、22金、41玉、33桂生、42玉、
53香成、51玉、61歩成、同玉、62成香
まで55手詰


33銀成は、21玉で逃れ。

 金を質駒にしておいて、53角成~31馬~13馬~31馬の手順が分かりやすくて楽しい。33飛成から24龍で終わりかと思ったら、22角合でさらに手数が延びる。



5.1963/11 詰将棋パラダイス

Para61652221

83歩成、同玉、73飛、同玉、84銀、72玉、73香、同桂、83銀成、同歩、
84桂、同歩、82飛、71玉、81飛成、同玉、83香、72玉、82香成
まで19手詰

73同桂は、84飛から82飛成。

 3手目、73飛が洒落た手で84銀とワクをつくることができる。
 93歩は気が利かない駒だが、84桂に71玉の変化を81飛、同玉、92歩成で詰ます意味。



6.1965/03 詰将棋パラダイス

Para61653368

33銀、同桂、32金、12玉、23銀、同龍、22金、同龍、34馬、23龍、
24桂、22玉、21と、同玉、32銀、同龍、同桂成、同玉、44桂、31玉、
32飛、21玉、12飛成、同香、43馬、11玉、33馬、22金、23桂、21玉、
32桂成、同金、11馬
まで33手詰

21玉は、23飛、22歩香合(22角銀桂合は43馬、12玉、22飛成、同玉、32馬、12玉で取った駒を打って29手)、32成桂、同玉、33飛成、41玉、53桂、51玉、61馬まで29手。

 32金が重くて打ちにくい。22金と活用して龍を引っ張り込み、34馬のあたりでは終局近しの感があるが、そこからさらに粘る。12飛成とこちらも活用して例の収束。この型は飛合も可なので、現在なら気になる人があるかも知れない。



7.1973/11 詰将棋パラダイス

Para71753133

24銀生、12玉、13銀生、21玉、11飛、同玉、23桂、同歩、33角成、21玉、
11馬、32玉、43歩成、41玉、32と、同玉、24桂、同歩、33歩、23玉、
12馬、33玉、25桂、32玉、22銀成、同銀、33歩、31玉、23桂、同銀、
41香成、同玉、23馬、51玉、42銀、同玉、32歩成、43玉、33馬、54玉、
55馬、43玉、33と
まで43手詰

11同玉は、12歩、21玉、33桂、32玉、43歩成まで。

 23から25にかけて桂を打ち、また23へ。銀不成も伏線として利いており、作法通り消える。
 65歩が何のためにあるのかと思ったら、53桂、同歩、42歩、51玉、52歩、同馬、同と、同玉、41角、51玉、43桂、62玉、63角成、71玉、83桂、82玉、73馬、92玉、91桂成、93玉、66馬の余詰防止なのだった。
 これは秀作。



8.1975/09 詰将棋パラダイス

Para71755113

57桂、同と、34角、55玉、56香、44玉、64飛、同角、45歩、同金、
43角成、35玉、44馬、25玉、26金、同と左、34馬、15玉、14銀成、同玉、
24馬
まで21手詰

55玉は、65飛、54玉、63角、43玉、54金、33玉、35飛、23玉、24香以下15手。

45歩は、同金、53角成、同玉で逃れ。64飛は5筋を素通しにする意味。

 34角から始めると同金、57桂、55玉で詰まない。
 53角成から44馬が鋭い追い込みで、以下収束まで引き締まった作品。



9.1978/03 近代将棋

Kinsho70852157

31角、22歩合、同角成、同玉、23銀、同玉、34銀、13玉、31角、22歩合、
同角成、同玉、23歩、12玉、22歩成、同玉、23銀打、13玉、14歩、同飛、
12銀成、同玉、23金
まで23手詰

31同飛は、22角、同玉(12玉も、23銀)、23銀、同玉、34銀、24玉、25金、13玉、24銀以下。

 取るに取れない31角と22歩合のリフレインが明快。収束まで無駄がない。



10.1981/07 詰将棋パラダイス

Para81850647

64銀、同桂、62銀、82玉、72龍、93玉、84金、同玉、75金、93玉、
85桂、同香、84金、同玉、73龍
まで15手詰

 一手の切れ味に物をいわせたり、畳み込む作風ではないので短篇向きではない。かといって長篇は、一部の作品を覗き、
構成が単調で物足りない。
 合駒で手順を紡ぐタイプの中篇が本来の作風なのだろう。
 本局は短篇らしさが見えるが、この作者には少ない
例なのである。

2017年8月 5日 (土)

プチ懸賞付き! 山中龍雄中篇好作集

 今回は懸賞問題がありますので、最後まで読んで下さい。

 山中龍雄は1936年生まれ、2014年没。
 『山中龍雄作品集』(1976年3月 全日本詰将棋連盟)に短篇百局が収められているので、中篇(19~49手)を選んでみた。
 今さらだが、読みきり好作集は私の好きな作集であって、一般的な好作の集ではない。(なぜこんなことを書くかというと、今回、塚田賞作をひとつ外したので)

1.1959/08 近代将棋

Kinsho50691881

28香、27角合、同香、同玉、18角、26玉、28飛、27角合、同飛、16玉、
17飛、26玉、16飛、同玉、36角、26玉、17角、15玉、35角、16桂合、
同香、同玉、17歩、15玉、27桂
まで25手詰

森田銀杏
形から息の長い手順を引き出す作風を示す、デビュー当時の佳品
(『近代将棋図式精選』より)。

 桂香合が利かないので、合駒は二回とも角合しかない。
 27角合、同飛と取ったとき、27飛は邪魔駒になっている。
 淡彩ながら、無理のない手順。



2.1960/05 詰将棋パラダイス

Para54604699

16飛、24玉、26飛、34玉、36飛、35角合、同飛上、24玉、25飛、14玉、
15飛、24玉、35角、15玉、53角成、14玉、15飛、同玉、26馬、24玉、
25馬
まで21手詰

 本局も似た構成だが、前局に比べるとやや物足りないか。



3.1962/01 近代将棋

Kinsho50692573

33角、22角合、23桂生、12玉、11飛、同角、同桂成、13玉、35角、24桂合、
同角成、22玉、31銀生、同金、21成桂、同玉、33桂、22玉、23銀、11玉、
12銀成、同玉、13馬、11玉、23桂
まで25手詰

塚田九段
 北原氏作の一寸手品を思わせる駒の回転率と収束形の良さ等、思わず感嘆の声を発しそうだった。それに対する山中氏作は、収束形に北原氏作より若干劣る点があるが、俗手の好手、31銀、21成桂等、又随所に見られる合駒の難解さ、力強さ等が私を強くひいた。
 結局私は短編同様確信の持てない尽(ママ)に、北原氏の光輝ある過去そして現在を、又山中氏の素晴しい躍進ぶりなどを考慮して山中龍雄氏に決定した。
(「近代将棋」1962年8月号より)

 第19期塚田賞(中篇)受賞作。
 実戦型に粘りのある手順を得意とする作家は何人か思い浮かべることができる。ヤマタツの特徴は、選択肢の多い接近戦に強く、駒取りを厭わないことだろう。



4.1963/01 詰将棋パラダイス

Para61651571

12銀、同玉、13歩成、11玉、22と左、同角、12歩、21玉、22と、同玉、
31角、21玉、11歩成、同玉、15飛、21玉、12飛成、31玉、13角成、41玉、
52歩成、同銀、53桂、同銀、23馬、51玉、62歩成、同銀、63桂、同銀、
33馬、61玉、72歩成、同銀、73桂、同銀、43馬、71玉、82歩成、同銀、
83桂、同銀、53馬、81玉、91歩成、同玉、64馬、81玉、82馬
まで49手詰

山田修司(大学担当解説)
趣向詰の価値は作品を構成する趣向の質によってきまる。テーマたる趣向そのものに美しさや妙味、意外性といったものがなければ鑑賞者の心をうつに至らないであろう。単に機械的な反復手に過ぎぬ趣向はそれがメカニカルな構成美にまで昇華された場合を除き退屈以外の何物でもないし、もとよりロマンたり得はしない。
本局はごく軽い趣向詰であるが趣向そのものを見るとき退屈という程ではないが平板の感はまぬがれない。
さらに5筋より左は趣向でございといった駒の配置も解者に先入主と期待を与える点で不利である。しかし序の数手は作者の実力を示す見事な出来であり不動駒もなく詰上り四駒になるなどこの主題に於ては完璧の構成であった。
(以上が予定稿であったが其の後選者としての必要性から古典を再検討したところ妙案に同一のプロットを持つ作品があった-100番-さらにこれの焼直しと見られる作が舞玉にも-選題時に考証の時間がなかったのであるが読者から指弾を受けることは覚悟していた。
しかるに森田氏が既成の趣向の様に思う?といわれた外指摘がなかったのは意外であった。ともあれこれらの作品を知らずに創作したであろう山中氏に非はないが類作を採用した選者の責はまぬがれない。お詫び申し上げる次第。)
(「詰将棋パラダイス」1963年3月号より)

 付け加えることは何もない。選者には、これくらいの鑑賞眼と見識があって欲しいものだ。



5.1965/01 近代将棋

Kinsho50693240

22銀、同玉、13馬、
11玉、12馬、同玉、14香、13桂打、同香成、同桂、
32飛、21玉、22飛成、同玉、42龍、32飛合、14桂、11玉、12銀、同飛、
同龍、同玉、32飛、11玉、22飛成
まで25手詰

13同玉は、14飛、22玉、42龍、32合、31銀、11玉、12飛以下。

 すぐに取れる42銀を取らずに、玉方桂香を整理してから、なおも42龍でなく32飛と打つところが巧いと思う。



6.1965/07 詰将棋パラダイス

Para61653687

22角、同玉、33歩成、同銀、32飛、13玉、25桂、24玉、33桂生、35玉、
21桂成、26玉、18桂、27玉、16角成、同玉、36飛成、17玉、26龍、18玉、
29銀、19玉、28龍
まで23手詰

33同玉は、23飛成、同玉、35桂、12玉、34角成以下。

 変化手順を追っているような作意だが、稲富豊風の明き王手が出るところが面白く、馬も捨ててまとまっている。



7.1965/08 近代将棋

Kinsho50693390

37銀、17玉、34歩、35歩合、26銀、16玉、35銀、17玉、26銀、16玉、
37銀、25玉、36銀、16玉、47銀、25玉、36銀、16玉、35銀、17玉、
26銀、16玉、37銀、25玉、26飛、34玉、33角成、35玉、36飛、45玉、
46飛、35玉、36歩、25玉、45飛、35歩合、同飛、同桂、26歩、16玉、
17歩、同玉、18歩、16玉、34馬
まで45手詰

36歩合は、17歩、25玉、36銀、24玉、33角成、13玉、23馬、同玉、63飛成、32玉、33歩成、21玉、13桂、31玉、32歩、41玉、61龍、51合、53桂生まで35手。
46歩合は、同飛、25玉、36銀、16玉、35銀、17玉、26銀、16玉、37銀、25玉、26飛、34玉、33角成、35玉、46飛以下作意と同じ手順で詰む43手。
24玉は、33角成、13玉、23馬、同玉、33桂成、24玉、25歩、13玉、23成桂、同玉、43飛成、12玉、24桂、11玉、12歩以下39手。
56桂合は、同飛、25玉、26飛、34玉、33角成、45玉、57桂、35玉、36飛、25玉、34馬まで。

35桂合は、同飛、同桂、26歩、16玉、34馬、17玉、29桂まで43手。

 本局は傑作である。
 2手目の局面と12手目の違いは攻方の持駒が一歩増えていること。さらに24手目の局面でさらに一歩増えている。ここからは収束だが、左辺を54歩一枚で済ませているところなど実に無駄がない。



8.1966/03 近代将棋

Kinsho50693657

18香、23玉、27香、33玉、36香、43玉、45香、53玉、65桂、52玉、
54飛、63玉、73角成、54玉、63角、65玉、74角成、54玉、64馬寄、45玉、
55馬、36玉、46馬、27玉、37馬、18玉、28馬
まで27手詰

17香、23玉、27香、33玉、36香、43玉、45香、53玉、65桂、52玉、54飛、63玉、53飛成、74玉、73龍、65玉、74角、55玉、53龍、54銀合(54歩合は、73角成、45玉、43龍、44金合、同龍、同玉、34金、53玉、63馬以下)、73角成、45玉、54龍、同玉、63角成、65玉、74馬右、54玉、64馬寄、44玉、53銀、43玉、33香成、同玉、55馬、43玉、44馬、32玉、22香成、41玉、63馬以下。

22玉は、32歩成、同玉、35香、33桂合、同香成、同玉、35香、43玉、45香、53玉、65桂打、52玉、54飛、61玉、51飛成、同角、同角成、72玉、73馬、81玉、72角、92玉、83角成、81玉、82馬まで変化同手数。これより早い順はなさそうなのだが。
22玉は、34桂、21玉、24香、23桂合、81飛成、51歩合、同龍、同角、22歩、32玉、42桂成以下23手。

53飛成、74玉、73龍、65玉、74角、54玉(
55玉は53龍、54銀合、73角成、35玉、54龍、同玉、63角成、65玉、74馬右、54玉、64馬寄、44玉、35銀、45玉、55馬、36玉、46馬以下)、43龍、55玉、53龍で手順に合流。。

塚田九段
作者のねらいがこの位的確に表現出来れば、文句のつけようがない。

作者
 本作は序奏の階段状四香連打、収束の玉による四香消去の構想を、如何に結合させるかに随分苦心したもので、完成までには十時間位消費したと記憶している。
 創作過程では龍馬による小型煙詰が有力で未練があったが、総合的な観点から断念して二枚馬を選択した結果、詰上り歩の残留となった。作図に当っては構想の特徴から使用駒最少、初形美と持駒との調和、流動的な詰手順、綺麗な詰上りを外面的な目標としたところ金銀不使用で完成したため、最初の予想より以上に軽快となり、しかも簡潔にまとまったので典型的な構想趣向の快心作となった。
 一方内面的にみると、変化順は適度と思うが棋形持駒からある程度黙殺できるのは確かである。二手目22玉の変化を消す攻方23歩の配置は香打を渋滞させない意味から当然考えられるが、小生の作風として置きたくない駒である。作品としての均衡はとれているのでこれ以上の推敲はできない。
 以前は候補に上ると思われる作品を発表した場合にはある程度の期待を掛けたものだが本作が受賞するとは不思議にも夢想だにしなかった。その理由としては山田修司氏の中、長篇における五期連続受賞、柏川悦夫氏の二十一期から二十六期にかけての四期受賞、最近作の質の向上が挙げられる。そして以前長篇に不詰作を出した事に対して自発的に行った本誌への一年余の投稿中止(覚悟してはいたがこの期間の何と長かったこと!)以後の張合い抜けが未だに大きく影響している。
 とにかく作風にマッチした作品での受賞なので喜びも格別です。
 これを契機としてねらいを持った作品に力を注ぎたいと思っております。
(「近代将棋」1966年8月号より)

 第27期塚田賞(中篇)受賞作。
 ひときわ美しい図と手順。完全なら名作だったが、二箇所も潰れていた。



9.1967/03 詰将棋パラダイス

Para66701205

22角、同玉、23香、12玉、14飛、13角合、同飛成、同玉、31角、22銀合、
同角成、14玉、13馬、同玉、14銀、12玉、22香成、同玉、23銀成、31玉、
32成銀
まで21手詰

13銀合など前に利く駒は同飛成、同玉、14に打って簡単。13桂合は、22香成、同玉、24飛、31玉、32歩以下。

22金合は同角成以下、同手順。

 飛→角→銀の持駒変換。22合が限定されなかったのは残念。



10.1969/01 詰将棋パラダイス

Para66703367

75飛、54玉、56香、55飛合、同香、45玉、47飛、46歩合、同飛、35玉、
45飛、同玉、46歩、35玉、54香、65歩合、同飛、同香、36歩、同玉、
26馬
まで21手詰

65角合で不詰。

☆玉方飛先飛歩の応用である55飛合を中心に実に華麗にまとめられた一局と思っていたら不詰でした。

★不詰 2手目
65角合でどうしても詰まない。

作意不詰双方解
海老原辰夫、若島正の二氏。
(「詰将棋パラダイス」1969年3月号結果稿より)

 飛合をすると歩に換える手間が増えるので延命になる。飛合が成立したので安心してしまい、角合がすっぽり抜けてしまったのだろう。


 さて、ここからが懸賞問題。
 この図を完全作にするにはどうしますか?
 条件1:修正三原則で行うこと。修正三原則とは、
 一、玉位置を変えない
 二、作意を変えない
 三、持駒を変えない
です。つまり玉を除く置駒の変更だけで何とかして下さい。
 条件2:詰将棋パラダイス入選99回までの方に限ります。パラ同人には簡単な問題ですから。
 条件3
応募作を当ブログに掲載することを承認する方に限ります。
 最優秀作は
当ブログに掲載します。その他の作品も掲載することがあります。これを承認しない方の応募は控えて下さい。ただし、私の腹案にも劣るような作ばかりの場合は、賞品無し(ケチ!)

 賞品は最優秀作1名のみ(ショボイ)
 かつて詰将棋パラダイスとは別料金で「詰棋通信」という小冊子が頒布されていました。これを差し上げます。後に製本されて単行本として刊行されたものですが、「詰棋通信」を持っている人はあまりいないらしいです。綴じられておらずバラですが、ある作品集の全頁揃っています。さて、それが何かはお楽しみ。
 結果発表は最優秀作だけでなく、主だったものについても行いますので、何も当たらないのに恥だけかかせるんかい! という方は応募しないようにして下さい。

 応募方法
 コメント欄に書かれる場合は、テキストになりますので、13歩削除、攻方14歩追加といった具合に配置が分かるように書いてください。さわらない配置についての記載は不要。非公開にします。
 メールの場合は画像添付でもテキストでも結構です。
 メールアドレス 
botanmn@gmail.com
 ツイッターのDMも可。 @_karineko
 締切 8月20日(日)


2017年8月 2日 (水)

石阪久吉好作集

 石阪は1937年生まれ。東京の人。1954年から57年にかけて27局発表。活動期間は短かったが、実戦型をベースにしたセンスの良い短篇が多い。

『三百人一局集』では28局となっているが、27局しかなさそうだ。


1.1954/12 新・王将

Photo

32金、同銀、23桂、同銀、32歩成、同玉、42金
まで7手詰

 本局は「王将」廃刊号に掲載されたもの。入選回数は「近代将棋」
1回分も含んでいる。
 これが作意かどうかは分からない(32歩成、同銀、42金かも知れない)。絶対手の連続だが、無難にできている。



2.1955/07 近代将棋

Kinsho50691189

54角成、22玉、31銀、23玉、45馬、32玉、24桂、同馬、23馬、同玉、
22金
まで11手詰


41玉は、63馬、31玉、32金まで変化同手数。

塚田九段
七月号北川氏、石阪氏、と八月号何氏がいいと思った。
中でも石阪氏が、まぎれはあり、型もよし、力強いので、これをとった。手順などは玄人っぽい。

作者
 家業(農業)の手伝いをするかたわら、××高等学校定時制へ通っております。受賞通知の日は、嬉しさに、折からの中間試験の勉強も身が入らず、ほうほうの態でした。
 作品自評──主眼手の23馬は、前半に捨駒がないため、きわ立った好手になっていると思います。
 好きな諸作家──柏川悦夫氏、金田秀信氏、植田尚宏氏
 抱負──低棋力のため、と、時間の問題で長篇作は敬遠してましたが、受賞を機会に取組んでみたく思います。なお、私の次の夢は実戦型の新開拓です。
(「近代将棋」1956年2月号より)

 第6期塚田賞(短篇)受賞作。
 前半はつかみどころのない手順だが、24桂~23馬の放り込みで一気に盛り上がる。変同でなければなお良かった。



3.1955/11 詰将棋パラダイス

Para54601323

22金、同玉、23香、12玉、24桂、23玉、34銀、同角、同龍、22玉、
31角、同玉、33龍、同桂、32金
まで15手詰

23同金は、42龍、32合、31銀、12玉、24桂、同金、32龍まで。

さて三手目24香以下の手順を踏み十数名の方が失格。24香、同金、42龍、32合、31銀、12玉、32龍迄。
及び24香、23合、同香成、同金、42龍、32合、31銀、12玉、24桂、同金、32龍迄の二方法である。
これらは24香、同金、42龍、32桂合、31銀、23玉、24と、同桂、22龍、34玉以下不詰。32桂合とは誠に旨い防手があったもの。因って此処は23香とヂックリ腰をすえる処。五手目も亦奇抜で一寸その例を見ない程の珍品である。24桂とは又素晴しい手があったものである。今にも23から14へ抜けられそうな錯覚に陥るからで誠に無理からぬ盲点である。然し其処には34銀という手を作者は用意してある。九手目の同龍も当然なる捌きとは申せ作者の新感覚の現れで、同金には41角の清冽なる変化を秘めている。十手目22玉とすべき処を同金以下13手詰とされた方が大部あったが無理からぬミスであった。31角以下は別に別に変り栄えのしない手順。
この簡素な棋型から発散する妙麗なる手順の妙は最近稀に見る好局で短篇中の傑作と申しても過言ではない。
(『半期賞作品集』1979年3月 石沢孝治編)
結果稿の引用だろうか。

 1955年度下半期、小学校半期賞作品。
 一連の手順の中では、24桂が一見指しがたく、34銀が筋が悪そうで異質な手と思う。



4.1955/12 詰将棋パラダイス

Para54601418

32飛、23玉、24香、同角、34銀、13玉、31馬、14玉、12飛成、同香、
32馬、13玉、23馬
まで13手詰

13玉は、14銀、同玉、34飛成、23金合、32馬、13玉、14香、同金、同龍まで11手。

 やや薄味だが、邪魔な飛車を捌いて型どおりの仕上がり。



5.1956/01 詰将棋パラダイス

Para54601444

31角、12玉、13歩、同桂、22角成、同玉、24香、23飛合、33銀、11玉、
21馬、同飛、同香成、同玉、23飛、31玉、22飛成
まで17手詰

25香は、23銀合で逃れ。
23玉は、25香、24合、32銀、12玉、21銀生、11玉、33馬以下。

今井-華麗さの中に渋味を加え、石阪時代到来の感。
(『三百人一局集』より)

 しかし石阪時代は来なかったのである。
 詰パラ表紙作。
 初手上部から押さえておく手が見えるので、31角はやや意外。
 桂を跳ねさせて元の形に戻すところは巧い。
 玉方17とは、23香成、同玉、33飛、24玉、34飛成、15玉、16銀、同玉、36龍以下の余詰防止駒。この順を防ぐのに17とは要らない。41歩を香にすればよいと思う(玉方42歩は余詰む)。



6.1956/04 詰将棋パラダイス

Para54602048

49角、同金、27角、29玉、38角、同玉、49金、同玉、29龍、48玉、
38金、同桂成、59龍、47玉、57龍
まで15手詰

83角は47歩合で逃れ。

 作者には珍しい入玉図。
 初手質駒をつくっておいて、27角で取り返すと見せて一路動くのが肩透かし。邪魔駒消去だ。



7.1956/05 近代将棋

Kinsho50691219

34飛、23玉、32角、同飛、24馬、22玉、32飛成、同玉、41銀生、22玉、
32銀成、11玉、33馬、同桂、21飛、12玉、22飛成
まで17手詰

34同飛は、25角、23玉、34馬、32玉、43馬、22玉、32飛、11玉、33馬、同桂、12歩、21玉、31銀成まで15手。
12玉は、21角成、同飛、14飛、23玉、13飛成、32玉、33龍まで。

 初手24飛、13玉、34飛は12玉で届かない。
 34飛、41銀生、32銀成と小気味よい手が続く。
 『近代将棋図式精選』に収録されている秀作。



8.1956/05 詰将棋パラダイス

Para54602140_2

14桂、同金、13金、同香、42龍、11玉、21馬、同玉、33桂、11玉、
31龍、12玉、21龍
まで13手詰

 3手目の13金が好手。龍が4段目にいるうちに上部を封鎖してしまう狙いである。



9.1956/06 詰将棋パラダイス

Para54602247

15桂、13玉、22銀、同玉、23銀、13玉、22銀打、同角、12銀成、同香、
23桂成、同玉、34馬、13玉、24馬
まで15手詰

15同角は、34銀、13玉、22銀、同玉、23銀打、13玉、14銀成、同玉、32馬、13玉、23馬まで13手。

 何が何でも22地点を塞ぐ手順。12銀成から23桂成と持駒をすべて捨てて詰み上がるのが良い。
 玉方44歩は不要駒。



10.1956/07 詰将棋パラダイス

Para54602310

42角、22玉、34桂、同金、31角成、同玉、41飛、22玉、32龍、同玉、
43飛成、22玉、31角、同玉、42龍
まで15手詰

12玉は、13飛、同桂、22桂成、同玉、33角成以下。

 3段目の風通しを良くしておいて玉を戻す。収束までスッキリしている。


 巧い作家だが、全体に淡泊。筋の良い手にこだわりすぎて迫力に欠ける印象を受ける。

2017年8月 1日 (火)

有田辰次好作集

 本名、加藤玄夫。有田辰次の筆名の方が良く知られている。1919年4月生まれ。千葉県の人。
 将棋日本では加藤稔、戦前の将棋世界と旧パラでは本名。10年ほどの空白があり、1963年の近代将棋から有田辰次、将棋世界では加藤俊介の筆名を用いていたようだ。
 息長く活躍した作家である。特に1965年から68年にかけての発表作が非常に多い。
 この作者の作品は一局だけ紹介済み。


1.1964/12 近代将棋

50693204

12と、
同玉、13銀、同玉、22角、12玉、11角成、13玉、22馬、同金、
11飛成、12金、22銀生
まで13手詰

12同銀は、24銀打、同銀、同銀成、22玉、11角、32玉、33角成、21玉、32銀まで11手。

 11とが必要そうに見えて、実は邪魔駒。22金の形にして、11飛成を実現するために手数をかける。



2.1965/05 近代将棋

50693392

43馬、23玉、24銀、14玉、26桂、同銀、23銀生、15玉、14飛、同香、
16歩、24玉、34馬、13玉、12銀成
まで15手詰

12玉は、34馬、23飛合、同馬、同歩、13飛、21玉、23飛成、22合、41飛成、31合、33桂まで同手数駒余り。
23同玉は、34馬、13玉、14歩、同玉、24馬まで13手。

 豪腕が有田の魅力だ。
 24銀から26桂のあたり不詰感が漂うが、14飛からピッタリ詰む。変化も無駄がない。
 第25期塚田賞(短篇)受賞作。

塚田九段
 解いてみようという気を起こさせる。これは短篇に限らず大切なことである。その意味で今期候補に上がった作品は、その良さを持ったものであるが、中でも山田、酒井、有田、三君のは特に印象に残った。
 …有田君のは右二作に較べると全体に無理がないし、作品が練れている。きわだった手はないが、一手一手にコクがあり、簡素な形で紛れを持たせたあたり、仲々玄人っぽい。奇をねらわずとも良い作品が出来るという好見本である。

作者
ラッキー・セブン
 遅作の私としては偶然の助けもあって、割合に短時間で完成した作品です。「実戦に現れたとしてもおかしくない自然な形」をという私の好みの点からも良く出来たと思っていましたが、投稿当時は受賞など考えてもいませんでした。
 其の後も入選した事だけで満足していたのですが、(入選確定とウヌボレテいた図が噫ー悲しいかな、没か?郵便事故か?待てど暮らせど……という経験は私だけではないと思います)
 翌月の解説が意外に好評だったので、初めてかすかに期待を抱きました。然し短篇は数が多い上に2月号の山田作、他にも良いものがあって全く自信はありませんでした。そんな訳で入選七回目の本作が、受賞の栄に浴した事は本当にラッキーセブン望外でした。
 初受賞だけに喜びも一入です。
 非才のため奇作珍作、は仲々創れそうもありませんが、今後も時間の許す限り創作に打込み百回入選を目標として頑張りたいと思います。
(「近代将棋」1965年8月号より)



3.1965/08 近代将棋

50693386

26銀、同玉、37銀、15玉、26銀、同玉、25飛、同玉、35馬、15玉、
26銀、同香、24馬
まで13手詰

25同香は、48馬、36玉、37馬まで11手。

 本局でも、ちょっと気がつきにくい邪魔駒消去が現れる。48銀がある状態では、25飛、同香で詰まない。なければ変化の通り48馬と転じることができる。



4.1966/08 将棋世界

46802861

94飛、93飛合、同飛成、同桂、82金、同玉、84飛、83桂合、同金、同銀、
94桂、73玉、74金、同銀、82飛成
まで15手詰

93歩・銀合は、83金打、同銀、同金、同玉、74銀、94玉、85金まで。
93桂跳は、同飛成、同玉、85桂、82玉(94玉は84金打、95玉、86金)、73金打、同銀、同金、92玉、82金打まで。

 93金合ならどうなるかと思ったら、金は出尽くしている。74と配置では詰まないのだ。
 不動のまま角が残るが、変化(特に93桂跳)に利いているだけでなく、詰上りにも一役買っている。
 『古今短編詰将棋名作選』補遺第33番。



5.1966/07 近代将棋

50693637

13銀生、31玉、22飛成、同角、同銀生、42玉、31角、同龍、33銀生、同玉、
34馬、42玉、54桂、41玉、51金、同玉、61馬、同玉、62金
まで19手詰

13同玉は、14金、12玉、34馬、23歩合、同金以下。
22同玉は、14桂、12玉、34馬、23歩合、22金、13玉、24角、同歩、23金打、14玉、24馬まで17手。


山田修司
 紛れが一ぱいの作だがなかでも初手34桂が強力。以下31玉、21金、同銀、42金、同龍、同桂成、同玉、33銀生、同角、43飛、32玉、33飛成、同玉、34馬、42玉、33角、31玉…とらしき手が続きなかなか読みを打切れない。
 作意は再三の銀不成を中心とした鮮やかなもので特に31角、同龍と犠打を放ち、一転33銀不成と身を翻すあたりは捨駒の魅力を最大限に見せつけてくれる。いうなれば三代宗看の味。収束はまた、看寿風に切れ上がっていて申分なく、全体に力感あふれる秀作となっている。
(『古今中編詰将棋名作選』解説)

 この時の塚田賞(中篇)は北川邦男作と桑原辰雄作で、塚田九段の選評はこの作品には一言も触れていないが、私見では本局が優っていると思う。



6.1966/11 近代将棋

50693736

19香、18歩合、同香、同と、14歩、22玉、33歩成、同金、21飛、同玉、
31と、22玉、62龍、31玉、41馬、21玉、43馬、同桂、31馬、同玉、
42と、22玉、43と、32角合、同と、同金、13角、33玉、45桂、43玉、
53桂成、33玉、32龍、同玉、43金、21玉、31角成、同玉、42成桂、22玉、
32金
まで41手詰

22玉は、33歩成以下、作意を進み34玉なら、32龍、25玉、35龍まで。
17桂合は、同香、同と、14飛、22玉、33歩成、同金、34桂、同金(21玉は31と、同玉、42と、21玉、31と、同玉、33龍以下)、52龍、32香合、同龍、同玉、34飛、33香合、42と、22玉、32金、13玉、14馬まで。
16歩合は、同香、22玉、33歩成、同金、52龍、32香合、21飛、同玉、31と、同玉、42と、22玉、32と、同金、同龍、同玉、33歩、同玉、35香、34香合、同馬以下。
作意では33歩と叩く歩がないのでこの手順にならない。

 単に16香と打ってはなぜいけないか。
 以下、22玉、33歩成と作意をなぞって34玉、32龍、25玉で逃れ。
 14~16香なら詰まないが、19香、22玉なら詰む。合駒は18歩合か17歩合(非限定)しかない、その結果、と金が移動するので34玉なら32龍、25玉、35角成、15玉(16玉は26金、17玉、27金まで)、26金、14玉、25金まで。と金を動かした効果があらわれる。
 作者には珍しい遠打。



7.1966/12 近代将棋

50693758

22桂成、42玉、54桂、同飛、53桂成、同角、32成桂、同玉、12飛、23玉、
41馬、34玉、23馬、同玉、24金、同飛、同銀成、12玉、13飛、22玉、
33飛成、11玉、12歩、同玉、13龍
まで25手詰

 初手三択だが、後の飛打を見た22桂成が正着。香成ではあとで桂が邪魔になる。
 3手目、飛車を動かすのは5段目から利きを外しておく意味。



8.1967/04 将棋世界

46802939

22角、同歩、23金、同歩、22銀生、24玉、33馬、同龍、25金
まで9手詰

 初手は限定で、31角なら24玉、42角成、34玉で逃れる。22歩と質駒をつくっておけば23金に同銀とは取れない。以下、らしい収束。



9.1968/02 詰将棋パラダイス

Para66702234

33馬、12玉、21飛成、同玉、12角、同玉、13香成、同玉、25桂、12玉、
13歩、21玉、32馬、同玉、33金、41玉、42金打
まで17手詰

 初手が強手で、何で取っても簡単なので、躱す玉に、いかにも実戦型風の手順。どちらかの桂は消したかったと思う。



10.1994/01 近代将棋

86992663

16飛、15銀合、23角成、25玉、24飛、同銀、34馬、同馬、26金
まで9手詰

 第83期塚田賞(短篇)受賞作。

作者
自分としても好く出来たとは思ってましたが、受賞など全く期待していませんでした。塚田賞も82期
になりますか。私も貴誌創刊以来の読者、塚田先生の事など思い出されます。健康を害して永い歳月、作品の発表を中止しておりましたが、また最近詰将棋村へ帰って来ました。…

本誌にも82期と記載されているが、正しくは83期。

岡田敏
今期の短篇は数が少ないこともあってか、これといった作はなかった。該当作なし、にしようと思ったが、1月号の有田氏作がスッキリとまとまっており、これに1点を進呈。
(「近代将棋」1994年10月号より)

 この期は格段に優れた作がなく、僅差の受賞だったようだ。
 簡素図式。24飛と重く打つあたりに作者らしさがほの見える。

2017年7月29日 (土)

稲富豊好作集

 1930年4月生まれ。長崎県の人。『三百人一局集』に、「昭和30年代、各誌で短中編で活躍した」「発表数約80局」とある。作品発表期間は1955年から1968年までのようだ。

1.1956/09 詰将棋パラダイス(修正図)



Para61651252

66金、同飛生、67桂、同飛生、48馬、57桂合、同馬、同飛生、87桂、同飛生、
77飛、同飛成、76歩、同龍、84銀、同金、64馬
まで17手詰

 「私のベストテン」(詰パラ1962年5月号)の劈頭を飾った作品。17手だが、当時の小学校である。
 37飛が龍だったために余詰を生じた。即ち、5手目48馬のところ、84銀、同金、48馬、57桂合(先に馬を動かしてからの84銀も成立)、同馬、同飛成、76歩、74玉、64馬、83玉、84香、94玉、93金、85玉、75馬、95玉、86馬、84玉、75馬、95玉、94金、同玉、34龍以下詰んでしまう。
 この点、惜しまれる作品。


2.1960/09 将棋世界

46802118

23金、同玉、24香、同龍、32飛成、13玉、33龍、同龍、25桂、23玉、
33桂成、13玉、23飛、同歩、31馬
まで15手詰

 24香、同龍で質駒にした方針に添って、33龍と体当たり。ここ43龍では23歩で何事もない。以下、駒取りにはなるが、すぐに捨てての詰上りも良い。
 この年11月、中学校に掲載された11手詰で半期賞を受賞しているが、それほど良い作とは思えなかったので省略。



3.1960/09 近代将棋

50692143_3

15金、同玉、25金、16玉、36龍、26飛合、27龍、同飛成、15金、同玉、
27桂、26玉、25飛、16玉、15飛、26玉、25馬、同香、16飛、同玉、
15角成
まで21手詰

26銀成は、同金、同香、15角成、17玉、26馬、18玉、27馬、29玉、47馬、38合、同馬左、同歩、同龍まで19手。

 第16期塚田賞(中篇)受賞作。

塚田九段
(中篇)変化に重点置いた妙作
 稲富作は形が悪い。しかし驚くほど巧い手が続く。差引計算してもやはり巧い手が比重大きく、競争相手の巨椋氏、山中氏をおさえた。
 26飛の合駒以後、みなよくさばけて、あざやかなもの。変化手順に新手がある。(15金、同玉、25金、ここで同玉なら36龍、14玉、45龍以下詰み)
 山中作は以前も今回も僅差で敗れて気の毒だった。

作者
 自作について=指棋は好まず詰棋一辺倒で通してきた私だけに、このたびの受賞は非常に嬉しく思います。本局は難解味をねらいとして、古典風な味で仕上げました。したがって近代的な詰棋の新味はありませんがまぎれが豊富でさばきも多少はあり、中篇作品として生きていると思います。
(「近代将棋」1961年2月号より)

 『近代将棋図式精選』はもちろん、『古今中編詰将棋名作選』にも紹介されている。
 並べた感じでは、飛合が強防で、ここ26香合などでは15金から25龍で詰む。
 以下の捌きも鮮やかだ。玉方19とは余詰防止駒ではなく、変化
で19玉と潜り込まれないための駒。
 「変化手順に新手がある」という評はピンとこない。36龍でなく、37龍なら16玉で直ちに逃れるので、36龍から45龍は必然手に見えるからである。



4.1961/06 近代将棋

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35飛、26玉、17金、同玉、15飛、27玉、17馬、同玉、24桂、27玉、
17飛、同玉、13飛、27玉、16飛成
まで15手詰

 『古今短編詰将棋名作選』補遺第18番。
 大駒を物陰に隠し、明き王手で世に出すのは、この作者が好んで使った手法。



5.1961/09 詰将棋パラダイス

Para61650514

24桂、同飛、14飛、同飛、13角成、同飛、24桂、22玉、21角成、同玉、
32と
まで11手詰

 単に14飛では22玉で詰まない。そこで飛車を呼んでおく。
 複合捨駒。これも作者愛用の手筋。易しいが、良く出来ているのではないだろうか。



6.1962/02 詰将棋パラダイス

Para61650832

18銀、同と、25飛、17玉、26銀、27玉、37銀、17玉、35角、同歩、
27飛、同玉、45角成、36金合、23飛成、17玉、26龍、同金、29桂、同と、
18香
まで21手詰


36飛合は、23飛成、17玉、35馬、同飛、26龍まで19手。

 出番を待っているような13飛と23角だが、逆算による産物と推測する。守備駒がよく動いて好印象。



7.1962/03 詰将棋パラダイス

Para61650895

22角成、同金、21飛成、同金、13歩、同玉、24銀、同玉、21桂成、13玉、
24馬、同玉、14金
まで13手詰

22玉は、21桂成、同玉、12銀、22玉、23銀上成、31玉、42金まで同手数駒余り。
12玉は、23銀成、11玉、21桂成、同玉、22金まで同手数駒余り。

 中学校半期賞受賞作。
 21に金を動かしておいて、あとで明き王手で取る。馬を捌くのが当然とはいえ、気持が良い。



8.1965/03 詰将棋パラダイス

Para61653354

28香、37玉、27香、同玉、28飛、36玉、46金、同歩、18馬、37玉、
27馬
まで11手詰

 初手、28飛なら36玉、18馬、37玉で逃れ。

駒三十九
素晴らしい作、特に46金などは両王手という有名手筋を変化に利用した絶妙手と思う。久しぶりに稲富氏の好作に接し難解新鮮派稲富氏健在を思わせる作品である
(「詰将棋パラダイス」1965年5月号結果稿より)

 香から打つのは平凡だが、27香の一目上がりがよい。当たり駒が少ないのでさわやかな印象を受ける。
 中学校半期賞受賞作。『三百人一局集』に掲載されているが、執筆は吉田健氏。『詰将棋工学母艦』にも採られている。



9,1965/03 詰将棋パラダイス

Para61653369

24歩、同玉、27龍、34玉、43銀生、45玉、57桂、同金、46歩、同玉、
38桂、同と、58桂、45玉、47龍、同金、46歩、同金、34銀生、同玉、
46桂、24玉、25金、同玉、43馬、24玉、34馬
まで27手詰

 龍のソッポ行きの意味付けは明快で、26龍はあとで打歩詰になってしまう。取歩駒をめぐる打歩物らしい応酬。桂を跳ねて駒を取るのはクセというものだろうか。

山田修司(大学担当)
全般的には27龍、47龍の好手を始め、桂打の手順前後を許さない微妙な味、軽い収束など、まずバランスのとれた中篇と思います。あえて難をいえば主眼手が少し弱かったこと、1~2筋の駒があまり働いていない感じがあることでしょう
(「詰将棋パラダイス」1965年5月号結果稿より)



10.1965/07 詰将棋パラダイス

Para61653683

34桂、同金、13桂成、同玉、46角、35金、同角、24歩、14金、同玉、
15金、同玉、23銀生、25玉、15飛成、同玉、26銀
まで17手詰

 初手桂を金で取らざるを得ない(同歩は33角~31飛成)ので、34金が退路を塞いでしまう駒となる。46角(57以遠でも良い)にそこで35金が玉方の邪魔駒消去。
 銀不成から、飛車を捨てての収束も決まっている。

 『三百人一局集』の作者キャッチフレーズ(服部敦氏作?)に「妙手が第一 形は第二」とあるが、1980年代初頭でも、悪形作家の一人とみなされていたのだろうか。
 こんにちでは、それほどの悪形作家とも思われないのだが。

2017年7月25日 (火)

江戸文芸に見る「将棋」その7

近松門左衛門「山崎与次兵衛寿門松」(やまざきよじべえねびきのかどまつ)より
中の巻

…昨日の駒動かせず置きました.サアござれござれ.しからば勝つても負けてもこれ一番.昨夜から盤の上とつくと見定め.工夫した相手とさすはこはもの.お手はこなたか、サア遊ばせ.まづ飛車先の歩を突きませう.ヤこの成金してやらうでの.かう寄りませう.浄閑頭を叩いて.ハアゝ南無三.この馬落ちた、深田に馬を駆け落し.引けども上がらず、打てども行かぬ望月の.駒の頭も見えばこそ、むつかしゆなつたと、案じける.
 おきく盤のそばにより、これ父様.あちらの方が落ちればこちらも落ちる.両方の睨み合うていつまでも埒明かぬ.迷惑する駒はたつた一枚.浄閑様のお手には金銀がたんとある.欲を離れて金銀さへお打ちなさるれば.これ、この父様のむかふの、浄閑様のこの馬は助かる.どうぞ手にある金銀を打ち出させますやうに.思案してみさしやんせ.合点か合点かと袖を引けば、治部右衛門うち頷き、オゝオゝオゝ、よう知恵つけた、呑み込んだと.言へども、浄閑気もつかず.親ぢやと思ふて助言言ふまい言ふまい.またちよつこりと歩で合(あひ)いたそ.ムゝ、シテお手に何々.浄閑が手には金三枚、銀三枚.歩もござる.この歩で回したら、まだ金銀がふえましよ.いかい銀持(かねもち)羨ましいか.銀持とは、この角が睨んでゐる.かう寄つたらば金銀出して打たずばなるまいぞ.でも金銀は放さぬ.桂馬を上がろ.治部右衛門堪(こた)へかね.ハテいかい吝(しは)ん坊、沢山な金銀握りつめて何になさるゝ.来世へ持つて行かるゝか.これご覧なされ.この飛車をかう引けば、天にも地にもたつた一枚のこなたのこの王が.片隅へ座敷牢のごとくおつ籠められ.今の間に落ちるが、金でも銀でも打ち散らして.囲うてみる気はござらぬか.我らが吝いは知れたこと.座敷牢へ入らうが、都詰にならうが.金銀は手放さぬ.歩あしらひで見知らせう.こなたも歩をもつて、ぶに首を提げらる(
※1)が、悔みはないか.構わぬ構わぬ.まづ逃げてゐませう.コレそのうちに香車の鑓をもつて鑓玉に上げらるが.それでも金銀出すまいか.勿体ないこと、鑓玉に上げられうが.獄門に上がらうが.手前の金銀は放さぬ放さぬと.両馬強き欲の皮、そばでおきくは気を揉みて.つゝむ涙も手見せ禁(※2)、命手詰め(※3)と見えにけり.…

---
(『
新編日本古典文学全集74 近松門左衛門集①』1997年3月 小学館)
※1 夫に首あげらる 戦場で雑兵に首を取られる意の諺
※2 手見せ禁 待ったなしの意
※3 手詰め 手段に窮する

 1718(享保3)年1月2日、竹本座初演。
 漫然と将棋を指しているのではなく、与
兵衛の妻おきくの助言、実は浄閑(与兵衛の父)にお金を使って与兵衛を助けるように訴えているのである。治部右衛門はおきくの実父。

2017年7月22日 (土)

江戸文芸に見る「将棋」その6

 いささか、看板に偽りがあることになるが、室町時代の俳諧書に「将棋」を見つけた。

『竹馬狂吟集』(作者不明 序文は1499年の日付 写本であり孤本 天理図書館蔵)
巻第九

馬の上にて稚児と契れり
山寺の将棋の盤をかり枕

---
(『新潮日本古典集成 第七七回 竹馬狂吟集 新撰犬筑波集』1988年1月 新潮社)

 上掲書は現行の漢字に直しているので、「将棋」は原本では違っているはずである。「將棊」かと予想して影印本(「天理図書館善本叢書」第二十二巻『古俳諧集』1974年11月 八木書店)を見てみると、

    むまのうへにてちこと契れり
山てらのしやうきのはんをかり枕

と読め、「將棊」ではなかった。


『醒睡笑』(安楽庵策伝 1628年成立ヵ)

巻之一
謂被謂物之由来(いへはいはるゝものゝゆらい)

一 信長公、諸大名をよせ給ひ、馬ぞろへあそはし、おもひおもひの出立、はなやかなりし風情にて、きらをみかき、あたりをかゝやかせば、いにしへも、ためしまれなる事と、沙汰しあえり、即、主上も簾中より叡覧なされし
 金銀をつかひすてたる馬そろへ将棋に似たる王の見物


巻之二
名津希親方

一 又東堂にむかひ、それかし、若年より心にかけ、碁、将棋、連歌、弓法の道を心得て候まゝ、その旨を工夫ありて、斎名(さいみん)をあたへたまへとこふ、僧ほめて、人に一徳ある事まれなり、それならは、唯、四徳斎といはん
 
いやな斎名の

---
 なぜ「いやな斎名」なのか、四五日考えた。

佐保姫の春立ちながら尿(しと)をして 『犬筑波集』
蚤虱馬の尿する枕もと 『おくの細道』

 四徳斎=尿(しと)臭いである。「しとく さい」と読んでいたために「しと くさい」になかなか思い至らなかったのである。


巻之三
不文字

一 京都四条の河原にて、将棋の馬をひろひたる者あり、何ともしらで、主に見せたれば、是はすごろくの碁いしといふ物也


巻之四
そてない合点

一 上手の碁が、今朝、めし過より八つさかりになるが、いまだ二番はてぬと、いふをきゝて、それは逆馬になつた物であらう、はてまいぞ、雄長老、

---
 いずれも『假名草子集成』第四十三卷(2008年4月 東京堂出版)。
 単に「将棋」の文字が出てくるというだけで、面白味はなかった。


『新増犬筑波集』(松永貞徳編 1643年刊)

   一二一二ともじぞみえける
おりはうつさいに将棋の馬をして

---
(『古典俳文学大系」1 貞門俳諧集一』(1970年11月 集英社)

 「おりはうつ」が何なのか知らないと難しい。盤双六とは別に、折羽双六というものがあって、双方12枚の駒を置き、竹筒に入れた賽を振って、出た目の数で相手の駒を早く取るきることを競うのだそうである。
 俳諧に出てくる双六はほとんど一対一の勝負である盤双六で、絵双六ではないようだ。


『時勢粧』(いまようすがた)(松江重頼編 1672年刊)

        螺鈿の軸も猶古草紙 維舟
碁将棋も向ふ徒然のひぐらしに
---
(『古典俳文学大系2 貞門俳諧集二』(1971年3月 集英社)


『大阪獨吟集』(1675年刊)

夕日影ゆびさす事もなるまいぞ 三昌
    雲のはたてにはづす両馬

---
(『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』(1991年5月 岩波書店)

 上掲書の註に
「ゆびさす」を指でさす意に取成し、飛車・角行の両馬外しの将棋を付けた
とある。
 相手がヘボなので、二枚落ちにしたのである。

2017年7月16日 (日)

「詰棋界」 その54

 第4巻第3号(通巻第20号)のつづきです。全体のページ構成はこちら


目次の頁にある「おわび」と「20号を迎えて」

おわび

編集責任者である私が、病いのためペンを取ることが出来ず、心ならずも「詰棋界」の発行が遅くなってしまった。
まことに申訳けありませんでした。深くお詫び申上げる次第です。
清水孝晏

20号を迎えて

 創刊号4ページという姿で発足した詰棋界も号を重ねて本号で第20号となりました。
 これもひとえに会員諸兄の御協力とご支援があったればこそと、深く感謝いたしております。
 さて盛夏も、すぐそこに来ています。次号は特大号として40頁で発行しますから、作品玉篇をドシドシお寄せ下さい。


名作探訪(2) 柴田昭彦

 前回の酒井(※1)独歩氏の後をうけ不肖小生が筆を執る事になりました。
 戦後は、看寿の享保時代に次ぐ第二期詰将棋隆盛期に当り、アマ作家の活躍は著しいものがあります。特に短篇は玄人の作品に劣らない立派なものが沢山あります。
 しかし短篇は新しい手筋が発見されない限り行き詰まり状態にあるといわれています。又、類似作も多く、詰上りでの論争は後を絶え(ママ)ないようです。(私も風ぐるま誌において類似作の指摘をうけた)前置きはこのくらいにして

荻野修次氏作(※2)

Ogino

 本作は形こそ余り良くありませんが、それぞれの駒の性能を十二分に活用した、いわゆる筋の良い作と思います。攻方の飛二枚に囲まれた玉ですが、馬が上下に効いていますから、うまく攻めないと失敗します。初手23竜(ママ)は絶対、これは同玉の一手。ここで詰棋に手慣れた人なら、すぐに12飛成の手が浮びましょう。以下の23竜、14角は溜息が出る。
 短篇は、だいたい形を主眼とするものと、手順を主眼とするものと二通りありますが、本作は後者の方で小生も形にとらわれぬ作の方を好みます。
 なお、蛇足のようですが、本作品とよく似た左図が、本局と同じ昭和26年の将棋評論新年号に発表されていますが、発表の月日が同じですから、これは確実な偶然の一致でしょう。


市川六段作(※3)

Photo

==荻野氏作意==
23銀、同玉、12飛成、14玉、23竜、25玉、14角、同歩、34竜、同馬、26金まで

---
※1 酒井は誤記。酒中が正しい。本名、小西寛。
※2 旧パラ1951年1月号別冊付録「百人一局集」掲載
※3 DBにこの図はない…

 荻野作は好形作で、これで形が良くないというのだから、現代の順位戦の作などは論外であろう。


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