「借り猫かも」の概要

このブログには、27のカテゴリーと5個のPDFがあります。
簡単な概要です。

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★紹介作家一覧★(記事数:2)
当ブログには350名以上の詰将棋作家
(作者不明及び「詰将棋トライアスロン」掲載作家を除く)による、のべ2,000局超の作品を収録しています。個々の作品を掲載した url を明記しています。


「将棋月報」関連(記事数:27)
戦前の月刊誌「将棋月報」から、興味深い記事を紹介しています。


「王将」(記事数:18)
「近代将棋」の姉妹誌として創刊された月刊誌「王将」(1954年1月~12月)について、詰将棋に係る記事を紹介しています。


「詰将棋トライアスロン」(記事数:65)
駒場和男が「近代将棋」に連載した読物(1989年10月~1994年12月)を全文掲載しています。


「詰棋界」(記事数:71)
詰将棋クラブ(清水孝晏)が発行していたガリ版誌「詰棋界」(1951年4月~1956年8月)について、通巻5号から23号までの記事を抜粋して紹介しています。


『博文舘太陽詰手』(記事数:21)
小野五平名人が博文舘の雑誌「太陽」に連載(1897年5月~1898年10月)し、松浦大六が筆写した詰将棋の紹介です。


『将棋勇略』管見(記事数:31)
二代伊藤宗印の作品集『将棋勇略』(1700年)収録作品を、献上本系の順序により全局紹介しています。「将棋月報」の山村兎月解説付き。


『将棋大綱』佳局選(記事数:6)
八代大橋宗桂の作品集『将棋大綱』(1765年)収録作品の好局を選び紹介しています。


『将棋駒競』考(記事数:31)
初代伊藤宗看の作品集『将棋駒競』(1649年)収録作品を
全局紹介しています。


『将棋龍光』全作品(記事数:11)
今田政一の作品集『将棋龍光』(1941年5月)収録作品を、大塚播州氏編『将棋龍光』(1972年)に依って全局紹介しています。


『詰将棋鞠藻集』全作品(記事数:26)
無理のない棋形に新鮮な狙いを盛り込み続けた巨人・柏川悦夫の最初の作品集『詰将棋鞠藻集』(1951年11月「将棋評論」付録)収録作品を全局紹介しています。


『象戯手段草』全作品(記事数:10)
伊野部看斎の『象戯手段草』(1724年)収録作品を全局紹介しています。

岡田乾州所蔵写本『土屋土佐守作詰物』の異図や作品番号も明記しています。


『闘魚』再録版(記事数:27)
里見義周の『闘魚』再録版(1964年 詰将棋パラダイス編集部
、初版は1951年)の収録作品を全局紹介しています。里見が「将棋月報」に書いた論考なども収録。


めいと賞(記事数:10)
「詰棋めいと」掲載作の中から、優秀な作品に与えられた「めいと賞」の全作品を紹介しています。


今田政一研究(記事数:23)
「将棋月報」に発表された「将棋龍光」(1941年1月 30局)について調べたこと、同誌に今田が書いた論考の紹介など。


加藤文卓の「圖巧解説」(記事数:25)
戦前の優れた詰将棋研究家・解説者だった加藤文卓が「将棋月報」に連載した『将棋図巧』(第75番まで)の全解説です。


北川邦男好作選(記事数:8)
作者の遺作集『渓流』(1984年 詰将棋研究会)から、好作を紹介しています。


忘れられた論客(記事数:20)
「将棋月報」に杉本兼秋が書いた論考を紹介しています。杉本の手によることが確実と思われる別名の記事も収録しています。


打歩詰大賞(記事数:8)
「詰棋めいと」誌上で、湯村光造氏の賞金提供により制定された「打歩詰大賞」入賞作を全作品紹介しています。


江戸文芸に見る「将棋」(記事数:8)
江戸時代前期の文芸書に現れた「将棋」について、管見の範囲で紹介しています。山本亨介氏の『将棋庶民史』(1972年 朝日新聞社)はあとで読みましたが、重複しているものもありました。同書に俳諧関係は少ないので、多少の独自性はあります。


田中鵬看著『詰将棋集』(記事数:10)
煙詰で知られる作者の短篇を中心にした作品集(1971年 東洋印刷出版部)を抜粋して紹介。長篇5局の自作解説は全文掲載しています。


私家版「詰将棋第二部集」(記事数:26)
「将棋月報」の懸賞出題第二部掲載作から好局と思われる作品50局を選んでみました。


詰将棋(記事数:79)
単発の雑文はここにまとめています。


読みきり好作集(記事数:39)
原則として、個人作品集のない作家の好作を選んで紹介しています。


遠打、中合、限定移動(記事数:17)
当時の若手詰将棋作家集団ACTによる『80年代ショート詰将棋ベスト200』(1994年 将棋天国社)を元に掲題の手筋を紹介しています。


酒井桂史をめぐる言説(記事数:12)
戦前を代表する作家だった酒井桂史については同時代の「将棋月報」でさまざまに触れられています。それらの記事を蒐集したものです。


酒井桂史名作選(記事数:26)
『酒井桂史作品集』(1974年 石沢孝治編)や『酒井桂史作品集』(1976年 清水孝晏編)、『將棋王玉編』(1938年頃 山村兎月編)、「将棋月報」などから酒井作品を紹介しています。

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PDF(ファイル数:5)
酒井桂史『琇玉篇』解題

「詰将棋パラダイス」2016年10月号~2017年2月号まで掲載された拙文「幻の書 酒井桂史『琇玉篇』解題」の各月別元原稿。サイドバーの「リンク集」の下にあります。一部加筆訂正しています。

2017年9月11日 (月)

プチ懸賞付き! 「詰棋界」 その61 結果発表

 酒井桂史の創作メモ(不完全)から作意手順を推理せよという問題でしたが、何が正解かは誰も分かりません。
 27手詰で、それらしい解答を期待していましたが、応募者は5人でした。

1071


34飛、45玉、25飛、35桂合、同飛引、44玉、34飛、43玉、52角、42玉、45飛、
同と、24馬、33歩、同飛成、同香、34桂、32玉、22桂成、同玉、
13香成、31玉、32歩、42玉、34桂、32玉、22成香
まで27手。

くぼさん、匿名さんの解答です。
それぞれのコメント。

くぼさん
成桂配置は33歩のところ、33桂合、同飛成、同歩、34桂、32玉、22桂成、同玉、13香成、21玉で逃れと勘違いしたものでしょうか。 実際は34桂のところ、14馬で詰んでいそうです。 ……という推理でしたが、想定作意順も14馬で詰んでいそうなので怪しい……。


匿名さん
まったく分かりませんが、せっかく考えたので送ります。
狙いも配置の意味も不明です。もう少し考えてみますが。

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三輪さん

31香→31桂、24桂なし。
34飛、45玉、25飛、35桂合、同飛引、44玉、34飛、43玉、52角、42玉、
45飛、同と、24馬、33香合、同飛成、同歩、34桂、32玉、22桂成、42玉、
43香、同桂、41角成、同玉、23馬、42玉、32馬迄27手詰。

完全なデッチ上げです。
24桂を省くと余詰多々で持駒調整のため省くようでは作意ではない。
23に利きがあると35合、同飛、同銀が不詰で31桂の可能性もない。

一応、25飛、35合、同飛引、44玉、34飛、43玉、52角、42玉、45飛、同と、24馬は作意っぽいかなと思います。
以下44飛が成立すると面白いのですが。

※22桂成を同玉と取ると詰まないのですが、元の図自体に酒井の思い違いがあるようなので、あり得べき作意ということでしょう。

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桃燈さん

34銀成、45玉、44飛打、同銀、同成銀、35玉、34成銀、45玉、35成銀、同玉、
44角、34玉、33角成、同玉、34銀、22玉、66馬、33歩、23歩、32玉、
33馬、41玉、51馬、32玉、33歩、21玉、11歩成
まで27手

※35成銀に54玉で詰まないのですが、あくまで推定作意ですから。
 馬を66から活用する方向で考えたわけですね。

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tsumegaeruさん

34飛、45玉、35飛、44玉、34飛打、43玉、52角、42玉、45飛、同と、
24馬、33歩、同飛成、同香、34桂、32玉、41角成、同玉、23馬、32金、
42歩、31玉、22桂成、同金、41歩成、21玉、11歩成
まで27手

※駆け込みでしたが、これが作意に近そうな気がします。

 以上、いずれも力作でした。
 当選は
tsumegaeruさんとします。
 賞品は詰棋通信版『過雁組曲』です。
 住所をお願いします。

Photo

 

2017年8月30日 (水)

「詰棋界」 その63

 プチ懸賞出題中です。9月10日(日)まで。

 通巻第23号のつづきです。全体のページ構成はこちら

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新春 短篇競作会

※短篇の部に22局、曲詰の部に10局。
年齢、趣味、職業が記載してある。
結果稿を所持していないので、それぞれの作品がどういう評価だったのかは分からない。

⑥平松繁治作

1117

34歩、22玉、24香、23歩合、同香生、12玉、21角生、23玉、24歩、22玉、
32桂成
まで11手詰

 平松がこの時23歳だったことを知る。
 この図は平松繁治好作集で紹介したのだが、短篇競作会の上位作品だったのではないかと思う。



⑦柏川悦夫作(北海道)

1118

34桂、同銀、43角成、62角、33桂成、12玉、24桂、同歩、34馬、同飛、
23銀、21玉、22銀成
まで13手詰


山田修司
目の前にブラ下ってる餌の様な43銀ですがあわててパクつくと36飛が利いてきて詰みません。
一旦34桂と犠打を放ち同銀とさせたあとに43角成とは思わず吹き出したくなる様な珍な狙いで、柏川氏の面目躍如です。ここで手の難易を云々する人は詰将棋の面白さを理解できない不幸な人でしょうね。ついで24桂、同歩、34馬で結局の所、銀を取ってしまうのですがしてやったりとばかり23銀、21玉、32成桂とするとまたまた飛が利いています。一呼吸ためて32銀不成が正着という訳。
初形玉方の飛角が重いな、と感じますが手順を追うにつれて捌けてくるので文句がいえなくなります。

『駒と人生』(1963年12月 全日本詰将棋連盟事業部)

 これは上掲書にある解説で、『詰将棋半世紀』の解説とほんの少し違う。
 「詰棋界」の11香を銀に変え、2手延ばしたのが『駒と人生』第56番である。


⑧脇田博史作

1119

44桂、同馬、31金、同玉、22飛成、同玉、23銀、11玉、22銀打、同角、
12銀成、同玉、24桂、11玉、23桂生
まで15手詰


 馬の利きを外しておいて、31金から22飛成が豪快。
 63歩は、3手目、23飛成、41玉、42金、同角、同歩成、同玉、64角以下の余詰防止駒。


⑩植田尚宏作

1121

11歩成、同玉、12銀、同玉、24桂、22玉、12飛、21玉、33桂、同金、
11飛成、同玉、33馬、同角、12金
まで15手詰


 12玉の形になれば簡単だが、拠点のように見えるので捨てにくい。

 完全なら、と思う作が二三あったが、余詰では仕方がない。

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ベテラン閑談
駒形駒之介

 あけましておめでとう。
 この次に「昨年中はいろいろと…なんてせりふが大概つくようだが、形式ばったことは嫌いなので、おめでとうだけで済ませておくことにして。
 パラ誌の新年号に「消えた詰棋人よ。再びゴジラの如くよみがえれ」という文が載っていた。なるほどな、ゴジラの如くか。こいつはおもしろい。一つ、往年の情熱を燃やして昭和三十年こそは新進の連中を蹴散らしてくれん。そうだそうだ。
 新進の方々、御油断めさるな。



 近代将棋が創刊の頃より二年位、梶八段のベテラン閑談が連載された。掲載されなくなって、読者からこれほど惜しまれた原稿はなかったが、この迷文もそれにあやかりたきものと、同じ題にした。詰将棋では、そろそろベテランの部類に入ってきたので。
 さて、本物の(梶八段の)ベテ閑のうちで最も面白かったのはどれか、と近将社内で話題になったことがある。それは23年12月号の梶さんが北楯八段に手もなく負かされたときのこと。岳父土居八段が観戦にやってきたので、こう早く負けたのでは体裁が悪いと相手の北楯八段に頼んで駒を並べ、中盤あたりで考えこんでるふりをしたという所だった-と、永井社長の曰く。



 これもベテランの一人、金田秀信さんは昨年11月、◯◯嬢という花の如き女性と新家庭を持った。
 彼氏、逢うたびに「美人だろう」と自慢するのでカナワン。



 第22号の詰将棋病院で、院長の野口博士は完成図とした乙図が、余病を併発したのを知らなかった。終りから三手目に34飛打の詰手があるのだ。治療はかんたんで、玉方42桂でも置けばよい。
 さすが腹黒の野口博士。前の方でチャンとソソッカシイと書いてあるので誤診のおわびはしなかった。



 兵庫県の小西稔氏死す。21歳創作力あふれた最盛期だけに惜しまれる。
 詰将棋作家は早死が多い。気をつけようぜお互いに。



 そういえば、この原稿は風邪をひいて床の中で書いている。病が重くなって「コレマデ」となったら遺稿になっちゃうぞ。クワバラ



 「ベテラン閑談」は三-四回書く予定。
 悪評噴々(ママ)か、又は他にトテモ書きたいものがあった場合を除き。

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編集雑記

 本号は特大号で出す予定でしたが原稿の集りが悪く28頁で一応校了としました。
 次号で未発表の解答を集録する予定です。
 ▼お送金について▲最近普通郵便で御送金なったものが事故をおこしておりますから安全な郵便振替を御利用下さい。

 おめでた

 棋友金田秀信君が結婚したそうである。善哉。
 彼のアドレスは目下の所東京都……

 金(かね)ちゃん(彼の愛称)は映画が好きだ。駒形君も又兄たりがたく弟たりがたいというくらいであるが、彼のはチョットやソットの映画好きではない。見たい西部劇が遠方でやっていればわざわざ汽車に乗っても(これは大ゲサだが近将の永井主幹の表現である)観に行くくらいの熱心さである。
 お影(ママ)で私などは映画を観ずして西部劇通になってしまうのである。
 オヤオヤ金田君のオメデタの話しがとんだ脱線をしてしまった。
 誰です、「お前の方がオメデタイ」などという人は
 S

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 ここで創刊号(1951年4月)の内容を紹介しておく。

1頁 詰将棋クラブ発足に当り 土屋健
    伊豆見聞録 清水生(※土屋健訪問記)
    編集記

2頁 Aクラス、Bクラス、Cクラス

3頁 当然の誤解 金田秀信(※自作解説)
    ジュニア・ツメショウギ学園(1)(出題)村山隆治

4頁 番付戦(1)選 清水孝晏
    会員の声
    詰将棋の作り方(1)清水孝晏

 番付戦は錚々たる顔ぶれだった。
湯村光造
奥薗幸雄
清水孝晏
野口益雄
金田秀信
土屋健
山田修司


奥薗幸雄作

0026

23角成、11玉、22馬、同玉、23歩生、11玉、12歩、同玉、13歩、同玉、
14歩、12玉、22歩成、同玉、13歩成、同桂、23桂成、21玉、22歩、11玉、
31龍
まで21手詰



山田修司作

0031

97金、同玉、86銀打、同金、89桂、同と左、96金、同金、86銀、同金、
同龍、88玉、66角成、79玉、77龍、69玉、78角、59玉、68龍、同玉、
69金
まで21手詰


「詰棋界」おわり

2017年8月29日 (火)

「詰棋界」 その62

 プチ懸賞出題中です。9月10日まで。

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 通巻第23号です。1955年1月1日発行

23195501_2

1頁 表紙

2頁 目次 新年広告

3頁 Aクラス、Bクラス、Cクラス(出題)

4~5頁 勇略百番(2)清水孝晏
※第8~16番までの解説。『将棋勇略』管見に引用済み。

6~7頁 両王手の研究(3) 長田富美夫

8~9頁 詰将棋の話  桑原辰雄
      胸のときめくもの 田宮克哉

10頁 Aクラス(結果稿)

11~12頁 Bクラス(結果稿)

12~13頁 新人コンテスト(結果稿)

14~15頁 Cクラス(結果稿)

16~17頁 初心詰将棋室(結果稿)(出題)

18~21頁 新春 短篇競作会(出題)

22~23頁 マド
       名作探訪
       新会員

24~25頁 続岡田秋葭作品集

26頁 ベテラン閑談 駒形駒之介

27頁 ジュニア詰将棋(結果稿)

28頁 編集雑記

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両王手の研究(3)
長田富美夫


続 B型両王手

 第十一図は(土居八段著ポケット虎の巻より)


11

23金、同歩、21角成、同玉、12金、同香、11金、同玉、31龍、21香、
22金
まで11手詰

 土居八段は類似作でよく批難の的になる人ですが、その責任はむしろジャーナリズムの負うべきものと思います。
 しかしそれ以上に、同氏のものには氏の旧作の改良(改悪もまま見受ける)が、相当多く見られるようです。
 本作も筋はよく見かけるものですが、簡素な構図と、極々初心者の記憶すべき一連の手順を含んでいるので、採り上げました。


『詰将棋ポケット虎の巻』(1950年8月 大阪屋號書店)


 第十二図は(梶八段作 奇襲と詰手より)
※2

12

73桂、同歩、72銀、同金、82角成、同玉、91飛成、同玉、92金
まで9手詰

91金の質駒を見越しての82角成の両王手で解決します。もち論、82角不成としても詰みますがね。


※2『将棋・奇襲と詰め手』(1951年7月 大阪屋號書店)


 第十三図(塚田六段<当時>著 新選詰将棋自作二十番の第四番)
※3

13

23飛成、35玉、
27桂、同香成、26角、同成香、36歩、同成香、同金、同玉、
37香、46玉、26龍、55玉、44銀生、同玉、53角成、55玉、64馬、44玉、
35龍
まで21手詰


44銀不成、同玉、66角、同銀、36桂、35玉、24角成、同桂、同龍で余詰。下記では、44銀不成は詰まないとして説明している。

 新選詰将棋は古作から図式をとり出して独特の筆まわしで解読した塚田氏の著書で、巻末に六段当時の作物が二十番紹介されています。難易とりまぜてと言いたいが今の塚田九段のものには見られぬ難解なものが多く、本図式なども本手順は簡単だが、一度迷い出すと中々詰まない紛れに富んだ作物です。
 初手23飛と両王手が登場します。同玉だと34角で詰むので、35玉は絶対だが、ここで36歩が打歩詰の形です。
 そこで23飛不成だなと思ったりすると、36歩に24玉と下られて根(ママ)輪際詰みません。
 23飛成は絶対です。
 つぎに27桂以下、26香を36成香として、同金と取るのが本手順ですが、一見44銀の好手筋に気づきます。同歩だとそれこそ27桂以下香を取り、37香、46玉、26龍、55玉、64角成で駒が余らずに詰みます。
 ところが44玉と取られると、たとえ66角の好打をみせても同銀成で以下、64角成、44玉で56桂が成銀の効きで打てず、僅かに詰まないのです。
 ここまで来て、やむなく先述の香をとる手順が本手順だとわかります。
 37香、46玉、26龍、55玉で参考図です。

(参考図)

13_2

 参考図では53銀が邪魔駒ですので44銀とする手はすぐわかるでしょう。これで解決です。


※3『新撰詰将棋』(1937年6月 博文舘)


 第十四図(右に同じ十番)

14

17角、同成桂、38金、29玉、19金、同玉、17飛成、18金、28銀、29玉、
18龍、同玉、19金
まで13手詰

 なるべく読者のご存じない図式をと心掛けている(心掛けていないぞ-陰の声)のですが、写本が多いために見あきた図の陳列で申し訳ありません。というわけで本図は紹介するにとめます。間接両王手B型の見本ですし変化にもB型が登場します。本作は塚田九段の傑作の中でも五指に入るかと思います。
 18成桂の◯※も何故18とだといけないのか研究して下さい。


 第十五図(詰将棋パラダイス誌百人一局集)
※4

Para1251

32角、12玉、34角、同歩、21角成、同玉、32飛成、同金、同銀生、同玉、
33金、41玉、53桂生、同金、42金打
まで15手詰


 脇田博史氏の作風は実戦型の中に新味をもったものと思われます。寡作ですが、知る人ぞ知る、私の大好きな作家の一人です。
 本図は序盤が主眼で後半が既成手筋ですがその既成手筋へもってゆく序盤の角二枚の捨ては小気味よき哉です。
 筋が良いだけにスラスラと詰みます。
 B型の両王手はA型に比べて数多く見られるようです。それに、まだまだ新しい味を出すことも可能のようです。
 以上紹介した図の中でも第十五図のごとき角二枚の捨て方はいかにも練れた感じで初心者の心掛けるべきものでしょう。
 この他に、近代将棋短篇傑作集の中の、小川悦勇氏作、前藤浩氏作と二作あり、また古図式にも多く見られるようですが、ここでは割愛させていただきます。
(ツヅク)


※4
「新撰詰将棋 百人一局集(1951年1月 旧パラ付録)

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詰将棋の話
桑原辰雄

 将棋会などへ行くとよく「詰将棋はどういう方法で作るのか」と聞かれます。
 なるほど作図したことのない人達から見れば当然の質問であるがさて答へ(ママ)るとなると、このようにして作るのだと説明することは出来そうにもありません。
 詰将棋の作り方は雑誌や単行本で見られるが、創作過程における急所を例を掲げて文章にまとめたに過ぎず、作図を初めて試みる人達には役に立つでしょうが、一般作家にはピンとこないものです。
 また、これを読んだから上達するなどということも考えられません。
 以前発行された村山隆治氏著の詰将棋の考え方という本に「詰将棋の作り方の奥義を述べることは剣術の極意をペンで表現するのと同じで剣の刃渡りよりも至難な業である」と述べているが、まことに巧い表現だと思いました。
 こんなことばかりいうと創作がエヴェレスト山の頂上にでもあるように聞こえますが、どうしてどうして続々と創作家が出現している現在、他人が思うほど難解なものでもないようです。最もこれは短篇作に限られるでしょうが…
 しかし新鮮奇抜な作品を作るとなると、やはり経験によって得たカンと各自の持つコツを存分に活用しなければ出来得ないでしょう。
 四・五年前の自作手帳を取り出して眺めて見たが、まったく見られたものではない。それでも当時は一生懸命になって投稿したものですが、これはやはり詰将棋に対するすべての経験が不足しているからでしょう。
 どんなものでも頭に浮んだものは全部作品として表は(ママ)してしまう。こんな態度で無我夢中で創っているうちに、いわゆる作風なるものが次第にわかって来るものです。
 以前野口益雄氏が将棋世界誌上に連続発表した「金気なし図式」は皆様の記憶にも新しいと思いますが、経験と多作によってわかってきた軽妙な氏の作風が"金気なし図"の持つスッキリとした魅力と一致して、一路この方へ走ってしまったのでしょう。

A図


46800600

 A図はその内の一つで作意は

32飛、24玉、34飛打、25玉、24飛、同玉、25角成、13玉、14馬、同玉、
15歩、24玉、25歩、同玉、35飛成
まで15手詰

 その時の選者の評をかりると「普通作品となればいかにも苦心がほの見へ(ママ)、金気なし図にはほとんど苦心の跡が見えない」とあるが、確かに得意物の作図は素材の発見よりは、むしろ一種のカンで、アッと見るまに良い作品が生れるものです。(ちょっと極端な表現かも知れませんが)
 自作品を眺めてみても半数は駒を並べている内に巧い筋を発見するとかして作図するという。どうもあてのない方法で、自分ながらまったくあきれてしまうが事実であるからおもしろいものです。
 と同時に、もしもその日、駒をもたなかったならば、この作品は生れなかったのだなと思うと、いやはや、どうも不安極まりないものです。
 皆様もこんなことはよくある思いますが?
 何事でもそうですが、創作はちょっとしたことからヒントを得るものです。また、他人の作品を解いているうちに巧い筋がピンと頭に浮ぶことはよくあります。
 B図は自作で極く初心向の作品ですが、これは確か柏川氏の作品を解いているうちに、31金から22飛成の筋が浮んだので頭の中でまとめたものでした。


「将棋世界」1952年1月

B図
※2

Para54604738

 難解作は別ですが、手筋物ならば皆様も一度はあることでしょう。これから見ても詰将棋にはいつも接触していて、その中から何かを求めるという力を盛り立たせて置くことが創作家としては必要だと思います。


※2
「将棋評論」1954年2月

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Aクラス
S・T生

 例年のことですが、まず新年おめでとうございます
と御挨拶を申し上げ、本年もお手ヤワラカにとお願い申し上げる次第

①北原義治氏作

1055

85銀、95玉、76銀、85角合、94金、同玉、85銀、95玉、96銀、同玉、
41角、63角合、同角成、同飛、74角、85桂合、同角、95玉、63角成、75桂、
85飛、94玉、95歩、83玉、82と、同玉、84飛、83飛合、74桂、91玉、
81馬、同飛、同飛成、同玉、82飛、91玉、83桂
まで37手詰


▽角の長短をこれ以上端的に説明することは筆をもってしてもおそらく出来得ないと思う。
=津野山呆鳥=

▽最後まで一分のスキも無い構成と、四回に及ぶ合駒の妙はサスがである。強いて難をいうならば56金が本筋に関係ないことであろう。
=沢島将吉=

▲85角を桂合では21手の早詰になる。また63角も同じ。実に巧妙な作。

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Bクラス
22号
椿春男

 新しい年である。皆さんオメデトウ。今年は大いに頑張って余詰などを追放する心算でおりますから、何卒よろしく御支援をお願い申します。

22 平田好孝氏作

1060

34角、同金、21銀生、22玉、32銀成、11玉、21成銀、同玉、43角、32角合、
同と、同飛、同角成、同玉、23角、33玉、32飛、24玉、34角成、14玉、
25銀、同龍、同馬、同玉、36金、16玉、15飛、27玉、37金、28玉、
38金、29玉、39金
まで33手詰


▽長篇でのスバラシイ才能を中篇に圧縮した感がある。最後まで力を抜かさぬ所、見事の一語であろう。
津野山呆鳥

▲43角に32角合とするのが本局のねらいであり、このねらいはピリッと辛い。追撃に入って玉が囲いの外で詰むのもおもしろい。実に末頼もしい新人が現われたものである。

---
Cクラス 22号
馬井紋太

19 長田富美夫氏
   木村薄氏  合作

1063

42金、同玉、53角、32玉、33銀成、同玉、25桂、32玉、41銀、22玉、
31角成、同玉、32金
まで13手詰


 初めこの作品を見た時まず形の良さに心惹かれた。手順も際立って秀れていたので真先に入選としたのだが、解答を見ると津野山氏以外の方は24を上位としていた。
 「33銀の一手だけ。畠山氏」という評であったが41銀、21玉として33銀、同玉、25桂として全題正解を逸した。
 33銀の一手だけとは云へ(ママ)上部脱出を抑えているが如き銀を捨てると云う意外性が流れるような手順に難解さを持たしている。一般に好評だった。

---
マド

▼発行日を確立して下さい。
 会計報告は大変良いのですが、今の方法では赤字か黒字か全然不明です。「詰パラ」のようにすれば一目瞭然でしょう。一応今年(二十九年度)の十二月末で決算をすれば良いと思います。赤字が出れば繰越しとして徐々に消すか、寄付を集めれば段々と基礎が固まって行くと思いますが。以上大変失礼なことを申し上げましたが、詰棋界の発展を祈る私の気持を述べました。
(大阪市 和田清登)

☆お手紙有難く拝見致しました。詰棋界の会計は現在のところ黒字には一寸ほど遠いようですが、全然赤字というほどでもなく、いいかえれば、ギリギリの線を維持している訳なのであります。

▼伊藤宗印の勇略百番の解説されたのを賞する。けれん味のない正統派大屋台の詰物は立派ですよ。
 両王手の研究の宗看の例題は第何番ですか。これはワンダフルの上級品で驚きが一つ殖えました。第八図と第九図逆ではないかしら。このままではおかしい。なお図の解説も手順が八手ほど落ちている。
(東京 石井藤雄)

☆宗看図式は第14番です。第八図と第九図は確かにお説の通りです。図巧の指し手(11頁下段)は16行目の72桂成、同玉の後に82金、61玉、72成桂、51玉、62歩成、同玉、72金、51玉の八手を入れる。
その後に61成桂と続く訳です。おわび申し上げます。

※このブログではその部分の手順の脱落はない。

▼第四巻になってからの充実ぶりはすばらしいの一語につきる。
 ここに前から考えていたことをちょっと紹介したい。
 変型詰将棋としてはいろいろあるようだが、今までに①二つ玉詰将棋 ②玉以外の駒を詰める詰将棋(良い名がないかな) ③安南詰将棋などが発表されております。
 ③については内藤国雄氏が難解作をものされておりいずれ御紹介されるでしょう。(期待しております)私も次のような安南詰将棋を創りましたが、こんなものでも検討は厄介です。

Photo

32飛、41玉、42銀、同銀、31飛、同玉、32銀、22玉、12角成、同香、23銀生まで

(大阪 長田富美夫)

─────
本誌に望む
─────
▽詰将棋の量をますこと(Aクラスを特に)
 実戦譜必要なし。その他は申し分なし。
(富山市 岩本一郎)

▽第一に発行日を厳守。第二に早く活版刷り、月刊になること。
(東京 北原義治)

▽増頁、専門棋士の作品の掲載、堅実にあまり無理をせぬこと。
(堺市 柴田昭彦)

▽他誌に出来ない独特の企画すること。今の所はそれが見当らない。しいていえば詰将棋病院くらいでは……
 具体的には既成作家の詰将棋の作り方ばかりでなく新人の「私はかくこの作品をものにした」とか「この作品はかくて失敗したが名案はないか」等いかがですか。
(三重県 関邦夫)

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名作探訪5
大塚冬月

凡チャン元気デスカ。先月ハ名作探訪ノバトンアリガトウ。初雪ノコロハ、ヤマノオヤジガデルソウデスネ! 顔ハミンナ黒イデスカ? デモボクノ家内モ黒イデス。
ボクノ探訪ハキミノ迷作ニキメマシタ。ダカラコンドダケハ迷作探訪デス。コノ詰将棋ハ金ト玉ダケガ動クナンテ、随分ゼイタクデスネ。ホントニオドロ木モモノ木デス。凡チャンハ炭鉱デ石炭ヲホッテイルノカトバカリ思ッテイタラ、ホントウハ宝物ガメアテダッタナンテ随分ヤマシ デスネ。デモデフレノ正月ニハコレガヨイデショウ。金ヲヒッパッテ香ノアタマヘピョン、トハネタ図ハ、彼女カラ手紙ヲモラッタ時ト同ジ気持。コノ気持ガワカル凡チャンハ、サゾハンサムナンデショウ(ヤマノオヤジヨリハ)
コノ金サンハ、下(南)ヘサガッテ左(西)ヘハシリ右(東)ヘマワッテ詰トナリ、動イタ方向ハ東西南(キタナイ)デス。動イタコマハ金ト玉。ダカラコノ詰将棋ヲ東西南金玉トシテハイカガデスカ。

黒坂凡棋作


50690854

88金、99玉、89金打、同金、97金、88金、98金打、89玉、88金、79玉、
78金打
まで11手詰


「近代将棋」1954年7月

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新会員です よろしく

大阪 北川明
広島 鍛治之孝
岡山 吉田正直

15人のうち、名前を見た記憶がある人だけ。

2017年8月28日 (月)

プチ懸賞付き! 「詰棋界」 その61

 通巻第22号のつづきです。全体のページ構成はこちら
 最後にプチ懸賞があります。

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Cクラス
21号解答

⑮植田尚宏作

Tumekikai0980

33桂、同銀、32角成、12玉、24桂、同歩、34馬、同銀、22飛
まで9手詰


△サッパリと気持よい
=森田正司=

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Aクラス
21号解答

G 市川靖雄氏作
▲出題図では不完全でありました。作者より修正図が来ておりますので、これを発表しておわびにかえます。

Tumekikai0970

47銀、35玉、46銀、同玉、56金、35玉、46金、同玉、96飛、35玉、
36馬、34玉、35歩、24玉、13銀生、同玉、14馬、22玉、21桂成、同玉、
87角、54桂合、同角、同歩、31桂成、22玉、26飛、同飛成、21成桂、同玉、
32銀生、22玉、34桂、12玉、24桂、同龍、22桂成、同龍、13歩、同龍、
同馬、同玉、33飛、24玉、34飛成、13玉、23龍
まで47手詰


▽看寿・宗看を思わせる作。最後まで一分のユルミなくすばらしい傑作。
=北原義治=

▲本局の主眼は47銀から金銀を捌き、96飛を作るにある。
 この飛車出の目的は26飛と一転する妙手により一やく脚光を浴びる。このねらい正に至妙というべし。

※詰棋界の手順は13歩、同龍、22桂成、同龍、13歩、同龍の49手詰だが誤り。
 原図は下記の通り。

0970

 修正図でも余詰がある。
47馬、35玉、36馬、34玉、35歩、24玉、13銀生、同玉、14馬、22玉、21桂成、同玉、87角以下。銀も金も飛車も捌く必要がない手順。


H 黒川一郎氏作

Tumekikai0971

41銀生、63玉、52銀生、72玉、61銀生、83玉、72銀生、92玉、83金、同金、
同銀成、同玉、93金、同玉、85桂、83玉、73桂成、同玉、84銀打、63玉、
64銀、同玉、24飛成、44歩合、同龍、54歩合、55龍、63玉、64歩、52玉、
42飛成、同玉、33角成、同玉、44龍、22玉、14桂、11玉、12歩、同玉、
13歩、同玉、25桂、同香、24金、12玉、13歩、11玉、22桂成、同玉、
33龍、11玉、12歩成、同玉、23金、21玉、22龍
まで57手詰


▲本局の題はたしか「野分」と記してあった。終束などを見ると正にそのものズバリであるようだ。
 最初の出だしの銀千鳥はさしてむずかしい手順ではないが、さすがロマンチストで、一貫した手順を巧妙にまとめている。
 なお24飛成の時、44歩と一旦中合をする手が急所でここを同香、または63玉では(イ)同香は55角成、(ロ)63玉64龍以下いずれも早詰になる。
 44歩は飛角の焦点を一つにする絶妙の中合といえよう。

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第15回会計報告
摘     要 収入 支出 残高
4 前回繰越 5,236
追加払込5名 1,000
新入会者4名 780
寄付1名 100 7,116
5 追加払込3名 620
新入会3名 540
寄付1名 20 8,296
6 追加払込14名 2,770
新入会3名 590
寄付1名 110 11,766
4巻3号印刷代 4,000 7,766
〃発送代 1,984 5,792
案内状 350 5,432
7 追加払込6名 1,170
新入会4名 750
寄付1名 30 7,382
入金通知書 500 6,882
8 追加払込者17名 3,070
新入会者9名 1,710
寄付2名 130 11,792
21号印刷代 8,400
発送代 1,888
案内状 1,000 504
次回繰越 504

この号には次のような紙片が挟み込まれていた。

Photo_2

裏面

Photo_3

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力だめし

195411

 ABは30手以内、BC(ママ)は50手以上各題とも相当の難物ですぞ。あなたの腕前をためす絶好の機会です。
△〆切11月30日 △賞 一題につき一名に図面帳 二名に賞品券

※として4局が掲載されているが、結果発表はなかった。(!)
 作者名はないが、すべて酒井桂史の創作メモの図である。A=創作メモ1、B=メモ16、C=メモ9、D=メモ3。B=メモ16は野口ブックス版『酒井桂史作品集』第54番であり、C=メモ9は同書第87番なので解決済みだが、A=メモ1とD=メモ3は作意が分からない疑問局である。

D図

1074

 初手33歩、22玉、34桂、23玉、42桂成、22玉、32歩成まで、あっけなく詰んでしまう。
 この図については、近い線まで到達することができた。

103_2

24桂、同と、33歩、22玉、23歩、同と、34桂、同と、23歩、同玉、
35桂、22玉、32歩成、同玉、43桂成、同玉、53歩成、32玉、43と、同玉、
54角、42玉、52と、同玉、63角成、51玉、52歩、42玉、53と、32玉、
54馬、23玉、35桂、同と、24香、34玉、43馬、45玉、56銀、36玉、
47金、27玉、37金、28玉、38金、29玉、39金、同玉、48銀打、29玉、
38銀、同玉、16馬、48玉、37角、57玉、47金、66玉、55角、76玉、
43馬、86玉、77角、85玉、95と、74玉、65馬、73玉、55角、72玉、
54馬、61玉、62歩、71玉、81と、同龍、同馬、同玉、83飛、92玉、
82角成
まで81手詰

 原図は、玉方の持駒がない。
 ポイントは、45角を取れる玉方の配置が必要なこと、初手33歩、22玉、12香成、同龍、23歩、13玉、46角のとき玉方持駒香だけでは潰れるので、歩を持っていなければならないこと(24歩合で逃れる)、である。その歩は53とを外して調達した。
 だが問題点が2箇所ある。52香、54香も成立していることが一点。特に54香は、42玉、53香成、32玉、54馬以下64とが残っているので余詰になる。非限定では済まないのだ。もう一点は、創作メモの図にはそれぞれ数字が書いてあるそうで、手数をあらわすという。そうするとこの図は91手詰にならなければならない。
 これが残された課題である。


プチ懸賞

A図

1071

 さてここからが懸賞問題。
 創作メモには27とあるそうです。27手詰の意味ですが、初手34飛、45玉、35飛、同玉、45飛、同玉、23角、35玉、34角成までで詰んでしまいます。はて?
 A図のメモの手数を考慮して、考えられる作意を推理して下さい。求めているのは作意手順だけですので、どうしたら完全作になるかとか、図面まで求めているわけではありません。
 「詰棋界」の図はこれですが、
野口版『酒井桂史作品集』では62成桂が62金になっています。このことは手順に影響があるかも知れませんので念のため。

 賞品は、例によって一名様のみに「詰棋通信」。これも作品集として、後日出版されたものです。
 
図面がなければ不利ということは全くありませんので。もちろん、図面だけの応募は不可です。

 応募方法
 コメント欄に
図面も書かれる場合は、テキストになります。柿木形式でも何でも良いですが、見たら分かるようにお願いします。非公開にします。
 メール、ツイッターの場合、図面がある場合は画像添付でもテキストでも結構です。
 メールアドレス 
botanmn@gmail.com
 ツイッターのDMも可。 @_karineko
 締切 9月10日(日)

2017年8月27日 (日)

「詰棋界」 その60

 通巻第22号のつづきです。全体のページ構成はこちら

両王手の研究
長田富美夫

 生来ズボラな性質ですので、思い付いた図をそのまま陳列しましたが、前号に引き続き大駒の部を研究してみます。

第五図 (岩谷良雄氏作)


Photo

 短篇貧乏図式では、駒形氏がすぐピンと思い出されますが、作品の数こそ少なけれ(ママ)岩谷氏もすばらしい感覚を示してくれます。
 本作はその中でも新味のある合駒を含んだ重厚な作で、最終両王手が変化として出てきます。
 ご存じの方が多いと思いますので、正解は略します。


「旧パラ」1952年1月(百人一局集)。『古今短編詰将棋名作選』に収録されている。


第六図 (駒形駒之介氏作)
※2

Photo_2

 本作はB型に属する両王手であるが、駒形氏の名が出ましたので序でに紹介しましょう。
 序でというものの、本作は既成手筋を実に簡潔な構図で表現した好作と思います。手順は変化の方が難しいくらいで、難解味に乏しいので、解説は省きます。


※2「将棋世界」1952年1月


第七図 (詰むや詰まざるや)
※3

090014

11銀成、同玉、22銀、12玉、13銀引生、同金、22歩成、同玉、13銀成、同玉、
23金、14玉、26桂、同と、24金、15玉、25金、同と、16と、同と、
同龍、24玉、25龍、33玉、43歩成、同龍、23龍、44玉、43龍、55玉、
47桂、同金、45龍、66玉、67飛、同玉、47龍、66玉、56金、同と、
同龍、77玉、78歩、同成香、同金、同玉、67龍、88玉、78龍、97玉、
98歩、96玉、76龍、95玉、97香、84玉、83と、同玉、82桂成、同玉、
81桂成、同金、83歩、同玉、56角、82玉、92角成、同金、72香成、91玉、
81成香、同玉、92香成、同玉、72龍、93玉、73龍、94玉、84金、95玉、
75龍、96玉、85龍
まで83手詰


 いわずと知れた伊藤家三代宗看の傑作集の一作品です。
 実際に、詰まないものが二、三あるとのことです。
 宗看ものは勿論難解味が主軸ですが、それ以上に意表味に富み初手が俗手で始まるのも面白い所です。
 さて本作は宗看ものとしては割合にスラスラとゆく軽快作で、詰上り四枚しか残りません。
 解答を記しておきましたから盤に並べて研究して下さい。
 私は最終の92角成から詰上りの捌きにホレボレとしてしまいました。なお、本作の中には飛角の両王手以外に角歩の両王手も含まれており、貴重な?作品です。


※3『将棋無双』第14番


第八図 (塚田詰将棋第二集)
※4

Photo_3

 本作は心理的両王手詰将棋に入れたいものです。13龍によって同桂と取られるが、その33のアキエ(ママ)42の角が成りかえる狙いでヤヤ苦しいが心理的のものに入れたいのです。
 以上A型両王手をいろいろ紹介しましたが、まだまだ名作はあるようです。が、棋書が全く少いので、この辺でB型へ移ります。


※4「近代将棋」 1952年1月号付録


B型両王手

第九図 (原田八段作)
※5

Photo_4

 この種の図式は、相当綾をおりこまないと、類似作と見られますから注意して下さい。


※5『新しい詰将棋百題』(大阪屋號書店 1951年4月)ヵ

※EOGさんと佐原さんから、第八図が原田八段作、第九図が塚田前名人作との指摘をいただきました。長田氏の思い違いだったようです。


第十図 (図巧第六番)

100006

32銀、同玉、43角、同金、同歩成、21玉、32と、同玉、24桂、23玉、
33飛、24玉、23飛成、同玉、24金、32玉、41馬、21玉、31馬、11玉、
22馬、同玉、23歩、32玉、33歩、42玉、43歩、52玉、53歩、62玉、
73歩成、同歩、63歩、71玉、72歩、同玉、84桂、71玉、81龍、同玉、
93桂生、82玉、92金、71玉、81桂成、61玉、72桂成、同玉、82金、61玉、
71成桂、51玉、62歩成、同玉、72金、51玉、61成桂、41玉、52歩成、同玉、
62金、41玉、51成桂、31玉、42歩成、同玉、52金、31玉、41成桂、21玉、
32歩成、同玉、42金、21玉、31成桂、11玉、22歩成、同玉、32金、11玉、
21成桂
まで81手詰


 図巧を登場させるのは、どうも解説する力がないので、シュンジュンしたのですが、持前の心臓で紹介させていただきます。
 図巧はいわずと知れた鬼宗看の弟看寿の傑作を集めた図式で、詳しくは将棋奇巧図式といいます。
 奇巧の名は正に本図式の主題を貫いた言葉で、難解作を特に選ぶよりは、かえって平易な作を探した方が楽なくらいで、この作六番などはまだまだ尋常な方です。
 本作の両王手は単なる手筋で主題は並び歩の成り捨てです。
 図は81金の質駒を取る含みと解せられますが、しかし41馬のような平凡な手では21玉で不詰、すなわち、21玉ともぐられると玉をひきもどす手段に困りますから、当然初手は32銀の一手となりましょう。同玉、ここで24桂は23玉で失敗します。
 43角から参考図になった時、いよいよ主題に入ります。

参考図

Photo_5

 参考図では、24桂しかないのですが、23玉と上がった時の対策が無いと困ります。その時24桂がなければ24金、32玉に龍の活躍をうながす41馬が考えられる訳です。そうです。33飛、24玉、23飛成と邪魔駒の除去が私の言わんとする両王手B型です。
 以下は並び歩の登場でキレイな詰手順を見せてくれます。


---

-金田氏にお答え-
創作規定に関する私見
大塚敏男

 余詰作品は不完全という従来の創作規定の欠点を取り上げて金田氏が前回述べられておりますが、私は、この問題に対してこう考えます。

A図

Photo

 すなわちA図の場合91銀成を正解とし93銀以下の手順を余詰とは見なさないこと。
 と云う事は最后の一手というところに問題の鍵があるのです。最終の一手は普通の場合発見困難という事はほとんどなく、したがって、その一手の他に例え別手順が存在しても、ほとんどその別手順方え(ママ)紛れるという心配はない。
 「それにまた、大ていそうした最終手の余詰は修正することが困難である」
 そこで、この最終手に余詰が存在してもほとんど正解手順をたどる上に不便を感じなく、最終手以外の時に存する余詰よりは、それほど気にもならぬから、こうした場合は便宜上余詰手順を無視しようというように決められて来たと記憶しております。このようにして決められたと思われる規約が他にもあり、結局それらが、詰キストにとってほとんど気にならない規則違反であり、逆にそうした例外規約を設ける事による利点が大きいために大方の人達が暗黙のうちに、あるいは知らず知らずのうちに、少しの矛盾も感ぜず使用して来たものと推察いたします。したがってたまたまこの様な例外規約があちこちに点在する為に詰将棋規約なるものを作ろうと試みてもうまく定義できずに苦しむといった現象が見られます。もう少しこうしたものを明確に整理することも、詰将棋規約の作成上において役に立つのではないかと思います。 以上

2017年8月26日 (土)

「詰棋界」 その59

 通巻第22号です。1954年11月5日発行

22195411_2

1頁 表紙 柏川悦夫作 15手詰

2頁 初心詰将棋室
(出題)
    第三回 新春競作会 作品募る

3頁 Aクラス、Bクラス、Cクラス(出題)

4~5頁 勇略百番(1)清水孝晏
※第7番までの解説。『将棋勇略』管見に引用済み。【清】が目印。

6~7頁 Bクラス(結果稿)

8~9頁 マド
      新入会員

      名作探訪4 黒坂凡棋

10~11頁 両王手の研究  長田富美夫

12~13頁 新春一題集曲詰之部入選発表

14~15頁 詰将棋病院 野口益雄
       創作規定に関する私見  大塚敏男

16~17頁 Cクラス(結果稿)
       力だめし(出題)
       新人コンテスト(出題)

18頁 Aクラス(結果稿)

19頁 初心詰将棋室3(結果稿)

20頁 第三回握り詰入選作(出題)
    第15回会計報告

差し挟まれた紙片

---
Bクラス 椿春男

 いそがしかった夏休みも終ってやれやれと思ったトタンにBクラスの解説である。また、おわびをいわねばと思うとペンが重たく感じる。といってサボル訳にもいかない。エーイ、ホオッカブリでサーと書いてしまえ。

⑬荻野修次氏作

0972

23歩、同金、32香成、12玉、22成香、同金、24桂、23玉、15桂、同馬、
32銀生、同金、同龍、24玉、35金
まで15手詰

▽黒田俊三=一見して打歩詰回避作かと思われたが初手玉頭の歩打とはおどろいた

▽津野山呆鳥=手順前後あれど前半の見事さを賞でて不問。

▲本作を見た詰棋人はだれでも打歩詰回避の作と思うだろう。心理的なねらいでその点は成功していると見るべきで、32香成から22成香は巧妙。ただ12金の配置に難点がある。


※通巻21号の結果稿。A~Cクラスでは順位付けは行われていなかった。初手26龍、25歩合、32香成、同角、25龍、23金、34桂、12玉、24桂、同金、22桂成、同玉、24龍、23銀合、32銀成、同玉、65角以下の余詰あり。修正は26馬→16馬。
他の顔ぶれは、田中一男、安達栄司、渡辺一平、三枝文夫、庄内川の河童(=今川健一。庄内河、ではない)。

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マド

◇希望
①実戦譜は反対
②会計報告を続ける事
③番付戦の〆切日がバラバラなのは少し困る
(東京 河野寿之)

◇実戦譜は…
SCRAPBOOKはよい思いつきながら皆が知っているようなのばかり出て来ないようにして欲しいもの。
実戦譜を希望の方がいたが、詰棋作家同士の対局などおもしろい。その将棋からヒントを得て一局作るなんてのも妙。なんなら私も登場します。
(東京 北原義治)

◇万象につき
詰棋界の編集にさぞ頭を悩まされていることでしょう。本当にごくろうさま。
さて21号のうち、左のことにつき。
①27頁の岡田氏解答には敬服。しかし、もし91香を配すれば、岡田氏解の65飛の時、75歩中合がきいて不詰です。91香配置は迷医の誤診と思います。本局は一寸修正不可能のようです。47歩(攻方)を置けば、岡田氏解を消せるかも知れませんが。
(東京 堤浩二)

※21号の岡田氏解答について。

370020

41角成、同玉、23角、52玉、54飛、63玉、64金、72玉、52飛成、83玉、
82龍、94玉、93桂成、同銀、67角成、同銀成、95香、同龍、同歩、同玉、
75飛、96玉、93龍、86玉、95龍、87玉、98銀、88玉、
97龍、99玉、
87銀
まで31手詰

 會津正歩が「将棋萬象(2)」(通巻19号 1954年3月)で、第20番は「余り手が広くて着手に迷う。いろいろ試みたが、どうしても詰まない。おわかりになった方は本誌上に発表して頂きたい」と書いたことに対し、堤浩二が21号で上記の解を示したが、岡田敏からも別解があったことに対するコメント。
 岡田解は21手目75飛のところ、65飛、96玉、85龍、97玉、67飛、98玉、87銀、88玉、78銀、同玉、87龍、79玉、77飛、69玉、78龍、59玉、57飛、49玉、58龍、39玉、37飛、29玉、38龍、19玉、17飛まで。余詰である。
 攻方47歩を置いても、86龍の余詰は残る。

◇オコゴト
発行日厳守 発行日より半月 - 一月もおくれるのは困る。不完全をなくすこと。
(兵庫 小西逸生)

◇詰将棋を多く
詰将棋を多く載せるか、読物かということですが、詰棋界はあくまで詰将棋一本で進むべきだと思います。
作品集には作者の略歴、作風というようなものを附記して頂ければ更に結構です。
今後どんな人が登場しますか。
(京都市 沢島将吉)

★作品集を予定している方は、藤井朗、佐藤千明、今田政一、内藤武雄氏です。

※藤井朗以外は実現しなかった。

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新入会員です どうぞよろしく

愛媛 毛山正彦
広島 土屋交弘
茨城 中井川元昭
栃木 藤倉満
新潟 三上毅
東京 石阪久吉

※25人並んでいるが、見たことのある名前だけ。

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名作探訪4 黒坂凡棋

 東京都の浅野博氏よりバトンは、ショッパイ河を渡り北海道は中部の山の中まで来るとは一寸おどろきました。オッとくだらん事を。山男の心を引き付けてはなさん美しき麗嬢は次の図であります。

宇都宮靖彦氏作

0311

32飛、13玉、12金、同香、22飛成、同玉、31角、11玉、33馬、同飛、
22銀
まで11手詰

 実にすばらしい手順ではありませんか。見事なねらいでヒロポンの如き良薬であります。良薬とはなにごとぞ、ですって。そうでしょうよ。本局の如き作品がマニアを増すから。止めたくても止められぬ詰棋患者をですよ。
 さて本局の良薬はどこぞ。12金より22飛成なる一連の手順にて絶妙なる二字を有する短篇として最高級の良薬で名作といい得ると信じます。
 選者曰く22飛成は辛子より目にシミると。小西寛氏申す、痛烈なパンチにノックアウト、ウェイト十分の快作と。
 柏野氏は、これをホめずにいらりょか、ときました。
 まったくですよ。


※通巻7号(1952年2月 ジュニア詰将棋)掲載作。選者は山田三義(清水孝晏)。
この作者は5局の発表作しかないようだ。
次の図も面白い。

近代将棋 1953年12月

50690792

23飛、同金、31飛、12玉、32飛成、22金打、同龍、同玉、34桂、12玉、
22金、同金、同桂成、同玉、23金、21玉、32馬
まで17手詰

24飛は、22歩合で逃れ。
22歩合は、31飛、同金、同馬、同玉、33飛成以下13手。
22金合は、31飛、同金、22飛成、同玉、23金以下。

2017年8月25日 (金)

「詰棋界」 その58

 通巻第21号のつづきです。全体のページ構成はこちら

両王手の研究
=両王手の諸形態=
長田富美夫

 創作を始めて丸五年にもなるが、いまだ模倣作の域を出ない私が、"両王手"という大それたものと取り組んで研究するのも、いわば新人作家の登龍のためと思って、拙文を綴った次第であり、読みず(ママ)らい点は、生来の悪筆とお許しの上、読み流していただきたい。

 一、両王手の研究
 両王手分類法には、色々な方法もあるだろうが、ここではもっとも簡明な使用駒による分類法を採った。

 両王手(Double・Check)
①大駒のみによるD・C
②小駒のみによるD・C
③大駒と小駒によるD・C
 注、両王手を略してD・Cとする。
①は飛角の両駒から生ずるD・Cであり、
②は香車と他の駒より生ずるものである。

 二、両王手の種類
 一般に両王手というのは、攻方の効きが同時に玉に効く場合をいうのであり、この際、二つの効きを持つものをいうのではあるが、これを一応直接両王手と呼びたい。(甲図)

甲図

Photo_4

 その他には両王手は考えられないが、一見両王手の感じをあたえるものも両王手と呼んではどうか。
 例えば、乙図、丙図がそれである。

乙図

Photo_5

丙図

Photo_6

 乙図は13金と龍はとれない。それは開き王手となるからである。これを間接両王手と名付けたい。
 丙図となると、73銀を74銀不成と開王手した場合で、これも王手は63飛の効きしかないわけだが、63香と取った際、83金で詰みとなる。即ち83へ駒が三つ効いており、一つ除去することのできぬのを見越しての開王手である。これを心理的両王手と呼んではどうだろうか。下らぬ名称だが、こういう風に呼ぶのも面白いと思う。
 また、これは両王手と全く関係ないが、両王手と見せかけて実は両王手によっては不詰となる作図も考えられる。この意味で丁図は疑似両王手と名付けてみたい。但し、これは両王手の筋がまぎれとして残っているものであるから、両王手に入らないと言える。

丁図

Photo_7

 三、大駒のみによる両王手
 大駒のみによる両王手は、飛角の関連以外にはあり得ない。そして、この種の図式には、何か行き詰まりが感ぜられるようである。
 基本図として、A図、B図をあげておこう。

A図

A

B図

B

A’図

A_2

 A図は14銀の一発で両王手が登場する。なおA図はこの両王手が変化してかくれている場合である。
 A、A’両図は作意変化の違いはあれ、玉との間に、一カク以上の間隔を保っている場合だが、B図となると一方の大駒が玉と密接に結びついた両王手である。

 第一図(大道棋銀問題81玉、94金型)

Photo_8

 大道棋は、本説にもってこいの両王手を多く含んでいるようである。
 第一図は、確か升田八段が朝日新聞紙上に掲載されたと記憶している。
 先日も大阪の南で本図を見掛けた。
 本作は最終局面に両王手が出て詰上るもので、54馬の筋で詰む好作である。特に玉方の応手は味い深い。
 この種の大道棋は、銀問題といわれるものの中でも変型で、普通のものは75が桂であるが、本作は75馬引の筋の詰物ではない。
 銀問題81玉型には、この他94飛型のものがあり、また41桂がなかったり、いろいろと厄介なもので、また、そのつど詰筋がことなる。銀問題については、川崎弘氏がパラ誌上で詳細に研究されているから、是非参照して頂きたい。一読して身につけば、この種の大道棋はすべてOKとなること受け合いである。なお、本作は残念な事に最終両王手をせずとも詰むようであるが廻り道なので大目にみたい。
 しかし惜しい図式ではある。

第二図(将棋精妙第五番)

Photo_9

 将棋精妙は、伊藤家二世初代宗印の図式である。一番から九十九番まで不成を配し、百番のみに不成だと詰まぬといった作品をかえた。皮肉なものだが、私一人の考えでは、本図式やや難解味に欠けるかと思う。
 しかし、それだけに初心者にもってこいの図式ともいえるのではないだろうか。
 百番も不成を作るといった労力は相当のもので、北村研一氏が精妙百番に不成の手を入れるのに大変苦労した点から考えても並大抵の事ではなかったろう。
 本作では、7手目
にA型の両王手が出現する。すなは(ママ)ち5手目※254金以下、同玉、34飛不成(A型)
 なお、この不成は、玉が66に逃げた時、67歩と打てるためのもので遠大なる飛不成といえる。この点さえわかれば、本作は解けたも同然で92で終束する。


 7手目ではなく、11手目。
※2 5手目ではなく、9手目。

第三図(短篇傑作集41番 谷向奇道氏作)

Photo_10

 谷向氏の作品としては珍らしい軽快作である。
 64香は離れすぎた感じだが、案外釣合っているのではなかろうか。
 A型のものとしては案外数が少い。その他としては第四図を紹介しておこう。

第四図(原田八段作百題第20番)

Photo_11

 54飛の意味は、手順前後を防いだもので、簡潔な構図の両王手で割合いただける。
(ツヅク)

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マド

 三号および賞品先日拝受いたしました。解説および作品が少くてがっかりしましたが、次号に特大号発行の由、大いに期待しております。また、同姓であるというわけではありませんが、私個人としては藤井朗という人の作品を見たことがありませんので、是非解説をお願いしたいと思います。
 貴誌では、詰棋、読物の他、パズル、必死図、実戦に関連した記事、作品のスペースはないのですか(詰棋界ですから詰棋一本槍なのだと思いますが)いずれも無理な注文で恐れ入りますが。(東京 藤井国夫)

★藤井朗作品は機会を見て紹介いたすつもりでおります。パズル、その他将棋に関する遊び等をご投稿下されば掲載いたしますからドシドシお寄せ下さい。
 なお実戦譜を見たい方が多ければ掲載いたしますが、この点についてご意見お聞かせ下さいませ
-編集部-

 詰棋界四巻三号の表紙を見て非常に美しくステキでしたが作品掲載が少くがっかりしました。もっと作品を載せるよう、少々無理な注文ですが今後このような線で進んで下さい。(東京 角二桂三)

★詰将棋を多くという人と、読物をという人と種々いられるので当方でも工夫をこらしておるわけです。次号より解答付けて発表する欄を設ける予定でありますからお(ママ)利用下さい。
-編集部-

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名作探訪(3)
浅野博

 柴田君よりバトンを受け継ぎまして、今回は、私が傑作短編の門を叩いてみたいと思います。私は蒐集に興味を持ち、現在までに集めましたその詰将棋の数は、一万余の多きに達しましたが、いざ傑作好作となりますと、仲仲、これと思う物が見当りません。素晴らしいなァ!と思うと、終りがダレており、うまくまとめたな、と思うと、二十数手を要しています。してみれば私が一所懸命にヒネッてみて"どんなもんです"といばっても、威勢よく没籠へ跳び込んでしまうのも、無理からぬ事と、安心致しました(私事で恐縮です)
 傑作か否かと申しましても、このような抽象的な言葉は、多分に主観的要素が入りますので、諸兄においてそれぞれ多少ことなる事と思います。また幾ら沢山見た経験があると申しましても、到底すべての詰将棋を観賞する事は不可能であります故、この作品が絶対とは申せません。そのお積りで御観賞下さい。

爪正紀氏作


Kyupara1581

33桂、同龍、53桂、同香、51金、31玉、43桂、21玉、13桂、同龍、
31桂成、同玉、32金
まで13手詰

 夏向きのあっさりした、これといった妙手の無い局ですが、四枚の桂を二枚づ(ママ)つ二間に分け、右から左え(ママ)と、巧みに打ち分ける所は、真夏の太陽のガンガン照りつけるプールの中で、大人ならビール、子供ならコカコラでも飲んだ如き爽快な気分を味あわせてくれます。また飛二金二桂四香二という使用駒にも、なにか面白さを感じます。香竜(恐竜)と金桂(金鶏)の争いとは某氏の評
※2ですが、言い得て妙かと思います。
 "美女と野獣"はちと大袈裟でしょう 以上


 「旧パラ」1951年6月号の作。結果稿に「新人ながら今後の精進を期待します」(小学校担当 谷向奇道)とあるが、他にこの名前での発表作は見当たらないようだ。「爪」であり「瓜」ではない。
※2 飛鳥棋人の短評(8月号)に「恐(香)龍と金鶏(桂)の取組はまるで「美女と野獣」そつくり、甚だよろし」とある。

2017年8月24日 (木)

「詰棋界」 その57

 通巻第21号のつづきです。全体のページ構成はこちら


第一回 握り詰入賞発表

一位 猪瀬達郎氏作

0946  

16香、15金合、同香、同玉、16金、14玉、54飛、44角合、同飛、同金、
32角、23角合、同角成、同歩、12龍、13角合、同龍、同玉、24角、同歩、
31角、23玉、22角成、14玉、32馬、23金合、15歩、13玉、22銀生、同金、
14馬
まで31手詰

▽五回も合駒の綾を含ませたのは巧妙で駒の配置にも無駄なく、25桂などは都合よくできたもの
=詰鬼人=


二位 北原義治氏
三位 渡部正裕氏
四位 中本勲氏
五位 呉江流氏

※出題は通巻19号(1954年3月)。二位以下の図は省略。呉江流は堤浩二。

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Aクラス 第四巻第二号
S・T生

D 北原義治氏作

Tumekikai0912_2

19歩、同玉、46角、同角生、29飛、18玉、19歩、同角生、27銀、17玉、
19飛、27玉、29飛、28角合、同飛、17玉、53角、44歩合、同角生、同飛、
35角、26角合、同角、同歩、18飛、同玉、19歩、同玉、28角、18玉、
19歩、27玉、38金
まで33手詰

▽手順・変化ともに申し分ない傑作、詰上りも悪くない。二度の不成、二度の角合などは面白い。
=沢島将吉=

▽不成、合駒と軽手好手の連続にて気持のよい作品。
=坂巻義郎=

▲巧妙である。まったくこの一語につきる作品である。初心の方も盤上に並べてそのおもしろさを味わっていただきたい。



Bクラス 第四巻第二号
椿春男

 うっとうしい夏でいやになる。これもビキニのせいというから、余計に腹が立つ。おまけに不詰を出すとは……いやはやなにお(ママ)かいわん
 なにはともあれ宿題をかたず(ママ)けることにしよう。

⑫ 村木徳氏作

Tumekikai0920_2

32飛、51玉、41金、同玉、52銀、同龍、31飛成、同玉、32金打、同龍、
同金、同玉、22飛、41玉、31金、同玉、42銀、同馬、21飛成、同玉、
22銀成
まで21手詰

▽桜井敏美「金銀龍、連続二回捨てるのは趣向としても面白い」

▽植田尚宏「連続捨て駒は見事ですが手は限定されていて易しい感じ」

▲ずい分と気前よく捨てるものだ、「金も食いねえ、銀も食いねエ」と石松流の作品。持駒が多いのが難点であるが、それだけに重量感はある。


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秋葭作品集

※27局掲載されている。すべて「将棋月報」の作。
 終わりに「岡田氏の作品はこれで全部ではないと思う。戦前の世界にも掲載になっているはずである」と記している。
 通巻23号に「続秋葭作品集」として10局追加されているが、「北海道在住の棋友棋村迷人氏が投稿下さったもので、これは土屋健先生蔵書の写しだそうです」とある。
 岡田秋葭の発表作は私の知る限り38局なので、ほとんどの作を集めたことになる。

唯一漏れた作。
旧パラ 1951年9月号

Kyupara1837

62桂成、同金、27馬、36桂、33飛成、同歩、52角生、72玉、61角生、82玉、
83金、71玉、63桂、81玉、73桂、同金、71桂成、同玉、26馬、81玉、
36馬、同飛成、82歩、71玉、63桂、61玉、51と、62玉、52と、63玉、
53と
まで31手詰

※本局は詰将棋学校の大学に出題されたもの。
Photo_2

土屋健
本作品は岡田君が最后の作で、図研会課題の予定であつたが、不完全であつた為と作者が死去されて修正不可能となり発表できなかつたものだが、戦災を免れた書籍の間に挟まつたまゝ偶然発見された。捨てるに忍びず且つは戦前の天才少年を紹介する意味で、僭越とは考へたが生前の関係から選者が修正するのが至当と思い手を加へ発表した次第である。…作意手順には全く触れず、単に早詰手順を消したのみである。(11月結果稿より)

※原図も示すべきだった。


2017年8月23日 (水)

「詰棋界」 その56

 通巻第21号です。1954年8月10日発行
 この号から通巻表記のみになりました。

21195408_2

1頁 表紙

2頁 目次

3頁 Aクラス、Bクラス、Cクラス
※出題です。

4~7頁 詰将棋綺談(最終回)會津正歩

8~9頁 初心詰将棋室2(結果稿)
      初心詰将棋室4(出題)

10~11頁 第一回握り詰入賞発表

12~13頁 第4巻第2号Aクラス、Bクラス(結果稿)

14~15頁 審美眼を拡めましょう 田宮克哉

16~19頁 秋葭作品集

20~26頁 合駒の理論と実際 川崎弘

※『北斗』所収論考

27頁 将棋万象を見て 堤浩二

28~30頁 両王手の研究 長田富美夫
       創作規定について 金田秀信

31頁 第二回握り詰入選作(出題)
    マド

32~33頁 新人コンテスト(第4巻第2号結果稿)
       名作探訪 浅野博

34~35頁 詰将棋病院 ある名医のメモ

36~37頁 アブリダシ詰将棋 清水孝晏

38~39頁 香四枚問題 推理詰将棋入選作(出題)
       ジュニア詰将棋(出題)
       伝言板

40頁 詰棋界賞設定!
    編集雑記

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創作規定について 金田秀信

 創作規定というものは、詰将棋は作る時、あるいは詰将棋を解く時に、少しでも、その人を困らせるとか、迷わせることのないように設けられるべきであると思う。
 余詰作品不完全という考え方は、たしかに伝統的な常識であるが、この常識に従って詰将棋を作ると困ることがある。

A図

Photo

 例を挙げると、A図は91銀成までが作意であるが93銀成でも詰む。そしてこの93銀成以下の詰手順は不完全の条件にされていないのである。
 私に合点がゆかないのは、この問題に意見を持つ人が、このA図における場合と、いわゆる余詰とを区別しながら、両者のどこが違うか、という理由というものに全く触れていないことである。
 この点を明らかにせずして余詰不完全を強調することは、常識なるものの検討を怠って、それに盲従していることにひとしい。
 私は、このようなこまかいことを考えているのがめんどうになって余詰があってもよいとした。
 よいとはしたが、余詰作品をそうでない作品と価値を同じに見ようというのではない。作品のレベルの上っている現在ではA図の程度でもかなり減点されるであろう。
 私だけにとっては余詰が完全であろうと、不完全であろうと大した問題ではないのである。

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伝言板

★ 「酒井桂史作品集下」大変遅くなりました。九月中旬には、刷上がる予定です。

★ 今月は新人コンテストは山田三義氏多忙のため休みました。

★ 新春一題集曲詰の部入選発表は次号にいたします。

★ 今月号より本誌は何号と呼ぶことになり、普通号は一部送料とも30円、増大号は60円として計算させていただきます。

★ Cクラスを担当して下さる方はございませんか。

★ 戦前の将棋世界に発表された藤井朗氏作品をお知らせ下さいませんか。近く藤井朗氏作品集を本誌に掲載いたしますので、お願い申します。

★ 本誌に対する御意見をお寄せ下さい。

☆ 次号は十月一日発行

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詰棋界賞設定!

 詰将棋の隆盛はめざましいものがあります。本誌も漸次会員の増加により充実したものになりつつありますことは、会員一同とともに喜ぶべきことでありましょう。
 多くの力作、佳作を投稿下さる方々の熱意に答えて次ぎの如き、詰棋界賞を設定しましたから、今後もドシドシ傑作をお寄せ下さい。

◇詰将棋の部◇
▽21号より25号に掲載になった作品中一番優秀と思われる作品
▽右の決定は、25号を終っての読者の投票によって決める。
▽賞は一位(柘植彫駒)以上(ママ)五位まで
▽投票者の規定は25号誌上に発表

◇原稿の部◇
 本誌を飾る原稿執筆する方々の労にむくいるために本賞を設定しました。規定一覧の上、一番よいと思われた原稿をお(ママ)指定下さい。
▽18号(第四巻一号)より23号までに掲載された原稿一篇に万年筆を贈呈します。
▽右の決定は23号を終って読者の投票によって決める。
▽投票者に対する入賞規定は23号誌上に発表いたします。

※23号誌上に投票規定なるものは見当たらない。
 24号以降は所持していないので、磯田征一氏に伺ったところ、その後「詰棋界賞」に触れた記事はないとのことだ。

2017年8月21日 (月)

プチ懸賞最優秀作発表

 プチ懸賞最優秀作の発表です。
 17名の方々から応募いただきました。
 私が上位と見た3案について、図と解答者を紹介します。

Photo

 この解答は、ガシさん、へっぽこプログラマさんからいただきました。
 2手目65角合は、56香、45玉、65飛、同香、54角、35玉、46銀まで。
 48玉が銀だと、初手75飛、54玉、56香、55飛合、同香、45玉、46銀、56玉、57銀上、67玉、68飛で詰んでしまいます。48玉配置なら56玉に57玉とぶつけられないので逃れるというわけです。
 何より駒をふやさずに課題をクリアしたところが見事。「駒をふやさない」という条件が付いていたら文句なしですが、元々単玉だったものを双玉にする積極的な理由が弱いかなと思います。双玉でないと不詰が解消できないのなら納得ですが。


Photo_2

 くぼさん、馬屋原さん、三輪勝昭さん、桃燈さん、sorimさん、さわやか風太郎さん、ほっとさん、奥鳥羽生さんからいただきました。(到着順)
 この図は、53銀にヒモを付けて、65角合なら37馬、54玉、56香、同角、55馬、63玉、64馬まで。
 45桂が作意手順の中で消えるのも良く、これに決まりかなと思っていました。
 こんなに同じ解答が多いと、さてどうするか。
 抽選してUさんに当たったりした日には、直近の看寿賞受賞者である上に新婚さんでもあり、世の中の幸福を一手に貪っているような人に対して屋上屋を架すことになります。何より世間が黙っていません。
 その点、寮でカナブン相手に寂しく暮らしているKさんは大いに同情の余地がありそうですが、やはり直近の看寿賞受賞者で当てるわけにはいかない。(笑)
 などと、情実路線で行こうかと思っていたら…


Photo_3

 ミーナさんの解答。この図は一人だけ。
 45桂とどう違うかというと、53銀がヒモ付きでないこと、桂が玉に接していないので、夏の夜の暑苦しさがないこと。(笑)
 65角合には、37馬、54玉、56香、同角、55馬(ここまでは同じ)、53玉、73飛成、52玉、43桂成、41玉、42成桂まで。作意の途中で桂が消えるのは同じです。
 43地点を補強するという意味なら45香でも良いのですが(馬屋原さん、ミーナさんのコメントにあった別案)、香が二枚並んでいると凝り形に見えます。

 このほか、
有吉弘敏さん、匿名希望さん、解答欄魔さん、gemmaroさん、柏木さん、岸本裕真さんからも応募をいただきました。

攻方41銀追加(これは49手の難解な余詰あり)。
48銀→48金(余詰)。
27歩削除・38桂追加・玉方49と(または58と)追加。
71香→72桂、玉方83桂追加。
27歩→38桂、57銀→67銀、玉方83歩追加。
27歩→18桂。71香削除。玉方
83歩、玉方87角追加。
玉方22桂、攻方23銀追加。34歩→攻方35歩。
玉方41金追加、攻方84桂追加。
攻方27歩削除、攻方18桂、35桂追加。

どの案がどなたの作かは省略しますが、いずれも上記作に譲ると思います。最後の案は、ミーナさんの作によく似ていますが、27歩を18桂に変える必要はなかったですね。
 なお、三輪さんから
「この作品は最後の65歩合が非限定なのが凄い気になりますね。
僕なら詰方24香でも置いて、角合に26馬、24玉、15馬、35玉、24角を作意にしますね。
納得の行く配置にするのは難しそうですけど、65合が非限定では不完全作だと思う作家なもんで」
というコメントをいただきました。
 確かに、最後の歩合は飛角銀桂香、金以外何でもいいですね。

 というわけで、最優秀はミーナさん。もう、好みの問題ですので悪しからず。
 ミーナさんには、「詰棋通信」102号(1965/09)~105号(1965/12)を差し上げます。『続七手詰傑作集』として1966年3月に単行本として全日本詰将棋連盟から発行されたものですが、こちらは綴じられていないのでレア感が漂っています。(笑)
 コメント欄で、住所をお知らせ下さい。

Photo_3  

 以上、応募していただいた皆さん、ありがとうございました。

 なお、
当ブログは、予定では昨年末に終了するつもりでしたが、加藤文卓の「圖巧解説」のコピーの提供を受けたり、好作集にリクエストをもらったりして、なかなか終わることができませんでした。書きたいことは書いたので8月末日をもって更新終了します。
 ご愛読ありがとうございました。(^o^)/~~

2017年8月18日 (金)

三桂小僧好作集

 本名岩井則幸。1934年生まれ、1979年没。岩井銀吉の筆名もある。
 好作集は10局をめやすにしているが、絞るのに悩んだ。この作者は20局でも良いと思ったほどである。

1.将棋世界 1951/09

Sekai46800555

99金、同玉、69龍、79金合、33角、同龍、79龍、89金、98金、同玉、
88金、同金、97金
まで13手詰

79銀合は、33角、同龍、79龍、89金合、88銀、98玉、97金まで11手。

44角は、88歩合で逃れ。

 1950年代初頭の作とは思えない。80年代と言っても疑われないだろう。
 玉方龍の利きを外すための69龍に対して、79金が疑似中合。
 33角を限定するための31角が所在なげだが、31銀とどちらが良いかは分からない。



2.旧パラ 1952/03

Kyupara2472

87飛、同香成、86銀、同成香、88銀
まで5手詰

 香の成らせもの。これ以降の同一の狙いの作は類作の誹りを免れない。
 完成品である。




3.詰将棋パラダイス 1956/09

Para54602523

41銀生、23玉、15桂、14玉、13飛、同玉、35角成、12玉、23桂成、同玉、
13金
まで11手詰

 簡素図式。簡素であればいいというものではないが、本局は紛れもあり、攻駒が躍動している。
 12香は12歩でも手順に変わるところはないが、七色図式ということか。




4.将棋世界 1962/02

Sekai46802318

14金、同玉、12飛、23玉、35桂、12玉、34馬、11玉、12歩、22玉、
23馬
まで11手詰

11飛は、13銀合、26桂、23玉、34馬、32玉で逃れ。

 とどめの駒として残しておきたい金を捨てるのが好手。12飛は当然の打点のように見えるが、11飛との比較に多少悩む。
 取られるのが目に見えているからだ。



5.詰将棋パラダイス 1962/03

Para61650903

22桂成、同玉、34桂、12玉、13歩、同玉、31角、22桂合、同角成、14玉、
32馬、23金合、15歩、13玉、23馬、同玉、22桂成、同玉、14桂、23玉、
22金、13玉、12金、同玉、32龍、13玉、22龍
まで27手詰

13同桂は、21角、23玉、22桂成、同玉、32龍以下。

 桂の打ち換え。二度目の22桂成のあと、持駒角桂歩歩が金桂に変わっている。角歩を金に替えたことになるが、そんな理屈を考えたわけではなく、リズミカルな捌きをめざした結果だろう。



6.将棋世界 1962/06

Sekai46802365

43角、22玉、34桂、12玉、23角、同玉、24金、12玉、22桂成、同玉、
23金、同玉、34龍、12玉、32龍、22合、34角成
まで17手詰

31玉は、22角、41玉、61角成、42銀合、51馬、32玉、31角成、同銀、41馬まで。

 34桂は重い手で打ちにくさがある。
 12玉、23角、同玉のとき、34桂は案の定邪魔駒になっている。積み崩しのような手順。



7.近代将棋 1962/07

Kinsho50692520

39馬、28角合、同馬、16玉、17馬、同玉、35角、26角合、同角、同歩、
18歩、16玉、34角、25角合、同角、同金、17歩、同玉、39角、28角合、
同角、16玉、25銀、同玉、14角、34玉、25金、33玉、22銀生、同玉、
52飛成、11玉、55角、44桂合、同角、同歩、23桂、21玉、31桂成、11玉、
21成桂、同玉、32角成、11玉、22馬
まで45手詰

53角も可。

42玉は、31銀生、同玉、51飛成、22玉、62龍以下。62香配置の意味がここで分かる。

 『近代将棋図式精選』に収録された作品。当時、37手以上は長篇扱いだった。
 角打角合の間に金を呼んでおけば、局面が進展する。
 28角の活用も入って、うまくまとまった作品。

 塚田九段(近代将棋 1963年4月号、塚田賞選評より)
 長篇は7月号岩井氏作が良いと思われたが山中氏作と細かく比較検討してみて、やはり山中氏作の実戦的な味を推したい気持になった。



8.詰将棋パラダイス 1963/05

Para61651855

32歩成、同歩、31銀、12玉、45角、34銀合、同角、23銀合、同角成、同玉、
22銀成、同玉、24龍、23飛合、31銀、12玉、13歩、同桂、21銀、同飛、
同龍、同玉、22飛
まで23手詰

32同玉は、14角、23角合、同角成、同玉、45角、32玉、23銀、41玉、43龍、42金合、63角成、51玉、63香、61玉、52龍以下21手。
23飛合は、同角成、同玉、24銀、12玉、13歩、同桂、22飛、同玉、33龍以下。

単に23合は14龍。
34桂合は、同角、23桂合、同角成、同玉、35桂、13玉、14歩以下。

 銀の二段合。収束23飛なら3手かかるが、当時の解答者は誰も気にしなかったのだろう。少なくとも、誌面にそのことに触れた短評はない。
 なお本局は、井上雅夫作と同点首位で、現在風に平均点を出すと、2.80となる。



9.詰将棋パラダイス 1964/02

Para61652393

22飛、同金、13歩、同玉、23角成、同玉、34龍、12玉、13歩、同玉、
14歩、12玉、22角成、同玉、13歩成、同桂、23金、11玉、31龍、21合、
22金
まで21手詰

 金を質駒にしたあと、単に取ると打歩詰なので、なかなか取らないのが面白い。



10.詰将棋パラダイス 1965/02

Para61653290

17金、同玉、16飛、同玉、36飛、17玉、28金、同玉、37馬、18玉、
17金、同玉、16飛、同玉、26馬
まで15手詰

25玉は、26飛、35玉、45金、同玉、55金、35玉、57馬まで13手。

 26馬までの詰上りはすぐ見える。「17金、同玉、16飛、同玉」を繰り返して詰むのだが、やっていることは37飛をどけて、48馬が37に動いただけなのである。
 67桂は変化に備えた駒だが、攻方27歩→香にして省くことも考えられる。

2017年8月15日 (火)

「詰棋界」 その55

 プチ懸賞出題中です。8月20日まで受付。

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 第4巻第3号(通巻第20号)のつづきです。全体のページ構成はこちら

不完全作をめぐって
川崎弘

B「四五日前だが、この作品が完全か不完全かで議論がわかれてね」

(第1図)Y・I氏作

1

A「24桂、同飛、13歩、21玉、22歩、同飛、43馬、32飛、同馬、同玉、
44桂、22玉、31角成、23玉、22飛、33玉、43桂成、同玉、53馬、33玉、
32桂成までか。21手、なかなかの作だね。別に問題はないようだが?」
C「これじゃないか?(参考図)14手目23玉で33玉なら34飛以下同手数の尾分れだが……」

(参考図)
14手目23玉迄

1_2

B「それもあるがね。その次の手、22飛を21飛でも詰むのさ」
A「なるほど詰むナ。でもこれくらいなら不完全とまではいえないんじゃないか? 感心しないのはもち論だが……」
B「そういう人が多かったね。所が、しからば不完全とは何ぞやとなると議論百出さ」
A「それだよ。検討でいつも困るのは。どうしても一度確定的なルールが欲しいね」
C「いわゆる詰将棋憲法だね」
B「同感。しかしいつか発表された草案も、全棋界に共感を呼ぶって所までは行かなかったね」
A「僕はいつも思うんだが、法律とか、規則とかいうのは、天下り的に決めてもなかなか守られるもんじゃない。不文律又は習慣として、長い間一般に行われているものを成文化するという形が本当だと思うよ。従来の色々な試案は、その点足が地についていない感じがあったんじゃないかね」
C「そういえばそうだね」
B「不文律っていうと、たとえば今の所なら?」
A「収束にあるていどキズがあっても、作品が立派で、キズを補って余りあれば、不完全扱いしない-大体これが多数意見だろう?」
C「名作の小キズは許す-ってわけだね」
A「つまり、完全作には、絶対的な意味での完全作と、相対的意味での完全作、つまり作品の価値から見て許しうるていどのキズのある作とを含むわけだ」
C「でも、"名作"とか"小キズ"とか云うのがすべて主観的なもんだろう?」
A「そう」
C「すると、僕が不完全というのに、君は完全扱いするような、アイマイな時が出来るが……」
A「それが一番欠点だね」
B「所でA君の説は、実は理論的に矛盾があるよ」
A「ハテネ、矛盾というと?」
B「いいかね、今論じてるのはある作品が完全か否かってことだろう。不完全ならもち論作品として成立しないわけだ」
A「それで?」
B「所で一方、ある作品の"価値"を論ずるということは、その作がちゃんと成立した後での話」
A「うん」
B「キズつまり軽い余詰だね、それを作品価値で補い得るというなら、余詰なるものは元来作品の"評価減"の対象ではあっても、"不完全"の条件にはならぬ、といえるんだ」
C「そうかなあ。そういえばそんな理屈になりそうだが……」
A「だが待てよ。余詰は本質的に評価減の条件にすぎない、という君の説を認めるとしてもだね。あるていど以上のキズなら自然大きな評価減をきたして、結局作品として成立しなくなるんじゃないか?」
B「もち論そうさ」
C「それじゃ、やはりどの程度のキズが許せるかって所に戻るね」
B「理論的に筋を通した迄さ」

※Y・I氏作は岩谷良雄作 旧パラ1952/05



A「昔の作は大体ルーズだな。収束の別詰は頭から無視だ」
B「終戦直後でもそうさ。キズをやかましくいい出したのは、ここ数年だね」
C「手順前後、回り道、それから収束の余詰。尾分れや変化長手数もそうだが、キズにもいろいろある」
A「僕は無暗にキビしいのは考えものだと思うね。制限をゆるくして好作の出易いようにしたいナ」
C「具体的にいうと?」
A「数やていどにもよるが、まあ最後の三手位なら構わんだろうな。手順前後は不完全とせぬ。回り道は攻方最短の原則から問題なし、変化長手数は二手くらい長くても駒余りなら見逃す。尾分れは問題外、とまあこんな所か」
C「そりゃ反対だ!」
A「何故」
C「そんな呑気に構えてちゃキリがないぜ。その上、名作はこの限りに非ず、と来た日にゃ、殆ど野放しだぜ。大体詰将棋は芸術だ。あくまで純粋なものであって欲しいね。芸術-」
A「オットット、一寸待った。芸術論は君の持論だが、それを持ち出すと又話がコジれる。今日は芸術論はしまっといてくれ給え」
C「うん。それでだね、僕は断然最終手の別詰以外の一切は不完全として扱いたいね」
A「当るべからざる勢だナ。所で古作は?」
C「古作は別さ。その当時の常識の下で作ったんだから」
A「君の評価論はもっともだが、そんな厳重なものにして、どれだけ守れるか疑問だと思うナ」
C「正しい規則を守らぬって法があるもんか」
A「怒ったって、それが現実さ。守る人のない規則ほどみじめなものはないよ」
B「憲法第九条かね」
A「違いない。-ともかく僕は矢張り最初にいったように、自然発生的な意味を重視したいね」
C「しかし規則には、指導とか理想とかの面も必要だよ」
A「いや、現実の方が先だ」
C「理想がなくっちゃ」
B「おいおい、横道に入ったよ。具体的な例に戻ろうや」



B「所でC君は、最終手以外のはいけないって説だね」
C「うん」
B「というと、最終手での余詰は別に構わないと規定するのかい?」
C「当り前じゃないか」
B「それじゃこの図だ」

(第二図)
2

A「ああ七手詰の古作だね」
C「知ってるよ」
B「この図の最終手97金。もしこの手で76金以下でも猶詰みがあると仮定するんだ。そしたら、この作は全然意味ないだろう」
C「ウーン」
A「ハハァ、最終手の別詰でもこれなら立派に余詰扱いだナ」
C「ナルホド千切る秋ナスビって奴だナ。弱ったね」
B「最終手は問題なしってのはね、背後に、一手詰は誰だって間違いっこないという考え方がひそんでるのさ。簡単に三手はいけない、一手はよいなんて決めるのはダメの皮だよ」
A「手順前後は良いだろう? 本質的には別手順じゃないんだから……」
B「手順前後だって広うござんす。この図はどうだ」

(第三図)
S・I氏作
3

C「ハハア逃道はここか。25桂か31馬の筋らしいナ」
A「31馬さ。同金、25桂、同と、14歩、22玉、11銀、21玉、31飛、同玉、22金で11手」
B「それが作意なんだが、初手25桂が成立するんだ」
C「同となら31馬で手順前後成立だね」
A「22玉がありそうだが?」
B「31馬、11玉、21馬、同銀、12歩、同玉、13銀、11玉、12金、同銀、31飛成…」
C「四手長いね」
A「手順前後かな、余詰かな」
B「仮に、手順前後はいいと決めると、おもしろくない例が出てくる。さらばといって、最終手以外はいかんと決めると又不都合が起ってくる」
C「エーイ面倒臭い。最終手だろうが、回り道だろうが、ともかく作意外の別手順は絶対に作らなきゃ良いんだろ、作りさえしなきゃ」
B「オヤ、C君カンシャクを起したね。そんなら鋸引が作れないぜ。あれは誰が作ったって回り道が成立する」
A「おいおい変な揚足を取るなよ。一体君はどうするってんだ?」
B「"不完全作の限界"を求めようたって無駄だってことさ」
A「………?」
B「つまりこの線からこっちは不完全、向うは完全というような線は、到底引けない。強いて引けば、後から後から矛盾した例が出る。さっきのは一例だが……」
C「なるほど」
B「だからいつも、詰将棋作品には作意以外一切の別手順を許さぬというとの原則をまず確定する」
A「それで?」
B「次に、これに反する場合はその程度に応じ減点する。例えば普通最終手の別詰なら、ごく小さい減点で作品価値に影響しない。大きなキズは大きな減点をこうむって発表価値がなくなる」
C「具体的には」
B「それは時代により、又人によりさ。ともかくこれが矛盾の解決の唯一つの行き方だと思うね」


※S・I氏作は伊藤昭一作 詰棋界1952/11



 現実家のA君、理屈屋のB君、理想派の純粋派C君、三人の討論の形で"不完全"をめぐる問題を取り上げました。
 私の意見をまとめると
① キズ(余詰も)は本質的には不完全判定の対象ではなく評価減の対象である。
② 完全、不完全の間の一線を成文化することは不可能。
の二点に帰着します。
 それではどうすればよいかといえば、消極的には-
 種々のキズについて、減点基準を実例をもって決めること。
 しかし更に積極的には-
 各誌の詰棋欄の担当者がキズのある作を採らぬと宣言すること。
 このいずれかで、この問題は実質的に解決するでしょう。
 なお本篇では、作意外の別詰なる形のキズを主に取り扱いましたが、玉方の逃げによるキズ、すなわち変化長手順や尾分れについてもほとんど同じことがいえましょう。
 この事については、先輩諸氏の御意見が聞ければ幸いです。


※なるほど千切る秋なすび、という諺?は知らなかった。
相づちを打つときの「なるほど」というのを、こっけいに言ったもの(「新編故事・ことわざ辞典」1992/08 創拓社)


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マド
◆ 四巻二号を見て
 新春一題集賞品受け取りました。酒井桂史作品集はまだ出来ないのですか?
 詰将棋奇談が断然たる出来栄え、その他研究物では反論ばかりだが、一々もっとも。新年号付録の如き図式を発行する考えはよい。
東京 北原義治

◆ 将棋攷格を
 万象解説終了後は将棋攷格の解説をお願いしたい。
 詰棋界の年八回発行案は賛成。春秋に斬新な企画で臨時号の発行を考慮されたらばなお可。
水戸 坂巻義郎

☆四巻三号が編集部の不手際から発行が大変遅くなりましたことは真に申し訳ありません。次号は発行を早めるとともに別頁広告の如く豪華なものを作ります

◆ 握り詰について
 握り詰の〆切が意外に早く創作を断念すること再三ではない。もう少し延ばして頂きたい。なお、十四枚の駒は少し多いと思います。
 恐らく短、中、長篇作家のためその中間を選ばれたのではないかと思いますが思い切って五、六才の幼児に握らしては見ては如何
小樽 田中至

☆握り詰ですから編集部で手を入れることはありません。袋の中に入れた三八枚の駒より握り出されたものが毎月の課題となります
〆切は少し延しました。


「酒井桂史作品集上」乞御一報
仙台市 和田義郎


詰棋界創刊号より一巻四号まで
世田谷区 浅野博

詰棋界既刊号について
▲一巻一号~四号まで品切れ
▲三巻一号 品切れ
△一巻五号以下(三巻一号を除く)在庫若干あり、入用の方はお問合せ下さい。


※通巻13号の時点で1巻1号~4号は品切れになっていた。


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第14回会計報告
摘     要 収入 支出 残高
2 前回繰越 7,764
前回払込者12名 2,130
新入会者4名 590
寄付金3名 260
会報送4×8 32 10,712
3 追加払込者8名 1,350
新入会者5名 780 12,842
会報印刷(4巻2号) 4,880
会報発送(247) 1,976
案内ハガキ100枚刷 650 5,236
次回繰越 5,236

※残高は5,336円だと思う。

2017年8月13日 (日)

眞木一明好作集

 眞木一明(まきかずあき)は1950年代、有力作家と目されていた。
 すでに紹介した「王将」1954年1月号に「詰将棋 第一線の作家陣」という記事があり、そこに紹介された18人の中に名を連ねている。
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 正統派というべきか。実に癖のないものを作る。そこが彼の長所とも短所とも言えよう。21才
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 また「旧パラ」1951年8月号の「詰将棋新人作家紹介」に
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(一)住所 東京都目黒区…
(二)年令 満十八歳(昭和七年十一月三十日生)
(三)職業 なし
(四)棋力 此の三月広津先生に二枚で勝たせて貰つたのを始めとして、京須、飯塚、坂口先生の順に二枚で勝たせて貰つた事により想像して大体八、九級は有ると思ひますが。
(五)棋歴 …詰将棋に興味を持ち出したのは……確か、それから丸一年位経た昭和二十三年、高校一年の夏頃からだと思います。最初は学校で疲れて来た頭脳を癒す為の一つの手段に過ぎなかつた積り?でしたが、何時の間にか、本業そつちのけに熱中し、加えて其の年の暮れ頃からでしたが、"へぼ"のくせに創作等と称す大それた(当時としては)考えを起しネチネチ愚作をデツチ上げ始めたのです。
当時は、一月に一、二題ずつ作つては評論へ気休め的に投稿しては月々の詰棋欄を、胸はずませて見ていたのですが、皆目出ず、やつと二十四年の七月号(評論)に入選した時の喜びは如何ばかりか、お察し下さい。

Photo_5

12角、32玉、21角成、同玉、22銀成、同玉、33金、12玉、22飛、13玉、
23飛成、同桂、31角、12玉、22角成迄15手詰

(六)処女入選作と思ひ出 此れは誰しも同じでせうが、自己の作品が本に出題される事に依つて、其の人の創作欲に拍車が加えられる事は確かの様です。私の場合もそうでした。其れからと言ふものは月、一、二題が三、四題と成り更に増えんとした矢先(少し下手な表現でしたが)、昨年の九月「詰パラ」を発見するに及んで、詰将棋に対する情熱は其の頂点に達しました。
(七)将来への希望 凡そ、何事も頂点に達すると言ふ事は、次に当然下りを示すものですが、私の場合一つの段階に達したので、将来は更に腕を磨き上達したいと思つて居ります。どうぞ宜しく御指導の程お願ひ致します。
(八)創作に対する抱負 今迄の私の作品を見て、それ等のすべてが小品で有りました。実は今年の正月頃一つ、今年も11香、21桂の型で短篇を主に作らうかな、と方針を立てパラ等へも其の旨回答したりしたのですが、最近棋友から私の作が余りにも良く有る様なものばかりだと苦言を呈されました。此れに就いては私も前々より感じて居た事なのですが、如何にしても微力、自分のマンネリズムから脱する事が出来なかつたのです。此れからも自己のマンネリズムを廃す様心がけ、何か新傾向の中篇作でも出来ればと思う様に成りまして、目下作戦を練つて居りますものの……。
(九)将棋界えの希望 最後に月並ながら一日も早く、詰将棋憲法、詰将棋連盟等設立されん事をお祈り致します。
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※原文通り。手順の漢数字は半角数字に変更。

ここに置いている
一局は、改めての掲示はしない。


1.旧・王将 1949/12

0133

24桂、同角、13銀成、同角、24桂、同角、22金打、13玉、12金打、同香、
23金引、同馬、25桂
まで13手詰

 上部を塞いでから銀を捌き、22金を打つためにまた24桂を打つ。
 53金は不要駒だが、初々しさを感じる。



2.旧パラ 1951/05

Para1488

23金、同角、33銀、同桂、34桂、同角、23角成、同玉、35桂
まで9手詰

 これも桂吊し。41飛は香でも差し支えない。



3.近代将棋 1951/06

50690294

11飛、同玉、32飛生、33角、同角成、同桂、22角、12玉、24桂、同歩、
11角成、同玉、23桂、21玉、31桂左成
まで15手詰

 33歩合に備えて32飛不成。詰上りがちょっと重いか。



4.近代将棋 1952/05

50690466

23飛打、22香合、同飛成、同銀、43角成、12玉、13歩、同銀、34馬、21玉、
23飛成、22金、43馬、31玉、33香、41玉、32龍、同金、同香成、51玉、
52金
まで21手詰

22桂合は、43角成、32歩合、22飛成、同玉、34桂、12玉、13歩、21玉、23飛成、22合、同桂成、同銀、32馬まで。

 初手重ね打ちがゴツイ手。23飛成は22香合で詰まず、43角成は32銀打で詰まない。
 32龍も(すぐ詰むのだが)何となく面白い。



5.近代将棋 1952/11

50690535

14香、13角合、同香成、同玉、14金、12玉、21角、11玉、22馬、同玉、
13金、同玉、12金
まで13手詰

 2手目桂合なら、25桂~13金で早い。こういう形は角合が多いものだ。
 いったん打った金を13に滑り込ませる手触りがよい。



6.近代将棋 1953/06

50690665

24桂、同歩、11角成、同玉、44角、33角合、同角成、同桂、22角、12玉、
31角成、23玉、12飛成、同玉、14香、23玉、13香成
まで17手詰

 3.に少し似ているが、飛車を捌く分、こちらの方が出来が良さそうだ。
13合、同香成、11玉で2手変長。(解答欄魔さん指摘)嫌がらせのような捨合だが、変長とみなすしかない。



7.新・王将 1954/07

0142

32飛生、21玉、22歩、11玉、12歩、同玉、13歩、同玉、33飛生、12玉、
23角生、11玉、12歩、22玉、32角成、12玉、23飛成、11玉、22馬
まで19手詰

21歩成、同飛、12歩、22玉、32角成、12玉、21馬、同玉、31飛打、12玉、32飛上成、22合、21飛成以下。

 「飛角の三度の不成がねらい」と結果稿にあった。
 このとき入選30回。植田尚宏は8回、北原義治は19回、桑原辰雄は23回というところである。創刊して7箇月なのに30回はおかしいように見えるが、吸収した「将棋評論」「旧・王将」、及び本体の「近代将棋」の入選回数を合算しているのである。
 本局の出題図は15銀でなく金で、初手から32角成、11玉、12歩、同玉、13歩、11玉、22馬、同玉、23歩の余詰があった。15金は8月号で銀に修正(結果稿は9月号)されたが、この図にも余詰がある。
 簡単に直すなら玉方53角追加だが、不動の大駒を2枚も置いては興ざめであろう。



8.近代将棋 1956年4月

50691204

33歩成、同桂、62飛、32金合、13馬、同飛、同桂成、同玉、14飛、22玉、
34桂、21玉、11飛成、同玉、13香、21玉、12香成、同玉、32飛成、13玉、
14金
まで21手詰

32歩合は、13馬、同飛、34桂、31玉、42飛成以下。

 62飛と三間離して打つ。以遠打である。52飛なら31玉、43桂、41玉でつかまえられない。
 金合以降はやや単調。



9.将棋文化 1958/11

0093

23飛成、22歩、13香、同龍、同龍、12金合、同龍、同玉、23金、同歩、
11飛
まで11手詰

 22歩と突き出すのが面白い。ここからも締まっている。
 「将棋文化」は1957年9月~58年12月まで16号で終刊。ダイヤモンド社から発行されていたらしい。



10.近代将棋 1964/07

50693089

42銀、21玉、23飛成、22飛合、同龍、同玉、23歩、11玉、31飛、21角合、
22歩成、同玉、23角成、同玉、21飛成、22飛、33銀成、同桂、34角、13玉、
12角成、同飛、14香
まで23手詰

21歩合は、22歩成、同玉、23角成、11玉、21飛成、同玉、32香成以下。

 二度の飛合も角合も分かりやすい。四香配置の必然性はなく、24桂でも良かったのではないか。


 以上10局、形はまことにキレイで、軽く仕上がってはいるのだが、今一つ手応えがない憾みがある。この方向を進んでも、楽しい世界には出会わないという気がする。

2017年8月11日 (金)

大井美好好作集

 プチ懸賞出題中です。8月20日まで受付。


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 大井美好は1922年生まれ、1985年没。千葉県の人。
 戦前から1980年代初めまで活躍した。


1.1944/12 将棋世界

1085

41飛、52玉、61角、53玉、43角成、64玉、65馬、73玉、74歩、82玉、
73歩成、同玉、83馬、64玉、65馬、73玉、74香、82玉、72香成、同金、
84香、73玉、83香成、同金、同馬、同玉、81飛成、73玉、74金、同玉、
84龍
まで31手詰

 小技も入れた趣向的な馬の動き。収束もあっさり決まっている。
 作者は戦前、将棋世界のみに10局発表している。ここにも一局置いている。



2.1951/01 旧パラ(修正図)

198102ooi


43銀、31玉、21飛、同玉、32角、22玉、23歩、同飛、同角成、同玉、
24歩、22玉、52飛、13玉、23歩成、同玉、32銀生、22玉、41銀生、23玉、
32銀生、22玉、43銀生、23玉、34銀成、同歩、24歩、33玉、53飛成、43角合、
23歩成、同玉、43龍、33金、35桂、同歩、45角、22玉、33龍、同玉、
34銀、42玉、52香成、同玉、63角成、42玉、33金、51玉、52馬、同玉、
43銀成、51玉、42金
まで53手詰

同玉は54角、42玉、32飛、53玉、63香成、44玉、42飛成以下。

43歩合は45桂、32玉、23歩成、31玉、42龍、同玉、33桂成、41玉、32と迄

33飛合は35桂、同歩、45角、22玉、33龍、同玉、34銀、32玉、33飛以下。33他合は41角以下容易。

22玉は33龍、同玉、43金、22玉、23桂成、同玉、41角以下。

☆私は形と手順と詰上りの三拍子そろった均衡のある作品が好きで、完璧な一局を創りたいと希っているが、この悲願はいまだに達成できないでいる。日暮れて道遠しの感が深い。
 本作はバランス感覚は充分と思うが持駒の多いことがやや難点であろうか。
 まず初手43銀と橋頭堡を築き、飛角を犠牲に52飛と打ち据えるまでが序奏である。ついで銀不成の往復により桂を補充し、切れ味のいい角合金合の応酬から35桂45角の攻めが胸のすくような中盤の見せ場となる。以下は大駒を捌いて漣の如き寄せが終束のリズム感を盛上げてくれる。
(『三百人一局集』1981年2月 全日本詰将棋連盟)より
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 作者じしんによる解説。52香成は53香成でも良いのが気になるところではある。
 この作品には目に見える歴史がある。

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長篇詰将棋解剖 -読者投稿作品-
前名人 塚田正夫

 詰将棋も手数が30手以上となると長篇の部類に属し、強い読者でも仲々おいそれとは詰まないのではないでしょうか。その上、読者の中には弱い方(別の言い方をすれば詰将棋を解くに未熟練な方)もおられますので、懸賞問題には不向な読者投稿の長篇物を選び、誌上解剖をする事に致します。
 第一図は千葉県の大井美好氏力作で、この方の指将棋の棋力は知りませんが、詰物にかけては各誌に傑作の発表があり、御存知の方も多かろうと思います。

(第一図)
50690192

 図を御覧になって直ぐ眼につく手は32銀打と23桂ですが、何れも22玉と上られて見込がありません。32歩打から始めるよりないようです。玉方、22玉と逃げると、23歩、同玉(21玉、31歩成、同玉、32銀打)35桂、22玉、23歩、13玉、24銀打までの早詰となりますから21玉と避けます。
 攻方は、次に22歩、同玉と呼び出せれば前述の手段で詰みますが、22同銀があって不成功は明かですから13桂と打って同飛と取らせる手の発見は容易でしょう。
 玉方、13同飛はこの一手。13同香なら31歩成、同玉、32銀打、22玉、23歩、12玉、24桂まで、22玉ならもちろん、23歩の早詰です。
 さて13に飛を引かせてみると、31歩成、同玉と捨てて、32銀打、22玉、23歩、同飛、同銀成、同玉と飛を取ってから35桂と掛ける構想は雑作ないと思います。この桂打で24飛は13玉で打歩詰の禁手に逃れられます。(A図)
 かくして玉方が、玉方22玉と落ちた時に、23飛、又は23歩と頭から攻めたい所ですが、前者は31玉で矢張打歩詰の局面となりますし、後者でも21玉で22飛と追求しても同銀、同歩成、同玉、23銀、11玉で駒が足りません。横から飛を打って行くよりありません。それもどの筋でもよいというのではなく52飛が最善なのです。

A図
50690192_2

 何故52でなければならないか。──その意味は解説が進むに従って判ります。玉方、13玉で打歩詰の局面になりましたが、これは打開可能です。
 打開の一法。攻め駒を減らす。
 それが23桂成、同玉、32銀不成で玉方、次に13玉では14歩、22玉、41銀不成で簡単なので22玉と下ります。
 以下、41銀不成、23玉(13玉は14歩、23玉、32飛成)は何の奇もありませんが、32銀不成、22玉、43銀不成、23玉、34銀成、同歩、24歩と打って行くのがおもしろい手です。銀の不成のさばきで41桂を消去し持駒としたのです。34銀成捨は35桂、13玉、14歩の打歩詰をきらう手筋です。これが、41桂の存在する儘ですと24歩、33玉で詰みません。
 さて、本詰手順の24歩に玉方13玉では53飛成、22玉、23歩成、21玉、33桂、31玉、51龍までですから33玉の一手で、攻方は53飛成と押える事ができました。15手の52飛打の時、その一箇所だと申しましたが、ここに至って成程とおわかりでしょう。
 ひとつ左にずれて62飛であったとすると、33玉、63飛成、44玉と脱出されますし、もちろん42飛は問題ではありません。
 では、これまでの玉方の応手に、攻方の52飛を移動させる手段がなかったかどうか調べる必要がありそうです。すなわち52飛の時、何か中合をする手はなかったか-です。しかしそれは無効です。
 52飛、42歩合なら、同飛成、13玉、23桂成、同玉、32銀不成、22玉、41銀不成、23玉、24歩、13玉、33龍までの容易な詰が生ずるからです。
 が、まだ、これでも十分な検討とは申せません。21手目、41銀不成の場合、32桂合があります。(変化第1図)

変化第1図
50690192_3

 攻方、32同飛成なら13玉、33龍、23歩合で打歩詰に逃れようというコンタンです。
 32桂合は次の順で詰みます。
 34桂、23玉、32飛成、13玉、22龍(好手)同銀、14歩、23玉、15桂まで。
 又、34桂、同歩ならば32飛不成、13玉、14歩、23玉、15桂まで。22龍は打歩詰の局面に生ずる捨駒、32飛不成はナラズの手筋として御記憶下さい。桂でなく他の合駒の場合は一層簡単ですからお調べ下さい。
 以上のように攻方の52飛を他の筋へ移動させる順はないのでした。──で、本文にもどり、31手の53飛成までは双方当然の応しゅうだったのです。玉方は43に合駒をする一手となっています。
 仮に飛、(金、銀)の合だと、23歩成、同玉、43龍、33合、24飛、(金、銀)で俗詰ですし、桂、香、歩の合は、一旦45桂と打ち、32玉、23歩成、31玉、(21玉、は51龍、31合、33桂不成)42龍、同玉、33桂成までで何れも早詰となりますから43角合が最善となります。(B図)

B図
50690192_4

 角合をされると45桂の筋では不詰は明白で、23歩成、同玉、43龍は当然です。又しても玉方は合駒をする一手となっております。
 22玉なら、33角、21玉、41龍、31合、11角成、同玉、31龍、21合、22銀の俗詰があるので…。合駒をするにしましても角、銀、桂、香、のように後に利かないものでは41角で容易ですから、飛金が有力です。
 まず、33飛合を調べてみましょう。(変化第2図)

変化第2図
50690192_5

 平凡に41角では22玉で詰みませんが一旦35桂、同歩としてから41角、22玉、33龍、同玉、34飛で詰みます。33金合が最善となります。今度は質駒が金なので、35桂、同歩(22玉なら、33龍、同玉、43金、22玉、23桂成、同玉、41角でよい)45角が好手順です。直かに34角は22玉で不詰です。
 それならば45角の時、角を近づける意味で、34に何かを合駒する手はないかとも考えられますが、結局、本詰手順の33龍、同玉、34銀がありますからその合駒だけ余る事になります。
 以下は33龍、同玉、34銀、42玉に53香成、同玉(31玉は42金、21玉、54角、22玉、32角成、13玉、23馬まで)と捨てて手順に63角成を得て42玉、33金、51玉、52馬すてであざやかな収束となりました。51玉の処、31玉なら53馬、21玉、43馬で容易な追手詰です。
 本局は52飛打から銀のさばきで41桂を消去し、53飛成を得る所が最大の眼目で、この間、玉方は打歩詰の禁とか合駒の綾で逃れようとする葛藤がおもしろく、形にも美的感覚があり好局と思う。原図では盤上の駒が十枚詰上りは七枚それにも拘らず五十余手の構想を盛り込んだ大井氏の並々ならぬ手腕に敬意を表します。難点をあげつらえば持駒の多数でしょうが、それがこの作の価値を低めているとは思えない。

 大井氏作正解手順
32歩、21玉、13桂、同飛、31歩成、同玉、32銀打、22玉、23歩、同飛、
同銀成、同玉、35桂、22玉、52飛、13玉、23桂成、同玉、32銀生、22玉、
41銀生、23玉、32銀生、22玉、43銀生、23玉、34銀成、同歩、24歩、33玉、
53飛成、43角、23歩成、同玉、43龍、33金、35桂、同歩、45角、22玉、
33龍、同玉、34銀、42玉、53香成、同玉、63角成、42玉、33金、51玉、
52馬、同玉、43銀成、51玉、42金
まで55手詰

(「近代将棋」1951年1月号より)
※漢数字はおおむね半角数字に変えた。以下同じ。
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詰将棋パラダイス 1951年1月号 「百人一局集」第93番

Para1321

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偽筆を賞める塚田さん
草柳俊一郎(横浜)

 私の田舎には山陽の軸物と元信の虫食い絵がある。
 昔親父が大金を投じて仕入れたもので、東京から京都くんだり迄箱書きに持ち廻った。鑑定人は判このよしあしから紙の質、墨の種類、作品目録、日記に至る迄調べた揚句、結局偽物だと宣告した。当時の金で数万円を損したと親父はボヤいていた。
 話はかわるが、詰将棋の天才塚田さんが「近代将棋」誌の新年号にわざわざ四頁を使って一つの作品を賞めている。
 それは本誌にも顔の見えている大井美好氏の作品で、55手詰の左図である。


50690192

 所がこれが真赤な偽物作品なんだから愉快だ。
 と云うのはこの作品はもともと大井氏が本誌の百人一局集に応募し、我々の所へ検討に廻って来て不完全作品と断定され、以後数回の修正によって完成図となったのが「百人一局集」の第93番の53手詰である。
 そんな事とは露知らぬ塚田さんは、この偽物を近代将棋四頁も使って激賞したわけだ。
 即ち作意の10手目A図に於て

A図

Photo

34桂、同歩、23銀成、同玉、24歩、33玉、34銀上、24玉、25飛、14玉、23飛成、15玉、25龍迄
33玉を22玉ならば
52飛、13玉、23歩成、同玉、34銀成、13玉、24成銀迄
の早詰である。
 それから又作意14手目B図に於て

B図
2

52飛打とあるがここは
24飛、31玉、23桂生、22玉、11桂成以下俗詰である。
 判この肉を調べたり紙の質やら墨の種類を虫眼鏡で覗いたりせずとも分る早詰である。四頁の原稿をタラタラ書いていたら、途中でお茶を呑み乍らでも出て来る筈の早詰筋である。
 天才塚田さんはこの偽物を掴まされたお蔭で、今のお金で20万円がとこは損した勘定になるだろう。
 掲載図の作意手順は完全図たる百人一局集の方を参考にされればよろしいから省略しておく。
(「詰将棋パラダイス」1951年3月号より)

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「百人一局集について」編集部
第93番 大井美好氏作
本作は問題の一局。近将新年号で本作の原図(不完全)を塚田前名人が激賞し、それを反駁して本誌三月号つれづれ草に草柳氏が一文を草された処、本図でもやはり不完全であった。作者よりも鄭重な断り状が来て居りますが、作者の意見によれば本作は玉を31に置き、持駒の銀を削り43に置き、攻方56香を55に直して完全
との申越です。本作に関しては本改図を以て一応問題の終止符を打ちます。御了承下さい。
(「詰将棋パラダイス」1951年7月号より)


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私のベストテン 大井美好

Para61652009

☆本局は検討批評などを、往年の草柳俊一郎氏に随分と御厄介になった思出深き一局である。草柳氏は知る人ぞ知るで、詰棋の鑑賞評論にかけては一流の見識を持たれ且ロマンチストであった。浪漫派の黒川一郎氏も草柳氏のよきアドヴァイスに恵まれたはずである。
発表図には早詰があり、玉方65と(
)を追加した。持駒が多いのは難だが、全局に均衡があり詰棋の近代性を一歩推進し得たものと信じている。
(「詰将棋パラダイス」1963年8月号より)


65とがないと、43銀不成のところ、43銀成、23玉、33成銀、同玉、34歩、44玉、55飛成、43玉、53龍、32玉、24桂、21玉、23龍以下の余詰。
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名局リバイバル 山田修司
第22番  千葉県 大井美好氏作



Para61652009

 盤上一かたまりの僅かな駒の配置から、合駒を交えて延々数拾合、驚くほどの長手順が展開される。近代に至って開発された詰棋の新しいジャンルの一つであるが、大井美好氏はこの型の作品のパイオニアとして夙に有名である。
 最近ではこの型の作品も珍らしくなくなったせいか、単に手数が長いだけでは物足りないといわれる様になったが、この作は、気の利いた序盤から、中盤の華やかな銀の回転をクライマックスに、43角合(B図)以下やや難解な後半部も52馬の好手を交えて、鮮やかに収束している。

B図

Photo_2

 手順、構図を通じ、全局に見せる均衡は、大井氏快心のものというべく、詰棋の近代性を一歩前進させた佳作であると思う。
(「近代将棋」1966年9月号より)

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 近代将棋に投稿したが、手数が長かったため懸賞作品にならず、塚田前名人が解説。同じ図を詰パラ付録「百人一局集」に応募したが不完全で、修正し掲載されたが依然余詰。1951年7月号での作者修正意見は完全。1963年8月号の詰パラ「私のベストテン」で再度43銀から始める完全作となる。その図が1966年9月号近代将棋の「名局リバイバル」に紹介される。「三百人一局集」で香とと金の位置を変える。
 という流れなのである。作者にとって、非常に愛着のあった図に違いない。


3.1951/08 旧パラ

Para1753_2

21銀、同玉、11金、同玉、13香、12桂合、23桂、21玉、31桂成、11玉、
12香成、同玉、21銀、23玉、32飛成、13玉、22龍、同玉、32成桂、23玉、
45角、34角合、35桂、13玉、12銀成、同角、同角成、同玉、34角、11玉、
22成桂、同玉、23桂成、31玉、41香成、同玉、52角成、31玉、53馬、42金合、
34香、21玉、54馬、43歩合、同馬、11玉、33馬、同金、12歩、21玉、
22歩、31玉、33香生、42玉、32香成、43玉、33成香、44玉、45金、53玉、
54金
まで61手詰

34歩合は、35桂、13玉、12銀成、同玉、34角、11玉、22成桂、同玉、23桂成、31玉、41香成、同玉、52銀成、31玉、32歩、21玉、22歩、11玉、12成桂まで41手。

高橋守氏
大井氏独特の軽快な駒捌きで好感の持てる作品。

選者
 如何にも大井氏らしいユニークな作品である。近代型図式なので駒配りや詰上りの型に繊細な神経が行渡っている。15枚(
)の駒で61手詰は捌きを主眼とした為であるが盤面の四分の一画より玉が逸脱する事なく、誠に鮮やかである、それで単なる追詰ではない。軽妙手の連続で特に傑出した手はないが、手順はリズミカルで且つ調和が取れて居る。好作品である。
 21手目45角に対して多数の解答者が34歩合とした為に41手詰となり一驚を喫した。恐らく余駒なく如何にも本手順に見えた為ではあるまいか。亦59手詰で詰めた方が三氏あったが惜しい事である。
(「詰将棋パラダイス」1951年10月結果稿より)

)16枚が正しい。

 選者は土屋健。
 銀金を捨てた後は細かい手順になる。34角合や42金合から43歩合など、最善を尽くして手順を紡いでいく。これが大井流である。



4.1955/04 詰将棋パラダイス

Para54600717

21銀生、同玉、22香、12玉、23角成、同金、24桂、22玉、31角、21玉、
32桂成、同玉、42歩成、21玉、32と、同玉、33銀生、同金、43金、同玉、
53角成、32玉、31馬、23玉、13馬、32玉、31馬、23玉、24歩、同金、
32馬、12玉、13歩、同玉、25桂、12玉、22馬、同玉、33飛成、21玉、
24龍、22角、同龍、同玉、44角、31玉、22金、41玉、33桂生、42玉、
53香成、51玉、61歩成、同玉、62成香
まで55手詰


33銀成は、21玉で逃れ。

 金を質駒にしておいて、53角成~31馬~13馬~31馬の手順が分かりやすくて楽しい。33飛成から24龍で終わりかと思ったら、22角合でさらに手数が延びる。



5.1963/11 詰将棋パラダイス

Para61652221

83歩成、同玉、73飛、同玉、84銀、72玉、73香、同桂、83銀成、同歩、
84桂、同歩、82飛、71玉、81飛成、同玉、83香、72玉、82香成
まで19手詰

73同桂は、84飛から82飛成。

 3手目、73飛が洒落た手で84銀とワクをつくることができる。
 93歩は気が利かない駒だが、84桂に71玉の変化を81飛、同玉、92歩成で詰ます意味。



6.1965/03 詰将棋パラダイス

Para61653368

33銀、同桂、32金、12玉、23銀、同龍、22金、同龍、34馬、23龍、
24桂、22玉、21と、同玉、32銀、同龍、同桂成、同玉、44桂、31玉、
32飛、21玉、12飛成、同香、43馬、11玉、33馬、22金、23桂、21玉、
32桂成、同金、11馬
まで33手詰

21玉は、23飛、22歩香合(22角銀桂合は43馬、12玉、22飛成、同玉、32馬、12玉で取った駒を打って29手)、32成桂、同玉、33飛成、41玉、53桂、51玉、61馬まで29手。

 32金が重くて打ちにくい。22金と活用して龍を引っ張り込み、34馬のあたりでは終局近しの感があるが、そこからさらに粘る。12飛成とこちらも活用して例の収束。この型は飛合も可なので、現在なら気になる人があるかも知れない。



7.1973/11 詰将棋パラダイス

Para71753133

24銀生、12玉、13銀生、21玉、11飛、同玉、23桂、同歩、33角成、21玉、
11馬、32玉、43歩成、41玉、32と、同玉、24桂、同歩、33歩、23玉、
12馬、33玉、25桂、32玉、22銀成、同銀、33歩、31玉、23桂、同銀、
41香成、同玉、23馬、51玉、42銀、同玉、32歩成、43玉、33馬、54玉、
55馬、43玉、33と
まで43手詰

11同玉は、12歩、21玉、33桂、32玉、43歩成まで。

 23から25にかけて桂を打ち、また23へ。銀不成も伏線として利いており、作法通り消える。
 65歩が何のためにあるのかと思ったら、53桂、同歩、42歩、51玉、52歩、同馬、同と、同玉、41角、51玉、43桂、62玉、63角成、71玉、83桂、82玉、73馬、92玉、91桂成、93玉、66馬の余詰防止なのだった。
 これは秀作。



8.1975/09 詰将棋パラダイス

Para71755113

57桂、同と、34角、55玉、56香、44玉、64飛、同角、45歩、同金、
43角成、35玉、44馬、25玉、26金、同と左、34馬、15玉、14銀成、同玉、
24馬
まで21手詰

55玉は、65飛、54玉、63角、43玉、54金、33玉、35飛、23玉、24香以下15手。

45歩は、同金、53角成、同玉で逃れ。64飛は5筋を素通しにする意味。

 34角から始めると同金、57桂、55玉で詰まない。
 53角成から44馬が鋭い追い込みで、以下収束まで引き締まった作品。



9.1978/03 近代将棋

Kinsho70852157

31角、22歩合、同角成、同玉、23銀、同玉、34銀、13玉、31角、22歩合、
同角成、同玉、23歩、12玉、22歩成、同玉、23銀打、13玉、14歩、同飛、
12銀成、同玉、23金
まで23手詰

31同飛は、22角、同玉(12玉も、23銀)、23銀、同玉、34銀、24玉、25金、13玉、24銀以下。

 取るに取れない31角と22歩合のリフレインが明快。収束まで無駄がない。



10.1981/07 詰将棋パラダイス

Para81850647

64銀、同桂、62銀、82玉、72龍、93玉、84金、同玉、75金、93玉、
85桂、同香、84金、同玉、73龍
まで15手詰

 一手の切れ味に物をいわせたり、畳み込む作風ではないので短篇向きではない。かといって長篇は、一部の作品を覗き、
構成が単調で物足りない。
 合駒で手順を紡ぐタイプの中篇が本来の作風なのだろう。
 本局は短篇らしさが見えるが、この作者には少ない
例なのである。

2017年8月 5日 (土)

プチ懸賞付き! 山中龍雄中篇好作集

 今回は懸賞問題がありますので、最後まで読んで下さい。

 山中龍雄は1936年生まれ、2014年没。
 『山中龍雄作品集』(1976年3月 全日本詰将棋連盟)に短篇百局が収められているので、中篇(19~49手)を選んでみた。
 今さらだが、読みきり好作集は私の好きな作集であって、一般的な好作の集ではない。(なぜこんなことを書くかというと、今回、塚田賞作をひとつ外したので)

1.1959/08 近代将棋

Kinsho50691881

28香、27角合、同香、同玉、18角、26玉、28飛、27角合、同飛、16玉、
17飛、26玉、16飛、同玉、36角、26玉、17角、15玉、35角、16桂合、
同香、同玉、17歩、15玉、27桂
まで25手詰

森田銀杏
形から息の長い手順を引き出す作風を示す、デビュー当時の佳品
(『近代将棋図式精選』より)。

 桂香合が利かないので、合駒は二回とも角合しかない。
 27角合、同飛と取ったとき、27飛は邪魔駒になっている。
 淡彩ながら、無理のない手順。



2.1960/05 詰将棋パラダイス

Para54604699

16飛、24玉、26飛、34玉、36飛、35角合、同飛上、24玉、25飛、14玉、
15飛、24玉、35角、15玉、53角成、14玉、15飛、同玉、26馬、24玉、
25馬
まで21手詰

 本局も似た構成だが、前局に比べるとやや物足りないか。



3.1962/01 近代将棋

Kinsho50692573

33角、22角合、23桂生、12玉、11飛、同角、同桂成、13玉、35角、24桂合、
同角成、22玉、31銀生、同金、21成桂、同玉、33桂、22玉、23銀、11玉、
12銀成、同玉、13馬、11玉、23桂
まで25手詰

塚田九段
 北原氏作の一寸手品を思わせる駒の回転率と収束形の良さ等、思わず感嘆の声を発しそうだった。それに対する山中氏作は、収束形に北原氏作より若干劣る点があるが、俗手の好手、31銀、21成桂等、又随所に見られる合駒の難解さ、力強さ等が私を強くひいた。
 結局私は短編同様確信の持てない尽(ママ)に、北原氏の光輝ある過去そして現在を、又山中氏の素晴しい躍進ぶりなどを考慮して山中龍雄氏に決定した。
(「近代将棋」1962年8月号より)

 第19期塚田賞(中篇)受賞作。
 実戦型に粘りのある手順を得意とする作家は何人か思い浮かべることができる。ヤマタツの特徴は、選択肢の多い接近戦に強く、駒取りを厭わないことだろう。



4.1963/01 詰将棋パラダイス

Para61651571

12銀、同玉、13歩成、11玉、22と左、同角、12歩、21玉、22と、同玉、
31角、21玉、11歩成、同玉、15飛、21玉、12飛成、31玉、13角成、41玉、
52歩成、同銀、53桂、同銀、23馬、51玉、62歩成、同銀、63桂、同銀、
33馬、61玉、72歩成、同銀、73桂、同銀、43馬、71玉、82歩成、同銀、
83桂、同銀、53馬、81玉、91歩成、同玉、64馬、81玉、82馬
まで49手詰

山田修司(大学担当解説)
趣向詰の価値は作品を構成する趣向の質によってきまる。テーマたる趣向そのものに美しさや妙味、意外性といったものがなければ鑑賞者の心をうつに至らないであろう。単に機械的な反復手に過ぎぬ趣向はそれがメカニカルな構成美にまで昇華された場合を除き退屈以外の何物でもないし、もとよりロマンたり得はしない。
本局はごく軽い趣向詰であるが趣向そのものを見るとき退屈という程ではないが平板の感はまぬがれない。
さらに5筋より左は趣向でございといった駒の配置も解者に先入主と期待を与える点で不利である。しかし序の数手は作者の実力を示す見事な出来であり不動駒もなく詰上り四駒になるなどこの主題に於ては完璧の構成であった。
(以上が予定稿であったが其の後選者としての必要性から古典を再検討したところ妙案に同一のプロットを持つ作品があった-100番-さらにこれの焼直しと見られる作が舞玉にも-選題時に考証の時間がなかったのであるが読者から指弾を受けることは覚悟していた。
しかるに森田氏が既成の趣向の様に思う?といわれた外指摘がなかったのは意外であった。ともあれこれらの作品を知らずに創作したであろう山中氏に非はないが類作を採用した選者の責はまぬがれない。お詫び申し上げる次第。)
(「詰将棋パラダイス」1963年3月号より)

 付け加えることは何もない。選者には、これくらいの鑑賞眼と見識があって欲しいものだ。



5.1965/01 近代将棋

Kinsho50693240

22銀、同玉、13馬、
11玉、12馬、同玉、14香、13桂打、同香成、同桂、
32飛、21玉、22飛成、同玉、42龍、32飛合、14桂、11玉、12銀、同飛、
同龍、同玉、32飛、11玉、22飛成
まで25手詰

13同玉は、14飛、22玉、42龍、32合、31銀、11玉、12飛以下。

 すぐに取れる42銀を取らずに、玉方桂香を整理してから、なおも42龍でなく32飛と打つところが巧いと思う。



6.1965/07 詰将棋パラダイス

Para61653687

22角、同玉、33歩成、同銀、32飛、13玉、25桂、24玉、33桂生、35玉、
21桂成、26玉、18桂、27玉、16角成、同玉、36飛成、17玉、26龍、18玉、
29銀、19玉、28龍
まで23手詰

33同玉は、23飛成、同玉、35桂、12玉、34角成以下。

 変化手順を追っているような作意だが、稲富豊風の明き王手が出るところが面白く、馬も捨ててまとまっている。



7.1965/08 近代将棋

Kinsho50693390

37銀、17玉、34歩、35歩合、26銀、16玉、35銀、17玉、26銀、16玉、
37銀、25玉、36銀、16玉、47銀、25玉、36銀、16玉、35銀、17玉、
26銀、16玉、37銀、25玉、26飛、34玉、33角成、35玉、36飛、45玉、
46飛、35玉、36歩、25玉、45飛、35歩合、同飛、同桂、26歩、16玉、
17歩、同玉、18歩、16玉、34馬
まで45手詰

36歩合は、17歩、25玉、36銀、24玉、33角成、13玉、23馬、同玉、63飛成、32玉、33歩成、21玉、13桂、31玉、32歩、41玉、61龍、51合、53桂生まで35手。
46歩合は、同飛、25玉、36銀、16玉、35銀、17玉、26銀、16玉、37銀、25玉、26飛、34玉、33角成、35玉、46飛以下作意と同じ手順で詰む43手。
24玉は、33角成、13玉、23馬、同玉、33桂成、24玉、25歩、13玉、23成桂、同玉、43飛成、12玉、24桂、11玉、12歩以下39手。
56桂合は、同飛、25玉、26飛、34玉、33角成、45玉、57桂、35玉、36飛、25玉、34馬まで。

35桂合は、同飛、同桂、26歩、16玉、34馬、17玉、29桂まで43手。

 本局は傑作である。
 2手目の局面と12手目の違いは攻方の持駒が一歩増えていること。さらに24手目の局面でさらに一歩増えている。ここからは収束だが、左辺を54歩一枚で済ませているところなど実に無駄がない。



8.1966/03 近代将棋

Kinsho50693657

18香、23玉、27香、33玉、36香、43玉、45香、53玉、65桂、52玉、
54飛、63玉、73角成、54玉、63角、65玉、74角成、54玉、64馬寄、45玉、
55馬、36玉、46馬、27玉、37馬、18玉、28馬
まで27手詰

17香、23玉、27香、33玉、36香、43玉、45香、53玉、65桂、52玉、54飛、63玉、53飛成、74玉、73龍、65玉、74角、55玉、53龍、54銀合(54歩合は、73角成、45玉、43龍、44金合、同龍、同玉、34金、53玉、63馬以下)、73角成、45玉、54龍、同玉、63角成、65玉、74馬右、54玉、64馬寄、44玉、53銀、43玉、33香成、同玉、55馬、43玉、44馬、32玉、22香成、41玉、63馬以下。

22玉は、32歩成、同玉、35香、33桂合、同香成、同玉、35香、43玉、45香、53玉、65桂打、52玉、54飛、61玉、51飛成、同角、同角成、72玉、73馬、81玉、72角、92玉、83角成、81玉、82馬まで変化同手数。これより早い順はなさそうなのだが。
22玉は、34桂、21玉、24香、23桂合、81飛成、51歩合、同龍、同角、22歩、32玉、42桂成以下23手。

53飛成、74玉、73龍、65玉、74角、54玉(
55玉は53龍、54銀合、73角成、35玉、54龍、同玉、63角成、65玉、74馬右、54玉、64馬寄、44玉、35銀、45玉、55馬、36玉、46馬以下)、43龍、55玉、53龍で手順に合流。。

塚田九段
作者のねらいがこの位的確に表現出来れば、文句のつけようがない。

作者
 本作は序奏の階段状四香連打、収束の玉による四香消去の構想を、如何に結合させるかに随分苦心したもので、完成までには十時間位消費したと記憶している。
 創作過程では龍馬による小型煙詰が有力で未練があったが、総合的な観点から断念して二枚馬を選択した結果、詰上り歩の残留となった。作図に当っては構想の特徴から使用駒最少、初形美と持駒との調和、流動的な詰手順、綺麗な詰上りを外面的な目標としたところ金銀不使用で完成したため、最初の予想より以上に軽快となり、しかも簡潔にまとまったので典型的な構想趣向の快心作となった。
 一方内面的にみると、変化順は適度と思うが棋形持駒からある程度黙殺できるのは確かである。二手目22玉の変化を消す攻方23歩の配置は香打を渋滞させない意味から当然考えられるが、小生の作風として置きたくない駒である。作品としての均衡はとれているのでこれ以上の推敲はできない。
 以前は候補に上ると思われる作品を発表した場合にはある程度の期待を掛けたものだが本作が受賞するとは不思議にも夢想だにしなかった。その理由としては山田修司氏の中、長篇における五期連続受賞、柏川悦夫氏の二十一期から二十六期にかけての四期受賞、最近作の質の向上が挙げられる。そして以前長篇に不詰作を出した事に対して自発的に行った本誌への一年余の投稿中止(覚悟してはいたがこの期間の何と長かったこと!)以後の張合い抜けが未だに大きく影響している。
 とにかく作風にマッチした作品での受賞なので喜びも格別です。
 これを契機としてねらいを持った作品に力を注ぎたいと思っております。
(「近代将棋」1966年8月号より)

 第27期塚田賞(中篇)受賞作。
 ひときわ美しい図と手順。完全なら名作だったが、二箇所も潰れていた。



9.1967/03 詰将棋パラダイス

Para66701205

22角、同玉、23香、12玉、14飛、13角合、同飛成、同玉、31角、22銀合、
同角成、14玉、13馬、同玉、14銀、12玉、22香成、同玉、23銀成、31玉、
32成銀
まで21手詰

13銀合など前に利く駒は同飛成、同玉、14に打って簡単。13桂合は、22香成、同玉、24飛、31玉、32歩以下。

22金合は同角成以下、同手順。

 飛→角→銀の持駒変換。22合が限定されなかったのは残念。



10.1969/01 詰将棋パラダイス

Para66703367

75飛、54玉、56香、55飛合、同香、45玉、47飛、46歩合、同飛、35玉、
45飛、同玉、46歩、35玉、54香、65歩合、同飛、同香、36歩、同玉、
26馬
まで21手詰

65角合で不詰。

☆玉方飛先飛歩の応用である55飛合を中心に実に華麗にまとめられた一局と思っていたら不詰でした。

★不詰 2手目
65角合でどうしても詰まない。

作意不詰双方解
海老原辰夫、若島正の二氏。
(「詰将棋パラダイス」1969年3月号結果稿より)

 飛合をすると歩に換える手間が増えるので延命になる。飛合が成立したので安心してしまい、角合がすっぽり抜けてしまったのだろう。


 さて、ここからが懸賞問題。
 この図を完全作にするにはどうしますか?
 条件1:修正三原則で行うこと。修正三原則とは、
 一、玉位置を変えない
 二、作意を変えない
 三、持駒を変えない
です。つまり玉を除く置駒の変更だけで何とかして下さい。
 条件2:詰将棋パラダイス入選99回までの方に限ります。パラ同人には簡単な問題ですから。
 条件3
応募作を当ブログに掲載することを承認する方に限ります。
 最優秀作は
当ブログに掲載します。その他の作品も掲載することがあります。これを承認しない方の応募は控えて下さい。ただし、私の腹案にも劣るような作ばかりの場合は、賞品無し(ケチ!)

 賞品は最優秀作1名のみ(ショボイ)
 かつて詰将棋パラダイスとは別料金で「詰棋通信」という小冊子が頒布されていました。これを差し上げます。後に製本されて単行本として刊行されたものですが、「詰棋通信」を持っている人はあまりいないらしいです。綴じられておらずバラですが、ある作品集の全頁揃っています。さて、それが何かはお楽しみ。
 結果発表は最優秀作だけでなく、主だったものについても行いますので、何も当たらないのに恥だけかかせるんかい! という方は応募しないようにして下さい。

 応募方法
 コメント欄に書かれる場合は、テキストになりますので、13歩削除、攻方14歩追加といった具合に配置が分かるように書いてください。さわらない配置についての記載は不要。非公開にします。
 メールの場合は画像添付でもテキストでも結構です。
 メールアドレス 
botanmn@gmail.com
 ツイッターのDMも可。 @_karineko
 締切 8月20日(日)


2017年8月 2日 (水)

石阪久吉好作集

 石阪は1937年生まれ。東京の人。1954年から57年にかけて27局発表。活動期間は短かったが、実戦型をベースにしたセンスの良い短篇が多い。

『三百人一局集』では28局となっているが、27局しかなさそうだ。


1.1954/12 新・王将

Photo

32金、同銀、23桂、同銀、32歩成、同玉、42金
まで7手詰

 本局は「王将」廃刊号に掲載されたもの。入選回数は「近代将棋」
1回分も含んでいる。
 これが作意かどうかは分からない(32歩成、同銀、42金かも知れない)。絶対手の連続だが、無難にできている。



2.1955/07 近代将棋

Kinsho50691189

54角成、22玉、31銀、23玉、45馬、32玉、24桂、同馬、23馬、同玉、
22金
まで11手詰


41玉は、63馬、31玉、32金まで変化同手数。

塚田九段
七月号北川氏、石阪氏、と八月号何氏がいいと思った。
中でも石阪氏が、まぎれはあり、型もよし、力強いので、これをとった。手順などは玄人っぽい。

作者
 家業(農業)の手伝いをするかたわら、××高等学校定時制へ通っております。受賞通知の日は、嬉しさに、折からの中間試験の勉強も身が入らず、ほうほうの態でした。
 作品自評──主眼手の23馬は、前半に捨駒がないため、きわ立った好手になっていると思います。
 好きな諸作家──柏川悦夫氏、金田秀信氏、植田尚宏氏
 抱負──低棋力のため、と、時間の問題で長篇作は敬遠してましたが、受賞を機会に取組んでみたく思います。なお、私の次の夢は実戦型の新開拓です。
(「近代将棋」1956年2月号より)

 第6期塚田賞(短篇)受賞作。
 前半はつかみどころのない手順だが、24桂~23馬の放り込みで一気に盛り上がる。変同でなければなお良かった。



3.1955/11 詰将棋パラダイス

Para54601323

22金、同玉、23香、12玉、24桂、23玉、34銀、同角、同龍、22玉、
31角、同玉、33龍、同桂、32金
まで15手詰

23同金は、42龍、32合、31銀、12玉、24桂、同金、32龍まで。

さて三手目24香以下の手順を踏み十数名の方が失格。24香、同金、42龍、32合、31銀、12玉、32龍迄。
及び24香、23合、同香成、同金、42龍、32合、31銀、12玉、24桂、同金、32龍迄の二方法である。
これらは24香、同金、42龍、32桂合、31銀、23玉、24と、同桂、22龍、34玉以下不詰。32桂合とは誠に旨い防手があったもの。因って此処は23香とヂックリ腰をすえる処。五手目も亦奇抜で一寸その例を見ない程の珍品である。24桂とは又素晴しい手があったものである。今にも23から14へ抜けられそうな錯覚に陥るからで誠に無理からぬ盲点である。然し其処には34銀という手を作者は用意してある。九手目の同龍も当然なる捌きとは申せ作者の新感覚の現れで、同金には41角の清冽なる変化を秘めている。十手目22玉とすべき処を同金以下13手詰とされた方が大部あったが無理からぬミスであった。31角以下は別に別に変り栄えのしない手順。
この簡素な棋型から発散する妙麗なる手順の妙は最近稀に見る好局で短篇中の傑作と申しても過言ではない。
(『半期賞作品集』1979年3月 石沢孝治編)
結果稿の引用だろうか。

 1955年度下半期、小学校半期賞作品。
 一連の手順の中では、24桂が一見指しがたく、34銀が筋が悪そうで異質な手と思う。



4.1955/12 詰将棋パラダイス

Para54601418

32飛、23玉、24香、同角、34銀、13玉、31馬、14玉、12飛成、同香、
32馬、13玉、23馬
まで13手詰

13玉は、14銀、同玉、34飛成、23金合、32馬、13玉、14香、同金、同龍まで11手。

 やや薄味だが、邪魔な飛車を捌いて型どおりの仕上がり。



5.1956/01 詰将棋パラダイス

Para54601444

31角、12玉、13歩、同桂、22角成、同玉、24香、23飛合、33銀、11玉、
21馬、同飛、同香成、同玉、23飛、31玉、22飛成
まで17手詰

25香は、23銀合で逃れ。
23玉は、25香、24合、32銀、12玉、21銀生、11玉、33馬以下。

今井-華麗さの中に渋味を加え、石阪時代到来の感。
(『三百人一局集』より)

 しかし石阪時代は来なかったのである。
 詰パラ表紙作。
 初手上部から押さえておく手が見えるので、31角はやや意外。
 桂を跳ねさせて元の形に戻すところは巧い。
 玉方17とは、23香成、同玉、33飛、24玉、34飛成、15玉、16銀、同玉、36龍以下の余詰防止駒。この順を防ぐのに17とは要らない。41歩を香にすればよいと思う(玉方42歩は余詰む)。



6.1956/04 詰将棋パラダイス

Para54602048

49角、同金、27角、29玉、38角、同玉、49金、同玉、29龍、48玉、
38金、同桂成、59龍、47玉、57龍
まで15手詰

83角は47歩合で逃れ。

 作者には珍しい入玉図。
 初手質駒をつくっておいて、27角で取り返すと見せて一路動くのが肩透かし。邪魔駒消去だ。



7.1956/05 近代将棋

Kinsho50691219

34飛、23玉、32角、同飛、24馬、22玉、32飛成、同玉、41銀生、22玉、
32銀成、11玉、33馬、同桂、21飛、12玉、22飛成
まで17手詰

34同飛は、25角、23玉、34馬、32玉、43馬、22玉、32飛、11玉、33馬、同桂、12歩、21玉、31銀成まで15手。
12玉は、21角成、同飛、14飛、23玉、13飛成、32玉、33龍まで。

 初手24飛、13玉、34飛は12玉で届かない。
 34飛、41銀生、32銀成と小気味よい手が続く。
 『近代将棋図式精選』に収録されている秀作。



8.1956/05 詰将棋パラダイス

Para54602140_2

14桂、同金、13金、同香、42龍、11玉、21馬、同玉、33桂、11玉、
31龍、12玉、21龍
まで13手詰

 3手目の13金が好手。龍が4段目にいるうちに上部を封鎖してしまう狙いである。



9.1956/06 詰将棋パラダイス

Para54602247

15桂、13玉、22銀、同玉、23銀、13玉、22銀打、同角、12銀成、同香、
23桂成、同玉、34馬、13玉、24馬
まで15手詰

15同角は、34銀、13玉、22銀、同玉、23銀打、13玉、14銀成、同玉、32馬、13玉、23馬まで13手。

 何が何でも22地点を塞ぐ手順。12銀成から23桂成と持駒をすべて捨てて詰み上がるのが良い。
 玉方44歩は不要駒。



10.1956/07 詰将棋パラダイス

Para54602310

42角、22玉、34桂、同金、31角成、同玉、41飛、22玉、32龍、同玉、
43飛成、22玉、31角、同玉、42龍
まで15手詰

12玉は、13飛、同桂、22桂成、同玉、33角成以下。

 3段目の風通しを良くしておいて玉を戻す。収束までスッキリしている。


 巧い作家だが、全体に淡泊。筋の良い手にこだわりすぎて迫力に欠ける印象を受ける。

2017年8月 1日 (火)

有田辰次好作集

 本名、加藤玄夫。有田辰次の筆名の方が良く知られている。1919年4月生まれ。千葉県の人。
 将棋日本では加藤稔、戦前の将棋世界と旧パラでは本名。10年ほどの空白があり、1963年の近代将棋から有田辰次、将棋世界では加藤俊介の筆名を用いていたようだ。
 息長く活躍した作家である。特に1965年から68年にかけての発表作が非常に多い。
 この作者の作品は一局だけ紹介済み。


1.1964/12 近代将棋

50693204

12と、
同玉、13銀、同玉、22角、12玉、11角成、13玉、22馬、同金、
11飛成、12金、22銀生
まで13手詰

12同銀は、24銀打、同銀、同銀成、22玉、11角、32玉、33角成、21玉、32銀まで11手。

 11とが必要そうに見えて、実は邪魔駒。22金の形にして、11飛成を実現するために手数をかける。



2.1965/05 近代将棋

50693392

43馬、23玉、24銀、14玉、26桂、同銀、23銀生、15玉、14飛、同香、
16歩、24玉、34馬、13玉、12銀成
まで15手詰

12玉は、34馬、23飛合、同馬、同歩、13飛、21玉、23飛成、22合、41飛成、31合、33桂まで同手数駒余り。
23同玉は、34馬、13玉、14歩、同玉、24馬まで13手。

 豪腕が有田の魅力だ。
 24銀から26桂のあたり不詰感が漂うが、14飛からピッタリ詰む。変化も無駄がない。
 第25期塚田賞(短篇)受賞作。

塚田九段
 解いてみようという気を起こさせる。これは短篇に限らず大切なことである。その意味で今期候補に上がった作品は、その良さを持ったものであるが、中でも山田、酒井、有田、三君のは特に印象に残った。
 …有田君のは右二作に較べると全体に無理がないし、作品が練れている。きわだった手はないが、一手一手にコクがあり、簡素な形で紛れを持たせたあたり、仲々玄人っぽい。奇をねらわずとも良い作品が出来るという好見本である。

作者
ラッキー・セブン
 遅作の私としては偶然の助けもあって、割合に短時間で完成した作品です。「実戦に現れたとしてもおかしくない自然な形」をという私の好みの点からも良く出来たと思っていましたが、投稿当時は受賞など考えてもいませんでした。
 其の後も入選した事だけで満足していたのですが、(入選確定とウヌボレテいた図が噫ー悲しいかな、没か?郵便事故か?待てど暮らせど……という経験は私だけではないと思います)
 翌月の解説が意外に好評だったので、初めてかすかに期待を抱きました。然し短篇は数が多い上に2月号の山田作、他にも良いものがあって全く自信はありませんでした。そんな訳で入選七回目の本作が、受賞の栄に浴した事は本当にラッキーセブン望外でした。
 初受賞だけに喜びも一入です。
 非才のため奇作珍作、は仲々創れそうもありませんが、今後も時間の許す限り創作に打込み百回入選を目標として頑張りたいと思います。
(「近代将棋」1965年8月号より)



3.1965/08 近代将棋

50693386

26銀、同玉、37銀、15玉、26銀、同玉、25飛、同玉、35馬、15玉、
26銀、同香、24馬
まで13手詰

25同香は、48馬、36玉、37馬まで11手。

 本局でも、ちょっと気がつきにくい邪魔駒消去が現れる。48銀がある状態では、25飛、同香で詰まない。なければ変化の通り48馬と転じることができる。



4.1966/08 将棋世界

46802861

94飛、93飛合、同飛成、同桂、82金、同玉、84飛、83桂合、同金、同銀、
94桂、73玉、74金、同銀、82飛成
まで15手詰

93歩・銀合は、83金打、同銀、同金、同玉、74銀、94玉、85金まで。
93桂跳は、同飛成、同玉、85桂、82玉(94玉は84金打、95玉、86金)、73金打、同銀、同金、92玉、82金打まで。

 93金合ならどうなるかと思ったら、金は出尽くしている。74と配置では詰まないのだ。
 不動のまま角が残るが、変化(特に93桂跳)に利いているだけでなく、詰上りにも一役買っている。
 『古今短編詰将棋名作選』補遺第33番。



5.1966/07 近代将棋

50693637

13銀生、31玉、22飛成、同角、同銀生、42玉、31角、同龍、33銀生、同玉、
34馬、42玉、54桂、41玉、51金、同玉、61馬、同玉、62金
まで19手詰

13同玉は、14金、12玉、34馬、23歩合、同金以下。
22同玉は、14桂、12玉、34馬、23歩合、22金、13玉、24角、同歩、23金打、14玉、24馬まで17手。


山田修司
 紛れが一ぱいの作だがなかでも初手34桂が強力。以下31玉、21金、同銀、42金、同龍、同桂成、同玉、33銀生、同角、43飛、32玉、33飛成、同玉、34馬、42玉、33角、31玉…とらしき手が続きなかなか読みを打切れない。
 作意は再三の銀不成を中心とした鮮やかなもので特に31角、同龍と犠打を放ち、一転33銀不成と身を翻すあたりは捨駒の魅力を最大限に見せつけてくれる。いうなれば三代宗看の味。収束はまた、看寿風に切れ上がっていて申分なく、全体に力感あふれる秀作となっている。
(『古今中編詰将棋名作選』解説)

 この時の塚田賞(中篇)は北川邦男作と桑原辰雄作で、塚田九段の選評はこの作品には一言も触れていないが、私見では本局が優っていると思う。



6.1966/11 近代将棋

50693736

19香、18歩合、同香、同と、14歩、22玉、33歩成、同金、21飛、同玉、
31と、22玉、62龍、31玉、41馬、21玉、43馬、同桂、31馬、同玉、
42と、22玉、43と、32角合、同と、同金、13角、33玉、45桂、43玉、
53桂成、33玉、32龍、同玉、43金、21玉、31角成、同玉、42成桂、22玉、
32金
まで41手詰

22玉は、33歩成以下、作意を進み34玉なら、32龍、25玉、35龍まで。
17桂合は、同香、同と、14飛、22玉、33歩成、同金、34桂、同金(21玉は31と、同玉、42と、21玉、31と、同玉、33龍以下)、52龍、32香合、同龍、同玉、34飛、33香合、42と、22玉、32金、13玉、14馬まで。
16歩合は、同香、22玉、33歩成、同金、52龍、32香合、21飛、同玉、31と、同玉、42と、22玉、32と、同金、同龍、同玉、33歩、同玉、35香、34香合、同馬以下。
作意では33歩と叩く歩がないのでこの手順にならない。

 単に16香と打ってはなぜいけないか。
 以下、22玉、33歩成と作意をなぞって34玉、32龍、25玉で逃れ。
 14~16香なら詰まないが、19香、22玉なら詰む。合駒は18歩合か17歩合(非限定)しかない、その結果、と金が移動するので34玉なら32龍、25玉、35角成、15玉(16玉は26金、17玉、27金まで)、26金、14玉、25金まで。と金を動かした効果があらわれる。
 作者には珍しい遠打。



7.1966/12 近代将棋

50693758

22桂成、42玉、54桂、同飛、53桂成、同角、32成桂、同玉、12飛、23玉、
41馬、34玉、23馬、同玉、24金、同飛、同銀成、12玉、13飛、22玉、
33飛成、11玉、12歩、同玉、13龍
まで25手詰

 初手三択だが、後の飛打を見た22桂成が正着。香成ではあとで桂が邪魔になる。
 3手目、飛車を動かすのは5段目から利きを外しておく意味。



8.1967/04 将棋世界

46802939

22角、同歩、23金、同歩、22銀生、24玉、33馬、同龍、25金
まで9手詰

 初手は限定で、31角なら24玉、42角成、34玉で逃れる。22歩と質駒をつくっておけば23金に同銀とは取れない。以下、らしい収束。



9.1968/02 詰将棋パラダイス

Para66702234

33馬、12玉、21飛成、同玉、12角、同玉、13香成、同玉、25桂、12玉、
13歩、21玉、32馬、同玉、33金、41玉、42金打
まで17手詰

 初手が強手で、何で取っても簡単なので、躱す玉に、いかにも実戦型風の手順。どちらかの桂は消したかったと思う。



10.1994/01 近代将棋

86992663

16飛、15銀合、23角成、25玉、24飛、同銀、34馬、同馬、26金
まで9手詰

 第83期塚田賞(短篇)受賞作。

作者
自分としても好く出来たとは思ってましたが、受賞など全く期待していませんでした。塚田賞も82期
になりますか。私も貴誌創刊以来の読者、塚田先生の事など思い出されます。健康を害して永い歳月、作品の発表を中止しておりましたが、また最近詰将棋村へ帰って来ました。…

本誌にも82期と記載されているが、正しくは83期。

岡田敏
今期の短篇は数が少ないこともあってか、これといった作はなかった。該当作なし、にしようと思ったが、1月号の有田氏作がスッキリとまとまっており、これに1点を進呈。
(「近代将棋」1994年10月号より)

 この期は格段に優れた作がなく、僅差の受賞だったようだ。
 簡素図式。24飛と重く打つあたりに作者らしさがほの見える。

2017年7月29日 (土)

稲富豊好作集

 1930年4月生まれ。長崎県の人。『三百人一局集』に、「昭和30年代、各誌で短中編で活躍した」「発表数約80局」とある。作品発表期間は1955年から1968年までのようだ。

1.1956/09 詰将棋パラダイス(修正図)



Para61651252

66金、同飛生、67桂、同飛生、48馬、57桂合、同馬、同飛生、87桂、同飛生、
77飛、同飛成、76歩、同龍、84銀、同金、64馬
まで17手詰

 「私のベストテン」(詰パラ1962年5月号)の劈頭を飾った作品。17手だが、当時の小学校である。
 37飛が龍だったために余詰を生じた。即ち、5手目48馬のところ、84銀、同金、48馬、57桂合(先に馬を動かしてからの84銀も成立)、同馬、同飛成、76歩、74玉、64馬、83玉、84香、94玉、93金、85玉、75馬、95玉、86馬、84玉、75馬、95玉、94金、同玉、34龍以下詰んでしまう。
 この点、惜しまれる作品。


2.1960/09 将棋世界

46802118

23金、同玉、24香、同龍、32飛成、13玉、33龍、同龍、25桂、23玉、
33桂成、13玉、23飛、同歩、31馬
まで15手詰

 24香、同龍で質駒にした方針に添って、33龍と体当たり。ここ43龍では23歩で何事もない。以下、駒取りにはなるが、すぐに捨てての詰上りも良い。
 この年11月、中学校に掲載された11手詰で半期賞を受賞しているが、それほど良い作とは思えなかったので省略。



3.1960/09 近代将棋

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15金、同玉、25金、16玉、36龍、26飛合、27龍、同飛成、15金、同玉、
27桂、26玉、25飛、16玉、15飛、26玉、25馬、同香、16飛、同玉、
15角成
まで21手詰

26銀成は、同金、同香、15角成、17玉、26馬、18玉、27馬、29玉、47馬、38合、同馬左、同歩、同龍まで19手。

 第16期塚田賞(中篇)受賞作。

塚田九段
(中篇)変化に重点置いた妙作
 稲富作は形が悪い。しかし驚くほど巧い手が続く。差引計算してもやはり巧い手が比重大きく、競争相手の巨椋氏、山中氏をおさえた。
 26飛の合駒以後、みなよくさばけて、あざやかなもの。変化手順に新手がある。(15金、同玉、25金、ここで同玉なら36龍、14玉、45龍以下詰み)
 山中作は以前も今回も僅差で敗れて気の毒だった。

作者
 自作について=指棋は好まず詰棋一辺倒で通してきた私だけに、このたびの受賞は非常に嬉しく思います。本局は難解味をねらいとして、古典風な味で仕上げました。したがって近代的な詰棋の新味はありませんがまぎれが豊富でさばきも多少はあり、中篇作品として生きていると思います。
(「近代将棋」1961年2月号より)

 『近代将棋図式精選』はもちろん、『古今中編詰将棋名作選』にも紹介されている。
 並べた感じでは、飛合が強防で、ここ26香合などでは15金から25龍で詰む。
 以下の捌きも鮮やかだ。玉方19とは余詰防止駒ではなく、変化
で19玉と潜り込まれないための駒。
 「変化手順に新手がある」という評はピンとこない。36龍でなく、37龍なら16玉で直ちに逃れるので、36龍から45龍は必然手に見えるからである。



4.1961/06 近代将棋

50692271

35飛、26玉、17金、同玉、15飛、27玉、17馬、同玉、24桂、27玉、
17飛、同玉、13飛、27玉、16飛成
まで15手詰

 『古今短編詰将棋名作選』補遺第18番。
 大駒を物陰に隠し、明き王手で世に出すのは、この作者が好んで使った手法。



5.1961/09 詰将棋パラダイス

Para61650514

24桂、同飛、14飛、同飛、13角成、同飛、24桂、22玉、21角成、同玉、
32と
まで11手詰

 単に14飛では22玉で詰まない。そこで飛車を呼んでおく。
 複合捨駒。これも作者愛用の手筋。易しいが、良く出来ているのではないだろうか。



6.1962/02 詰将棋パラダイス

Para61650832

18銀、同と、25飛、17玉、26銀、27玉、37銀、17玉、35角、同歩、
27飛、同玉、45角成、36金合、23飛成、17玉、26龍、同金、29桂、同と、
18香
まで21手詰


36飛合は、23飛成、17玉、35馬、同飛、26龍まで19手。

 出番を待っているような13飛と23角だが、逆算による産物と推測する。守備駒がよく動いて好印象。



7.1962/03 詰将棋パラダイス

Para61650895

22角成、同金、21飛成、同金、13歩、同玉、24銀、同玉、21桂成、13玉、
24馬、同玉、14金
まで13手詰

22玉は、21桂成、同玉、12銀、22玉、23銀上成、31玉、42金まで同手数駒余り。
12玉は、23銀成、11玉、21桂成、同玉、22金まで同手数駒余り。

 中学校半期賞受賞作。
 21に金を動かしておいて、あとで明き王手で取る。馬を捌くのが当然とはいえ、気持が良い。



8.1965/03 詰将棋パラダイス

Para61653354

28香、37玉、27香、同玉、28飛、36玉、46金、同歩、18馬、37玉、
27馬
まで11手詰

 初手、28飛なら36玉、18馬、37玉で逃れ。

駒三十九
素晴らしい作、特に46金などは両王手という有名手筋を変化に利用した絶妙手と思う。久しぶりに稲富氏の好作に接し難解新鮮派稲富氏健在を思わせる作品である
(「詰将棋パラダイス」1965年5月号結果稿より)

 香から打つのは平凡だが、27香の一目上がりがよい。当たり駒が少ないのでさわやかな印象を受ける。
 中学校半期賞受賞作。『三百人一局集』に掲載されているが、執筆は吉田健氏。『詰将棋工学母艦』にも採られている。



9,1965/03 詰将棋パラダイス

Para61653369

24歩、同玉、27龍、34玉、43銀生、45玉、57桂、同金、46歩、同玉、
38桂、同と、58桂、45玉、47龍、同金、46歩、同金、34銀生、同玉、
46桂、24玉、25金、同玉、43馬、24玉、34馬
まで27手詰

 龍のソッポ行きの意味付けは明快で、26龍はあとで打歩詰になってしまう。取歩駒をめぐる打歩物らしい応酬。桂を跳ねて駒を取るのはクセというものだろうか。

山田修司(大学担当)
全般的には27龍、47龍の好手を始め、桂打の手順前後を許さない微妙な味、軽い収束など、まずバランスのとれた中篇と思います。あえて難をいえば主眼手が少し弱かったこと、1~2筋の駒があまり働いていない感じがあることでしょう
(「詰将棋パラダイス」1965年5月号結果稿より)



10.1965/07 詰将棋パラダイス

Para61653683

34桂、同金、13桂成、同玉、46角、35金、同角、24歩、14金、同玉、
15金、同玉、23銀生、25玉、15飛成、同玉、26銀
まで17手詰

 初手桂を金で取らざるを得ない(同歩は33角~31飛成)ので、34金が退路を塞いでしまう駒となる。46角(57以遠でも良い)にそこで35金が玉方の邪魔駒消去。
 銀不成から、飛車を捨てての収束も決まっている。

 『三百人一局集』の作者キャッチフレーズ(服部敦氏作?)に「妙手が第一 形は第二」とあるが、1980年代初頭でも、悪形作家の一人とみなされていたのだろうか。
 こんにちでは、それほどの悪形作家とも思われないのだが。

2017年7月25日 (火)

江戸文芸に見る「将棋」その7

近松門左衛門「山崎与次兵衛寿門松」(やまざきよじべえねびきのかどまつ)より
中の巻

…昨日の駒動かせず置きました.サアござれござれ.しからば勝つても負けてもこれ一番.昨夜から盤の上とつくと見定め.工夫した相手とさすはこはもの.お手はこなたか、サア遊ばせ.まづ飛車先の歩を突きませう.ヤこの成金してやらうでの.かう寄りませう.浄閑頭を叩いて.ハアゝ南無三.この馬落ちた、深田に馬を駆け落し.引けども上がらず、打てども行かぬ望月の.駒の頭も見えばこそ、むつかしゆなつたと、案じける.
 おきく盤のそばにより、これ父様.あちらの方が落ちればこちらも落ちる.両方の睨み合うていつまでも埒明かぬ.迷惑する駒はたつた一枚.浄閑様のお手には金銀がたんとある.欲を離れて金銀さへお打ちなさるれば.これ、この父様のむかふの、浄閑様のこの馬は助かる.どうぞ手にある金銀を打ち出させますやうに.思案してみさしやんせ.合点か合点かと袖を引けば、治部右衛門うち頷き、オゝオゝオゝ、よう知恵つけた、呑み込んだと.言へども、浄閑気もつかず.親ぢやと思ふて助言言ふまい言ふまい.またちよつこりと歩で合(あひ)いたそ.ムゝ、シテお手に何々.浄閑が手には金三枚、銀三枚.歩もござる.この歩で回したら、まだ金銀がふえましよ.いかい銀持(かねもち)羨ましいか.銀持とは、この角が睨んでゐる.かう寄つたらば金銀出して打たずばなるまいぞ.でも金銀は放さぬ.桂馬を上がろ.治部右衛門堪(こた)へかね.ハテいかい吝(しは)ん坊、沢山な金銀握りつめて何になさるゝ.来世へ持つて行かるゝか.これご覧なされ.この飛車をかう引けば、天にも地にもたつた一枚のこなたのこの王が.片隅へ座敷牢のごとくおつ籠められ.今の間に落ちるが、金でも銀でも打ち散らして.囲うてみる気はござらぬか.我らが吝いは知れたこと.座敷牢へ入らうが、都詰にならうが.金銀は手放さぬ.歩あしらひで見知らせう.こなたも歩をもつて、ぶに首を提げらる(
※1)が、悔みはないか.構わぬ構わぬ.まづ逃げてゐませう.コレそのうちに香車の鑓をもつて鑓玉に上げらるが.それでも金銀出すまいか.勿体ないこと、鑓玉に上げられうが.獄門に上がらうが.手前の金銀は放さぬ放さぬと.両馬強き欲の皮、そばでおきくは気を揉みて.つゝむ涙も手見せ禁(※2)、命手詰め(※3)と見えにけり.…

---
(『
新編日本古典文学全集74 近松門左衛門集①』1997年3月 小学館)
※1 夫に首あげらる 戦場で雑兵に首を取られる意の諺
※2 手見せ禁 待ったなしの意
※3 手詰め 手段に窮する

 1718(享保3)年1月2日、竹本座初演。
 漫然と将棋を指しているのではなく、与
兵衛の妻おきくの助言、実は浄閑(与兵衛の父)にお金を使って与兵衛を助けるように訴えているのである。治部右衛門はおきくの実父。

2017年7月22日 (土)

江戸文芸に見る「将棋」その6

 いささか、看板に偽りがあることになるが、室町時代の俳諧書に「将棋」を見つけた。

『竹馬狂吟集』(作者不明 序文は1499年の日付 写本であり孤本 天理図書館蔵)
巻第九

馬の上にて稚児と契れり
山寺の将棋の盤をかり枕

---
(『新潮日本古典集成 第七七回 竹馬狂吟集 新撰犬筑波集』1988年1月 新潮社)

 上掲書は現行の漢字に直しているので、「将棋」は原本では違っているはずである。「將棊」かと予想して影印本(「天理図書館善本叢書」第二十二巻『古俳諧集』1974年11月 八木書店)を見てみると、

    むまのうへにてちこと契れり
山てらのしやうきのはんをかり枕

と読め、「將棊」ではなかった。


『醒睡笑』(安楽庵策伝 1628年成立ヵ)

巻之一
謂被謂物之由来(いへはいはるゝものゝゆらい)

一 信長公、諸大名をよせ給ひ、馬ぞろへあそはし、おもひおもひの出立、はなやかなりし風情にて、きらをみかき、あたりをかゝやかせば、いにしへも、ためしまれなる事と、沙汰しあえり、即、主上も簾中より叡覧なされし
 金銀をつかひすてたる馬そろへ将棋に似たる王の見物


巻之二
名津希親方

一 又東堂にむかひ、それかし、若年より心にかけ、碁、将棋、連歌、弓法の道を心得て候まゝ、その旨を工夫ありて、斎名(さいみん)をあたへたまへとこふ、僧ほめて、人に一徳ある事まれなり、それならは、唯、四徳斎といはん
 
いやな斎名の

---
 なぜ「いやな斎名」なのか、四五日考えた。

佐保姫の春立ちながら尿(しと)をして 『犬筑波集』
蚤虱馬の尿する枕もと 『おくの細道』

 四徳斎=尿(しと)臭いである。「しとく さい」と読んでいたために「しと くさい」になかなか思い至らなかったのである。


巻之三
不文字

一 京都四条の河原にて、将棋の馬をひろひたる者あり、何ともしらで、主に見せたれば、是はすごろくの碁いしといふ物也


巻之四
そてない合点

一 上手の碁が、今朝、めし過より八つさかりになるが、いまだ二番はてぬと、いふをきゝて、それは逆馬になつた物であらう、はてまいぞ、雄長老、

---
 いずれも『假名草子集成』第四十三卷(2008年4月 東京堂出版)。
 単に「将棋」の文字が出てくるというだけで、面白味はなかった。


『新増犬筑波集』(松永貞徳編 1643年刊)

   一二一二ともじぞみえける
おりはうつさいに将棋の馬をして

---
(『古典俳文学大系」1 貞門俳諧集一』(1970年11月 集英社)

 「おりはうつ」が何なのか知らないと難しい。盤双六とは別に、折羽双六というものがあって、双方12枚の駒を置き、竹筒に入れた賽を振って、出た目の数で相手の駒を早く取るきることを競うのだそうである。
 俳諧に出てくる双六はほとんど一対一の勝負である盤双六で、絵双六ではないようだ。


『時勢粧』(いまようすがた)(松江重頼編 1672年刊)

        螺鈿の軸も猶古草紙 維舟
碁将棋も向ふ徒然のひぐらしに
---
(『古典俳文学大系2 貞門俳諧集二』(1971年3月 集英社)


『大阪獨吟集』(1675年刊)

夕日影ゆびさす事もなるまいぞ 三昌
    雲のはたてにはづす両馬

---
(『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』(1991年5月 岩波書店)

 上掲書の註に
「ゆびさす」を指でさす意に取成し、飛車・角行の両馬外しの将棋を付けた
とある。
 相手がヘボなので、二枚落ちにしたのである。

2017年7月16日 (日)

「詰棋界」 その54

 第4巻第3号(通巻第20号)のつづきです。全体のページ構成はこちら


目次の頁にある「おわび」と「20号を迎えて」

おわび

編集責任者である私が、病いのためペンを取ることが出来ず、心ならずも「詰棋界」の発行が遅くなってしまった。
まことに申訳けありませんでした。深くお詫び申上げる次第です。
清水孝晏

20号を迎えて

 創刊号4ページという姿で発足した詰棋界も号を重ねて本号で第20号となりました。
 これもひとえに会員諸兄の御協力とご支援があったればこそと、深く感謝いたしております。
 さて盛夏も、すぐそこに来ています。次号は特大号として40頁で発行しますから、作品玉篇をドシドシお寄せ下さい。


名作探訪(2) 柴田昭彦

 前回の酒井(※1)独歩氏の後をうけ不肖小生が筆を執る事になりました。
 戦後は、看寿の享保時代に次ぐ第二期詰将棋隆盛期に当り、アマ作家の活躍は著しいものがあります。特に短篇は玄人の作品に劣らない立派なものが沢山あります。
 しかし短篇は新しい手筋が発見されない限り行き詰まり状態にあるといわれています。又、類似作も多く、詰上りでの論争は後を絶え(ママ)ないようです。(私も風ぐるま誌において類似作の指摘をうけた)前置きはこのくらいにして

荻野修次氏作(※2)

Ogino

 本作は形こそ余り良くありませんが、それぞれの駒の性能を十二分に活用した、いわゆる筋の良い作と思います。攻方の飛二枚に囲まれた玉ですが、馬が上下に効いていますから、うまく攻めないと失敗します。初手23竜(ママ)は絶対、これは同玉の一手。ここで詰棋に手慣れた人なら、すぐに12飛成の手が浮びましょう。以下の23竜、14角は溜息が出る。
 短篇は、だいたい形を主眼とするものと、手順を主眼とするものと二通りありますが、本作は後者の方で小生も形にとらわれぬ作の方を好みます。
 なお、蛇足のようですが、本作品とよく似た左図が、本局と同じ昭和26年の将棋評論新年号に発表されていますが、発表の月日が同じですから、これは確実な偶然の一致でしょう。


市川六段作(※3)

Photo

==荻野氏作意==
23銀、同玉、12飛成、14玉、23竜、25玉、14角、同歩、34竜、同馬、26金まで

---
※1 酒井は誤記。酒中が正しい。本名、小西寛。
※2 旧パラ1951年1月号別冊付録「百人一局集」掲載
※3 DBにこの図はない…

 荻野作は好形作で、これで形が良くないというのだから、現代の順位戦の作などは論外であろう。


新会員です どうぞよろしく

岡山 平田好孝
大阪 小林譲
兵庫 伊賀井清一
兵庫 森田正司
山梨 三枝文男
島根 岡田富行

 25名のうち、見たことのある名前だけ。三枝文男は文夫?

2017年7月11日 (火)

象戯

 江戸時代の文芸書で、「象戯」や「象棋」と書いてあるものに今のところ出合わない。「將棊」もしくは「將棋」であり、「將棊」の例が多い。「江戸文芸に見る『将棋』」に示した通りである。
 最近は原文通りの漢字ではなく通行字体に書き直して「将棊」「将棋」となっている翻刻が多いが、原文は「將棊」「將棋」なのだろうと思う。この点、『定本西鶴全集』は凡例に「活字印刷の技術の可能な範圍に於て、原本を忠実に翻刻する」とあり、これが望ましい態度であるのは言うまでもない。
 こういうことを書き始めたのは、田代達生の次の一文が心に留まっていたためである。
---
題簽の「将棊詰方指南」の将棊の文字についても若干考えさせられる。江戸時代の前半にあたるこの頃までの棋書では、例外は皆無ではないが、殆ど象戯の文字が使用されている。従ってこの本は、宝永の版をそのまま使用し、題名には読者のためにわかり易い「将棊詰方指南」と付け直した後世(おそらく江戸末期)の出版ではないかと考えられるのである。
---
(「詰棋めいと」第3号 1985年8月「
宝永三年版『象戯洗濯作物集の研究」より)

 ここで「将棊」とあるのは題簽通りで「將棊」ではない。『大漢和辞典』によれば「将」は「將」の略字であって、俗字ではない。以下、正字、俗字等の区別は同辞典に基づく。
 「例外は皆無ではない」というのは『將棊記』(1653年)や『新刊將棊經鈔』(1654年)などが念頭にあったのだろう。『新刊將棊經鈔』は二代宗古の図式集だが、献上本の書名は『象戯作物』である。献上本に「將棊」「將棋」は一例もない。
要するに「象戯」はハレで、「將棊」「將棋」はケなのだ。
 「棊」と「棋」の関係は、棋は「棊に同じ」とある。同字ということになる。
 一般的には棋書の「象戯」が例外で、「將棊」「將棋」と書くのが普通だったのではないかと思われる。
 棋書以外で「象戯」と書いた例は林鷲峰『國史館日録』1668年10月23日付けの「伊藤宗看來、是當時象戯無雙」及び1669年2月16日付け、「伊藤宗看來、其子宗桂同至、宗看是當時象戯無雙上手也」にある。これは鷲峰の息子、春常(鳳岡)に、初代宗看が息子五代宗桂の『象戯作物』(象戯手鑑)の序文を乞うた話なので「象戯」である方が自然である。
 他には
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御晩年にいだ(ママ)りて。閑暇の御遊戯には。常に象棋をなされけり。その業の者にては伊藤宗印宗鑑。大橋印壽をめして對手とせらる。…後には詰ものといふ書をさへあらはし給へり。…其書なりて。名をば成島忠八郎和鼎に命ぜられしかば。象棋攷格として奉れり。
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「浚明院殿御實紀」附録巻三(『
新訂増補國史大系』第四十七卷「德川實紀」第十篇 1999年6月 新装版第一刷 吉川弘文館)
 「伊藤宗印宗鑑。大橋印壽」は五代宗印(七段)、六代宗看(名人)、九代宗桂(名人)。
 「德川實紀」は、言うまでもなく江戸幕府の公式記録である。「浚明院殿御
紀」は、そのうちの十代将軍徳川家治の治績について記したもの。よく見ると「象棋」の象は
Photo_16 である。この字は象の俗字である。
 また「戯」は「
」が正字で戯は俗字である。天理図書館にある『象戲手段草』の題簽は正字の「戲」になっている。
 戲でも戯でもPhoto_17 (これも俗字)でもない妙な字があって、PCでは漢字変換できない。
Photo_12  これは土佐山内文庫の『象戯圖式』(将棋舞玉)の題簽の字。序文には
「象戯」の文字は4箇所ある。この字が2、下の題簽と同じ戯が2。混在している。

 伊達文庫の『象戯作物』(将棋勇略)の題簽はこうである。
Photo_10 (hiroさん提供)

 勇略の序文に「象戯」の文字は7箇所あるが「象戯圖式序」という内題序だけが「戯」で、あとは上記題簽と同じ文字である。

2017年7月 5日 (水)

江戸文芸に見る「将棋」その5

 井原西鶴特集。

『獨吟一日千句』(1675年刊)『定本西鶴全集』第十巻(1954年 中央公論社)より
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片手では思ひもよらぬ將棊盤
なくさみかへて發句あそはせ

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 上掲書の註に「力競べに将棋盤を片手にてさし上げる」とある。


『西鶴俳諧大句數』(1677年刊ヵ)
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適の御出に豆腐さへなし
是からは將棊をやめて秀句つめ

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 註に「適-タマ」。また「秀句つめ-秀句詰。秀句に言ひ勝ちたるもの豆腐の田楽を取る咄あり」とある。「秀句」はこの場合、地口、軽口の類であって必ずしも俳句とは限らない。この豆腐田楽の咄は広本系写本『醒睡笑』巻之六の「児の噂」にある。

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豆腐二、三でうを田楽にせしか、人おほなり、いさ、むつかしき三字はねたる事を言ひて、くはんと義せり、雲林院、根元丹、せんさんびん、さまざま言ひつゝとりて、みなになるまゝ、小児たへかねて、茶(ちや)うすんといひさまに、二つ三つとり事は
--
(『假名草子集成』第四十三巻 2008年 東京堂出版)
 「せんさんびん」は陶器製の水差しで「仙盞瓶」と書くそうな。
 「三字はねたる事」なので「ん」が三つ入っていなければならないのに、「茶うすん」は一つしか入っていない。それにしても「茶うすん」とは何だろうか。茶臼に「ん」を付けただけなのか、さらに意味があるのだろうか。


『物種集』(1678年刊 井原西鶴編)。
付合集。秀逸な付句を蒐集し、編纂したもの。
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取(とり)ずてにする浦の貝がら
   中将棊和歌吹上にさし懸り 
仏眼寺喜祭

ついて出る鑓と云より香車かゝ
   大手の木戸の鑰腰につけ 
梶山保友

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 「取ずて」から中将棋を連想したもの。中将棋では持駒はなく、取り捨てになる。
 和歌吹上は和歌の浦の吹上の浜、即ち佳境の意味だろう。

 「香車かか」は既にあったようにやり手婆のこと。「かか」は「嚊」。
 註に、「鑰腰につけ」は「遣手の風俗。腰に鍵を提ぐ」とある。


『西鶴大矢數』(1681年刊)『定本西鶴全集』第十一巻下(1975年 中央公論社)より
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始末して居喰に暮す山の秋
隙ならさそう獅子の勢い

將棊の金銀こかね山吹
玉川の蛙も隙に相手とり

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 前句の居喰を獅子の動きに見立てた付である。
 註に言う。「居喰」は無為徒食。「隙ならさそう」はひまなら将棋を指そうの意。

 玉川…歌枕である井手の玉川(京都府)を指すのであろう。
 蛙なく井手の山ぶきちりにけり花のさかりに逢はましものを 
読人しらず
(『新日本古典文学大系5 古今和歌集 巻第二』 125 1989年 岩波書店)
 山吹から玉川を連想したのだろう。

2017年7月 2日 (日)

江戸文芸に見る「将棋」その4

『江戸談林三百韵』(1676年 松意・正友)。『談林俳諧篇』(1948年6月 養德社)より。
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なり上り家中に人もなき様に 松意
     桂馬飛して大小金鍔 正友

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 三百韵の第二。今一つ意味が分からないが、成り上がり者だからまっとうに昇進したのではなく、トリッキーにうだつを上げたことを「桂馬飛」と見立てたか。
 大小金鍔は刀と脇差しを金(または鍍金)の鍔でけばけばしく飾っている風体。


『俳諧三部抄』(1677年 岡西惟中編)上掲書より。
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     宮古のうちハ水をふすかせ 
佐々木重賢
將棊の盤よハき馬をハ下手に立て 同

鎗つかふ跡は都へかよふらし 惟中
    香車へたつる遠山の雲 同

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 「宮古」は都。「水をふすかせ」は水を伏す(押さえつける)風か。
 「馬」は角の成駒でなく、駒であろう。

 「香車へたつる」は香車隔つるだと思うが、「鎗(やり)」からの連想だろう。しかし意味は分からない。


『二葉集』(1679年 杉村西治編)。『古典俳文学大系3 談林誹諧集一』(1971年 集英社)より。
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盛(さかり)には花見の庭もつまりけり 水田西吟
        王手飛車手にかゝる藤浪 
梶山保友

つなげ馬あとより恋の責(せめ)くれば 
前川由平
        しのび宿には香車一まい 
立花

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 「藤浪」は藤の花が波のように揺れるさま。「つまり(詰まり)」から「王手飛車」への流れか。

 「あとより恋の責くれば」は上掲書に典拠あり。…「枕よりあとより恋のせめくればせむかたなみぞ床中にをる」(『古今和歌集』巻十九 1023 『新編日本古典文学全集』1994年 小学館 より引用)。歌の意味、枕元からも足もとからも恋が私に迫ってくるので、どうにもこうにもしかたがなくて、寝床のちょうど中ごろで小さくなっているのだ」(上掲 全集より)。
 「香車一まい」…あとで西鶴の句にも出てくるが、おそらく、やり手婆の意。


『西鶴大矢數』(1681年 井原西鶴編)
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わるくるひ唯山姥が業なれや
     夫上臈に香車うらめし

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 一昼夜独吟4000句の内。「それじょうろうに」云々の「香車」は「遊女を監督する遣手」と『定本西鶴全集 第十一巻下』(1975年 中央公論社)の註にある。

2017年6月25日 (日)

江戸文芸に見る「将棋」その3

 こういう意味のないことに時間を取られるのは実に楽しい。(笑)

 今回は中川喜雲『しかたはなし』(1659年刊ヵ)。『假名草子集成』
第33巻(2003年3月 東京堂出版)。

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先祖の年忌に、僧俗よびあつめ、斎(とき)の調菜(てうさい)に、しるにもふ、にものにも、ふ、さしミにも、ふ、さかなにも、ふを出したれハ、俗の中より、いふやうハ
 僧衆の御経を、とらやとらや、と、よませらるゝゆへ、ふか、たくさんな
と、いふ
僧の、いはく
 いや、さやうてハない、わうしやうも、ふのもの也
と、いはれし

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 巻一第48話。
 引用した『假名草子集成』は、現在も未翻刻の仮名草子を翻刻・出版中だが、語義の注釈などは一切ないので困る。括弧内は原文にあるルビ。
 「ふ」は麩である。「とらや」は禅宗系で読まれる「大悲心陀羅尼」をさしているのだろうか。
 「わうしゃうも、ふのもの」は「王将も歩のもの」と「往生も麩のもの」を掛けているのだろう。それにしても「とらや」ゆえに「ふ」、という意味が分からない。
 虎の斑の意か。そうすると将棋には関係がなかったかも。

※「王将も歩のもの」という諺?があることを知らなかった。
「方策が尽き運命が窮まっては、勇将もあえなく敵の一兵に倒される。王将も最も弱いこまの歩のえじきとなる。強者も場合によっては、弱者に打ち負かされることのたとえ。一説に「往生もふのもの」の誤りともいう」(『日本国語大辞典』)

※2017年7月2日記
この話の解が『江戸時代語辞典』(2008年11月 角川学芸出版)にあった。
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往生も符のもの
死する時・所も人々の運によって定まるとの意。「王将も歩のもの」と解するのは誤り。
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として、この話を例示し、「斎に麩が多く出たので言った洒落」とある。結局、将棋には関係のない話だった。

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むかしむかし、きやうげんの番くミに、いぐゐと有を見て
 これハ、中将棊(ちうしやうぎ)の事を、きやうけんに、するか
と、いふ
 いかに
と、いへハ
 中しやうぎに、獅子(しゝ)のいくひ
といふ

---
 巻二第2話。
 『しかたはなし』は全5巻197話を収めるが、読んでただちに面白さが分かる咄とそうでない咄がある。この咄は分かりやすいが結末が想像できる分、つまらない。
 狂言の「いぐゐ」とは「居杭」という演目。透明人間化した者のいたずらの話。
 中将棋の駒である獅子は玉と同じ利きを持つが一手で二回動けるので、利きの範囲の敵駒を取って元に戻ることもできる。これを居食いという。

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かくをわつらふ者有
友たち、見まひにきたりける時
 いしやハ、なにと、いはるゝそ
と、とひけれハ、膈(かく)と、いふ事を、わすれて
飛車(ひしや)と、いふ煩(わつらひ)じや、と、いはれた

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 巻四第15話。
 膈は、飲食物が胸につまるように感じる病症であるらしい。

---

かふきの子共をあつめ、将棊さし侍る者あり
何とやらん名を、いひし、かふき子、そはに見物してゐけるに、まだ手あきの人々おほけれハ、かつ手より今一めん、盤(ばん)を持て出ぬるに、かの見物のかふき子、心のうちに、食を、まちかねける、と見えし色、外にあらハれたり
持出る、しやうぎのばんを、しりめにかけ「膳(ぜん)か出る」と思ひ、人のさしてゐる、しやうぎを、そはから、くつし
 膳かでた まづ、しやうきを、くつしたか、よい
と、いふて、上座に、なをりけるに、そハへ持来るを見れは、しやうきの盤にてそ有し
是ほと、そつしのいたり、せうしなる事て、あつた

---
 巻四第16話。
 「かふき」は「傾奇」で、ここでは不良少年といった意味か。
 「かつ手」は勝手。「そつし」は卒爾で、軽率の意。「せうし」は笑止。
 食事の時は、指し掛けた将棋を崩す慣習でもあったのだろうか。

2017年6月11日 (日)

江戸文芸に見る「将棋」その2

 くどいようだが「将棋」を探しているのではなく、知りたいのは別の語句なのであるが。

『新撰犬筑波集』(山崎宗鑑 1524年以降)
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碁うち双六しやうぎさすなり
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『犬子集』(松江重頼編 1633年)
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さか馬にいられて後はつめにくし 貞徳
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 えのこしゅうと読む。
 『新撰犬筑波集』だの、『古今犬著聞集』だのと「犬」が付くのはそれぞれ本家『新撰菟玖波集』や『古今著聞集』に対する卑称である。
 『犬子集』の本家は何かといえば、序文に「犬子集といふ事、犬筑波をしたひて書(かき)たる」とある。


『塵塚誹諧集』(斎藤徳元 1633年)
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将碁さすかたへにうてる碁寸五六(すごろく)
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 管見の範囲では、碁や双六は将棋より出現度合いが高い。特に「碁」は一音ですむので、17音という限られた文字数しかない俳句では重宝されるのである。


『新増犬筑波集』(松永貞徳 1643年刊)
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まけかたの馬はかひなし中将碁
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 中将棋を詠んだ句は珍しいのではないだろうか。


『正章千句』(安原正章 1647年)
---
様々の手ある将棊のこまかさよ
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『崑山集』(鶏冠井(かえでい)令徳編 1651年刊)
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将棊さしの上手(じやうず)にみせな金銀花 
喜多正友
---
 金銀花は漢方薬らしい。


『紅梅千句』(有馬友仙編 1653年ヵ)
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天道よかたせてたまへ此将棊 可頓

まけさうに成ても強き中將棊 友仙
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『懐子』(松江重頼編 1660年刊)
---
自慢めきさせる将棊ハ位詰め 宗立
---
 ふところご。国会図書館のデジタルライブラリーを眺めていて見つけた。
 影印本は「近世文學資料類従」にあるらしいが、翻刻はされていないようだ。上記は合っていると思うが自信はない。
 ところで「くらいづめ」は将棋用語ではなく、「敵を身動きできないようにすること」(『日本国語大辞典』)。
 名前を見て、五代宗桂との棋譜が遺っている森田宗立かと思ったが、別の誹諧集に大坂之住 川崎宗立とあるらしく(『貞門談林俳人大観』 1989年 中央大学出版部)、別人なのだろう。
 森田宗立は『京羽二重』(1685年刊)の「諸師諸藝」の「將棊」の部に鎰(かぎ)屋重兵衛として登場し、『象戯綱目』(1707年 赤縣敦庵編 竹村新兵衛刊)では「江戸 森田宗立 鎰屋十兵衛事」と掲載されている。


『宗因千句』(西山宗因 1673年刊)
---
将棊をもさす月影のさやかにて
---
 指すと射すを掛けている。

 このほか、歩三兵にやられたという句もあったが、メモを取らなかったので思い出せない。『
誹風柳多留』ならありそうだが、初期誹諧集で見たのである。
 歩三兵とは上手方盤上玉一枚で持駒歩三枚。24歩、同歩、23歩で角を取られるというアレ。

2017年6月 5日 (月)

西鶴と詰将棋

 前回は芭蕉の将棋の句に触れたので、今回は西鶴。
 芭蕉と西鶴は同時代人で生まれは西鶴が二年早く、没年も西鶴が一年早い。
 西鶴には『懐硯』(1687年)という短篇集があり、その中に「後家に成ぞこなひ」という作品がある。
---
…かくて年月かさなりある時甚九郎つれづれなる雨の日淋しく。日比(ころ)將棊好にてむつかしきつめものの圖を案じける程に。朝の四つより七つ半まで詠(なが)め入。さても今合点(がつてん)が往(い)たこれでつむものをと。吐息つきながらうめきける音したるに。何事と女房かけ付て見れば。はや目を見つめて寒汗(ひへあせ)瀧のごとく。…
---
(『定本西鶴全集』第三巻 1955年 中央公論社)

 朝の四つより七つ半は、午前10時から午後5時まで。詰将棋を長時間考えて、解けたと思った途端絶命するのである。実に詰キストの鑑ではないか。(笑)
 亡くなって直ちに、弟二人と女房がそれぞれに欲心を起こして財産を狙うが、絶命と思ったのが実は仮死状態で、息を吹き返したあと三人は勘当、離縁とさんざんな目に遭う。
 詰将棋の部分は話の発端に過ぎないのだが、詰物とは何かといった説明は全くなく、こういう風景が読者にも特に違和感なく受け入れられていたと思われることに注目したい。
 この当時、刊行されていた(詰)将棋書は「新増書籍目録」(1681年 山田喜兵衛刊)によると
 將碁教 宗固
 同大本 宗桂
 同首書 宗閑
 同鈔
 同仲古 久須見
 同鏡 同
 同作物 宗閑
 同中象戯

となる。宗固は宗古、宗閑は宗看であることは言うまでもない。
將碁教は將棊(新板將棊經 二代宗古 1654年 本屋甚左衛門刊)か。五代宗桂の『圖式 象戯手鑑 指南抄』(1669年 柏原屋清右衛門刊)などもあったはずだが。
 西鶴が実際に将棋を嗜んでいたかどうかは分からない。芭蕉の書簡は二百通以上遺っているので年譜はかなり克明だが、西鶴は十通も遺っていないので、動静がよく分からないのである。

2017年6月 4日 (日)

洗濯と大矢数

 洗濯というと、坂本龍馬の姉宛書簡(1863年6月)にある「日本を今一度せんたくいたし申候」を思い浮かべる向きもあると思うが、ここでの主題はもちろん詰将棋である。

 『象戯洗濯作物集』(1706年 周詠編 風月荘左衛門刊)という詰将棋撰集があるが、いかにも奇妙な書名である。清水孝晏は「近代将棋」1970年5月号の「知られざる詰将棋」に本書を採りあげ、「題名が変っているだけでなく、内容も従来の詰将棋書とは異っている。(……)発行人が風月荘左衛門といういかにも人を喰った名前で、今日でいう海賊版ではなかろうか」と書いているが、風月堂は京師書林の老舗なのである。京都観光案内である『京羽二重』(1685年)にも「書物屋」10軒の中に名前がある。名古屋にも出店があったようで、芭蕉『笈の小文』途次の、「書林風月と聞きしその名もやさしく覚えて、しばし立ち寄りて休らふほどに、雪の降り出でければ いざ出でむ雪見にころぶ所まで 丁卯臘月(
1687年12月)初、夕道何某に贈る」という真蹟懐紙が現存する。夕道は京都の風月堂で修業した長谷川孫助の俳号。
 「詰棋めいと」第3号(1985年8月)に掲載された田代達生の論考によると、氏は『将棊詰方指南』と書名を変えた再版本(1854年以降・河内屋新次郎刊)を所持していた由。野田市立図書館電子資料室の
『象戯洗濯作物集』と「詰棋めいと」の『将棊詰方指南』は同じ板木のように見える。彫り直したのではなく、求板である。後の板元が書名を変えたのは、「洗濯」の語は似つかわしくないと思ったからなのだろう。
 ところで、「日本古典籍総合目録データベース」で検索したところ、江戸時代に「洗濯」を書名に含む本が、これに先立って一件だけあった。『俳諧洗濯作物』という俳諧の6巻本で寛文六年(1666年)の序文があるが、実際に刊行されたのは寛文十年以降にまで下るらしい。各地に零本があるが、6巻すべて所持していたのは正岡子規で、法政大の子規文庫にある。題簽の剥落もないらしい。編者は椋梨一雪という京出身の貞門派の俳諧師である。当時そこそこの実力者であったらしく、あちこちの撰集に入集している。序文を書いたのは加藤磐斎。貞門派は中世文学の知識の要求が厳しく、一派からは源氏物語や
枕草子の注釈書を著した北村季吟が出ているが、磐斎も実作より伊勢物語や方丈記の注釈書で知られている。初めて刊行された将棋の実戦集である『仲古將棊記』(1653年 久須見九左衛門刊)の序文を書いた加藤盤斎と同一人物であろう(盤はおそらく誤り)。

 さて、いかなる理由で「洗濯」と称したのか。
 その前に、今さら聞くまでもないと思われるかもしれないが「洗濯」の語義を明らかにしておこう。
 大漢和辞典に、「洗ひすすぐ。衣服に限らず、汚穢を去ること」として『後漢書』礼儀志上「是月上巳、官民皆潔於東流水上、曰洗濯祓除」を例示してある。是月は三月を指していて、「三月上巳の日、官民こぞって東へ流れる川のほとりで禊をするが、これを洗濯祓除という」ほどの意味だろう。三月上巳の日は後に三月三日に固定され、桃の節句となる。
 『俳諧洗濯作物』の跋文に一雪がいう。
 「釘の頭の出過ぎたるに、きぬの袖のかゝりかましく、もめん布このえり垢深くよこれたる心をすゝかましく、やがて洗濯物すなる盥の底の浅く敷、ミつから灰汁(あく)桶のたれたれの句数年月ため置しかと」云々。灰汁は文字通り灰を溶かした水の上澄みで、当時の洗剤である。
 また、磐斎が序文にいう。
 「洗濯物ハ、人びとの手をへてひねり出せる、思ひの糸のすゝけぬるにて、手織にしける言葉の花の錦のきれぎれをあらひすすぎて、色よきをえらびあつめてはたバりひろき一まきとつゞりたる、針手のきゝたるしわざなるべし」。「はたバり」は端張りで、幅を広くすること。灰汁は藁灰が良いとされるが、
斎はわざわざ「いかなる水にてあらへるや。わらの灰汁に非ず。……是ハこれ雪げの水なり」と雪解けの水として一雪に掛け、編者としての手腕を持ち上げている。
(引用は『俳諧洗濯物 洗濯碪』1995年「古典文庫」581より)

 一方
『象戯洗濯作物集』の序文は次のようにいう。
 「有る人が問ひて云く、此の作物象戯洗濯と名付くること、家の撰集其の外素人の作の粗誤を見出して抄に顕はせり。剰(あまつさ)へ先図を借るのみにあらず、我が侭に洗ひ濯ぐと云ふ事は、其の家の衆にさも似たり。如何と。答ふらく。分浄水を以て之を洗ふが故に洗濯と号す。譬へば並家の衣を洗ふが如し。後者も極清水を以て余が垢穢を濯ぎたまへと」
(田代氏読み下し文のまま)
 『俳諧洗濯作物』の書名、序跋文が
『象戯洗濯作物集』に何らかの影響を与えたかどうかは分からない。余談だが、「洗濯」は当時「せんだく」と読んでいたと思われる。1603年刊の『日葡辞書』にXendacuとあり、Qirumonouo xendacu suru.(着る物を洗濯する)と例文がある。『俳諧洗濯作物』については『誹家大系図』(1838年 生川春明)の一雪の項に著書として「せんだくもの」と記す。

 
『象戯洗濯作物集』は、福岡瀬平という人が古今の作品集についての評価や誤りを記して所持していたものを周詠が抜き書きして紹介するという体裁を取っている。瀬平は、蒐集した好作を記した本も持っていたと序文にあるが、こちらは「是記すに及ばず」とそっけない。『象戯洗濯作物集』は福岡瀬平が欠陥のある作品を指摘した問題作集という側面と周詠が集めた好作集という面を合わせ持った撰集なのである。
 福岡瀬平も周詠も他の文献に名を見ることが出来ない謎の人物であるが、序文中に「上方咄」について触れた部分があることから、周詠は京・大坂に関わりがある人物かもしれない。その「上方咄」だが、芭蕉の曲水宛1692年9月の書簡に「昨夜五つ前上方咄」とあり、そこでは膳所の珍碩が午後8時前に深川の芭蕉庵に着き、上方の俳人仲間の土産話をしたという意味に取れるので、
『象戯洗濯作物集』の序文の「上方咄」が上方落語に限定されることはないと思われる。

 田代は詰パラ1980年11月号の「無住仙良と宥鏡」のなかで、「洗濯作物集も亦、同一人物によるものではないかと推定している」と書いている。無住仙良=宥鏡=周詠という説であるが、正鵠を射ていると思う。
 宥鏡『象戯大矢數』(1697年)の「大矢數」も俳諧の書名から来たのかもしれない。大矢数は、京都の三十三間堂で日暮れから翌日の日暮れまで24時間に何本の矢を射通すことができるかという競争で、記録を破るため次々に挑戦者が現れ、世間の耳目を集めたらしい。『遠碧軒記』(1675年 黒川道祐)には最初の記録51から当時の記録8000まで、記録の変遷が細かく記されている。最終的に1686年の8133本が記録となった。これをめざとく誹諧の興行にしたのが井原西鶴で、一昼夜に1600句を吐き
1677年西鶴俳諧大句數」と題して出版した。初めて「大矢数」の題簽を持った「誹諧大矢数 千八百韵」(1678年 中村七兵衛刊)を著し西鶴の記録を塗り替えたのは月松軒紀子である。もっとも、証人不在で極めて疑わしいと西鶴は難じている。西鶴は1684年に宝井其角を後見として23500句という気の遠くなるような記録を打ちたて、競争にピリオドを打った。
 『象戯大矢數』は言うまでもなく「番外」の391手詰を大矢数に見立てたのだろうが、正編でなく番外作を念頭に書名としたのは不思議ではある。

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72馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、
55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、
73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、
45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、
63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、
46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、
64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、
36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、
54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、
同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、
55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、
73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、
45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、
63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、
46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、
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36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、
54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、
同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、
55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、
73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、
45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、
63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、
46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、
64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、
36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、
54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、
同馬、91玉、73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、
55馬、81玉、45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、
73馬、81玉、63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、
45馬、91玉、46馬、81玉、36馬、72歩、同馬、91玉、73馬、81玉、
63馬、91玉、64馬、81玉、54馬、91玉、55馬、81玉、45馬、91玉、
46馬、81玉、36馬、91玉、37馬、81玉、27馬、91玉、37馬、81玉、
36馬、91玉、46馬、81玉、45馬、91玉、55馬、81玉、54馬、91玉、
64馬、81玉、63馬、91玉、73馬、81玉、72銀生、92玉、84桂打、同龍、
同桂、同金、91飛、同龍、同馬、同玉、71飛、82玉、81飛成、73玉、
75香、64玉、61龍、55玉、46金、同玉、66龍、45玉、46歩、54玉、
57龍、55角、53成香、64玉、63成香、75玉、55龍、86玉、66龍、97玉、
96龍、88玉、77銀、同玉、33角、78玉、98龍、79玉、88龍、69玉、
68龍
まで391手詰


 歩が17枚余る。『象戯大矢數』の番外頭書に「凡四百度」とあり、これが作意なのだろうが、ここまで駒が余るのは解せない。72歩合を省略すれば駒の余らない85手詰となる。当時の長手数記録は67手(『近來 象戯記大全』
(1695年)第3番  田代市左衛門作)なので、85手でも新記録である。
※神無七郎氏より、377手詰が成立することを教えていただきました。コメント欄を参照して下さい。

 「洗濯」、「大矢数」という書名が、ともに俳書に由来するというのは私の推察なのだが、宥鏡=周詠であればおかしくはない。『諸國象戯作物集』(1700年 宥鏡編 永田調兵衛刊)には俳句が四句紹介されている。このうち二句は芭蕉作とされていて、京作から招来されたものと書かれている。京作は『諸國象戯作物集』に詰将棋が二局採録されている人物である。「京作は盤上の工夫のみならず風雅の心さしもうとからぬにや」と評しているが、
宥鏡=周詠も風雅に疎からぬ人であったのだろう。蕉門では風雅は俳諧を指す言葉だった。

やま櫻將棊の盤も片荷かな
夏の夜や下手の將棊の一二番

 引用された芭蕉作とされる句は田代が「詰棋めいと」に書いた通り岩波文庫の『芭蕉俳句集』
(1970年)では存疑扱いになっているが、その後出版された『芭蕉句集』(1982年 新潮日本古典集成)では「やま櫻」の句は存疑に残り「夏の夜や」は消えている。「やま櫻」は宝暦年間に成立したと言われる『俳諧百歌仙』(小栗旨原編)にも若干字句を変えて収録されていることが物を言ったのだろう。さらに『芭蕉全句集』(2010年 角川ソフィア文庫)には存疑の部がなく、二句とも見られない。
 『諸國象戯作物集』に「是ノ百有余條ハ京江戸大坂備後長崎美濃尾張伊勢三河加賀越中信濃奥州其外在在所所ヨリ集作物」とある。「百有余條」は正確には102局である。ここに掲げられた地名におおむね共通するのは俳諧が盛んだったことである。
宥鏡=周詠は各地の俳人と文通しながら、その地の詰将棋作品も蒐集していたのではないかと想像するのである。

2017年6月 2日 (金)

加藤文卓の「圖巧解説」その25

月報1929年1月号

圖巧解説
二峯生

第七拾貳番

0072

48銀、同龍、79龍、69銀、58金、同龍、68龍、同玉、77馬、57玉、
47と、同龍、48金、同玉、39金、同玉、66馬、38玉、39金、27玉、
17成香、36玉、26成香、46玉、38桂、同香成、45成香、同玉、35と、46玉、
36と、同龍、56馬(33手詰)


變化
48同龍の所
(一)同玉ならば49金、57玉、56と也
(二)69玉ならば79金以下容易也

69銀間の所69馬ならば
同龍、同玉、79金、58玉、68金打也

58同龍の所同玉ならば
68金、59玉、58金打、同龍、同金、同玉、49金、57玉、56とにても詰む

68同玉の所同歩ナルならば
49金、同龍、同馬也

48同玉の所同龍ならば
66馬同玉、56金、75玉、87桂、同馬、85金也
66同玉の所68玉ならば
79金、59玉、48馬、同玉、49金、57玉、56飛也

39同玉の所57玉ならば
49桂、同龍、56金、58玉、49金也


第七拾參番

本局は原圖の儘では詰がない様に思はれるので假に「玉方28と」を追加して見たのである

0073

58金、同金、48銀打、同金、58銀、同玉、57金、同玉、56馬、58玉、
57金、68玉、67金、79玉、57馬、78玉、69龍、87玉、77金、同玉、
67龍、86玉、68馬、85玉、87龍、94玉、95馬、同玉、84銀、94玉、
96龍、84玉、85香、74玉、94龍也(35手詰)


變化
48同金の所
(一)48同とならば58銀()39と右、49金也
39との所58同玉ならば
57金、同玉、56馬、58玉、57金、68玉、78金也
(二)48同馬ならば58銀()39馬、69馬、48玉、59金、37玉、17龍()27間、26銀、46玉、47飛、同金、56金、36玉、47銀也
39馬の所49馬にて同手順にて可なり
27間の所46玉ならば43飛にて詰み又36玉ならば33飛にて容易に詰む
39馬の所に58同玉ならば
69馬、57玉、67金、同金、56金也

○此圖に於て28とを缺く時は前記
の變化の場合即58金、同金、48銀打、同馬、58銀、39馬と指るる時は以下詰手不明となる

---
 門脇芳雄編『詰むや詰まざるや』ではこの図を採用している。


第七拾四番

0074

57馬、59玉、48銀、同龍、49飛、同龍、86角、68歩、同馬、48玉、
57馬、37玉、59角、同龍、36金、同玉、46馬、25玉、35馬、16玉、
27金、同歩成、17銀、15玉、26銀、同と、16歩、同と、25馬也(29手詰)


變化
59玉の所
(一)49玉ならば58銀、同龍、48飛、39玉、58飛、29玉、19飛にても詰む
(二)69玉ならば58銀、同龍、79飛


第七拾五番

此局は本手順と思はるゝものより變化の手順と思はるゝものの方却つて手數が多い

0075

57金、同玉、
59香、同馬、77飛、同馬、55飛、同馬、58金、56玉、
47馬迄(11手詰)

之れは原書記載の解答で龍馬が37より59、77、55と玉將の周圍を一週(ママ)する手順甚だ巧妙であり之を以て本詰の手順と見做すが作者の意であらうと推察される


變化
57同玉の所49玉ならば
19飛()29金間、58馬、38玉、49金、28玉、18飛打、27玉、17飛、26玉、27香、同馬、同飛、同玉、38角以下容易
29金間の所
(一)19同馬ならば59飛、38玉、16馬、27銀間、39金、37玉、38香の手順あり
(二)39銀間ならば58馬、38玉、29金、27玉、17飛
、26玉、16飛、27玉、17飛也
(三)39金間ならば58馬、38玉、49金、27玉、17飛
、26玉、27香、同馬、同飛、同玉、38角、同金、同金、同玉、47馬にて詰む
(四)29銀間ならば同飛、39金間(銀間にても同様)16馬、27間、58銀、38玉、39飛、同玉、49飛なり

59同馬の所
(一)58間ならば同馬、56玉、54飛、同銀、66金也
(二)67玉ならば58馬、77玉、86銀、88玉、98飛、同玉、93飛也

77同馬の所
(一)67間ならば58飛、同馬、35馬也
(二)56玉ならば54飛、同銀、66金

○本局に於て「玉方51香」の意味を一考する必要があらう、此香を缺く時は次の餘詰を生ずる即ち
57金、同玉、58飛、67玉、68金、76玉、77飛、85玉、52馬、イ94玉、
97飛、83玉、84香、72玉、92飛成、82香、83香成、71玉、53馬、62金、
63桂也

94玉の所74桂間ならば
同馬、同銀、同銀94玉、85銀打、93玉、53飛成、73間、94香、82玉、73銀也
94玉の所95玉ならば
96香、同玉、85銀打、95玉、97飛也

故に此51香は必要な駒であり又此香を配置してある所から推察するに作者の意は57金、同玉の手順を本詰と見做す積りと思はれる

---
 この図には
58金の余詰があるが、駒場和男の補正図がある。

 図巧解説は第75番で終わっている。加藤文卓はこの年11月に亡くなった。
(了)

2017年5月31日 (水)

江戸文芸に見る「将棋」

 古典詰将棋作品集について調べたいことがあり、このところ俳書を中心に元禄時代あたりまでの文芸書を読んでいるのだが、いくつか「将棋」を見かけたので記しておく。「将棋」を探しているわけではないのだが。


『尤之双紙』(もっとものそうし)下(斎藤徳元 1632年 恩阿斎刊ヵ)
---
廿 おもしろき物の品々

…相手によりて、碁将棋もおもしろし。…
---
 『尤之双紙』は全編「物尽くし」で、上巻は「長き物」「短き物」「高き物」など40題を並べ、下巻は「引く物」「さす物」など40題。
 序文に『枕草子』、『犬枕』(慶長年間)に書き漏らしてあることを集めたとある。
 上記『犬枕』(秦宗巴 1606年頃刊)には「○ 咄にしまぬ(話が進行しない)物」として「一 碁・雙六・將棋」とする。
 この「おもしろき物」尽くしの段は「葦毛馬は、頭もしろし、おもしろし」とたわいない駄洒落で終わる。


『清水物語』(きよみずものがたり)(意林庵 1638年 敦賀屋久兵衛刊)
---
…大勇の人には大将をさせ、血気の勇者には、無理に破るべき所に用候へば、皆用に立つ事候べし。将棊の馬を使ふが如し。…
---
 問答形式による教訓説話集。
 『仮名草子集』(1991年 岩波書店「新 日本古典文学大系74」)の注には「馬」を「将棋の駒で桂又は成角の龍」とあるが、馬=駒の意ではないだろうか。


『毛吹草』(1638年序 松江重頼編 1645年刊)
---
一連歌付誹諧付差別の事
 てにをはをもちゐて付侍るには、指と有に、小櫛 盞 舟を付るは連哥付、將棊 蜂 箱細工 此等誹諧付也。又、打と有に碁 碪(きぬた) 畑などは連哥付、礫(つぶて) 双六 賀留多あそびははいかい付なり。
---
 俳論書。
 連歌と俳諧は一見したところ区別はない。貞門俳諧の祖 松永貞徳は「俳言」を使うのが俳諧であると言っている。上記の「將棊 蜂 箱細工」が俳言である。


『是楽物語』(ぜらくものがたり)(作者不詳 1655~1661までの成立)
---
…名所旧跡など尋ねしも、後にはしやう事なくて、端の歩をつく将碁にも指し草臥(くたび)れ…
---
 仮名草子。悲恋譚だが、旅行記でもあり、楊貴妃の講釈あり、町人生活の活写ありで非常に面白い。
 「端の歩をつく」は『誹風柳多留』(1765-1840年)三篇に「本能寺端の歩をつくひまはなし」とあり、注に「明智光秀の夜襲。事急にして本能寺方は応戦に暇ないさまを将棋の用語を用いて表現したもの。「手のない時には端歩をつけ」などといって、端歩をつくのは持久戦模様」とある。(『川柳 狂歌集』(1958年 岩波書店「日本古典文学大系57」)


『ゆめみ草』(休安編 1656年 安田十兵衛刊)
---

 将棊をさしける折から発句所望有ければ
将棊よりつめたきものや指のさき 
天満 奇任
---
 冷と詰を掛けている。
 談林俳諧の先駆となる撰集。


『続山井』(湖春編 1667年)
---
将棋ならで立(たつ)年と日もたいば哉 
丹波柏原 季成
---
 「たいば」は対馬(たいま)=互角の意だろうか。
 湖春は北村季吟の息子。


『詼諧番匠童』(和及編 1685年 新井弥兵衛刊)
---
○前句付の事
古流中比(ころ)当流の付心のさかい一句の前句にて付わけぬ
是になぞらへて他を知るべし
  
前句
   萩の露ちる馬持の家

付句
 月にしも二人将棊をさしむかひ
   是古代の付様也前の馬を将棊の馬にして付る也
   又中比宗因風の時は
 其方のお手はととへは松の風
   是も将棊の馬にして付たれとも将棊にいわて噂にて付萩の露ちるといふに松の風を余情にあしらひたり
---
 前者は作意にあらわし、後者は変化に隠したというところか。
 古流、古代とは貞門流を指す。



『きれぎれ』(白雪編 1701年序 井筒屋庄兵衛刊)
---
さか駒に入て仕廻(ま)ふや下手師走 桃先
---
 「さか駒」は入玉。
 芭蕉の白雪宛書簡(真蹟写し)が現存する。桃先は白雪の息子。



『其角十七回』(淡々編 1723年成立)
---
一、晋子常にいへるは、「初心のうちよりよき句せんと案(あんず)る事有まじ。只達者に句はやくすべし」とぞ。
 器用さとけいことすきと三つのうち
  好きこそものゝ上手なりけれ
と口ずさみせられけるが、将碁の宗匠宗桂もこの狂哥を折ふしず(誦)しられけるとぞ。共に二本榎上行寺の塵下苔露の友とはなり給ひぬ。
---
 宝井其角十七回忌追善撰集。晋子は其角の別号。
 上行寺はこの当時江戸にあったが、現在は神奈川県伊勢原市。三代大橋宗桂以降、十二代大橋宗金までの大橋本家当主全員が眠っている。其角の墓もある。
 ここでいわれている宗桂が其角(1661~1707年)の同時代人とすれば、五代宗桂(1636~1713年)あたりか。(上行寺と大橋宗桂の墓については磯田征一氏のご教示による)
 ところで上記の「狂哥」、これを利休百首の一つとする解説を見たが「上手にはすきと器用と功積むと此の三つそろふ人ぞよく知る」というのが利休の歌であるから正しくない。また「菅原伝授手習鑑」の筆法伝授の段に「上根と稽古、好きの三つのうち、好きこそ物の上手」とある
(上根は優れた素質)が、そもそも1746年初演なので年代が合わない。初出不明である。

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