2017年1月11日 (水)

加藤文卓の「圖巧解説」その9

1926年9月号

圖巧解説
二峯生

第十六番

0016

此局は駒數少なきに妙手に富める好局であります、そして之は單に小生の感じに過ぎないかも知れませんが此局と第三十一番との間に駒の排(ママ)列の上に或種の類似が認められ興味深く感ぜられます

24角、14玉、13飛、24玉、34飛生、13玉、14歩、23玉、15桂、22玉、
21金、同玉、23香、11玉、22香成、同玉、13歩成、同玉、33飛成、14玉、
13龍、同玉、23角成也(23手詰)


變化
14玉の所
(一)24同とならば12飛成、同玉、11飛、同玉、21香成也
(二)24同玉ならば34飛成、15玉、14飛、26玉、36龍

13同玉の所21玉ならば
12と、同玉、32飛成也

○此局に於ける43桂は必要なる駒であつて之れが若し歩ならば次の餘詰を生ずる即ち
46角、35歩間、同角、同と、12飛成、24玉、36桂、33玉、32飛也

變化
35歩間の所24桂ならば
同角、14玉、26桂、同歩、13飛、24玉、34飛成、13玉、25桂也


第十七番

0017

71角生、84玉、62角生、73桂、96桂、同香、73角生、93玉、94歩、83玉、
95桂、同と、72角成、同玉、95角成、61玉、71龍、同玉、62銀、81玉、
82歩、同玉、73馬、81玉、63馬、72飛、同馬、同玉、73銀打、63玉、
64飛、52玉、61銀生、同龍、同飛成、同玉、63飛、71玉、62飛成、81玉、
72龍迄(41手詰)


變化
84玉の所
(一)82間ならば73龍、同銀、94角成也
(二)83玉ならば72角成、同銀、74銀にても容易なり

73桂間の所
(一)他の間駒を打てば同角にて容易
(二)93玉ならば94歩、82玉、72角成、同銀、73銀也

96同香の所
(一)93玉ならば71角成、83玉、72角成、同銀、94銀
(二)96同とならば73角成、93玉、85桂也

93玉の所83玉ならば
72角成、同玉、64桂、同銀、同角成、76と、73銀、61玉、62銀打、52玉、53歩にても詰む
64同銀の所71玉ならば
72歩、同銀、62銀、81玉、82角成、同玉、72桂成、93玉、94銀にても容易なり

61玉の所76銀ならば
73銀、71玉、62銀生、81玉、82歩、同玉、73馬となりて前記の手順に合す、原書には此方を本文に記載してあつて其れでも勿論差支はないが71龍と捨てる手順が本筋かと思ふので改めて見たのである

72飛間の所72桂間ならば
82銀、同玉、73銀成にて容易に詰む

○盤面に香を四枚並べてあるのは此72飛間の所72香間にては詰がないからである

○71玉の所原書には52玉と記してあるが其れでは二手短くなるから改めたのである

---
 
73同角生は、93玉、94歩、83玉、72角成、同玉、95角成、76と、73銀、71玉、62銀生、81玉、82香、同玉、73馬、81玉、63馬、72香合で逃れ。『詰むや詰まざるや』では76銀となっていますが、それでは以下73銀、71玉、62銀生、81玉、82香、同玉、73馬、81玉、63馬、72香合、73桂、82玉、71銀打、同龍(玉方銀が動いているので83玉とできない)、同銀生、同玉、61桂成、82玉、74桂打で詰みます。
 本局を初めて見たときはとにかく驚きました。の紛れでは持駒銀桂桂香になるのに詰まず、作意なら持駒銀歩で詰む、しかも打歩詰には関係がないというのですから。


第十八番

0018

15桂打、同と、24歩、13玉、14歩、同と、23歩成、同玉、15桂、13玉、
23桂成、同玉、45角、13玉、12角成、同玉、22飛、13玉、24飛成、同と、
31馬、23玉、22馬迄(23手詰)


變化
15同との所
(一)15同飛ならば同桂、同と、22飛也
(二)13玉ならば14歩、同と、23桂成、同玉、15桂、13玉、23桂成、同玉、45角にて本文に準じ詰上り歩一つ殘る

13玉の所15同とならば
45角、13玉、12角成、同玉、22飛、13玉、24馬也

○此局に於て詰方35歩を缺く時は早詰を生ずる即ち
35桂、同と、24歩、13玉、25桂、同と、23歩成、同玉、45角、13玉、12角成、同玉、22飛の詰手順をも生ずる

◎圖巧八番に逃れありと思ひ「91と」を追加したのは大過失でありました、43歩、同玉、33金、同桂ならば34銀と打つて詰があります此手順は兵庫縣今田政一氏からの注意によつて知りました詳しき手順は次號に掲載します

2017年1月 8日 (日)

加藤文卓の「圖巧解説」その8

1926年8月号

圖巧解説
二峯生

第十三番

0013

此局も何れの手順を本詰とすべきかは議論の餘地がありませう先づ原書載の手順を假りに本文とは做す事に致します

81飛、
同玉、92銀、82玉、72銀成、同香、73銀、同玉、64銀、同金、
74歩、
同金、84角、同金、74角成、同玉、64金也(17手詰)


變化
81同玉の所73玉ならば
72角成、同香、84金にて容易

73同玉の所他の駒にて取れば

81金にて直ちに詰む

74同金の所84玉ならば
94金、同歩、同角成、74玉、83角、73玉、72角成、74玉、83馬の手順あり

84同金の所同玉ならば
94金、73玉、74角成、同玉、64金迄

◆此變化
の部は本文に記せしものより二手延びる此手順を以て本文となすも或は可ならむか但原書の手順には74角成り捨ての好手が現れて居るが此變化の部には其れが缺けて居る

◆此局に於て玉方85香は桂であつても差支はないが歩では餘詰を生ずる即ち前記72銀成の所に91銀打と指しても詰となり左に其手順を略記せば
72銀成の所
91銀打、73玉、72銀成、
84玉、94金、同歩、
同角成、74玉、83銀生、同龍、64と、同金、83馬、
同玉、82飛、74玉、
84飛成、
65玉、64龍、76玉、66龍、87玉、88歩、97玉、77龍、98玉、
87角、99玉、98金、89玉、78龍也

變化
84玉の所72同香ならば
64銀、同金、82角、84玉、94金也

83同玉の所63玉ならば
33飛、52玉、43角也

65玉の所84同玉ならば
73角、93玉、82角也、84玉、73馬、93玉、82銀生、92玉、91銀成、93玉、92成銀の手順あり

76玉の所56玉ならば
38角、47香間、66龍、45玉、46龍、34玉、44龍、23玉、33金以下詰なり

47香間の所47角間ならば
46金、57玉、47金、58玉、59歩、同玉、77角也

23玉の所25玉ならば
16金、36玉、46龍也

97玉の所98玉ならば
87角、89玉、69龍、79金間、99金の手順あり

98玉の所96玉ならば
87龍、95玉、96金、84玉、85龍也
作者が85へ歩を置かずに香を配置したのは餘詰に備へたものと思ひます

---

 本手順の変化84玉だと、94金、同歩、同角成、74玉、83角以下23手で、6手変長駒余りです。
 しかし、85歩では余詰を生じるので香にしたというあたり、実によく調べています。


第十四番

0014

此局は玉稍もすれば中原に逸出せむとする形勢なるに詰方は飛龍を犠牲として巧妙に之を防ぎ次に四桂を捨てゝ玉を雪隠に追ひ詰める手段實に巧なる好局と思ひます

22飛成、
同玉、34桂、12玉、21龍、同玉、31歩成、11玉、22銀、12玉、
24桂、同馬、21銀生、11玉、22桂成、同玉、32馬、11玉、23桂、同馬、
12銀成、同馬、23桂、同馬、21馬迄(25手)



變化
22同玉の所同馬ならば
24桂、11玉、12銀、同馬、同桂成、同玉、24桂、22玉、44角、33間、31馬、23玉、13馬、同玉、16龍、23玉、14龍、22玉、12龍也

11玉の所23玉ならば
34銀、24玉、42馬、33桂間、25歩、15玉、17龍、16間、27桂也

22玉の所23玉ならば
12角、24玉、34角成、15玉、42馬にて容易なり

33間の所23玉ならば
31歩成、24玉、42馬にて容易なり

11玉の所12玉ならば
24桂、同馬、22桂成、同玉、32馬、12玉、23銀、同馬、21馬也

12同玉の所22同馬ならば
同桂成、同玉、32馬、12玉、23角にても詰む

◆此図に於て玉方「55と」を缺く時は餘詰を生ずる其手順を略記せば次の如くである
24桂、同馬、23銀、同馬、同飛成、同玉、31歩成、
33玉、22角、43玉、
47龍、53玉、44角成、64玉、56桂、
73玉、77龍、83玉、74馬、94玉、
86桂、93玉、71馬、82間、97龍にても詰む

33玉の所24玉ならば
42馬、33間、15角、同玉、33馬にても詰む

73玉の所75玉ならば
77龍、85玉、86龍にても詰みあり

83玉の所82玉ならば
71馬、91玉、97龍、92間、83桂也

◆筆者所持の將棋新報社發行の將棋圖巧には此図の55とを詰方の駒として記し、註に「原書55とは玉方の駒としてあり然る時は22飛成、同玉とせず22飛成、同馬、24桂、11玉、12銀、同馬、同桂成、同玉にて此時55と詰方のとにあらざれば詰手なし故に改む」と書いてありますが之れは大なる誤と思ひます


第十五番

0015

本局は詰方の86香が玉方の94桂に狙はれて居る爲め詰め難き局面を呈して居り且つ稍々もすれば打歩詰とならむとする形勢も見えますが92桂のなり捨て72龍51角不成等の妙手を以て巧みに成功する所巧妙なる局と思ひます

84桂、
83玉、92桂成、同玉、82香成、同金、91飛、83玉、72龍、同玉、
63歩成、同玉、64歩、同と、53金、
72玉、73角成、同玉、51角生、72玉、
71飛成、83玉、84歩、93玉、82龍、同玉、73角成、同玉、83金迄(29手詰)



變化
83玉の所93玉ならば
92桂成、同玉、91桂成、93玉、84角成、同龍、63龍、73間、同龍、同龍、92金也

93玉の所
(一)91同玉ならば82香成、同玉、71龍也
(二)91同龍ならば93歩、同玉、71角成、同龍、83金也

92同玉の所86桂ならば
82成桂、同金、84飛、93玉、91龍、92間、82飛成也

72同玉の所同金ならば
84歩、82玉、81桂成也

72玉の所53同香ならば
同角右成、72玉、71飛成、83玉、85香也

72玉の所62歩間ならば
同角生、72玉、71飛成、83玉、84歩、93玉、82龍、同玉、73角成、同玉、83金迄
にて本文より二手延びるも詰上り歩一つ残る且つ此手順にては前記73角成の所73金、91玉、92歩と指しても詰を生ずる

◆原書及將棋新報社發行の圖巧には皆51角成と記されてあるが其れでは62歩間と指されて逃れとなる且此51角不成と指す事が原作者の意であらうと思はれるから斯く改めたのである

◆玉方94桂を歩とせば種々の餘詰を生ずる即ち
(一)91桂成、同龍、84桂、83玉、72龍、同金、同桂成にても詰み 又
(二)84桂、83玉、72龍、同龍、同桂成と指しても詰となる

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 収束、73角成に同玉と取るのが妙手説です。現在なら92玉で駒余りになります。

2017年1月 3日 (火)

加藤文卓の「圖巧解説」その7

1926年7月号

圖巧解説
二峯生

第十一番

0011

此局は駒の活動可なり複雜して居りますが一駒を捨てゝは一駒を寄せつゝ玉を遂に九筋に追撃して窮地に陥らしむる手順巧妙なる好局と思ひます

63香成、同桂、61銀、同玉、73桂、同成銀、62銀、72玉、73銀成、同玉、
74歩、同玉、85銀、73玉、64龍、同と、同角、72玉、73角成、同玉、
74歩、72玉、64桂、71玉、81歩成、同玉、72角、71玉、82桂成、同玉、
73歩成、同玉、63金、82玉、74桂、92玉、83角成、同玉、84歩、92玉、
82桂成、同玉、72桂成、92玉、83歩成、同玉、73金、92玉、82成桂迄(49手詰)


變化
61玉の所73玉ならば
74歩、同玉、85銀にて容易なり

73同成銀の所72玉ならば
61銀、73玉、74歩、同玉、85銀、73玉、64角也

○此圖に於ける玉方52歩は一見不要駒の如く見えるが之を缺く時は次の早詰を生ずる即ち
63香成、同桂、64桂打、同と、同桂、同成銀、62金、同玉、53銀、61玉、62銀打、72玉、73銀成、同玉、64龍、72玉、73銀也
62同玉の所73玉ならば
74歩、同成銀、64銀、同成銀、同龍、62玉、53銀、61玉、62銀打也


第十二番

0012

本局は駒數少なきに妙手に富める好局でありますが何れの詰手順を以て本詰となりますが至當かに就いては議論の餘地がある事と思ひます此所には假に原書記載の手順を本詰と看做して掲載する事と致しました

23飛、32玉、13飛生、21玉、23飛生、22銀、13桂、11玉、12歩、同玉、
24桂、11玉、21桂成、同玉、33桂、11玉、12桂成、同玉、13馬、同銀、
21飛成也(21手詰)


變化
21玉の所23歩間ならば6
同飛成、42玉、54桂、52玉、64桂、61玉、63龍也

22銀の所22桂間ならば
13桂、32玉、53飛成、14桂、34飛、22玉、21桂成、同玉、23龍、22間、13桂也

11玉の所33同香ならば
22飛成、同玉、23銀、21玉、32桂也、同龍、同銀成、11玉、21飛、12玉、23馬也

○此變化はの部の手順は本文より6手長く之を以て本詰と看做す方がより至當かと思はれる。但此所に遺憾に思はれる事は此手順に於ては32同銀成以下種々の詰手順のある事である

○此圖に於て玉方34歩を缺く時は餘詰を生ずる其手順は稍稍複雜して居るが之を略記すれば
23飛打、32玉、24飛成、43玉、55桂、53玉、63桂也、同玉、41馬、52角間、同馬、同玉、54龍、53歩間、63角、42玉、41飛、32玉、43龍、22玉、31飛成、同玉、34香也

變化
43玉の所42玉ならば
44龍、52玉、41馬、61玉、51飛、72玉、64龍也

52角間の所
(一)52へ金銀の間ならば全く同様の手順にても詰む
(二)52へ桂香歩の間ならば75桂と指して容易に詰む

53歩間の所53金間ならば
51飛、同玉、53龍也

---
 作意は21手ですが、27手の長手数
変化があります。
 4×4のコンパクトな構図に桂の打ち換えが入って、現代風ですが、6手変長は痛い。第75番は8手変長、無双第1番は16手の大変長ですが、いくら妙手説の時代といっても、それなりの許容範囲はあったと思うのですが。

2017年1月 2日 (月)

命名

 戦前の「將棋月報」の出題作で命名された作品は2局しかありません。作者自ら名付けたことが確実なのは、1924年10月の奥坂金次郎作「豐秋」。出題欄の余白に「駒悉くを盤上に配置し『豐秋』と題したり月報社の隆盛を祝す爲め之を寄贈す」とあります。

伊勢 五段 奥坂金次郎氏作

3230

84成香、同桂、同角、92玉、93金、同桂、同角成、同玉、85桂、92玉、
84桂、同歩、93桂成、81玉、83龍、71玉、82龍、61玉、51歩成、同玉、
33角成、同歩、53香、41玉、52龍、31玉、21と、同玉、11歩成、31玉、
23桂生、同金、32銀、22玉、23銀成、同玉、12龍、24玉、14金、25玉、
23龍、36玉、37銀上、47玉、57と、38玉、49金、同玉、29龍、同と、
48飛、59玉、58と、69玉、68と、79玉、78金、89玉、49飛、98玉、
97と、同玉、99飛、98角、89桂、96玉、98飛、85玉、77桂、75玉、
76歩、同玉、96飛、86角合、同飛、75玉、57角、66桂合、同角、同銀、
76飛、同玉、88桂、75玉、86角
まで85手詰


 
23桂生の手順前後はありますが、収束の捨合など良くできていると思います。

 もう一局は酒井桂史の「天馬空行」ですが、こちらは1931年9月の山村兎月の「前號詰將棋解説」中に「本局は酒井先生一大作物なり二枚馬の活動を主眼として作爲したるものにして一名『天馬空行』と題す」とあり、名付けたのは酒井のように取れますが、山村かも知れません。

 図巧第99番の「煙詰」は誰が名付けたのか判然としませんが、第100番の「寿」は「戦前、将棋世界で本局の愛称を募集し」た結果決まった名前だそうです(古図式全書第六巻・門脇芳雄解説)。
 詰将棋作品に命名することは現在では珍しくありませんが、これを始めたのは「将棋評論」で、「一般投稿の新作すべてに命名を…と募集要項に明記して実行された」そうです(「詰棋めいと」第23号川崎弘氏による)。そういえば柏川悦夫作に「鎖鎌」(将棋評論1952年2月・『駒と人生』第34番)という中篇がありました。
 黒川一郎氏が命名に熱心だったことはよく知られていますが、名前があろうとなかろうと良い作品は生き残り、そうでない作品は消えていくのではないでしょうか。

 題名は固有名詞であり、固有名詞とは特定の事物に付けられた名前です。『鏡の国のアリス』にはこんなやりとりがあります。
 「そんな突っ立って一人でブツブツ言ってるんじゃない。名前と用件を述べたまえ」
 「あたしの名前はアリスですけど、でも――」
 「聞くからに間抜けな名前だ!」とハンプティ・ダンプティは、短気そうに口をはさみます。「それでどういう意味?」
 「名前って、意味がなきゃいけないんですか?」アリスは疑わしそうにたずねます。
 「いけないに決まってるだろうが」ハンプティ・ダンプティはちょっと笑いました。「わたしの名前はといえば、これはわたしの形を意味しておる――しかも、すてきでかっこいい形であるな。あんたのみたいな名前では、ほとんどどんな形にだってなれそうじゃないか」
<(C) 2000 山形浩生 プロジェクト杉田玄白正式参加作品>

 ハンプティ・ダンプティはずんぐりむっくりという意味です。名は体を表さなければならないというのがハンプティ・ダンプティの信念なのです。

 さらにブヨとの次のような会話もあります。
 「――だったらきみは、昆虫はみんなきらいなの?」とブヨは、なにごともなかったかのように、静かにつづけました。
 「しゃべれると昆虫も好きよ。あたしがきたところだと、話す昆虫なんかぜんぜんいないもん」
 「どういう昆虫に熱狂するの、きみのきたところだと?」とブヨがたずねます。
 「あたし、昆虫に熱狂したりはしないわよ。ちょっとこわいんだもの――特に大きいのは。でも、名前なら少しはわかるけど」とアリスは説明します。
 「もちろん昆虫は、名前を呼ばれたら答えるんだよね?」とブヨはなにげなく言います。
 「あたしはそういうおぼえはないけど」
 「呼ばれて答えないんなら、その子たちは名前なんかあってもしょうがないじゃないの」とブヨ。
 「そりゃ昆虫には役に立たないだろうけど、でも名前をつけた人間には役にたつんだと思うな。だってそうでなきゃ、なぜそもそもいろんなものに名前なんかついてるのよ」とアリス。

 ここでは固有名詞と普通名詞が一緒くたになっているようですが、「名前をつけた人間には役にたつ」というのはその通りですね。
 こんなナゾナゾがありました。
 「自分のものだけど自分より他の人がよくつかうものはなあに?」
 答えは「自分の名前」というものですが、人間以外の事物の場合は自分が使うことはそもそもできず、呼ばれるしかありません。命名は一方的なものです。人間の場合でも、生まれてきたこどもは本人に相談もなく、一方的に命名されるわけです。(笑)

 生まれ来て父の投網に屈しけり(永田耕衣)

 名は体を表さなければならない(人の名前は別ですが)、役に立たなければならない、この二つが命名の意義だとすると詰将棋作品にも適用できそうです。
 つまり、容易に想起できない事物を参照するような命名は褒められないということです。橋本孝治作「イオニゼーション」(近代将棋1985年12月、789手詰)は玉方香歩の位置を順次変えていく論理的であると同時に幻想的な作品で当時の新趣向ですが、まず、イオン化という現象が分からない上に、題名の由来である「イオニゼーション」という曲も今に至るも聴いたことがない、というわけで困ったものです。(笑)   一方、作品名を聞けば、それがどんな作品か思い出すことはできる。この場合、作品を知っているから長々しい説明は不要なためで、題名が作品を指示する役目を果たしていることは確かですが、それでも題名によってこの作品が理解できるわけではない。しかし作品を知らない場合は、いくら耳元で題名を叫ばれても知らないものは思い出せないのです。
 命名が必ずなくてはならないとも、これはという作には命名した方が良いとも思わないので、一度も命名したことはありません。
 「徳島の住人ならではの命名で、作品価値にプラス・アルファが生じました」。これは近藤孝作「阿波踊」(近代将棋1974年9月)に対する森田正司氏の解説、「この巧妙な趣向手順にふさわしい命名があれば、もっと評価が高まっていたのではないでしょうか」。こちらは上島正一作(
近代将棋1975年10月)に対する同氏の解説(いずれも『近代将棋図式精選』1983年1月)ですが、命名によって作品価値が増すというのはとても信じられません。およそ作品に合わない命名をしてマイナスになることはあると思いますが。
 命名に反対はしませんが、作品の側からすれば拒む術がないわけですから、見るものをして納得せしめるような命名をして欲しいと思います。
 くどいようですが、上田吉一作「モザイク」や「モビール」は、題名がなくても名作であることに何ら影響はなく、
題名が価値を高めたわけではないことは強調しておきたいと思います。

2016年12月31日 (土)

加藤文卓の「圖巧解説」その6

1926年6月号

圖巧解説
二峯生述

九番

0009

此局は駒の活動の甚だ複雜なる所に妙味津々たる傑作であります

52桂成、同龍、82龍、同金、74桂、61玉、62歩、
同龍、72銀、52玉、
62桂成、同銀、63銀成、同桂、53馬、同銀、51飛、62玉、71飛成、52玉、
51龍、同玉、41歩成、同玉、32銀生、52玉、43銀成、62玉、51馬、同玉、
52金迄(31手詰)


變化
52同龍の所同玉ならば53馬、同玉、54銀、()62玉、72香成、()同玉、64桂、61玉、34馬、()43桂間、同馬、同金、53桂、62玉、63歩、同桂、同銀成、71玉、72桂成、同銀、同成銀、同玉、64桂、62玉、72金、51玉、41歩成也
62玉の所
(一)64玉ならば84龍、74間、75銀也
(二)52玉ならば64桂、61玉、62歩、同玉、72香成、同金、53銀成、61玉、52成銀、同龍、同桂成、同玉、51飛、同玉、41歩成、同玉、32銀の詰みあり
72玉の所同金ならば
53銀成、61玉、62歩、同金、同成銀、同玉、74桂、72玉、62金、81玉、82桂成也
43桂間の所
(一)43歩間ならば62歩、同玉、53銀成、61玉、43馬、同金、62歩、51玉、41歩成、同玉、52桂成也
(二)43金打ならば同馬、同金、52金、同龍、同桂成以下容易なり

82同金の所72歩間ならば、
74桂、61玉、62歩、()51玉、41歩成、同玉、32銀、同龍、52銀、同龍、31金、同玉、53馬、同龍、32銀也
51玉の所
(一)62同龍ならば同桂成、同銀、72香成、同金、同龍、同玉、82飛、61玉、72金也
(二)62同銀ならば72香成、同金、同龍、同玉、82桂成、61玉、72金、51玉、41歩成、同玉、32銀以下前記ロに合す

62同銀ならば72銀、同金、同香成、同玉、82桂成、61玉、72金、51玉、41歩成、同玉、32銀、同龍、42金也

63同桂の所同銀ならば直ちに51飛と指して詰あり
以下の變化は容易なれば略す

○變化の部に於て72香成の所74桂にても詰あり此手順も亦面白き故參考迄に次に記す
74桂、61玉、71香成、同玉、62桂成、同玉、63銀成、61玉、34馬、()43香間、同馬、同金、62香、71玉、72歩、同金、同成銀、同玉、64桂、62玉、72金、51玉、41歩成、同玉、43龍也
43香間の所43角間ならば
同馬、同金、52角、同龍、同成銀、同玉、64桂、42玉、32飛也

○變化の部に於て74桂又は62歩の所を72香成と指しても詰あれど却つて複雜なれば略す

○此圖に於て詰方35歩玉方45と及21桂の三駒は殆んど不要の駒の如く見えるが之れは皆必要である即ち
○詰方35歩を缺く時は終局近く41歩成の時52玉と指されて逃れとなる
○玉方45とを缺く時は72銀の所に62桂成と指しても詰ある事となり甚だ面白くない即ち72銀の所に直ちに62桂成と指し此時同銀ならば72銀以下本文の手順となり同玉ならば51銀、61玉、62飛、同銀、同銀成、同玉、44馬の詰を生ずる
○玉方21桂を缺く時はハ62同龍の所51玉、41歩成、同玉、32銀、同龍、52銀、同龍、31金、同玉、53馬、21玉の逃を生ずる
但此21桂は歩でも差支はないやうに思ふ

---
 この月から「將棋圖巧解説」でなく、「圖巧解説」になります。
 また、○番になったり第○番になったりしていますが、原文通りです。次の第十番からは必ず「第」が付きます。
 本局の狙いは63銀成(邪魔駒消去)から53馬の連続技でしょう。ちょっとゴチャゴチャしているような気がします。また加藤の指摘通り21桂は21歩でも可。21桂の方が自然ですが。


第十番

0010

本局は金桂を利用して玉を斜に左上隅へと追ふ所に最も妙味ある傑作です

31馬、同玉、32歩、42玉、52と、同銀、43歩、同銀、53銀、32玉、
43金、同玉、44銀打、54玉、45金、同成桂、同龍、同玉、37桂、同龍、
36金、54玉、46桂、同龍、45金、63玉、55桂、同龍、54金、72玉、
64桂、同龍、63金、同龍、73馬、61玉、71銀成、同玉、82と、61玉、
72と、同龍、同馬、同玉、82飛、63玉、62飛成、54玉、64龍、45玉、
55龍、36玉、46龍、同玉、47金、45玉、46金、54玉、55金、63玉、
64金、72玉、73歩、71玉、62銀成、同玉、53銀成、61玉、72歩成、同玉、
63金、71玉、62成銀迄(73手詰)


42玉の所32同玉ならば
44桂、31玉、32歩、42玉、52と、同銀、同桂成、同玉、53銀、61玉、62銀にても容易

52同銀の所同玉ならば
53銀、()61玉、21龍、51間、71銀成、同玉、51龍、71玉、62龍也

61玉の所51玉ならば
21龍、41間、43桂、61玉、41龍也

43同銀の所51玉ならば
21龍()41香間、63桂、()61玉、41龍、同銀、62香、同玉、53銀、72玉、71桂成也

41香間の所41角間ならば
63桂、61玉、41龍、同銀、71銀成、62玉、51角、52玉、42歩成也

61玉の所63同銀ならば
42銀、62玉、53銀成、61玉、41龍にて容易なり

54玉の所32玉ならば
33銀成、同玉、23龍也

37同龍の所54玉ならば
46桂、63玉、55桂、72玉、64桂也

以下の變化は容易なれば略す

○本局の詰手順は甚だ巧妙でありますが變化は皆容易であります
又中盤82飛の所原書には62飛、73玉、82飛成、63玉、62龍と記されてあるが其れでは無意味に二手延びて面白くないから前記の如く改めたのです

○古名人の下された解答に對して吾々弱輩が是非を論ずるなどは潜(ママ)越非禮の極と思ひますが之れも研究の爲に外ならないのでありますから何卒諒として戴きたい、又之れは單に小生の憶測に過ぎないのであるが此大作圖巧は圖式のみが看壽先生の作であつて解答は他の人多分門下の人の發表されたものではなからうか、斯様な疑を抱かしめる局も全篇を通覽するに數局見えるやうである

---
 「夏木立」です。これも将棋評論で命名されたものとか(『詰むや詰まざるや』による)。
 なお、文中「又中盤82飛の所原書には62飛、…其れでは無意味に二手延びて」云々とありますが、これは文政版図巧の手順とのことで、迂回手順です。

2016年12月30日 (金)

加藤文卓の「圖巧解説」その5

1926年5月号

將棋圖巧解説
二峯生述

七番

53歩は必要ありや

0007

此局は妙手に富める好局でありますが聊か不審の点がありますから汎く讀者諸賢の御高見を承つて然る後斷案を出したいと思ひます

82銀、同玉、74桂、83玉、94銀、同飛、92銀、同飛、93角成、同飛、
92角、同飛、84金迄(13手詰)


變化
94同飛の所同玉ならば
93角成、同玉、82銀、93玉、92角、同玉、91銀成、83玉、84金也
此變化の手數は本文より二手多きも82銀の所82角にても詰み即ち二様の詰手順ある之れを變化とする方至當ならむかと思ふ
即ち
82銀の所
82角、83玉、84銀、94玉、93銀成、同桂、84金にても詰む

93同飛の所74玉ならば
75金、73玉、84角也

○此局に於ける玉方53歩は不要の駒ではなからうか
註 53歩なき時詰方若し53角ならば62桂間にて詰が見當らぬ

---
 駒配置の意味を細かく調べた加藤文卓の面目躍如たる指摘で、53歩は確かに不要駒です。


第八番

「91と」は原書になきも然る時は逃れあるやうなり故に假に之を加ふ

00081

此局は兩度の遠角の妙手により敵龍の活動を制する所に妙味津々たる傑作でありますが原圖の儘ではどうやら逃れがある様に思はれますから假に詰方「91と」を追加して見たのであります

43歩、同玉、33金、同歩、52銀、同馬、32桂成、44桂、同金、同角、
同と、32玉、87角、同龍、43金、同馬、同と、22玉、34桂、同歩、
77角、同龍、92飛成、32角、同と、同金、同龍、同玉、23金、31玉、
22角、21玉、12金、32玉、33香、同桂、23桂成、同玉、13角成、32玉、
22馬迄(41手詰)

(正図)

變化

43同玉の所31玉ならば
21歩成、同玉、32桂成、同玉、23桂成以下容易なり


33同歩の所
(一)同玉ならば32桂成、同金、24銀、22玉、23歩、11玉、22金、同金、同歩成以下容易
(二)同馬ならば52銀、42玉、43金、同馬、同銀成、同玉、34角、42玉、52桂成、31玉、21歩成、同玉、12角成、同玉、23桂成、同玉、13金、33玉、34香也
43同馬の所31玉ならば21歩成、同玉、32桂成、同馬、同金、同玉、43銀成也
(三)同桂ならば52銀、同馬、32桂成、44歩、同金、同角、同と、32玉、43角、41玉、52角成、同玉、92飛成、82金間、同龍、同龍、53金、61玉、83角、51玉、61金、41玉、33と迄

---
※この順は91とがないと、83角に71玉で逃れ。このため91とが必要と判断したのでしょう。52銀では、34銀、42玉、92飛成、82歩合、43金、41玉、52桂成、同馬、81龍、71歩合、53金、45歩合、52金、同玉、43銀成、同玉、44と、42玉、53角、41玉、71龍、51歩合(桂合は52角)、42歩以下で、91と無しに詰みます。
い82金合は、同龍、同龍、43金、41玉、52金打、同馬、同桂成、同龍、53金、45歩合、52金、同玉、43角、53玉、64金、同玉、65飛、74玉、63角、84玉、85飛、93玉、94香、同玉、61角成、93玉、83馬まで。
82銀合は、同龍、同龍、43金、41玉、52銀、同馬、同桂成、同龍、同玉、82飛、62金合、43銀成、61玉、81飛成、71歩合、83角、72香合、52角、51玉、71龍、61歩合、同角成、同金、52歩以下。
71桂合は、52金、同玉、43銀成、51玉、52成銀、同玉、72龍、62金合、34角、51玉、61角成、同金、41香成、同玉、61龍、51合、52金、31玉、51龍以下。この手順は39手かかります。

43銀合、同香生、同龍、42銀、同龍、同金、同玉、43銀成、同玉、61角、42玉、62飛、41玉、52角成、31玉、61飛成、22玉、23桂也、同玉、21龍、22合、24金まで、この手順も39手。
---


41玉の所22玉ならば
23歩、31玉、21角成、41玉、53と、45歩、32金、51玉、42金打、同馬、同金、61玉、52金、72玉、92飛成也
82金間の所、82銀間ならば53金、61玉、81龍、71間、43角也


44桂間の所44歩間ならば
同金、同角、同と、32玉、43金、同馬、同と、22玉、23歩、11玉、22角、同金、同歩成、同玉、32金、11玉、23桂生でも詰む

87同龍の所
(一)22玉ならば23金、31玉、21角成、42玉、43と、51玉、52と、同玉、82飛成、82間、43馬、62玉、61金、63玉、52角、72玉、71金、62玉、61角成、63玉、52馬引也
---
82間のところ、62金合で不詰。ここは43馬、62玉、92飛成、82歩合、61金、63玉、52角、72玉、71金、62玉、61角成、63玉、52馬引まで35手。
---
(二)42玉ならば43と、51玉、52と、同玉、43角成、62玉、92飛成、82間、61金以下前記(一)の手順に準ず
62玉のところ63玉ならば52角、72玉、92飛成にて容易なり

(三)76桂間ならば43金、同馬、92飛成、42馬、43と、22玉、42龍、32間、同と、同金、同龍、同玉、23角にて詰あり


43同馬のところ22玉ならば33と、同桂、34桂也

77同龍の所同香ならば29飛、11玉、21飛成、同玉、32金、11玉、23桂生也
以下の變化は容易なれば略す

○詰方「91と」無き時はロの変化三の部に於て82金間以下詰手不明なり
○「64」に殊更に成香を置きて盤面に香を四枚並べたるは終局近く92飛成に對し32角間の時若し此所に香の間駒ありては詰無きを以てなり
○本局最初43歩の所直ちに33金と指せば同桂、43歩、41玉にて以下詰なしと思ふ

---
 91と追加については、1926年10月号に「圖巧八番の訂正」として、52銀を34銀に直し、
い82金合、同龍、同龍、43金、41玉、52金打、同馬、同桂成、同龍、53金、45歩合、52金、同玉、82飛以下(これも詰み)の手順が示されています。

此詰ある事は兵庫縣今田政一氏の注意によつて知りましたので斯様に巧妙な詰手順の伏在して居たのを見落し古名人の大作に對し非難がましい事を申しましたのは全く自分の力の足らなかつた爲めで實に汗顔の至りであります


 この角の遠打を簡明に表現したことで知られる作品。

OT松田作 近代将棋1969年10月

Kinsho70850063

86金、94玉、58角、同龍、85金、93玉、57角、66角、94歩、92玉、
22飛成、同角、93角成、91玉、82馬
まで15手詰

2016年12月29日 (木)

加藤文卓の「圖巧解説」その4

1926年4月号

將棋圖巧解説
二峯生

第六番

0006

本局は横三筋に歩を並べて打ち其歩を再び成り捨てゝ玉を寄せる處に妙味ある傑作であります

32銀、同玉、43角、同金、同歩成、21玉、32と、同玉、24桂、23玉、
33飛、24玉、23飛成、同玉、24金、32玉、41馬、21玉、31馬、11玉、
22馬、同玉、23歩、32玉、33歩、42玉、43歩、52玉、53歩、62玉、
73歩成、同歩、63歩、71玉、72歩、同玉、84桂、71玉、81龍、同玉、
93桂生、82玉、92金、71玉、81桂成、61玉、72桂成、同玉、82金、61玉、
71成桂、51玉、62歩成、同玉、72金、51玉、61成桂、41玉、52歩成、同玉、
62金、41玉、51成桂、31玉、42歩成、同玉、52金、31玉、41成桂、21玉、
32歩成、同玉、42金、21玉、31成桂、11玉、22歩成、同玉、32金、11玉、
21成桂迄(81手詰)


變化
43玉の處31玉ならば
41馬、同玉、81龍、51間、32金也

21玉の處41同玉ならば
81龍、51桂間、42歩、32玉、33歩、42玉、43歩にて容易なり

 本局に於て玉方55歩は一見無意味の駒の如く見えますが之れなき時は次の早詰を生じます、即ち
32銀、同玉、24桂、23玉、56角、45香間、同角、同と、33飛、24玉、29香、25桂間、36飛成、13玉、24馬、同玉、25龍、33玉、22龍、34玉、24龍也

45香間の處
(一)45金間ならば同角、同と、33飛、24玉、25歩(此時15玉ならば36飛成也)、同玉、52馬、26玉、17金、同玉、37龍也
(二)45銀間ならば前記と同手順を取り終局17金の處に37銀と指して容易に詰む
(三)34間ならば33飛、24玉、34飛成にて容易

25桂間の處25金間ならば同香、同玉、52馬以下イの變化(一)に合す

---
 この月はこの一局のみ。
 「朝霧」という題名は「将棋評論で名付けたものらしい」(古図式全書第六巻・門脇解説)。

 前後は分かりませんが、久留島喜内の『将棋妙案』に次の作品があります。

第16番

24myouan0016

23歩、11玉、21銀成、同玉、32銀成、同玉、44桂、42玉、43歩、51玉、
63桂生、41玉、51桂成、31玉、42歩成、同玉、52香成、31玉、41成桂、21玉、
32桂成、同玉、42成香、21玉、31成桂、11玉、22歩成、同玉、32成香、11玉、
23桂生、同銀、21成桂、12玉、22成桂まで35手詰

2016年12月28日 (水)

加藤文卓の「圖巧解説」その3

1926年3月号

將棋圖巧解説
二峯生述

三番

100003

77銀、95玉、96金、94玉、86桂、同飛生、85金、同飛、95歩、同玉、
96歩、94玉、86桂、同飛、95歩、同玉、86銀、同玉、83飛、76玉、
85飛成、66玉、55龍、同玉、56馬、64玉、65馬、73玉、83角成、63玉、
74馬右、54玉、65馬、63玉、74馬左、72玉、73歩、61玉、43馬、同歩、
51と、同玉、41馬、同玉、42金也(※手数表記無し45手詰)


變化
76玉の所75玉ならば
85飛成、66玉、55龍、同玉、56馬、54玉、65馬也

◆本局詰手順は甚だ巧妙でありますが變化は皆容易であります
終局近く74馬行の所53歩成、同玉、54金、52玉、43金と指したい形も見えますが此時41玉と引かれて逃れとなります

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 三代宗看と看寿、並び称されていますが、月報の時代は三代宗看の無双の評価の方が高かったように思います。例えば1929年1月・2月の月報に「三代名人伊藤宗看圖式」の図面だけが九九生(=加藤文卓)解説予定で掲載されたことは「加藤文卓の『圖巧解説』」に書きましたが、その紹介として次のような一文がありました。曰く「本書は詰將棋圖式中の最も傑れたもので彼の有名な圖巧以上の名著であることは斯界先輩の普(あまね)く認める所であります」。また「難解の名著」という文言もあります。
 さらに1930年2月、前田三桂の「棋美談語」にも「詰將棋にも數々の書物はあるが、三代伊藤宗看の詰物が其随一である」。1935年8月蒐集狂生「初めて月報を見て」に「第一宗看圖式第二圖巧第三酒井圖式第四九代宗桂圖式」とあり、酒井桂史作は「難解其他の点からして」という観点で高い評価を与えています。
 
三代宗看は無双を知らなかったが、看寿は無双を知っていたから出発点が違うので、並列に論じることはできませんが現代はどうでしょうか。駒場和男のように無双を上位に見る人もありますが、大方は図巧に軍配を上げているのではないでしょうか。
 本局などを見て思うのは、着地がピタリと決まっていて、これが無双との最大の違いではないかと思います。難解さより完成度へという流れで、構想力に差があるとは思われません。おそらく、戦後は看寿の方向性を良しとする詰棋観へ変化したということなのだろうと。例えば次のような表明はこれを端的に示しているのではないでしょうか。
「後に重点を置く思想の裏側は、尻すぼみを嫌うことである。この点では私は初めからはっきりしていて、後半がダレきった長篇というものがどうにも我慢できず、自作にそれが出来てしまうと非常にいやであった」(巨椋鴻之介『禁じられた遊び』)。


四番

100004

35金、同金、46桂打、44玉、35角、同玉、17角、26歩、同角、24玉、
15角、35玉、24角、同飛、25龍、同玉、26金、14玉、15歩、13玉、
22銀生、12玉、11銀成、13玉、14香、同飛、同歩、同玉、15飛、24玉、
25金、33玉、34金、32玉、12飛成、41玉、31と、同銀、52龍迄(※「迄」と「也」が混在している。手数表記無し39手詰)


變化
35同金の所43玉ならば
65角、53玉、42馬、62玉、73銀、同玉、79龍、62玉、52馬、同玉、72龍、62歩間、64桂、53玉、42銀生、同玉、62龍、33玉、32龍也

35同玉の所33玉ならば
42銀生、同玉、51角にても容易なり

26歩間の所26角間ならば
同角、24玉、34金、25玉、35金、16玉、27角也

35玉の所15同玉ならば
16歩、同玉、26金、17玉、27龍也

25同玉の所44玉ならば
54金、33玉、34歩、32玉、22と、41玉、42銀、同玉、43銀也

---
 これにも評言はありません。寂しいので、『象棋奇巧図式』(「古図式全書第六巻」1964年9月・全日本詰将棋連盟・門脇芳雄解説)より。

詰将棋の魅力は色々あるが、やはり捨駒に出て捨駒に還ると云うか、捨駒の妙手の味は何時見ても良いものである。図巧の作品は趣向や構想型の作品で他の作品集に比べてズバ抜けて居るが、本作の様に絢爛たる捨駒妙手の作品も優れている。
17角は主眼の第一着で、26歩合を見込んで一歩持駒を増やす為の渋い妙手。15角から24角と飛香の焦点に飛込み、25龍の飛込みには思わず唸らされる。大駒の連続捨てで実に豪快だ。26金以下は容易な攻めとなる。
構想として深みのある作品とは云えないが、捨駒の技巧を発揮した魅力ある中篇であろう。

 『詰むや詰まざるや』の図巧第四番解説と違い、雄弁ですね。
 「一歩持駒を増やす爲」とありますが、これは角を歩に換えるためですね。


五番

0005

63角、84玉、93飛成、同玉、92飛生、83玉、84歩、同玉、85歩、83玉、
82馬、同銀、74角成、同玉、94飛成、73玉、62銀生、同銀、74龍、同玉、
84金也(※手数表記無し21手詰)


變化皆容易なれば略す
筆術者所持の將棋新報社發行の將棋圖巧には此圖の91桂を脱落している
然る時は前記82馬の所74角成、同玉、94飛成、84間、92馬の早詰を生ずる

2016年12月27日 (火)

加藤文卓の「圖巧解説」その2

「将棋月報」(以下同じ)1926年2月号

手順記載についてのお断り
原文は七八角などと漢数字を用いていますが、半角数字に変えています。
「ナル」は「成」に変えています。
当時は駒を打った場合「打」を付けていますが、省略します。
「間」は現在なら「合」ですが、そのままにしています。
原文の変化手順には読点がありませんが、読みにくいので読点を付けています。
なお原文に句点はほとんどありません。そのままです。

將棋圖巧解説
二峯生述

古来詰將棋の作物多き中に三代伊藤宗看の象戯圖式と其弟看壽の將棋圖巧とは今尚今古の傑作として嘆稱されて居ります
前者は從來秘書として世に公にされて居らなかつたのを近年に至つて我月報紙上に連載せらるゝに至り妙手湧くが如き鬼宗看苦心の大作は月を追つて本誌上に詳解發表せられてあります
後者は既に汎く世に刊行されて居りますが其解答たるや只一通りの手順を示すに止まり充分其妙所を味ひ難い憾みが少なくありません
殊に此頃出版せられて居る圖巧の中には圖面及解答の誤と思はれるもの二三にして止まらないやうです
本誌に於て三代宗看の圖式を發表すると共に之が姉妹篇ともいふべき大作圖巧の解説を掲載する事も亦敢て無用の事ではなからうと思ひます

第一番

100001


54銀、75玉、87桂、86玉、66龍、同龍、95角成、76玉、77歩、同龍、
同馬、85玉、15飛、25飛間、同飛、同角、95馬、76玉、26飛、36飛間、
同飛、同角、77馬、85玉、35飛、45飛間、同飛、同角、95馬、76玉、
46飛、56飛間、同飛、同角、77馬、85玉、84飛、同玉、95馬、83玉、
82金、同歩、75桂、同香、84歩、92玉、81銀、91玉、82と、同玉、
72金、91玉、92歩、同角、同銀成、同玉、74角、91玉、82金、同玉、
83歩成、71玉、62馬、同玉、63銀成、61玉、72と、51玉、52成銀、
迄69手



變化
75玉のところ76玉ならば
 67龍、86玉、87龍、75玉、84角成也
86玉のところ76玉ならば
 77歩、86玉、95角成也
25飛間の所
(一)84玉ならば95馬、83玉、82金、同歩、85飛也
(二)75飛間ならば95馬、76玉、16飛、66間、85角、同飛、77馬也
(三)75香ならば95馬、74玉、96馬()85香間、66桂、83玉、82金、同歩、75桂、同銀、73と、同玉、75飛の手順あり
85香間の所()85金間ならば
同馬、同玉、95金、74玉、66桂、83玉、82金、同歩、75桂、同銀、73と、同玉、75飛也
85金間の所85飛間ならば
同馬、同玉、95飛、74玉、75飛右、同銀、同飛以下容易なり
(四)55香間ならば95馬、76玉、16飛、()56歩間、77馬、85玉、76角、同香、95馬、74玉、96馬()85角間、66桂、83玉、82金、同歩、84歩、92玉、81銀、91玉、82と、同玉、12飛成、52桂間、同龍、同角、72金、91玉、83桂也
56歩間の所56香打ならば
同飛、同香、77馬、85玉、76角、同香、95馬、74玉、96馬()85香間、66桂、83玉、82金、同歩、84歩、同玉、95馬の詰あり
85香間の所85金間(飛間にても殆んど同様)ならば
同馬、同玉、95金、74玉、66桂、83玉、82金、同歩、84香也
85角間の所()85香間ならば66桂、83玉、82金、同歩、84歩、92玉、81銀、91玉、82と、同玉、12飛成也
85香間の所85金間(飛間にても難解ならず)ならば
同馬、同玉、95金、74玉、66桂、83玉、82金、同歩、75桂、同銀、13飛成、92玉、81銀、91玉、93龍也
(五)55飛間ならば同飛、同銀、84飛、同玉、95馬、83玉、82金、同歩、73馬也
(六)25香間ならば
95馬、76玉、16飛、26歩、77馬、85玉、76角()同香、95馬、74玉、96馬()85角間、66桂、83玉、82金、同歩、13飛成()73歩間、84歩、92玉、81銀、91玉、82と、同玉、74桂、同角、72銀成、92玉、74馬也
76同香のところ84玉ならば
95馬、83玉、82金、同歩、13飛成、92玉、81銀、91玉、93龍也
85角間の所85飛間(金間にても難解ならず)ならば
同馬、同玉、95飛、74玉、75歩、83玉、82金、同歩、74銀也
73歩間の所53歩間ならば
84歩、92玉、81銀、91玉、82と、同玉、22龍、52桂間、同龍、同角、72金、91玉、83桂也
73歩間の所に難解とならず故に略す
36飛間の所
(一)66飛間ならば77馬、85玉、25飛()65飛、95馬、76玉、26飛、66間、85角、同飛、77馬也
95馬の所65同飛にても容易に詰む
65飛の所75香ならば
95馬、74玉、63角、83玉、82と、同歩、84歩也
(二)36歩間ならば
77馬、85玉、25飛、()75香、76角、74玉、65角、同銀、同銀、63玉、23飛成、52玉、53銀、41玉、43龍、31玉、42龍、21玉、22馬也
75香の所()65香ならば76角、同香、95馬、74玉、75歩、83玉、82金、同歩、23飛成の詰あり
65香の所「55」へ歩香桂の間駒をせば76角、同香、95馬、74玉、96馬以下の變化(四)及(六)の條下を參照せば容易に知らるべし
以下の變化は難解の所なき故略す
本局は圖巧中屈指の好局で遠飛の妙手を以て敵角を56に導き歩詰を避くる手段絶妙といふ外はありません

---
 二峯生の前文中、三代宗看作を「近年に至つて我月報紙上に連載せらるゝ」というのは月報の懸賞出題として毎号掲載されていたことを指します。これは加藤文卓の所持本によるものでした。図巧について「既に汎く世に刊行されて居ります」というのは、無双が江戸時代にはおそらく市販されなかったことに対して、図巧は市販の刊本があり、明治以降もこのときまでに20年代の吉川半七版、34年(1901年)博文舘版などいくつかあることを指していると思います。(『古今 詰将棋書総目録』参照)

 図巧第一番の変化をこれだけ詳細に記したものは初めて見ました。
 そのわりに評言はあっさりしていますが、江戸時代の詰将棋書に変化を記したものは管見の範囲ではほとんどなく、作者のコメントも評言もありません。
 第一番は名作といわれていますが、私の記憶に残っているのは
「隊長 『初形図で1六角がないと詰まない、という事実には驚きます』」(『詰将棋探検隊』角建逸)
「図巧1番は『図巧』中3位か4位の作である。それが古今の1位作である筈がない」(「詰将棋トライアスロン」駒場和男)
くらいです。


第二番

100002


27金、15玉、16金、同と、27桂、同と、16歩、同玉、25角、同玉、
36角成、15玉、16歩、同玉、27龍、15玉、25馬、同と、16歩、同と、
24龍
まで21手
(※手数記載無し)


變化
16同との所同玉ならば
38角、15玉、16歩、同と、27桂、同と、16歩、25玉、27龍、26桂、36角成也

---
 第二番はこれだけです。
 若島正氏の「夢想の研究②」(詰パラ2015年11月号)に本局のすばらしい分析があるので、読んでみて下さい。

2016年12月25日 (日)

將棋の比喩

 「將棋月報」1940年10月号に、「將棋の比喩」と題してソシュールの『一般言語学講義』が紹介されていたのには驚きました。大哲巳太郎という人の記事ですが、何者なのでしょうか。
 かつて大流行した構造主義を後追いでとりあえず知っておこうと思って入門書の類を買った記憶がありますが、さっぱり分かりませんでした。(笑)
 大哲は1939年5月「詰將棋拾遺」(詰棋欄出題作に対する山村兎月解説の誤りを衝いたもの)で月報に初登場。何度か記事を書いている論客で、作品は発表していないようです。蒐集家だったと見えて、1940年1月号の「昭和十四年度詰將棋界回顧」では前年に発行された新聞、雑誌に掲載された詰将棋作品数を細かく調べ上げています。これによると月報は88局、「將棋日本」は35局、「將棋世界」は32局(いずれも愛棋家作品の数)となっています。

 最近必要に迫られて一讀したものにソシユール原著、小林英夫氏譯『言語學原論』(昭和十五年三月岩波書店發行)がある。
 原著者フエルヂナン・ド・ソシユールは一八五七年ジユーネーヴに生れ、一九一三年にその比較的短い生涯を終るまで、郷里の大學に於て、比較言語學及び梵語學を講じて居た。没後その講義の草案と學生の筆記とを照合して編纂されたのが本書である
 本書は譯者の序に「一般入門書の如く常識の涵養を目差したものではなくして、著者が生涯をあげての沈潜熟思の結晶なのであるから、不用意な通讀によつて理解されうる如き書物ではない。と斷つてある様に、深遠難解を以て解せられ、精緻な理解力を用意してとりかからねばならぬ程、暗示的なまた象徴的な表現をとつて居るものであるが、併し、随所に剴切な比喩形容を挿入して讀者の理解力を援助して呉れるので、知らず知らずに讀まされてしまふ。就中、得意な比喩は將棋の駒の形容であるが、將棋に關する比喩を數個所に見受けたので、次に書きとめて置くことにする。

 『言語學原論』とありますが、これが最初の邦訳書名(1928年岡書院、原書は1916年)で、世界で初めての外国語訳でした。岩波は岡書院から版権を取得したのですが、現在の岩波版は1972年の改訳です。ソシュールと言えば、時枝誠記による批判を思い出しますが、時枝と小林は京城帝国大学の同僚でした。
 出版されたものは、編者によって恣意的に配列が変えられたり意見が差し挟まれたりして、実際の講義に忠実ではなかったことが明らかになっています。

 著者は、『言語の内的要素と外的要素』の一節に於て「言語に關する我々の定義は、我々が凡そ言語の組織、体系に關係なきもの、一言にしていへば『外的言語學の名稱をもつて示しうるものを惡(ママ=悉の誤字)く斥けることを豫定してゐる。と述べて併しこの外的言語を重要な事物を扱ふものであつて、言語活動の研究に著(ママ=着の誤字)手するに當り先づ想到するものは主として之であるとして、外的言語學に於ては、言語學が民族學や政治史に接觸する方面を考へるものであることに言及した後、「内的言語學にあつては、之と全く事情を異にする。それはいかなる手加減をも許さない。言語はその固有の秩序しか知らぬ体系である。」として、更に兩者の區別を明瞭に理解させるために、將棋を引用して居る。
 即ち將棋に於ては、「外的なものと内的なものとを見分けることが、比較的容易である、ペルシヤからヨーロツパに渡つたといふことは、外的事實である、之に反して体系及び規則に關することはすべて内的事實である。いま私が木製の駒を象牙の駒に変へたとしても、体系には毫末の變化も與へない(これは外的方面に就いての比喩である。)然るに駒の數を増減するときは、將棋の『文法』を根底から覆へすであらう(これは内的方面に就いての比喩である。)」(本書三六頁=38頁。尚ほ括弧内は筆者補足)と説明して呉れる。
 更に、斯様に將棋を説明の用に供して、讀者の行きづまりを展開させ、緊張した氣持をほご(ママ)せて居る個所を拾つてみやう。
 科學の對象となる領域の多くでは、例へば、動物學では動物といふものが始めから提供されて居る様に、單位の問題はおよそ問題にさへならず、一擧に與へられて居るのである。或る科學が直ちに認識出來る具體的單位を示さぬときは、それがそこに於て本質的でない證據であつて、例へば歴史にあつてはそれは個人か時代か國民が知らず知る必要ありやの点を明らかにせずとも史書を編むことが出來るのである。「然るに將棋の要領が全く諸種の駒の組合せにあると同じ」(本書一四二頁=150頁)様に、言語は完全にその具體的單位の對立を土臺とするものであつて、人はそれ等を知らずに濟ますわけにはいかず、それ等を手掛りとせずしては一歩も踏み出すことは出來ぬのであると述べて居る。
 又、言語の如く要素が一定の法則に從ひ互に均衡を保つところの記號學的體系に於ては、同一性の概念は價値の概念と本質的に異るものではなく、互に融合するものであつて、これを將棋と比較してみれば納得が行くものと思ふとして、此の場合にも將棋の例を引用している。即ち「桂馬をとつてみる。それは單獨で競技の要素であるか。確かにさうでない。それはその置かれた番の目やその他の競技條件から外に出てその純粋の資料性においてある時は、指手にとつては何んらの意味をもたらさず、それが實在的、具體的要素となるには、苟もその價値を身につけ、それと一体にならねばならぬ。いま勝負の最中に此の駒を割つたとか紛失したとか、したとする。その時は他の等價の駒と代へることができやうか。差支ない。もう一つの桂馬でよいのみか、同じ價値をもたせさへすればそれと似ても似つかぬ恰好のものでも同じものと看做されやう。」(本書一四六頁=154頁
 因に、勿論これは自明のことで、特にお斷りする必要はないかも知れないが、原著者の比喩に好んで提供される將棋は、西洋將棋即ちチエスの場合をさすのであつてこれは日本將棋と少しく趣きを異にする。両者の差異はこまかい点を擧げれば種々あるが、原則として敵から奪取した駒を味方のそれとして使用することのない點が西洋將棋の著しい特徴であらう。又、西洋將棋に使用せられる駒は、日本將棋のそれが平面的であるのに對して、立体的にしてなかなか贅澤なものが多く、象牙に緻密な彫刻を施した美術的なものもある。
 前掲に、著者が「駒を割つたとか紛失したとか」場合に「同じ價値をもたせさへすればそれと似ても似つかぬ恰好のものでも同じものと看做されやう。」と述べて居る個所に就いては、たまたま紛失した『歩』の駒の代用として、燐寸軸或は煙草の箱の一片を急場の間に合せて勝負を争ふのを普通として何人も疑はぬ。かの縁臺將棋の如き光景が想ひ浮ぶであらう。
(中略)
 一九世紀の思想全体を風靡した進化論は、直接間接に言語學にも影響して、ただ發生的角度からのみ言語學を考察し、言語の生の進化法則を見出すこと以外に、何等なすところがなかつたが、著者は、言語の機構そのものは、時間の作用を一應無視し、各辭項の相互依存の關係を直視することに依つて、始めて認識せられるものであり、言語は、その詰(ママ=話ヵ)手にとつては史的事實である前に先づ意識事實であつて、この兩者の秩序を支配する法則は、その性質を異にするが故に、これまた相異る二學科を要請せねばならぬとして、從來の史的言語學即ち著者の所謂『通時言語學』に對して、言語機構の認識たる『共時言語學』の存在を力説して居る。
(中略)
 共時論的なものと通時論的なものとの自律性と相互依存とを同時に示さうと思ふならば……著者は、最も適切なる比喩は、言語の働きと將棋の勝負とのそれであり、いづれの場合にも、人は價値体系に當面し、價値の變更に参加するが、將棋の勝負はいはば言語が自然的形式の下に示すものの人工的實現であるとして詳細な將棋の比喩を示して居る。この部分が、本書中最も將棋の比喩を巧妙に提供して居るから、少し長くなるが、そのまま御紹介して置かう。
 「第一に、競技の一状態は、言語の一状態に該當する。駒のそれぞれの價値は盤上におけるそれらの位置に依存する、同じく言語にあつても各の辭項の價値は、爾餘のすべての辭項との對立によつて定まる
 第二に体系は決して瞬間以上に持ちこたへない、それは場面ごとに變化する。尤も價値はまた主に不易の制約、即ち勝負の始まらぬ前から存在し、指しても指しても存續するところの、競技規則に依存してをりはする。このやうな永久に動かない規則は恒常的原理がそれである。
 最後に、一の均衡状態から他のそれへ、又は ─ 我々の用語法に從へば ─ 一の共時態から他のそれへ移るには、駒を一つずらせばよい、家中の引越騒ぎは起らない。そこに通時論的事實と微細に互(ママ=亘の誤字)つて異るところの對照物がある。詳言すれば
(イ)将棋の一手は唯一つの駒を動かすに過ぎない、同じく、言語にあつても變化は單獨要素の上にしか行はれぬ。
(ロ)それにも拘らず、その一手は体系全体にひびくものである、その効果の限界を精密に豫見することは、指手といへども不可能である。それから生ずる價値の變化はその場次第で、無に等しかつたり甚だ重大であつたり、或はその中間であつたりしやう。某の手が勝負全体の形勢を一變せしめ、それまで死んでゐた駒を俄かに生かすこともある。言語にあつても、之と同然なことは、既に見た通りである。
(ハ)駒の移動は、以前の均衡状態とも以後の均衡状態とも全然別個の事實である。生じた變化はこれら二つの状態のいづれにも属しない。ところで、重要なのは、状態のみである。
 將棋の勝負では、與へられた随意の場面は、それに先立つ場面から解放されてゐるといふ、妙な性質がある。そこへどの道を通つて達しやうが、全然かまはない。勝負を始まりから觀てきた者も、危急の情勢を覗きにきた野次馬に比し、いささかの特典も有しない。その時の場面を記述するには、十秒まへに起つたことを想浮べる必要は毛頭ない。このことはそつくり言語にも當嵌まり、通時論的なものと共時論的なものとの根本的區別を裏書するものである。言は一つの言語状態にしか作用せず、状態と状態との間に入來る變化は言の中に入りこむすきまはない。
 比較が當を得ない場合は、ただ一つある。將棋の指手は初から意圖を抱いて駒の移動を行ひ、体系の上に働きかけやうとする。然るに言語には、前後の考へがない、言語の駒が位置を変へ──否、むしろ變更するのは、自生的であり偶生的である。…將棋の勝負があらゆる点で言語の働きに似るためには、無意識の、又は無知の指手を想定せねばならぬであらう。」(本書一一七頁 ─ 一一九頁=124~125頁

 さて、これまで將棋を引用して説明されたものには數多く接して居るが、學術的な著論中に而もこれ程巧妙に用ひられた例を知らぬし、又本書の如きは、一般の方々にはおよそ縁遠いことと思はれるので、僭越乍ら、以上の如く御紹介させて戴いた次第である。(後略)

 果たして、この記事をどれだけの月報読者が読んだでしょうか?(笑)
 文中、點と点、體と体が混在していますが、原文通りです。太字は現在の岩波版の該当頁です。
 ソシュールはチェスが好きだったようで、「ホイットニー追悼」という公表されなかった原稿(1894年)にもチェスの比喩がありますが、腕前のほどは分かりません。
 『明治事物起原』(1993年1月・日本評論社=1944年改訂増補版の復刻本)によると1860年の遣米使節が持ち帰った物品の中にチェスの本が3冊あり、1868年には『西洋將棋指南』と題するチェス本が出版されたそうですが、「三將棋書に何等か關係が有りさうに思はる」と慎重な書き方をしています。また「將棋の名人小野五平、曾て書生をして西洋將棋法を翻譯せしめ、其差し方を了解し、以來如何なる人と對局するも遂に負けたることなし。依て門前標して日本西洋將棋指南所といふ。惜むらくは、翁の生前、その時代を尋ねざりし」とあります。

«加藤文卓の「圖巧解説」

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